Ankou°˖◝(⁰▿⁰)◜˖ 異世界をゆく   作:かまぼ子ロク助

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第91話 ナグバルの思惑

「ねぇ、テレサ。アンコウ機嫌わるいね」

「カルミちゃん、旦那様はお仕事が忙しいのよ。邪魔しないでおきましょ」

「わかったー」

 

 アンコウたちがハリュートに来てから、約一ヶ月。アンコウは日に日に口数が減り、近しい者には、アンコウが不機嫌さを溜め込んでいることがわかっている。

 

 そんなアンコウがいる城館の一室に、モスカルが訪ねて来た。

 

「アンコウ様、そろそろ迎えの者が来るかと」

「………ああ、わかっている」

 

 今日は、ハリュート防衛兵団の訓練をご覧いただきたい とのナグバルからの申し入れがあり、アンコウは、これからそれを見に行く予定になっていた。

 アンコウは、ガタリと椅子から腰をあげ、モスカルともあまり話をすることなく、部屋を出ていった。

 

 

———カツン、カツン と金属質な音を響かせながら、アンコウが城内の廊下を歩く。

 

 ハリュート城は、城といっても領主の館といった規模の建築物だ。

 建物の規模だけでいえば、同じくハリュート防壁内にあるナグバルの私邸のほうが新しく大きい。

 

アンコウ様、どちらへ?

アンコウ様、ご用向きは?

 

 ハリュート城に勤める使用人たちが、廊下を歩くアンコウに次々に声をかけてくるが、アンコウがそれに答えることはない。

(……ったく)

 

 アンコウがハリュートに来て、まだわずか一ヶ月ほど。

 この城の使用人たちは、アンコウがここに来る以前から働いているか、アンコウがやって来るのに合わせて、新たに配置された者たちだが、いずれにしてもその多くが、ナグバルの影響下にあることは間違いない。

 

 アンコウもそのことはわかっているし、実際に、あからさまにアンコウたちを監視する動きをみせている者たちもいた。

 

(………うぜぇ)

 

——————

 

 

「アンコウ様!このようなところにおいででしたか」

 廊下を歩くアンコウの前に、突如立ちふさがる獣人の武人の姿。

「ああ、サイードか。お前がお迎えか」

 

 サイードは、ナグバル家中で、もっとも剣の腕がたつと評されている男だ。

 

「アンコウ様、我が主はすでに演兵の場所に出向いております」

 

 名ばかりとはいえ、この城の主にしてコールマルの領主であるアンコウに対して、ろくな挨拶もなく、(おのれ)の用件を述べるサイード。

 

(けっ、腹芸のひとつすらできない田舎脳筋め)

 

 現実として、ぽっと出の領主であるアンコウよりも、土着勢力の最大実力者であり、筆頭執政官であるナグバルの意思を優先する者は多いが、このサイードにいたってはそれを隠そうともしない。

 

 彼のなかでは、明確に ナグバル>アンコウなのだろう。また、そんな男を武装したままに使いに寄越すナグバルの心の内も、実に分かりやすい。

 

(威圧的な覇気を抑えることすらしていない……確かに多少は腕がたつんだろうけど、こういう奴を田舎侍って言うんだろうな)

 アンコウのサイードに対する評価はあまり高くないようだ。

 

「アンコウ様、下に馬車を待たせておりますので、お早くご準備をっ」

「……ああ、わかってるよ」

 

 

 

 

「いかがですか、アンコウ様。我らがハリュート防衛兵団は」

 

 ナグバルはでっぷりと肥えた腹を突きだし、自慢気にアンコウに語りかける。

 

(……我らが、ね)

「まぁ、頑張ってるんじゃないか」

 

 アンコウは乾いた風を頬に感じながら、今、町の防壁の上に立っている。演習を行っている防衛兵団は防壁の外側、その数、約五百といったところか。

 

 ハリュート防衛兵団は、その名のとおりハリュート城市の防衛を主任務としている兵団だが、領主の直轄組織でもハリュート城市自体の税金だけで賄われている組織でもなく、コールマルの各土豪が兵と金を出しあって創られた部隊だ 。

 

 しかも、そのうち約半分の兵はナグバルが(おの)が私兵を供出しており、今では実質、ハリュート防衛兵団全体がナグバルの思うがままに動く組織となっている。

 

(……これはあれだ、俺に対する単なる威圧行為だろ)

 

 いまアンコウの眼下で行われていることは、領主となったアンコウに対して、町の防衛の要であるハリュート防衛兵団ですら自分の統率下にあるのだということを、演習の名の元に見せつけているナグバルの示威行為であると感じていた。

 

 しかも、このようなナグバルの行動は今回だけのことではなく、自分の力をアンコウに見せつけるような催しが連日行われており、これではアンコウでなくとも誰だって不機嫌になるというものだ。

 

「……まぁ、よく訓練はされているみたいだな」

「無論です。このハリュートで、いざ事が起こったときに役に立たぬようでは話になりませんからな、ワッハッハ」

 

(いざって時っていうのは、町のためじゃなくて、お前にとって都合が悪い事が起こった時だろ)

 と、アンコウは心の中でツッコミをいれる。

 

 ただ、客観的にアンコウが見るところ、およそ人間種7:獣人種3 内-抗魔の力保有者が1割ほどのこの兵団は、思いのほか統制はとれていた。

 

(……でもまぁ、同じ数のワン-ロン軍と比べたら屁のカッパみたいなもんだけどな)

 

 

「ではアンコウ様、次に甲虫の陣をお見せいたしましょう」

 

 ナグバルは、まだこの演習という名の示威行為を続けるつもりらしい。

 

「いや、もう十分だ、ナグバル」

「ん……左様ですか」

「ああ、この町に立派な防衛隊があるのはわかった。十分だ」

 

 さすがに、これ以上つき合っていられないと思ったアンコウは(きびす)を返し、後方に移動し始めた。

 まだ何やら話しかけてきているナグバルを無視して、アンコウは防壁の上を歩く。

 

 アンコウの足元の砂塵を舞い上げながら、乾いた風が吹きぬけていく。

 そのうちにアンコウの目には、兵団が演習をしていた逆方向、防壁の内側の景色が眼下に広がってくる。

 

(……ほんと、上から見ても陰気くさい町だなぁ)

 

 上から見て何がわかるというわけではないが、この半月ほどのあいだでアンコウの頭には、ハリュートの活気のない町の景色がイメージとして焼きついてしまっている。

 

 アンコウは今日、城館からここに来るまでのあいだにも、かっぱらいに物を取られる町人の姿を見た。

 誰も驚きもしない。アンコウの護衛と称して付き従う者たちも、そのかっぱらいを捕まえようともしない。犯罪が多発している眼下に広がる町の当たり前の光景。

 

(………あの防衛兵団を使って取り締まればいいじゃねぇかよ)

 と、アンコウはふと思う。

 

 それなりの訓練はしているようだが、彼らは平生(へいぜい)の町の治安維持にはまったく使われていない。

 まさに、ここハシュートで、ナグバルの権威を示すためだけの兵団になってしまっている。

 

「………ばかばかしい、これだから(まつりごと)ってやつは」

 

 こんな茶番に付き合わされて、アンコウの機嫌はすこぶる悪い。だが、眼下に広がる陰鬱な町の光景を領主として、どうこうしようという気もないアンコウだ。

 

(自分の町って気は、ぜんぜんしないな)

 この町はヒゲ豚ナグバルのもの、それでいいと思っている。

 

 ようするにナグバルは、アンコウが領主として此処にきて以降ずっと、この町は自分のものだアピールをしてきている。

 そういう自分に対する干渉が、心の底から鬱陶しいと感じているアンコウなのだ。

 

 アンコウとしては、

 まったく好みのタイプでもないブス女をわざわざ目の前に連れてこられて、これは俺の女だとるんじゃねぇと言われても、ただただ額に青筋が浮かんでくるばかりだ。

 

(まったくもって、どうでもいい)

 と、アンコウが思っていても、領主という肩書きがある以上、まわりが放っておいてはくれない。

 

 

「御領主様」

 ナグバルの御付きの者の一人が、防壁から下りようとしているアンコウに駆け寄ってきた。

 

「んだよ?」

「下の詰め所にて、昼餉(ひるげ)の用意をいたしております。すぐにナグバル様も参りますので、御案内いたします」

 

 そう言うと、アンコウの意志を確認することなく、そのお付きの者はアンコウを先導し始める。

 ハァー、と頭を掻きながらも、それについて行くアンコウ。

 

 散々アンコウに不愉快な思いをさせているナグバルではあるが、完全にアンコウを邪険に扱っているというわけではない。それどころか、できうる限りアンコウを歓待してはいる。

 

 今のところナグバルは、このコールマルにおける自分の力をアンコウに見せつけながらも、アンコウを懐柔し、取り込もうとしているようだ。

 

(………ようは前の代官同様、贅沢はさせてやるから、お飾りをやっとけってことだろうな)

 

「………チッ」

 苦い顔で舌打ちひとつ。アンコウは贅沢な、昼餉(ひるげ)の待つ詰め所へと歩いていく。

 

 

 

 

「さぁ、さぁ、御領主。防壁の上は風が冷たかったでしょう。さ、さ、もう一献」

 

(まったく、昼間っから酒かよ)

 そう思いつつもアンコウは盃を傾けている。

 

 ナグバルとアンコウを囲む形で、真昼の宴会が始まっている。

 わっはっはっと、笑いながらいつものごとくアンコウに話しかけてくるナグバル。

 しかしアンコウは、そんなナグバルに常に愛想笑いで返すようなことはもうやめている。

 

(チッ、このヒゲ豚は相変わらず目が笑ってねぇ)

 

 アンコウもこの一ヶ月ほど、何もせずにおもしろくもないこんな接待を受け続けていたわけではない。あの手この手を使い、できうる限り情報を集めようと努めていた。

 その集めた情報をもとにモスカルらと、今後の方針を検討していた。

 

——————

 

昨晩アンコウの私室で、

 

「なぁ、モスカル。何でナグバルのやつは、自分がこのコールマルの領主になっていないんだ?」

 

 ナグバルはコールマル領の南部を中心にかなりの所領を有しており、その自領の富で抱えている私兵の数もコールマルの土豪の中で最も多い。

 しかも、ハシュート行政府の筆頭執政官の地位にあり、他の土豪や官僚たちも彼らの本音はどうあれ、その大部分をナグバルは掌握できているようだ。

 

「間違いなく、その野心は持っていると思います。今はその八合目と言ったところでしょうか」

 

 モスカルが集めた情報によると、ナグバルは、このコールマルで父祖伝来の所領を相続したとき、その広さは今の十分の一ほどでしかなかったらしく、数十年かけて今日の勢力を築き上げてきた。いわば、このコールマルでの成り上がり者なのだ。

 

 ナグバルという男は、すぐにこのコールマルの領主という地位に手が届くところにいたわけではなかったらしい。

 

「………なるほどね。あれでも叩き上げで、今までは力か運がまだ足らなかったのか」

 

「はい。罪には問われなかったとはいえ、前々領主を(しい)したとき、その反領主豪士連合の指導的地位にあったという事実は重く、また当時は今ほどの力はなかったようで、どのような根回しをおこなったとしても、その時点ではさすがに彼を次の領主にするなどということは認められなかったでしょう。

 次にこの地を与えられた前領主の時代には、ナグバルはその領主によって派遣されてきた代官を飾り物とし、自らの勢力を拡大させて、この地で専横を振るうだけの権力を得たようです。

 しかし、代官を派遣したその領主自身は、他地方にも多く所領を多く持っている かなりの権勢をほこっていた貴族でしたから、ナグバル自身がこのコールマルの領主となるような動きはさすがにできなかったと思います」

 

 そのモスカルの言葉を聞いてアンコウは、とあることに思い至る。

 

「………じゃあ、今はどうなんだ」

 

 客観的に見て、今のナグバルはこのコールマルを支配するための十分な実力を蓄えているように見えるし、アンコウは貴族でもなければ、このコールマルのほかに知行地など持っていない。

 モスカルは真剣な目でアンコウを見る。

 

「もし、私がナグバルならば、長年の望みを叶える絶好の機会であると考えます。

 ただそれでも、アンコウ様はグローソン公爵様より正式にコールマルを知行地として与えられた御領主であり、さすがに性急なまねはできないでしょう。

 今のナグバルの動きを見るに、やはりアンコウ様をまずは取り込み、自分のいいように操るつもりかと思われます」

 

「………その後は」

 

「当然いずれアンコウ様を排し、このコールマルを名実ともに自分が支配することを考えていると見ておくべきかと」

 

「……まぁ、……あれはそんな感じだなぁ……」

 

——————

 

 アンコウは自分の横でニコニコと笑って見せているナグバルを見るに、まったくもってよくやるぜと、少しあきれてしまう。

 

 こんな陰気くさい土地に何の魅力があるんだかと思うものの、先々のことを思えば、油断すれば命をとられかねない。

 そんな自分が置かれた状況を考えると、さすがに面倒くさいで済ますこともできない アンコウだ。

 

「おお、そうだ。アンコウ様、今日はリマナもここに呼んでおるのです。少しアンコウ様の話し相手をさせましょう」

 

 ナグバルは実にわざとらしく、そんな言葉を口にした。

 

「えっ、いや、」

 アンコウが言葉を続ける前に、

 パンッパンッ と手を打ち、「リマナをこれに!」とナグバルは指示を出した。

 

 リマナというのは、ナグバルの十何人目かの娘である。ナグバルは、当初からこのリマナという娘をアンコウの側に仕えさせようと動いている。

 実の娘まで使い、あからさまにアンコウを懐柔し、自らの掌中に取り込もうとするナグバルの動きも、アンコウにとっては実に鬱陶しいものであった。

 

 しばらくすると、そのリマナが昼宴会の席へと姿を現す。

 

「お父様、お呼びでしょうか?」

「おお、リマナ。これへ」

「はい」

 

 (きら)びやかな装飾が施された光沢のある白が基調の衣服に身をつつんだ年のころ二十歳前ほどの女性。長い金色のウェーブがかった髪、ハリのある白い肌、スレンダーなスタイルで可憐な印象が強い女性だ。

 

 そんなリマナがこの場に姿を現すと、同席していた他の男の面々がオオーッと声をあげていた。確かに衆目の目を引くほどに美しい。

 

 ただ、このリマナという女。アンコウを見つめる目だけは、父親のナグバルに実に良く似ていた。

 

「アンコウ様、ご機嫌よろしゅう」

「ああ……ご機嫌よろしゅう……」

 

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