Ankou°˖◝(⁰▿⁰)◜˖ 異世界をゆく   作:かまぼ子ロク助

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第83話 アンコウ いらない物をもらう

「ハァーッ、体がだるい……ちょっと寝すぎたか」

 

 窓の外に見えるお日様は、もう高くなっている。しかし、アンコウは上半身は起こしているものの、未だベッドの上だ。

 

 アンコウが、主君となったハウル公爵主催の享楽の宴に参加し、この屋敷に帰ってきたのは昨日の昼前、帰って来てすぐにベッドに倒れこみ、そして、目が覚めたのがつい先ほどだ。

 

 アンコウが眠るベッドの横にもうひとつのベッド。

(テレサはもう起きているみたいだな)

 

 昨日の昼前、屋敷に帰ってきたとき、アンコウは確かに隣のベッドにテレサを寝かした。

 疲労困憊していたのはテレサも同じで、実はテレサも今日の朝方までずっと眠っていたのだが、アンコウよりも少し前にベッドから出て、今はここにいない。

 

 アンコウが、このベッドで寝起きするようになってから、すでに一ヶ月以上が過ぎ、この枕にもすっかり慣れた。

 ハウルから声がかかるまでは平穏無事そのもの、仕事がなく、することがないことが不満だったぐらいのアンコウだ。

 

「まぁ、上げ膳据え膳の生活も、もう終わりだろうな」

 

 アンコウは窓の外の景色を見ながらひとりごちる。ただ、アンコウにはどんな新生活になるのか未だわかっていない。

 

「……戦争の駒になるのも、イカレた宴の常連様になるのも、俺ぁお断りだよ……」

 アンコウはまた、つぶやいた。

 

ガチャ

「あら、旦那様、起きられたんですか?」

 

 ドアを開けて入ってきたのはテレサだった。入ってきたテレサの様子を見るに、どうやら風呂に入っていたようだ。

 テレサに朝風呂をいただく習慣はないが、あの宴から帰って、そのまま寝ていたのだ。アンコウの体からも、いろんなニオイがしている。

 

「あ、あの………」

「あ、ああ………」

 

 二人の間に、何ともいえない空気が生まれる。二人とも間違いなく、例のイカレた宴のことを思い出している。

 

「……ああっと、テレサ?」

 アンコウがその妙な空気の中、口を開く。

 

「は、はい」

「あの宴のことなんだけどさ。もう出なくていいみたいだから」

「ほ、本当ですかっ?」

「ああ。でも自由参加らしいから、いきたいんならいけるけど」

「い、いきませんっ!」

 

 即答したテレサを見て、そうだろうなぁ と思う。

 しかし、あの宴には多くの人が参加していた。おそらく半分以上は貴族や社会的地位の高い階層に属する者たちだったと、アンコウは考えている。

 

「………まぁ、いろいろだわな………」

 

 自分にとっての普通や当たり前だと思っていることが、他者にとっても同じくそうであるとは限らない。そのことを改めて実感するアンコウだった。

 

「ん~~っ、はぁぁー、」

 伸びひとつ、アンコウは大きく息を吐きながら、ベッドから立ち上がった。

 

「俺も風呂入ってくるよ」

「あ、はい」

 

 アンコウは、そのままドアにむかって歩き出す。

 

「テレサも、もう一回一緒に入る?」

「えっ、え、ええっと、あ、あの」

 

 顔を赤らめて、うろたえているテレサ。30半ばになっても、テレサにはこういう初々しさが残っている。

 それを見て、十近く下のアンコウは、くすりと笑う。

 

 もじもじしているテレサを置いて、アンコウは部屋を出て行った。そのあとテレサがどうしたかは、アンコウにしかわからない。

 

 

 

 

 アンコウとテレサが少し遅めの昼食を終え、お茶を飲みくつろいでいた時、この屋敷の上級使用人の男が、慌ててアンコウたちがいる部屋にやってきた。

 

「ア、アンコウ様っ」

「ん?どうかしたのか?」

「は、はい。いま公爵様のお使いが、この屋敷に馬車で参られましたっ」

 

「!」

 公爵様のお使いと聞いて、テレサが身を固くする。

 

 二日前、この屋敷にやって来た公爵様のお使いにテレサは連れて行かれて、あの宴に参加することになったのだ。その話をアンコウも聞いている。

 

「………また、あの宴のお誘いじゃないだろうな」

 

 アンコウも冗談ではなく、あのハウル公爵ならおもしろがってやりかねないと思った。

 

「い、いえ、使者の方はモスカル殿で、公爵様の御伝命をアンコウ様にお持ちになられたとのことです」

 

「………ハウル公爵から、御伝命」

(そういえば、宴の終わりのとき、近いうちに正式に何か通達をするとか言ってたな、これの事かな………)

 

 アンコウは少し考えるものの、考えるよりも使者がモスカルなら直接聞いたほうが早いと思い、立ち上がった。

 

「まぁ、何のことかはモスカルに会えばわかることだ」

 

 アンコウは部屋を出ようと歩き出す。

 

「お、お待ち下さい、アンコウ様。モスカル様は公爵様の御伝命の使者なのですよっ、その格好でお会いなさるおつもりなのですかっ」

 上級使用人の口調は、あきらかにアンコウをとがめるものだ。

 

 アンコウは今、ラフな部屋着を着ている。普段ならモスカルに会うのに、この姿で何の問題もない。

 しかし、今のモスカルは、公爵の御伝命を持つ正式な使者なのだ。アンコウが主君からの正式な使者に、この姿で会うということは、あきらかに礼儀に反する行為に当たる。

 

「チッ」

 アンコウは顔をしかめて、舌打ちをした。

(これだから宮仕えなんてしたくねぇんだ)

 

 心の中で悪態をつくものの、嫌々ながらもグローソン公に従うと決めたのはアンコウ自身、受け入れるほかない。

 

「こういう時に着る 問題ない服ってのはあるのかい?」

「は、はい。こちらにご用意しております」

 

 アンコウは自分の頭を乱暴に掻き、ハァーッと、ため息をつきながらも、その使用人に従って部屋を出た。

 

 

 

 

―――アンコウが滞在している屋敷のもっとも大きな応対の間にて、

 

 ハウルの使者であるモスカルは、壁に彫り込まれた大精霊を背に立ち、うやうやしく書状を両手で開き持つ。

 モスカルの横にも、左右に一人ずつ、二人の男が立っている。その前には正装をして(ひざまず)き、(こうべ)を垂れるアンコウ。

 

 アンコウは心の底から面倒だと思うものの、宮仕えとなれば、こっちの世界は封建的階級支配の社会ゆえ、アンコウが元いた自由民主社会よりも、いっそうこの種の儀礼儀典作法(ぎれいぎてんさほう)ごとには重い意味があり、厳しい。

 

「御伝命!」

 

 モスカルがうやうやしく伝命書を読みあげはじめる。

 

「ウィンド王国臣、グローソン公爵 ハウル・ミーハシ (ほつ) 臣、アンコウに命ず。

 直臣の任、これを解き、別して、コールマルの地を知行地として与える。以後、これを治め、税を納めよ。また、公主公家より命ありし時は、万難を排して、帰参すべし!以上である」

 

 服装をわざわざ整え、仰々しい雰囲気の中、伝命書の通達はごく短い時間で終わる。

 しかし、アンコウはその短い伝命書の内容に思わず、バッと顔をあげてしまう。

 

(!知行地!?)

 

 そういえば、知行地がどうこうということも、宴の終わりの時にハウルが言っていたことをアンコウは思い出す。

 知行地といえば、主君から家臣が拝領する領地のことだ。どうやらアンコウは、グローソン支配下にある どこぞの土地の御領主様にされてしまったらしい。

 

「お、おいっ!ちょっと待って」

 アンコウが思わず立ち上がろうとすると、

「頭をさげよ、アンコウ!公爵様の命に異をとなえる気かっ!」

 

 モスカルがいつもとは違う厳しい口調でとがめる。今のモスカルはグローソン公爵の名代なのだ。

 

「!は、はっ」

 アンコウも再び膝を屈するほかはない。

 

 そのアンコウに、うやうやしく御伝命の書状が、モスカルから手渡されたのである。

 

「臣アンコウ、以後、不惜身命(ふしゃくしんみょう)して、ご恩に報じるように」

「は、ははっ」

 

 

 

 

 先ほどとは場所を変え、アンコウとモスカルはテーブルを挟んで向かい合って座っている。

 先ほどのような上下の関係性も仰々(ぎょうぎょう)しさも、今はまったくなくなっている。しかし、話をするアンコウの眉間には深いシワがより、楽しい会話というわけにはいかないようだ。

 

「どういうことなんだモスカル。何で俺が領地持ちにならなけりゃいけないんだ?」

 

 アンコウとしては、自分はハウルの暇つぶしのため、元の世界の思い出話のお相手要員として雇われたぐらいの感覚だった。

 ようは御伽遊興衆(おとぎゆうきょうしゅう)の一員であり、このイェルベンに中古の屋敷でも賜って、呼び出しがあれば城に行って、ハウル公爵の御機嫌取りをする。そんな役割になるのだろうと思っていた。

 

 もし、ハウルからの声掛かりが少なければ、近場の迷宮か、魔素の森にでも、魔獣狩りに行くことぐらいできるようになるかもしれないとさえ考えていた。

 

「いや、それは………アンコウ殿がそれだけのお働きをしたということでは………」

 

 モスカルの口は重い。モスカルは知っている。ハウルから御伝命の書状を受け取りに行った時、

 

「何、アンコウのヤツは年に一、二度、呼び付けて、話し相手をさせるか、将棋の相手でもさせればそれでいい。領地持ち、アンコウのやつはこういうのは嫌いだろう? 

 いつまでも迷宮で小銭稼ぎをしたがるようなヤツだからな。

 くっくっくっ、アンコウのヤツがこの伝命を聞いて、どんな顔をして、どんなことを言ったか後で教えてくれ、モスカル。

 くっくっくっ。ん?ああ、ここはド田舎のうまみの少ない土地だ。問題もあるようだしな。こんな土地がどうなろうと知ったことではない。誰が領主でもよいのだ、あはははっ」

 ハウルはいたずらっぽく笑いながら言っていた。

 

(アンコウ殿には言えぬよなぁ………)

 

「……働きってなんだよ」

「そ、それは、アネサでのお働き、サミワ砦での御活躍、そ、それにワン‐ロンの統治者様より頂いた御褒章なども、評価される対象なのではないでしょうか」

 

 モスカルはそれらしいことを言って、この場を収めようとしている。

 

「………なぁ、モスカル。あの公爵様はよ、もしかして、ただおもしろがってやってるだけなんじゃないのか……」

 

「!」

 モスカルが言葉に詰まり、アンコウから目をそらした。

バァンッ! テーブルをたたくアンコウ。

 

「やっぱりそうなんじゃねぇかよっっ!」

 

 少し申し訳なげな表情が顔に出たモスカルだが、続けて口にした言葉に、アンコウへの救いはなかった。

 

「………アンコウ殿。公爵様の胸の内がどうあろうと、この御伝命に変更はないことだけは、はっきりと承ってきております。お諦めください。御伝命は間違いなく伝達いたしました」

「ぐくっ!」

「それと、バルモア様の法力を封じた魔石をお預かりしてきています。これを使えば、アンコウ殿の臣下の腕輪を外すことができますので、直臣の証であるその腕輪は今日、回収させていただきます」

 

「腕輪は好きにしろっ、そ、それより知行地うんぬんのほうの変更はっ」

「ありません」

「くっっ!ふざけんなっっ!」

 

 アンコウがどれだけ怒り抗議したところで、ハウルが下した命令を、それがどれだけふざけた理由で出された命令であっても、一文官に過ぎないモスカルが取り消せるわけもなかった。

 

―――――

 

「はあぁぁぁーー」 と、アンコウは大溜め息をつく。

 

「では、アンコウ殿、確かにお預かりしていきます」

 

 モスカルはアンコウの右手から取り外したグローソン公の臣下の腕輪をうやうやしく袋の中に仕まう。

 

 アンコウは邪魔なものがなくなった右手をぶらぶらと振っている。

 しかし、邪魔なものがひとつなくなったはずのアンコウの顔色はさえず、気は重いままだ。

 

「アンコウ殿、臣下の腕輪はとりましたが、すでにアンコウ殿の名はグローソン公爵様の臣下の籍に入っております。今度無断で、その籍から逃れようとされた時は、問答無用で処断されることになるでしょう。そのことをお忘れなく」

 

 モスカルの忠告とも脅迫ともとれる言を聞き、アンコウは(うなず)くほかない。

 

「わかってるよ。逃げられなくて、ここに来たんだ。多少の無理は飲むさ。だけどな、俺は領地の税の取立てなんかしたことがない。代官かなんかを代わりに送るわけにはいかないのか?」

 

 モスカルはいたずらっぽく笑っていたハウルを思い出す。

 

「………おそらくそれは無理かと。しかし、アンコウ殿には自前の家臣も兵もありませんので、」

「そんなもん、日銭稼ぎの冒険者にあるわけないだろう!」

「ええ、ですから、公爵様への多少の支援の御要望は通るかと思います」

「ハァー、結局その領地はもらわないといけないんだな」

 

 モスカルは多少アンコウに同情するも、それ以上は何も言わなかった。

 

 

 

「…………ではアンコウ殿、私はこれにて失礼します」

 

 モスカルは話しを終えると、その席を立ち、再び馬車にて屋敷を去っていった。

 アンコウはそれを見送ることもせず、そのままモスカルのいなくなったテーブルに座り続けていた。

 

 

「………また逃げるか?……いや、それも面倒くせぇぇ……はぁぁー、」

 

 

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