Ankou°˖◝(⁰▿⁰)◜˖ 異世界をゆく   作:かまぼ子ロク助

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第45話 アルマの森の少女 カルミ

 アンコウがサミワの砦を離れて、3ヶ月が過ぎた。

 アンコウは今、グローソン公領北部にある森の中をひとり歩いていた。グローソン公領内のどこの町にも、アンコウを捕縛せよの通達がとどいていおり、アンコウはひとつ所に落ち着くことができなかった。

 

 右手にグローソン公の臣下の腕輪をしているアンコウは、無論、通常時はその腕輪を布で覆い隠している。

 しかし、町に入ろうとすれば、ほとんどの町で、門前で布で隠している腕を見せるよう命令され、町に入ることすらできず逃げ出すはめになった。

 

 また、ある町では何とか入ることができても、町にあるどのギルドでも腕を見せてみろと言われ、ギルド員登録をすることがかなわず、迷宮を管轄する町に行ってみても、手首の金色腕輪を隠し続けたままでは探索者登録をすることができなかった。

 

 グローソン公領内だけではなく、アンコウは隣接する他公貴族領地に入ったこともある。しかし、領境を越えること自体も難儀だったのだが、他公貴族領に入った後はもっと大変だった。

 グローソンは、周辺のすべての支配領主と大なり小なり揉めており、ロンド公爵家だけからではなく、その周囲に割拠する他勢力から思っていた以上に警戒されていた。

 

 いくら王国内での喧嘩自由のウィンド王国とはいえ、同じウィンド王国の公貴族同士にもかかわらず、周りに揉めていない公貴族が一人もいないというひどい状況だ。

 

 そんな土地で、右手にグローソン公拝領の臣下の腕輪をしていることを知られた日には、生命の危機レベルで、ただでは済まないということをアンコウは思い知らされた。

 アンコウは、周辺公貴族にここまでの警戒心を抱かせるに至った戦争享楽者としか言いようのないハウルのこれまでの行いに、何度となく呪詛(じゅそ)の言葉を吐いた。

 

 一方、グローソン公領内で出されていたアンコウ捕縛の命令は、サミワ逃亡時にバルモアに斬りかかったにも関らず、アンコウが知り得た限り、なぜかアンコウをはっきりと罪人とはしておらず、単に重要人物として強制的に身柄を確保するようにとの命令だった。

 

 それゆえに、一度はグローソン公領を出たアンコウであったが、いきなり問答無用で斬り殺されるという危険すらあるグローソン憎しの他公貴族領内に潜伏するよりはと、再び領境を越えて、グローソン公領内へと舞い戻ってきて現在に至る。

 

 アンコウは、この3ヶ月間で、予想していたこととはいえ、心身ともにヘロヘロのくたくたになっていた。

 

 

 

 アンコウは、緑深い森に囲まれた道を北に向かって歩きながら空を見る。

 

「……雲ひとつない青い空がこんなにムカつくとは知らなかったよ」

 

 アンコウは今、グローソン公領と同じウィンド王国内の有力貴族の領境ではなく、グローソン公領が北部の一部で接する他国との国境を越えることができないだろうかと考え、歩き続けている。

 

 この国の有り様として、たとえばウィンド王国内において、各貴族たちが武力を用い互いに領土や利権を奪い奪われしたところで、王国から咎められることはほとんどない。

 

 しかし、その国内の貴族たちがウィンド王国内から出て、勝手に他国の領土に攻め入るとなると、さすがに話は変わってくる。

 ウィンド王国のような放任支配を続けているエルフの王家であっても、他国の兵が攻め入ってくれば号令一下、国内の貴族を動かし、防衛戦をおこなう。

 

 逆にウィンド王国内の貴族が勝手に国境を越えて兵を進めれば、それがウインド王の命でなくとも、当然ながら国と国同士の戦いに即発展しかねない状況が間違いなく生じる。

 そのような状況を生みかねない勝手な軍事行動は、さすがのウィンド王も許しはしない。

 

 よって、自分の欲望に任せて、王国内の()()相手に好き勝手に(いくさ)をおこなっているグローソン公ハウルでも、ウィンド王の命令なく、王国の外に侵略の兵を進めたことはない。

 

 当たり前の話のようであり、おかしな話のようでもである。

 それゆえにウインド王国の外に出れば、国内よりもグローソンに対する警戒心は緩くなるのではないかとアンコウは考えた。

 

 しかし、残念ながらグローソン公領北部の国境を越えるという選択肢は、アンコウがこの3ヶ月間さまざまなことを試してきた挙句に残っている選択肢だ。

 それが悪手であることに違いなく、それでもその選択肢を試さざるを得ないところまで、アンコウは追い詰められていた。

 

 アンコウが目指しているウィンド王国の北に広がる大地に蛮居する国は人間の支配する国である。そこが唯一グローソン領が直接国境を接している国だ。

 

 このアフェリシェール大陸にあるほとんどの国において、その国を支配する最高支配者層を形成しているのはウインド王国同様エルフ族であり、人間が支配権を確立している国は極めてめずらしい。

 

 ではなぜ北方の一部の地域にだけ、種族的に能力が劣ると考えられる人間族が国を形成することができているのかというと、北に住む人間族が他の地域の人間族と比べて特別優れているというわけではない。

 

 単に極寒の大地が広がる最北部寒冷地帯は、うまみが少ない土地だということが理由だ。

 優等種ではあるが勝手気ままなエルフはもちろん、ドワーフ族等の妖精族が敬遠し、彼らが一族が居住する地として、北方に広がる大地を大昔から現在に至るまで、選択してこなかったというだけの話。

 

 はっきりといえば、そこは人が生きるに厳しい土地なのである。

 

(嫌だ、行きたくない……)

 アンコウにとっても、本音をいえば、あまり行く気が起きない土地であり国だ。

 

 しかし、そんな贅沢の言える身分でないアンコウは、気鬱ながら北に向かって歩き続けて、ここまでやって来た。

 

 また、それとは別に、

(……そもそも北の人間の国に抜ける道があるのかっていう問題もある……)

 これに関しては、行きたい行きたくない以前の問題だった。

 

 北に人間族が統治する国があるのは間違いないのだが、アンコウは詳しい情報を持っていない。今の時点では行けるのか行けないのかさえ、よくわからない。

 

 グローソン公領の北部と北の人間の国の国境というのは、線で表せるような国境でなく、イサラス山脈と呼ばれるかなり大きな山脈地帯で隔てられており、その山脈には濃い魔素も漂っているという魔獣のテリトリーが広がっている。

 

 それゆえ、イサラス山脈以北の地の正確な情報というのは、これまでアンコウが移動してきた地域では、あまり得ることができなかった。

 

 ただ海があるわけではなく、大地がつながっているのは間違いない。

 アンコウがいろんなところで情報を集めた結果、

そりゃあ地続き何だからどっか往来できる道があるだろ? という情報ともいえない推測をもとに、ほかに選択肢がないアンコウは、より詳しい情報を得るためにも近くまで行ってみることにしたのだ。

 

「イサラス山脈は見えてきたけど、希望は見えないな……」

 

 アンコウの心も足も重い。

 アンコウが歩いている一帯の森には、薄いとはいえ魔素が漂っており、遠くに見えるイサラス山脈は、魔窟というべき高濃度魔素地帯だ。

 

「………はぁ、陰気臭い。歌でも歌いながら歩くか……」

 

 

 

 

 薄っすらと魔素が漂う森の中、わずかに開けた場所に、一人の幼い少女が立っていた。

 その童女の名は、カルミ。死んだ彼女の母親がつけてくれた名前だ。

 

 カルミの目の前の地面の上に、大きな石が置かれている。その石の下には、ひと月ほど前に死んだカルミの父方の祖父の骨が埋められていた。

 その祖父の墓石を見つめるカルミの幼い顔には何ら感情の色は浮かんでいない。ただ、じっとその墓石を見つめている。

 

 カルミは、彼女のたった一人残った家族だった祖父が、ひと月ほど前に死んでから、暇さえあればこの場所に来て、ただ祖父の墓石を見つめながら時を過ごしていた。

 

 死んだカルミの祖父はドワーフだった。カルミが生まれてすぐに死んだ父親もドワーフだった。カルミが4歳の時に死んだ母親は人間だった。

 6歳の童女カルミは、人間とドワーフのハーフだ。

 

 さもありなん、抗魔の力を持たない者は、たとえ薄くとも魔素が漂う地で呼吸をすれば、魔素という毒に身体を侵されいずれ死に至る。

 普通の人間の6歳の少女なら、たとえ薄いとはいえ、このような魔素が漂う森の中にいられるわけがない。

 

 カルミは人間の母が死んだ4歳の時から2年間、父方の祖父に引き取られ、祖父とふたりでこのアルマの森で生活をしてきた。

 そして、その祖父が死んでからのこの約一ヶ月ほどは、独りこの森で生きてきた。

 

 妖精種であるドワーフは、強弱はあっても皆生まれつき抗魔の力を持っている。

 そして驚くべきことに、半分人間の血を引いているにもかかわらず、カルミが持って生まれた抗魔の力は、一般的な純血のドワーフのそれをはるかに凌ぐものだった。

 

 カルミが今日この祖父の墓のある場所に来てから、もうすでに3時間以上が過ぎている。

 そして、じっと祖父の墓石を見つめるカルミの背後には、ぱっと見ただけで10体は軽く越えるであろうグシャグシャになった醜悪な容貌を持つ全身緑色の小鬼ゴブリンの死体が転がっていた。

 

 6歳の子供らしい小さな体のカルミが、襲いかかって来たゴブリンどもを死んだ祖父がつくってくれた愛用のメイスを振るい、返り血ひとつあびることなくひとりで叩き潰したのだ。

 

 カルミの目はじっと祖父の墓石を見つめている。

 カルミが祖父の墓の前に立ち尽くしたまま、さらにいくらかの時間が過ぎたとき、カルミが不意に視線を祖父の墓石から逸らした。

 

 カルミの鋭敏な感覚が、遠くから近づいてくる者の気配を捉えた。

 

(なにかな?…魔獣…じゃない。人?誰か近づいてきてる?)

 カルミが、かわいらしく少し首を傾ける。

 

 薄いとはいえ、ここは魔素が漂う森の中であり、どの種族の集落も近くにはなく、めったにこのアルマの森にやってくる者はいない。

 少なくとも祖父が死んでからは、カルミは誰とも会っていなかった。

 

 カルミはさらに神経を集中し、何か近づいてくる気配がする方向に意識を傾ける。

 しかし、しばらくすると、カルミは気配を察知することに力を注ぐ必要がなくなった。

 

 なぜなら、

「♪ヨーデル ヨーデル ヨーレホッホッホー♪」

 と、遠くで何者かが大声で歌っている わけのわからない いい加減な歌声が、カルミがいるところにまで響いてきたからだ。

 

(………うた歌ってる?)

 

 湧きあがる警戒心と好奇心に動かされて、カルミは、声が聞こえてくる方向に移動し始めた。

 そしてカルミは、歌の主が歩いてくる道が見える場所まで来ると、見つからない様に身を潜めた。

 

 しばらくすると、

♪ヨーデル ヨーデル ヨーレホッホッホー♪  

 と、歌いながら歩く者の姿が、カルミの視界の中に入ってきた。

 

「人間の大人の男の人だ」

 

 カルミに目に映ったのは人間の大人の男。この森の中を歌いながら歩いてくるのだから、間違いなくこの男は、抗魔の力を持っている。

 

 その人間の男は、カルミの亡くなった祖父がつくった武器や道具を定期的に買いに来ていた商人ではないし、カルミがこれまでに この森で見たことがない人間の男だった。

 その男は腰に剣を差し、旅装束に身を包んでいる。

 

(旅の人。冒険者かも)

 

 カルミは身を潜めながら、さらに男が歩いてくる道の近くへと移動した。

 

 ♪ヨーデル ヨーデル ヨーレホッホッホー♪

 と、歌う男がカルミの目の前を通り過ぎていく。

 

 カルミは、その男の姿をじっと見つめている。

 その目は、ついさっきまで、死んだ祖父の墓石をじっと見つめていたカルミの目つきとは、まったく違う目だった。

 

 カルミの戦闘能力の高さは、普通の6歳児とはあきらかに違う。

 しかし、戦闘能力が高いからといって、その心までも子供ではないというわけではない。カルミはどうしようもなく寂しかったのだ。

 

 カルミはよく覚えている。2年前、祖父に連れられてこの森にやってくる前、4歳まで、母と過ごした母の故郷である人間の村での出来事。

 村の人たちがカルミを見る目はひどく冷たかったということを。

 

 ふつうの人間なら、憶えていないぐらい幼い日のことをカルミはよく覚えている。

 だから、祖父とたった2人のこの森での生活も、カルミには苦ではなく、寂しくもなかった。

 

 しかし、2人と(ひと)りとでは、まったく違うということを、このひと月で、6歳の童女カルミは身にしみて味わっていた。

 

 カルミはどうしようもなく寂しかった。

 6歳の女の子が、こんな森でたった一人生きていくのは、人といることの暖かさも知っているカルミには耐えられなかったのだ。

 

 だからカルミは、気がついたときには人間に抱く不信感も忘れ、その見ず知らずの人間の男の後ろをついて歩きはじめていた。

 6歳の童女に、人間の大人の男の善し悪しなど、一見して判別できるわけもない。ただ独りでいることの寂しさと不安が、カルミの足を動かしていた。

 

 目の前に自分以外の人がいる。聞いたこともない面白そうな歌を歌っている。だからカルミは、見ず知らずの男の後ろをついて歩きはじめた。

 

 そして、カルミの視線の先には、歌うアンコウが歩いていた。

 

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