時間停止の能力あるなら、他に能力いらなくない? 作:Firefly1122
六層、そこは一面氷の世界であった。草木すら凍っており、その原型は保ったまま。安全地帯であるエリアにあるのは貧しいテントのみ。とても寒さに耐えられそうにはない。しかしこの世界では暑さ寒さは感じない。そのため、こんなテントでもいいのだ。しかし、視覚的情報により肌寒く感じてしまうのはどうしようもない。体は寒くないのに、寒いと認識してしまう何とも不思議な感じである。
「今回は氷の世界か。炎系の攻撃が良く通るはずだ」
リーグがそうみんなに言い聞かせる。氷は炎を当てると熱で溶ける。当然の理屈だ。
「今日は一旦休んで、明日、この階層を探索する」
それに俺も同意する。皆も激戦の後だ、いくら肉体的には疲れないとはいえ、精神的疲労はあるものだ。
ドンっと背中を叩かれる。
「よく弱点見つけてくれたな!」
常にタンク役を買ってくれていた男だ。
「まあな。無理させて済まなかったな。落ち着いて観察すればあれくらいすぐ分かったことのはずなのに、なんか焦ってた」
「いいってことよ!」
がっはっはと豪快に笑う。
一日の休憩ののち、この6層のフィールドを見て回る。塔から一番遠いところには雪狐などの獣型モンスターがおり、塔に近づくにつれその様子が変わっていく。塔まで半分の位置では雪でできたゴーレム。塔に一番近いところには氷ブレスを吐くドラゴンがいた。5層のボスのドラゴンほど強固な鱗は持っていないが、十分強敵だ。
しかし、この6層で最も厄介なのは、猛吹雪が定期的にやってくることだ。吹雪によって視界が制限され、風によって動きが鈍くなる。さらに足元に積もる雪は足を重くする。そのうえここのモンスターはこの環境に適応しているのか、視界を無視して突然襲ってくる。
「静流!お前の視覚師範や聴覚師範でなんとかならないか!?」
「無理だ!どっちもほぼ機能してない!」
どちらも優れたスキルではあるが、この風の音と雪による視界不良はどうにもならない。
「ひとまず安全なところを探そう!みんな手を離すなよ!」
「こんなことならロープか何か持ってくるべきだったな!」
リーグの指示に、前衛の男がそう愚痴る。今更言っても遅いことだが、とにかく今は離れないことが大事だ。
それでもモンスターは構わず襲ってくる。そのたびに、手が離れる。視界ですべてのメンバーが見えるわけではない。だが、彼らを信じる他ない。とにかく今は、安全な場所を探すのが先決だ。
僅かな視界の中に、見覚えのあるテントがあった。その周辺には柵が立っており、それは紛れもなくセーフエリアだ。
「よかった!なんとか帰ってこられたな!」
「おかえりなさい」
生産職の面々は、食事の準備をしていた。この世界では食事はただの娯楽でしかないが、猛吹雪を歩いてきたばかりだ。温かいシチューの一つでも食べたくなるものだ。それを分かっていたのか、湯気が立ち上るシチューを準備してくれていた。
一口飲むと、体の奥が心なしか温かくなる。
「ありがとう。生き返るよ」
「戦えない我々はこのくらいしかできないですからね」
生産職も決して戦えないわけではない。しかし、戦いにおいて不利なのは間違いない。ドラゴン戦でもサポート役を徹してくれていたし、そのおかげで助かったところもある。
「静流。今回のフィールド探索で分かったことだが」
リーグはそう言いながら地図を出してくる。
「真ん中に塔があって、そこに近づくにつれて敵が強くなってる。ここまでは一緒だ」
俺もこの層の特色を思い出す。
「凸凹した地形のせいでどこにダンジョンがあるかわからない。しかも高台から見ても全部雪で真っ白だ。唯一見つけたのは塔から一番遠い南西のここだけ。他のダンジョンは見つけられなかった」
今までの層のダンジョンを考えると、あと最低4つはあるはずだ。そしてその場所は大体法則がある。塔を中心に数キロ単位で離れている。そのことを考えると、ここがもっとも遠いダンジョンだと分かる。
「おそらくこの辺あたりにあるだろうな」
「静流もそう思うか。でも他のグループに聞いてみても、それっぽいのはなかったって言うんだ」
俺は少し考える。ダンジョンは1つ見つかっている。だからダンジョンがないなんてことはありえない。考えうる可能性は2つ。ダンジョンが1つしかない層。もしくは、ダンジョンに入るのに何らかのギミックがある可能性だ。そして恐らく後者だろう。ダンジョン1つ置くにしても、余りにも雑すぎる。
「何らかの方法で見えなくなっているか、入り口が塞がれている可能性が高いな」
「だな。だが、厄介なのはあの猛吹雪だ。あれのせいでろくに探索できないし、仲間が分断されかねない」
「その対策はどうする?ロープか?」
リーグは一息つくと、首を振る。
「その方法も考えたが、戦いになると互いに足を引っ張りかねない。文字通りな」
確かに。ロープを付けるというのは二人三脚するに近い。ただの登山ならまだしも、ここはモンスターがうろつく危険な場所だ。そんなところで戦いになったら、いくら連携とれようが互いに邪魔をしかねない。
「それじゃあどうする?」
「それを何とかできる道具を作れないか、錬金職と道具制作職のやつらに聞いてみてたところだ。まだ答えは出てないみたいだけどな」
それまで足止め。俺は深くため息をついた。
「まあ、ゆっくりやっていこうや。焦ってもどうしようもない。幸い俺たちにはまだまだ時間はあるしな」
リーグは俺の肩を叩くと、地図をしまってシチューを貰いに行った。
「焦ってもどうしようもない、か」
俺はまだ湯気の立つシチューを眺めながら、その通りだと思い直した。
二日、三日、毎日一度フィールドに出てみるも、猛吹雪は収まる気配がなかった。日に日に何もできないことへの焦燥が募っていくが、リーグたちは談笑して笑っている。焦ってもどうしようもない。それは分かっているが、こうも何もできないとどうしても焦りが出てくるのだ。
猛吹雪が収まったのは、それから2週間後のことだった。リーグたちも何もせず安全地帯にいるのは暇だったのだろう。猛吹雪が収まったという報告を聞いて、手を叩く。
「よっしゃ!じゃあ前決めた通り、各メンバーは決められた場所を探索してくれ」
リーグは何もしていなかったわけではない。各々の実力を見極め、彼らが無事探索できそうな場所を、最初の探索で得た僅かな情報をもとに決めていた。俺たちは塔に一番近いエリアだ。だが、安全地帯からはもっとも遠く、敵が強い場所でもある。
「各員、道標のランタンは持ったか?まだ数が少ないから、各パーティーのリーダーとサブリーダーが1つずつ持ってくれ」
道標のランタン。ランタンの光がまっすぐに決められた場所を指すというもの。5層で取れた希少な鉱石を使って、生産職が作り上げた代物だ。決められた場所とは当然安全地帯であるここ。もし猛吹雪に見舞われても、これがあれば何とか帰ってこられるだろう。
「それじゃ、みんな気を付けていくぞ!」
リーグの掛け声と共に、それぞれの探索エリアを探索し始めた。
塔が目の前にある。毎日のようにフィールドに出て、そのたびに猛吹雪で数メートルも見えなかったのに、今日はしっかりと見える。俺は塔をにらみつける。
「静流。上ばっか見てないで、ダンジョン探してくれよ」
リーグにそう言われて、ハッとする。
「ああ、すまん」
そんな俺をしばらく見て、顔を背けた。
「おい。あれなんだ?」
先に進んでたオリーブがそう声を上げる。俺たちは急いでオリーブの元へ駆けよると、小さな氷の湖に、氷の柱が3本立っていた。3本の柱は、きれいに均等に並べられている。それは明らかに自然にできたものではなかった。
「ダンジョンの入り口か?」
「お前もそう思うか。だが、入り口らしいものは見当たらないな」
「俺の世界での知識だから通用するかわからないが、あの手のやつは真ん中に行けば何か分かるやつだ」
俺はゲームやアニメ、ラノベの知識から、そう結論づけた。
「なるほどな。一か八か行ってみようじゃん」
リーグの行動は早かった。迷いもなく3本の柱の中心へ向かう。俺たちもそれに続く。
柱の中心に立つと、氷の柱が何かに反応したように光り始めた。
「なんだ!?」
リーグが驚くと同時に、足元に魔法陣が展開され、マップ切り替えの浮遊感に襲われた。
視界が開けると同時に飛び込んでくるのは、6層の氷の世界とはまるで違う世界であった。壁は本棚でできており、ずらりと並んだいくつもの本。一定間隔で剣を携えた騎士のような石像が置いてある。天井にはシャンデリアがいくつもぶら下がっており、それがこの空間を明るく照らす。しかし、奥までは暗く見えない。本棚から本棚へいくつもの本が飛び交っている。吹き抜けになった中央から、下の階層があるのも見える。下にはアンデッドがひしめいており、それを操っている魔女のような恰好の人物もいた。ダンジョン名は魔法図書館。
「ここは…なんだ?」
リーグは俺に尋ねるように聞いてくる。
「魔法の世界…か?」
確証はないが、俺はそう答えるしかなかった。飛び交う魔導書、アンデッドを指揮する魔女。それらは魔法系の世界のイメージが強い。
「あれは敵か?」
オリーブは魔女を指さす。
「分からない。けどそういう敵がいてもおかしくない」
「声かけてみるか?」
リーグはそういうが、俺は静止する。
「もし気づかれたら一気に襲ってくるかもしれない。それは避けたい」
「それもそうだ。とりあえず下に行く道探してみようか」
俺たちは道に沿って歩く。しかし、そこは一方通行なようで、下への道は見つからなかった。道中、飛び交う本が魔法攻撃を放ってくるが、それは難なく対処できた。
「どこか狭い通路とかあったか?」
「なかった」
リーグの問いにオリーブは断言する。確かになかった。つまりはギミックがあるタイプのダンジョンだ。
「さて、どうするよ。ここはお前の知識が必要だろ?」
リーグは俺を見る。確かに、こういうギミック系はゲームを長年やってきた俺の出番だ。
「石像もしくは本棚。このどちらかにギミックが隠されてるはずだ。だがここまで何個の石像あった?本なんか数えるのも億劫なほどあるぞ」
俺が覚えてる限り、石像だけで40は超えている。本はその数倍以上だろう。正直お手上げだ。
「しらみつぶしに探すしかないか。一旦帰るぞ」
俺もオリーブもそれに賛成した。
猛吹雪が吹き始める前兆。少し風が吹き、雪がちらつき始めたころ、俺たちはセーフエリアに帰ってきた。
「おかえりなさい。収穫はありました?」
留守番組がそう尋ねる。
「あると言えばある。ないと言えばないな。ダンジョンの入り口は見つけたが、そこまでだ。中のギミックはまるで分からない」
「そう。他のグループも同じことを言ってましたね」
そういうと、すでに帰ってきていたグループに目をやる。
「帰ってきているグループは全部か?」
「いえ、まだ第3エリアのグループが帰って来てません」
第3エリア。ダンジョンのありそうな場所を絞った結果導き出されたエリアだ。俺たちが行った塔に一番近いエリアが第1エリア。二番目に近いエリアが第2エリア。第3と第4が広範囲となってくるため、同じ距離だが2つに分けた。そして第5、第6エリアとなっている。
第3エリアは比較的安全ではあるが、実力のある者を送り込んだはずだ。
「ランタンの光は?」
「それが消えてしまっていて、今どこにいるのかもわからない状態です」
「まいったな。猛吹雪がきたら捜索もできないし」
リーグは頭を掻く。猛吹雪の前兆があるいま、このまま皆で行っても、ミイラ取りがミイラになる可能性も十分高い。
「猛吹雪が止んだタイミングで、第3エリアのメンバーを全員で捜索する。今行っても無謀だ。第3エリアのメンバーが心配なのは分かるが、今はしっかりと休んでくれ」
リーグはそういうと、帰って来てるメンバーとの情報交換をし始めた。
第3エリアの探索組が帰ってこなくなって2週間が経過した。猛吹雪は収まり、俺たちは第3エリアを探索しに行った。2週間も経過してるため、はっきり言って生存は絶望的だが、何かあったのは間違いない。危険があれば確認しておかなければならないのだ。
「全員、PTは組んだか?もし名前が消えたら、そいつは死んだかダンジョンに飛ばされたことになる」
ダンジョンにおいて、パーティー同士が会うことはない。入ったタイミングで別々の空間に飛ばされることになるからだ。1層で俺が数週間単位でベアアントを狩り続けたとき、他のプレイヤーが入ってこなかったのもそのせいだ。
「それじゃ、捜索に向かうぞ!」
リーグの掛け声で歩き出そうとしたタイミングで、光がこちらに向かって伸びてきた。これは道標のランタンの光だ。
「おい!これ!」
「ああ、あいつら、生きてやがった!」
口々に歓声をあげる。そして光に沿って彼らを救出しに向かった。
こちらへ歩いてくる第3エリアのメンバーは俺たちの姿を見て安堵したようにへたり込んだ。だが、第3エリアのメンバーは5名だったはずだ。2人欠けていた。
「一体何があったんだ?」
そう聞くメンバーに、リーグは待ったをかける。
「まずは安全地帯に帰ろう。こいつら疲れてるみたいだからな」
そういうと、彼らに肩を貸し、来た道を引き返した。今日は絶好の探索日和だが、まずは状況確認をする必要がある。彼らが落ち着いたタイミングで、話を聞いた。
「ダンジョンだ。クレバスの中にダンジョンがあった。そこの先は鏡の迷路みたいになってて、どこからともなく自分と同じ姿のやつが攻撃してくるんだ」
「すぐに引き返さなかったのか?」
「無理だった。俺たちはバラバラの位置に飛ばされて、帰り道も分からずずっと彷徨ってたんだ。一人は運よく先に外へ出られた。けど、猛吹雪で安全地帯までは戻れず、入口付近で俺たちを待っていた。俺が出られたのもさっきだ」
そう言いながら、メンバーの一人に目配せをする。
「まだあと二人あの中に囚われてるかもしれない」
「そうか…帰りは絶望的かもしれないが、定期的に見に行こう。そのダンジョンへ行くためのランタンを作ってくれ」
そう皆に話すリーグ。道具制作職のメンバーにもすぐに仕事を割り振る。
「猛吹雪の中になるが、交代で彼らの帰りを待とう。もし3か月帰ってこなければ、死んだ者として待つのをやめる。それでいいな?」
そう尋ねられたメンバーは重く頷く。彼らは仲良く、連携もしっかりできたパーティーだった。それがバラバラにされ、帰ってこれたのは3人。この世界は油断も隙も無い、過酷な世界だと改めて認識させられた。
次の吹雪が来る前に、ダンジョン入り口を指すランタンが完成し、座標を設置しておいた。これで猛吹雪の中でも迷わずにここまで来られる。帰りを待つメンバーは3日置きに変わることにした。そこまでの移動が猛吹雪の中だと大変なため、1日置きは厳しいとリーグが判断したからだ。
「それじゃ、よろしく頼むぞ」
この段取りが決まってもう4回目の交代だ。リーグはこれから交代に向かうメンバーに声を掛ける。吹雪の周期は2週間に1回。そろそろ止むはずだ。次の吹雪が止んだタイミングで、皆で魔法図書館の探索へ出かける。
「なあ、鏡の迷宮の仕掛けってどう思う?」
リーグはそんなことを聞いてきた。
「どう…とは?」
「ほかのダンジョンの情報もまとめてみたが、複雑でわけわからないものばかりだ。でも迷宮の仕掛けってシンプルだと思わないか?」
言われてみればそうだ。魔法図書館の仕掛けはおそらく石像や本棚に関係している。それらを動かすパズルだろう。他のダンジョンのギミックの情報では、音を鳴らすクリスタルがあり、それに触れると音が変わるギミック。石の床と壁にそれぞれ模様があり、石の床を踏むとそれと同じ模様の壁が光るギミック。まるで回転暗号式の鍵のような魔法陣があり、それを解くことでドアが開くと思われるギミックなど、複雑なものばかりだ。
それに対して鏡の迷宮はただの迷路に過ぎない。明らかにおかしい。
「あと不思議なことに、俺たちの見つけたダンジョン以外で敵を見たって報告がないんだ。鏡の迷宮では自分自身と同じ姿の敵がいたらしいが、それだけだしな」
これまでのダンジョンではたくさんの敵が徘徊しており、レベリングができた。今回のダンジョンではレベリングができそうなのは魔法図書館だけだ。
「六層、明らかに異質だな。まるで悪意の塊じゃないか」
俺はそう思い、これを設計したであろう神に怒りを覚えた。
「だよな。でも一つ面白い案があるぜ」
リーグはニコリと笑うと、俺に話始める。
「魔法図書館って、下に敵がいただろ?別に下に降りなくても上から攻撃したらいいんじゃないか?」
「お前、だいぶゲーマーになってきたな」
正規ルート無視の嵌め殺し。そんなことを思いつくのはゲーマーだろう。悪意の塊なら全部無視してやればいい。リーグは悪戯っぽく笑う。
次の吹雪が止んだタイミングで、皆で魔法図書館へ向かった。リーグの提案通り、上からの一方的な攻撃は、効果てきめんだった。箒にまたがり上がってくる魔女は遠距離部隊が撃ち落とし、たまに飛んでくる本からの魔法攻撃は盾部隊が防ぐ。完璧な連携によっての高効率レベリングができたのだった。