ストリップ・アイドル・ユニット:TRK26 <<pure!?>> 作:添牙いろは
――何故?
このフロアは客室でなく、その大半が倉庫として使われている。ここの模様替えには歩も携わっており――その変化に彼女が気づいたのは、レッスン後に服を着ているとき、別の部屋に置いていたはずの店頭告知用の旗のポールが更衣室に移動していたからだが――何気なく、本来置いていたはずの部屋に様子を見に行こう、とやってきたところ、そこは開かずの間となっていたのである。倉庫だけあって頻繁に出入りするような場所ではないが、施錠までしたなどとは聞いていない。
歩にとって、今日はアルバイトとしての勤務初日だ。これからみんなで朝食を摂りつつ、色々と話を聞かせてもらえる手筈となっている。そのときにオーナーに聞いておこうかな、とふんわり考えていたが、そのオーナー本人がこのフロアにやって来た。扉の前で立ち尽くしている歩を見て、なんとなく状況は察せたらしい。
「ああ、
彼は歩とふたりきりのときだけ、学生当時の顔を覗かせる。カラオケボックスの店長――アイドルのプロデューサー――それらは仕事の顔であり、こうして気負わずに接してくれる瞬間は、歩にとって大切なひとときだった。
が、それはすぐに終わりを告げる。開かずの間が内側から、自ら開かれることで。
「んぁー……ごめーん……ちょっと昨日は楽しみすぎてさー……って、誰!?」
寝ぼけ眼の女のコは、起こしに来たのが見知らぬ女性だったことで――しかし、同性だったので――驚きはしたものの、身体を隠すことはしなかった。彼女とて、普段からこうではない。が、昨晩についてはパジャマを着ることすら億劫だったようだ。
倉庫の中からパンツ一枚――上半裸の女のコが出てきたものの、歩が驚愕することはない。一応、事前にさわりは聞いている。きっと彼女が、これから紹介を受ける予定だった
昨晩
歩とて背は高い方でもないが、この桃というコは明らかに小さい。ぼんやりとした雰囲気もあり、あどけない中学生のようでもある。その――巨大すぎる両胸がなければ。ブラもしていないので、その二房の塊は誇張なく純度百パーセントの自前であることもわかる。歩もそれなりに大きい方であることは自認しているが――むしろ、自認しているからこそ――先ず抱いた感想は『重そう』だった。その小さな身体でそんな大きな脂肪を担いで生活しているのだから、きっと苦労させられていることだろう。本人が小柄だけに、ふたつ合わせれば本人の頭くらいになりそうだ。普通に立っているだけで、相当肩が凝るに違いない。
それにしても、三人目のメンバーがまさかこんな巨乳っ娘だとは。オーナーは真剣で、内なるポテンシャルで選んでいることは信じているが――少なくとも、この胸で選んだ、ということはないはずだけど――ッ!
歩はオーナーから、新しいメンバーが来ることとその名前、そして、桃もまたアルバイトを始めるので、顔合わせも兼ねて一緒に仕事の説明を受けること――それしか聞かされていなかった。なので、何故そのコが職場の一室から半裸で出てきたかについては憶測も立たない。それについても、しっかりと説明してもらわなきゃ、と歩はオーナーにじとっと視線を送る。こういうことはちゃんとして欲しい、と。
しかし、彼はどうも女のコに甘い。それを思い出したからこそ、歩が提言すべき相手は女子の方。
「えーと……桃ちゃん、だよね」
「うん、それじゃ、あなたが歩さん?」
桃の方も、今日の顔合わせについては聞かされていたようだ。いまは、お互い初対面である。それで、こんなことを言わなくてはいけなくなるのは――と歩自身思わなくもないが。
「桃ちゃん、ここは誰が通るかわからないから、ちゃんと服は着ておかないと……」
いつの間にか――部屋の入口付近で脱ぎ散らかしたのか――ともかく、桃はピンクのカーディガンを羽織っていた。しかし、その前身頃は桃のサイズを包み込むには浅すぎる。本当にただ羽織っているだけであり――肩と腕だけは覆えても、胸についてはその頂上に届く気配すらない。
隠そうとする意思が見られないあたり、きっとこのまま一階の事務所まで下りるつもりだろう。それは、女子としていただけない。
桃にも、そのような感覚がないこともない。が、彼女にとって、ここは
それもあるが。
「でも、はるるん、全裸で仕事してたよ?」
「オーナーッ!?」
はるるん――それが、
だから。
「ふーん……ここってそういうところなんだねぇ」
「蒼泉さん……?」
いまの彼は、アイドルプロデューサーとして自分に接している。それを感じたからこそ、歩の対応は素っ気なく、多くを語ることはない。
が、桃は歩の空気を聡く汲み取った。
「歩さんも脱ぐの?」
「また今度ね」
「今度ッ!?」
その態度と語気が普段の歩らしからぬことは、長いようで短い付き合いの彼にも感じられた。
だが、しかし――彼には、女のコを強く制することはできそうにない。
***
人は、相手をよく見ているようで、案外見ていないようだ。特に、圧倒的な存在感を放つものがすぐ隣にあると。
あたし、チェリーって好きなんだよねー。パンツもチェリー柄だったでしょ? ――と桃は言うが、その記憶は歩の中にまったくなかった。目の前で丸出しにされていた唯一の被服だったにも関わらず。そしてすでに、ふたりは衣装合わせも兼ねて仕事着であるカラオケ店の制服に着替えていた。襟元に大きなスカーフを巻いたややフォーマルなレディーススーツ――桃のものは特注品であるが――こうなっては、パンツの柄など確認しようもない。こうして、歩は
蒼泉歩――彼女の、彼の店での所業は、少々度を越していたといわざるを得ない。実際、すんでのところで出禁になるところだった。その痴態は従業員たちにも周知のことだったはずなのに――防犯カメラゆえの粗さだったとはいえ――まさか、誰ひとりとして彼女の顔を覚えていなかったとは。女たちは、そもそもそのような変わり者とは関わりたくない。男たちが興味を持つのは、その顔ではなく、身体ばかりだったようだ。新しくバイトとして雇われたのも、部屋でこっそり全裸になって踊っていたのも――どちらも同じ、蒼泉歩だったというのに。
これまで、何度もレッスンのためにこの建物には足繁く通っていた。さすがに彼以外の誰とも会わずに、とはいかない。そのため、自分がやらかしていたことへの後ろめたさから、最低限の変装だけはして――これまで奇異の目で見られなかったのは、長い後ろ髪をポニーテールに束ね、伊達メガネをかけたことで印象が変わったから、ということで納得しようとしていた。しかし、身体ばかりで顔さえ覚えられていなかったのか、と歩は男たちの
ともかく。
こうして歩も、彼のカラオケボックスにてアルバイトとして勤務できるようになった。これまでは遠慮がちに、顔を見られないようそそくさと退散していたものである。だが、同僚となったのならそのような気遣いは必要ない。その心のゆとりが、これまで気づかなかったこと――旗のポールの移動を気づかせたのである。その結果、あられもない姿の桃と遭遇することとなったのだが。そして、ここにはいないもうひとりのメンバーさえも、あられもない姿で闊歩しているらしい。なら、自分ばかりがきっちりと服を固める意味はあるのだろうか。歩がそんなことを考えているなど、彼は知る由もない。
さて。
一階のスタッフルームの床は細長く、ダイニングのような開放感はないが、人が四・五人寛いでも窮屈ではない程度の広さはある。本来ならば、ここでオーナーお手製のメニューを――調理方法を見学するという研修の一環として――味わいながら、カラオケ店の業務についての説明を受ける予定だった。しかし、メンバーふたりの出逢いがあまりにもセンセーショナルだったため、桃にまつわる事情説明を避けて通ることはできそうにない。
結論からいえば、桃は彼の経営するカラオケボックスの一室に住み着いている。
「ナニソレェ!?」
と、歩が驚くのも無理はない。だが、桃は平然と。
「だってほらー、女子高生の独り暮らしって危険がいっぱいでしょ?」
そう言われれば、一定の説得力はある。が、桃の場合は一般的な事例より危険がさらに人一倍大きい。決して生活スキルが低いわけではないのだが、寂しがり屋ゆえに、独りで暮らしているとつい心に隙が生じてしまう。そして、その胸がゆえに――桃の魅力は胸だけではないが――とにかく、男には困らない。そして、心の隙からか、異性を見る目が甘くなる。その結果が、あの元カレであり――彼はアイドルとしての彼女のプロデューサーというだけでなく、保護監督の役割をも担うこととなった。
とはいえ、それは個人的な家庭の事情である。歩とて、そこまで深く踏み込んだ話は聞かされていない。なので、その反応は、当然こうなる。
「けど……そういうのって、あんまり良くないと思う……」
歩は一般常識を掲げてみるも、桃はそれを承知で引く気はない。
「別に男女ふたりきりってわけじゃないし、むしろ健全だと思うよー」
実際、営業時間中は人の出入りが絶えないし、休業時間には歩か晴恵のいずれかが大抵レッスンにやってくる。だがこのとき、歩はむしろ――
「……だったら、私もここに住んじゃおうかな」
「えっ!?」
と驚くカラオケ店オーナー。
「いいんじゃない?」
と勝手に許可を出す従業員。
「だって、ここからの方が大学にも近いから」
そんな建前を述べてみる女子大生。
プロデューサーとして、桃だけを特別待遇するわけにもいかない。話の流れから、おそらく歩は本気なのだろう。
そのうえ。
「……晴恵さんにも、ここに住んでもらった方が安全だと思う……」
「うーん……?」
そんな歩の意見を、彼には否定することができない。晴恵は目を離すと、特訓と称して何かとんでもないことをやらかしそうな気がする。
数々の学校を渡り歩いてきた桃の社交性は低くない。住み込みを始めた先週から従業員たちとは晴恵を含めて度々顔を合わせており、すでにみんなと打ち解けている。だからこそ、あの同僚の特異性は――監視カメラの向こう側で全裸清掃していた姿を確認していることもあり――理解していた。
しかし何より、桃は賑やかな環境を好む。
「そだね。んじゃあ、みんなで住んじゃおうよ!」
無責任な他人事だが、彼は真剣に考え込む。何人集まるかわからないが――空きがあるうちは、それも勧めてみた方がいいかもしれない。どうやら――彼が見出す才能の持ち主は、何かと癖者が多いようだから。
ちなみに、ここで出される料理に、特別なスキルは必要ない。冷凍モノをレンジに入れたり油を通したりするものばかりである。
ゆえに――メンバーの住居問題より優先して語り合うべき議題にはなり得なかった。
***
一応、歩も桃もカラオケボックスの従業員であり、業務説明のために割いてもらった一時間の分のお賃金は発生している。とはいえ、今日は顔合わせの意味が大きかったため、正規シフトの区切りである正午まで拘束することはない。そもそも今日は平日であり、ふたりにはそれぞれ学校がある。ゆえに、ふたりを送り出し――午前の従業員に任せたところで、オーナーはようやく床に就いた。
そして、昼過ぎには早くも営業活動開始。今日はとある学校のバンド活動の視察に赴いていた。彼が才能を見出したときに感じる光――<スポットライト>と、彼は呼んでいるが――それは、写真からでは判別できない。しかもそれは、その女のコの特定の瞬間だけ輝きを放つ。その一瞬をステージに送り出すことを、彼は自らのライフワークとして定めていた。きっと、この輝きを求める人々がいると信じて。
その学校の新歓祭のステージは手続きさえすれば部外者でも観覧できる。そこの軽音楽部がビキニ姿でステージに上がると聞き、プロデューサーもまた拝見させてもらうことにしたのだった。演奏を目の当たりにして、そのボーカルに可能性を感じたものの――だが、両者の条件が合うとは限らない。音楽的にも優れていたため、他の事務所からも複数誘われていたようだ。おそらく、彼女が彼の手を取ることはないだろう。
スカウトが空振りに終わった後、夕方と呼ぶにはまだ明るい昼下がり――事務所に戻ってきた彼は直ちに日課に取り掛かることにした。
成人向け動画の巡回である。
これはもちろん、娯楽ではない。スカウトのための情報収集である。先刻の不発を取り戻したいプロデューサーだったが――そんな原石は、なかなか見つかるものではないようだ。
「……はぁ」
この作業は仕事といえどノルマはない。だが、遠い昔――性器の編集作業を行っていた人の気苦労は如何ほどだったか。彼は、標準的な若者と比べてどことなく枯れたところがあった。ゆえに、こう毎日閲覧を続けていれば、ズシっと気が重くなってもおかしくない。
いや、これは精神的な問題ではなく――ッ!?
「はぁ~……楽ちんちん♪」
――それは、不意にもたらされた物理的な重さだった。この事務所は休憩室の奥にあり、従業員の間では休憩室の一部と思われているフシがある。それゆえにノックは無し。音漏れを気にしてヘッドホンを付けていたことと心労もあり、桃の侵入にも気づかなかったらしい。
いつの間にか夕方六時を回っており、高校生の帰宅時間となっていた。職場も兼ねているため、出勤と呼ぶべきかもしれないが、彼女のシフトはまだ先である。
「本日の業務は夜間では?」
振り向くことなく、彼は背後の従業員に声をかける。かつての高校生は深夜労働が禁止されていたこともあった。が、いまは自己責任の時代であり、そもそも義務教育を卒業すれば成人として扱われる。
「うん、あゆむっちと朝までー。そのあと、そのままレッスンの予定だよ」
あゆむっち――桃が歩本人の前でその名を呼んだことは、今日のところなかった。おそらく、タイミングを見計らっているのだろう。
「はい、よろしくお願いします」
いまはまだ自主練の域だが、近々ちゃんとしたトレーナーを雇おうと思っている。しかし、ポールダンスなどのあざとい振り付けではなく、きちんとしたダンス全般を教えていただきたい。
歩に関しては――全裸のときに限り、プロのアイドルの動きを完璧に模倣することができる。それどころか、独自にアレンジを加えることも。まさに、どこに出しても恥ずかしくない。全裸であるということを除けば。
しかし、残りのふたりは――特に桃は、体型によるハンデもある。専用の振り付けを発注しなくてはなるまい。
その重すぎるハンデは、いまはプロデューサーの双肩にかけられている。
「すいません……。私の肩を胸置きにするのはやめていただけませんか」
制服のレディーススーツであればきちんと谷間なく収めてくれるが、まだ勤務時間ではない。学生服でもないので、これから遊びに出かけるつもりなのだろう。よく伸びる生地は桃のJカップだけでなく、彼の後頭部さえも飲み込んでしまった。薄手なのか、その内側のレースの凹凸まで頬に感じられる。当然、その中に収められた柔らかさも。
「いいじゃん。ほーら、ぱふぱふ~❤」
「随分古いネタを知ってますね」
彼の祖父の時代の遺産ではなかろうか。
「オッパイは不滅だもん♪」
確かに、古今東西、女性の胸はこの柔らかさを保ってきたことだろう。しかし、いまはそれに心奪われている場合でもない。
「すいませんが、仕事中ですので……」
他の従業員であれば、覗かれた瞬間すぐさま画面を隠さなくてはならない。だが、桃はむしろ嬉々として鑑賞する趣味を持つし、何より、彼の閲覧目的を承知している。
承知しているはずなのだが。
「ナニナニ? エッチ動画オカズにシコシコするくらいならぁ、あたしに言ってくれればいいのにぃ~」
男の股間に伸ばされる指先。前のめりになることでさらに強くなる胸の感触。そして――彼はそのすべてから身を守るため、その両膝を堅く閉ざした。そもそも小柄な桃では相手の協力なくそこへ到達することも叶わず――彼女は観念して話題を変える。
「ところでさー、あたしが登録してたサイトに、結構変わり種っぽいコがいたんだけどー」
それは、例の出会い系掲示板――元カレに言われて仕方なく登録していたが、そこでも桃は桃なりに――そこでなら仲良くできる相手がいるかもしれない、と密かに物色していたようだ。
しかし、それは彼の要望とはやや異なる。
「い、いえ、個性的なキャラを探しているというわけではないのですが……」
「でも、言ってたじゃん。インパクトのある売り出し方を考えてるって」
今朝の打ち合わせの際に、そのような話もあったかもしれない。今後のプロジェクトの進め方として。当然、地味では話題にならず、何らかの工夫を施すのは当然のことだ。どうやら桃は、それを聞いて変わり者を探していると誤解していたらしい。とはいっても、ストリップ・アイドルという時点で、かなりの
「ほらほら、スマホでリスト作っちゃったよー」
そう言って、強引に腕を後ろから伸ばしてくれば、肉厚が目元まで押し寄せてくる。
「わ、わかりましたから……こちらにリストを送っていただけませんでしょうか。動画とも照合したいので」
こんなにしても、彼は一向になびかない。時間も来たし、桃は一旦諦めることにした。
「ぶー、わかったよー。あたしもう、出かけてくるし。けどコレ、誘惑してるんだからね。わかってる?」
「それはわかっていますが……一応、プロデューサーという立場ですので」
ここで特定の誰かと関係を持っては、他のふたりに悪印象を与えかねない。
「いつでも欲望に負けて、襲ってくれていいからねー。待ってるよん♪」
「待たれても困るのですが……」
桃が部屋から出ていったことで、再び彼に平穏が訪れる。スマホの画面を見ると、桃からの着信が入っていた。先程話していたデータである。ファイルの名前は『お友だち候補』――もしかすると、桃にとってのアイドル活動は、友だちの輪を広げるためのものなのかもしれない。
そこに記されている名前を、一つひとつ登録サイトで検索してゆく。確かに――汗だくプレイに、全身ラバータイツ――中には、おすもうプレイなどというものもある。SM寄りのプレイは得意でないのだが、せっかくの提供情報だし――何より、他にアテもない。ならば、すべて目を通してみるべきか。
ここに並んでいる者のほとんどは、このような形で金銭を稼ごうとする女性たちである。当然、動画配信している者も少なくない。一先ず、簡単にプロフの顔写真で調べてみて、見つかり次第、閲覧していく。
どうやら、自傷系や、スカトロ系は含まれていないようだ。それらは桃の範疇からも外れるらしい。しかし、首絞めプレイは含まれている。自己責任とはいえ、命を危険にさらすプレイはできれば避けたい。一応、動画は観てみたが、幸い――というべきか、一先ず<スポットライト>は感じられない。自分がスカウトすることはなさそうなので、あとは出演している彼女の今後の無事を祈ることにしよう。
すべて確認してみたが、結果として――残念ながら、該当者なし。
しかし、動画は見つからなかったものの、ひとつの怪しげな募集文に目が留まった。
「……
それは、おすもうプレイを募集していた女のコのコメントである。しかも、よく見ると金額が書かれていない。まさか、無料で――?
だからこそ、彼は、晴恵の事件を思い出す。その講習もまた、無料で生徒を求めていた。これも同じようなトラブルかもしれない。
しかし、今回募集しているのは、掲示板の特性上男性のはずだ。男を罠にかけるには、あまりに筋が悪すぎる。
「何を考えているんだ……?」
ここに飛び込むのは、あまりに危険かもしれない。だが、彼はあえて連絡を取る。やはり、彼女を放っておくわけにはいかない。
それに加えて、女のコの問題を解決することで得られる人脈と『おすもうプレイ』自体の謎――そのまま採用することはないにせよ、ここのメンバーを売り出すためのインパクトに関するヒントになるかもしれない。
一応、『おすもうプレイ』の話を聞きたい、とは送信してみたが、桃のときの事例もある。おそらく、相手は話だけとは捉えていないだろう。そして案の定、詳しくは会ってから、とはぐらかされてしまった。
彼にはよくわからないが――とりあえず、相撲の基礎知識だけは予習しておいた方が良いだろう。
***
待ち合わせは三日後の日暮里駅前で。近辺にはラブホテルが乱立しており、やはり『プレイ』と称するだけに、そのような行為らしい。
本人曰く、お相撲さんのストラップをジャラジャラつけてるのですぐわかるはず、とのこと。そして、実際すぐわかった。
「すごい……数ですね」
それがなければ――パーカーのポケットに手を入れ、両耳のカナル型イヤホンで音楽に聴き入っているその姿はどことなく近づきがたい特有の孤独感をまとっており、声をかけるのにも躊躇していたかもしれない。男の接近に気づき、彼女もまたすぐにイヤホンを外す。
「あ、はい。新しいのが出る度に買っちゃうんで」
それはまさに言葉通りであり――スクールバッグの縁には、おそらく一〇個以上吊り下げられているのではなかろうか。力士のマスコットの下に四股名の札がぶら下がっている。現実的なところ、このサイズの造形で特徴をつけるのは難しいということもあり、そのような形で力士個人をアピールしているのだろう。
そんな彼女の名前は――
『おすもうプレイ』を望むくらいだし、もしかしたら力士さながらなのでは……? とも構えていたが、本人は驚くほど痩身である。グレーのパーカーはダブっとしていてむしろ華奢に見えるし、黒いズボンもすらっと細い。これなら、格闘技的な意味での心配はなさそうだ。髪の毛は、下ろせば歩と同じくらいに長いのだろう。一度低めに結った後、その端を輪にして持ち上げ、さらに結い直しているようだ。上向きの毛先が可愛らしく広がり、相撲取りのマゲを彷彿とさせられる。
さて。
ホテルについてはあらかじめ決めているらしい。本日行うことは道端で話せるような内容でもなさそうだし、一先ず部屋に入ってみることにした。
しかし、そこは――
部屋が薄暗いのは珍しくもない。だが、石壁をイメージした壁紙には木製――これも外側だけだとは思うが――の磔台が備え付けられている。これは、人の両腕両足を開かせたまま固定するためのものだ。そんな設備がほんのり赤いライトで照らされていては、ムーディというよりデンジャラスである。
「ま、まさか……ッ!?」
『おすもうプレイ』というのは、SMの一種――? いわれてみれば、相撲自体は格闘技である。相手は細身とはいえ、心得があるのかもしれない。自分は五体満足で帰れるのだろうか――と不安になるも、駒乃波関はすぐに事情を説明する。
「あ、そういうんじゃないですよ!? この部屋を選んだのは、たんに床が広々と空いてるから、ってだけで。本当に、それだけで」
SMプレイはベッドから下りて行うことも多い。だからこそなのだろう。しかし、特殊設備だけに部屋代も安くない。だが、彼女は
「ボクはね、貴方とおすもう友だちになりたいんです。だから……うん、敬語もいらないからね」
「は、はい……」
彼は仕事できている以上、容易に言葉を崩すことはない。一方で、駒乃波関自身は崩したが、それを相手に強要することはないようだ。
「でね、これが廻しなんだけど……」
鞄から取り出されたのは、予想通りにただの帯。だが、太さは人の顔ほどあり、渦巻状にまとめられたそれは、伸ばせば何メートルになることか。それはまさに、言われなければ、何のために使う道具かさえわからない。しかし、たとえ用途を知っていたとしても、その使い方まではわからない。彼も一応予習したとはいえ、股に通した後ぐるぐると腰に回して――と、その程度である。
しかし、駒乃波関には何の心配もない。
「着け方はボクが覚えてるから大丈夫だよ。だから――」
そのために、大の男を下半裸にひん剥くことになろうとも。
「全部、脱いでくれる?」
「全部、は……必須ですか?」
一応、下着の上から――というのも期待していた一面もある。しかし、駒乃波関に容赦はない。
「当たり前じゃないか。お相撲さんが廻し以外のものを着けてたら失格だよ」
だとすると、貴女も――と彼は思うが、口には出さない。そもそもふたりは、あのような掲示板で知り合い、このような施設に来ているのである。おそらく、彼女もまた
なので、可愛らしい関取は遠慮することなく、そのさまをじーっと見ている。彼がベルトを外し、スラックスを下ろし、そして、その中までも下ろしていくところを。
「…………♪」
靴下を脱ぐところは興味がないらしい。彼女の視線は、ずっとその少し上の一点に集中していた。
「ふふ……久しぶりだな。男の人の、それを見るのも」
異性関係は初めてでもないようで、そこは彼を少しだけ安心させる。しかし、彼女の一言で、状況は一転させられた。
「前におすもうプレイをしたのって、一〇年くらい前だから」
「じゅ――ッ!?」
彼女は、少なくとも社会人には見えない。だとすると、まさか、小学生の頃の思い出を引きずっている――ッ!?
「あの頃は恥ずかしさとか照れとかはなくて、普通にそのー……気持ち良さしかなくて。だから、男のコって、大人になると、みんなああなると思ってたんだよ」
しかも、この話の様子だと、取り組んでいたのは子供同士でなく――大人の男性から――? それは完全に“事案”であるが、当の本人にその認識はないらしい。いや、正確には少し違う。
「女のコの胸が膨らんでいくみたいにさ。けど……もう、何のためにそうなるのか、知っちゃってるから……」
いまとなっては、当時の行為が“事案”であるとは認識している。それを含めて、ひとつの過去として受け入れているようだ。久々の異性との対面に、駒乃波関は少し昔を懐かしんでいる。それでも、桃のように食いついてくることはない。
「さ、ボクが巻いてあげるから、じっとしててね」
廻しの一部を細く折り、股の下に通すとくるりくるりと回していく。
「慣れてますね」
「うん、ボク自身はちょくちょく着けてるから」
何気なく出た言葉に本気の回答。そして、この手際を見れば、もう疑いようはない。彼女は、本物だ。本気で――『おすもうプレイ』の同士を求めていたのだ。ただ、本気だからこそ、わからないこともある。
「女子相撲も嗜んでおられるのですか?」
「してないよ。だって、廻しの下は水着だから。それじゃあ、盛り上がらないし」
それに――と彼女は付け加える。
「『おすもうプレイ』と『相撲』は別物って切り分けることにしてるんだ。でないと、真面目に取り組んでる人に失礼だしね」
どうやら、裸に廻しで相撲を取りたい、というだけではないらしい。謎は深まっていくばかりだが、五分程で彼の下腹部は相撲取りとなった。上は未だにスーツにネクタイであるため、きっと極めて異様だろう、と鏡を見るまでもなく彼は想像する。
「じゃ、ボクも……」
と言って、駒乃波関はパーカーの裾に手をかけたので、廻しをつけるためだけでなく、すべての準備を始めるつもりなのだろう。
「では、私は、上着を脱いできますので……」
彼は彼女が支度をしている間に気持ちを整えなくてはならない。廻しを着けさせられたこの段になっても『おすもうプレイ』はいまだに謎だ。何をされようが平静を保っていられるよう、これまでの情報を振り返ってみる。
間違いなく、相撲に対して一定方向には真摯に取り組んでいるようだ。だからこそ、一定の枠は超えないはず。しかし、決して相撲ではない。相撲に似た――模した――何か。それも、出会い系サイトで人を探す必要のあることで。
他人の身体にではなく自分で廻しを着けるだけなら、さっきよりも早く済むだろう。それを加味した上で、ゆっくり、ゆっくりと、ネクタイを解き、ワイシャツのボタンを一つひとつ外していく。
もしかすると、逃げたい気持ちもあったのかもしれない。
「随分とモジモジしてるね。もう、時間いっぱい待ったなし、だよ」
後ろから声をかけられては格好がつかない。最後の肌着を手早く脱ぐと、彼は心を決めて振り向いた。
服を着ていたときは細身に見えたものの、その中身は――胸だけは、間違いなく関取級である。が、華やかな乳輪と、しっかりと据えられた乳首は、決して
だが、その姿勢は――青い廻しはしっかりと穿いているが、女のコであるにもかかわらず、足はしっかりと開かれていた。膝を曲げ、踵を浮かせ、つま先で立つ、土俵の上での座り方――いわゆる、
「ボクね、胸が膨らんできたの、嬉しかったよ。心がお相撲さんに近づいたような気がして」
けど、近づくのは心だけでいいんだけどね、と口にするところは女のコらしい。その胸を意識した上で――あえて、彼に魅せつける。
だが――彼が邪な気持ちで興奮することはなかった。その胸を、じっと見ているというのに。
――美しい――女のコが廻しひとつで待ち構えている――そこに彼は感じてしまった。彼女を照らす<スポットライト>を――同時に、これは広く通じるだろうか、とも迷う。どうにかして、彼女をステージに上げる方法はないものか。それを見出すためにも、本気で彼女とぶつかることを決意する。
と、意気込んでみたものの。
「プレイが始まったら、最初はボクの指示に従ってね」
言われなければ、危うく成人男性の腕力で放り投げてしまうところだったかもしれない。
ともあれ、彼女が座っているのは、開けた床の中央――よりも、少し奥。彼はそこに見えない仕切り線を感じ、彼女の少し手前まで歩み寄って腰を下ろした。当然、力士らしく。
「もしかして、ノッてきてくれた? 嬉しいよ。それじゃあ見合って、はっけよーい……」
彼女に合わせて拳を床に着ける。そして――
「のこったッ!」
相撲の掛け声において、残ったとは文字通り土俵の内側に残っていることを示すものであって、開始の合図ではない――と、事前に調べていたので知っている。が、これはあくまで『おすもうプレイ』であるため、承知の上で、そのような意味で使っているのだろう。
どうすれば良いのかわからないので、彼が自分から掴みかかることはない。逆に、彼女を受け入れるつもりで。
思ったとおり、彼女は彼の胸に飛び込んできた。女の乳房を、男の胸板に押し付けるように。桃ほどの体積はないものの、柔らかさはそれに匹敵する。あまり、こうして密着しているのは、男の平静に良くなさそうだ。とりあえず、土俵から出せば終わりそうなので、彼は彼女の廻しを掴んでひょいと持ち上げてみる。思ったとおり、軽々と担ぐことができた。
しかし。
「はぁぅん……ッ!」
この所業は、まさに女のコのパンツを掴んで引っ張り上げるようなものだった。これはいけない、と彼はすぐに彼女を下ろす。
だが、駒乃波関は少し残念そうだ。
「……うーん、そうだね。ボク、もう、重くなってるから……」
「いえ、そういうことではなく」
そう言われると、期待に応えないわけにもいかない。彼は改めて指先まで力を込め、ぐっと引き上げていく。
「あぁ……はぁ……あぁん……❤」
彼女の腕から力が抜けてきた。足先で立つのがやっとであり、彼に寄りかかることで何とか崩れずにいられている。だが、着衣は廻し一枚であり、直に感じる女のコの温かさが心地よい。
とはいえ、この姿勢は彼にとって重労働でもある。それでも彼女が満足するまで、一先ず続けてみることにした。
が、限界は先に別の箇所にやってくる。
「駒乃波関、このままでは廻しが……」
しっかりと巻かれていたものの、ここまで執拗に揺すられては、綻びは免れない。だが、彼女はそれを嬉々として受け入れる。
「いい……いいんだよ……それで……ッ!」
彼女はもう、ただ寄りかかっているだけではない。はぁはぁと荒い吐息はずっと鎖骨にかかっていたが――
「あむ、あむぅ……」
ついには、甘噛まで――いや、これはもはや口付けである。
「はむ、はむぅ、あむぅ……」
まるで食べようとするも、それでも歯が立たないように。駒乃波関は一心不乱に男の首筋でパクパクと唇を滑らせている。その温かさにも反応しないよう心を糺しつつ、彼は懸命に彼女の身体を揺すり続けた。
そして。
「はぁんッ!?」
唐突なる決着。彼の手の内に青色の帯を残して、彼女の身体だけが土俵の上に投げ出された。ペタンと尻餅を搗く駒乃波関は、反射的に腿を合わせる。ほんのりと頬を染めて、荒くなった呼吸を鎮めようとしているようだ。が、それで収まることはない。
「ふふふ、ボクの負け、だね」
決まり手は、もろ出し。これが『おすもうプレイ』における唯一の決まり手なのだろう。だが、『おすもうプレイ』がゆえに、これだけで終わることはない。
「えーとね、勝った方は、
少し恥ずかしそうに、けれど強い意志で。彼女は足の間をスススと開いてゆく。薄暗い室内でも、そこはしっかりと映し出されていた。布地によって押さえつけられていた下の毛はふわりと本来の形を取り戻し、その奥から走る筋は、少し開かれつつある。
「当時は土俵の上だったから本当に盛り上がったんだけど……」
少しだけ不満を漏らすも、その続きを止めるつもりはない。
「ここ、ラブホだしね。そういう掲示板で誘ったんだから……うん、わかってるよ、わかってる」
彼も、わかっている。このコが自分に対して何を望んでいるのか。
しかし、それに応えることはない。
「では……もう一番お願いできますか?」
スッと差し出された自分の廻しを見て、駒乃波関はきょとんと目を丸くする。が、すぐにパッと輝きを取り戻した。彼が、<スポットライト>を見出だせるほどに。
「キミがシなくていいなら、ボクとしても構わないよ! けど……」
ゆっくりと立ち上がり、長々とした帯を受け取ったところで彼女はニヤリと笑みをこぼす。
「ボクが勝ったときは……
こうして――彼は本気で勝たなくてはならなくなったのだった。
もはや明日は腕が上がらないのでは、と覚悟するほどのリフティングを繰り返し――
「あはぁん……もう無理ぃッ」
四度目のもろ出しの後、駒乃波関は身を起こそうとしたものの、その場で背中からパタリと倒れてしまった。ならば、と彼は最後の力を振り絞り、彼女を抱えてベッドまで連れてゆく。
「はぁ……やっぱり男の人には敵わないね。あのときの親方は手加減してくれてたんだなぁ……」
大方は、性的悪戯のため。時々は逆に負けて、相手に性的悪戯を促すという性的悪戯のため。しかしそれは、彼女にとって悪い思い出ではないらしい。
「とはいえ……うん、勝っても負けても楽しいのが、『おすもうプレイ』のいいところだよねぇ」
微笑みながら、彼女は彼の廻しに視線を送る。
「けど……うーん、やっぱり一度くらいは勝ちたかったな」
「先程のが結びの一番、ということで」
これ以上は、さすがに肩が外れそうだ。
「うん、ボクも。もし次に勝って、男の人を土俵にして乗ったとしても……多分、腰が動かなかっただろうなぁ」
それが、彼女が期待していたことらしい。
四度に亘る取り組みの中で、彼は様々な可能性を模索していた。その結論としては――
「ところで、この『おすもうプレイ』なのですが……」
少なくとも、メンバーに男を加える予定はない。
「女のコ同士ではダメなのでしょうか」
さすがに敷居が高いか、とダメ元で提案してみるも――
「うん、つき合ってくれるコがいるならね。ボクの方は構わないよ」
案外簡単に応じてもらえてしまった。
「いいの……ですか……?」
「うん、実際、百合の掲示板でも募集出してるし」
さすがに応じてくれる人はいなかったようだが。
ともかく、それなら話を進めることもできる。あとは、どのような環境なら<スポットライト>を感じることができるか――それだけである。
***
こうして、駒乃波関こと、
「~~~~♪」
全裸三人に廻しがひとり――晴恵のマスクも着衣に含むのなら全裸はふたりか。メンバーが皆、思い思いの姿でユニゾンを奏でていく。
だが。
「~~……っと、っぷっ!?」
くるりと回転するところで、勢い余った晴恵がバランスを崩して倒れてしまった。
「は、晴恵さんっ」
一旦楽曲を中断し、歩は手を差し伸べる。その間、桃と慧はふぅと疲れのため息をついた。
「はるるん、イチイチ全力でなく、先ずは全体の流れを覚えた方がいいよー」
まだ完成には程遠い。ゆえに桃は、難しいところは適宜流している。そもそも、胸に振り回されて振り付けの一つひとつが遅れ気味だ。
慧は、音楽を鑑賞するのは好きだと聞いている。だが、自分で唄うのは時々行くカラオケ程度。それでも、耳はそれなりに肥えているらしい。
だからこそ、断言する。
「んー……ぶっちゃけ、
その一言に――その四股名が自分のものだと、歩もすぐに気がついた。ステージにひとりで――それを想像したのか、顔は真っ赤に染まり、オロオロと涙目になっていく。
「むっ、無理だよそんなの……っ! ひとりでステージに立つなんて……」
ここまで各々レッスンは進めていたが、初めて一緒に合わせてみて、桃もまた実力の差を思い知らされているようだ。
「でもさー、このままだとあたしら、あゆむっちのバックダンサー状態じゃん?」
「えっ、えっ、それじゃあ――」
むしろ、歩ひとりを目立たせてしまう結果にしかならない。それは、期待に胸を膨らませていた歩を一転して奈落の底へと突き落とす。信じられないペースでメンバーが集まり、みんなで唄えば楽しさ四倍、恥ずかしさは四分の一――そう、信じていたのに――
全裸限定の天才――だが、歩自身、それに目覚めたのはつい最近のこと。だからこそ、正しく把握していなかった。自分はちょっと先に進んでいるだけ――みんなもすぐに、自分と同じように唄って踊れるようになれる――だが、現実は厳しい。
「ボクたちに、いきなり蒼乃華関みたいにやるのは無理だから……ここは、ボクたちなりの魅せ方、ということで」
慧は両足で広く床を踏みしめると、腰の廻しをパンと叩く。これに、倒れていた晴恵がひょいと飛び起きた。やはり、身体能力は全般的に高い。ただ、器用さが足りないだけで。
「次の特訓ですね! よろしくお願いしますっ!」
教養の歪な晴恵とて、当然相撲は知っているらしい。だが、細かなルールまではよくわかっていないようだ。
「む、むぅ……廻しがないと掴むところがないよ」
一方的に廻しを掴まれ、慧はやや困惑している。だが、何やら楽しそうなので、桃は即座にこの催しに乗った。
「それなら
すっかりステージの練習という空気ではなくなり、歩はひとり佇み落ち込んでいる。ただ、どうして良いのかもわからずに。そんな彼女の腕を桃は気楽にポンと叩く。
「ま、あたしたちはあたしたちで頑張るけどさっ、いまならあゆむっちの独壇場だよ? いえーい♪」
「…………」
桃は歩を励ますが、それは歩の望むところではない。そして彼もまた、このような形で歩を落胆させるためにメンバーを集めてきたのではない。確かに、条件は厳しかった。それに合致するために、実力を度外視してきたところはある。その結果が――これだ。
彼は、我が身を引き締める。ここからは、ただ脱げて、ステージに上がれるだけでは足りない。そこに確固たる実力さえも必要となる。より敷居は高くなった。だとしても――初めて見たあの輝きを、人々に届けるために。