ストリップ・アイドル・ユニット:TRK26 <<pure!?>> 作:添牙いろは
そこには、古今東西全国の春画が集められている――といっても過言ではない。
かつてこの国では、人の裸をメディアとして公開する際に身体の一部に隠蔽処理を施さねばいけない時代もあった。だが、それはあくまで独自の基準であり――それでも、昔の業界はこれに粛々と従っていたらしい。このデータベースは、その名残である。毎日無数に上がってくる性器を一つひとつ人の目で確認していたというのだから、撤廃されるのは必然だったのかもしれない。
ただ、当時から続く管理システムだけは、こうして生きている。この界隈は、揉め事が絶えない。何しろ、そこに映っているのは漫画やアニメのような創作キャラクターではなく、実在する人間なのだから。違法アップロードはもとより、先日のような盗撮などは絶対に許されない。ゆえに、守るべき範囲は著作権だけではなく、肖像権にも及ぶ。
ここにアクセスできるのは司法関係者と、メジャーレーベルの登録者。彼は後学のためとして、父によりアクセス権を付与されている。もちろん、消費者として映像を楽しめ、という意味ではなく、生産サイドに立って研究の糧にせよ、という意味で。にも関わらず、これまでの彼には消費者としても生産者としても人並み以上の興味を持つことができなかった。
しかし、いまでは――
「……はぁ、そう簡単に見つかるとは思ってなかったけど……」
彼はいまも、消費者としてそれらのコンテンツに関心を示すことはない。スカウトできそうな人材として――アイドル――全裸――ストリップ――等など、思いつく限りのキーワードで検索はしている。しかし、そこに映し出される姿はあくまで脚本によるもので――当然、すべてが演技というわけでもないが――そこに光るものを感じることはない。
彼が学生の頃、クラスメイトとの雑談の中でふと魅せた
「難しいものだな」
歩の輝きを、晴恵も有していた。ゆえに、別の誰かが同じ才を放っていても不思議はない。しかし――今回拝見してみた女優では何の光も感じられなかった。何がそうさせるのかはわからないが、彼は自分の直感を信じている。何より、直感により魅せられた光によってステージを彩りたい――そのためならばこの人生をかけてもいいとさえ思えた。
ため息をつき、彼はノート端末の蓋を閉じる。そろそろ時間だ。今日は、最近新しく雇ったアルバイトを迎えに出なくてはならない。オーナー自らが。彼女には、それ相応の事情があった。
だが、彼女は――何かと難のある性格の持ち主である。これまでも、その服装は一際目立つものだったが――ここで、着ぐるみの存在に気づいてしまったことが良くなかったのかもしれない。
同時に、素顔を出さずにマスクをかぶれば普通の装いもできることに気づき――それは構わない。自他共に認める一般的な装いなのだから。だが、プロレスラーの覆面のような――一応可愛らしいウサギの顔に、ウサギの耳はついているが、やはり覆面は覆面。普通の服装であっても異様な雰囲気は否めない。
今日の晴恵のシフトは終電出勤から始発合わせのクローズ上がり――そろそろやってくる時間だ。少なくともそのタイミングだけは、オーナーである彼自身がフロントに出ておくべきだろう。本当は、表に出る業務はすべて従業員に任せたいところなのだが。
そんなわけで、彼はいる。オーナー自ら、接客役として。願わくは、彼女以外の何者も来ないことを願いながら。そしてそれは叶えられた。しかし――
「お疲れさまです、
園内晴恵、堂々の全裸出勤である。
「そ、園内さんッ! まさか、裸でここまで……ッ!?」
彼女の自宅は品川にある。通うには二〇分以上かかるはずだ。その道中を、その姿で踏破したのだとしたら――おそらく、しばらく分の幸運をこの通勤だけで使い切ってしまったに違いない。
だが、晴恵は全裸であること自体を否定する。
「いいえッ、こうしてマスクはかぶっておりますし、それにほら、こうして
「剥がす前に服を着てくださいッ!」
その絆創膏は大きめのもの。少なくとも、温かく彩られたところくらいは覆い隠せている。どうやらそれは、彼女の胸の大人しさに応じた面積のようだ。局部はギリギリだというのに。実質全裸の覆面女子が電車で通勤してきて通報されなかったのだから、これはまさに奇跡としかいいようがない。
だが、そんな裸の女子を前にして――彼は自身でも意外に思うほど落ち着いている。先日、歩とふたりきりのときはあんなにも緊張したというのに。それは、慣れから来るものか、それとも、相手が歩だったからか――ただ、ずっと昔の彼はこうだった。小さな男の子を面白がってからかう裸の成人女性たち――彼女たちの期待に反して――かとして無反応ということはなく、にこやかに、可愛らしく――それは、別方面での期待どおりに。
晴恵の身体は美しいし、魅力的だ。それは、いまの彼にも疑いようはない。しかし、己個人の欲望を満たすより、この輝きを大きなステージに解き放ちたい――それが、彼の男としての部分を鎮めているのかもしれない。
しかし。ゆえに。だからこそ。
彼には、女のコを力づくで止める度量はなかった。こんな美しいものに叱りつけることなどできるようもない。なのでそれは、ある意味一般的な奇行を諌めているようでもあった。実際、この場においては法的に問題もない。それを、晴恵自身も認知している。
「でも、ここはコーチの私有地ですよね。公共の場ではありません!」
すでにふたつの蕾の皮は剥がされ、お尻はガラス戸の外側へと向けられている。昨年、自宅で裸になる分にはカーテンを開いていても問題ない、という判決が出ていたので、オーナーさえ訴えなければ違法行為になることはない。だからこそ、晴恵は最後の一枚に指をかける。が、そこで彼女も彼女なりの過ちに気がついたらしい。
「……はッ、もしかして……下の毛を剃るのはマズかったでしょうか……ッ?」
「えーと、それは……はい。
「す、すいませんでした……。どうしましょう……何か、毛の生えるトレーニングは……」
「いえ、トレーニングでどうこうなるものでもなさそうですので、自然に生え戻るのを待ちましょう」
「……そうですか。コーチといえども、さすがにご存じないのですね」
晴恵はずっと、
「でも……日頃からこうして薄着で過ごしてみる、というのは……はい、効いてますッ! 私の心に、効いてますッッ!!」
彼がそれを提案した日、晴恵は相撲取りの着ぐるみで出勤していた。ひと目見てずんぐりむっくりなので、本物の裸体であると思った人は少なかっただろう。だが、首より上は可愛らしい女のコなので、見ようによっては厭らしい。ゆえに、彼は提案したのである。通勤時は、マスクと普段着にしては、と。マスクの方がまだ平和ではないか、と期待して。
だが、晴恵はそれだけで良しとはしなかった。普段着より、もっと薄着の方が効果もあるに違いない――それを突き詰めた結果がコレである。残念ながら、逆に力士の着ぐるみよりも危険性を孕む結果となってしまった。
しかし、彼には厳しく晴恵を咎めることはできない。ただ、それはあくまで性格の問題なのだが。
「……ともあれ、ここからは業務時間ですので、トレーニングは控えめにお願いしてよろしいでしょうか……」
「はいッ! 業務に支障を来さないように……人生、日々特訓、ですッ!」
意気揚々とバックへ向かっていく晴恵の素顔はマスクに隠されていて伺い知れない。だが、その表情はありありと思い描くことができる。何故ならば――きっと、晴恵自身も
晴恵が気になるのは人の目だけであり、機械の目はそれほど気にしない。ひと気の少ないフロアを清掃する際――彼女は堂々と服を脱ぎ始める。監視カメラの前で。それを、晴恵自身が何も言わないので、彼も何かを言うことはない。だが、問えばきっとこう答えることだろう。『誰にも見つからないように裸になることで、心を鍛えている』と。彼女の目標はあくまで水着である。しかし、ゴールは大きく持つべきだ、という持論のもと、全裸になることを目指していた。全裸になれるくらいなら、水着も気にならないはず、として。ゆえに、先ずはマスクで全裸に。そして、徐々にマスクを小さくしていく計画のようだ。
しかし――晴恵を迎え入れたことで自分の役目は終わった、とフロントは別のスタッフに任せて彼はバックに戻ってきている。そして、カメラの映像を見ながらひとり頷いていた。
「……うん」
この時間帯は、終電合わせで空いた部屋が多く、晴恵はその後片付けに追われている。
しかし、その姿は――先程、晴恵がスタッフルームを出たとき、彼女は真っ白なウサギの着ぐるみの中に収まっていた。着ぐるみなので、覆面はしていない。そんな動きにくい姿で仕事ができるのか、と彼は問わなかった。こうなるのはいつものことだから。
画面の向こうで、彼女は何も着ていない。非常階段のところに、ウサギを模した外皮は脱ぎ去られている。やはり、中身は素っ裸だったようだ。食器を集め、テーブルを拭き、内装設備を整える――そんな晴恵の姿は、ただのカラオケボックスのスタッフには見えない。本来彼女が立つべきは、もっと輝かしい舞台のはずだ。
そこに、確かに彼は感じている。嬉々として労働に汗を流す晴恵を照らす<スポットライト>を。ゆえに、諦めにも似た感情を抱いていた。本人に向けて直接指摘することはできないが――彼女が特訓と称して脱ぎたがるのは、結局のところ、それが好きなだけなのだろう、と。だが、彼にそれを止めることはできない。画質の悪い防犯カメラを通しても伝わってくる、嬉しそうな彼女の輝きを見せつけられては。
閉店間際になると、精算する客が多いため、晴恵はコスチュームチェンジを余儀なくされる。一般的な正装であるブラウスにベスト――それですら、素顔では恥ずかしいらしい。ゆえに、いつものウサギの覆面を――一応、側面に店のロゴを印刷しているし、制服の胸に名札もつけている。最初は度々驚かれたものだが、実のところ――ウサギの仮面は意外と可愛い。徹夜で唄い騒いだ後のテンションであれば、むしろ面白がってくれるようだ。
しかし――ここから先は、可愛らしいでは済まされない。すべての客が退店すると、晴恵はいそいそと服を脱ぎ始めてしまう。隣に男性たるオーナーがいるというのに。しかし彼には、これを止めるだけの理由がなかった。
「それでは、お部屋のお片付けに向かいますッ!」
「あ、あぁ……うん、はい」
カウンターから出ていく前に、晴恵は綺麗に直立して雇い主に業務内容を告げる。それはもう、さすがに見慣れたもの。だが、その魅力が色褪せることはない。すっとした曲線は滑らかであり、腰の細さに対して胸とお尻の膨らみは控えめながらも確かに存在感がある。何より今日は――下の毛がない。彼女は元々、濃い方ではなかった。しかし、ここまでくっきりと女性の割れ目を――彫像でも、ここまで表現するものは類を見ない。成人としての証を失い――それでも、幼女とは一線を画す成人としての肉づき――そんな艶めかしさを湛えている。
そして、彼は感じていた。このマスクの裏側は、弾けんばかりの笑顔なのだろうと。
ただ、今日の晴恵は、客室に向かう前に妙なことを言い出した。
「ところでコーチ、ここのマイクって、みんな同じ型ですよね」
「ああ、うん。一応」
厳密には、調子が悪くなると交換したりはしているが、概ね同じだ。しかし、それは晴恵にとって都合が悪いらしい。
「うーむ……しかし、これでは……どうしたものでしょう……?」
晴恵とのつき合いはそう長いわけではないが、彼にも働く直感はある。どうやら晴恵はマイクを使った
「マイクに関して何か要望があるようでしたら、検討はしますが」
それが本当に晴恵のためになるのなら、きちんと検討するつもりではいる。だが――
「えーとですね……ここのマイクは、そのー……私にはちょっと
「
女性でも充分手に取れるサイズ、及び重量になっているはずなのだが。
しかし――彼がそれ以上深入りすることはない。ただ、牽制的な意味合いで。
「……ちなみに、マイクは電化製品ですので、液体に触れると感電の恐れがあります」
「なんとッ!?」
どうやら、晴恵が具体的な思惑を口に出す前に、彼はきちんと把握できていたようだ。
「痙攣を起こして抜けなくなったケースもありますので、危険なトレーニングは許可できません。そもそも、マイクはそのように使うものでもありませんし」
「む、むぅ……そうなのですか……」
ひとまず止めることはできたようだが、晴恵は納得できていない。
「では、あのトレーニングビデオは、一体どのような……」
晴恵は、アダルト動画を誤った形で捉えている。責任ある成人としてはいささか――どころではなく、昨今の自己責任の風潮の中では極めて危険な発想だ。
「それはきっと、撮影用に特別なマイクを使用しているんですよ」
と、彼は適当なことを口走る。実際、そんなマイクがあるかは知らないが。
しかし、それは晴恵の興味を引いたらしい。少々お待ち下さい、と言い残すと素早くバックヤードに戻っていった。そして、キビキビとした小走りで帰還する。私物のスマートフォンを手に持って。そして、その画面を彼に向ける。
「それでは、これって……その特別なマイクなのでしょうか……?」
「!?」
晴恵が何を見せようとしていたのかは予想の範疇だったので、その点において彼が驚くことはない。だが、確かに感じたのである。そこに映し出される女のコの背後に――<スポットライト>を。
***
そこには、古今東西全国の春画が集められている――とは過信しすぎていたのかもしれない。それに、口汚く罵倒する攻め姿に、彼は父を連想してしまい、知らず知らずのうちに避けていたようだ。
ともかく、それはメジャーレーベルではなく、インディーズ。しかも、除外対象としていた『調教』のタグ付き。おそらく、彼ひとりでは絶対に行き着くことはなかっただろう。
個人撮影、という設定の商業作品は少なくない。が、これは本当にそのようだ。その配信サイトには同一名義で一〇本近く登録されているが、共演している男たちや部屋は似通っている。どうやらその多くは自宅、知人のツテで撮影しているようだ。
が、その一本は珍しく外出しての撮影である。しかし――
『ったく、上の口はしゃぶるしか能がねぇのかよ』
『それなら、下の口で唄わせればいいんじゃね?』
『んむ、はむ、あむぅぅぅぅぅ……っ❤』
カラオケボックスでここまで派手にやらかしては、通報されてもおかしくない。少なくとも、彼の店であれば問答無用で即出禁となるだろう。
だが、男三人に囲まれたツインテールの女のコは――こんな酷いことをされながらも、嫌がる素振りはまったくない。完全に、自分の淫行に酔っている。垂れ目気味で少し幼さの残る顔つきだが、その胸の膨らみは――これまで様々な作品に触れてきた彼でも滅多にお目にかかれるボリュームではない。107㎝・Jカップ――そのパッケージタイトルに偽りはないようだ。
彼女は生粋の痴女でありながら、その枠に収まらない何かを持っている。それは、歩や晴恵と似たような目映さ――こんな密室ではなく、もっと華やかなステージで――そんな未来を思い描き、彼は夢中になって画面に食い入っていた。
しかし。
『ほら、オッサンに覗かれてるぞ』
『アイツ、あっちの部屋の連中じゃね?』
『おい、このまま突撃してこいよ』
『い、一緒に来てくれるんだよね?』
『ったく、しゃーねーなー』
「――ッ!」
輝きはすぐに蘇った。けれど、その一瞬――少しだけ動画を戻して改めて確認する。その光が、翳ったことを。
そしてそれは――彼にとって、見過ごせることではなかった。
***
メジャーレーベルであれば、女優にアクセスすることはそう難しくない。だが、インディーズでは――と懸念していたが、それは驚くほど簡単に見つかった。
夜八時――新歌舞伎町ではなく、その隣の東新宿を指定してきたのは、あの街が女のコひとりでたむろするには危険すぎることを熟知しているからだろう。たとえ、待ち合わせのための数分間だとしても。
だが、中心地でなくとも近所であることには違いない。ゆえに、一分足りとも待たせるわけにはいかず、彼は三〇分前にその公園に到着していた。一方で、相手も相手なりに危機感を持っていたのだろう。彼女の到着は、時間丁度に。
どうやらここまで、周囲の不穏な空気の中で不安になっていたようだ。彼の姿を見るなり、小走りで駆け寄ってくる。やや若年に感じさせる雰囲気は動画で見たままのもの。実際に相対してみると、背丈も可愛らしいほどに小さい。ツインテールのこともあり、中学生と間違えられそうだ。淡いピンクの色合いの服も、それを助長している。
だが、その胸だけは完全に浮いているといわざるを得ない。が、気にしていないのか、諦めているのか、それはむしろ強調されるような――襟元は異様に広いが、それでもくぐり抜けることを許さない大容量――その谷間の深さは想像さえできない。
そんなものを抱えているからか、この距離の駆け足であっても疲れるのだろう。彼女は彼のところに辿り着くと肩で大きく息をつく。
「お待たせしちゃいましたか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
スーツ姿は慣れないが、彼は遊びに来たわけではない。この時間帯は退勤者も少なからず行き交うが、幸いなことにこの公園に足を運ぶサラリーマンはいないようだ。お互いが目当ての人物であることにほぼほぼ間違いはない。が、念の為。
「えーと、貴女が……『ピーチ』…さん?」
それはいわゆるハンドルネームである。出会い系掲示板の。しかし、『30Kから』――3万を意味する隠語表記から、明らかに一夜限りの金銭目的。その顔写真も、販売中のパッケージの切り抜きがそのまま使われていた。ゆえに、一般的な画像検索で容易に行き着いたのである。
「は、はい……」
対面で確認するまでもなく――詰め物でなければ、その特徴的なバストをもってして本人であることは間違えようもない。
不可抗力とはいえ――仮に男でなくても、ここまで驚異的なものを見せつけられては気にするなという方が無理な相談か。Jカップを謳った胸部に視線を感じて、彼女は恥ずかしそうに両腕で抱え込む。知らず知らずのうちに自分が厭らしい視線を向けていたのかもしれない、と彼もまた申し訳なさそうに顔をそむけた。
彼女の素質については疑っていない。しかし、動画の印象とあまりに違うので、彼は少し戸惑っていた。とはいえ、それは当然のこと。見ず知らずの男を相手にするのは、慣れ親しんだ者とカメラに映るのとはまったく異なる。
「やっぱり……こういうのって、気が乗りませんかね」
性癖というのはセンシティブなものである。ゆえに、痴女なら何でも受け入れられるわけではない。少しでも踏み越えれば快感から不快感に転じてしまうラインというものは存在する。実際、彼女は諦めたような笑顔で。
「……けど、ちゃんと稼いでこないとカレシに怒られちゃいますから」
そのような目的でこの仕事に手を染める女のコは、このご時世では少なくない。が、それもまた自己責任の一貫――男選びに失敗しただけ、と看過されている。もっとも、その先には大抵暴行罪がつきまとうため、その時点で法的に介入されることになるのだが。
きっと、動画に写っていた三人のうちの誰かがカレシなのだろう。あの撮影自体に彼女から負の雰囲気は感じ取れなかった。なので、きっとそこに複雑な事情がある。アイドルとしてのスカウトもあるが――このコの笑顔を曇らせるものが何か――彼には、そちらの方が気になっていた。
繰り返しになるが――そもそも、彼は遊びに来たわけではない。だから、これはいわゆる取材料。
「では、これで……」
さっと財布から万札を三枚――これで、彼女のノルマは達成できたはずだ。
「……え?」
彼女は差し出されたものを反射的に受け取ったが、それが紙幣であると認識すると、途端にあたふたと慌て出す。大人って、こんな簡単にお金を差し出せるものなのなのか、と。
これはもう、後には退けないな――それに、何だかいい人そうだし――彼女は彼女なりに覚悟を決める。だが、それを彼の方が裏切った。
「ただ、お話を聞きたいと思っていただけですので……少しお時間をよろしいですか?」
「はぁ?」
何を言っているんだ、と女のコは眉をひそめる。あまりのつまらなさに気分はスッと冷えていくが――逆にこれも面白いかもしれない。彼女の下心はフツフツと再加熱を始めていた。
「で・もぉ~、いただくモノいただいたまま何もしないワケにもいきませんしぃ?」
「……ッ!」
空気が変わったことを彼も感じる。これだ――これが見たかったのだ――動画で魅せてくれた<スポットライト>――だから、手を握って引いていく彼女に、彼は従ってみることにした。話を聞かせてもらうのは自分だし、何より――輝く彼女がどんなことを考えているのか知りたかった。
ピーチだから、
「ほら、ここ、ちょっと古いけど景色いいでしょ」
地上五階ながら、付近には低めの建物しかない。おかげで、広くキラキラした夜景が一望できる。
「そうですね」
と、同意はするが、彼はすぐにカーテンを閉めた。何故なら、ここは――ホテルの密室で男女がふたりきり――覗かれて良いことは何もない。
桃もまた、展望を遮ることを止めなかった。自分からこの眺めを勧めたにも関わらず。ゆえに、彼は警戒を強くしていた。その心境はこれから話を聞かせてもらえばわかるかもしれないが――いまはまだ窺い知れない。
なので、彼は先に進めたがる。
「では、そろそろお話を……」
「せっかちだなぁ。まあ、求められるのは嫌いじゃないけど」
何気なく身を寄せただけで、間に挟まる柔らかな塊は彼をムニムニと刺激する。しかし、そんな楽しそうな顔を魅せてくれることの方が、彼にとっては喜ばしい。
しかし、彼女にとっては、それだけでは物足りなかった。
「お話するだけなんてつまんないもん。だからぁ……先に、ちょっとはサービスしてくんない?」
「は、はぁ……」
一応、客は自分の方なのだけど、と思わなくもない。が、ここは従っておくべきか。それで、様子を見るつもりだったが、自分のワイシャツのボタン――ジャケットは部屋に入った際に脱いでいたので――に手をかけられてはさすがに驚き後ずさる。
「ちょっとー、逃げないでよー。あたし、エッチするために来たんだからー」
「私は、お話がしたい、とご連絡を差し上げたはずですが……」
「そんな建前、通用するわけないじゃん」
この状況の場合、桃の言い分の方が正しい。
「だから、ちょっとはサービスして、ってこと。一緒にお風呂入って……お背中流してもらおうかな~って♪」
彼も、父の仕事を通じて痴女と思わしき人物と出会ったことは何度かあった。しかし、こうして自分の意思で接するのは初めてのこと。その行動原理は――すべてにおいて、彼の発想を超えていた。
服くらい自分で脱ぐことはできる。だが、これも彼女のいう『サービス』のうちなのかもしれない。女性の手によって服を脱がされていくのは、やはりどことなく緊張する。ネクタイの解き方もぎこちなかったし、彼女自身このような行為に慣れていないらしい。それでも、彼女は嬉しそうだ。シャツを脱がし、肌着を脱がし、ベルトに手をかけたところではニヤニヤと笑みをこぼしている。だが、
「うふふ、こんばんは~♪ ……って、元気出してよ~」
実際に引き下げてみたところで楽しげな雰囲気は一転。これも、彼の成長の賜物といえようか。これから女のコとの情事を予感しながらも、アイドルプロデューサーとしての顔を保っている。確かに、期待に満ちた桃はアイドルとしても通用するほど可愛らしい。が、本人に話を聞こうという意思が見られない。彼が上を向くのは、その女のコをどのような舞台に上げるか――その輝きをどのように届けるべきかと未来に思い描くからこそ。彼女の姿勢は、彼を下向きにしょげさせてしまう。
しかし、桃はそれを認めない。あーん、と大きく口を開け――その先端にねっとりとした吐息がまとわりついてきたことで、彼は慌てて腰を引く。
「お背中をお流しするだけのはずでは?」
「むぅ、こっちからもちょっとサービスしたげよーと思っただけなんだけど」
少しむくれながらも、それを押し付けることはない。今度は自分の番だ、と立ち上がり、桃は両腕を軽く上げる。ただ、そこに存在するだけで迫りくる威圧感。触れずに、体側だけに触れるというのは何と難しいことか。それでもどうとか――もっとも、襟元は広いので裾を上げていくことに苦労はない。だが、そのプロポーションは、下着の時点ですでに桁違いだ。どこで売っているのか、というサイズのカップでさえ収めきれておらず、いまにも溢れ出さんとしている。外しやすいように背中を向けてくれれば助かるのだが、桃は逆に、彼の両脇に手を添える。
「ちゃんと、正面から外してよー。背中に手を伸ばしてさ」
明らかにそれは、こうなることを狙って。彼はホックに向けて懸命に腕を伸ばすが、その正面からものすごい肉厚が迫ってくる。
外されるまでは、触れるようなもどかしさ。
そして、外されれば、否応無しのド迫力。
「スカートとパンツもこのまま脱がしてね♪ いけるでしょ? うふふ」
そう言われれば、彼は膝を突くしかない。それを狙いすましたように――桃は、男の頭をぱっと抱え込む。
彼はふわふわと揺れる女のコに顔のすべてを埋め込みながら、同じくらい柔らかなお尻を撫で下ろしていく。瑞々しく滑らかな女のコの肌を。高鳴る感情に掻き回されながら、彼の心は桃への『サービス』のためにただただ強く耐え忍んでいた。
そして、ふたりはともにシャワー室に入る。だが、『背中を流す』といわれて、字面通りに済まされるはずがない。
「それじゃあ、全身お願い。はい、手ぇ出して」
言われたとおりに無骨な男の両の手の平を向けると、そこにぴゅっと白濁液――ボディソープが吹き出される。タオルなどは持ち込んでいない。つまり、手の平で全身を撫で回せと言っているのだ。
「全身くまなく、だからね~?」
そう言って桃は、背中を反らせて両胸を差し出す。だが、彼はあえて左腕から。そこを避けることはできないとわかっていても。そして、右腕、さらに肩。それだけのことで、彼の逃げ道はあっさり断たれた。しかし、おかげで心の準備はできたかもしれない。そこからつやつやと下ってゆき――まるで、水面のような手応え。知らず知らずのうちに、彼はすっかり彼女の内へと飲み込まれていた。その領域は、片手では到底覆いきれない。どこへ向かえばいいのか迷う指先が、こりっとした女のコの塊に触れる。
「はぁんっ❤」
ぴくりと爆ぜる桃の肩に、彼は驚き手を止めた。しかし、彼女が嫌がることはなく、むしろ。
「そこ、ちゃんと洗ってよぉ? 摘み上げるように……くりくり~って」
そこから広がる色味は広い。だが、君臨する頂点は台座の巨大さには比例しないようだ。言われたとおりに、彼は太い指の腹で丁寧に王冠を磨いてゆく。
それに耐えられなくなってきたのは、むしろ彼女の方かもしれない。
「そろそろ、背中も……ねぇ?」
桃は自ら踵を返す。だが、それは後ろから撫でろというのとは少し違うようだ。腰をグイグイと上げ下げすると、男に指を添えることなく、股の間へと彼を導こうとする。
「あぁん、はぁん……♪」
わざとらしいまでに大きな声で。それが男を欲情させると知っているからこそ。こうなればもう、背中どころではない。お尻をぐっと押し付け――彼が下がれば、さらに奥へと――
「欲しいなぁ……ねぇ……欲しいなぁ……?」
桃は大きなお尻で、壁との間に男の身体を挟み込む。ポンポンと前後に跳ね回るように。
「こんなに長くて、太くて……ホントはもっとおっきんでしょ❤ だから、ねぇ……」
しかし、それでも。
「では、そろそろ流しましょうか」
もはやこれは、全身くまなく、という状況でもない。彼は桃からの圧力を終わりのサインと見做した。蛇口に手が届くところへ押されてきたのも良かったのかもしれない。彼はシャワーで、桃の汗と泡を流していく。が、桃の勢いは止まらない。彼女には、ひとつの終わりは、次への始まりと見做されていた。
「あたしの動画、観てくれたんでしょ? 動画と同じことしたくて、声かけてくれたんでしょ?」
「動画を観たからこそ、お話をしたいと思ったのです」
その映像を思い出して――彼の中からすべての毒気が抜けていく。
「カラオケボックスで……寂しそうな顔をされていたのが気になったので」
間近で見つめ合っていたからこそを、それを桃も感じ取った。
「……はぁ、すごいね。もういいや、あたしの負け負け」
肝心のところがこのままでは攻めようがないということもある。しかし、桃は満足していた。この人は本気で自分の動画を見て、心配してくれて――そろそろ、ちゃんと向き合ってあげてもいいかもしれない。
ようやく彼女の<スポットライト>が静まってくれた。快楽的な意味では、彼女の期待を損ねてしまったのだろう。しかし、いまはそれでいい。光を受け取るべきは自分ではなく、ホールを埋め尽くす観客たちであるべきなのだから。
風呂から上がると、桃は自らバスタオルを身体に巻く。彼にとって、それは意外なことだった。晴恵のような特殊な性癖でなければ、むしろそれが普通なのだが。桃は痴女ではあるものの、決して露出癖があるわけではないらしい。素っ裸のまま真面目な話をするのも居心地が悪いので――けれど、ムード的な意味で服を着ることもなかった。
それに合わせて、彼も腰にタオルを巻くだけにしている。反応があれば即座に露呈してしまうので、それだけには気をつけて。
「あたしがあの撮影中に不安なことがなかったか、って話だったよねー」
「はい、望まないプレイ……とも見えませんでした」
実際、その寂しそうな一瞬を越えたところで、彼女はすぐに輝きを取り戻している。つまり、その根源は、もっと深いところにあったようだ。
「ほら、まー、あたしもね、エッチなことは大好きなんだけど……」
だからこそ、撮影自体は嬉々として受け入れていた。しかし。
「でも……あのカレシと一緒にいたら、あたし、この先どーなっちゃうんだろー、って」
桃の父親は、いわゆる転勤族だった。これまで父の異動に合わせて転居を繰り返していたが、さすがにそれにも疲れたらしい。
「高校出たらひとり暮らしするつもりだったからさ。言ってやったんよ。最後の一年くらい、いまの学校にいさせてくれーって」
とりわけその学校に強い思い入れがあったわけではない。だが、一年間だけのために新しい場所へ飛び込んで、そのまま一年足らずで卒業――それでは居心地が悪すぎる。
ゆえに、その残りの期間くらいはひとり暮らしを許可してもらった。しかし、家に独りで残ってみると――そこにあったのは、想像以上の孤独感。
「でね、同居してくれるカレシを作ってみたってわけ。そしたらさー……」
元々巨乳に釣られたスケベ男である。とはいえ、桃自身もそのような行為が嫌いではない。つき合い始めた頃は、それなりにうまく暮らしていたものの――彼はただのスケベ男ではなかった。
「最初はただの集団プレイ好きってことで納得しようとしてたんだけど……」
ツレを交えてしたいと言われて、桃も興味があったので承諾した。撮られる行為もAVみたいで燃えてくる。だが、それを本当に売られているとは知らなかった。
「なんか、クラスのみんなから距離を置かれるようになってねー。変だとは思ってたんだよ。けど……あはは、知らなかったの、あたしだけだったみたい」
学校で孤立してしまったことで、男への依存は強くなる。売られるとわかったところでいまさら手遅れであり、桃にとって大した問題ではない。思いの外、反発を受けなかったことで、男はより気が大きくなったのだろう。
「今度は、直接客を取ってこいって……」
これまでは、カレシ同伴の撮影だった。しかし、ついには目の届かないところで赤の他人の相手をしてこいと言うのである。さすがの桃も、それは怖い。が、逆らえないところまで彼女は弱くなっていた。
「はぁ……エッチなのはいいんだよ。あたしも好きだし。てか、そうでなきゃ、あんな男と一日だってつき合えないよね」
そこで、桃に影が落ちる。それは、動画で男からその命令を受けたときのように。見ず知らずの男に見せつけてこい――動画ではあの後、男たちも同伴してくれたことで桃は輝きを取り戻すことができた。しかし、こんなにも性行為が好きな彼女でも、会いに来た際の――作られた笑顔を、彼はいまでも覚えている。今回は、相手が良心的だったため、むしろ彼女も乗り気になった。しかし、それが続く保証はない。
「けどさ……配信動画の所為で学校の友達はできないし、カレシは撮影以外で相手してくれなくなったし……このままだと、あたし、どうなっちゃうのかな、って……」
男の目から見ても、カレシたちのガラの悪さには閉口させられた。そんな関係者とは近づきたくない、と級友から避けられてしまっても無理はない。
桃の話を聞きながら、ひとつの店舗を預かる身として、そして、これから目指す未来を見据えて――彼は、その悩みを解決する術を持っている。修復ではなく、彼女と彼氏の関係が極めて希薄になっているからこそ。
だが、そのためには桃にも新たなステージへ踏み出してもらう必要がある。これまでのようなプライベートの延長ではない別世界へ。
だからこそ。
「それでしたら、桃さん……」
この場に歩がいないことが、彼にはとても心細く感じる。男として、どんな顔をして女のコにそのような話をすればいいのか、いまだに考えがまとまらない。
だから、彼の一言目は、こうなった。
「アイドルに、なりませんか?」
「なんで?」
これまでの話とまったくつながらず、桃も困惑を隠せない。複雑な思惑を伝えるために、彼は約一時間の説明を要した。
***
桃の自宅は中央区の一角。元々家族三人で住んでいたため、その間取りでふたり暮らしはやや広い。
桃の彼氏――と、その一味は夜行性だった。桃が学校へ行っている間に惰眠を貪り、夜更け過ぎに寝床から這い出してくる。夕方からその時間までが桃の貴重な休息時間だ。が、いつでもそれは無理矢理中断させられる。厭らしい箇所への刺激によって。
しかし、今夜に限ってそれはない。その前に、彼女の方からやって来たから。
「モッくん……起きて、モッくん」
「……あぁ?」
普段から自分勝手に彼女を振り回してきたが、自分が振り回されることには露骨に不快感を顕にする。だが――曲がりなりにも同居人だ。彼女の雰囲気がいつもと違うことくらいは気づいている。
だから、桃の言葉に呑まれることはない。
「えーと、モッくん。実はね、会って欲しい人がいるんだけど……」
その一言で、ピンと来た。間違いなく別れ話だろう。正直なところ、桃にも飽きがきていたところだ。しかし、彼女の動画はよく売れる。数ある中でも有力な金蔓として、できれば手放したくはない。
どうせ、次の男も大したヤツではないだろう。むしろ、話せばわかる相手かもしれない。ガチャリ、とダイニングの方で扉が開かれた音がした。それが次の男であることにはすぐに察しがつく。素早く起き上がると扉へと向かい――バンッ、と乱暴に引き戸を押しのけた。こういうことは出会い頭が肝心だと、本能的に理解しているがゆえに。
しかし――
「お初にお目にかかります」
対面した男は――当初の予想を超えていた。決してどこぞのチャラ男ではなく――高級感を押し付けてくるような黒スーツにサングラス――明らかに
「わたくし、こういう者でして」
不覚にも後ずさってしまったばかりか、思わず差し出されたものを受け取ってしまう。手渡された名刺の芸能事務所名はカラオケボックスから取った仮のもの。しかし、すべてが架空の偽名刺というのは案外わかるものだ。ゆえに、今後を見据えたきちんとしたデザインで――背景にはメンバー
「あたしの動画見てくれたんだって。それで……スカウトされちゃった」
動画といってもAVだ。それでスカウトされたとなれば、まともな事務所であるはずがない。
「それで、大変申し訳ないのですが、桃さんとは別れていただけますでしょうか」
礼儀正しく頭を下げるが、それ自体が物々しい。逆に、こちらが礼を尽くしている間に黙って身を引け、と言わんばかりに。
だからこそ、素人は恐れ慄いた。
「か……勝手にしろよ……っ!」
それは、安い男の捨て台詞。
「セフレなら他にもいるしなっ!」
相手は裏の人間である。命に代えられるようなものは持ち合わせていない。私物さえ放り出したまま、彼は着の身着のままで家の外まで逃げていく。きっともう、ここに戻ってくることはないだろう。
さて。
彼女の家に残されたのは、本来の住人である桃と、このための算段を立てたカラオケボックスのオーナーのみとなった。彼にとってこのような対応は――幼い頃から見ていたものの、自分で行うのは初めてのこと。あまり気分の良いものではなかったが、何とか上手くいったらしい。
あまり気分が良くないのは、自身の行為だけでなく――桃から彼氏だと伝え聞かされていた男は、はっきりと言っていた。セフレは他にもいる――と。桃からの意識はともかく、相手には恋人としての認識などなかったようだ。これには桃も少し傷つく。彼氏になってくれる、って言ってたのに――その後の対応があまりに彼氏らしくなかったので、突きつけられたのは信じたくなかった真実か。
それを前にした桃を、彼はそっと慮る。
「これで、良かったのでしょうか……?」
ろくでもない関係だったとはいえ、自分の手で破局させてしまったのだ。実際、桃としても――まったく楽しくなかった、とは言い切れない。少なくとも、刹那的には。
だけどいまは、もっと遠くを見ている。だから。
「うん、大丈夫だよ」
桃はギュッと隣の彼の手を握る。
「だって、あなたがあたしをプロデュースしてくれるんでしょ?」
桃は、とりわけアイドルになりたいわけではない。が、アイドルになれると信じてくれる人がいる。ならば、その期待に応えてみたい。
みんなで歩いていくその道は、きっと楽しいものになるだろうから。