Ankou°˖◝(⁰▿⁰)◜˖ 異世界をゆく   作:かまぼ子ロク助

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第7話 宿屋トグラス

「ハァハァハァ、痛っ!クソッ!」

 

 辻斬りの3人組から逃げて、アンコウは人気のない細い路地で座り込んでいる。

 アンコウは吹き矢で刺された痛みに毒づきながら、亜空間収納の背嚢に手を突っ込んでいた。

 

「まずいな。あの野郎、辻斬りのくせに毒針なんて使いやがって何考えてやがるんだ。クソッ!」

 

 アンコウに刺さった太針には毒が塗ってあった。

 体がだるく全身に毒が回っていく嫌な感覚がアンコウを襲っている。針が刺さった場所がすでにかなり熱を持っていた。

 

 アンコウは背嚢(はいのう)の中から回復剤であるポーションをとりだした。ポーションには専用の毒消し剤には劣るものの、ある程度の毒消し作用もある。

 

 すでにある程度全身に毒が回っていると判断したアンコウは、とり出したポーションを半分ほど飲み、残りの半分を針の刺さった箇所に布を当て、その布に染み込ませた。

 

「………へへっ、大金が入ったと思ったらこのざまだ。なんだってんだよ。クソ貴族がっ」

 

 刀の試し切りにされようとして腹が立たないわけがない。アンコウは傷の痛みよりも怒りで心が激しく乱れていた。

 

 しかし、受けた傷は太いとはいえ針が刺さった二カ所だけ。アンコウはこれまでの経験からポーションさえあれば毒は消せるので、襲撃者から逃げおおせた以上、問題はないと思っていた。

 

 だが、大金を得た対価なのであろうかアンコウの不運は続いた。アンコウの体に毒が巡る感覚が、ポーションを使用してしばらく待ってもまったくなくならなかったのだ。

 

「な、なんで……!」

 

 ポーションでまったく解毒できていないことに気づいたアンコウは、あせって再び背嚢の中に手を突っ込んだ。

 そして、回復系よりも高価な専用の毒消し剤をつかみ、取りだした。

 

(き、効いてくれよ)

 アンコウはそう祈りながら、今度は毒消しの液剤全てを一気に飲み干す。

 

 そして薬が効果を表すのを待ち、アンコウはしばしの間、その薄汚れた路地にじっと座っていた。アンコウの耳にどこからともなく、ネコの鳴く声が聞こえてきた。

 

…………アンコウの心が、徐々に恐怖に侵されていく。

 

「く、薬が効いてないっ」

 

 いや、まったく効いていないわけではなかった。しかし解毒するほどの効果は表れておらず、毒の進行を遅くした程度。

 このままでは、アンコウの体はじきに完全に毒に侵されてしまうだろう。

 

「……だ、だれか」

 アンコウは徐々に膨らんでくる不安と恐怖から、人影を探すようにまわりを見わたした。

 

 空を覆う雲のせいもあって、昼間だというのにアンコウが座り込んでいる路地は薄暗く、ポツリポツリと雨も降り続いている。

 

 アンコウは不安をぐっと抑えて立ち上がる。

 このあたりは治安の悪い貧民街、善人よりも悪人が多い地区であることをアンコウは思い出した。

 

「くそっ。この程度でビビッてんじゃねぇ。自分の身は自分で守る、だろうがっ!」

 

 アンコウは自分自身に言い聞かせるように言葉を発し、鋭い目つきで誰もいない路地を再び見渡した。

 

 アンコウは毒が確実に自分の体を侵しつつあることを認識する。

 アンコウが持っていた毒消し剤で解毒できなかったことを考えると、アンコウの体に入り込んだ毒物はかなり強力なものか、あるいは珍しい種類の毒物が使われていたのだろう。

 

(ここで倒れるのはまずいっ!)

 

 この場所で意識を失えば、毒の強弱にかかわらず、アンコウは死ぬだろう。

 今は人影はないが、もしアンコウが倒れ身動きができなくなったなら、間違いなくどこからともなく人が現れて、アンコウの身ぐるみをはぐ。

 

 そして場合によれば、親切にも毒に苦しむアンコウの息の根を止めて、苦痛からアンコウを解放してくれることだろう。ここはそういう場所だ。

 

 アンコウは、どれだけこの世界を嫌おうとも死ぬ気はない。毒の回りが早くなるかもしれないが、アンコウは覚悟を決めて走り出した。

 当初から目的地としていた宿屋へ。あそこまで行けば、少なくとも襲撃者の危険からは逃れられると考えた。

 

 目指す宿屋の名前は 「トグラス」。

 

 アンコウが冒険者になるため、初めてこの町にきたときに、最初に泊まった宿屋だ。

 酒とバクチ好きの亭主はともかく、実質、宿を切り盛りしている女将(おかみ)はとても親切で明るい人だ。町の生活の右も左もわからないアンコウに、親切に常識的な知識を教えてくれた人でもあった。

 

 もちろん宿賃はしっかり払ったうえでの客に対する対応であったのだが、アンコウが回復剤の効かない病気にかかったときや、ひどい怪我をして回復剤を使ってもしばらくの安静が必要になったときなどは、この女将が看病してくれたこともあった。

 

 それゆえ、アンコウは場所的に少し便の悪いところにある この宿屋を定期的に利用し、時には少し多めに宿賃を払うなどしていた。

 もちろん、単純に感謝の気持ちからなどではなく、何かあったときはよろしく頼むという計算があってのことである。

 そのことは商売である宿屋のほうでも、当然理解していただろう。

 

 

「ぐぅ、右足の感覚がなくなってきた」

 

 薄汚く陰鬱(いんうつ)な雰囲気の町並みの中を走り抜けながら、アンコウの息が次第にあがっていく。

 

「ハァハァハァ、も、もう少し」

 

 徐々に道が広くなるにつれ、ぽつぽつと人の姿も見えるようになっていた。しかし、いずれもこの貧民窟の住人。

 

 アンコウを見る目つきに、あきらかに怪我をしているアンコウを心配する様子はまったくなく、まるで目の前で獲物が死に絶えることを待つハイエナのような目で、走りすぎるアンコウを見ていた。

 

 アンコウは片足を引きずり、左手をダラリとさげながらも、ようやく裏通りを抜け出した。

 アンコウは裏通りを抜けても走ることをやめず、宿屋トグラスにむかって走り続ける。

 

 そしてようやく走るアンコウの視界に、トグラスの看板が目に入ってきた。

 

 

「ハァハァハァ!、も、もうすぐだ」

 

 アンコウはそのままの勢いで、宿屋の中に駆け込んだ。

 

ドタンッ!

「ぐぅっ、」

 

 アンコウは店のカウンターに勢いよく両手をついて、十分に力が入りずらくなっている体を支えるようにカウンターに体をあずけながら、なんとか立っていた。

 

 

「な、何!?……アンコウさん!?どうしたの!」

 

 店の奥からこの宿の女将、テレサがあらわれた。

 

 テレサの年はアンコウよりも10近く上で、もう30は過ぎているはずだ。

 テレサは人間族で中肉中背の体躯、色白できれいな顔つきをしていたが、あまり出来のよくない亭主に長年積み重ねてきた日々の仕事の疲れがあるのだろう。童顔ではあるが、その顔には年相応のシワも浮かんでいた。

 

 しかしテレサは、女性らしい色気もある美しいといえる女性で、性格的にも明るく親切であったため、なかなか客うけもよく、アンコウのように常連となっている者もそこそこいる。

 

「ハァハァハァ、……ど、どうも」

「アンコウさん!怪我してるの?」

 

ドサッ!

 アンコウは、金の入った袋をカウンターの上にいきなり出した。

 

「部屋を頼む。宿賃だ。とりあえずテレサさんに預けとくよ」

「わ、わかったわ。それより大丈夫なんですか?」

「あ、ああ。大丈夫だ。この金の中から毒消し剤を買ってきてくれないか?上質のやつを、普通のじゃダメだ」

「ど、毒………」

 

 毒と聞いてテレサの顔色が変わる。

 しかし、長年この町で宿屋の女将をやってきたテレサだ。必要以上に狼狽(うろた)えることなく、アンコウが差し出した袋の中身を確認する。

 その袋の中には銅貨、銀貨だけでなく金貨も多数入っていた。

 

「わ、わかったわ。これはとりあえず預かっておきます。毒消しもすぐに買いに行かせるから」

「た、助かるよ。女将さん」

 

 アンコウは部屋の鍵を受けとると、重い体を引きずるようにして、2階へつづく階段をのぼっていく。

 

「手を貸しますよ」

 

 思うように体を動かせなくなっているアンコウに肩を貸して、テレサも階段をのぼっていく。

 

「テレサさんはやっぱり力持ちだな」

「アンコウさん」

 テレサが少し非難するような目でアンコウを見た。

 

 からかったのではなく、これまでの付き合いの中で、アンコウはテレサが普通よりもかなり腕力が強いということを とある出来事をきっかけに知っていた。

 

 テレサの口から直接効いたわけでなく、生まれつきか後天的なものかはわからないが、テレサには魔素に抗する力があり、常人より強い身体能力を持つ人間だろうとアンコウは思っている。

 

 しかし、テレサ自身は冒険者であったことはなく、今もそれをほのめかされることすら嫌がっている風であった。

 

「……ごめん、助かるよ」

「バカなことを言ってないで。行きますよ」

 

 アンコウはそのままテレサの肩を借りながら部屋に入り、ベッドに倒れ込んだ。

 そしてテレサはアンコウの装備を解いて、そのままベッドに寝かすと、すぐに部屋を出て行った。

 

 アンコウはベッドに横たわると、すぐに意識が朦朧(もうろう)としてきた。

 

(………ギリギリだったな)

 毒針が刺さった場所だけでなく、すでに全身が熱をもってきている。

「ハァハァ、くそ。あいつら剣の試し斬りだけじゃなくて、毒まで試してやがったのか」

 

 おそらくアンコウに刺さった針に塗られていた毒は、このあたりではほとんど知られていなタイプの毒だろう。

 アンコウが持っていた毒消し剤ではほとんど解毒効果が得られなかったが、毒の回りを遅延させる効果はあったらしい。

 

 より上質の毒消し剤ならば、もう少し効果があるかもしれないとアンコウは考えて、テレサにより上質の毒消し剤を買ってきてくれるように頼んだ。

 

 

「ハァハァハァハァハァハァ、

 息荒く、アンコウがベッドの上で苦しんでいるだけの時間がしばらく過ぎる。

 そんな中、部屋の扉がノックされた。

 

コンッ、コンッ

「アンコウさん、入りますよ」

 

 アンコウをベッドに寝かせた後、すぐにまた部屋を出て行ったテレサの声が聞こえた。テレサは一声かけて、すぐに部屋の中に入ってきた。

 

「アンコウさん、毒消し剤を買ってきましたよ。言われたとおり、上質のものです」

「………ハァハァ……ありがとう」

 

 アンコウは重い体を起こして、テレサが持ってきてくれた毒消し薬をゆっくりと飲み干した。そして、アンコウは再びベッドに横たわる。

 

「………テレサさん、ありがとう」

 アンコウはテレサのほうに顔をむけて、あらためて礼を言った。

 

「いえ。薬が効くといいですね。またのぞきに来ますから、何かあったら遠慮なく言って下さい。ここにもう一本置いていきますから」

 

 テレサは同じ毒消しをもう一本買ってきてくれていたようだ。

 その毒消し剤をベッドの横のテーブルのうえに置き、テレサは心配そうにしながらも、部屋を出て行った。

 

(やっぱりいい人だな、あの人は。ありがたいよ)

 

 しかし、いい人が幸せになれるとは限らない。

 飲んだくれの博打打ちの亭主とテレサが結婚したのはテレサが15の時で、今14になる一人娘がいる。

 娘は12の時に、同じくこのアネサの町で商いを営んでいる商家に奉公に出されていた。

 

 これぐらいの宿屋を営んでいる家の一人娘ならば、もう少し親の庇護下で教育を受けさせるなり、この宿を手伝わせて婿をとるなりするのが普通だ。

 

 しかし、この宿屋の売り上げのかなりの部分をこの宿屋の名目上の主であるテレサの亭主が使い込んでいるという状態の中、テレサは娘がこの家に居続けることを良しとしなかった。

 

 娘の将来のことを思えば、早い段階で信頼できる人物に託し娘に自立する力をつけさせるほうが良いと考えた。

 そして信頼できる知り合いの紹介で、テレサは、娘が12歳になってすぐ、それなりの大店(おおだな)の商家に奉公に出した。

 

 テレサは亭主が心を入れ替えて、真面目に働いてくれるなどということはすでに諦めていた。

 その人生の憂いがテレサの顔に出ており、表面上は明るさを失っていないものの、彼女の心の影になっていることは、アンコウにもわかっていた。

 

 

「ぐうぅぅぅぅ………」

 

 アンコウは目をつむり、毒による苦しさに耐え続けていた。そのうちに、

 

(…………よかった。少し効いてるみたいだ)

 アンコウは、自分の体の中を巡る毒が少しづつではあるが、薄らいできているのを感じはじめていた。

(……だけど、即効性はないみたいだな……)

 

 アンコウの体の熱はまだ高いままであったが、それは毒を消すための体の自然な反応でもあるので、毒消しが効いてきているのならば、あとは時間の問題だとアンコウはひと安心できた。

 

 アンコウは、あとはゆっくり休むのみだ と、意識的にゆっくり大きく呼吸をしながら、そのまま眠りについた。

 

 

 アンコウが毒に侵されながら見た夢は、やはり悪夢。この世界にきてすぐに奴隷にされていたときの夢を見た。

 アンコウはこの世界に来たとき、魔素に抗する力を持たない無力な人間族であった。

 

 そしてアンコウは騙され、売り飛ばされて、とある農村で農奴となった。

 それまで、豊かで平和な世界で生きていたアンコウにとって、その農村での経験は地獄としかいいようがないものだった。

 

 まず、自分は労働力という名の動くモノであり、毎日毎日、朝も昼も夜もなく農場主の都合で働かされた。

 絶えることのない暴力、アンコウを働かすために、あるいは単なる遊びで、また同じ奴隷の者たちからも激しい暴力をうけた。それは、正気を失うほどの暴力だった。

 

 しかし、アンコウが農奴になって一年ほど経ったときに事件が起こった。

 農場主が村に来た商人に収穫物を売り、アンコウを含めた複数の農奴が、その売れた農作物を町まで運ぶため商人の荷車を押して町まで行くことになった。

 この商人は町の大きな商会の番頭格の人間であったらしい。

 

 そして、その町まで行く道程で、アンコウたちは賊に襲われたのだ。

 アンコウと同じ農奴はもちろん、商人の護衛を務めていた武装した者たちも次々と殺されていった。

 

 その死の恐怖と血溜まりの中で、アンコウは力に目覚めた。今のアンコウが持つ魔素に抗する力を突然に得たのだ。

 

 アンコウは生き延びるため、殺された者が持っていた剣をとり、ただひたすらに賊を斬り続けた。そのアンコウの奮戦に残っていた商人の護衛たちも勢いを得て、賊は一人残らず斬り殺された。

 

 アンコウはこの時の働きにより、奴隷の身分から解放されることとなる。

 

 そしてアンコウは、この商会からの護衛武者として雇うという誘いを断り、魔素の漂う迷宮がある そこから一番近い町、アネサを目指すことになった。

 

 気が狂わんばかりの暴力を一年に及びうけ続けたアンコウは、自由を、自分の意思で生きる環境を渇望(かつぼう)した。

 自由の羽を得られるのなら死んでもかまわないと本気で思っていた。

 

 

 アンコウは今、夢の中で再び奴隷となり、当時の苦しみを再体験していた。アンコウにとって、これ以上ない悪夢である。

 

そして悪夢にうなされつつもアンコウは、ふと人の気配を感じて目を覚ました。

 

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