時間停止の能力あるなら、他に能力いらなくない?   作:Firefly1122

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ホワイトアウト

 魔法図書館でのレベリングを始めて1年が経とうとしていた。結局クレバスの迷宮に入った残りの2名は帰ってこなかった。3か月、待機メンバーを入れ替えながら待っていたが、リーグがこれ以上はもう無意味で、生存は絶望的だと判断し、切り上げたのだ。それに生き残った3名は反対しなかった。

 魔法図書館でのレベリングは想像以上に効率が良かった。下の空間は薄暗く、全体像は見えないが、かなりの広さがあるようだ。そこから敵が次から次へと出てくる。

 魔女が召喚するアンデッドたちを倒しても経験値が入るようで、ものすごい勢いで俺たちのレベルは上がっていく。

 しかし問題もある。ここまでは遠く、ランタンという道標があっても猛吹雪の中、戦えない者を連れて行くのは危険だ。そのため、2か月に1度、2週間の魔法図書館でのレベリング期間を設けている。

 図書館に籠りっぱなしになるのは精神衛生上よくない。油断すれば死ぬ。しかしやることは単調。こんな状態で2週間ずっとここにいるわけだから、気持ちが落ち着かないしどこかで必ずミスが出る。だから休憩期間を挟む。

 また、拠点でやることもある。氷だらけのこの世界でも道具作成の材料が手に入るようで、それを集めるためにフィールドに出る。そして集めた材料で新たな武器、防具、アイテムを作るのだ。

「次の魔法図書館レベリングは4週間後だ。しっかり精神を休ませてくれ」

 リーグがそう指示を出すと、皆は今回のレベリングの成果を口々に話し始める。

「リーグ。今回の成果はどうだ?」

「駄目だな。まだギミックが分からない」

 レベリングの合間に俺たちは魔法図書館のギミックを探していた。無数にある本の中に、必ずあるはずなのだ。下への道を開くギミックが。石像をくまなく探してみても、それらしいものがなかったため、本棚の方にあると結論付けたのだ。

「しかしあの本。あれはいったいどういうことだ?何故これまでのプレイヤーの人生、この世界での生き様を書いた本がある」

 本棚に並ぶ本。あれは全てこれまでエデンに来たプレイヤーの人生を物語にして書いた物だった。そのプレイヤーが生まれて、死に、エデンへやってきて、どのように生活したか。それらを物語のように書いている。俺たちの世界の字、日本語や英語などの他に、別の世界の字で書かれた物も多数あった。どれもその者が生きた世界での文字だ。そのせいで最初はどんな本なのかわからなかった。

 ギミックを解こうと本を見て回っていた時に、オリーブが自分の世界の文字が書かれた本を見つけた。それから次々と自身の世界の本があるという報告が上がり、解読が進んだのだ。

「あの本は一体何なんだろうな。まるで誰かが俺たちのことを記録しているみたいだ。気味が悪い」

 俺はそう愚痴る。リーグもオリーブも同じ気持ちのようだ。

 

 次のレベリング。俺たちは再び本を見て回る。ギミックになりそうな部分を注意しながら見つつ、俺は葵、海斗、美子3人の本がないか、そして自分の本がないかを探していた。

「静流。これ見てくれ」

 そう言いながらリーグが渡してくるのは読めない文字の本だった。それはやけに分厚く、他の本より重い。

「これは?」

「なんとなく気になった。読んでみて、なんだか悲しくなったんだ。そのプレイヤーの心がその本に書き殴られてるような感じがして」

「読めたのか?」

 リーグは首を振る。リーグの世界の文字じゃない。俺たちの世界の文字でもない。俺は本を開いてみる。中身は普通だ。何もないただの読めない文字の羅列。そのはずだ。なのになぜかこの本の物語からは、強い想いが感じ取れるのだ。俺は思わず、ついてきているメンバーに読めるものがいないか聞いてみた。

「……これ、魔物語ですか?」

 一人の女性がそういう。

「読めるのか?」

 その問いには首を横に振る。

「でも見たことはあります。魔物語の文字です」

「解読できないか?」

「難しいですね。魔物語を見たことあるだけですから。読み方までは。ただこれだけ厚いとなると、相当有名な魔物だったのではと思います。私たちの世界で有名な魔物と言えば、カリュブディス……」

 そこまで言うと、彼女は勢いよく本を閉じた。

「どうした?」

「この本はカリュブディスの本です。読めるわけではありません。でも、分かってしまうんです。でも、それを理解してしまうのはダメなんです。カリュブディスを理解することを本能が拒むんです」

 それはその世界人間だけに起こる現象なのかもしれない。他の者は読んでも、俺と同じく強い想いを感じるだけだったから。

 カリュブディス。話は聞いたことがある。英雄であり、虐殺者だと。一体どんな魔物だったのか。本から滲み出るような強い想いに、俺は興味を引かれていた。

 

 カリュブディスの本が見つかって1年が経過した。いまだにギミックは見つかっていない。本の数が膨大で、すべて別々の文字で書かれている。手掛かりになるようなものは見つけられずにいた。

「そろそろ潮時だな」

 リーグはそう言う。俺もそれに同意する。この階層に2年留まってレベリングをしたことで、俺たちのレベルは70を超えていた。

 結局カリュブディスの本の解読はできなかった。唯一魔物語だと分かる彼女が、それを拒むのだ。

 俺たちはいよいよ塔攻略に乗り出すことにした。

 吹雪が収まる前の日、リーグは皆に話す。

「塔の位置は分かる。そこまでの道中、相手になる奴はいない。静流がいればとりあえず何とでもなる。ルートも探索済み。危険な場所はない。ボスは未知なため、いつでも転移石を使えるよう準備はしておいてくれ。明日、塔に向かうぞ。それまでしっかり休んでくれ」

 俺は最終チェックを行う。装備品、アイテム、この六層で手に入れたスキル。それらの確認だ。俺が念入りにやっていると、リーグは俺の横に座る。

「なあ、静流。お前もだいぶ落ち着いてきたよな」

「え?」

「五層の時、ずっと焦っている感じだった。六層の時も。塔の方を見つめてさ。早く登りたいって感じだった。でも今はこうして念入りにチェックして、心に余裕があるように感じる」

「……余裕なんてないさ。でも、カリュブディスの本の中身を見た時、すっと焦りが消えたような気がした。このままではいけないと思った。なんだろうな。今でも塔を早く登り切りたい気持ちはあるのに、焦ってはいけないって思うんだ」

 リーグはあの本を思い出すように空を見る。

「俺さ。あの本だけ、なんだか特別に見えたんだ。いくつもある本の中で、これを見てくれってそう言ってるような気がした。そして同時に、助けてくれと助けを求めてる気もした。だからかな。気づけば手に取っていたよ」

 分かる気がする。あの本にはそれだけの強い想いが込められている。魂に直接訴えるようなそんな想いが。

 リーグはフウッと一息つくと、バンッと膝を叩く。

「さて、明日はいよいよ六層突破だ!期待してるぞ!静流!」

「ああ、任せとけ。俺の足を引っ張るなよ?」

「お互い様だ!」

 そう言いながら、俺たちは拳同士をぶつける。

 

「気を引き締めろよ!もし10人が死ぬようなことがあれば、即撤退だ!いいな?それ以上の犠牲は許さない!だが、これは犠牲が出てもいいってわけじゃない!何が起こっても不思議じゃないからこうして取り決めてるだけに過ぎない!いいか!理想は誰も死なないことだ!行くぞ!」

 リーグの掛け声とともに、皆の顔が引き締まる。士気は上々。皆のコンディションもばっちりだ。

 塔の扉が開き、俺たちは中へ入る。転移石はすぐに使えるよう、専用のポーチを皆に配っている。これに触れて念じるだけで、使える優れものだ。

 門が閉まると、青白い光が空から降ってくる。見上げると、氷の結晶のような形のボスがそこにいた。

「まずは小手調べだ!盾部隊は前に!遠距離攻撃部隊、炎攻撃だ!」

 リーグの指示で遠距離攻撃部隊が炎魔法やスキルを使う。それを嫌がるようにヒラヒラと避ける。キラキラと光る粒子が降り注ぎ、その周辺を舞う氷の結晶。それは幻想的で、思わず見入ってしまうようだった。

「静流!あいつはどんなタイプだ!?」

「まだわからない!この手のやつは特殊攻撃型だと思う!」

「つまり、遠距離攻撃、状態異常なんでもござれって感じか!」

 リーグは次の攻撃指示をする。俺もリーグの指示に合わせ、魔法を放つ。

 氷の結晶は中心から外側に向け、渦を描くように周っている。本体も同様に回り、そのたびにキラキラとした粒子が舞う。氷の結晶は時折氷の刃を飛ばして攻撃をしてくるが、盾部隊が受け止め、受け止めきれずにダメージを負ったものをすかさず支援部隊が回復する。

「何してくるタイプかわからないが、今のうちの攻撃を続けろ!」

 俺は観察しつつ、少し身震いした。

 氷の結晶はどんどん回転速度を上げ、次第に攻撃が当たらなくなってきた。敵の攻撃はさほど派手ではないが、どんどん氷の刃の数が増えてくる。四方八方から放たれる氷の刃に、負傷者が増え始めてきた。

「足止めはできないか?」

「難しいな。空中を舞う相手をどうやって止めるか……」

 はーっと息を吐くと、白い息が出る。徐々に前衛部隊の動きも、皆の動きも悪くなってきた。何かがおかしい。そう気づき始めた時には遅かった。

「リーグさん!盾部隊が!」

 リーグと俺はそちらを見ると、盾部隊に霜が張り付き、凍りつつあった。

「動きが鈍い理由はこれか!!」

 寒さ。久しく忘れていたこの感覚。だが、自然であり、気づけなかった。こいつは徐々に周囲の温度を下げ、体温を下げる敵だ。時間経過で不利になる相手。

 俺は盾部隊に炎魔法をぶつける。

「おい!?」

 リーグはわけがわからないといった感じで俺を見る。

「あちちち!!」

 盾部隊に付いた霜は炎によって溶けて、盾部隊は慌てて火を消そうと動き出す。

「こいつに時間をかけたらまずい!徐々に凍り付くぞ!」

 体温だ。六層ではずっと視覚的な寒さを感じていた。だが、実際に体温が下がることはなかった。だから気づくのが遅れた。俺たちの体温を奪い、周囲の温度を変える敵。そのうえこいつは温度が下がれば下がるほど速度が上がり、攻撃が当てづらくなる。さらに悪いことに、こいつの耐久は化け物だ。もうすでにかなりの攻撃を当ててるのに、怯む様子がない。

「生産職!体温を維持するアイテムを作れないか!?」

 俺はリーグの指示を待たず、生産職に指示をする。状況を理解したメンバーはすぐに行動に取り掛かる。

 

 氷の結晶はフィールドの外周までたどり着くと、中央に戻るように、旋回しながら動き始める。氷の結晶の速度は増していき、こちらの体温は目に見えないまま奪われていく。

「できました!」

 生産職の張り上げる声に、俺たちは歓喜し、すぐさま体温維持へ取り掛かる。

「おい!静流!あれは何だ?」

 リーグの声に俺は振り返る。指差す方を見ると、そこには白い球体ができていた。

「なんだかわからないが、嫌な予感がする!総員!ボスを集中攻撃だ!なりふりかまうな!」

 それぞれができる攻撃を、ひたすら撃ち続ける。しかし、ボスの動きが早く、かすりはすれど決定打にはなりえなかった。

「焦るな!しっかり狙うんだ!」

 そうは言うが、あの球体とボスが重なった時、何が起こるかわからない。皆の顔には、隠しきれない動揺と焦りが浮かんでいた。

「防御陣形!固まれ!」

 リーグはこの期に及んで防御を指示する。早く倒さないとまずいことになると直感が囁くが、皆はリーグの指示に従い、一か所に固まった。

 ついに球体とボスが重なった時、ボスはその場で超高速回転し始める。球体が崩れたかと思った次の瞬間、目の前が真っ白になった。

 すぐ隣にいたはずの盾部隊の輪郭が、白に溶けていく。誰かが何かを叫んだ。だが、声は途中で雪に飲まれた。

 さっきまで見えていた仲間の姿も、ボスの姿も見えない。それどころか、自身の足すら見えない。

 ホワイトアウト。猛吹雪の中で起こる現象だが、それはそんなレベルを遥かに超えていた。視界も音も聞こえない中、かすかにリーグの声が届く。

「……い……撤退だ!!」

 俺はすぐさま転移石を使った。

 

 宙に浮くような感覚の後、白かった視界は晴れ、見覚えのあるテントが視界に飛び込んでくる。

「みんな無事か!?」

 リーグはすぐさまメンバーの安否を確認した。幸い、防御陣形によって皆一つに固まっていたおかげで、誰一人欠けることはなかった。

「静流、あれの対処方法は分かるか?」

「恐らくだが、DPSチェック。あれが来る前にボスを倒しきらないとさっきみたいな状況になる。十分な火力が必要だ」

「DPSチェック?一定時間内に削り切れってことか」

「そういうことだ」

「十分な火力……俺たちはできる限りのことをした。それでも倒しきれなかったが、考えはあるのか?」

「確証はないけど、打てる手はある。生産職のみんな、大砲は作れるか?」

 俺がそう言うと、すぐに相談を始めた。今ある素材、弾となる素材、それらと設計図を分担して作り上げていく。彼らはボス戦の中で短時間で体温維持するための道具を作り上げた。その連携は目を見張るものがある。

「十二門用意できます。弾は42発」

「大砲と弾の強化はできるか?火力特化でいい。火属性が効くと思うから、それも乗せられると助かる」

 俺が指示すると、皆は動き始めた。

「静流、何をする気だ?」

 リーグが俺に疑問を投げかける。

「時止めは俺がプレイヤーに触ってもプレイヤーの時が動き出すことはなかった。だけど、運ぶことはできた。アイテムは違う。俺が触れていると動き出す」

 俺は雪をすくい上げ、時止めを発動する。俺にとっては雪がじっくり溶けるだけだが、他のプレイヤーにとっては、一瞬で溶けてなくなったように見えるだろう。

「もし、大砲の集中砲火を一瞬に近い間隔で叩き込めたらどうだ?一糸乱れない同時砲撃なら、俺たちに足りない瞬間火力を補えると思わないか?」

 リーグは溶けた雪を見て、理解したようだった。

 1か月の準備期間を設け、俺たちは再び塔へ挑戦する。俺の意図を汲み取ったリーグが、万が一のためにと準備期間を延ばしたのだ。結果、二十四門の大砲と200発近くの弾が用意できた。足りなかった素材は五層へ戻り、集めてきた。確実に突破するための準備期間だ。

 俺は生産職が作った札を握る。これは召喚の札だ。

「これを地面に貼れば大砲が召喚できるんだな?」

「はい。召喚の札に魔力を込めることで、召喚魔法が発動されます。大砲という大きなものを動かすにはこれが一番いいと思いました」

 弾の方は俺の鞄に入っている。四次元ポケット式の鞄だが、さすがに大砲は入らなかった。

「リーグ。これだけの準備をした。だが、これでも倒しきれなかったらどうする?」

「そんなの、次は2か月の準備をすればいいだけだろ。俺たちにはまだ時間がある。焦ることはない」

 リーグはそう言って笑う。俺も釣られて笑ってしまった。

「そうだな。俺たちには時間がある。危なくなったら撤退すればいい」

 俺は腰に付けた転移石に触れる。そして、塔へ向き直る。

「よし、行くぞ!!」

 そういうと、皆も雄たけびを上げて塔へ入る。

 

 皆が塔へ入り、扉が閉まったのを確認すると、俺はすかさず時止めを発動させる。

 札を地面に貼り、魔力を流し込むと、煙が立ち上るのと同時に大砲が現れる。計二十四門の大砲。

 一つ一つに弾を込め、火をつける。皆は時止めの中では動けないため、すべて俺一人での作業だ。

 大砲に触れて、導火線が燃え切り、大砲の弾が発射されるのを確認して、次の大砲の火をつける。砲身から離れた弾は空中で静止する。そうして二十四門すべてが発射されたとき、俺は時止めを解除した。

 けたたましい爆撃音と共に、大砲の弾は氷の結晶に当たり、初めて氷の結晶が怯んだ様子を見せた。その様子を見て、誰かが叫んだ。

「効いている!効いているぞ!!」

 その声に重なるように、次の大砲の弾が発射される。彼らから見ると、ボスに攻撃が当たったと思った瞬間に次の弾が発射されている状況だ。大砲の発射に必要な膨大な準備時間を、静流は時間停止によって消し去ったのだ。

 大砲と時止めによる短時間の集中砲火は、瞬く間にボスの体力を削り切ったのだった。

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