ストリップ・アイドル・ユニット:TRK26 <<pure!?>>   作:添牙いろは

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5話 丘薙糸織

 アパートの管理人になったら美少女ばかりが住み始めて――まさに男の夢の詰まった題材ではあるが、それで金字塔を打ち立てたその作品はいまから一世紀以上前のもの。ゆえに彼も、一般教養としてしかそれを知らない。それでも、漠然として知っていたからこそ懸念もしたものだが――それは、我ながらいささか夢見がちだったか、と彼は一先ず安堵する。

 ――ああ、うん、ボクはそういうの、大丈夫だよ。

 やはり、彼はアパートの管理人ではなく、カラオケボックスのオーナーだったようだ。

 現在、彼の店の九階には、 蒼泉(あおずみ)(あゆむ) 園内(そのうち) 晴恵(はるえ) 宮條(みやじょう)(もも)の三名の女のコが寝泊まりしている。もちろん正式に住所を移したわけではなく、専用の仮眠部屋、程度の扱いだが。

 ならば、四人目に加入した 駒辺(こまべ)(けい)にも一応声をかけざるを得ない。しかし、学校も遠くなるし、と至極まっとうな理由で辞退してもらえた。そのフロアは倉庫として機材で埋まっている部屋もあり、すべてが滞在可能なわけではない。このまま増え続けたらどうなることかと彼は頭を悩ませたものだが、その心配は杞憂だったようだ。

 とはいえ、結局彼女もまた、店に入り浸っているようだが。

 倉庫兼更衣室――改め、メンバーの仮私室――そのフロアの一番奥が、桃の部屋である。朝八時、訪ねてきた彼がその戸を敲くと、中から扉が開かれた。だが、現れたのは桃本人ではない。

「おはよう、()()。昨日は 桃乃宮(もものみや)関のところで休ませてもらっていたよ」

 親方――そう呼んで顔を出す慧の骨格は、力士どころか、むしろ細い。しいていうなら、彼女自身も気に入っているという――力士の魂が籠もっているというその胸だけは、力士以上の脂肪がしっかりと厚みを作っている。だが、その先端部は男子と異なり、爽やかな薄桃色。まるで花開いた桜のようで、つい目を引かれてしまう。しかし彼は、あえてそこを気にしないようにして。

「はい、存じております」

 女のコがパンツ一枚で応対していれば、着替え中に覗いてしまったか、と謝意が必要になりそうな状況ではある。が、慧に恥じらう様子もなければ、彼が遠慮することもない。何故なら、彼は以前に聞いたことがある。彼女が穿いている唯一の衣服に見えるソレは、いわゆる『見せパン』なのだそうだ。だが一方で、上半身は丸裸なのだが――彼女曰く、お相撲さんだってみんなそうじゃないか、とのこと。そこに男女差があることを承知した上での主張であれば、間違いなく確信犯である。これでは止めようがない。

 そして、下着に見えるパンツの方には――前方には少しレースが付いている程度だが、お尻には何重にもフリルがあしらわれている。多分これは、テニスプレイヤーやチアガールがスカートの中に穿いているアンダースコートと同じようなものなのかもしれない――と彼はよく知らないなりにそう感じていた。

 いずれにせよ、それは下着としてのパンツではなく、下着はさらにその中に別のもう一枚を穿いている。そこまでして、彼女はこの『パンツルック』を貫いているのだ。彼女が相撲に固執しながらも女子相撲に参戦しなかったのは、そこに理由があるといえる。

 彼としても、女のコにこのような姿で堂々と振る舞われては、常々目のやり場に困らされてきた。ゆえに、できれば自粛してほしいとも思うのだが――そんな彼女は美しい。店の外での慧は、どことなく周囲を警戒しているような雰囲気をまとわせている。が、これが自然体だからか、いまはそのような壁が感じられない。そして、こんな彼女をステージに上げるために彼は慧を引き入れたのであり――だからこそ、黙認している。実際、彼女自身、他の一般スタッフが出勤してくる頃合いにはちゃんと服を着るということもあり、決して常識的な感覚が欠如しているわけではない。――晴恵とは違って。

 だからこそ、一〇年前の駒辺慧に降り掛かったのは、一般的に見れば()()であったと、彼女自身もいまとなっては認識している。()()に関しては現在でも犯罪であることには違いない。だが、自己責任の風潮により性関係の扱いが比較的軽くなったことに加えて――最も厳しかった数十年前のこと、父親が実の娘と混浴したとして逮捕された事件があった。それゆえに、たとえ相手が未成年だったとしても、金銭の授受がなければ、警察もなかなか動こうとしない。実際、完全なる趣味で低年齢層に性的関心を持つ成人は極めて少数派である。

 性癖とは魂の器の形であり、生まれ持ったものであり、そこに善も悪もない。それを人間たちが後付けで悪のレッテルを貼り、撲滅を図り、結果として希少価値が生じたために商品価値が生まれてしまったにすぎないのである。

 だからこそ、規制は緩和された。罪に問うのは販売した者だけ。もっとも、無断で公開すれば肖像権の侵害として別の問題も孕んでくるが――撮影者や購入者、所持者については一切関与しない、とされたのである。この法が施行されたとき、問題視する団体もあった。それによって、子どもたちに対する性的搾取が横行するのではないかと。だが、蓋を開けてみれば、ちょっとした興味本位で漁ってみた者であれば、過去に出版されたデータを軽く眺めてすぐ飽きる。新たな作品を求める声など殆どない。一部の()()の人たちは金銭の授受を禁じられたことで、自分たちの立場をわきまえ、その一線だけは頑なに守っている。これでは商売にならないため、販売業者も手を引き、いまでは――一部の愛好家の間でのみ出回っており、ネット上に流れているのは曽祖母の代のポルノたちばかりだ。犯罪はゼロにはできない。だが、禁酒法よろしく、絞れば良いというものでもなさそうだ。

 それでも時々逮捕者が出るのは――賭け麻雀も食事やボトル一本程度なら厳しく取り締まるようなことはしない。だが、稽古場経営に関して融通してもらうようなやり取りともなれば、さすがに営利目的として認識される。こうして、慧が一ヶ月ほど世話になっていた相撲部屋は取り潰しとなったのだった。

 だが、慧は――もともと、彼女の両親の仲は睦まじく、子供の目を盗んでは深夜に男女としての愛情を求め合い――目を盗みきれなかった際に、慧の父に跨っていた母はこう言い繕った。『これはお相撲のお稽古だから』と。時間帯ゆえに寝ぼけていた慧の目には、何だか楽しそうだ、と映った。それが近所の相撲教室に興味を示すきっかけとなり、()()であったそこの親方と結びつけてしまったのである。

 しかし、幸か不幸か――親方は歪んだ形でありながらも紳士であった。少女・慧の関心を少しずつ引き出し、決して嫌がることはせず――部屋が取り壊しになった頃には、()()()()()を身につけていたのである。当時の彼女はそれが法に触れることとは思いもよらず――裸でぶつかり合うのなら男の子同士でもしていたのに――それが、男女であるがゆえに()()特別な形になっただけで――何より、母がこなしていたお稽古と似ていたし――結論として、親方は何らかの事件に巻き込まれただけ、と解釈していた。

 だが、本来相撲は男子のものであり、女子は秘匿しなくてはならないと教えられていたため、慧が大っぴらに相撲の稽古について語ることはなかったらしい。ただ密かに、()()()()だけは続けていた。

 いずれ歳を重ね、性に関する知識も身につけ、自分の相撲は()()()()()()()()と気づく。それはいわゆる、極めて特殊な性行為だったと。このようなことは、恋人にしか明かせない。ゆえに、初めてできた彼氏におすもうプレイを求めてみたものの――即、破局。恋人であっても許容されないと思い知らされた慧は、それを機に出会い系サイトに登録するようになり――ここへと辿り着いたのだった。

 慧にとって、当時の親方に悪い印象はない。だが、もう二度と会うこともないのだろう。ゆえに、かつての師については『大親方』と呼んで区別し、いま世話になっている彼を『親方』と慕うようになったのである。

 さて。

 このような経緯であるため、慧にとってアイドルは目指してきた道ではない。しかし、アイドルとしてのレッスンはこなしてくれている。元々、歌は――むしろ好きな方だ。ただしそれは、あくまで聴く側として。だからといって、唄うことに抵抗はない。ダンスについても同じく。彼が求めているのは、決して裸体だけではない。裸になって唄って踊る――そのすべてが揃ってこそ、彼が必要としているアイドルなのである。

 今日は休日ということもあり、昨日の放課後からレッスンに入っていた慧は、そのまま桃の部屋に泊まっていた。住み込んではいないものの、学校のない日についてはここで一夜を過ごすことも多い。桃が積極的に誘っていることもあるようだが。そして、今日も昼前からふたりで遊びに行くという。

 それもあり、午前九時――出掛けてしまう前に、彼には慧に尋ねておきたい用件があった。とはいえ、先約のあるこの部屋の主に話を通しておくべきだろう。

「実は、駒辺さんに少しご相談したいことがありまして」

「んー……だったらあたし、席外しとこーか?」

 桃はそう言うが――髪は下ろしたままだし、胸には何も着けていない。慧も一般的には豊かな方だが、桃については文字通り桁が違う。なにせ、その外周は一〇七――起き上がるのも大変そうだったが、起こせば起こしたでお腹の方に倒れてしまいそうだ。そのように見えてしまうのは、その体躯が二房の重量を抱えるにはあまりに小柄だからだろう。

 腰から足にかけては毛布に隠れてよく見えないが、布団とは異なる色味の生地がお尻のあたりにチラリと見えた。少なくとも全裸ではないらしい。慧と異なり、本当に下着だと思われるが。

 席を外した方がいいか、と声はかけるが、その格好で退室されても困る。何しろ桃は、暇潰しに男子たちを誘惑して回るような女のコだ。実際、すでに何人か食べられているらしい。遊びで済ますには純情すぎるコもいるので、控えるようには言っているのだが。

 そもそも、彼の用件は別段深刻なものでもない。

「いえ、同席していただいて構いません。むしろ、駒辺さんと一緒にご意見をいただければと」

「そっかそっか。そういえば、前にそんなこと話してたね。入って座りなよ。ボクもボクなりに探しておいたから」

 この部屋は、カラオケボックスとしては六人用に分類される。三人掛けのソファが三つ並んでおり、ひとつは物置として。元々倉庫として使われていた名残として、危なくない程度に箱が積み重ねられている。そして残りのふたつは自分が横になるためと、来客のため。ただし、来客といっても同性である。異性とはちゃんとホテルに行っている、とのこと。一階の事務所でスタッフの誰かと致したであろう痕跡が残されていたことはあるのだが。

 ともあれ、彼女たちが半裸で眠っていたことに如何わしい意味はない。大方、桃が慧のスタイルを真似てみた、といったところだろう。

 そんな女のコふたりに身を寄せられても彼が正気を保っていられるのは、慣れの一言では言い表せない。つまりはそれ以上に、いまの彼はアイドルのプロデューサーということである。それを察しているからこそ、慧は不必要に性的なアプローチを仕掛けたりしない。そして桃も空気を読み、カーディガンを羽織って座り直す。結局ふたつの桃の蕾はまったく隠せていないのだが、これが彼女なりの気を使っていますよ、というサインだった。

「ところで、()()()()は何か聞いてたみたいだけど?」

「うん、親方のアイドルプロジェクトに参加できそうな女のコの歌い手はいないか、って」

 慧が加わった際の初めての四人合わせ――桃は深入りしなかったが、あゆむっちは何故かツラそうだ――と桃は察していた。いまなら自分たちを()()()にしてひとりで脚光を浴びられるのに、逆にそれを忌避しており――つまりは、あゆむっちは自分と同等の歌唱力を持つメンバーを待ち望んでいる――桃も、そこまでは理解していた。しかし、それは無茶ではないか、とあまりの高望みっぷりに桃は自分たちのデビューの見通しについて少なからず不安を禁じ得ない。そこまで音楽に精通していないため、歩の実力を正しく把握していないとはいえ。

 一方で慧は、歩の歌唱力は相当なものだときちんと把握していた。が、歩がそこまで思い詰めていたことについては察していない。ただ、 蒼乃華(あおのはな)関と並んで唄えるメンバーがいたら素敵だなー――プロデューサーからの『できるだけ歌唱力が高い方を』というオーダーを、そのくらいのニュアンスで受け取っていた。

 とはいえ、慧はどちらかというと、男性ボーカルの歌を好んで聴く。女性に関しては、噂話をアテにせざるを得ない。

「お色気で売ってる歌い手さんというと……()()()()さんじゃないかな」

 これについて、歌い手について詳しくない桃は沈黙。しかし、何らかの力になろうとスマホで調べてみることにした。

「ボクはあんまり興味なかったけど、一昔前に話題にはなってたから」

 ただしそれは、良くない意味で。あざとい色気でランキングを操作していたといわれており、当然のようにアンチも多い。だが、それはあくまで一般向けの舞台で肌を露出していたからだ。脱ぐことを前提とした場であれば、それを咎める者もいないだろう。

「アルバム持ってきてるよ。聴いてみるかい?」

 一昔前は、音楽の著作権を管理するためだけの専門の団体があり、著作者に代わって著作物を取り締まっていたようだが――俗にいうファン活動まで商業活動や海賊版と同じ基準で取り締まってしまったため――それと比べると、漫画やイラスト界隈は実に裾野が広がったものだ。

 が、そもそも情報システムの進化により、管理業務だけを専門に有償で取り扱うこともなくなった。それでも動画業界と同じようにデータベースだけは生きており、各々の企業が各々の基準で管理しているようだ。

 慧は鞄からポータブルのCDドライブと、ディスクを束ねたファイルを取り出す。様々なコンテンツがダウンロードで販売されるようになった昨今、このような媒体を見ると、アダルト動画を連想する者も少なくない。秘匿したい趣味のデータを日常使いの端末に保存しておくことに抵抗のあるユーザたちのために――何かの拍子に流れだしては大惨事ということもあり――ディスク販売の方もそれなりのシェアがある。ゆえに彼も、イヤホンの刺さった再生機器が共に現れなければ、成人向け動画が出てきたのかのかと勘違いしていたかもしれない。

 だが、そのようにこっそり管理したいわけでもない楽曲を何故わざわざ物理媒体で購入するのか――それはひとえに、時代の流れが漫画などと比べてゆったりしていたからに他ならない。また、大手の配信サイトでは閲覧数に応じて利用料が配分される形式になっているが、同人活動のような趣味の世界は、大手商業レーベルの前では端数として丸められてしまう。よって、そのような場所での配信は認めず、このようなディスクのみで販売している歌い手も少なからずいるらしい。慧が取り出したのも、その一枚なのだろう。

 なぜ興味もないのにアルバムを? とも思ったが――どうやらそれは企画モノであり、様々な歌い手が参加しているようだ。目当ての人物は別におり、偶然そこに含まれていたのだろう。

 せっかく音響機器があるのだから、スピーカーに繋げられれば良かったが、あいにく彼はケーブルを持ってきていない。ゆえに慧からイヤホンを受け取り、そのナンバーを拝聴する。

「ふむ、ふむ……なるほど……」

 確かに、歌は上手い。過度の色気で売っていたとのことだが、それを支えるだけの実力は伴っている。

「ふふ、技術的には一先ず合格かな?」

 彼の表情を見て、慧は嬉しそうに微笑む。だが、それだけでは足りない。歌の上手い歌い手なら星の数ほどいるが、その先まで進める人は一握りなのである。

「あとは、動画を確認するだけですね」

 これについては、桃が先程から検索を進めていた。

 しかし。

「ねーねー、あんにゃ、って平仮名?」

 桃が画面を睨みつける表情は険しい。忙しなく画面を撫で回す彼女の様子を見れば、その結果が芳しくないのは明らかだ。

「有名な方……なのですよね……?」

「そりゃまあ、アンチが涌くくらいだから」

 にも関わらず、公式ページどころか、話題に挙げているページさえない。

「引退してしまったのでしょうか」

 だとすると、お色気路線に嫌気が差して? 彼女の歌声であれば歩と肩を並べて、歌を披露することもできただろう。

 彼はやや気を落としているが、慧は別のところが気になっていた。

「引退するからって、わざわざ全部消していく?」

「まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()に巻き込まれた……?」

 これはまた事件かもしれない。それをキッカケに、何とかアプローチしたいところだが、その線も桃により否定された。

「あー、あったよー、歌い手名鑑みたいなとこに」

 それは、あくまで情報リストの一項目として。そこに記されていた情報を、桃は淡々と読み上げる。

「えーナニナニ? ……一時は人気を博するも、三年前、度重なる違反行為によってアカウント停止……」

 違反行為、とぼかされているが、それが露出行為だったことは間違いないだろう。

「その後は、『にゃむにゃ』と名義を変え、アダルトサイトでの活動に切り替えた……ってさー」

「ふむ……」

 それほど前に姿を消していたのなら、いまとなっては見つからなくても無理もない。だが、アダルトサイトで続けるほどなら、自分の売り方に後悔はなかったのだろう。それならまだ希望は残されている――かと思ったが、それは追加情報によって潰えた。

「……で、その二年後、就職を機に完全に活動停止……」

「そうですか……」

『あんにゃ』と名乗っていた女性はもういない。すべてを消して新たな人生を歩み始めている。そんな彼女を昔の道に引き戻すことなど彼にはできない。やはり、普通の女性は性的アピールをしていた過去は捨て去りたいものなのだろう。

 ここにいる女のコたちは、彼が見出した者たちだけに――彼女たちが特殊なのだ。

 そう簡単に諦めるわけにはいかない。だが、改めて現実を直視することとなった彼はその難しさを思い知る。

 しかし――()()はむしろ、当事者だからこそ。

「あれあれ? ボクは()()()としてアイドルに誘われたんじゃなかったっけ?」

「駒辺さん……」

 それは茶化しているようでもあり――だが、励ましているようでもあり、彼はその言葉に耳を傾ける。

「もちろん、長く続けられるお仕事ではないかもだけど、それは普通のアイドルだって一緒だよね。ボクはそれを承知で、親方と一緒にアイドルを目指すことに決めたんだよ」

「あたしもー。これまでみたく趣味で映るんじゃなくて、ちゃんと、それで生活したいと思ったんだから」

 彼は彼女たちを、日陰の世界に引きずり込もうとしているのかもしれない。だが、彼女たちはそれを理解した上で、その世界で歩もうとしている。

「ボクだって……はぁ、親方とのおすもうプレイに漕ぎ着けるまでに、何度失敗したことか」

 そのプレイ内容をプロフに細かく記したところ、いつまで経っても応募は来ない。ゆえに、詳細を伏せたところでアプローチはあったが、その希望を伝えたところで音信不通に。そこで、今度は直接会ってから――とした上で、廻しを穿いて会いに行ったところ、その場で終了。これらの失敗の集大成が、彼と慧を巡り合わせたのだった。

 だからこそ、慧も深く自覚している。自分の望む趣味は、決して表沙汰にできるものではないのだと。桃も同様である。彼女の嗜好は、絶えず裏世界に狙われるものだ。

 そんな後ろめたいものを抱えながら、表の世界で生きていくことを彼女たちは望まない。だが、裏の世界で生きていくには護ってくれる人がいる。

 それが――彼だった。

「多分あたし、これから普通に進学して、就職しても……あー……何か男絡みのトラブルでクビになりそー」

「ボクも……そうだねぇ。自分の趣味を、出会い系でパートナーを探し続けるのなら」

 あんにゃという女性がそれまでの自分を捨てなくてはならない世界へ踏み出したからといって、そこでの生活に満足しているとは限らない。これは、過去に引き戻すことではなく、本来の彼女を取り戻すため――

「……そうですね。すべては、動画を見れば明らかになることでしょう」

 そこに<スポットライト>を感じることができれば、少なくとも彼が求める才はあるはずだ。人は、自分の才を光らせずにはいられないもの――彼は、そう信じている。

「うんうん、それじゃー……ようやく、あんにゃさんの動画、見つかったよー」

 会話を交わしながらも、桃はずっと調べていてくれたらしい。

「わ、よく見つけたねぇ。消し忘れがあったのかな?」

 確かにあんにゃ自身は自分のチャンネルを閉じ、過去のすべてを抹消した。しかし、先程のアルバムのように、他者との共演という企画もある。

「この人の動画で引っかかったんよ。『不倶戴天の決着企画』とかで」

 その単語に、慧はピンと来ていない。

「ふぐ……何?」

「ふぐたいてん。(とも)に天を(いただ)かず……同じ空の下に存在することさえ認めないほどの敵、ってことだよー」

 桃から解説されても、慧にはまだピンと来ないようだ。

「……喧嘩するほど仲が良い、ってこと……?」

 むしろ本当に仲が悪いからこそ、引退して相手が自身の動画を消して回っているのを承知で、自分のサイトから消さなかったのでは、と桃は思った。が、スカウトするのはゲストの方である。配信主は関係ない。むしろ、それがアカウント停止につながった原因ではないか、とすら疑える。

「あ、スマホならピピっと画面に送れるんじゃない? おっきい方が見やすいし、そっちで映そ」

 どうやら、桃の方がオーナー本人よりも店内の機器を使いこなしているようだ。もし彼が客から操作法を尋ねられたら、説明書を引っ張り出してきたことだろう。

 ただ、見つけてきた動画チャンネルというのは、“あんにゃ”が“にゃむにゃ”として活動していたと思われるアダルト動画の配信サイトだ。それでも、桃に音量を控える配慮はない。防音室とはいえ、これから視聴するのは成人向けコンテンツである。それをこんな大きな画面とスピーカーで流すことに抵抗がないこともないが――小さな画面を三人で覗き込むのは、さすがに観づらいか、と彼は諦観した。

 動画のタイトルは『きつねこんこん・こんきつねチャンネル にゃむにゃとの因縁についに決着!?』――きつねこんこん、の方が主催のようだ。

 撮影場所はラブホテルの一室。先日慧と入った部屋のように広いが、禍々しい器具はない。

「ふーん、普通にこういうところもあるんだねぇ」

 慧の呟きは、今度自分も使ってみよう、という雰囲気だ。しかし、桃には別段惹かれるものもないようで、相槌を打つ者もなく動画は流れてゆく。

『おーっす、ひんぬー好きの諸君、今日も元気に合法ロリ動画漁っとるかいな? きつねこんこん、こんきつねやでー』

 先ず目に入ったのは頭の着け耳――ネコにしては大きく見えるが、黄色に近い橙であることと、その名乗りからして、おそらくキツネ耳なのだろう。さらに、両手でもキツネ――人差し指と小指を立て、中指と薬指を揃えて親指に付けるアレだ――を作り、口の部分をパクパクさせている。これが、彼女――こんきつねのお決まりの挨拶のようだ。

 合法ロリ――いくら自己責任論が跋扈し、成人年齢が下げられたからといって、義務教育卒業の年齢までは子供と見做されている。そのような者たちを労働に――少なくとも、堂々と性を売り物にことは法律上認められていない。合法――すなわち、彼女は義務教育を終えている、ということだ。

 関西圏のイントネーションで早口に喋り立てるこんきつねは、自ら合法ロリを名乗るだけあって、背は低め、胸も控えめ。だからといって、この水着は――Vラインにあしらわれたフリルは、まさにロリを連想させられる。だが、彼女は紛れもなく成人済み。大人用の子供水着など売っているのか、それとも特注なのか。いずれにせよ、胸のパットは取り除いているようで、立派に育った乳首が下からちょんちょんと浮き出ている。ここがアダルトサイトだということを承知した上での狙いだろう。後ろ髪はふわりと長く、大きなウェーブが入っているようだ。しかし何より印象的なのはくるりと巻かれた肩口の二房――それはまるで、一昔前のお嬢様を表す記号のような――現存する縦ロールというものを視聴者三人は初めて見た。ただ、お嬢様とはいえ、太く短めの眉に気の強そうな瞳は、どちらかというと、お転婆な印象を受ける。

 こんきつねはその指先を閉じたり開いたりを繰り返していたが、そのまま横へ向けてゆき、画面外へと手を伸ばしたところで――

『アホなとこ摘むなッ!』

 ボインボインとこんきつねの手を押し返す大きな胸。

「わぁ、この人、胸おっきいねー」

 と、桃。

「ひょっとして、それはギャグで言っているのかい?」

 と、慧。

 動画の方では先程のやりとりが合図だったようで、胸の持ち主・にゃむにゃがついに現れた。彼女もまた頭に三角の動物耳を乗せているが――そのサイズから、今度こそネコ耳だろう。キツネとネコの組み合わせ、ということらしい。

 こんきつねが水着なのに対して、にゃむにゃはすでに全裸にひん剥かれている。だが、その様子は、もはや姉と妹。縦ロールこそないものの、波打つロングヘアはよく似ている。だが、その大きさが異なるのは胸だけではなく身長そのものがかなり違う。並んで立ってみると、こんこんの方が頭半分くらいは低い。そのうえ、こんきつねがわざとらしい格好をしていることもあり、感覚がおかしくなってくる。一方が大きいのか、もう一方が小さいのか――部屋の内装と比較してみればわからなくもないが、何とも不思議な光景だ。

 しかし。

 やっぱりこのふたり、仲が良くないのかな、と桃は感じる。にゃむにゃは露骨に不機嫌だし、こんきつねは――楽しげなハイテンションを作ってはいるものの、どこか集中できていない。何か思うところがあるようだ。

『さーて、前回のカラオケ対決で見事敗北を得た()()()()()には、皆の衆お待ちかねの罰ゲームやでッ!』

 おそらく、消してしまっては罰ゲームにならない――それが、この動画のみ生き残っていた理由でもあるのだろう。そして、一方だけが全裸なのも――それが罰ゲームということなのだろう、と彼と慧は思った。が、桃だけは、アダルトサイトなのだからこれだけで済まされるはずがない、と期待の目を向けている。

 そして、その期待が裏切られることはなかった。

『イクで、人間マイクスタンドッ! ほれ、ひっくり返りぃや』

 ここからふたりは急に倍速で動き始める。こんきつねはスルスルと水着を脱いでゆき、裸になったところでヘッドホンをかぶった。やはり、下の毛は控えめながらもちゃんと生えている。こうして成人済みである証を失わないことも『合法』ロリであるために必要なことなのかもしれない。

 一方、にゃむにゃはもぞもぞと床に蹲っていたかと思えば、身を捩り、背中を浮かせ、足を高々と天井に向けて掲げる。その太腿をこんきつねはしっかりと支え――それはもはや、組体操というよりプロレス技のようでもある。その間、にゃむにゃはつけ耳が取れないよう何度か自分の頭を押さえつつ、ふたりは高音でウニョウニョと言い争っていたようだったが、その内容はよく聞き取れなかった。

 いくら体格差があるからとはいえ、さすがに本物の幼女ではないので、こんきつねも膝立ちになっているが――ガニ股に開かれたにゃむにゃのお尻は、まさに罰ゲームそのものといえよう。

 しかし、こんきつねは『人間マイクスタンド』と言っていた。ゆえに、これで終わるとは誰もが思っていない。

『ほんじゃ……最後の仕上げやでッ!』

 にゃむにゃの丸いお尻の谷間の向こう側から、マイクの丸い頭がニョキリと顔を出す。その持ち手の方を女のコの割れ目に押し付けると――その後は、予想通りに。

「うわぁっ! やるとは思ってたけど……」

「大丈夫、あたしは向き逆でやったことあるし」

「えええっ!?」

 平然と受け入れている桃と、驚愕の慧。そして彼は――この場に晴恵がいなくて良かった、と彼は切に思う。

『そしたら、ミュージックスタート……やッ!』

 いまにも踊りだしそうな雰囲気だったが、重いスタンドがあるため、軽く上半身を動かす程度。

 だが――

『~~~~♪』

「この歌……『まじかる☆えりりん』の……ッ!?」

「駒辺さん?」

 それは、慧がえりりんの歌の中で唯一知っていたもの。まだ中学生だった頃に電波曲として一時期流行していた。ふんだんに盛り込まれた下ネタは、子供だった慧が知らない単語も多く、それを調べているうちに自分が『大親方』から仕込まれたのが性的悪戯であったと気付かされたわけだが――この楽曲を機に、えりりんも有名歌い手のひとりに名を連ねたのである。が、慧は女性ボーカルに詳しくないので、その後の活動についてはよく知らない。だからこそ、かつて聴いた音源と瓜二つの歌声はすぐにわかった。

 そして、このふたりが()()()――と、慧は感じていた――配信している理由も、おそらくそこにあるのだろう。ふたりとも歌い手出身――いや、現役でも通じる実力だ。

 ひっくり返った股から顔を出して唄う光景は極めて異様だが、その本人は楽しそうだ。にゃむにゃ――あんにゃとこのようなプレイを交わし合う仲だけに、その歌唱力も申し分ない。きっと、マイクスダンドを支える必要がなければ、しっかりと振り付けもできるのだろう。

 ゆえに、ここでは左手だけ。曲の終わりとともに、こんきつねは額にピシリとキメた。すべてを振り絞ったにゃむにゃは力尽きてぐにゃりと床に背中を落とす。まるで、敗北感に打ちひしがれるように。

『っつーことで、ウチが歌い手エロス部門ナンバーワンで決定やッ!』

 言いながら、こんきつねは画面に向かって手を伸ばす――正確には、前方にセットしていた三脚に向けて。そして、自由に動かせるようになったカメラでにゃむにゃの裸体を舐めるように撮り回している。だらりと開かれた両足。()()()()終えた鼓動を収めようと上下する胸。ぼんやりと焦点の合わない両目。そして――

『……健全部門では、私がナンバーワンだったけどね』

『うっさいわ、一度は勝ったやろッ!』

『ブフゥッ!?』

 仰向けの顔に向けて股間を下ろすこんきつね。このやり口はなかなかにえげつない。

『下の口で上の口塞いでやったところで……今回はここまでッ! チャンネル登録よろしくなーッ!』

 エンドカードは狐が伸びているイラストだ。勝利宣言しておきながらこれということは、いつもはそういうノリなのだろう。

 こうして、三人して観終わったわけだが――

 慧は、久々にえりりんと邂逅して、少し懐かしい気持ちになっていた。

 桃は、自分は楽しめたが、男の人はこれでヌけるのかな? と彼の股間に視線を落とす。スラックスの中では判別できない。だが、彼の瞳を見ればその心持ちは明らかだ。

「駒辺さん……っ」

 それは、まるで童心に帰ったかのように輝かしい。その瞳に慧はドキリとさせられるが、彼の目はさらに未来に向けられていた。

「もし、彼女の楽曲を他にもお持ちでしたら、お聴かせいただけないでしょうか」

「……いいよ。その代わり、今度もうちょっと遊んでよね」

「あ、それならあたしもー」

「私にできる範囲でしたら」

 などと適当な返事をしてしまうほどに、彼は高揚していた。思わぬ拾い物を前にして。

 

       ***

 

 先方が指定してきたのは、六本木に建つ高層ビル三十六階のとあるカフェだった。とはいえ、夕方以降はディナーコースを提供するようなしっかりした店舗である。ゆえに、個室も用意されていた。大衆的とは程遠い絢爛な店構えではあるが、彼も生まれが生まれだけに、この雰囲気に飲まれることはない。

「ふぅん、堂々としたものやな」

「恐縮です」

 それは貴女も――と返すのは野暮というものか。そのフォーマルなワンピースの艶やかさを見れば、良い生地が使われていることはよく分かる。控えめな襟元を飾るネックレスも、必要以上に自己主張していない。これらは一朝一夕で見繕えるセンスではなく、決して背伸びをしているわけでもない証左でもある。

 彼女は軽く紅茶のカップに口をつけ、ふいに廊下の方へと目を逸らす。

「嫌がらせのつもりでこの店選んでやったんけど」

「むしろ、行きつけかと思いまして」

 実際のところは、この個室が目当てだったのだが。アダルトサイトで声を掛けてきた相手となれば、まともな議論になるはずがない。

「フン、あんな動画配信がそんなに儲かると思っとるか?」

「そちらに転向したのは数年前の話でしょう?」

 成金呼ばわりしている様子はない。ゆえに、彼女も警戒を強めた。

「……どこまで知っとる?」

「いえ、何も。せいぜい、その関西弁が作りであることくらい……ですか」

 それを知っているのは本当に深くまで関わっている相手か――だが、それならこのような形で接触を求めてくるはずがない。ゆえに、()()()()()()()だと判断する。

「……私のことは……そうですね、エリ、とでも呼んでいただければと」

 このような場で『えりりん』などと呼ばれては、個室といえども相応しくない、との配慮である。

 するりと出された標準語に、彼が驚くことはない。元々彼女の発音がわざとらしかったということもあるが、()()()()()()()()()()()()()で、地方出身であっても方言のまま会食に及ぶ者はいなかった。

 が、エリはそのように断った上で。

「けど、ここはこっちでイカせてもらうで。いちおー、()()()の話なんやろ?」

「了解しました、エリさん」

 エリは行儀悪く肘を突いて見せているが、必要以上にだらしなく肩幅を広げることはない。この関西弁も、大きく見せた態度も、すべてはキャラ付けなのだろう。

「しかし……良いお店ですね。打ち合わせの際は、いつもここで?」

「うんにゃ。地元で馴染みんとこの支店ってだけや」

 ケーキスタンドのマカロンをひとつ指で摘み上げると、リスのように小さくサクリとかじる。だが、口元に左手を添えることも忘れない。そんな様子を見ながら、彼は――ここの本店は大阪だったはずなので、関西出身であることは本当なのかもしれない、と推測した。わざわざ親元を離れ、遠い関東の地でアダルト動画配信に勤しんでいる理由――それはここで触れることでもないだろう。

「そもそも、あんなサイト経由のお誘いに、ウチがホイホイ乗るわけないやろが」

「恐縮です」

 ならば、彼の話に応じてくれたのは何故か――当然知りたがっているだろうし、彼女にそれを伏せる必要もない。

「……『襲撃! マイトガイ』」

 それは、昔の特撮アニメのオープニングテーマ。

()()()()を知っとるんは……まー、見どころあるかな、て思ただけや」

 彼女がまだ『まじかる☆えりりん』として活動していた頃、主にカバー――というか、カラオケ動画を配信していた。それも、振り付けまでしっかりとこなし、魔法少女風の衣装に身を包んで。

 その楽曲は、当時話題の歌い手――まじかる☆えりりんではないが――が担当したということで特定の方面にて騒がれていた。その歌い手を慧が気に入っていたため、カバーまで含めて手当たり次第にダウンロードしていたのである。現在は削除されて、視聴することのできないその動画を。

「それは、私の知り合いが――」

 と言い掛けて、彼は言葉を選び直す。

「――私がプロデュースしておりますアイドルグループのメンバーが、こちらの動画を保存しておりまして」

 これで、彼は自分の目的をはっきりと伝えることができた。が、エリの反応は芳しくない。

「……ガラやないわ、きゃらきゃらしたアイドルやなんて」

 彼女の()()で唄ったところで、世間からは予想以上に色物扱いしかされないことは思い知らされている。()()()()によって注目を浴びるようになったにも関わらず、()()()にはいつも及ばなかった。そんな世界で通用するとは思えない。

「てか、なんでウチやねん。万年二番手やったウチに……」

 あの後、彼も彼なりに調べ直した。あんにゃとえりりんはお互いにライバル視し合い――結果的には、おおむねあんにゃが一位を占め、突っかかってくるえりりんをあしらっていたようだが――それでも、彼が声をかけたのは()()()()()()だった。

 ここでの化かし合いは信頼を損ねる。真っ直ぐに、本音を伝えるべきか。

「我々のコンセプトは、唄えて、脱げる……アイドルグループなのです」

「脱ぐって……アホかいな」

 呆れてため息を吐くエリだが、彼には悪印象を与えたように思えなかった。実際、彼女は――せやけど、うちのメンバーがー、ってゆっとったなら、そんなアホな女がすでに何人かはおるんやろ――と、少しワクワクしていた。しかし、それはエリが思い描いていたとおりであればこそ。実際のアダルト動画なんて雑なものだ。

「せやったら、もっと色っぽいナオンちゃんがええんちゃうん? その手のサイト漁ればいくらでもおるやろ」

 実際、エリ自身も自分の方向性を定めるために、その手のサイトを調べてみたものだ。アダルトサイトにおけるアイドルとはどのようなものなのかと。しかし実際のところは、ただの素人集団――エリ自身も決してプロではないが、そこで唄っているのはただの喉自慢の真似事ばかり。しかし、彼もまたそれを良しとしていなかった。

「いえ、いまの我々に必要なのは、貴女なのです」

「何でやねん」

 アダルト動画の延長線であれば、わざわざ歌唱力を求めることはない。かといって、本気で音楽集団を目指すのであれば、性的要素は障害になる。

 だからこそ、エリはそこが知りたい。この二律背反に、この男は自身の中でどのように向き合っているのか。

「はっきり聞かせてや。あんさん、ウチに唄わせたいんか? それとも、脱がしたいんか?」

 唄わせたい、と言われても信用できない。けれど、脱がしたいと言われても応じるつもりはない。ゆえに、どちらを選んでもこの話は終わりにするつもりだった。

 しかし、彼は――

「どちらもです」

 そのふたつの地雷をふたつの足で踏み抜いた。

「脱ぐことで、貴女の歌は輝き、そして、唄うことで貴女自身もまた輝くのです」

「へーえ、ほんなら脱がないウチはいらんっつーことか」

 辛辣な責め文句の前でも、彼が動じることはない。

「脱がれただけで、唄わないエリさんも……我々がスカウトすることはありません」

「ふ……ふふ……」

 何とも正直な男である。

「脱ぐだけやダメ、唄うだけでもダメ、とキたか。あんさんって男は……どこまでも贅沢で、どこまでも強欲やな」

「要望が高いことは自覚しております。ですが……そんな人物を、我々は求めているのです」

「そんなおにゃのこ、見つかるわけないやろ」

 この男はエロゲーに夢でも見とるんかいな、とエリは呆れる。だが、彼女もまた、そんなノリが嫌いではなかった。

「いえ、私の目の前に」

 彼は信じていた。自分の期待に、彼女なら応えてくれるだろうと。

「まー……フッ、おもろい男や。うん、悪くない」

 裸踊りさせながら大真面目に歌を唄う――まともな舞台になんてなりようがない。

 しかし、彼女は思う。だが、それがいい――と。

 

       ***

 

 五人目のメンバー――まじかる☆えりりん――こんきつね――エリ――と様々に名乗っていたが、その本名は 丘薙(おかなぎ) 糸織(しおり)――関西で丘薙家といえば、知る人ならば知っている輸入家具の大手を営む一族である。だが、ブランドとして社長の名前を出しているわけではないので、普通の人は興味がない。だから糸織は――みんなが気づくまでは黙っといてや――箝口令を敷くつもりはないが、大っぴらにもしたくないらしい。

 新たな一員が加わったことで、メンバーたちはそこに集められた。カラオケボックスの一〇階――特設スタジオで、ふたりは唄う。彼女たちの正装――一糸まとわぬその姿で。

『~~~~♪』

『~~~~♪』

 これには慧たちも純粋に聴き入っていた。全裸は見慣れていることもあり、そのことについては気にならない。

 唄うのは『襲撃! マイトガイ』のオープニングテーマ――歩にとって耳馴染みのないタイプの曲調ではあったが、三日間の予習の末、リク主にも追いつくことができた。

 いや、これは追いつくどころではない。一曲終えた糸織は、隣の相方に上目で問う。

「……あんさん、やたら上手いな。どんだけ練習しとったん?」

「え、特には……お風呂で唄ってたくらい?」

 本当に彼女は、浴室で動画を観ながら鼻歌で感覚を身につけただけ。

「風呂場で音楽教師と混浴でもしとったんかいな」

 と、糸織が驚くのも無理はない。彼女自身は実家にいた頃、基礎教養として発声やダンスについて学ばされた身であり、だからこそ、糸織は歌も踊りも人並み以上にこなすことができる。学んだ後、独自に歌い手活動を続けていたことも大きいが。元々トップ争いしていた実力の持ち主だけあって、全裸の歩に匹敵する<スポットライト>を放っており、ふたり並んでも決して遜色はない。その歌唱力だけならば。

「ねぇ、コンビ名『唄う天然色姉妹』ってどーだろ」

 と、桃は提案するが、肝心なことを忘れている。

「いえ、デビューするのはコンビではなく、皆さんもなのですが……」

 あまりに別格だったため、慧も晴恵もうっかり自分たちのことを忘れていた。

 しかし、それ以外にも問題が残っている。

「姉妹っつーなら、歳上なウチが姉の方か?」

「えっ!?」

 不覚にも後退ってしまった歩に驚きを隠すことはできない。なので、彼の方から解説を加える。

「……丘薙さんは、すでに大学を卒業しておりまして……」

 そのまま就職することなく、アダルトサイトの配信を続けていたようだ。

 ともあれ、現実的な問題として、ふたりのプロポーションの間には姉と妹ほどの差が存在する。特殊な性癖の者には刺さるが、実際――健全サイトでは一位二位を争っていたえりりんとあんにゃだったが、アダルトサイトに場を移してからは、大きく水を開けられていた。肩を並べる歌唱力だったとしても、視線が集まるのはどうしたって歩になるだろう。

 だが、そんな事情を男として口に出すことはしない。そして、その必要もなかった。

「しっかし……コイツはあかんで」

 糸織はプロポーションの差で歩には勝てないことは理解している。だが一方で、己の個性も理解していた。

「ウチと並ぶにゃ、歩はんはちとバランス悪いで。もうひとり標準体型のモンがおらんと、ウチの個性が光ってくれん」

 糸織にとって、この薄い胸はマニアに刺さる武器であった。が、歩とふたりで並んでしまうと、不本意な形で歩の大きさが目立ってしまい、結果的に糸織の小ささが相対的なものになってしまう。合法ロリは伊達ではない、絶対的なものだ――それを確たるものにするには、もっと『普通』のメンバーが必要なのである。

 ゆえに、最低でもあとひとりは必要だ。しかも、このふたりに匹敵する実力の持ち主を。

「頼むでぇ、プロデューサーはん」

「あたしたちが安心して唄える女のコをよろしくねー」

 桃たちも、レッスンを始めたばかりだ。いきなり歩や糸織のように前に出るほどの自信はない。しかし、自信は実績によって身につけるもの。だから――

 あとひとり――あとひとりいれば、夢に向けての一歩を踏み出せる。そこから先は、彼女たちが主役となるはずだ。そのための、あと一歩を――

 ここが、彼のプロデューサーとしての正念場なのかもしれない。みんなの期待を裏切らないためにも、必ず――あとひとりを――!

 

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