Ankou°˖◝(⁰▿⁰)◜˖ 異世界をゆく   作:かまぼ子ロク助

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第73話 追い詰められた末の選択

 アンコウは、テレサに群がっていた小豚鬼(チープオーク)を次々に排除していく。アンコウの猛々しい動きに、小豚鬼(チープオーク)どもの動きが鈍る。

 

(やっぱり俺、強くなってるよなぁ)

 己の力を客観的に分析して、ふと思う。

 

(まぁ、あれほどじゃないけどな)

 

 逃げようと走り続けた結果、さらに距離が離れたが、アンコウの視界遠くに中級豚鬼将(ミドルオーク)の姿が映っており、それにむかって飛びかかり、紫の光を纏う長剣で斬りつけているマニの姿も小さく見えていた。

 

 今もマニにはとても及ばないと自覚するアンコウではあるが、この数ヵ月間で格段に戦闘能力は上がっている。

 だから、以前なら逃げるしかなったはずの小豚鬼(チープオーク)の集団相手に、ここまで一人で立ち向かうことができている。

 

 この広場での短い戦闘を通じて、それを理解したからこそ、襲われているテレサを助けに来た。弱いままであれば、間違いなくテレサを撒き餌にして逃げただろう。

 

 しかし、わずかながらでも敵より勝る強さがあるのなら、テレサをこの醜い豚どもに陵辱させて、己が逃げる時間稼ぎのための撒き餌にすることをアンコウは受け入れることができなかった。

 

 この広場で見殺しにした見ず知らずの女たちと違い、テレサの存在はアンコウの心の中で、ある程度の重みを有している。

 

 ただ、(マニやテレサがここに来なければ、俺は今頃逃げることができていた)という思いもある。だからアンコウの表情は硬い。

 だが、今のテレサにアンコウのそんな心の内はわからない。

 (旦那様が助けに来てくれた)と、潤んだ目で戦うアンコウを見ていた。

 

「テレサッ!立てっ!」

 アンコウが魔戦斧を振るいながら叫んだ。

「は、はいっ」

 

 テレサは、はっきりと返事をしたものの、

「ああっ!?」

 と、足腰にすぐには力が入らないようで、ヨタついている。

 

「チッ、テレサッ!弓を拾えっ!」

「は、はいっ!」

 

 アンコウはちょうど目の前にいた小豚鬼(チープオーク)の腕を叩き斬ると、テレサのほうに走りよる。

 テレサは弓を拾うものの、まだ中腰で立ち上がれていない。

 

「あっ、旦那さまっ」

 

 アンコウは、テレサに駆け寄ると同時に肩に担ぎ上げた。

 久しぶりにアンコウに体を触れられたテレサ。テレサの鼻にアンコウの懐かしい匂いが薫る。

 

 アンコウは久しぶりに触れたテレサの肉付きのよいやわらかい体の感触を楽しむ間もなく、小豚鬼(チープオーク)どもの隙間をついて走り出した。

 

 走るアンコウ、テレサを担ぎながらもその走る速度はかなり速い。テレサなど軽いものだと言ったところか。

 

ブモオォォオッ!ブフウゥゥウッ!ブヒッ!ブヒッ!ブヒヒッ!

 

 鼻息荒く、股間を膨らました豚どもが、アンコウ・テレサの後を追いかけてくる。

 

 アンコウに担がれ、走る後方を見ているテレサは、その豚どもの姿を見て 「ヒッ」と声をあげた。

 

 その小豚鬼(チープオーク)の全体の姿が見える分、先ほど覆いかぶさられていた時とは、また違う醜悪さがある。

 走る豚の目は獣欲に血走り、ヨダレを垂れ流し、股間の突き出た粗末な棒がぶるぶる揺れている全形が見えていた。

 

「いやだあぁっ」

 

 恐怖と嫌悪感に耐えかねたテレサは、アンコウの肩の上で弓を構えた。

 

ヒュンッ!ヒュンッ!ヒュンッ!

 

 テレサは不安定な体勢ながら器用に矢を放つ。

 威力はかなり小さいものの、狙いは正確に小豚鬼(チープオーク)に命中していく。

 

ブモォォッ!ドザンッ!ブモホオォォッ!

 ゴロォォオオオーー ドザンッ!ドザンッ!

 

 足を矢で射られ、転ぶ小豚鬼(チープオーク)。後ろを走る小豚鬼(チープオーク)がそれに巻き込まれ、次々に転がる豚が続出する。

 

(へえっ、やるなぁ)

 テレサを見てアンコウは思う。

 

 いつの間にこれほど弓の技術を上げたのか、手に持つ魔弓はおそらくこのワン‐ロンのものだろう。それに矢魔筒をごく自然に使いこなしている。

 アンコウは走りながら、肩の上に担いでいるテレサが見せる技に驚き感心していた。

 

 アンコウにとって、自分の所有物の価値があがることは喜ばしいことだ。

 すると何を思ったか、アンコウはテレサを担ぐ左手をももから尻の方へと少し移動させ、指を(うごめ)かせた。

 

「!んんっ、ちょっ、だ、旦那さまっ」

 テレサの足がビクリと跳ね上がった。

 

 アンコウは何も言わず、左手はすぐに元の位置に戻しそのまま走り続ける。その前を向いて走り続けるアンコウの顔には、ニタリと笑みが浮かんでいた。

 

 小豚鬼(チープオーク)よりさらに小さなオークが、テレサの下にいたようだ。

 魔獣は魔素の吹き溜まりで、その形を成すとき、森羅万象生者死者の形なき漂う負の思念を取りこみ生まれる存在と言われている。

 ならば 小豚鬼(チープオーク)の下劣さは、人の下劣さの一部なのかもしれない。

 

(も、もう、こんなときにぃっ)

 

 テレサは一時動きを止め、眉を(しか)めていたものの、顔に嫌悪の色はない。

 ただ少し、指が入ってこないよう、さっきまでよりもお尻に力を入れて、テレサはまた矢を射はじめた。

 

 

 今、この北の広場でのワン‐ロン兵と魔獣との戦闘は南側を中心に行われている。

 広大な広場ではあるが、大規模な衝突が南側で起こっていることは北側にいるアンコウにもわかる。

 

(戦闘はワン‐ロン軍が優位に進めているようだ。だけど、その分こっちに魔獣が流れてきている)

 アンコウは時間に余裕がないことを悟る。

 

 アンコウは、マニのようにこの戦場に身を置き続けるつもりはない。

 アンコウも逃げているといえ、魔獣どもを斬り倒し続けているし、マニ以外にも勇敢に戦いを挑んでいる者たちもいる。

 

 ただ、北側ではワン-ロンのドワーフ兵は少なく、魔獣の群れに蹂躙されている者たちの数が多く目立つ。

 

(あいつら、みんな抗魔の力は持っているはずなのに)

 

 ドワーフは生まれつき、強弱はあっても抗魔の力を持っている種族。本来ならば弱いといえども戦う覚悟を持ち、集団戦を挑めば、十分に戦えるはずだ。

 

 ただやはり、この広場に来ていた者の多くは、戦わずに逃げることを選択したワン‐ロン・ドワーフの中の弱者であるか臆病者たち。

 弱者と臆病者の集団など、数が多くなればなるほど激しく混乱をきたし、弱い者がさらに弱くなるだけらしい。

 

 走るアンコウの周囲に広がる凄惨な光景。弱者は他者を蹴落としながら逃げ惑い、次々と食われる肉塊となり、あるいは陵辱される肉塊となっている。

 アンコウはどこからか流れてきた血の川を踏みながら、テレサを担いで地獄の中を駆け抜ける。

 

「!テレサっ、スピードを上げるぞっ!」

 

 アンコウはそう言うと、走る方向を変え、速度を上げた。

 広場と市街地の境目(さかいめ)近い場所に、木々に遮られ見えにくくなっているが、道らしきものがあるのを見つけた。

 その付近には、あまり魔獣の姿も逃げ惑う者たちの姿も見えない。

(あの道に逃げ込もう)

 

「テレサっ!弓はもういいっ、しがみつけっ!」

「は、はいっ!」

 

 アンコウは魔戦斧を時折り振るいながらも一気に駆けた。

 路地というには幾分広いが、アンコウは目指したその逃走路に飛び込み、速度を落とすことなく走り続ける。

 

「だ、旦那さまっ、私も走りますっ、降ろしてくださいっ」

 

 アンコウはテレサを肩から下ろし、二人並んで走る。

 

(……テレサ、もう大丈夫そうだな)

 

 テレサはアンコウの横をしっかりと走っている。一本道のようだが、アンコウたちの前方に敵の姿はない。

 

「よしっ!このまま逃げきるぞっ!」

 

「はいっ!」

 

 さらに速度を上げて二人は走る。前方に敵の姿はないが、後ろから追ってきているのは間違いない。

 アンコウたちは、走って走って全力で逃げる。

 

 

‐‐‐‐-‐‐‐‐‐‐‐‐-‐‐‐‐‐‐‐‐-‐‐‐‐

 

 

「はぁはぁはぁはぁはぁ」「ハァハァハァハァハァ」

 

 アンコウとテレサは息を荒くしながら立ちすくんでいた。

 

 飛び込んだ道はどこまで走っても一本道で、途中からは左右も石垣のような壁になっていた。それでも、いまさら引き返すこともできず、ゆったりと大きく曲がりはじめた道をそのまま走った。

 そして今、アンコウたちの前方にも高い壁。

 

行き止まり―――――――

 

「ざけんなっっ!」

 

 アンコウは吐き捨て、今来た道を走って戻り始める。少し走ると一本道の前方が開ける。

 アンコウの目に一本道を進み来る物凄い数の小豚鬼(チープオーク)の群れが見えた。

 

「!!!くっ!」

 

 やむを得ずアンコウは再び、今来た道を戻る。そして、その前方には高い壁。

 

 

「ぐうぅぅぅ………っ」

 唸るような声を漏らした後、アンコウは高い壁を睨みつけた。確かに高い、高いが、

(………道具を使えば、十分越えられる。だけど……少し時間がかかる)

 

 アンコウはまた後ろを振り返る。

 

(じき豚どもが来る。壁を登っているとき叩き落されたらさすがにまずい)

 

 冷たい汗がアンコウの額から落ちる。ポタポタと。

 なぜこの道に逃げる者の姿がなかったのかをもう少し考えるべきであった。ワン‐ロンの住人たちは、当然この道が袋小路であることを知っていたのだ。

 

「チッ!」(しくじったっ)

 

 アンコウは再び高い壁を仰ぎ見る。

 

(俺一人なら、そこまで長い時間をかけずに越えられる………)

 

 魔獣どもの姿が此処になかったのは、ここに獲物がいなかったから。

 いま醜い小豚の群れが押し寄せてきているのは、ここにアンコウとテレサがいるから………主に人間族の女であるテレサがいるからだ。

 

「……………時間を稼ぐ………撒き餌」

 アンコウの思考の声が小さく小さく漏れた。

 

「………あ、あの………」

 テレサが不安げに壁を睨むアンコウを見ている。

 

 アンコウは振り返り、今度はテレサをじっと見る。アンコウの顔に何ら表情は浮かんでいない。

 

「だ、旦那様、魔獣が来ますっ」

 そう言うテレサの顔は真っ青だ。

 

 アンコウについて、道を行ったり来たりしたテレサも、後ろから迫る醜い小豚の群れを視認していた。

 

(あ、あれに飲み込まれたら)

 テレサの心は、再び絶望に染まる。

 

 ゆえにテレサは、(すが)るような思いでアンコウを見つめている。アンコウも逸らすことなく、そのテレサの目を見ていた。

 

 不安に染まるテレサの足が、もっとアンコウに近づこうと動き出す。

 しかし、アンコウはテレサから目を逸らし、近づいてくるテレサをかわすように歩き始めた。

 

「あっ」と声を漏らすテレサ。

 

 アンコウはその声に反応を示すことなく、無表情のまま歩くスピードを速める。そして、テレサを無視してアンコウは走り出した。

 

「あっ!旦那さ、待ってっ!」

 テレサも走る。

 

 アンコウはゆったりとしたカーブを全力で走る。そうするとアンコウの前方に数え切れないほどの醜き豚の群れが見えてきた。

 

「テレサっ!そこで止まれっ!」

 

 アンコウは、後ろを走りついてきていたテレサに命令する。

 しかし、テレサは止まらない。怖いのだろう。

 

「止まれっっ!!!」

 

「ヒッ!は、はいっ」

 テレサは怯えるような声を出して、ようやく停止した。

 

 アンコウは醜き豚の群れに向き直り、空を見上げる。ここはワン‐ロン地下迷宮都市。そこに空はなかった。

 しかし、人工の暖かい光が降りそそいでいる。

 

(すげぇよなぁ、誰がつくったんだぁ)

 

 アンコウは(まぶ)しくない暖かい光を仰ぎ見た。

 

「………テレサっ!」

「は、はいっ」

「お前はそこにいろっ、自分の身は自分で守れっ!」

「!!~~~」

 

 テレサは一瞬見捨てられたのかと思うが、どうも違う。

 魔戦斧を右手に持ったアンコウが押し寄せる小豚鬼(チープオーク)の群れのほうに向かって、さらに足を踏み出したのだ。

 

「!だ、旦那さまっ!?」

 

 

 

「ああ、最悪だ、最悪だ、ちくしょう、ちくしょう」

 

 歩くアンコウは薄っすらと涙を浮かべながら、ぶつぶつとつぶやいている。アンコウに死ぬ気はない。

 

「なんなんだよ、クソッたれ、天気はいいのによぉぉ」

 

 死ぬ気がないなら、アンコウも自分の身は自分で守るしかないのだ。

 

「あーーー誰か助けてくれよぉ………………………………」

 

 ………アンコウが纏う覇気が変化していく。アンコウは魔戦斧との共鳴を高めている。

 

 アンコウは手に持つ魔戦斧のスパイク部分に加工され、嵌め込まれた大きい赤い魔石を見る。

 少しするとその加工された赤い魔石のあたりに仄白色の光球が形成されていく。気弾のようだ。

 

 アンコウは覚悟を決めた。

 

「…………うひひっ、この斧は高性能だねぇ」

 

 魔工匠ログレフの仕事はすばらしい。そして次の瞬間、

 

ブオォォンンッ! と、アンコウは魔戦斧を大きく振るった。

 

 高速で飛び出す仄白光球の気弾。

 

シュウゥゥンッ!―――――――ドグゥアンッ!

 

 着弾、破裂、押し寄せる小オークの集団の先頭にいた豚が弾け飛んだ。

 

「「「「ブモオオオォォォオオオーーッ!!!」」」」

 

 響く豚どもの雄たけびの中、

「…………」

 アンコウは無言のまま、魔戦斧を握りなおす。

そして、

 

「イヒヒヒヒィィィイイイイーーッ!」

 

 アンコウは奇声を発しながら、小豚鬼(チープオーク)たちの群れにむかって走りはじめた。

 

 テレサはそのアンコウの一連の行動を、呆然と、ただ眺めていた。

 しかし、豚の群れに突き進むアンコウを見て、テレサの顔から怯えの色は消え、目に宿る光が変わる。マニの言う戦士の目に変わった。

 

 

 そして、テレサは弓を構え、光矢をつがえた。

 死にたくない者は、誰であっても戦うしかない。

 

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