Ankou°˖◝(⁰▿⁰)◜˖ 異世界をゆく   作:かまぼ子ロク助

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第94話 リマナ 夜の訪問

「なるほどな。やっぱりこのコールマルの力のバランスは、かなりハリュートもある南部に偏っているんだな」

 

「はい、さようです」

 

 ハリュート城館、領主の執務室とされている部屋で、アンコウとモスカルが真剣な様子で話し込んでいる。

 部屋は優しいランタンの明かりで照らされ、二人が視線を向けるテーブルの上には、ここコールマルの詳細な地図が複数枚ならべられていた。

 

「モスカル。北部はこの辺り以上に厳しいんだよな?」

 

 このコールマル領の北境は極めてけわしいイサラス山脈が広がっており、その深奥部は濃厚な魔素の地であり、生半可な抗魔の力の保有者ではそこを越えることは困難だ。

 

 また、コールマル領を南北に分断するように流れているヨラ川以北の地は、その北境のイサラス山脈だけでなく、東西にも魔素の漂う山があり、イサラスほどの険しさはないとはいえ、他所への人的移動、物流ルートを考えれば、どこにいくにもコールマル南部を経由せざるを得ない。

 

 コールマル北部は、ある種の閉ざされた区域のようになっている。

 

「このコールマルはグローソン公領の辺境、さらにその南北を比べれば、北部は辺境中の辺境と言えましょう。そのうえ北部は山賊どもの被害も多いようですから」

 

「しかしモスカル、領主の直轄地のほとんどが、その北部にあるというのはどういうことだ?」

 

 現在、コールマル南部に領主直轄地はほとんどない。ちなみに現在、南部でもっとも多くの所領を持っているのはナグバルの一族である。

 

「昔は、領主の直轄地は南部にも多くあったようですが、」

「地場の実力者たちに奪われのか?」

「まぁ、実質そうですね。彼らは褒賞として頂いたとか、北部にあった自領と交換して頂いたとか言っておりますが、ようは好き勝手にやったということでしょう」

 

「なるほどねぇ。領主を無視して好き勝手っていうのは、今も変わらない気がするけどな。

 ……なぁ、モスカル。ちなみにお前だったら、この鬱陶しい状況をどうやって解消する?」

 

「……そうでございますな。敵方の頭を獲り、武で制圧すれば、それが一番後腐れなく確実かと」

 モスカルは、眉ひとつ動かすことなくそう言った。

 

(……あっさりナグバルを()ったうえでの、武力制圧を進言しやがった。忘れてたぜ。モスカルのやつも、あの戦争キチのハウルの野郎の家来を長年勤めていたんだったな)

 

 モスカルは一見穏やかな文官だが、いざ(いくさ)となれば鎧兜を身につけて、部隊を率いて戦場に立つことにも慣れている男だ。

 

「アンコウ様にカルミ殿、テレサ殿、それにダッジにホルガ。後詰めに手勢50。それに場合によっては、シク殿や北部豪士(ほくぶごうし)の一部の者たちの協力も得られるかと」

 

「ん?シクや北部豪士(ほくぶごうし)ってのは何だ?」

 

「シク殿をはじめ、北部に所領を持つ方々はこのコールマルでの立場は総じて低く、ナグバル一派に不満を持つ者もいるようです。皆ナグバルに歯向かうには力が足りない者ばかりですが、

 ……アンコウ様に力があるということを示せば、呼応する動きを見せる者も出てくるでしょう。特にシク殿などは、すでに自分の目でこちらの武威の一端を目にしているのですから。

 それに彼は、我々をハリュートまで案内してくる道中で見た 我らの武威について、ナグバルらに正確に報告していないようです。その事からも、少なくともシク殿にはナグバル一派と一歩距離を置く思いがあるのでしょう」

 

「……なるほど、だけど今はこの土地の連中の力を借りるつもりはないな。まず、俺にはナグバルの首を獲るつもりがない。そのあとが面倒そうだからな。

 たとえ奴を殺すにしても、それは最後の手段にしたい。俺は別にコールマルが欲しいわけじゃないんだ。どっちかっていうといらない。

 ただ、今のまんまじゃあ目障りな奴が多すぎる。俺は奴等とこれ以上かかわり合いになりたくないだけなんだよ」

 

「………では如何されますか」

「ようは、ここにいるから面倒なんだ。だったら、ここにいなきゃいいだけの話だろ。

 ………まぁ、グローソン公を相手にしてるんじゃないんだ。ビビって逃げ出す必要もないからなぁ。モスカルの意見を半分取り入れるぐらいがちょうどいいかもな」

 

 

 

 

「ねぇ、あの人たちは何をしているの?」

 

 すでに日が沈みかけ、夕闇迫る時間帯。

 テレサは、このハリュート城館で寝起きするようになって二月(ふたつき)が経ち、すっかり顔馴染みになった頬っぺたにまだ赤みが残る若いメイドに聞いた。

 

 ここはハリュート城館内、領主のプライベート区域。

 アンコウだけでなく、テレサやカルミ、ホルガもこの区域で寝起きしている。

 そこにあるアンコウの寝室に、見かけない顔のメイドの一団が、さきほどから出入りをしている。

 

「あ、あの、テレサ様はご存じなかったのですか?」

 

 テレサに問われた若いメイドは、何やら言いづらそうに言葉を濁している。

 彼女らメイドたちのテレサに対する態度は、今では概ね丁寧なものになっている。

 

 テレサは奴隷だといっても、領主であるアンコウが連れてきた唯一の()

 それは、テレサにも自分用の部屋が用意されているにもかかわらず、毎日のようにアンコウの寝室で朝を迎えているという事実が、この城館で働く使用人たちにも、テレサがアンコウにとって、どのような女なのかをあきらかにしていた。

 

 そのうえ、この若いメイドを含め、アンコウの身の回りの世話をしている使用人たちは、アンコウがこの2ヶ月の間、テレサ以外の女を(ねや)に引き入れていないことも知っている。

 

 で、ある以上、たとえ奴隷であっても、事実上領主のただ一人の()であるテレサは、自然、周囲の者たちにとって特別な存在となる。

 

 それにテレサは、領主であるアンコウの寵愛をカサにきて、周囲の者たちに対して偉ぶるようなことも全くなかった。

 この若いメイドも、自分にもいつも優しく接してくれるテレサに、今ではすっかり好意を持っていた。

 

「ねぇ、あなた知っているんでしょう?」

 

 テレサが重ねて聞いてくる。だからその年若いメイドは、顔に同情の色を浮かべながらテレサに答えた。

 

「あの、テレサ様……あの、リマナ様が今夜、こちらにお遊びにこられるそうです」

「えっ………」

 

 つまりそれは、そういうことである。

 リマナの2ヶ月に渡るアンコウに対するアプローチが実り、ついにリマナはアンコウから、夜の語らいという名目のお誘いをうけたのだ。

 

 その準備にリマナ付きのメイドたちが、事前にアンコウの寝室にリマナの身だしなみの道具を持ち込んだり、寝台のシーツを変え、マイピローまで持ち込んでいるらしい。

 

「そ、そう。リマナ様が……」

 寝耳に水のテレサは動揺を隠しきれないようだ。

 

 この2、3日、確かにアンコウの様子が少しだけおかしいと感じていたテレサだが、

(まさかリマナ様を……でも、あの人はたしかに美しいから……でも、…でも、…あんな女……)

 

 テレサの心に、少しの本音と共に どろっとした感情が湧いてくる。

 

 若いメイドが、少し考え込みはじめたテレサの横顔を見ている。テレサを見つめるその目には、おかわいそうに という心の声が滲み出ていた。

 

 常識的にいって、奴隷女のテレサと筆頭執政官ナグバルの娘であり、若く美しいリマナとでは、その社会的価値は比べるまでもなく、テレサに勝ち目はまったくないといってよい。

 それにこの若いメイドも、リマナという女の本性を知っている。

 

(リマナ様が御領主様の奥方になられたら、きっとテレサ様は………)

 

 メイドは、間違いなくテレサはこの城館にいられなくなると思っている。

 リマナはこの城に来る度にテレサの悪口を言い、そこにテレサがいれば、人目を気にすることなく嫌味をぶつけ、嫌がらせをすること まるで呼吸をするが(ごと)くだった。

 

(……テレサ様、殺されてしまうかも……)

 メイドは、本気でそんな心配すらしてしまう。

 

 テレサは、じっとうつむいている。テレサは、自分の奴隷という立場を十分に心得ている。

 自分以外に夜伽(よとぎ)をするような女が他にいたとしても、まったくおかしなことではないし、独り身のアンコウがいつ他の女と結婚しても、何ら問題があることでもない。

 

 しかも、アンコウが領主という社会的地位を得た今なら、なおさらのことだ。ただそれでも、

 

(……あの女は(いや)……)

 

 テレサはこれまでリマナにどんな嫌味を言われ、嫌がらせをされようとも、時に笑顔さえ見せながら受け流してきた。

 

 しかし、テレサがそんな対応をとることができたのは、相手がどのような権門(けんもん)御令嬢(ごれいじょう)であっても、アンコウの(そば)にいる女は自分だと、

 もっとはっきり言えば、アンコウは自分の男だという 口にはしたことがない意識があったからだ。

 

 それがあっさりと崩れ、自分ではどうしようもなく、これまであまり意識していなかったあのリマナという女に対する敵意がテレサの心の内で膨らんでくる。

 

「あ、あの、テレサ様、大丈夫ですか?」

 メイドが心配そうに声をかけてくる。

 

「えっ、ええ、大丈夫よ」

 ハッと、顔をあげたテレサは慌てて答えた。

 

 

 そんなテレサの存在に、アンコウの寝室に物を運び込んでいた見慣れないメイドの一団が気づいたようだ。

 そのリマナのメイドの内の一人が、スルスルとテレサに近づいてきた。

 

「テレサさんですね?」

「え、ええ」

「我らが姫君、リマナ様より御伝言です」

 

 このメイドがテレサを見る目にはあきらかな(さげす)みの色がある。ある意味、(あるじ)に忠実なメイドなのだろう。

 

「何でしょう?」

「今宵の御領主様との語らいを邪魔することなきよう、混ざり者と白い獣人共々、一歩たりとも部屋の外に出ること許さぬとのことです」

 

 テレサの眉間にしわが寄るものの、何も言い返すことができない。

 

「聞こえましたよね?」

「………ええ、わかったわ」

 テレサの声に、抑えきれない悔しさが(にじ)んだ。

 

 そして、そのメイドの一団は、アンコウの寝室に物を運び込み終えると、一旦、(おの)(あるじ)が待つ屋敷へと帰っていった。

 

 

 

 

 テレサはこの日、アンコウ無しの夕食を終え、そのまま夜の帳が下りた。

 夕食時には、まだどこかに出かけていたアンコウも、今は城に戻ってきているようだ。

 

 ハリュート城館は、石造りの建造物。その廊下に立ち止まり、テレサは、ぼぉーっと窓の外を眺めている。

 空はもう暗く、眼下に広がる寂れたハリュートの町も薄暗く物悲しい。

 

「………はぁぁーっ」

 テレサのため息が夜の闇に溶けていく。

 これから、あのリマナがアンコウの寝室にやって来るかと思うと気が重くなるばかりである。

 

「あっ、テレサ!こんなところにいたのか」

「えっ?」

 

 突然、自分にかけられた声。その声のほうをテレサは見た。

 そこには廊下のむこうから、しかめっ面して歩いてくるアンコウの姿があった 。

 

「テレサっ、カルミを風呂入れるのはテレサの役目だって言ったろ?結局、俺が一緒に入ることになっちまった」

「えっ?あっ、ご、ごめんなさい」

 

 アンコウはどうやら、今までカルミと風呂に入っていたようだ。疲れた、疲れたと言いながら、薄暗い廊下を歩いてくる。

 そして、アンコウはそのままテレサの横を通り過ぎていく。

 しかし、テレサの目にうつるアンコウが後ろ姿になった時、ピタリとアンコウは足を止めた。

 

「あっ、テレサ」

 足を止めたアンコウは、顔だけテレサにむけてくる。

 

「は、はい、何ですか旦那様?」

「テレサも風呂に入るだろ?今日は風呂に入ったら早めに寝室のほうに来てくれ。カルミのやつは、ホルガに任せたから」

「えっ?」

 

 驚いたテレサが、どういうことかと聞き返す前に、アンコウは再び自分の寝室に向かって歩き出していた。

 

「じゃあ、早く風呂入れよ」

 

 アンコウは背中をむけたまま、ヒラヒラと手を振り、遠ざかっていく。

 

「あっ………今夜はリマナ様が来るんじゃ………」

 

 遅れたテレサの小さな問いかけは、アンコウの耳に届かなかった。

 アンコウの姿は廊下の曲がり角の向こうへと消えてしまい、テレサはまた一人、薄暗く冷たい石造りの廊下に取り残された。

 

「……………………」

 

—————

 

 

 結局テレサは、アンコウに言われたとおり風呂に入り、疑問に思いながらも、いつもより早くアンコウの寝室を訪れた。

 その寝室はいつもと雰囲気が違っていた。

 部屋のすみには、見たことのない綺麗な装飾が施されている大小のつづらが、大きなカートのうえにいくつも置かれている。

 

 部屋の真ん中には、今までにはなかった高級そうなソファーとテーブルのセット。

 そのテーブルのうえには、洒落(しゃれ)たガラス製の一輪挿(いちりんざ)しの花瓶とメルファスの茶器一式が置かれている。

 

 そしてベッドだ。天蓋(てんがい)に垂れ下がっている白いレースの布地は、昨日までのものより明らかに光沢があり、デザインも複雑かつ芸術的だ。

 それに、ベッドのシーツ、掛け布、ピロー、すべてが数段、質の良いものに変えられていた。

 そんな状態の寝室に、いつものように訪れたテレサ。

 

 

「……あっ……んんっ、アンッ」

 しかし、いつもとは違う雰囲気の寝室の中でも、アンコウがテレサに求めてくることは変わらなかった。

「んんっ、アッ!あんっ、ンンッ」

 

 テレサはリマナ様が来るんじゃないんですかとは聞けなかった。

 聞けないままに、いつのまにかアンコウに抱きすくめられて、ベッドの上で(うごめ)き、絡まり合うひとつの塊りになってしまった。

 

 ただ、テレサに頭の中に、(どういうことなんだろう?)という疑問はある。

 

(何か急な用事ができて、来られなくなったのかしら?)

 

 馴染みのない枕がテレサの頭の下に敷かれている。いつもよりもずいぶんとやわらかく、何とも言えない芳しい香りが漂ってくる。

 

(香水でも染込ませているのかしら?)

 

 そんな香りや、いつもと少し違うシチュエーションにアンコウも普段より刺激をうけているのか、

 

「アッ!アッ!アッ!あんんっ!旦那さまぁんっ」

 アンコウも普段より少し激しい。

 

 そして、そんなアンコウとテレサの二人の夜の時間が過ぎていく。

 

―――

 

 

(……来たか……)

 

 アンコウが部屋の外の気配の変化にすばやく気づいた。

 しかし、この寝室と廊下の間には、石壁と厚い扉がある。事前に意識し待ち構えていたアンコウは、すぐにその変化をとらえることができたが、未だアンコウの腕の中でめくりめく快楽に身も心もゆだねているテレサは、まったくそれに気づいていない。

 

 その外の気配の変化とテレサの変わらぬ様子に、アンコウは口の端にいたずらっぽい笑みを浮かべた。

 しかし、テレサも今では立派な抗魔の力保有者であり、その感覚は常人よりもかなり鋭くなっている。廊下の気配の変化が扉の前まで来たとき、さすがにテレサも気がついた。

 

 その瞬間、テレサを見下ろしていたアンコウはテレサの口を手で塞ぐ。

 しかし、アンコウは体の動き自体は止めなかったため、それでなくてもピンクに染まっていたテレサの顔が、目は潤み、わずかな時間で真っ赤になってしまった。

 

「~~~ンンン~~ンン~~」

 

 そして、部屋の外の気配の変化が、部屋の中まで波及してくる。扉のノブが回された。

 ガチャッ ノックもなく扉が開き、廊下にあった人の気配が部屋の中へと侵入してきた。

 

「!!~~ンン~~!!」

 

 当然テレサも気づくが、アンコウは驚きもせず、変わらず口元に笑みを浮かべている。

 

 それは当然のことで、アンコウはここに()()を呼んだ張本人であるし、ノックも不要だと言付けておいた張本人でもある。

 いきなりあなたの美しい顔を見せて俺を驚かせてくれと。

 

 開かれた扉から、着飾った若く美しい女が入ってきた。

 

「失礼しますわっ。アンコウ様」

 

 入ってきた女は、リマナだった。リマナは今宵、夜の語らいにこのアンコウの寝室に招かれており、キャンセルしたわけでも、されたわけでもなかったらしい。

 

「!!ンンッ」リマナの姿を視界におさめたテレサは、アンコウに口を押さえられたまま目をむく。

 

 リマナは今の部屋の中の状況をまったく予想もしていなかったのだろう。

 すぐに足を止めることなく、つかつかと暗い部屋の中へと進んできて、ようやくその異常な事態に気づき、足を止めた。

 

「!!!?」

 リマナは目を見開き、口を半開きに立ちすくむ。

 すぐには目の前の状況を理解できなかったのだ。

 

 するとその時、アンコウはテレサの口を塞いでいた手を離した。

 

「アアンッ、だ、旦那さまぁ、リマなぁさまがぁんっ」

 

 アンコウは、まったくもって動きを止める気はないらしい。テレサの押し殺しきれない声が暗い部屋中に響く。

 

「!!な、なにをっ」

 

 ようやくリマナも、ベッドの上の状況を理解した。

 知った男の人数だけで言えば、テレサよりもずっと経験豊富な二十歳前のリマナであるが、さすがにすぐに次の行動を起こすことはできなかった。

 リマナは目をむいたまま、ベッドの上を見つめ固まっている。

 

「テレサ、あの女に見せつけてやろう」

 アンコウがテレサの耳元で(ささや)く。

「テレサ、あの女の顔を見てみろよ」

 

 驚きによる硬直から脱したリマナの顔は、怒りと屈辱でこれ以上ないぐらい歪んでいる。そして、全身をブルブルと震わせていた。

 アンコウに促されるままに、それを見たテレサの顔には、無意識の内に何とも言えない笑みが浮かんだ。

 

 さらに、アンコウは動く。

「アッ!アッ!あんんん~ッ!」

 テレサの容赦のない嬌声が、リマナの鼓膜を揺らす。

 

「!!~~くっ!!」

 

 自分たちが整えた寝台の上で、絡まり合うテレサとアンコウ。

 リマナはいっそう激しく体を震わせ、屈辱で顔を歪めたまま、部屋の扉にむかって(きびす)を返した。

 

バタバタバタバタバタッッ !!! 

 

「ああっ、リ、リマナ様っ」

 お付きのメイドたちも、うろたえるばかり。

 

 そして、そのままリマナは、激しく足音を響かせながら寝室から出ていくが、その開け放たれたままの寝室の扉から、テレサの艶かしい声がリマナの背中を追ってきた。

 

~ だ、だめよ、だぁんなさまぁぁーー ~

 

「!くっ、くくくっ~~」

 リマナはテレサの声を耳にしながら、鬼のような形相でお付きのメイドたちと共に廊下の闇の中に消えていった。

 

 

 アンコウの寝室の前に残っているのは、リマナたちを先導してきた この城勤めのメイドが一人だけになっていた。

 そのメイドは、夕方テレサと話をしていた赤いほっぺの年若い娘。

 

 突然のまったく予想外の展開に、呆気にとられていたそのメイドは、ようやく扉が開きっ放しになっていることに気づき、扉を閉めようと動き出す。

 しかし、そうしている間にも、そのメイドの視界には寝室の中のテレサとアンコウの姿が目に入ってきた。

 

(!ま、まぁ、あ、あんなことをっっ)

 まだ年若いメイドは、そういう経験が今までに一度もない。メイドは、ベッドの上の二人から目を離せなくなってしまった。

(あ、あの優しいテレサ様が、あ、あんなになって)

 

 赤いほっぺのメイドは故郷にいる許婚(いいなずけ)の男の顔を思い出した。

 

(わ、私もいつかレオとあんなことを ~~っ)

 

 そして、顔全体が赤いほっぺのようになってしまった若いメイドは………… 

バタンッ と寝室の扉をようやく閉めた。

 

―――

 

「り、リマナ様、お待ちくださいっ。そんなに急いでは危のうございますっ」

「う、うるさいっ!」

 

 リマナが声をかけてきたメイドを怒鳴りつける。足元も暗い館の廊下を走るような速さでリマナは歩いていた。

 そのリマナの顔は、屈辱と怒りで鬼のような形相になっている。

 

「あ、あの男、あの女もっ!よくも、よくも、(わたくし)にあのような真似をっ!」

 

 リマナは典型的な苦労知らずの御嬢様であり、また、周りの者を見下し、何でも自分の思うようになることが、あたり前だと思っている高慢な女でもある。

 そのうえ、その生来の美貌ゆえ、自分の望むようにならない男にも出会ったことがなかった。

 そんなリマナが、このような仕打ちに耐えられるわけがない。

 

「ゆ、許さない。絶対に許さないわっ!お父様にお話しして、あ、あの男にも、あの女にもっ、思い知らせてやるわっ!」

 

 そんな怒り狂うリマナに、暗闇の中から話しかけてくる声がした。

 

「リマナ様」

 

 突然、正面の暗闇の中から名を呼ばれ、リマナは驚いて足を止める。

 

「!だ、誰!」

 

 前方の暗闇の中から、廊下に設置されたランタンの明かりが照らす場所に男が一人出てきた。

 

「リマナ殿、お待ちください」

 

 それは、執事風のきれいに整えられた服を着た 白髪の人間族の男だった。それはリマナも面識がある人物。

 

「モスカルにございます」

 

 グローソン公の臣だとはいえ、今のモスカルはアンコウに仕えている。

 リマナは、そのモスカルをアンコウの仲間として憎々しげな眼で見た。

 

「どきなさいっ!(わたくし)は急いでいるのよっ!」

 

 しかし、モスカルはリマナの前からどこうとしない。

 

「くっ!こ、この館の者どもは、どいつもこいつも無礼な者ばかりっ!」

 

 そう叫ぶように言うとリマナは手に持った扇で、モスカルの頭を打ちすえようとした。

 しかし、

バシッ

 モスカルは、その扇を片手でつかみ止めた。

 

「おとなしくしなさい」

 

「なっ!こ、このっ、離せっ!」

「モスカル殿!リマナ様に無礼な!」

 

 リマナとそのメイドが怒りと抗議の声をあげても、モスカルは眉一つ動かさない。

 そして、モスカルが カツンッと靴のかかとで音を響かせると、モスカルの背後、暗い廊下の曲がり角から、武装した兵士がぞろぞろと出てきた。

 

「な、なにをっ!さ、さがれ下郎どもっ!」

 

 しかし兵士たちは、無言のままリマナとメイドたちを取り囲んだだけでなく、腰から剣を引き抜き、その剣をリマナたちに突きつけた。

 

「「!なっ……!」」

 リマナたちは、思わぬ事態に声も出せなくなる。

 

 モスカルはリマナの扇から手を放し、さきほどと顔色を変えることなく、じっとリマナを見つめている。

 そのリマナを見るモスカルの目は実に冷たい。

 

「……リマナ殿、少々お付き合い願います。逆らえば、その綺麗なお顔に一生消えぬ傷が残ることになります」

 

「なっ!?そ、そのようなことが許されると思っているのっ!」

 

「ああ、この館までご一緒に来た護衛の戦士たちは、もうここには来ませんよ。

 ……すでに息もしておりません」

 冷たいモスカルの目に、鋭い殺気が宿る。

 

「ひぃっ!」

 

 体を震わせ、何も言わなくなったリマナたちを見て、モスカルは兵士たちに合図を出した。

 

 そして、リマナたちは身柄を拘束され、兵士たちによって、薄暗い廊下をいずこかへと連行されていく。

 モスカルは、まるで何事もなかったかのように、ごく自然な態度で、リマナたちの後をゆっくりとついていった。

 

 そして、ランタンのほのかな明かりが照らす廊下には、誰一人いなくなった。

 

 

 

 

 しばしの二人の時間が過ぎ、アンコウはベッドの外で服を着ている。テレサは未だ裸身のままベッドの上だ。

 リマナに対するささやかな嫌がらせが終わったあとも、しばらくの間テレサは、アンコウの手から逃れることはできなかった。

 

 事前に何も知らされることなく、あられもない姿を人目に晒すことになったテレサであったが、アンコウに対する苦情はなく、どこか満足気ですらあった。

 リマナ個人に対するわだかまりは、アンコウより間違いなくテレサのほうが大きかったのだろうから。

 

そしてその時、

 トンットンットンッ と部屋の扉をノックする音。

 

「アンコウ殿、モスカルでございます」

「入れ」

 

 アンコウは、即入室の許可を出した。それに驚いたのはテレサ。

 

「えっ?」

 テレサはまだ服も着ていない。

 

 しかし、ガチャリと、モスカルはすぐに部屋の中に入ってきた。

 テレサはとっさに、首まで掛け布の中にもぐり込む。

 

「失礼いたします」

 

 しかし、そんな部屋の光景を見ても、何ら気にするそぶりを見せず、部屋の中まで入ってくるモスカル。

 

 そして、テレサはモスカルの様子がいつもと少し違うことに気づく。ある種の緊張感というか、張りつめた気配を漂わせていた。

(モスカルさん………?)

 

アンコウとモスカルが小さな声で話しはじめる。

 

「アンコウ様。リマナ嬢より、必要な情報の確認はできました」

「簡単に話したか」

「はい、指の爪一枚で素直なものでした」

「そうか。あの女では人質にもならないだろうから、あとは縛り上げて、どこかの部屋にでも放り込んでおけばいい」

「承知しました。あとの手筈はすべて整っております」

「……ああ、わかった」

 

 

 ふと気づけば、アンコウの眼光も鋭くなっており、雰囲気が一変していた。

 

(えっ………)

 そのアンコウとモスカルの間に漂っている緊張感に思わず身を強ばらせるテレサ。

 リマナへの嫌がらせなど、今宵のアンコウたちの計画のついでにすぎないということをテレサはまだ知らない。

 

 モスカルは、しばらくの間アンコウと話し合った後、より目つきを鋭くして部屋を出ていった。

 

再び二人きりになった寝室。

 

「あ、あの旦那様、何かあったんですか?」

 さすがにテレサも、聞かずにはいられなかった。

 

「………何、今日はちょっとサプライズを多めに用意してるんだ」

「サプライズ……ですか?」

「ああ。ナグバルの屋敷に日頃の感謝をこめてサプライズ訪問をね。それとテレサ。今夜、引っ越しをするから、このまま寝るなよ」

 

「えっ!?」(!訪問に、引越しって?……………)

 

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