その瞳に映るもの   作:流星彗

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消えない炎

 

 夜の帳がおり、星が瞬く空。

 小さく、無数の光が煌めく静かな時の中。

 草木も虫も眠りにつき、闇の中で活動する命しか存在しないはずのそこには、誰も彼もが活動していなかった。

 

 それは否である。

 

 眠りにつく命も、活動する命も、全てが辺り一帯から消え去っていた。

 理由は単純明快、関わりたくなかったためである。

 

 世界に生きる命が感じ取る危険信号。どんなに遠くに離れていても、その気配を感じとったならば、理性あるものならば逃げ出さずにはいられない。

 

 それと敵対してはならない。

 それの視界に入ってはならない。

 

 そう本能に刻み込まれているが故に、数多の命はこの夜の中であろうとも、目を覚まして生息域から離脱した。

 残されたのはありのままの自然だけ。

 静かに揺れる草木と、空から降り注ぐ月と星の光の舞台の中、数多の命を震え上がらせる主が現れる。

 

 それは赤き存在である。

 己が威勢を示すかの如きたてがみと、長く湾曲しつつ後方へ生える角、口に収まりきらない犬歯は鋭い刃を思わせ、鋭く空を睨む青い瞳は、静かにある一点を見据えていた。

 歩みを進める赤き龍は、小さく揺れるたてがみで自分が敵視する存在の接近を感じ取る。

 それは周りの草木も同様だ。最初は小さく揺れるだけだった枝葉も、時間を経るにつれて少しずつ大きくなっていく。ざわざわと小声のように音を立てるだけだったものが、まるで悲鳴を上げるかのように狂喜乱舞するように枝葉が暴れる。

 弱々しい枝は千切れて宙を舞い、木々すらもその幹を揺らしてざわめきだした。

 

 いつの間にか空には曇天が広がり、月と星の光が鈍色の雲に覆い隠される。光が差さない闇の中、おぼろげに浮かび上がる赤き存在。ぽつり、ぽつりと体に水滴が落ちるだけだったが、勢いを増してやがて大量の雨に打たれようとも、青い瞳は一点から離れることはない。

 視線の先には複数の山が広がっている。その奥から、白銀のような何かが空を翔ける。

 それもまた、地上にいる赤き存在のことを察知していたようで、青い瞳が地上にいる赤を見つけ、大きな翼を数度羽ばたかせて宙に制止する。

 

 降りしきる雨の中、水に濡れて鈍く光るその体はまるで磨かれた鋼の如し。低く唸り声を上げながら、お互いがお互いを見据え、逸らすことはない。

 誰もが逃げ出す存在が二つ、この場で相対したならば、起こることは一つだけ。

 

 静かに雨に打たれ続けていた赤き龍。その体が濡れ、雄々しきたてがみが水を吸って体にへばりついていたのだが、不意に焼けるような音が響いた。

 地を踏みしめるその足が、雑草を焼いたのだ。大木の如し足から発せられる熱、否、それは足だけではない。

 赤き龍の全身から発せられる熱が、その身を濡らすはずの雨すら蒸発させる程の熱気を放ち始めた。

 

 瞬間、開かれた口から放出される炎の塊。闇をも照らす光量にもなるその炎は、真っすぐに宙にいる鋼の龍へと迫る。

 それに対し、鋼の龍もまた、その口から何かを放出する。

 甲高い音を響かせながら放たれたのは、目には見えない何かだった。しかしそれは周囲の雨を巻き込み、迫りくる炎へと向かって降下する。

 ぶつかり合う二つのエネルギーは、炎の方が上回った。一瞬は雨を取り込んだ何かによって勢いを殺されたが、しかし空へと駆け上がる炎は散らされた火の粉を置き去りにし、鋼の龍へと昇り詰める。

 

 炎の塊が鋼の龍の顔を焼く。しかしそれは半分だけだ。

 放たれた息吹(ブレス)が炎を霧散させられないと判断した鋼の龍が、咄嗟に顔を逸らしたことで、炎は顔の左半分を焼きながら背後へと消えていった。

 しかし、それで鋼の龍の危機が消えたわけではない。

 赤き龍がすぐそこまで飛翔していたのだ。

 かの龍もまた翼を持ち、強靭な四肢で地を蹴り、翼を使って一気に飛び上がり、開かれた口から熱い呼気を放ちながら、鋼の龍の首へと喰らいつかんとする。

 

 だが空は鋼の龍に分がある。

 宙に留まった状態で羽ばたき続けるだけの飛行能力を有する鋼の龍。迫ってくる死を前にして、数度羽ばたかせるだけで、素早く赤き龍の側面へと回り込む。

 

 喰らいつく獲物がいなくなり、鋭利な牙は空を噛む。

 無防備となった赤き龍へ、鋼の龍は一つの息吹(ブレス)を撃ち出すだけに止まらず、数度その大きな翼を力強く羽ばたかせた。

 目には見えない息吹(ブレス)が赤き龍の体へと届くと、その体を風が幾度にもわたって切り刻む。

 それは圧縮された風。鋼の龍が持つ力の一端。

 渦巻く空気、風が周りの雨すらも取り込み、まるで嵐の塊のような高エネルギー体へと凝縮されたもの。

 それが赤き龍の体に無数の傷を生み出していくのだ。

 

 それに加えて、鋼の龍の羽ばたきによって生み出された風が、息吹(ブレス)と反応し、更なる変化を生み出す。

 息吹(ブレス)を中心として螺旋状に風が変化し、赤き龍を閉じ込める。

 鋼の龍が作り上げた竜巻に囚われた赤き龍は、体の一点へと撃ち込まれた息吹(ブレス)

以上に、その全身を切り刻まれる。

 例え強固な鱗に覆われようとも、風の刃と高速で動く水による刃がその鱗を傷つけ、吹き荒れる風によって弱った鱗が剥がれ飛び、その下にある肉へと刃が到達する。

 そうなれば、いくら赤き龍といえども無事ではすまない。

 

 そのはずだったが、獣のような咆哮と共に、竜巻の中から赤き龍が鋼の龍へと飛び掛かり、その首へと喰らいついた。

 

 執念である。

 

 弱き存在ならば、竜巻に囚われた時点で終わりを迎えるだろう。

 吹き荒れる嵐の如き風の勢いに耐え切れず、錐もみ回転しながら切り刻まれ、絶命する運命にある。

 だが、赤き龍は違う。

 無力な弱き存在とは違うのだという自負がある。

 竜巻によって全身に傷を負いながらも、竜巻から脱するだけの力を静かに溜め込んでいたのだ。

 

 首へと牙が打ち込まれる。その全身が鋼のような強度を持っていたとしても、それを貫くだけの牙の鋭利さと力が、赤き龍にはあった。

 その翼へと前足の爪が打ち込まれ、空中で鋼の龍を抑え込みにかかる。

 それを大人しく受け入れる鋼の龍ではない。何とかこの拘束から逃れようと、必死にもがく。体を振り、首を振り、これ以上牙が、爪が体へと食い込まないようにする。

 翼が羽ばたくたびに、赤き龍の体が、右へ、左へと振り回されるが、それでも赤い体は鋼から離れることがない。

 

 むしろ振り回されるたびに、赤き龍の翼や体から無数の火の粉のようなものが、鋼の龍へと落ちていく。

 とはいえこの嵐の中だ。多くの火の粉は鋼の体から洗い落とされていくのだが、それでもいくつかの火の粉は、鋼の龍の体に付着する。

 しかしそれがどうしたというのか。このような小さな粉が、暴れる鋼の龍に何らかの影響を及ぼすものではない。

 鋼の龍の抵抗はより大きくなり、両者の体が振り回されるにつれて上下左右に位置が変わっていく。それでは空中に留まることなどできるはずもなく、やがてお互いがお互いを地面に叩きつけんとする動きへと変わり、結果は両者が同時に地面へと墜落することとなった。

 

 鈍い音を響かせながら、濡れた雑草の上を赤と鋼の巨躯が土煙を上げて滑っていく。未だにその喉を食い破らんとする赤き龍だが、鋼の龍はその体を息吹(ブレス)で弾き飛ばした。

 首から血を流しながらも、何とか起き上がって、宙を滑る赤き龍へと、もう一発、もう一発と息吹(ブレス)を撃ち出す。

 一発は受けたが、もう一発は横へと逃げて回避する。数度、翼を羽ばたかせて体を制御して離れた位置に着地する赤き龍は、どこか不敵な笑みを浮かべたように鋼の龍は見えた。

 

 どうしてそう見えたのかはわからなった。確かに首に牙が突き刺さり、普通ならば致命傷になりそうなものとなっているが、この身は長き時を生きた龍。ただ牙を打ち込まれた程度では、命の危機へと至らしめるものではなかった。

 雨は変わらず鋼の体を濡らし続ける。赤き龍へと至るはずの水は、戦いが始まった時から発せられている熱によって蒸発し続けている。その熱は、少しばかり鋼の体を炙り、焼くほどだ。

 先ほどまで至近距離にい続けた成果、所々が熱によって鋼を溶かしていたのだが、その熱も雨によって冷やされている。少々その温度変化によって体に痛みがあるが、その程度で音を上げる鋼の龍ではなかった。

 

 不意に、赤き龍が体勢を低くして唸りを上げる。また、攻撃の機会を窺っているのかと、鋼の龍もまた身構える。

 しかしすぐにそれは違うのではないかと、違和感を覚えた。勢いの強い雨によって見えづらかったが、何か、赤いものが見えた気がした。それはまるで、先ほどの赤き龍の羽ばたきによってまき散らされた火の粉のようだった。

 それに気づいたとき、赤き龍が勢いよく牙を打ち鳴らす。

 瞬間、赤い力が赤き龍から放たれる。

 打ち鳴らした牙を発端として、宙に舞った火の粉のようなものを力が伝っていき、それは鋼の龍に付着していたものにまで到達した。

 

 突発的な爆発が、鋼の龍に襲い掛かる。雨によって大部分の火の粉は洗い落とされているとはいえ、残されていた僅かなものであっても、赤き龍が放っていたそれは反応する。

 首、胸、翼と複数個所で連続して発生した爆発は、鋼の龍の体勢を崩すには十分なものだった。加えて、赤き龍の発する熱によって溶かされ、本来の強度から下げられていた部分で発生した爆発は、鎧の如しその装甲を大きく破損させるに十分な威力を発揮していた。

 

 たまらず悲鳴を上げる鋼の龍へと追い打ちをかけるように、赤き龍は猛然と地を駆ける。強靭な四肢で大地を蹴り、その全身の重量をそのまま活かした突撃は、体勢を崩している鋼の龍を容易に跳ね飛ばす。

 鋼の龍と呼称するにふさわしい強固な肉体を持つ相手に、全身で突撃するなど普通は正気の沙汰ではないが、赤き龍の体もまた同様に強靭だ。勢いを乗せるように角から当たりに行ったが、その衝撃を受けてもかの龍の角は破損していない。

 こんなものではびくともしないといわんばかりに、赤き龍の威容を示すかのように、煌々と熱を発している。

 地を滑る鋼の龍へと赤き龍はまた翼を羽ばたかせながら、二足で立ち上がる。そうすることで、背から臀部付近へと大きく広がる翼から、あの火の粉のような塵粉が倒れる鋼の龍へと覆い被さるように放たれると同時に、自分の優位を示すかのように発せられる赤き龍の咆哮が、より大きく周囲へと轟かせられる。

 

 まさにそれは勝利を確信した叫び。自分は上、お前は下とはっきりと告げる強者の嘶きだ。

 その勝利を現実のものとするために、赤き龍は終わりをもたらす息吹(ブレス)を発する。先ほど放たれた炎の塊よりも、更に大きく、轟々と燃え上がる火炎の玉。

 赤き龍と敵対したもの全てを焼き払わんとするその劫火は、この雨の中でも勢いを失うことはなく、鋼の龍へと迫りゆく。

 それを大人しく受け入れる鋼の龍ではない。例えここで終わりを迎えようとも、最期まで抵抗してこその龍である。

 その力を振り絞り、鋼の龍もまた全力の息吹(ブレス)を放つ。

 先ほどの風の塊ではない。鋼の龍は風そのものを息吹(ブレス)として放ち続けていた。迫りくる劫火の死を少しでも跳ね返すべく、鋼の龍は呼気が続く限り息吹(ブレス)を撃つ。

 火炎はそれによっていくつかの炎となって周りにまき散らされる。雑草へと飛び、いくつかの火が上がったが、雨によってそれらは消える。

 だが劫火は今もなお燃え続ける。赤き龍の意思を示すかのように、雨に打たれても、鋼の龍の息吹(ブレス)によって妨げられても、消えることがない。

 

 見苦しい、と赤き龍は唸る。

 その青き瞳がひと際強く光を発し、力が込められた四肢によって大地が少し陥没し、強さを増した熱気で焼け焦げる。先ほどまでのような蒸気とは違う、より強い熱気によって、雨だけでなく空気すら焼けるかのようだ。

 かの者の威風によって、空気すら震え上がらせる。より強い熱によって蒸気は更に量を増し、少しずつ赤き龍の姿を隠していく。それを縫って一歩、赤き龍は前に出る。

 劫火で足りないのならば、より強い火炎を。それを以てして終止符を打つ。

 

 大きく息を吸った赤き龍から、劫火を後押しする火炎が放たれた。それを受けて劫火はより前進し、鋼の龍へと到達した。

 これまでの抵抗を無に帰す灼熱は、その全身を悉く焼き尽くす。苦悶の声すら飲み込みかねない火炎は、鋼を溶かし、開かれた口からも入り込み、内部すら焼き尽くす。

 加えて、先ほど放った塵粉が火炎と反応して連鎖的な爆発を引き起こし、ダメ押しの攻撃となる。

 全身が打ち砕かれ、焼かれ続ける苦痛。地獄のような苦しみのなか、鋼の龍はやがて力尽きたように、その身を横たえた。

 それでも炎は消えない。鋼の龍の命尽きるまで燃え続けるだろう。

 

 それを前に、赤き龍は鋼の龍の体を踏み、その口を大きく開いて喰らいつく。

 焼け続けるその肉体に牙を打ち込み、甲殻を砕いて肉ごと咀嚼する。炎が口を、手を焼き続けるのも意に介すことはなく、勝者への糧を味わい続けるのだ。

 鋼のような強度も、炎によっていくらか柔らかくなっているが、それでも硬いことには変わりはない。だがそれがどうしたとばかりに、牙はそれらを嚙み砕く。

 龍としての味はそう悪いものではないが、赤き龍が求めるのは肉そのものではなく、鋼の龍が今まで蓄積し続けた生命(いのち)そのものだ。

 長き時を生き、龍としての経験を積み上げ、生み出し、蓄え続けた龍の力。それらと肉体を咀嚼し、生命(いのち)をその身に取り込む。そうすることで、この身はより強靭な龍として成長する糧を得る。

 

 こうして他の龍と相対するのは僥倖だ。この機会はそうそうあるものではない。

 ひとしきり鋼の龍を喰らった赤き龍は、試しにまだ燃え続けるそれに向けて、もう一度息吹(ブレス)を放つ。

 すると、先ほどよりも更に力を増して炎が舞い上がる。残された鋼の骸すら溶かしきらんとする勢いに、その周囲の雑草が瞬時に焼き払われ、焦土と化す。

 鋼の龍の死によって、雨はもうすでにやんでおり、曇天が広がっていた頭上は、再び月と星の光が照らし出される。

 

 穏やかさを取り戻していく空の下、闇を照らす劫火の中で、赤き龍はどこか満足そうな表情を浮かべ、振り返ることなく歩き去る。

 残されたのは見るも無残な骸と、あたかも荼毘に付すかのように燃え続ける劫火のみ。

 誰にも見届けるものがないその火は、朝が来ても、夜が来ても、数日、数か月経ってもなお消えることがない。

 

 やがてくる雨によって消えるかと思われたが、そうはならなかった。まるで赤き龍の力を示すかのようなその劫火は、月日の経過によって少しずつ勢いこそ失われているものの、鋼の龍の雨にすら耐えるが故に、ただの雨には消せなかった。

 それだけ長く焼かれては、骸も最早形を留めない。ここで起こった出来事は誰にも知られることはなく、何故か一つ残り、燃え続ける火炎となる。

 生息域から逃げ出した数多の命も、燃え続ける火炎の気配から赤き龍の存在を感じ続けるが故に、戻ることなどできなかった。

 

 そうして出来上がった仮初の聖域。長きにわたって侵されることがない領域として完成してしまった。

 そこに足を踏み入れるのは、どこからか迷い込んできた一つの種族。

 どうしてこんなところで、火炎が燃えているのか。その理由すら知らず、一つの謎、あるいは一つの奇跡としてその火炎を祀り上げる。

 彼らにとっての敵を寄せ付けない聖なる炎として、大切に保護されることとなった。

 

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