その瞳に映るもの   作:流星彗

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消えない炎4

 

 日が変わり、相変わらず自分は、筆を執っていた。たぶん自分には技術が足りていないのだろうと結論は出ていたのだろうが、しかしそれでも今、できることは一つだけ。

 あの聖火を描く。

 見たものを描く、単純なようで、それは道を究めようとする人にとって、どれだけ険しく、難しいことか。それは同じ道を歩むものにしかわからないことだ。

 

 自分は今、壁の前に立っているようなもの。満足のいく炎を描くための何かが足りていない状況。それに気づくか、掴まなければ、その壁を越えられない。

 きっかけは何だっていい。それを見つけるために、ただひたすら筆を走らせるのみ。

 

 そうして時間を過ごしていると、ふと気づいた。

 何かがおかしい。

 顔を上げて辺りを見回す。

 自分は絵描きではあるが、本業はギルドの調査員だ。調査員として様々な地へと赴き、様々なモンスターと対峙し、調査をしてきたからこそ磨かれた感性がある。

 それが一種の危険信号を発していた。

 

 それは山の向こう、方角からして噂の火山地帯があるとされる方から、何かが飛行してきている気配を感じ取った。

 

「皆の衆、逃げろ!」

 

 咄嗟にそう叫んだ時、山の向こうから複数の影が飛行してくるのが見えた。

 翼を広げて悠々と空を舞うのは、飛竜種の代表格、火竜。それが複数、山の向こうからこちら側へと飛行してきている。それを見上げて、村人たちは茫然としていた。

 

 頭に理解が追い付いていないようだった。

 村を開いたのが100年前、それからここで生まれ育ったものからすれば、飛竜を見るのは初めてという人もいるだろう。それくらい、この村にとってモンスターの危機というものに縁がなかったのだ。

 

 しかし、命の危機というものは、その理解が追い付いていない頭でも、体に対して作用はするらしい。

 恐怖は、本能から来るものだ。

 あれは、自分の命を脅かす存在。だから体は震えるし、少しずつ後ずさりしてしまう。やがて頭も理解した時、それぞれの村人は悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 

「うわあぁぁぁぁ!? た、助けてくれえええ!?」

「どうして、どうしてあんな……!?」

「あぁ……聖火よ、我らをお守りください……!」

 

 後は大混乱が村に蔓延する。何とか村から逃げ出そうとするものがいれば、聖火の近くに集まって祈りを捧げるものもいる。迫る危機に対して、よもやこの状況にあっても聖火に祈ればなんとかなると思ってしまうのかと、逆に驚くほどだ。

 まだ素直に逃げ出そうとしている方が、正常になったと思えるくらいだった。

 

 自分もまた宿へと駆け出し、与えられた部屋に駆け込んでハンターとしての装備を身に着ける。背中に水剣ガノトトスを担ぎ、宿を飛び出して空を見上げる。

 だが、自分の想定した最悪は起きてはいなかった。空を往く火竜たちは、どういうわけかこの村を襲うようなことはせず、どこかへと飛び去って行く。目を凝らしてみれば、火竜だけでなく、雌火竜もいたようだが、それら全てが村の上空、あるいは離れた空を飛行して、通り過ぎていくのだ。

 

 それはまるで、向こうから逃げていくかのようだった。

 だとすると、何から逃げているというのだろうか。

 

「……え?」

「な、なんで?」

 

 村人たちも、まさか火竜たちが襲ってくることはなく、飛び去って行くだけだったことに驚きながらも安堵していた。聖火へと祈っていたものたちは、そら見たことかと、どこか得意げにしている人もいる。

 

「見ろ、やはり聖火は我らを守ってくださる神聖な炎なんだよ。一時はどうなるかと思ったけれど、我らには聖火があるんだ! これがある限り、我らに被害が及ぶことはないんだ!」

「ありがたや、ありがたや……」

「これで安心だ。竜からも守ってくれるなんて、これほど嬉しいことはない」

 

 聖火が火竜たちから村を守ってくれたのだと、確信を得ているかのようだった。ああして火竜が現れたのは初めてのことだが、それでも奴らは村を襲わなかった。それはこの火が守ってくれているからに他ならない。

 また一つ、聖火がもたらす加護に信憑性が追加されたかのようだと、村人たちはより聖火へと感謝の祈りを捧げる。

 

 しかし自分は、嫌な予感を拭いきれなかった。

 あれだけいた火竜が全て、眼下にいる人を無視して飛び去って行くことなどあり得るのだろうか?

 

 火竜にとって人は餌の一種だ。容易に蹴散らし、捕食できる獲物。草食竜に比べれば小さく、食える量もそこまでではないかもしれないが、しかし簡単に食える獲物には違いない。

 一匹は降りてくるものと思っていたのだが、そうせずに飛び去ることがあるのか?

 やはり、あの聖火に宿る古龍の力が今もまだ活きているということなんだろうか。

 

 あるいは、火竜全てが、何かから逃げているということもあり得る。

 そう考えた時、山の方からたくさんのモンスターが姿を現した。それらは村から少し離れたところを、必死に駆け抜けていくではないか。

 

「うわぁ!? なんだなんだぁ!?」

 

 それによって村人が拓いた畑などが踏み荒らされていくのだが、どういうわけか村の中は通過しない。村から離れたところで少し曲がり、外側へと進路を取って逃げるように走り去っていく

 

「……何かおかしくないか?」

「そうだよ、あのギルドの人の言う通り、おかしいことが起きているんだよ」

 

 飛竜に続いて、ランポスなどの小型モンスターまでも村の近くに現れたことに、何人かの村人はさすがに何かがおかしいことに気づいた。村の中までは入ってきていないが、畑を踏み荒らすほどにまで、自分たちの生活圏を侵しに来ているのだ。

 しかも畑仕事をしている人からすれば、すぐそこをランポスたちが走り去っていったのだ。ランポスといえども、一般の人からすれば十分に危険な生物。それが近くまで現れたとなれば、腰を抜かしたり、慌てて逃げだしたりしてもおかしくはない。

 

 そんな人たちが、これはおかしい状況だと、騒ぎ出したのも無理はなかった。いくら聖火のことを信じていても、立て続けに今まで起きていなかったことが起きれば、不信感が出てくるものだ。

 逃げなければならない、ギルドの人の言葉を改めて嚙みしめる。

 生きるために、ここから一時的にでも離れなければ、そう提言する人が村人からも現れる。だが、それでも何人かは大丈夫だという言葉を崩さない。

 

 行商人についてきていたギルドの人が護衛をしつつ、逃げることを決めた村人が村を離れることを決める。すでに村人の大部分がムスビ村を離れ、山への向こうにある村へと避難していった。

 それに対して村に残ることを決めた村人については、一端自分が残り、逃げた方がいいのではないかと説得を続けることにした。

 自分もまたギルドに所属する調査員だという身分を明かし、これはおかしい状況だと説明する。しかし、説得しながらも自分は理解している。何を言っても、彼らは動くことはないだろう。

 その信仰の篤さが、彼らをこの地へ留めるのだ。

 

 空を見上げる。

 山の向こうから何かが来る気配はない。小型モンスターと飛竜が向こうから逃げ出すような何かが、あそこで起きているのは間違いない。

 ギルドの人によれば、調査隊がすでに編成されており、現場の調査を始めようという段階になっているらしい。ならば、原因究明はそう遠くないうちに果たされるだろう。運が良ければ、異常を起こしている何かが排除されるかもしれない。

 

 そんなことを考えていた時、それは甘い認識だったことを知る。

 

「――――?」

 

 空気が、乾いていくような気がした。

 今までに感じたことのない、異質な気配を感じた。様々な地へと赴き、色々な竜と対峙してきた経験がある自分でも、感じたことのない気配だった。

 ぞくりとしたものが、背中を這い上がるような感覚。知らず冷や汗が流れ落ち、ごくりと生唾を呑んでしまう。

 何とか周りを見れば、村人たちもこの異様な気配をうっすらと感じているようで、力が抜けたように地面に座り込んでしまっている人もいた。

 

 異常だ。これ以上ないほどに異常事態が、そこまで迫ってきているに違いなかった。何とか唇を舐め、「……逃げろ、今すぐここから離れるんだ。聖火に祈っている暇はない……!」と、声を絞り出す。

 へたり込んでしまっている村人へと駆け寄り、立ち上がらせる。一人、また一人と立たせるが、中にはそれでもごねる人がいた。そんな輩には、「死にたいのか!? いいから走るんだよ!」と、思わず怒鳴ってしまった。

 

 祭壇の周りにいた村人たちが入口へと逃げ出すのを見届け、辺りにもう誰もいないなと確認した時、はっと気づいて背後を振り返る。

 そんな自分の目に入ってきたのは、山の上空を飛び越える大きな何かが存在していた。

 

 飛竜とは違う体つきだ。広げられた翼に、四肢がある。

 飛竜は総じて翼と二足を持つ存在だ。しかしあそこで飛行しているのは、四足を持ちながら、翼を有して飛行する。そのような体を持つ種族は、現時点では一種しか思い至らない。

 

「やっぱり、そうなるのか……」

 

 飛竜すら逃げるような危険な存在となれば限られる。単純に有する力が違うのだ。

 生物としての格が飛竜よりも上の存在から、彼らは逃げだしていたとしか思えない。そしてそのような存在は、古龍をおいて他にはない。

 古龍について調査はまだ進んでいないが、判明している情報の一つに、獣のように四肢を持ちながら、翼を有するとある。

 地を素早く駆け抜けられるだけの強靭な四足を持ちながら、空を飛行する力の象徴である翼も持つ。これは古龍が地と空を自在に移動し、広大な生息圏、あるいは自らの縄張りを有しているという可能性を示していた。

 

 咄嗟に、背中に担ぐ水剣ガノトトスへと手をかける。

 かの存在は山を越え、どこかへと飛び去ってくれるのかと信じたかったが、そんな自分の願いを裏切るように方向転換をして、大きく弧を描きながら急降下してくる。

 近づいてくるのは獣のような顔を持つ存在。口に入りきらないような大きな犬歯を持つその龍は、その異様な口を開いて、高熱の火炎を吐き出しながら地上へと降りてくる。

 

 防ぐようなことはせず、その場から離れるように逃げる。火炎は容赦なく辺りの家々を焼き払い、古龍は滑るように祭壇の向こう側へと着陸した。その合間に、さっと村人が逃げた方を確認する。

 何人かは逃げ切っているようだが、古龍が降りてきたことでまた腰を抜かしている人がいた。舌打ちしてそちらへと駆け寄ろうかと考えたが、古龍はこちら側を睨むように唸っている。

 ここで助けに行けば、そのまま自分に向かって攻撃を仕掛け、村人をも巻き込みかねない。

 

「何とか立ち上がって逃げるんだ! ここは自分が引き付ける!」

 

 そちらに向かって叫びつつ、古龍の視線をこちらへと誘導するように、水剣ガノトトスを抜いて攻撃の意思を示す。すると、古龍はより自分の方へと視線を向けて体勢を低くした。

 気のせいか、口の端から何かが弾けるようなものが見える気がする。その光の揺らめき具合から、何をしようとしているのかを察し、横へと走り出した。それを追うように古龍の顔が動き、口が開かれて火球が放たれる。

 一発、もう一発と撃ち出されるそれを逃げるも、一発が追い付いてきたため、水剣ガノトトスを構えて受け流す。水剣ガノトトスにはガノトトスが有していた水の力が満たされている。

 刀身を滑るように水が発生し、着弾した火球を横へと流すようにすれば、火の勢いを殺しながら地面へと落ちていった。その際に水と触れ合うことで蒸発するような音が響くが、それが間近で聞こえてくるものだから、少々気分に良くない。

 

 後ろでは火球が着弾したことで、いくつかの建物が破壊され、焼かれている。祭壇の向こうでは最初の火炎によって焼かれた建物により、倒壊しながら燃え広がろうとしているところだった。

 10日以上世話になった村が焼けていく。そのことに心が痛む。今まで危険なことが起きなかったというムスビ村は、たったの数分で安全神話が崩壊し、天国から地獄へと突き落とされていた。

 

 古龍はなおも自分へと視線を向けながら、一歩、また一歩と横へと移動する。自分の撃ち出した火球をやり過ごしたことで、若干警戒しているのだろうか。一定の距離を保ちながら、自分の出方を窺っているように見えた。

 だが奴の歩く先には、聖火を祀る祭壇がある。それに触れられるようになった時、古龍は自分から視線を外し、聖火を見下ろした。唸りながら聖火を観察するように、上、横と顔を動かしていたのだが、やがて大きく口を開けて聖火へと喰らいついた。

 

 100年もの長い時間の中で燃え続け、人々から聖火を崇められた炎は、無情にも古龍によって喰われ、無へと帰す。ムスビ村を照らし、ムスビ村を守り続けていたかもしれない炎の消失は、すなわちムスビ村の心の寄る辺の消失に等しい。

 この村に生まれ、この村で生き続けてきた彼らの心にもまた、かの火が灯っていただろう。心の中で灯りを照らしていた火、あの古龍は聖火を喰らうと同時に、村人たちの心にあった全ての火をも喰らったのだ。

 

 ぽっきりと折れ、消された心の火。村の象徴が失われた瞬間を目の当たりにする、逃げ遅れていた村人。声にならない声を漏らし、無意識に涙が零れ落ちる。恐怖で心が支配されていたとしても、聖火が失われたという現実に、彼らは涙を抑えきれなかった。

 無慈悲だ。あまりにも痛々しい。

 あれでは逃げる気力も失われたのではないだろうか。しかし自分には手助けする余力はない。古龍へと接近し、その足へと水剣ガノトトスを振り下ろす。

 水剣ガノトトスの刃は、ガノトトスのヒレそのもの。鋭い刃のような切れ味を持つガノトトスのヒレを、熟練の鍛冶師が研磨することによって、より鋭さを増したその刃。しかしその古龍の足に対しては、まあまあでしか刃が通らない。

 

 踏み込みが甘かったか? そう考えながら、退避できるような位置取りで大剣を薙ぐ。

 水剣ガノトトスはただ純粋な大剣ではない。ヒレの刃だけではく、刀身から発せられる水の力も加えることで、水に弱いモンスターならば、水の刃によって多大なダメージを受けることになる。

 こうした現象は特異な力を持つ飛竜などを素材とした武器に表れるものだ。ガノトトスなら水、火竜なら火といった具合に、奴らの持っている力を有効活用する。

 

 純粋な物理の力で竜と戦う人もいるが、それぞれの属性の力を加えた武器を手にすることで、人はより強力な竜と戦えるようになったといってもいい。

 人と比較して強大な力を持つ竜といえども、奴らにも弱い部分は存在する。それは属性という観点でも同様だ。水に弱い竜であれば、水剣ガノトトスは大いに通用する。

 しかしこの古龍は何かしたのかといわんばかりにこちらを一瞥し、長い尾を振って自分を排除しにかかった。

 

 強固な鱗や甲殻に覆われた長い尾は、それを振り回すだけでも脅威だ。鞭のようにしなるならば、それを振るえば大木すら薙ぎ倒しかねない。それを可能にするだけの力を秘めていそうな尾だった。

 目の前を通り過ぎる尻尾から発せられる風圧で、それを計ることができる。音からしても自分が振るう水剣ガノトトスのそれとは全然違うのだ。

 

 空ぶったことを察したのか、古龍は振り返る際に後ろの二足だけで立ち上がってくる。それだけでも人の身長の数倍はする大きさが眼前に聳え立つ。

 そんな高さから、鈍器のような太さを誇る前足を叩き落せば、どうなるかは容易に想像できるだろう。咄嗟にそこから離れて前へと飛べば、後方で大きく地面が打ち砕かれる音が響いた。

 手で地面を砕いただけではない。そこから生える鋭い爪もまた、地面を割るのだ。直撃すれば人は潰され、躱したとしても爪が鎧を裂くだろう。まともに受ければハンターとて無事では済まないのが目に見えている。

 

(やれるのか……?)

 

 古龍と出会うのは初めてだ。話も伝聞によるものと、文献によるものでしか知らない。

 炎を喰らい、炎を吐き、恐らく火山地帯から来たとなれば、炎に関わる古龍であることに間違いはない。

 耐火性に優れるレウスシリーズといえども、古龍の炎を耐えられるかは少し不安が出てきた。周りで燃える火によって空気は次第に乾燥し、熱気を伴い始めている。炎の直撃に耐えても、熱気そのものを完全に遮断するというわけではない。

 

 温度の上昇によって自分の肉体が少しずつ悲鳴を上げれば、暑さの影響か、水分の喪失によって自分の体力が削られ、やがて倒れるだろう。そうなれば、古龍の手によって殺される。倒れた敵に容赦をするような性質ではないのは、対峙してみてわかる。奴は、見逃さないだろう。

 

 自分が生き残る方法は何か。

 

 奴を討伐する? 馬鹿なことを、そんなことできるわけがない。一人で古龍を倒せるほど、自分の実力に自惚れていない。

 

 奴から逃げる? それこそ馬鹿な話だ。この状況で背を向けて逃げることなどできようか。自分と戦おうとした敵を見逃す奴じゃない。どこまでも追いかけ、喰らいつくだろう。追いかける途中で被害を拡大させてくるのも目に見える。

 

 奴を撃退する? それくらいしか道はない。しかし撃退するにしても、奴の戦意を砕くだけの戦いをしなければならないことには変わりはない。自分一人でどこまでやれるのか、それが問題なのにも変わりはない。

 武器は水剣ガノトトス。ポーチの中にはまあまあの薬。宿に預けているチェストには他にも色々なアイテムがあるが、果たしてそれを取りに行けるだけの余裕があるかどうか。

 

 ここからはアドリブ。

 奴の出方に合わせて、こちらも対応しながら切り抜けていくしかない。

 炎の古龍の情報はこれから観察しながら得るしかない。

 

 炎の古龍は一度、翼を羽ばたかせて唸りだす。奴もまた自分の出方を窺い始めたのかもしれない。そう思ったのも束の間、軽く震わせた体から細かい粉が辺りへと撒かれているように見えた。翼のはためきに従って粉はこちら側にも飛来してきている。

 これは吸ってはいけないものだし、触れてもいけないものだと察するのに時間は必要ない。古龍から逃げるように走り出し、奴の横へと移動する。

 

 そうさせるのが奴の狙いだろう。追うように奴も駆け出し、飛び掛かってきた。少し助走をつけるだけで、奴との距離がほぼゼロにまで縮められるだけの跳躍力を生み出す。これが四足を持つ古龍ならではの力か。

 獣のような強靭な四肢が作り上げる安定した走行力と、地を蹴る地力。アプトノスなどの草食竜と同じ四足でありながら、そこに秘められたパワーが段違いだ。それでいて草食竜よりも一回り大きな体躯をしているのだから、それが間近に迫るだけでも凄まじい圧力を感じる。

 

 いや、それだけではない。奴から強い熱気が発せられていることに気づいた。さっきまではなかった強い熱気が、奴を取り巻くように動いているのだ。まるでそれは鎧のように炎の古龍の周囲に篭っており、奴に近づくものは、まるで炎そのものへと近づく状況を作り上げている。

 こんなものの近くにいては、さっき危惧した熱によって大きく体力を奪われるのは目に見えている。一刻も早くクーラードリンクを飲まなければ。そう考えながら、咄嗟に炎の古龍から距離を取るように後ろに下がった。

 

 その判断は正しかった。また鞭のようにしなる尻尾が、さっきまで立っていた場所へと振り回される。その軌跡に従って、また粉が舞い上がったような気がした。さっき振るわれたときにはなかった現象だ。

 粉は尻尾の先に生えている毛から発せられたように見え、振るわれ、地面を叩いたときに一塊といってもいい粉がふわりと舞って、その場へと留まっている。

 

 不意に唸り声と同時に空気が震えながら古龍へと集まる気がした。薄く開かれた口、大きく生える四つの犬歯の間で、光が揺らめくのが見えた時、自分は近くの建物の陰へと逃げ込む。

 刹那、背後で凄まじい炎が発せられた。それは全てを焼き払わんとする火炎。加えて、何かが爆発したような音も響き、巻き起こる風によって体が吹き飛ばされる。

 

 ひっくり返る世界の中で、火炎の奥で爆発する光景が見えた。受け身を取りながら、それを確認すれば、爆発は一つ、二つと起きた後、連鎖するように奥へと爆発が続いている。

 そんなに爆発するようなものはあっただろうか? と疑問が生まれるが、それを情報の一つとして記憶する。こうした現象には理由があるはずだ。強大な敵と戦うには、情報は必要不可欠。そこから対策が生まれるし、戦いに勝つ道が拓けるものだ。

 

 建物の陰から陰へと逃げながら、ポーチからクーラードリンクを取り出して、口に冷たい液体を流し込む。少々ぬめりのある液体だが、飲むごとに体の中から冷気が広がり、全身を巡る感覚が生まれる。

 それによって人は強い熱気の中にあっても、耐えきれるだけの耐性を得ることができる。火山や昼の砂漠といった強い熱が持続する環境の中でも、人が行動できるように開発された飲料水なのだが、今のこの場では奴と対峙した際に感じられる強い熱気から身を守るために使用した。

 

 走る足を止めることなく、建物の裏から泊まっていた宿を目指して走り続ける。背後では建物を突き破って自分を探している炎の古龍の動きが感じられる。時間はあまりない。宿の裏口から中へと飛び込み、部屋へと駆け付けてチェストを開ける。

 その中からいくつかのものを見繕っていく。使えるものは何でも使っていきたい気持ちがあるが、そんなに時間はない。とりあえず爆薬や小さなタルあたりは取り出していく。大タルに関しては持ち運びに難があるため、今回は見送ろうかと考えたが、

 

(いや、一つ二つは使えるかもしれない)

 

 取り出した大タルを蹴とばしながら部屋から出て、裏口にあった手押し車へと乗せていく。村に来た時にチェストを運び入れた木製の手押し車だ。まだ燃えていないのが助かった。それを走らせながら表通りへ。気配からして炎の古龍は少し離れたところにおり、こちらには気づいていなかったようだが、手押し車の車輪が回転する音に気付き、こちらへと振り返る。

 

 手押し車を大きく前へと押し出しながら、炎の古龍の方へと向き直り、慣れない叫び声を上げて走り出す。手押し車が建物の陰の方へと消えていくのを確認し、とにかくそちら側へと近づかせないようにして、無謀に炎の古龍へと接近していく人を演出した。

 炎の古龍は向かってくる自分を見据え、また口から息吹(ブレス)を撃ち出した。それを躱しながら更に前へ。横切る炎の熱気に、自分は耐えられている。クーラードリンクの効果を実感しつつ、背中にある水剣ガノトトスの柄を握り締め、再度来る息吹(ブレス)を躱しながら、その顔へと抜刀する。

 

 顔の周りに生えるたてがみのような毛を、水剣ガノトトスの刃は切り裂いた。足という鱗や甲殻に覆われた部分はそれほど通らなかった刃だが、たてがみという毛であれば、先ほどよりも深く刃が通った感触があった。

 そのまま体ごと回転して頬を切り裂けば、頬だけでなく、口や耳付近をも切り裂き、炎の古龍はたまらず呻き声をあげる。ここで追撃するようなことはせず、いったん距離を取りながら水剣ガノトトスを背に戻し、逃げの手を取る。

 

 攻撃してきたかと思いきや、すぐに逃げていく自分に、炎の古龍は苛立ちを隠していない。それを表すかのように咆哮し、翼を何度か羽ばたかせて跳躍すると、そのまま飛行して頭上から飛び掛かってくる。

 咄嗟に小道へと逃げ込み、村の中に生える木々の間を抜けて坂を上る。炎の古龍は降下する勢いのまま、建物へと突っ込んでいくが、その勢いと巨体を活かして建物を押し潰した。

 

 しかし全く痛みがないわけではなく、破壊される建物の木材が少なからずその体を傷つける。バキバキと壊れる木材や、建物の中にあった小物なども壊されれば、破片の中には尖ったものも混ざってしまう。

 それが押し潰す勢いに乗せられ、尖ったものがその体へと突き刺さるものだ。深くはなく、浅いものだったとしても、落下の衝撃で中には深く刺さったものもあるだろう。それを信じながら、坂を上って反転し、上から炎の古龍を見下ろす。

 

「ふんっ!」

 

 抜いた水剣ガノトトスの切っ先を下にし、落下しながら炎の古龍の背中へと飛び乗った。落下の勢いをそのままにすれば、水剣ガノトトスはその背中を突き破り、中へと刃を埋め込める。

 たまらず悲鳴を上げる炎の古龍だが、ぐっと引けば刃はそのまま背中を裂き、発せられる水と共に別の液体が噴き出す。古龍の血だ。その刀身に流れる水によって、古龍の血は付着せずにそのまま洗い落とされる。

 血払いをせずにそのまま何度も背中、翼と切りつけて攻撃を積み重ねる。

 

 相変わらず炎の古龍の周りには強い熱気が感じられるが、クーラードリンクのおかげでそこまで深刻には感じられない。ただ、じりじりと焼けるような感覚はある。レウスシリーズで覆われた部分はそうでもないが、顔の一部分など、露出せざるを得ない部分は、熱気をうっすらと感じ取っている。

 そこだけが他の部分と違って熱い感覚があるため、少しずつ熱が蓄積されているのだ。となれば、じわりじわりと火傷の症状に苛まれることになるだろう。一度距離を取って冷まさなければ、後々まずいことになるかもしれない。

 

 何より背中に乗っている自分を振り落とそうと、炎の古龍の抵抗が激しくなり始めた。足と腰の力で何とかバランスを取って、水剣ガノトトスを振るってきたが、いよいよ振り落とされそうだった。

 いったん背中へと戻し、一度離れることにする。

 

(いや、最後に一撃、喰らわせてやる)

 

 背中からじりじりと、暴れる背中の上を移動し、角の後ろへと近づいた。その厚く立派な角を少しでも傷つければ、古龍としての雄姿を損なうことができるだろうと、精いっぱいの力を込めて水剣ガノトトスを抜刀する。

 抜かれたその一撃は、自分の意思に応えるように、自分が想定した以上の手ごたえを見せてくれた。それは斬るというよりも、叩きつけるといった言葉が似合う一撃といってもいい。

 刃は角に対してまあまあの深さしか入らなかったものの、その刀身が暴れる角の一角へと衝撃を伝え、同時に水の力が角へと伝えていく。角を伝って頭に届く衝撃に、炎の古龍は呻き声をあげて地に倒れた。

 

 傾いていく体の上から、何とか飛び降りたものの、水剣ガノトトスを抜いていたが故に少しばかり崩れた体勢で地面を転がるはめになった。それでもすぐに起き上がる技術は、体に覚えこませているため、離れたところで起き上がり、炎の古龍を見る。

 頭に響いた衝撃のせいか、呻きながら地面の上でもがいている。これだけ大きな隙を晒したならば、やらないわけにはいかない。

 

 手押し車は近くにはない。他に使えるものもない。

 ならばこの水剣ガノトトスでやるしかない。炎の古龍の眼前へと近づき、背中へ戻したそれを握り締めて力を溜める。

 これぞハンターが使用する大剣による渾身の一撃。力強く大地を踏みしめ、己の力を最大限に引き出して、構えた大剣へとそのまま伝える。十分に溜め込まれた力を解放し、振り下ろされる一撃は、まさしく竜を討ち倒すだけの破壊力を生み出す。

 竜の素材を用い、鍛冶師が鍛え上げ、人が研鑽した力によって導かれる渾身の一撃は、狙いすましたように古龍の顔へと深い傷跡を刻み込む。

 

 人を侮るその目、龍としての象徴といっていい角の根本、そして鼻と口元まで一文字に裂かれた一撃は、炎の古龍にとって想像もしなかったものに違いない。

 しかし自分は手を止めることはない。悲鳴を上げるものの、まだ起き上がる気配がないならば、振り下ろした水剣ガノトトスをもう一度構え直して力を溜めていく。

 渾身の一撃ではあるが、たった一撃で終わることはない。もう一撃のチャンスがあるなら、次の一撃にも力を注ぐまでだ。

 

「ぬああぁぁぁぁッ!」

 

 自分の全力であることを示し、己を鼓舞するように声を発しながら、再度放つ一撃は、またしても炎の古龍の顔を傷つける。同じ場所ではなくとも、また一文字に刻み込む傷跡が、水剣ガノトトスのもたらしたダメージを物語る。

 

 もう一撃いけるかと考えたが、炎の古龍が動く気配を察知し、その場から離れて距離を取る。起き上がった炎の古龍の顔には、横に二つ刻まれた傷跡から、絶えず血が流れ落ちている。

 右目は二回斬られたことで使い物になっておらず、左目で憎らしげに自分を睨みつけていた。誰が見てもわかる怒りの感情が、その左目に浮かび上がっている。

 

 ああ、わかっているとも。古龍を怒らせるということはどうなるか。

 情報がなくても理解できる。ただでさえ強力な力を有する古龍を怒らせることの意味が。

 

 生命が持ちうる本能から来る恐怖が、止まることを知らない。初めて相対する古龍相手に、よくもまあここまで抵抗できたものだと自分を褒めてやりたい。

 そして、逃げ遅れた村人たちのために囮をやらなければならないからと、ここまで抵抗し、よくぞ古龍にその感情を抱かせたものだと、とも。

 ここから先は、文字通り死力を尽くさなければならない。それだけの危機が、目の前に存在しているのだ。

 

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