Ankou°˖◝(⁰▿⁰)◜˖ 異世界をゆく   作:かまぼ子ロク助

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第54話 天井に潜む者

ドガァンッ!

 ズザザッッ!

バギイィッ!

 ブモオォォッ やあぁぁーっ と響く声。

 

「カルミーっ!助けに来たわっ!」

 

 ナナーシュが、カルミと中級豚鬼将(ミドルオーク)の戦いに参戦することを宣言する。

 アンコウから借り受けた長剣を握るナナーシュの手は細かく震えていたが、中級豚鬼将(ミドルオーク)を睨みつけるナナーシュの目には、怯えの色は浮かんでいない。

 

 カルミは助けに来てくれたナナーシュを見て、うれしそうな笑みを見せたが、

ハァハァハァッ と呼吸はかなり荒く、ナナーシュに言葉を返すことはしなかった。

 

 そして、そのまま幼いハーフドワーフの戦士は、ギラリと中級豚鬼将(ミドルオーク)を睨みつけ、大きなメイスをギュッと握り締めて動き出す。

 

「やああぁぁーっ!」

 

 

・・・・・・・

 

 

 カルミとオーク、それにナナーシュも加わった戦いが続いている。

 それをじっと見つめるだけのアンコウ。

 

(やっぱりオークの動きが鈍くなっている)

 

 カルミの攻撃は未だまともにオークをとらえていないが、やはり魔素濃度の薄さによる活動機能の低下が起こっているようだ。

 

(でも、それはカルミも同じか)

 カルミに、ここの魔素濃度は問題ないが、あきらかに疲労による体力消耗によって、動きが鈍くなっていた。

(それでもカルミはよく戦っている。俺には絶対無理だな)

 

 そして今は、カルミとオークの近くにはナナーシュの姿もある。

 ここまで一度だけではあるが、オークの隙をついたナナーシュによる回復系精霊法術がカルミに使われていた。

 

 このオークを相手にし、味方は二人という状況で回復系精霊法術を発動させるのはかなり難儀なことだ、まだ1回だけとはいえ、その効果は小さくない。

 

(……予想以上だな、あのお嬢様も)

 その一度だけ決まった回復法術は、十分とはいえない発動時間で繰り出したにもかかわらず、かなりの回復効果をカルミの体にもたらしていた。

 

 それに、ナナーシュが頻繁に発動させている『見えざる壁(エアーズウォール)』も、中級豚鬼将(ミドルオーク)の剛力による攻撃の威力を効果的に低減させている。

 

(あのオーク相手に通用する精霊法術を使えるのか。でも、カルミやオークよりも、あのお嬢様が一番へばってるな)

 

「ハァハァハァッ、ハァハァハァッ、」

 ナナーシュの息遣いは荒く、肩が大きく上下に動き続けている。

 

 それは致し方がないこと。実戦経験が乏しく、あきらかに自分よりも体力が勝るオークとカルミの戦闘に飛び込み、全力で戦っているのだ。

 カルミの後方に位置取り、オークの攻撃もカルミひとりに集中してるとはいえ、ナナーシュの体力的損耗は甚だしいものがある。

 

 

ドゥオォンッ!

「キヤアァァーッ!」

 ナナーシュの悲鳴が響く。

 

 繰り出されたオークの豪腕。カルミは転がりながらも、何とかそれを避けた。

 猛烈な勢いで地面に衝突したオークの拳により抉られ、弾け飛んだ大岩がナナーシュの近くに着弾したのだ。

 

「ナナーシュだいじょうぶ!?」

 カルミがナナーシュにむかって叫ぶ。

 

 ナナーシュは大岩が弾けた衝撃で、カルミ同様 地面に転がったものの、すぐさま無理やりに立ち上がってみせた。

 

「はぁはぁっ、え、ええ、大丈夫よっ!はぁはぁっ、あっ!?」

 しかし、ガクンとナナーシュの膝が再び地面に落ちた。

 

(だ、だめ、足にきてるわ)

「くっ、オークの攻撃は全部カルミが狙われているのにっ」

 

(こ、このままじゃ、私足手まといになる)

「そ、そんなことは認めないっ!」

 

 ナナーシュの意地とプライドが、彼女を再び立ち上がらせた。

 

「ナナーシュだいじょうぶ!?」

 カルミは大きな声で呼びかけながら、ナナーシュに駆け寄ろうとするが

 

「だ、大丈夫よカルミっ!!」

 

 ナナーシュはカルミが自分のほうに来ようとするのを声と目で制した。

 それを見て、カルミは足を止める。

 

「はぁはぁ、わ、私は、足手まといにはならない」

 

 ナナーシュは疲労で震える自分の足を見つめながら、精神を集中して、自分自身に回復法術をかけようと試みる。

 薄っすらとナナーシュの体が光に包み込まれていく。

 その時、

 

「だめっ!ナナーシュ!!」

 カルミが大声で叫んだ。

 

「ブフモオオォォーッ!!」

 

 カルミをとらえていたオークの禍々(まがまが)しい眼が、いつのまにか薄っすらと光を放つナナーシュに移っていた。

 

ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 と、地響きを響かせながらナナーシュにむかって走り出すオーク。

 そうはさせるかと、カルミもオークにむかって走り出すが、

「あっ!」

 焦ったカルミの疲労する足がもつれ、体勢を崩してしまう。

 

「えっ」

 自分に向かって迫りくる巨躯のオークを見て、ナナーシュは目を見開き、棒立ちになる。

 

 その間にも

ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 と、さらにナナーシュに迫るオーク。

 

「あっ、あ、あ、ああっ」

 

 恐怖に心を乱されたナナーシュの精霊法術はすでに霧散しており、動くこともできず、最早為す術(なすすべ)がない。

 

「ナナーシュ逃げてーっ!」

 

 カルミが叫ぶが、ナナーシュは動けない。

 しかし、カルミの叫びが天には通じたのか、薄い魔素に適応できていない走るオークの体が、再びフラリフラリと揺れた。

 

 それでも地面に足を突き刺すかのように、

オズザンッ!と、オークはふらつく体を何とか支えて見せた。

 

 そしてオークは一時的に走る足を止めたものの、すぐさま体勢を立て直した。

 

「ブフモオォッ!」

 ナナーシュを視界に入れながら()えたオークが、再び走り出す。

 

 それでも何とか心を奮い立たせたナナーシュが、ようやく逃げようと動き出すものの、時すでに遅く、このままではオークから逃げることができないのはあきらかだ。

 

 それを見て焦るカルミ。どれだけ早く走っても、最早、間に合いそうもない。

 

(ナナーシュが危ないっ)

「ナナーシューっ!」

 

 それでも何とかナナーシュを助けようしたカルミは、手に持っていた大切な武器であるメイスを再び走り出していたオーク目がけて全力で投げつけた。

 

「やああぁーっ!」

 

 そのカルミが投げつけたメイスは、巨木のごとく太いオークの太ももに見事に突き刺ささった。

 

「ギイィガアァァーッ!」

 

 猛烈な勢いで太ももに突き刺さったメイスの痛みにオークは叫び声をあげたが、それでもなお走る足は、すぐには止まらない。

 醜悪な面相をさらに凶悪にして、叫びながら足を動かす。

 

「グギィィーッ!」

ドンッ!…ドンッ!……ドンッ、

 しかし、勢いのままにしばし走り続けた後、オークは両膝を崩れるよに地面についた。

ドザアァンッ!

 

「キャアァーッ!」

 ナナーシュが悲鳴をあげる。

 

 両膝を地面に着いた オークの巨体が、さらに前に傾き、ナナーシュが逃げている方向に、つんのめるように倒れてきたのだ。

 ナナーシュは下敷きにはならなかったものの、そのオークが倒れてきた勢いに巻き込まれて、オーク同様地面に転がってしまった。

 

「あうっ!くっ、は、早く離れないとっ」

 

 ナナーシュは、地面に体のあちこちを打ちつけながらも、必死に立ち上がろうとする。

 

「ナナーシュぅーっ!あぶなぁーいっ!」

 少し離れたところにいるカルミの叫び声が響く。

 

「えっ!?」

 と、振り向くナナーシュ。

 

 そのナナーシュの視界に、オークが体を伸ばし、ナナーシュに向けて毛むくじゃらの丸太のような手を伸ばしてくるのが見えた。

 

「あっ………」

 ナナーシュの口から絶望混じりの息が漏れた。

 

 カルミはナナーシュの名を呼びながら再び走り出していた。

 しかし、

「間にあわないよおっ!」

 

 カルミが走る前方で、今にも巨躯のオークの手がナナーシュを捕まえようとしている。

そのとき、

「あっ!」

 突然膨張する力の波動を感じたカルミは、走りながら天井を見上げた。

 

 

 

 アンコウはじっと機を窺っていたのだ。突然目の前に現れた巨躯のオークの脅威から逃れるために。

 アンコウは中級豚鬼将(ミドルオーク)とカルミとナナーシュの戦いをただじっと観察していた。

 

 ぽたりぽたりとアンコウの汗が地面へと向かって落ちつづけている。

 しかし、同様に地面へと落ちる他の水滴に紛れ、地面に落ちるアンコウの汗に気づくものなど誰もいない。

 

 天井を見上げるカルミの目に驚きと期待の色が浮かぶ。

 アンコウは気配を殺し、いつのまにか蜘蛛のように巨大洞窟ともいえる迷宮の天井に張り付いていた。

 

 アンコウの両手には、コの字型の金属具が握られている。

 そのコの字型の金属具の先は鋭く尖っており、アンコウはそれを天井に軽々と突き刺し、両足もぴったりと天井に張りつけながら移動してきた。

 

 赤鞘の呪いの魔剣は、鞘から抜かれた状態で、アンコウの腹側に一本のヒモで縛りつけられている。魔剣との共鳴状態を維持するための処置であろう。

 

 天井に張り付くアンコウの眼下に、地面に倒れながらもナナーシュに手を伸ばそうとしているオークの姿が映る。

 

 

 ナナーシュは絶望を感じながらも、今度は戦うことをあきらめなかった。

 迫り来るオークの手をなんとか退けようと、見えざる壁(エアーズウォール)を発動しようとする。

 しかし、

(だめっ、間にあわないっ)

 

 精霊法術を発動させる時間は足らず、

「ああっ、来るなあぁーっ!」

 ついにナナーシュが叫び声をあげる。

と、同時に

 

「アンコウだっ!!」

 カルミの大きな声も響いた。

 

 

 アンコウは両手両足、四肢に全力をこめて、ドンッ!!と天井を弾き、地面にむかって飛び出した。

 天井を弾いた瞬間、アンコウは落下しながら腹面にくくられていた魔剣を手に持つ。

 

 アンコウが張りついていた天井から、その衝撃で大きな岩がガラガラと崩れ落ちる。

 そして、アンコウが落下するスピードは、崩れ落ちる大岩よりはるかに早い。

 

 猛スピードで落下するアンコウの視界には、ナナーシュに手を伸ばす巨躯のオークが映っている。

 魔素の不適合により変調をきたし始めた標的(ターゲット)は、未だ地面に倒れたままで、その意識はナナーシュにのみ向けられている。しかも、その標的はでかい。

 

 まさにアンコウが狙っていたチャンスだ。

 

「うおおおぉぉぉぉーーっ!」

 

 落下しながらアンコウが吼えた。

(俺がこのクラスのオークにまともに攻撃を与えられる機会はそうはない!)

 

 アンコウはこの攻撃が、最初で最後のアタックのつもりだ。

 しかし、自分の力ではとてもではないが、たった一撃でこの中級豚鬼将(ミドルオーク)を倒すことなど叶わないこともわかっている。

 

 だからこそ、いきなり理性を保っていられる限界まで呪いの魔剣との共鳴レベルを引き上げ、天井からの落下速度を加えて攻撃力を高めた。

 

(倒せなくてもいい。でも、出来るだけダメージは与えるっ)

 

 剣を両手で握り、真下にいるオーク目がけてその剣先を突き出す。アンコウは高速で落下しながらも身をよじり、今度は竜巻のごとく体を回転させる。

 

「うおおおぉぉぉぉーーっ!」

 そして、そのままアンコウは標的(ターゲット)を正確に捉えた。

 

ザギユュルルウゥゥゥゥ!!

「ブホホオモオオォォォォーーッ!!」

 

 オークの苦痛に満ちた叫び声があがり、それと同時にナナーシュをいまにも捕らえようとしていたオークの手が彼女から遠ざかる。

 

 突然耳に響いたオークの悲鳴に、目を丸くし、「えっ?」と驚くナナーシュ。

 ナナーシュの目に、オークの背中に剣をつきたて、残像を残すほどの速さでくるくると回り続ける者の姿が見えた。

 

「うそ、なにあれ………」

 

「ブホオモオォォーッ!!」

 

 オークはまだ叫び声をあげ続けているが、オークに剣を突き刺しクルクルまわっているアンコウも苦悶の表情を浮かべていた。

 

(くうぅぅぅっ、何て固さなんだっっ)

 

 アンコウの手に伝わってくるオークの皮膚と筋肉の固さは、想像以上のものがあった。

(それに脂肪も厚すぎるだろっっ)

 飛び散るオークの血と肉をアンコウはあびつづけるなか、その回転速度が急速に遅くなっていく。

 

「ブホモオォォッ!」

 

 背中から受ける攻撃の圧力が低下し、オークは、視界には入らぬ背後の敵を押しつぶさんと、180度体を回転させた。

 

 それに気づいたアンコウは、オークの背中から剣を抜き、地面に押しつぶされる前に飛び逃げた。

 

ズザザザザアァァーーッ!

 

 飛び逃げた勢いのままに地面を転がるアンコウ。

 しかし、剣はしっかりと手に握っている。

 

「くううぅぅーっ!」

 

 自分に攻撃を加えた者の姿をようやく捉えたオークは、その攻撃目標を転換する。

 先ほどまでナナーシュに伸ばしていた手を、今度はアンコウにむかって伸ばそうと動き出す。

 

 しかし、オークは体を起こそうとしたものの、強い痛みを背中に感じて、

「ブホォモォッ!」

 と、再び苦痛の声をあげた。

 

 アンコウの攻撃はオークに致命傷を与えることは叶わなかったが、かなりのダメージを与えることに成功していた。

 

 オークは ドスンッ! と、再び地面に背中を落とした。

 

 その隙に、

「ぐおぉっ!」

 と、アンコウは未だ震える足で立ち上がった。

 

「ぐうっ、カルミっ!ナナーシュっ!逃げるぞ!」

 アンコウは大きな声で叫んだ。

 

 アンコウには、初めから剣でこのオークを倒すつもりなどはない。少なくとも自分には絶対に不可能だと決めつけている。

 ただアンコウは、このオークはこの階層の魔素濃度に適応できない個体であることを知った。では、このオークの脅威から逃れるために何をすべきなのか。

 

 変調をきたし始めているとはいえ、このクラスのオークと真っ向からやりあうリスクは高い。現状では、このまま逃げても追いつかれるに違いない。

 ならば、逃げて追いつかれない程度のダメージをヤツに与え、そのうえで逃げ出せばいい。

 

 力のみの攻撃で打ち倒すのではなく、時間の経過が魔素濃度の不適応症状を進行させ、大木が朽ちて倒れるようにあの中級豚鬼将(ミドルオーク)を倒すだろうとアンコウは考えたのだ。

 

「逃げきれば、このデカ豚は自滅する!」

 

 アンコウはもだえるオークを見て、十分なダメージは与えたと確信する。

 

 初めから逃げることを第一に考えているアンコウに、このまま戦闘を続けて剣でオークを屠るという選択肢は頭にはない。

 アンコウの頭はそれは無駄なリスクだと判断する。

 

 アンコウ自身はまったくの無傷、逃げ続けるためのスタミナも十分に残っている。

 そして、アンコウはオークに背を向け、走り始めた。

 

「逃げるぞっ!……え、へっ?」

 

 しかし、アンコウの体はカニのごとく、ほぼ真横にフラつくように走り出した。

 そしてアンコウの目は、勝手に右から左、右から左と高速で動いている。

 

「あ、あれ?」

 

 想定外。アンコウの三半規管は、クルクルまわりすぎて馬鹿になっていた。

 

(や、やべぇっっ)

 

 自分の体の状態に気づいたアンコウは心底焦る。

 このままでは絶対にオークに捕まる。自分が、カルミたちが逃げるための時間を稼ぐ撒き餌になってしまうと。

 

(じょ、冗談じゃねぇっっ)

 

 焦りながらも、横走りを続けるアンコウの視界に、未だ地面に尻もちをついているナナーシュの姿が見えた。

 しかしアンコウは、もうナナーシュに逃げろと声をかけることはしない。

 

(よ、よしっ、まだいけるっ。あいつが腰を抜かしている隙に逃げるんだっっ)

 

 全員で逃げるための出来る限りの努力はしたとアンコウは瞬時に判断し、アンコウはナナーシュをオークの撒き餌にし、自分は逃げきるという作戦に変更する。

 ナナーシュには悪いが、自分の命には代えられない。

 

「うおおぉぉーっ!」

 

 気合を入れなおし、アンコウはさらに両足に力をこめて必死で走り始める。しかし残念ながらスピードはまったく出ず、横走りもまったく改善されていない。

 

 

ガシイィィッ!

 

 アンコウがオークに捕まった。

 

「な、なんで俺なんだよおぉぉーッ!」

 

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