時間停止の能力あるなら、他に能力いらなくない?   作:Firefly1122

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最強のルーキー

 私は提出された報告書を読み、頭を抱える。内容はもちろん、レベル30になったプレイヤーキラー、上条昌による被害についてだ。また、人口の増加による町の飽和状態を何とかするために町の拡大を計画しているが、材料が全く足りていない。理由は上条昌が平原でプレイヤーを狩り続けているため、それを恐れて町を出るプレイヤーがおらず、資材収集ができないのだ。門番には被害が出ないようプレイヤーを外に出すなと命令しているが、自信過剰なプレイヤーはそれに応じず外に出ることがしばしば。その結果がこの被害報告書である。

「全くどうしたもんか……」

 レベル30のプレイヤーキラーははっきり言って強くはない。だが、1層にとどまるプレイヤーのほとんどは30レベルに至らない。中途半端に強く、中途半端に弱いせいで、上の階層のギルドへの救援依頼は却下される。各階層忙しくてこちらに構っていられないのだ。2層の町は1層に次ぐ人口になりえる町で、今建築に人手を割いている。しかし、人手が足りていないため、ダンジョンの攻略すら進んでいないという。ならば1層から人手となるプレイヤーを連れてくればよいと思うが、それは絶対守護者が許さない。ここ数年あの騎士を倒せたものがいないのだ。ならば3層はどうかというと、3層、4層とギルドは愚か町自体が建築されていない。安全地帯となるキャンプはあるものの、3層、4層にとどまるプレイヤーはいないのだ。なんでも4層に上がったプレイヤーには、心を病んでしまい自ら命を落とした者もいたらしい。どんなところか想像もつかないが、上層のプレイヤーが心を壊すほどだから1層とは比較にならない危険度の場所なのだろう。では5層はどうかというと、3層、4層を突破したプレイヤーの憩いの場かつ折り返し地点としてここでも建築に力を注いでいるようだ。また、5層のプレイヤーからしたらレベル30のプレイヤーなど敵ではないため、ここに人手を出すくらいなら建築やダンジョン攻略を優先するそうだ。そして6層は連絡の取れない7層のギルドへの支援を送るための作戦を練っていて忙しいという。何があったか心配だが、1層からは何もできない。そして8層、9層は攻略の最前線だ。攻略が忙しい上にわざわざ1層まで戻るもの好きはいない。八方塞りであった。

「はあ……」

 私はため息を吐く。上条は元々先遣隊ギルドに入ったプレイヤーであった。ギルドに入った当時は、たった一人でダンジョンを攻略していくため、その活躍には注目していた。

 ある日、彼をチームにいれダンジョンに入っていったプレイヤーがいた。上条含めて3人が糸の城と呼ばれるダンジョンに挑み、上条のみが帰ってくるという悲惨な結果に終わったのだ。上条はダンジョン内で2人はやられたと報告した。確かにあのダンジョンは一歩間違えば身動きも取れずに死ぬ危険なダンジョンである。その時はただの悲報として受け止めた。その後もたびたび上条をチームにいれたプレイヤーがダンジョンで死ぬということがあり、さすがに私たちもお怪しいと思い始めたのだ。だが、その時にはもう遅すぎた。

 彼の報告を不審に思った私たちは、上条に同行を求めた。しかし彼は拒否し、しまいには暴れ始める。騎士団5人に囲まれていながら彼は恐ろしいほどの身のこなしと、強力なスキルで私たちを一掃したのだ。町中ということもあり死者はいなかったが、彼に一のダメージも与えられず、町の外に逃がしてしまった。それを危惧した私たちは1層の騎士団ギルドの精鋭を送り出した。4人の精鋭は彼一人に敗北し、その命を絶ったのだ。それ以降私は町の外に出ないように町中のプレイヤーに通達したが、自信過剰なプレイヤーが外に出て返り討ちに合う。そのせいで上条はレベル30と1層でもトップのプレイヤーとなってしまったのだ。

 私が昔のことを思いながら頭を悩ませていると、コンコンとドアがノックされた。ノックされたドアに対し反応をすると、秘書が書類を持ってやってきた。

「ギルド長、またギルド講習を受けたいという方が」

 またか。今日はやけに多い。朝から立て続けにやってきて、講習の担当者は悲鳴を上げている状況だ。今も担当の者は別の講習希望者に当たっている。希望者に待ってもらうのもいいが、そろそろ夜だ。担当の者も休みたいだろうし、私が行くことにした。

「わかった。応接室に通してくれ。私が行く」

 秘書はわかりましたと一言言って、出て行った。私も書類にさっと目を通し、持っていく書類をまとめ、応接室に向かう。

 応接室にいた彼は私が入るなり立ち上がり、頭を下げる。若いながらなかなかに礼儀正しい奴だ。座っていいと仕草だけで合図をすると、再び頭を下げ座る。

「どうも、私はここのギルド長、ゼラチナと言います」

 私が自己紹介をすると、彼も自己紹介をする。名前は山口静流というらしい。自己紹介を終えた途端に、いきなり出身の国を聞かれた。隠すこともないため教えたが、どうやら彼は私とは違う世界の者らしい。話を聞くと、彼は上条と同じ世界の人物のようだ。ということは彼は凄まじいスキルを手に入れているかもしれない。

 科学が発展した世界から来る者は、こちらの世界に来る際に特殊な力を手に入れる。それはこちらの世界では常識だ。もっとも、昔はそうではなかったようだが。私は彼を警戒することにした。上条の再来にならないよう見極めなければいけない。

 雑談を終え、ギルドの説明を始める。彼はこちらの世界に来たばかりのようで、私の言葉に対し質問を繰り返す。また、頭も回るようで、すでに試されたことではあるもののいろいろな提案をしてくる。話を聞いただけでここまで様々な案を出せるのは頭が回る証拠だ。ギルドの説明に戻ると、書類にしっかりと目を通し、気になるところは指でなぞりながら話を聞く。これは用心深い者の特徴だ。多くの人間は書類にさっと目を通すことはあっても、特に注視することはないだろう。ましてや規約までしっかり読む人間は少ないだろう。

 一通り説明を終えると、私は彼をギルドに勧誘してみる。話している限り彼は悪い人間ではない。もっとも、彼の本性は分からないが、少なくとも私が抱いた印象は、慎重で頭も回り、礼儀正しい人間であるということだ。彼は私の誘いに即答。ギルドに入ること了承してくれた。私は彼と握手を交わし、部屋を後にする。

 カウンター裏の部屋に入り係員に彼のことを話したのち、ギルド長の部屋に戻る。書類を片付けていると、門番のミハイルが報告しにやってきた。

「ギルド長、今日の報告です」

「ああ、報告してくれ」

 私が促すと、書類を見ながら今日のことを話し始める。

「今日外に出たのは一名だけです」

「だけって……お前なぁ……」

 私は呆れた。門番にはプレイヤーが外に出ないようにしてくれと命令している。にもかかわらずあっさりと通すのだから呆れるほかない。だが自信過剰なプレイヤーを止めるのは無理な話ではある。

「はあ。まあいい。じゃあ今日の被害は1人だけだな」

「いえ、その出て行った彼は帰ってきましたよ」

「ほう、上条に会わなかったってことか?運がいいなそいつ」

「いや、上条を倒してきたようです」

「……は?」

 私はミハイルが何を言っているのか一瞬理解できなかった。上条を倒しただと?騎士団ギルドの精鋭が4人がかりで手も足も出なかった上条を倒しただと!?一体どんな奴が!?

「おい、そのプレイヤーの名前は聞いてるか?」

「いや聞いてるも何もさっき来てたじゃないですか」

「は?」

「ギルドバッチ貰ってましたが。館内放送で確か山口静流って言ってましたね。そんな名前だったのかなんて思ってましたよ」

「……」

 私は絶句してしまった。この世界に来たばかりのプレイヤーがレベル30の上条を倒しただと?しかし、もしそれが本当なら、力強いプレイヤーを仲間に入れたということになる。私はいまいち納得できてないが、ミハイルのいうことを信じることにした。ミハイルはどこか抜けてるが嘘を吐くような奴でもない。

「……わかった。それじゃあ今後は今まで通りの仕事をこなしてくれ」

「わかりました」

 私は上条の対処についての書類や被害報告書を破り捨て、秘書を呼ぶ。数分後、秘書がやってくる。

「明日は私は外に出てくる。ギルドの管理は任せた」

「一体どこへ?」

「噂のルーキー君の実力を確認しに、ね」

 私は部屋を出て、自分の家に戻った。

 

 門の上から町の風景を眺め、目的の人物を探す。今日は彼の実力を見極めるために、一日姿を消してついていくつもりだ。私が使っている魔法はゴーストエスケープ。生前では肉体と魂を分離し、自由に動くことができるという偵察用魔法であったが、この世界では少々変わっており、透明化と浮遊、それから物体や攻撃をすり抜けるという効果が付与される。声を発しても相手に聞こえないのは生前とも変わりはない。解除方法も変わっており、生前は肉体に戻るだけでよかったが、こちらでは魔法を解除する必要があった。何も考えず生前の感覚で使って、戻り方わからなかったときは焦った。つまりはこの魔法を使って山口静流を追跡し、その実力を確かめてやろうという話だ。

「お、来た来た」

 少し退屈し始めたころ、山口が大通りを通ってまっすぐ門に向かってきた。彼が外に出ず町中で過ごしたらどうしようと密かに思っていたのだが、杞憂であった。私は予定通り彼の後方を浮遊し、付いていく。

 彼は一番近いダンジョンに向かうようで塔に向かう道から逸れ、草が生繁った平原を歩く。途中魔物が飛び掛かってきても、それに合わせたように華麗にカウンターを決める。それだけで戦闘なれしているのがわかる。魔物が唐突に飛び掛かってきて、咄嗟にその腹部に潜り込み、相手の力を利用して切れる者は少ないだろう。科学の発展した世界は戦争などなかったと聞くがどうやってその技術を手に入れたのだろうか。よく彼らが言うゲームとやらで身につけたのだろうか。何がともあれ、彼はかなりの実力者であることはわかった。

 最初に向かったダンジョンは土竜の巣穴というダンジョンで、分かれ道こそあるものの、道を覚えてしまえば一本道の洞窟だ。中に出てくる魔物はレベル12と高くはない。だが、この世界に来たばかりの彼にとっては強敵だろう。いざとなれば私が助けに出てもいい。そう思いながら付いてく。早速サーベルモグラを見つけた彼は一瞬のうちにその姿を消す。

「は?」

 気が付けばサーベルモグラは光の粒子となって消えていった。何が起こったか全くわからない。

 私が困惑しているのと同時に、彼もまた困惑したようにあたりを見渡す。敵を倒しておいて困惑も何もないだろうに彼は何をしているのだろうか。すると彼は不意に別の方向を見る。それにつられて私もそちらを見ると、バッドバットがいた。見た目はコウモリの体をしているのだが、顔が人間の顔で、その異様な見た目から攻撃を躊躇うプレイヤーも多い。バッドとついたのはその顔がイヤらしい表情をしているからであろう。神様の考えは分からないが。そんなバッドバットを、一切躊躇うことなく、また瞬間移動して倒している。唐突にあーっと声を上げたかと思ったら、ニッコリと微笑み始め、私はもしかしたら危ないやつなのかもしれないと思い始めた。そんなことを考えて、ふと彼に視線を戻すと、彼はこちらを見ていた。

「私が見えているのか!?いや、落ち着け私よ」

 一瞬焦ったが、そんなことはないと思いなおす。先ほどまで私の存在に気づいた様子はなかった。彼がこの直前にやったことと言えば蝙蝠を倒しているだけだ。

「まさか超音波!?」

 超音波や魔力感知ならば私の存在に気づくだろう。まさか蝙蝠のスキルを奪ったとでもいうのだろうか。いや、あり得ない。そんなスキルは聞いたこともない。が、彼が上条と同じ世界の人間であるならば或いは……。

 私が思案している間に、彼は私から視線を逸らし、奥に進んでいく。彼の快進撃は続く。突如何かに気づいたかと思えばいつ剣を抜いたのかもわからないうちに死角に潜んでいた魔物が光の粒子となって消えた。また、複数のバッドバットが襲ってきても、剣を抜いた様子すら見せずバッドバットの群れは全滅した。それはもはや神業に近いものだった。彼は道中しばらくはあーっと声を出していたが、何かに気づいたのか途中から声を出さなくなった。

 いよいよ最奥まで到着した彼は、警戒しながらドームの真ん中へ足を進める。すると地面からサーベルモグラのボスが現れる。モグラは腕を振り上げ彼に振り下ろす。彼は全く微動だにしない。自身より遥かに大きいモグラに委縮して動けないのだろうか。

「危ないっ!」

 私は咄嗟に庇おうと近づくが

「は?」

 彼は瞬間移動し、それと同時にモグラの腕は切断されその場に落ちる。ボスは今までの魔物とは桁違いの耐久力だ。ボスを倒すのはもちろん腕を切り落とすというのも一苦労する。ましてや一撃で切り落とすなど3層以上の強者でもなければ不可能だ。

 モグラは腕を切り落とされ、憤慨し、その大きな図体でのしかかってくる。彼は何かを口走ったかと思えば、瞬間移動し、モグラはそのまま地面にダイブし、光の粒子となって消えていった。

「瞬間移動?ハハハッ。そんなちゃちなものじゃないなこれは」

 私はこの戦いを見て一つ気づいたことがあった。それは切ってからの瞬間移動ではないことだ。サーベルを振り下ろす攻撃ものしかかり攻撃も、どちらも切ってから移動では間に合わない。だが、私が分かったのはそれだけだった。

 

 洞窟の外に出るとすでに昼を過ぎている。彼はそのまま次のダンジョンへ向かっていた。その方向は森の中にある蟻の古城と呼ばれる、一層で2番目に難易度の高いダンジョンだ。先ほどの土竜の巣穴とはレベルが違う。そんなところに挑むというのか。私は不安と同時に彼の能力へ期待もしていた。彼ならここを突破できるかもしれない。そんな期待があった。

 蟻の古城に出てくる魔物はベアアントと呼ばれるレベル20の魔物。体は大きく、鎧すら砕く顎を持ち、蟻酸という岩すら溶かす遠距離攻撃を放ってくる強敵だ。さらに奴らは体全体に装甲を持つため、生半可な攻撃は通らない。高レベルのプレイヤーならば倒すことも可能ではあるものの、苦戦は免れない。さらに奴らの厄介なところは、集団で襲ってくるということだ。一体に苦戦している間に奴らは横から、後ろから、はたまた上から、噛みつきや蟻酸を使ってくるのだ。

 蟻の古城にたどり着いた彼は、何の躊躇もなく入っていく。するとさっそくベアアントが彼に気づき、襲ってくる。彼はさっそく今まで通り切りつけるが、ベアアントに傷一つ突かない。さすがの彼もその頑丈さに驚き、焦っているようにも見える。しかし次の瞬間、ベアアントを光の粒子に変えた。その後仲間がやられたことに気づいたベアアントの群れが一気に押し寄せるが、次々と仕留めていく。

 迷路のようになっているダンジョン内を、次々と押し寄せるベアアントを倒しつつ進み、いよいよ最奥にいるベアアントクイーンにたどり着く。ベアアントクイーンは、ベアアントを召喚し戦う厄介な相手だ。ベアアントよりも3倍以上大きく、ステータスも高い。しかし、それ以外はベアアントとほぼ同じであるため、弱点が分かれば倒せない相手ではない。彼はさっそくベアアントクイーンの腹部に入り込み、瞬殺した。

 これで分かった。彼は間違いなく最強だ。誰がレベル15以上離れた敵を瞬殺できるだろうか?あの大魔王カリュブディスならば倒すことはできるだろうが瞬殺とまではいかないだろう。そして彼ならば2層へ上がる作戦も成功させてくれるだろう。私は糸を手から出して最高難易度のダンジョンを登っていく彼を眺めながら、そう考えたのだった。


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