Ankou°˖◝(⁰▿⁰)◜˖ 異世界をゆく   作:かまぼ子ロク助

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第80話 ダッジの目にも涙

「ざけんじゃねぇよ。誰が誰に助けてもらったってぇ?」

 

 アンコウは男の胸の上に足を置いているだけだ。しかし、男は動けない。

 男はようやく相手が、自分では到底敵わない抗魔の力持ちであることに気がついた。

 

「それになにより―――これは俺の金だろうがっ!ああっ!?」

「ひぃぃぃぃぃ」

 

 アンコウは足の下の男を睨みつけ、左の手の平で、ぽんぽんと銭袋をはねさせている。

 その男だけでなく、周囲にいる人たちもアンコウに怯えていた。

 

 先ほど五人のゴロツキを相手にしたときのアンコウは、腰の魔戦斧を抜くことはなく、素手で相手をしていた。

 しかし今は、ふざけたことを言われはしたが、相手はダッジの連れの者であるにもかかわらず、いきなり抑えていた覇気を開放し、魔戦斧を抜き放って共鳴さえ起こしている。

 

 持たざる者が怯えるのは当然だし、ダッジの知り合いと思われる者相手に、いささか過剰ではないのか。

 いや、違う。これはアンコウの彼に対する威嚇なのだ。足で踏みつけている男に対するものではない。横に立つダッジに対するものだ。

 

 アンコウはゴロツキどもを血祭りにし、久方ぶりにダッジに会ったせいで、すっかり冒険者モードに入ってしまったようだ。

 冒険者など、サル山の猿に等しい。敵味方など関係なく、俺のほうが上なのだと、常に己の力を我彼(われかれ)に対し誇示することで世を渡っていく生き物だ。

 

 実際、今のアンコウを見て、あのダッジの顔色が変わっている。これはかつてなかったことだ。

 

(何だ……これは、この野郎………この短い時間で何があった………)

 

 アネサにいた頃、ダッジの力は常にアンコウよりも上だった。

 しかし、ダッジは認めざるをえなかった。今のアンコウには、自分は到底勝てないということを。

「!くくっ」

 

「おい、ダッジ。この馬鹿はお前の知り合いか?」

「あ、ああ、そうだ」

 

 アンコウは男を足で踏みつけたまま、おもむろに魔具鞄の中から回復ポーションを取り出した。

 そして、足の下で額から どくどくと血を流し続けている男の顔に そのポーションをドバドバぶちまけた。

 

「ひぃぃぃぃ…………」

 

 アンコウは男から足を離して、手に持っていた魔戦斧を鞘袋の中へ。

 そしてアンコウは、戦闘態勢を解いた。

 

「ダッジ、下のもんの教育はしっかりしとけよ」

 

 これまでとは違い、若干上から目線のアンコウが、ダッジの肩に右手をポンッと乗せながら言った。

 一瞬怒りの色をその目に浮かべたダッジだったが、なぜかすぐに、その色は消えた。

 

(うん?)

 アンコウはダッジの視線が自分の右腕にむかっていることに気がついた。

 

「おい、アンコウ、それは………」

 

 アンコウの右腕にグルグル巻きにしてあった布切れが解けかかっており、その布切れの隙間から黄金色に輝く腕輪がのぞいていた。それは、グローソン公ハウルに無理やりはめられた臣下の腕輪だ。

 ダッジは、それに目を奪われていた。

 

 アンコウは、「チッ」と舌打ちをし、布切れを巻き直しながら 縞栗鼠亭(しまりすてい)の入り口に向かって歩き出した。

 

「何してんだ、ダッジ、ホルガ。メシにするんだろ?」

「あ、ああ」

 

 

 

 

 アンコウ、ダッジ、ホルガの三人は、テーブルを囲み、縞栗鼠亭(しまりすてい)自慢の豚肉と山菜の小鉢五品の料理に舌鼓(したづつみ)を打っている。

 

 アンコウ、ダッジの二人は酒も飲んでおり、特にダッジの酒量は多い。

 二人の会話は自然、アネサ陥落からこれまでの道程と現状についての話になる。

 

「タダめし食ってんだ。詳しいことは、まずそっちから話してくれよ」

 

 アンコウがそう水を向けるものの、実はダッジ、ここに至るまでのことをあまり話したくなかったようだ。

 

(……あまり気は進まねぇが、俺が話さないと、アンコウのやつも話さねぇだろうな)

 

 先ほどアンコウが見せた魔戦斧と明らかに増している強さ、それに加えて、右腕の金色の腕輪。

 ダッジにはアンコウに訊ねたいことが、いくつもできてしまっていた。

 

 アンコウは腹をくくってグローソンに来ている以上、別に聞かれて隠し立てするようなことはいまさらない。

 しかし、自分のことを話さない相手から問われて、進んでお話をするようなお人よしでもなかった。

 そんなアンコウの性格は、ダッジもよく知っている。

 

「………まぁ、あんまり面白い話じゃねぇぜ」

 

 ダッジは酒を一杯仰いでから話しはじめた。

 

 

―――――――――

 

 

(…………ほんとにあんまり面白い話じゃなかったな)

 とアンコウ。

 

 ダッジはまた、二杯三杯と酒をあおる。

 

(まさか、そこまで本気で騎士様に戻りたかったとはなぁ)

 

 アンコウも一口 酒を口に運んだ。

 

 ダッジもアンコウと同様、一級の冒険者とは言いがたい存在だ。

 そもそも人間族や獣人族の冒険者で、マニのように迷宮深部を目指して、アタックを試みるほどの実力者のほうが稀なのだ。

 

(抗魔の力保持者っていっても、ピンキリだからな)

 

 アンコウも、ひどい冒険者と組んで迷宮に潜り、上層であっても死にそうな目にあったことが何度もある。

 そんな中でダッジは、共に迷宮に潜るパーティーのリーダー役として、アンコウが信頼をおいていた数少ない冒険者の一人だった。

 

 アンコウの目から見たダッジは、冒険者として、それなりの実力があり、冷徹ではあるが的確な状況判断ができる男で、 迷宮潜りを生業(なりわい)とする実に冒険者らしい冒険者だった。

 

 そんな男がアネサでの戦功を手に立ち回り、真剣にグローソンに取り立ててもらおうと考えていたことが本気で意外だった。

 

 ダッジの話を聞いて、首を傾げたアンコウは、

「なんで、そんなに騎士に戻りたいんだ?」と聞いた。

 ダッジは、「知るかっ」と答えたが、その後に話をつづけた。

 

 ダッジの家は地方貴族の家臣ながら、300年も続いていた騎士の家門であったらしい。幼い頃より、騎士の誇りやら、家を守ることの重要性を相当に叩き込まれたようだ。

 

(すり込みか……一種の洗脳の域までいってたのかもな。教育は怖いな)

 

 ダッジが十代後半の時に(いくさ)で敗れ、家は断絶。

 それから約15年、その大半を冒険者として過ごしてきたダッジではあるが、騎士道とやらを捨て、心の芯まで冒険者になりきることはできなかったようだ。

 

 できるものなら、アネサでの迷宮冒険者生活に戻ることを望んでいるアンコウには、まったく理解できない価値観だった。

 

「そんなにいいのかねぇ、宮仕えの騎士様がよ」

 

 アンコウがそう言っても、ダッジは酒をあおるばかり。

 アネサでの戦功だけでは足りないのだろうと思ったダッジは、手勢となる冒険者や兵士を引き連れ、グローソン領に入り、叛徒どもとのいくつかの戦いにも参戦したらしい。

 

 多少の武勲もあげた。しかし、結局ダッジに与えられた恩賞は、金銭と望むのなら傭兵団の一隊を棒給制で任せるというもの。

 また、ダッジに付き従い戦場を共にした抗魔の力を持つ者たちには、同様に金銭と望むのなら傭兵団の副隊長格として入れてやるというものだった。

 それ自体は冒険者に与えられるごく普通の恩賞で別段(べつだん)何もおかしいものではなかった。

 

 しかし、ダッジの話に乗って、土地持ち騎士か、どこかの領主になったダッジの家来になろうとついて来た者たちにとっては、聞いていた話と違うということになる。

 その段階で大半の者がダッジを(なじ)り、彼の元から去った。

 

 このイェルベンには新たな戦場を求めてやってきたらしい。

 そこでまた、さらなる戦功を求めて……と、ダッジのやつは退くに退けなくなっているのだと、アンコウは感じた。

 

「ふっ、あんまり面白い話じゃなかっただろう」

「ああ、まったくだ。理解できないな」

 アンコウは、はっきりと言った。

 

「……アンコウ、お前のほうはどうなんだ」

「まぁ、そうだな……俺のほうも面白い話じゃまったくないぞ」

 

 アンコウはアネサの町を離れてから、このイェルベンに着くまでにあった 散々な出来事を思い出していた。

 

(………あらためて思い出したら、生きてるのが奇跡だ………)

 

「どうしたアンコウ。俺は全部話したぞ。お前のその魔戦斧や、あきらかに増している強さのこと。それに、その金の腕輪のことも全部話せよ」

 

「ん?ああ、べつにいいぜ。どれも、ろくでもない話だけどな」

 

 嫌な思い出混じりの話にはなるが、別に今更隠す必要もない話なので、アンコウはこれまであったことを有りのままに話し始めた。

 

―――――――――

 

 アンコウは話した。

 ネルカでのグローソン公との謁見 ― ハウルの部下と戦わされたあげく、臣下の腕輪をはめられたこと(ケツの穴を(まさぐ)られたことは言わず)。

 そして、ローアグリフォンにさらわれ、半死(はんじに)でサミワへ。

 

 サミワでは(いくさ)の最前線に立つことになり、敵大軍に囲まれ、またもや半死(はんじに)になったこと(知り合いに、彼の妻を夜のお相手にあてがわれ、泣きそうな目にあったことは言わず)。

 サミワから逃れ、あちらこちらへ自由への逃亡を図るも、グローソンの影響力は大きく、失敗(精も根も尽き果てかける)。

 

 たどり着いた北の森で、何の因果かドワーフの子供と謎の迷宮に落ち、またもや死にかけた挙句、なぜかあのワン‐ロンに行くことになり ―そして、そのワン‐ロンで千年に一度の災厄が起こり、 極大豚鬼王(ビッグオーク)と魔獣の群れに襲われたこと。

 自分は逃げ損ね、小豚鬼(チープオーク)の大群に襲われ、ここでもとにかく死にかけたこと。

 

 今生きていることが、本当に奇跡だという話をした。

 

 そして、現在イェルベンにて

  ― グローソン公ハウルに屈し、(こうべ)を垂れ、靴を舐める覚悟をしてここに来たこと。

 

 などなど、ここまでの経緯を、アンコウは眉間にしわを寄せながら酒を飲みつつ話した。

 

 ダッジに話をしているアンコウの口調は完全にグチであった。

 アンコウとしても、積もりに積もった鬱屈とした思いが胸の内にあり、話し出すと止まらなくなったようだ。

 

「ほんと最悪だったぜ。どいつもこいつもよォ、ふざけたことばかりだ。俺はアネサの生活に戻りたいんだよ」

 

 ダッジは酒を飲む手も止め、じっとアンコウの話を聞いている。

 アンコウは聞いてくれるならこれ幸いと、溜まっているストレスを一気に吐き出さんばかりに、グチを言いつづけた。

 

 アンコウは、自分が話をすることに集中していたため、ダッジの眉間にもシワがより、酒杯を持つ手が小刻みに震えはじめていたことに気がつかなかった。

 

「だからよ、この金ピカの腕輪がそうなんだよ。まぁ、役に立ったこともあったんだどな。そもそもこんなもんが初めからついてなければ、どこにでも逃げられたんだ。タチの悪い奴隷の首輪みたいなもんだ」

 

 アンコウは右手に巻いていた布を取り、金ピカの腕輪をバシバシ叩きながら嘆いていた。

 

バギイィッ!

 突然、ダッジが持っていた木製の酒器が割れた。ダッジが握りつぶしたのだ。

 

「………てめぇ」

「あん?何だ?ダッジ、どうした」

 

ダアァァンッ!

 ダッジがテーブルを強く叩いた。

 

「どうしたじゃねぇっ!何だてめぇっ!さっきから自慢話かっ!この野郎ッッ!」

「!ああ?何言ってんだ?」

 

 突然、ダッジに派手に怒鳴りつけられて、アンコウのダッジを見る目つきも剣呑なものに変わっていく。

 

「いいか、アンコウ。その金色の腕輪は、グローソン公の直臣の証しだ。ただの家来じゃねぇんだぞっっ」

バァンッッ!

 ダッジがまた、テーブルを叩く。

 

 主持ちの騎士になるため、東奔西走していたダッジにとって、グローソン公に直接謁見し、臣下の腕輪まで拝領したアンコウの愚痴は、許しがたいものがあったようだ。

 

 アンコウもようやくダッジの怒りの意味がわかった。そして、呆れた。

 

「馬鹿じゃねぇのか、ひとの話を聞いていたのか?あきれたぜダッジよ。あんたの騎士様願望なんぞ知るかっ。ケッ!俺はあんたとは違うんだよっ!

 ああ、そうだ。あの野郎の騎士になりたいんだったら良い方法を教えてやるぜ。あの野郎とケツの穴をなめなめし合うんだ、これマジだぜダッジ。ヒハハハハッ」

 

「!アンコウッッ!!」

ドォガアアッ!

 ダッジが右のこぶしで思いっきりアンコウをブン殴った。

 

「ぐくっっ!」

 アンコウは大きくのけぞるが、椅子に座ったまま床に倒れることなく踏みとどまった。

 

 騒がしかった食堂が、一瞬で静まり返る。

 椅子に座ったままアンコウは口元をぬぐい、睨みながらダッジを怒鳴りつけた。

 

「てめぇぇっ!ダッジッいぃ!何のつもり!?~?!」

 しかし、ダッジへのアンコウの怒声が途中で途切れた。

 

 アンコウは目を見開いて固まっている。ダッジが……泣いていたのだ。

 

 号泣しているわけではない。ダッジは立ち上がった姿勢のまま、憤怒の表情でアンコウを睨みつけている。

 その頬に涙が伝い落ちていた。

 

 アンコウはこんな状態のダッジをかつて見たことがなかった。

 アンコウが思っていた以上に、ダッジの騎士への執着は強く、追い詰められてもいたようだ。

 長年ダッジと行動を共にしている奴隷のホルガも、驚きの表情でダッジを見ている。彼女にとっても、信じられないダッジの涙なのだろう。

 

 ダッジは顔には出さなかったものの、この数ヶ月間ひどく悩み苦しんでいた。

 (いくさ)に敗れるも世の習いといえども、家族と家門の誇りを失って十数年。ダッジは冒険者として生き、アンコウの言うように実に冒険者らしい冒険者になっていた。

 

 実はダッジの抗魔の力も、この十数年の冒険者生活の中で増強させてきたものであり、家が滅びた戦いのとき、ダッジは四、五人の普通人兵を相手にするのが精一杯だった。

 

 ダッジは家門の滅びの戦いのとき、やむを得なかったとはいえ、最後は生き延びるために家族や仲間を捨てて逃げた。

 そしてダッジは生き延びたものの、この時に感じた自分に対する怒りと屈辱、絶望を今でも忘れていない。

 

 しかしそんな過去があっても、誰にも言わず、悟らせもしなかったが、幼少年期にすり込まれた騎士の家門への誇り、執着は常にダッジの心の底流にあった。

 グローソンによるアネサ侵攻戦、ダッジは長年思い出さないようにしてきた その願いを叶える またとないチャンスだと考えた。

 そして行動を起こし、ほぼ予定通りにことは進んだのだ。

 

 しかし、ダッジの願いは叶えられそうもない。

 一緒に行動を起こした仲間も、腕に自信がある者ほど先にダッジに見切りをつけて、去っていった。

 ダッジに力が足りなかったと言われればそれまでであり、それが事実だ。

 

 それに、敗亡したダッジの主家と関わりのある者たちの一部が、今現在グローソン公に仕えており、その者たちからダッジの過去に関する良くない噂が流されていた。

 ダッジに、その悪い噂を払しょくする方法などなく、そのことも、彼がグローソンに仕官する妨げになっていた。

 

 アンコウなどからすれば、仕官などあきらめてしまえば、ほかのより良い選択肢も出てくるだろうと思うのだが、執着心が強ければ強いほど、そう簡単に割り切れるのものではないのかもしれない。

 

 その憤怒の表情のダッジの目尻から、一筋の涙が伝い落ちていく。

 あらためて、そのダッジの涙を確認したアンコウは、

 

「……ははっ……はっ、アーハッハッハッハー!」

 

 と、大爆笑しはじめた。

 

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