Ankou°˖◝(⁰▿⁰)◜˖ 異世界をゆく   作:かまぼ子ロク助

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第58話 ワン-ロンでの立場

 アンコウたちが、幻門(ファンゲート)を利用して、ワン‐ロンへと移動した後も、ナナーシュとボルファスをはじめとする護衛たちは、ワン‐ロンに連なる迷宮に残っていた。

 

 その目的であったナナーシュが落とした幻扉(ファンポルト)の鍵は、さして時間をかけることなく見つけることができた。

 しかし、ナナーシュたちは、未だワン‐ロンに帰還することなく、迷宮内に留まっている。

 

 

「………やっぱり変だわ」

 

 ナナーシュは周囲を見渡しながら厳しい目をしている。

(さっきはいきなりオークに出くわしたから、周囲を探る時間なんかなかったけど………)

 

「………そうですな。先ほどの階層よりは、確かに魔素は濃いですが、あのオークが、存在できるほどのものではない」

 ナナーシュの隣に控えているボルファスも、疑義を呈じる。

 

「ええ、あのオークは中級のなかでも、薄い魔素濃度に対する耐性はあきらかに低い個体だったと思う。あれが、この階層でもそんなに長時間活動していられるとは思えない………移動してきたにしても、どうやって………」

 

「ナナーシュ様、何やらおかしなものを感じませんか?」

 

 ボルファスが今言ったのは、あのオークに関するこの状況のおかしさではなく、もっと感覚的なもののことだ。

 ボルファスは、精霊法術も使うワン‐ロン屈指のドワーフ戦士。その第六感的な感覚は鋭い。

 

 そしてナナーシュは、戦闘能力はあまり高くないものの、そのワン‐ロン‐ドワーフの太祖オゴナルに連なる血脈の尊貴さはドワーフ種全体でも屈指のものであり、大精霊の神託により選ばれた正統統治者だ。

 その感覚の鋭さ、特殊性という点では他に類を見ないものを持つ。

 

「………ええ、迷宮がざわついている。すごく……すごく嫌な感じがする」

 

 ナナーシュは、全身からジワリと汗が染み出てくるのを感じた。

 そしてナナーシュたちは、再び迷宮内の探索を続けた。

 

~~~~~~

 

 ナナーシュたちは、かなりの時間、その後も迷宮内に留まっていたが、結局、その嫌な感じの原因をつかむことはできなかった。

 

「………気のせいで、ありましたかな……」

 周辺の探索から戻ってきたボルファスが、鋭い目つきのまま言う。

 

「……いえ、ここでは五感では感じられないだけ……気のせいなんかじゃない…必ず何か原因がある」

 

「………わかりました、ナナーシュ様。継続的に調査、警戒をしばらく続けましょう」

 ボルファスが、ナナーシュに頭をさげる。

 

「ボルファス、それに皆も、お願いね」

 

「「「はいっ」」」

 ナーシュの周囲に集まっていた家来衆が、いっせいに頭をさげた。

 

 ナナーシュが大精霊の神託により、ワン‐ロンを統べる次代の正統後継者に選定されたのは、ナナーシュ3歳の時だ。この12歳の少女は、物心ついたときからワン‐ロンの統治者として周囲に(かしず)かれる身分にあった。

 

 物質的には何ら不足することない生活。しかし、統治者としての責務も重い。

 ナナーシュは心身の成長と共に、ワン‐ロンの統治者、太祖オゴナルの正統後継者としての誇りを育み、それと同時にその重みも理解していった。

 

 その貴人としての地位は、ナナーシュにとって心地の良いものばかりではく、

(もっと自由に生きたい)と、世間を知らぬ12歳の少女が思うことは致し方がないことだろう。

 

 そんな時、ナナーシュはワン‐ロンの館内(やかたうち)にありながら、迷宮内で何かが起こっているではないかというわずかな違和感を感じた。

 

 それはナナーシュだけが感じ取れる良いものか悪いものかさえわからない、言葉で説明のしようもない感覚。

 それに加えて12歳の少女らしい大人や自分の環境に対する反抗心が、今回のナナーシュの行動の動機だろう。

 

 ナナーシュが自ら迷宮に入るといっても、いつものごとくナナーシュの身を案じる周囲の者たちがいつまでたってもそれを許さない日々が続き、ナナーシュの反抗心が理性を越えた。

 そしてまさに今日、ナナーシュは周囲の意見を無視し、日々のお役目を放り出し、幻扉(ファンポルト)の鍵を使って一人勝手に迷宮に転移した。

 

 今回の一件は、迷宮の異変が気になったということ以上に、過保護な周囲に反発し自由を求める12歳の少女の心の作用のほうが大きかったのかもしれない。

 だからナナーシュを探しに来た大人たちから、日々のお役目をサボった挙句、迷宮に逃げたと指摘されれば、その自覚もあり、これ以上反発することはできなかった。

 

 それに自分が起こした行動の結果、どれほど危険な目にあったかは、周りにいる大人たちより、ナナーシュ本人が一番よくわかっていた。

 

 自分が思っていたのとは違う迷宮内の階層に転移してしまい、たいして探索もしないうちに、予想だにせず中級豚鬼将(ミドルオーク)に遭遇した。

 まともに戦うことなどできず、為す術なく逃げ回り、もう少し運が悪ければ確実に死んでいた。

 

 もし今、ナナーシュが死んでいれば、まちがいなくワン‐ロン全体に大混乱を引き起こしていただろう。

 

 ナナーシュは大きく息を吐き出しながら、ふと目を(つむ)る。

 ワン‐ロンの統治者という重責を背負う12歳の少女は、そのまぶたの奥の暗闇の中で何を思っているのだろうか。

 

 

「……ボルファス、皆も、今日は本当に迷惑をかけました」

 

 少女はそう言うと、皆に向かってゆっくりと深く頭をさげた。

 しかし、殊勝な態度で深く頭をさげつつも、ナナーシュという12歳の少女は、今日生まれて初めてした冒険を思い、心の中でニコリと笑みも浮かべていた。

 

 

 

 

 アンコウたちに用意された宿泊所は、かなり立派なもので邸宅と呼べるような屋敷だった。

 ワン‐ロンの統治者であるナナーシュの命を救ったのだから、アンコウたちの扱いが悪いわけがない。

 

「あははっ、まったく、突然の貴族暮らしだな」

 

 アンコウは部屋に置かれた無駄に豪奢なテーブルを前に、これまた無駄に細かく彫刻が彫られた御立派な椅子に座り、茶をすすり、甘味を口に運んでいる。

 アンコウは、この2週間ほど、悠々自適な何不自由ない生活をしていた。

 

 しかし、アンコウの機嫌はあまりよろしくない。そう、物質的には申し分なく満たされている。

 それに多少の制限はあるものの、行動の自由も認められてはいるのだが…………

 

「………チッ」

 アンコウはちらりと右側の壁の方を見て、ちいさく舌打ちを漏らした。

 

 その壁際には、メイド服を着たドワーフ女がピクリとも動かずに立っていた。

 この屋敷には同じような者たちが、アンコウたちの世話係と称して、男女問わず何人も配されている。

 

(何が世話だ。完全に監視役じゃねぇかよ)

 

 正式な許可なく突然やってきたアンコウたちは、結果的にナナーシュの命を救ったとはいえ、それなりに警戒されていた。

 屋敷の中のどこにいても、このメイドのように誰かがついてくる。

 

 それは外出しても同じだった。ついてくるな、ひとりにしてくれ と言ってみても、大切な客人にそんな失礼なことはできないと、きわめて頭にくる同じセリフをどいつもこいつもが口にした。

 

(………それになにより、こいつらの態度)

 

 ドワーフは妖精種、エルフに次ぐ優勢種族とされている。元々人間に対する差別意識は強い。

 無論、ナナーシュの客扱いであるアンコウに対して、あからさまな差別は行わないが、

(んだよ、その目はよっ)

 

 メイドたちがアンコウを見る目、接する態度、その節々にアンコウに対する蔑視の意識が感じられるのだ。

 この二週間で、かなりストレスを溜め込んだアンコウは、

 はあーっ とため息をつきながら椅子から立ち上がり、おもむろに開け放しになっている部屋の扉のほうに歩き出す。

 

「あの、アンコウ様どちらに」

 

 このドワーフメイドの身長は、140㎝ほどであろうか、年の頃は若いということしかわからないが、立派に成人したドワーフの女だ。

 

「……ただの散歩だ」

「では、お供します」

「……ただの散歩にそんなものはいらない」

「いえ、大切なお客人に、共の者もつけないなど、そんな失礼なことはできません」

 

 この2週間で何度こんな会話を交わしただろうか、アンコウが派手な罵声を浴びせたことも、一度や二度ではない。

 

 アンコウが憎憎しげな目で、そのドワーフメイドをにらみつけてもドワーフメイドはどこ吹く風。

 それどころか、ごねるアンコウに対して、いっそう蔑むような目を向けてきた。

 

「私どもは、このお屋敷に滞在されるどのようなお客様に対しても、全力でお世話いたしますのが勤めでございます」

 

「へえぇ~、どのようなねぇ~。どんな客でも神様ですってことかい。その割には見え見えで、人間様を見下しているように見えるけどな。ああ、アレか、あんたまだ見習いかなんかで演技力が不足してるとか?」

 

「………いえ、そのような失礼なまねはいたしません。アンコウ様は慣れないワン‐ロンでの生活で、お疲れなのでは?

 お出かけは止められて、お屋敷でごゆっくりされてはいかがでしょうか。ご要望があれば私どもがお世話させていただきます。そう上より命を受けておりますので」

 

(こ、このやろおぉぉ)

 アンコウはさすがにキレた。

 

「……………………………そうだな、じゃあ、お言葉通り、今日は一日この部屋で休むとするかな」

 

「ええ、それがよろしいか えっ?」

 アンコウは突然、腰を曲げて、メイドに顔を近づけてきた。

 メイドのすぐ目の前まで、アンコウの顔が接近する。

「あんたが言い出したことだ、きっちり付き合ってもらうからな」

「……えっ、キャアッ!」

 

 するとアンコウは、すばやくドワーフメイドの背後に回り、メイド服の上から二つのふくらみを鷲づかみにした。

 

「な、何をするんですかっ!」

「今日は一日、部屋でゆっくり休むんだよ。あんたにお世話してもらってな」

 

 ドワーフメイドは逃げ出そうと前かがみになるが、後ろからぴったりくっついたアンコウは離れない。

 

「いやっ、やめてっ、やめてくださいっ」

「おいおい、さっきまでの高飛車な態度はどうしたよ」

 

 140㎝といえば、ドワーフの成人女性としては、高くもなく、低くもなくといったところか、

(へぇ、背のわりに結構胸あるな、この女)

 メイドはアンコウに抱きつかれながらも何とか逃げようと歩き出すが、ぴったりとくっつくアンコウは離れない。

 

「ああっ、離してっ!」

 足がもつれたメイドは、前にあったテーブルに両手をつき、体を支えた。

 

 そんなメイドの背中からアンコウは体重を乗せ、動きを封じようとする。

 そして、アンコウの両手の動きがさらに激しくなってくる。

 

「なっ、なにをしてるのっ!」

「全力で、お世話してくれるんだろ。部屋で休みながらよっ」

「こ、こんなのはちがいますっ」

 

 ドワーフメイドの胸が、アンコウの手によって大きく形を変えていく。

 

 アンコウたちが今いる部屋の窓は、大きく開け放たれている。窓の外から、昼前のさわやかな風が吹き込み、また、部屋の外へと流れていく。

 

・・・・「ああ、やめてっ」

・・・・「ああ、はなしてっ」

・・・・「ああっ、あんっ、アアッ」

 

「なぁ、知ってるか、人間の男も悪くないんだぜ」

 アンコウの実に悪いセリフだ。

 いつのまにか太ももが見えるまでアンコウにたくし上げられたメイドの長いスカート。

「アンッ、もう、やめてくださいっ」

 

 このドワーフメイドは、確かに人間族であるアンコウに蔑視の気持ちを抱いている。

 ただ、それと同時に、メイドとしての教育をしっかり受け、キャリアを積み重ねてきたこのメイドは自分の仕事に誇りも持っていた。

 

 だからこそ、表面的にとはいえ、このワン‐ロン宗家が所有する屋敷において、人間族相手にもうやうやしく奉仕してきた。

 だからこそ、乳を揉みしだかれても、ここまで我慢した。

 

「あっあっ、やめっ」

「かわいい声も出せるじゃないか」

 

 そして、アンコウの右手が、たくし上げられたドワーフメイドのスカートの中に消えていく。アンコウの指が動く。

 

「!アアンッ!

 い……………い、いいかげんにしろおっ!この人間がっ!!」

ドガァンッ!

 アンコウに引き続き、今度はドワーフメイドがキレた。

 

 ドワーフメイドの振り向きざまの右フックが、アンコウの顔を打ち抜いた。

 ドワーフは皆、抗魔の力を持っている。そしてドワ-フは特に筋力が強い。男も女もだ。

 殴られ、吹き飛ぶアンコウ。

 

「ぐがあぁっ!」

ズザザザアァーッ

 勢いよく床に転がったアンコウ。口の端から血が出ている。

 

「ぐうぅっ、痛いてえぇっ………」

 

 アンコウは上半身をわずかに浮かし、自分を殴った女を見る。

 ドワーフメイドは両腕で、自分の胸を押さえ、アンコウをきつく睨みつけている。しかし、その目には涙が溜まっていた。

 

 アンコウは床に転がったまま、ゆらりと右手をその女に向かって伸ばし、

「もっと揉ませてくれよお~~」

 と、言った。

 

「し、しねっ!クソ人間っ!」

 

 そのドワーフメイドは大声でアンコウを罵ると、目に涙を溜めたまま部屋を走って出て行った。

 

 

「…………へっ、ざまぁみろ。素直になったじゃないか、クソドワーフメイド」

 

 アンコウはしばらく床に寝転んだままでいた後、ゆっくりと立ち上がり、ドサリと再び椅子に腰をおろした。

 

「ふうぅーっ………やっとひとりになれたな」

 

 窓の外から吹き込むさわやかな風が、アンコウの腫れた頬をなでていく。

 

 

 

 

 アンコウは、どれぐらい一人の時間に浸っていたのだろう。まだ椅子に座り、目を瞑っていたアンコウに、

 コンッコンッと開けっ放しになっている扉をたたきながら声をかけてくる者がいた。

「アンコウ、ちょっといいか?」

 と、聞き覚えのある声。

 

 アンコウが目を開けると、扉のところに立っていたのは、ドワーフ戦士のミゲルだった。

 

「何だ、ミゲルか」

 

 ミゲルは、ドワーフの中では人間に対する差別意識が薄いようで、アンコウにとってはこのワン-ロンの数少ない知り合いの中でも、話し易い相手のひとりだ。

 しかし、アンコウが返事をしても、ミゲルは扉の付近から動こうとしない。

 

「どうした?話があるんだろ、中に入ってきたらどうだ」

「……ああ、話がある。だけど今日は個人的な用事ではない」

 

 ミゲルが目つき鋭く、背筋を伸ばす。

 

「ワン‐ロン宗家が家臣、ミゲル・ナスリムスとして、グローソン公ハウル・ミーハシ殿が直臣、アンコウ殿にお話しがあり参上した」

 

 ミゲルのその口上を聞き、アンコウは反射的に布でグルグル巻きにしている右腕を押さえた。

 そして、アンコウの顔が複数個所、いっせいに引きつりはじめた。

 

「…………………なんのことでしょう」

 

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