時間停止の能力あるなら、他に能力いらなくない? 作:Firefly1122
俺の生まれは小さなゴブリン村だった。枝を組み立てた三角錐の建物に大きな葉っぱを雨避けに使うだけの簡素な建物。寝床は干し草を纏めたもので、主食は木の実。獣の肉など手に入れば村を上げての祭りが行われるほどのご馳走だった。住人の数は20程度で、村長を除くすべてのゴブリンの衣類は葉っぱを蔓で繋げた物だ。村長のみ骨をいくつも繋げたアクセサリーと鹿の頭蓋骨を王冠代わりにつける。文明など存在しないような村であった。
そんなゴブリン村に産まれた俺は他のゴブリンとは違い、フレイムゴブリンという炎を使えるゴブリンの変異種だった。その力は村の守り神として崇められるほどに強力であり、時折やってくる人間や敵対的な魔物を追い返すのに使っていた。
「アニキ!さすがっす!」
逃げ帰る人間たちの背中を見つめる俺に話しかけてくるのは、弟分のゴブリンである。この世界では魔物に名前はない。正確にはあるのだが、名前はその人物に相応しいものを付けなければならないのだ。そうでなければそのものは名に精神を乗っ取られ、自我のない怪物へと成り果てるのだ。有名な話では、人間が拾った小さな魔物に、人間の言葉で永遠の友という意味のエテルネルと名付けた。それは魔物語では真逆の全ての敵という意味であり、小さな魔物は凶悪な怪物へと進化して、街を蹂躙したという話だ。人間語と魔物語の大体の意味は同じで、話はある程度通じる。ところどころ真逆の意味を持つ言葉があるが、話す分にはあまり問題ないのだ。
「それにしてもいっつも人間を見逃すんすねアニキ」
弟分のゴブリンはそう言いながら人間が落としていった武器などの戦利品を拾い上げる。
「敵を殺せば恨みを生む。無用な戦いは避けるべきだ」
「相手もこっちを襲ってきてるんだから、殺しちゃっていいんじゃないっすか?」
「それも間違いではないが、俺はそのうち人間とも仲良くなれるんじゃないかと思っている。言葉の通じる相手なのだから」
俺の考えは甘いだろうか。殺さず追い返すだけであればそのうち無害だと判断して手を取り合ってくれるのではという考えは甘いだろうか。
そんな日々を過ごしていると、俺の力が他のゴブリン村などにも伝わり、この村の住人がどんどん増えていく。人間たちからしたら手も足も出ないゴブリン村がどんどん大きくなっているため無視できなくなっていっていたのだ。もっとも、無視はできないが人が入るにはあまりのも森の奥地であり、むやみに手を出す必要もないという状態だった。しかしそれは数年の間だけであった。
ある時人間たちは自分たちの住む土地をさらに増やすために、近隣の森を切り開き、領地拡大を狙っていた。少しずつ増える人間たちの街造り計画は、俺たちの村の範囲にも入ってきており、ついに俺たちは駆除対象となったのだ。
そんな状況になったと知った時、どうするかの話し合いが行われた。今ではこの村の人数も100人を超えるほどになっており、各部門長というものまで生まれている。狩猟部門、農業部門、林業部門、採取部門、戦士部門の5つだ。俺は戦士部門の長に選ばれていた。5つの部門長と村長での話し合いで、逃げるか戦うかという議論が繰り広げられた。
「人間の街はでかい。数で押されれば手も足も出ないぞ」
「大丈夫だろう。こちらには戦士長がおる。こやつならば人間の軍など一網打尽だ」
話し合いは平行線で、主に俺がすべてを解決してくれるという楽観主義と現実を見据えて話す者の言い合いであった。はっきり言ってこんな話し合いに意味などない。軍が来るとなると俺一人ではどうしようもないだろうからだ。俺もそれは伝えているのだが、楽観主義の部門長と村長は
「お主は自分の力を過小評価しすぎておる」
と聞く耳を持たない。戦いにおいて決定権を持つはずの俺の意見が通らないのは、ゴブリン部族では村長の決定は絶対であるという決まりがあるからだ。そのくせ話し合いをしているのは村長もすべてのものの意見を聞き、決定しなければという思いのもとで、自分自身の力を理解しているためである。なのに俺の意見が通らないのは俺の力を神の力を授かっているという思いのせいである。本当に厄介な考えだ。
「話は決まった。我々はこの村を手放すことはできぬ。戦士長よ、やれるな?」
「……できるだけ、やってみよう」
俺はただそういう他なかった。
人間の街から軍がやってきた。その数1000人。すべての人間が鉄の鎧と鉄の剣、鉄の槍、弓などの文明的な武器を持っているのに対し、こちらの戦力は木の槍と木のこん棒。防具などない素っ裸であり、人数はたったの30名。唯一敵を倒せるのは俺の炎の力のみで、実質1000対1だ。勝てるはずもない戦いだった。しかし、ここで逃げると村の者が死ぬ。俺は腹をくくった。
開幕の一撃は俺の炎の攻撃だ。開幕の炎で前衛の50人ほどを焼き尽くす。仲間たちはその攻撃を合図に茂みや木の上から奇襲を仕掛ける。いくら鎧を着こんでいるとはいえ、頭を木のこん棒で力いっぱい殴れば首が折れる。それで何人かを倒すよう指示した。奇襲は成功したようで、慌てふためく人間たちは、陣形を組むため固まり始めた。その集団に炎を放ち、燃やし尽くす。こんな森の中で弓兵はうまく動けないようで、せいぜい木の上の仲間を狙い撃つくらいだが、仲間には木の上にいるうちは射線が通らない枝に登るよう言っている。それでも数は減っていく。まだ500人ほど残っているが、こちらはすでに15人ほどになっていた。しかし、これだけ減らせればよい。次の作戦へと移行することを告げた。俺は炎を集団にのみ撃っていたわけではない。そして奇襲はその作戦を隠すためのものだ。その作戦とは、炎の囲い作戦だ。
「逃げ道がないぞ!」
「火が周っている!」
周辺にも火を放ち、火が燃え広がるのを待つことが本命だった。火が敵を囲ってしまえば、敵は逃げ道を失い固まるしかない。囲いの外へ逃げられたものはそのまま街へ逃げることだろう。山火事に巻き込まれたくはないだろうから。こちらはこの作戦に出ると決めていた以上、こちらに燃え広がってこないよう村の周辺の木は切り倒していた。完全に火に囲まれた人間たちを、俺は焼き尽くした。たった30人のゴブリンと1000人の人間の軍の戦いは、ゴブリンの勝利で終わった。
人間の軍に勝ったという話は瞬く間に広がった。村長は俺に役目を譲り、いつしか俺に名前がついた。カリュブディスと。
名を持つ魔物となった俺はもはや近隣の人間の街の冒険者や軍では相手にならなかった。そしてその噂はゴブリンだけでなく数多の魔物に広がり、俺の庇護下に入らせてくれという魔物が押し寄せてきた。魔物の中には技術を持つ者もおり、村がどんどん発展していく。人間たちも無視はできないと強い冒険者を送ってくるが、誰一人として俺に勝てる者はいなかった。
「カリュブディス様のおかげでこの村も大きくなりましたね」
弟分のゴブリンはいつしか俺に対する態度は砕けたものではなくなっていた。
「お前はいつも通りの話し方で構わないんだぞ」
「そうはいきません。魔物を統べる王が田舎者のような話し方をする者をお側に置いているなど知られれば、魔物たちに侮られます」
その言い分は最もだが、俺は少し寂しさを覚える。
俺の支配下に次々と魔物が集まり、いつしか魔王と呼ばれるようになった。そんな魔王が近くに住むと知った街の人々は次々に逃げ出し、軍を送ってきた街は完全に人一人いないゴーストタウンへとなった。それを聞いた俺はその街を俺たちの居城に再利用しようと決めた。たくさんの魔物が集まったため、もはや村とは言い難くなったこの村は問題だらけだった。
まず住むところが足りず、食料も足りない。何もかも足りないとなったところにゴーストタウンときた。これは利用しない手がない。望んだわけではなかったが、魔王が人間の街を占領したという悪名が広がった。
俺は展望台の上から占領した街を眺めながら、今後の方針を決める。
「俺が目指すはゴーストタウンではない。人間も魔物も笑って過ごせる世界だ。手を取り合って生きていけるような。世界にしたい」
魔王という肩書は望んだわけではなかった。そもそも俺は力を持つというだけの文明のないゴブリンだ。だが、魔物たちは強い魔王を望む。その期待に応えよう。
それから数十年が経ち、街はさらに拡大。中央には魔王城が建ち、数多の種類の魔物が集まっていた。魔王としての力が強まるにつれ、俺の体も大きく変わっていく。最初は赤いゴブリン程度だった俺の体はサイクロプス並みの巨体、デーモンのような角や羽が生えていた。魔物にとって名はそれほどまでに大きく影響するのだ。俺に付けられた名はカリュブディス。魔物にとっては優しく偉大な魔王という意味だが、人間にとっては凶悪な悪魔、災厄の魔王という意味である。悪魔という意味を持つために俺の体が一部悪魔的になったのだと思う。
俺の国では人間を襲ってはならないという法律を決めた。無論相手から襲ってきた場合は返り討ちにしていいが、殺すのはご法度だ。魔物たちからは生ぬるいと苦言を呈されたが、俺の方針は人間とも手を取り合うこと。そのための政策であり、曲げるつもりはなかった。そんな中、魔王城に訪ねる人間がやってきた。
「カリュブディス様、人間の勇者一行がやってまいりました。会わせろとのことです」
「こちらの被害は?」
「ありません。いたって普通に訪ねてきただけのようです」
俺の国では人間を襲わない魔物ばかりだが、人間からすれば問答無用に敵だ。被害を聞いたのは魔物を問答無用で倒す者と対談などできないからだ。しかし、この勇者一行と言われる人間は魔物を殺すことなくやってきた。俺は今までにない対応に未来を見たのだ。
「会おう。連れてこい」
俺の命令に従う弟分はペコリとお辞儀すると勇者一行を迎えに行った。
勇者一行は4人の男女だった。俺の前にやってきた勇者一行は丁寧にお辞儀する。
「初めまして魔王殿。私は勇者ペルセウスでございます」
「うむ。余の名はカリュブディス。して、勇者ペルセウスよ、何用でここまでこられたのかな?」
俺は魔王としてそう質問する。相手が丁寧に接してくるのであればそれに対して礼を尽くすのは当然だ。
「実は、人間の国の王、マルクオス・ペテリウ・クラウディウス王に命じられ、あなたを討伐しにまいりました」
「ふむ。ならば余に奇襲を仕掛けてくるのが当然であろう。しかしそなたたちはそれをしなかった。余を騙すための演技か?それとも何か別の目的があるのかな?」
「私どもはあなたの国に入り、魔物たちの大人しさに驚愕しました。話を聞くと魔王であるあなたの命によるものだと。なれば人間とも手を組める優しき王ではないかと思い、こうして話してみようとやってまいりました」
「なるほど。余としては人間と手を取り合うことは願ってもないことだ。そなたはどう思う?」
「それは素晴らしいことです。それで争いがなくなるのであれば否定する理由もありません」
俺はここまで話した勇者ペルセウスに好感を持った。同じ思いを持った人間だ。俺は立ち上がり、ペルセウスの前に立つ。俺の腰ほどの大きさの存在だ。膝を折り、握手ができるほどの高さにしゃがむ。
「余は主を気に入った。褒美と土産を持たせよう。ぜひマルクオス・ぺテイル・クラウディウス王によろしく伝えてくれ」
「ありがたく存じます」
ペルセウスと握手すると、ペルセウスは立ち去って行った。俺はこの時、人間と魔物が手を取り合う世界を夢見ていた。……この時までは。
数か月後、ペルセウスはこの国を滅ぼしにやってきた。今度は明確な敵意を持って。ペルセウスであると認めた魔物が話しかけると、問答無用で切られたという。無論それを見た魔物はペルセウスを敵だと断じて攻撃を仕掛けるも、勇者一行の力は凄まじいもので魔物たちをあっさりと殲滅してしまった。
「カリュブディス様……勇者ペルセウスがもうそこまで来ております」
「分かっている。お前は逃げろ。お前まで死ぬ必要はない」
「……わかっているくせに。俺がアニキを見捨てて逃げれないことを」
「どうした?魔王が田舎者みたいなやつを側に置いていたら下に見られるんじゃなかったのか?」
俺は弟分と久々に軽口を言えたのが嬉しかった。だが、同時に悲しかった。こいつは自分が死ぬことが分かっているようだったからだ。
「俺はお前が死ぬところを見たくない。もし俺が死んだら、俺の後を継いでくれよ」
「嫌っすよ。俺にアニキのような力はないから」
俺は知っている。こいつには俺と並ぶほどの力があることを。それが覚醒していないだけだと。
ドンと爆発音が聞こえ、煙が廊下に立ち込める。その中から勇者一行がやってきた。ペルセウスはなんだかやつれたように見えた。
「……久しいな。ペルセウスよ」
「ええ、本当に」
「戦う前に聞かせてくれないか?なぜこのようなことをするのか」
その問いにペルセウスは俯く。そしてポツリポツリと話し出した。
「あなたからいただいた土産を持って王に話しました。しかし王の言い分は『魔王に言いくるめられるとはそれでも勇者か。魔王など人間を殺すことしか考えておらぬ邪悪な存在だ。滅ぼす以外の選択肢はない』とのこと」
「それではいそうですかと言って殺しに来たのか?」
「いえ、当然私も反発しました。この国の在り方、あなたの想いをすべて話、どうにか魔王討伐を取り下げて平和的な解決はできないかと訴えました。しかし」
そこまで言うとポツンポツンと涙を流す。勇者の仲間も悔しそうな顔をしていた。
「魔王の肩を持つ俺の家族は魔の物だと。牢に入れられました。家族だけでなく、俺が住んでいた村の住人全員が捕らえられ、家は焼き払われました。反発したものは殺され、俺にはただ魔王の手先でないなら魔王を殺して証明せよ言われました……!」
「……家族を守るため、か。そのためならば我ら魔物を滅ぼす。理解はできた」
「申し訳……ありません!」
勇者であろうものがそう言いながら涙を流し、謝罪してきた。俺はそっと肩を叩きこう告げた。
「貴様の気持ちはよく分かった。なれば正々堂々戦おう。互いの守りたいもののために、信じる道のために」
俺は少し距離を取ると、魔剣を召喚する。こうして魔王と勇者の戦いは始まった。