ストリップ・アイドル・ユニット:TRK26 <<pure!?>>   作:添牙いろは

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1話 蒼泉歩

 彼が、あらゆる物事に対して興味を失ったのはいつからだろうか。

 中学生の頃の方が、まだ学業に対して真摯に向き合っていたような気がする。

 しかし、高校に進学した頃には――県内有数の進学校に合格したにも関わらず――ただし、授業に対して不真面目な様子はない。成績は中の中。趣味は、ニュースサイトのトップ記事を流し読むこと。無口ではないが、誰かと楽しそうに話している様子もない。近寄りがたい雰囲気はないが、近づくための必要性がない。

 可もなく、不可もなく――だが、それで許される立場に、彼はなかった。

 父の望む大学への進学が絶望的だとわかったとき、彼は父の経営する店舗のひとつを与えられ――卒業後は一切関知しない――事実上の勘当である。

 

 そして――

 

 月日が流れること二年あまり。彼はつつがなく経営を治めていた。

 とはいえ、託された店舗を繁盛させようという気概もない。

 かといって、潰れてもらっては生活が困る。

 ()()()()()により、幼少の頃よりこの手の教養は父から叩き込まれていた。

 あわせて、人を見る目も。

 立地の妙も幸いし、スタッフを雇えるほどの収益はある。

 だが。

 アルバイトは、その権限の中でしか仕事をしない。

 その給料の範囲でしか仕事をしない。

 ()()は、彼の職場でずっと問題視されていた。

 しかし、それを止めるほど給料をもらっている従業員は、ここにはいない。

 その、()()()()()()に巻き込まれるほどの。

 ちょうど年度の切り替わり――新しく入った者が多いのも要因のひとつか。

 一方、彼は紛れもなく店長という立場にある。

 ゆえに。

 彼は自ら、そのフロアに足を運ばざるを得なかった。

 出禁にするためには、その現場を押さえるのが手っ取り早い。

 実のところ――フロントにて記されたのが偽名であることは知っている。

 彼女の、本当の名も。

 とはいえ、それは瑣末事にすぎない。

 警察に突き出すつもりはないのだから。

 ただ、揉め事の種を摘み取っておきたいだけ。

 店長という立場として。

 小さなエレベーター――

 カラフルな宣伝ポスターが張り散らされた細い廊下――

 静かに漏れ重なる機械演奏――

 本来、客間に入る前にはノックすべし、とルールにもある。

 が、今回は目的が目的だけに、それはない。

 静かに忍び寄り、扉の窓にも写らぬよう立ち位置に気を配りつつ背をつける。

 中から聴こえてくる歌声に、外を警戒する様子はない。

 ただ――素人の発声とは一線を画する。きっと、これまで熱心に練習してきたのだろう。

 が、それも彼には関係のないこと。

 ゆえに勢いよく、彼は無慈悲にドアを開ける。

 ピタリと止まる歌声。

 だが、大音量の伴奏が止まることはない。

 モニタの、白から赤へと満ちてゆく文字も、背景として流れるメロドラマも。

 そのシャワーシーンは、あくまで楽曲に合わせた雰囲気作りのため。ゆえに、女優がこちら側を向くことはない。ただ、艶めかしい背筋に湯気と水の筋を流していくだけ。

 それに対して、この部屋に客として来ていたその女性は――

 きっと悲鳴を上げられるだろう、と覚悟してきた彼の予想とは裏腹に。

 どうやら、振り付けまできっちりとこなしていたようだ。

 ソファに座ることなく、マイクを持ったまま固まっている。

 ふわりと舞っていた長い後ろ髪も、彼女の背中にぴたりと添い下りた。

 それはまるで、画面の中で汗を流している女優と同じように。

 だが。

 姿こそ同じなれど、身体の向きはまったく異なる。

 モニタと向き合った彼女は。

 廊下から飛び込んできた彼と向き合う彼女は。

 まさに、シャワーを浴びるかのように。

 これまで浴びていたのは、音色の雨。

 そしていま浴びているのは異性からの視線。

 そのゆったりと湛えられた胸の先に。

 その腹部の窪みに。

 その、女性としての場所を覆い包む暗がりに。

 きっと叫び、蹲るだろう――彼はそう予想し、そう期待していた。

 その丸まった背中に向けて素知らぬ顔で諭し、今後の入店を禁ずる旨を伝える心積もりであった。

 これもまた()()()()()にて、異性の裸身など慣れたもののはず。

 それが、十数年ぶりだったとしても。

 自分なら、店長として平静に振る舞える。

 そう、信じていた。

 が、しかし。

 それは、彼にとって予想外であったように、彼女にとっても予想外だった。

 そして、彼女の予想外は、彼の予想外でもあった。

 それが、彼女の口から告げられる。

「え……どうして、こんなところに……?」

 同じ高校を卒業し、それから二年間顔を合わす機会もなかった。

 それどころか、同じ教室に椅子を並べながら、言葉を交わした記憶もなかった。

 それでも、彼は覚えていた。

 覚えているのは、自分だけだと思っていた。

 それが、彼の予想外。

 彼女の名は、 蒼泉(あおずみ)(あゆむ)――彼の想いに反して、その物語がこの場限りで終わることはなかった。

 

       ***

 

 朝まで徹夜で唄い通す――この国でそんな風習が始まったのはいつからだったか。それを二〇世紀末のことだとすると、二一世紀末たる現在まで、百年以上続くひとつの文化といえよう。ゆえにカラオケボックスの経営に携わる身として、始発の時間までは開けることにしていた。とはいえ、始発と共に唄いに来る客はいない。ゆえに、早朝の数時間は貴重な静寂となる。

 しかしその日に限り、音楽が鳴り止むことはない。

『~~~~♪』

 防音室とはいえ、多少の音漏れはある。それが、静まり返った無人の廊下であればなおのこと。営業時間はとっくにすぎている。そんなカラオケボックスで音を掻き鳴らす権限が、彼にはあった。

『~~~~♪』

 その部屋にいるのはただふたり。しかし、ここには本来一〇人を超えるグループが通されるべき広さがある。床の中央を陣取っていた机は端へと寄せられ、悠々としたスペースで、彼女は踊る。歌詞は頭の中に入っているので画面と向き合う必要はない。彼女が向き合うべきは、もうひとりの入室者――たったひとりの観客とだけ。

『~~~~♪』

 襟元は鎖骨が見えるほどに広く、膝まで伸びたスカートは翻りが気になるほどでもない。それでも、彼女の動きはどことなくぎこちなく見える。まるで、薄桃色の上下が彼女の身体を縛りつけているかのように。

 そして、その表情も。

『~~~~♪』

 声が伸びない――通らない――そのわだかまりが、歩の眉をひそめさせる。

 そして、唯一の観客たる彼もまた、少し離れたソファに座り、彼女と苦悩を共にしていた。

 下手――では、ない。だが、彼の心を打つこともない。それはまるで、これまでの自分の生活のような。その、延長線上のような。

 ただ、音に合わせて、

 ただ、歌詞に合わせて、

 ただ、声を出している――いや、出し切れてさえいないのかもしれない。彼がそう思うのは、彼女の()()()()()を知っているからか。

『~~~~♪』

 歩にとって、()()は始めてのことではない。そもそも、再会自体があのような形だったのである。いまさら気にしても仕方がない――という開き直りは否めない。かといって、恥ずかしくないはずもない。

 恋人ならともかく――と、彼女は思う。だが、あのような醜態を晒してしまった――自分の秘密を知られてしまった――そんないま、どんな顔をして、頭を色恋沙汰に切り替えろというのか。男のコの方から切り出してくれるのならともかく。

 誰にも聴いてもらえない歌は寂しい――だからこそ、誰かに聴いてもらえるのであれば、全力で歌を届けたい――ゆえに、彼女は腹を括る。

 ()()せずに歌えるようになりたい――そんな願いはある。が、その願いが遠いことも実感している。ゆえに、隠れた内側にも抜かりはない。普段遣いではなく、それなりの。見せても恥ずかしくない組み合わせ。気取りすぎず、幼すぎもしない、大学生らしいレース生地。

 だから。

 伴奏は一番を終え、二番へ向けて整えられていく。その長くもない間奏中に、歩はスイッチを入れたままのマイクをすばやく座席の上に置いた。あまり時間はかけられない。ゆえに、思い切りよく、自らトップスの裾に指をかける。

 彼はそれを見ていていいものか、と悩む。だが、ダンスまでこなす彼女の前で、目をそらしたり、瞼を閉ざすことも逆にしづらい。そんな葛藤の中で、できる限り俯瞰的に。当然、顕になってくるお腹――肋骨――それに、胸元を支える柔らかなライン――それらが、気にならないはずがない。その視線は、歩にもはっきりと感じられる。スカートの腰回りを緩めただけで、その気配がすっと下りてきたことも。

 だが、彼女は信じていた。彼は決して、下着ばかりに気を取られて耳を閉ざすことはない、と。それを信じて、歩は再びマイクを手に取る。

『~~~~♪』

 実際彼は――爽やかな上下の紫色に意識を奪われつつも、その四肢に、その歌声に、そして、その表情を注視していた。だからこそ、歩は恥ずかしい。肌着を見られることよりも、不安そうな瞳を向けられることが。

 その原因は自分でもわかっている。さっきより――長い袖に腕を掴まれ、腿にスカートがまとわりついていたときよりは、ずっと動きやすい。けれど、胸はいまも締め付けられ、腰にも迫り上がってくるような何かを感じる。それが全身を強張らせ、喉を開かせてくれない。

 やっぱり私は――

 いま、歩は覚悟を決める。

 いつかは、()()せずに唄えるようになりたいとは思っている。

 けれど今日は――そのひとりのためだけに唄いたい。

 そのために――

 もうすぐ大サビの幕が開ける。そこに辿り着く前に、すべての枷を解き放ちたい――!

 マイクを握りながらも器用に、背中に回された両手は小さな金具の絡まりを外す。両腕が下ろされたことで流れていく両肩の薄い紐。そして、それに引きずられるように、支えを失ったカップもまた。

 彼の両目は否応なしにそこへと惹きつけられる。初めて見るものではない。それでもきっと、いつまでも、その愛らしさを無視することなどできないだろう。

 ここで無為に手を止めれば、恥じらいの中で立ってさえいられなくなりそうだ。それをわかっているからこそ、迷うことはない。踊っている最中に脱げないよう配慮した短めのブーツは、踵こそ低いが、輪になった生地が少しだけ引っかかる。それらをまじまじと見られないよう部屋の隅へと放り投げると、歩は彼と顔を合わせた。

 本当のところ、死ぬほど恥ずかしい。しかし、それに匹敵するほどの開放感――高揚感も否めない。

 自分は何のためにこんな姿となったのか。それだけを思い、マイクに向けて気持ちを乗せる。

 

『~~~~っ♪』

 

 これだ――これこそが――!

 

 歩は、カラオケボックスという場を侮っていた。これだけいっぱいの部屋があるのだから、その一つひとつが監視されているはずはない、と。

 しかし――この姿で踊っているところは、何度も店員たちによって目撃されていた。

 それをただ嬉しそうに傍観していた男性スタッフ。

 冷ややかな表情で蔑んでいた女性スタッフ。

 カップルがホテルの代わりに使おうものなら、すぐさま声をかけたことだろう。

 しかし。

 本当に、ただ裸になって、ただ唄って踊るだけ。その他の行為は見られない。何故脱ぐ必要があるのか。男性陣にとって、そこに理由はいらない。だが、女性にとっては、あまりにも不気味すぎた。

 その結果、とある女性スタッフからのクレームを受けて、店長たる彼が声を掛けに行くこととなったのである。

 防犯カメラ越しでも、彼女が高校時代の同級生であることはすぐにわかった。しかし、彼の記憶とこのような行為がどうしても結びつかない。少なくとも、悪目立ちするタイプではなかった。常に友人に囲まれ、楽しそうな笑顔を浮かべていただけ。ならば、その集団の他の女子のことも覚えていて良さそうなものだが――彼の記憶に留まっていたのは、蒼泉歩ただひとり。

 その理由は――彼自身も思い当たるフシがない。

 何がどう、と具体的なことはわからない。

 だが、その片鱗を、彼はついに知ることとなる。

『~~~~っ♪』

 すでに、歩の中に恥じらいはない。いや、本当はあるのだろう。しかし、それすらもある種の快感へと変わっている。

 両腕が軽い。

 足腰も。

 指先、足先まではっきりと自由にできる感覚。

 ターンの度に振り回される両胸の重みが心地良い。

 もはや、マイクさえいらない。

 伴奏に負けない歌声を、そのまま届けることができる。

「~~~~っ♪」

 まだ、その根源はわからない。

 けれども、いま彼が見たかったものは、この――輝かんばかりの笑顔だったのだと確信できる。

 化粧や衣装、貴金属の類では飾れないものがそこにあった。

 それはまるで、美術館の石像が舞い始めたかのごとく。

 いや、そこに感じられる血潮の温もりは、石像と比べることなどできない。

 歌と踊りの――女神か――

 彼女が纏う神々しいまでの後光を目の当たりにして彼は、誇張することなくそう思う。

 テレビに映るアイドルならば、何度も観たことがあった。

 父の仕事の関係で、実際に唄い踊るステージを間近で観たことも。

 一方で、裏の風俗関係者とも関わったこともある。

 だが、そのいずれでも、そこに心惹かれるものはなかった。

 しかし。

「~~~~っ♪」

 これは、彼女が蒼泉歩という 女性(ひと)だからか。

 それとも、その笑顔のためか。

 激しい動悸の根幹がどこにあるのか、彼自身にもわからない。

 けれど――

 彼女の夢を叶えてやりたい――そう、思えた。

「~~~~っ♪」

 曲は止まり、歩もまた、ポーズを決める。本家の歌い手は学生服のような衣装に身を包んでいた。しかし、彼女は異なる。かろうじて、ブーツだけは似通っているか。しかし、右手は頬に、左手は腰に。広めに取られたスタンスは、あたかもその付け根の間を見せつけるように。

 だが、歩の笑顔だけは、本家を遥かに上回る。

 生まれて初めて目の前で、自分の本当の歌声を聴いてもらえた……っ!

 それも、こんな信じられない姿で……っ!

 歓び、恥じらい、その他諸々エトセトラ――

 ただ――酔い痴れるような心地よさだけは確かにある。

 拍手はない。が、男のコの表情を見れば、満足を超えた何かを感じてくれたことは伝わってくる。

 目の前で裸のまま、飛んだり跳ねたりして唄っていたのだ。いまさら恥じらったところで逆に恥ずかしくなってくる。歩は――己の装いを感じさせない自然な様子で、彼の隣に腰を下ろした。

 これに彼は――全裸の女性に――胸も、その下も隠すことなく堂々と寄り添われ――思わず距離を空けて座り直しそうになる。それが、彼自身意外だった。幼い頃は、全裸の女性陣に囲まれて平然としていたのに。空白の期間のうちに、自分の中で様々な変化があったのかもしれない。だとしても、ここで彼女を避けるのは失礼にあたる。ゆえに堂々と、幼かった頃の自分のように裸の異性を受け入れた。

 しかし、会話を紡ぐことができない。これにはさすがの歩も気不味くなってくる。

 どうしてこんなことになってしまったのか――

 初めて見られたときは、正直なところ、人生の終わりかと思った。警察どころか、乱暴に襲われても文句は言えない、と。

 けれど――さすがに、顔見知りだったから、かもしれない。むしろ、男のコが恐縮していて――だから、混乱した頭で思わずこんなことをお願いしていた。『私の歌を聞いてほしい』と。

 それは、ふたつ返事で断られた。いまはまだ、業務時間中だから、と。それなら仕事が終わった後――しかし、彼の仕事が終わるということは、店舗の営業時間も終わっている、と気づいたのは、彼からのメッセージが届いたときだった。

 互いの連絡先はクラス全員分、卒業式の日に交換している。最初は、離れ離れになっても同窓で盛り上がろう、みたいに熱くなっていたものの、二年もすぎれば音沙汰もない。

 彼からの初めてメッセージが届いたとき、歩は真っ先に謝った。バイト先で変なことしてごめんなさい、と。

 そこで彼女は、彼がバイトではなく――むしろ、雇う側であったと知る。そして、業務時間外であれば、歌を聴くこともできる、とも。

 正直なところ、歩は迷っていた。服を着たままでは、わざわざ頼む意味はない。けれど、業務時間外ということは、部屋どころか、その建物にふたりきりである。何かされても助けは呼べない。しかも、自分から脱ぎ始めては、誘っていると思われて当然である。

 迷った末に――歩は承諾した。あのとき見せてくれた、男のコの瞳を信じて。そして――自分だって、子供ではない。すべては、<自己責任>の名において。

 一方、彼もまた戸惑っていた。彼はただ、歩のために部屋を貸すだけのつもりだったのに。そして、自分は廊下へ。同室など想定していなかった。

 しかし、彼女は振り付けも見てほしいという。ひとりで踊っているのは寂しいから、と。だがそれを鑑賞するということは、彼女の身体を隅々まで見るということであり――

「えーと」「あの」

 ふたりの声が重なる。相変わらず、歩は胸を隠そうともしない。彼もまた、隠してくれとは言いづらい。何より、男子の本心としても。

 彼は天井の方を凝視している。それでも、歩は確かに感じていた。自分の身体に、男のコの意識を。

 どうしてこんなことになってしまったのか――いつからこうだったのか――歩は思い返してみるも、最初からそうだったとしかいいようがない。学校での音楽の授業は、むしろ苦手だった。お風呂で唄うときはあんなの気持ちいいのに、どうして教室ではこうなのだろう――いつしか歩にとって、浴室こそが音響室になっていた。

 しかし、あるとき――

『歩って結構歌うまくない?』

 それは、修学旅行の脱衣所で。調子に乗って長椅子に飛び乗り、裸のままアカペラで一曲唄いきってしまった。

 お風呂場以外でも唄える――っ! 歓喜に溢れ、いざみんなでカラオケに行ってみたものの、その結果は散々だった。そして気づく。そこがお風呂場であれ、脱衣所であれ、自分の部屋であれ――裸になれば、唄えることに。

 それと同時に、裸にならなければ唄えないことにも。

 最初は訓練のつもりでカラオケボックスに足を運んでいた。しかし、自分の歌声は一向に変わらない。ならば、どこまで薄着なら唄えるのか――それを知る必要がある。その結果は、ご覧の有様だった。

 こうして自分の歌を聴いてもらえたことは本当に嬉しい。できれば、もっともっと多くの人たちにも――とは思っている。しかし――

「あーあ……こんなことじゃ私、いつまで経ってもみんなに歌を聴いてもらうことなんて――」

 その願いは、彼もまた共有していた。ゆえに、彼とて――歩の隣で、ただ顔を赤らめていたのではない。この歌声を届ける手段はないものか――そのためにいまも考えを巡らせている。

 唄って踊るその姿を見せたいだけならば、動画でも何でも撮れば良い。映像加工もできるだろう。しかし、その歌声をその場で聴いてほしい――そのリズムを同じ空間で共有したい――彼女の気持ちは、自分で唄わない身であってもわからないことはない。

 だがこの様子では、服を着たままでは難しいのだろう。ならば、()()()()()()()()()()()へ。

「そのー……蒼泉」

「ん?」

 お互い、できる限りの平静を装って。何も恥ずかしいことはないと自分に言い聞かせて。

「やっぱり、たくさんの人たちに歌を聴いてほしいんだよな。それも、ステージに立って」

「……うん。でも……はぁ」

 服を着れば、歌も踊りも萎縮してしまう。しかし、服を着なければステージに上がることはできない。

 しかし――彼ならば、()()()()()()()()()()()を作り出すこともできる。

「もし良かったら、ビルの最上階を使って……」

 そこは、いわゆる倉庫として使われている。中身さえどうにかすればライブ会場として改装することもできるだろう。()()()が近いこともある。あまり大っぴらにしなければ、誤魔化すことも不可能ではないはずだ。

 しかし。

「それって、その……観客を呼んで、ってこと……?」

「だけど……蒼泉だって、多くの人に聴いてみたいって」

「うん、そうだよね。わかってる。そうなんだよ。だけど……」

 彼ひとりだけなら問題ない。むしろ、彼さえ良ければ、これからも何度でも立ち会ってほしいとさえ歩には思える。

 けれど――もし、この部屋のソファに他の誰かがずらりと並んでいたら――歩は、その様子を客観的に思い描く。

「服を着た人たちに囲まれながら、ひとりだけ素っ裸だなんて……私だけ、何だか別の世界にいるみたいだもの……」

 歩は決して、人前で裸になることを全面的に肯定できているわけではない。服を着た普通の人々に囲まれて、自分だけなんて――その様子は明らかに異常。そして、孤立。疎外感。大勢の前で我を通せるほど、歩の心は強くない。

 ならば――彼は、歩の言葉をそのまま受け取る。

「じゃあ……みんなで裸なら……」

「……え?」

 当然、観客を裸に剥くことは難しい。だから、そうではなく。

「音楽ユニットとして、みんなでステージに上がるのなら……」

 彼女の他にも、同じ姿になってくれる仲間がいてくれるのなら――

 それは、歩には思いもよらなかったこと。ゆえに、想像するだけで胸が躍る。楽しさも、苦しさも、そして、恥ずかしさもみんなで分かち合えるなら。

「そ、それは……うん、だけど……」

 あまりにも突拍子もない世界ゆえに、歩自身にも信じ難い。

「私以外に、そんなことしたがる女のコなんて……」

 本当に唄いたいのなら、普通に表舞台を目指せばいい。

 脱ぎたいのなら、別の舞台があるはずだ。

 そんな中途半端なことに一生懸命になってくれる人が自分の他にいるなどと、歩にはどうしても思えない。

 だが。

「きっといるよ。いや――」

 彼は裸の歩と見つめ合う。そこに、余計な感情は一切ない。ただ――彼女が放つきらめきを、もっと多くの人に届けたい――その一心で。

「俺が、必ず探してみせる」

 

       ***

 

 不審な客に、一言注意しに行くだけ――

 彼の予想に反して、この場限りでその物語が終わることはない。

 生まれて初めて彼は、自らの意志で、自らの物語への一歩を踏み出した。

 

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