ストリップ・アイドル・ユニット:TRK26 <<pure!?>> 作:添牙いろは
夢への第一歩は、手が届きそうなところまで近づいてきている。だがそれは、届きそうで、届かない。しかし、届かせなくてはならない。だからこそ、いまが一番大事な時期ではあるのだが。
「親方ー、今度遊んでくれるって言ってたじゃないかー」
「
やはり、あまり安請け合いするものではないな、と彼はいまさらながら猛省する。
「いまは、そのー……立て込んでおりますので」
真っ昼間だというのに、女のコたちが廻し一丁の上半裸――この時間は他の従業員たちもいるというのに。だが、彼女たちは彼が見込んだ
だが逆に、だからこそ思う。こんな彼女たちを、一日も早くステージの上に立たせたい。あとひとりさえ見つかれば、アイドルユニットとして成立する。
だが、これは――いま、彼が手掛けている方針は、
しかし、それは徹底しているのか――それとも、アーカイブとして残す価値すらないのか――ともかく、にゃむにゃの動画は一向に見つからない。彼の背後からはふたつとふたつの胸枕が頭を挟み込んでくる。桃は言わずもがな、慧の発育も、まだ年若いものとは思えない。作業の進捗が芳しくないこともあり、彼はどうしても集中力を散らされてしまう。
そこに、ノックが打ち鳴らされた。この部屋がスタッフルームの奥にあるからか、ここもその一部と思われている節がある。そのため、律儀にノックしてくれる従業員は数えるほどしかいない。いや、
「よーっす、邪魔するでー」
入ってきたのは、長く波打つロングヘアに縦巻きロールの小柄な幼女風二十二歳――
わざわざ店舗まで訪れた糸織ではあるが――彼のアイドルユニットに加わった者とて、このカラオケボックスで働かなければならない規則はない。糸織は、経営者の家系である。家出のような形で関東にやって来たが、その財に困ったことはなく、だからこそ、就職活動にもピンと来るものがなかった。一先ず、ライバルの就職に対抗して自分も――と挑んでみたが、見事全滅。そもそも、丘薙糸織は雇われる側ではなく、生まれ持っての雇う側である。そんな新入社員など、どこの企業も欲しくはない。
住み込みの件についても――遠慮しとくわ、と一蹴。そもそも、ウチはあんさんとこの社員ですらないやろ、と。言われてみれば、その通りである。が、アイドルユニットの一員としてレッスンには来る。主に
さて。
すでにデビュー曲は出来ており、それは六人で唄う前提となっている。が、その按分は平等ではない。歌の大半を占めるのは、歩と、糸織と、もうひとりの誰か。そのパートは、いまは他のメンバーが代わる代わる対応しているが、やはり、声の出し方ひとつとっても主力のふたりには及ばない。当然、いずれ追いついてもらわねばならないとはいえ、それにはやはり時間がかかる。人探しと並行して日々のレッスンは欠かせないが――そのような事情は、糸織も理解している。せっかく舞台に立つのなら、やはり早く立たせて欲しい。
だからこそ――歩と合わせに来たにしては到着が一時間早い理由を、彼も彼なりに理解している。
「プロジェクトの方針で、何かお話があるのですね?」
「あ、そういう話なら、あたしたちも残ってていいよねー」
「ええけど……なんならウチも廻しンなったほーがええのんか?」
ニヤリと口元で笑んでいるので、これはあくまで彼女の冗談。だが、シャツの裾を捲るどころか中のブラまでずらし上げてしまうところが、このユニットならではノリである。そもそも、同室女子はトップレスだ。ブラ程度ではインパクトはなく、生乳を出しても驚かれることはない。ふわりと落ち着いた彼女の胸は、その先端に至るまでちょこんと落ち着いている。その露出行為に性的な
一時間後には歩が仕事から上がり、一〇階の特設ステージでいつもの合わせが始まってしまう。ゆえに、すぐさま本題へ。
「まー……プロデューサーはんの考えはわかる。
これに、彼が頷くことはできない。たとえ、相手がすでに承知していたとしても。
「けどな、ヤツと組むなんぞゲボ吐きそうや」
糸織とあんにゃ――にゃむにゃの確執は数年にも及ぶ。そう簡単に許容できるものではない。
これについて、桃は理解していたが、慧はいまいちよくわかっていない。
「一緒に動画出てたのに?」
「あれは、ヤツを利用してやっただけやで。客寄せパンダとしてな」
勝ち逃げだけは絶対に許さん――それが、糸織が追ってアダルト配信を始めた理由。しかし、そこでの勝負の基準は歌唱力ではない。
「あ、にゃむにゃさんの方がお客呼べるって認めちゃうんだ」
ライバルと敵視しながらの客寄せパンダ発言に、桃はちょっと面白くなってすぐさま茶化す。だが、糸織にとって、戦っている限りは負けではない。
「ウチはマニア向けやねん! 何なら桃はんをうちの動画でひん剥いたろか」
「うん! いいよね、Pクン」
「やめてください」
ノータイムで止められてしまった。あれから、桃自身もこんきつねチャンネルを拝見している。身体を張って様々なエロスに挑戦する企画の数々は、とても興味深いものだった。が、いまはネットへの露出は避けて欲しいというのがプロデューサーからの意向である。なお、こんきつね本人は、デビューしてアイドル活動を始めるまでは定期更新を続けて良い約束になっており、それも、彼を焦らせる要因となっていた。
「丘薙さんには申し訳ないのですけれど……」
プライベートで和解せよとは言わないが、せめてステージの上だけでは共演してもらいたい。それが彼の望みだったが、糸織にとって宿敵との同時デビューなどもっての外。
それゆえに。
「とはいえ、ウチとてただプロデューサーはんの邪魔をするだけのつもりはないで。代替案くらいは持ってきとるわ」
「代替案……?」
つまり――にゃむにゃに代わるメンバーに目星をつけてきたのである。
「ときにプロデューサーはん、メイド喫茶に行ったことは?」
「ありますけれど……そこに有望なスタッフがおられるのでしょうか」
父の付き添いで視察したことはある。だが、メイド喫茶とはいえ、衣装が特殊なだけで喫茶店の一形態――彼にはその程度の認識しかない。
「ふーん、その様子やと知らんみたいやな。メイド喫茶の中には、メイドはんによるミニライブみたいのを開くところもあるねんで」
「それは存じませんでした」
確かに、店舗の中にはそのような設備が
「んで、その中にえらく達者なモンがおってな。しとれちゃんっちゅーメイドネームやったけど、『メイド☆スター』とか呼ばれとったらしいで」
メイドネーム――メイド喫茶ともなると、従業員に熱を入れすぎる客も多く、源氏名のようなものを使う店も多いという。『しとれ』という名も、おそらくそれだ。しかし、メイドはあくまで喫茶店の従業員だろう、と彼は思う。が、そんな者をわざわざ糸織が紹介するはずもない。
訝しむ彼の後ろで、慧は異なるところが気になっていた。
「でも、何で過去形?」
呼ばれ
「やらかしたみたいやで。いわゆる、プライベート動画流出事件ってやつをな」
糸織はプロデューサーのデスクのノート端末に自分のスマートフォンをかざす。メッセージを受け取り表示されたURLが、その流出動画のアドレスなのだろう。
「へー……流出、ねー……」
と、桃は淡白な相槌を打つ。だが、その心境は複雑だ。それは本当にプライベート動画だったのかと。
「安心せぇ。少なくとも、有料サイトでバラ撒かれとる様子はないわ」
加えて――メイド喫茶愛好家の間では有名であったとしても、あくまで狭い界隈である。名前を出したところで
そして、その肝心の中身は――
「なるほど、これは……」
閉店後で他に人がいないからか、それはまるで営業時間中かのように堂々としている。音楽も照明もまさに本番さながらだ。さすが『メイド☆スター』との異名を持つだけはある。発声も振り付けも、もはや趣味の域ではない。
そして、メイド服も当然実務で着衣しているものなのだろう。最初は全身を映すように引き気味だったが、胸元に寄ったことで、名札の文字も確認できた。平仮名で『しとれ』――おそらく、本人で間違いない。
そして、何故カメラが寄ったのか――メイド喫茶のメイド服は、メイド本来の目的から少し逸れている。可愛らしく、そして、色っぽく。襟元も広く、少し伸ばして下ろしていけば――ポロリとたわわな果実が溢れ出した。その指付きに不安そうな震えはなく、鮮やかな胸の先はツンと期待に膨らませている。このプレイ自体は、彼女公認ということか。
この露出シーンに、彼が反応することはない。何しろ、いまもすぐ傍には
だが、再びステージを撮るために画面が引いたところで、彼はその絵に食いついた。
「……これは……ッ!」
「フ、当たりやろ」
それはとても恥ずかしそうに、照れながら。けれど、しっかりと唄い、踊り続けている。動画の全長は一〇分以上あるが、すべてを観る必要はない。
「おいおい、本番はここからやねんで?」
連絡先を探して画面をスクロールさせてしまったため、彼女の裸は画面の外へと放り出されてしまった。
しかし――残念ながら、ここは無料の投稿サイトである。拾い動画を無断で上げているケースも多く、肝心の被写体の情報がない。
「どうにかアポイントメントを取りたいのですが……」
映っている部屋の内装から、店舗を割り出すことはできるだろう。だが、とっくに辞めているようだし、店側もこの件には触れてほしいはずがない。
「この後、しおりんみたく裏稼業始めたとかないの?」
「ウチに表も裏もないっちゅーねん」
だからこそ、そんな糸織に<スポットライト>を感じたということはある。ともあれ、もし桃の言うように本格的な活動を始めたとすれば、彼がいつも世話になっているデータベースに引っかかるはずだ。ここからはさらに地味な作業となるが――糸織の手回しは、このあたりについても抜かりはない。
「メイドはんのその後については……まー……極秘ルートでな」
糸織は人差し指を立て、彼にだけわかるサインを送る。お嬢様だからといって、成人向け動画のデータベースにアクセスできる権限があるわけではない。ゆえにその手法は、あくまで表界隈における裏のやり方――調査を営みとしている業者はいくらでもある。
「当時はアキバに住んどったよーやけど……この事件を機に引き払って、いまでは中野のあたりに越したみたいやな」
「すごぉい、よくわかったねぇ」
と桃は感心して見せるが――一方で、この調査能力は一般離れしているのでは、と相槌に違和感を含ませている。しかし隣で、慧は特に何も気づいていない。
「けど、何で人が多い都内に?」
人目を避けるのなら地方に移転しそうなものだが。
「木を隠すなら森ってやつやろ」
人が少ないとむしろ目立つ。何しろ、彼が探しているのはアイドルになりうる逸材だ。そんな女子が都会からやって来れば、あっという間に噂になることだろう。
それに、都内がゆえに紛れる場所が多いというのは、調査する側としても同じこと。その者たちは料金に見合う仕事をきっちりこなしていた。対象の日常を追跡していれば自ずと見えてくるものもある。
「さらに追加情報として……どうやら趣味は、洋裁と徹カラみたいやで」
「それはつまり……!」
まだ歌に対する情熱を失っていないということ――!
「現在は新宿の手芸店で絶賛バイト中や。行動圏がわかれば偶然を装うこともできるやろ」
「すごいねぇ、そんなこともわかっちゃうんだー」
桃は、その愛嬌から異性にモテる。それこそ、ストーカーまがいの好かれ方まで。ゆえに、目がまったく笑っていない。それに気づいて――『このコ、意外と鋭いわ』と糸織は、先程彼に向けたのと同じように、指をピっと立ててウインクを送る。桃もそれであとで話してくれるのだろう、と受け取り、この場ではこのことについて不問とすることにした。
慧はこのやり取りに気づくことなく、中野との通勤経路を調べ始めている。
「えーと……中野からだと……」
「あ、中央線で一本やし、普段使う出口も目星つけとる。あとは――」
仕事のシフトを参照すれば、何時頃にどのあたりを通りがかるかはおおよそ見当がつく。あとは、その道筋にて待ち構えていれば良い。
***
しとれは、酷く後悔していた。どうして、あんな
とはいえ――何故興味を持ったのか、それはしとれ自身よくわかっていない。どうしてわざわざ、職場に忍び込み、制服に着替えてあのようなことを――そもそも、何故メイドなのか。喫茶に勤め始めたキッカケは友人の勧めであり、話に乗ったのはひとえに、制服が可愛かったから。勤務中につき合い始めただけに、彼もメイド好きである。だから、可愛い格好で彼氏を喜ばせてあげたかっただけ――己の凶行について、しとれは一先ずそのように結論づけていた
ただ、メイド勤めも気づけば一〇年近くになっており――それだけに、メイドの間では顔が広い。だから――『まいど・めいど 路上ライブ』――先日、新宿の駅前で配られていたメイドのチラシを、しとれはぎょっとして受け取っていた。もし、このあたりにメイド喫茶などできてしまったら、バイト先を変える必要もあるかもしれない。
ただ、幸いにしてそれは店舗ではなくユニット名――売り出し中のアイドルふたり組、とのことだ。写真を見ると、ひとりは巨乳、ひとりは微乳の組み合わせ。同じメイド服でもここまで違うとまるで別の服を着ているようだ。
メイドアイドルについて、思うところは色々ある。元同業者がデビューしたのかもしれないし、まったく無関係な事務所の企画かもしれない。いずれにしても、イベントが
新宿駅の東口には、イベント会場を設営できる広場がある。午後七時少し過ぎ、そこに人集りが――できていない。何しろ、売り出し中のアイドルなのだから。けれど――歌唱力については申し分ない。少なくとも、微乳のコの方は。
『~~~~♪』
『~~~~♪』
それでも、聴衆――特に、男性たちは巨乳の方に釘付けになっている。その胸周りは何か入れてるのでは、と疑うほどだが、しとれにとって注目すべきは、やはり微乳のコの方だった。もし、共にメイド喫茶で働いていれば、『メイド☆スター』と呼ばれていたのは彼女の方だったかもしれない。
一曲終えると、深々としたお辞儀にパチパチとまばらな拍手が飛ぶ。その様子に――しとれはメイド喫茶でのミニライブを思い出していた。その空気に乗ってくれる常連さん、偶然巻き込まれて戸惑っている一見さん――ただ、みんな楽しんでくれたことには違いない。だからこそ、様々な店に呼ばれて――それこそ、週末はぎっしりと予定が詰まっていた。
それが、まさかの急転落――最後のライブのときの、客席の冷めた反応がしとれには忘れられない。常連であり、熱心な客であるほど、流出した動画についてはよく知っていた。これまで、彼氏はいない、と公言していたのに、男とあんなことをしていたなんて――もう、あの界隈には戻れない。もう――!
しとれは、それ以上見ていられなかった。自分が二度と立つことのできない舞台で笑顔をきらめかせる女のコたちの姿など――
***
一応、唄い終わったところで『新規メンバーを募集している』という告知もしていて、会場でしとれも聞いていたはずだ。壇上から、糸織も桃も、そして、観客に混じっていた彼も確認している。
しかし、その感触は一様に芳しくない。
「なんつーか……商談が成立しそな雰囲気やなかったなぁ」
「お友達になれそー、って雰囲気でも」
駅前ライブの三日後、『まいど・めいど』のふたりと共に、歩と晴恵も合わせついでに閉店後まで残ってくれている。いつものスタッフルーム奥――こと、彼の私室にて。今日のパイプ椅子は糸織と桃。歩と晴恵はベッドに座っている。なお、空気が空気だけに総員着衣済み。晴恵のマスクはいつものことである。
歩たちもライブの話は聞いていて、きっと新しいメンバーが紹介されるものと期待していた。しかし、思いの外の暗い雰囲気に歩は少し戸惑っている。そして、晴恵も両目を閉じて腕を組み、何か悩んでいる仕草を見せているが、実際のところ何を考えているのかはよくわからない。
先ずは桃から進捗の確認。
「Pクン、応募はあった?」
「いまのところ、一〇人強から。しかし、しとれさんと思われるものは――」
『まいど・めいど』の新規メンバー募集――こちらの応募者は母体である彼のプロジェクトに吸収されるため、そこで適正のない者は脱落となるのだが――少なくとも、目当ての女性は応募してくれていないようだ。
「んで、Pはん、次の手はどーする?」
諦めてにゃむにゃに声をかける、という選択肢は、少なくとも糸織にはない。そもそも、にゃむにゃがプライベートで使っていると思われる裏垢は、半年前に『今日も帰れない……』との呟きを最後に途絶えている。これはもう、当人の生存状況すら怪しい。
しとれに対して最も直接的で有力だと思われていたメイドアイドル勧誘という手段が、逆に最も難しいという予想外の事態に、メンバーたちも落ち込んでいる。
落ち込んでいるように、見えたのだが。
「はいっ! それでは、不肖・園内晴恵が二番手として――」
「それは……どうでしょう……」
彼も、現場でしとれの表情を直に見ているゆえに、ここで晴恵に任せることはできない。
「いま、しとれさんに必要なのは、特訓ではなく癒やしだと思われます」
「なんとッ! 人生、日々特訓、ですよッ!?」
やはり、そちらの方向での発案だったらしい。
「晴恵はん、そいつはしとれはんの加入が決まった後にしたってや」
メイドもアイドルも、しとれにとって懐かしき過去であり、そこには触れてほしくない――様々な栄枯盛衰を目の当たりにしてきた糸織だからこそ、そのような雰囲気を感じていた。
そして、桃もまた別の方向で。
「はるるん……残念だけど、あたしたちじゃ力不足……かな」
「特訓が足りませんでしたか。無念です」
相手は『メイド☆スター』である。アイドルユニットに加入するのであれば、他のメンバーにもそれ相応の実力を期待しているはずだ。そして桃は、自分のパートはしとれからの反応があまり良くなかったことを、舞台の上からでも気づいている。乳揺れに目を奪われていた男たちとは正反対の感触だった。
となると、ここで出られるのはひとりしかいない。だが――
「え、あ……あははー……」
糸織からの視線に、歩はポリポリと頬を掻く。唄う歩は、このカラオケボックスから外に出られない。裸のまま、外で唄うわけにはいかないのだから。
「おおッ、歩さんも、ついに特訓の成果がッ!?」
練習の甲斐あって、みんな上達してきている。晴恵から期待の眼差しを向けられている歩だったが――その成長が見られるのは脱衣後限定。着衣時に関してはまったく変わっていなかった。
しかし、糸織も――『まじかる☆えりりん』『こんきつね』と様々な名前でネットに顔も歌声も出してきている。『まいど・めいど』ではさらにキャラを変え、桃と同じJKとして振る舞っていたとはいえ、これ以上別人を演じるのはさすがに厳しい。少なくとも、次のアプローチで前と同一人物だとバレたら最悪だ。
なので。
それもあり。
何より、彼女は
「……
「オーナー……いいの?」
糸織も一頻り考えを巡らせたが、少なくとも即効で打てる手は、歩を軸とするしかないだろう。
「Pはん、本気なんやな?」
「はい」
少なくとも、しとれにスパ巡りの趣味はないし、温泉旅行を仕込むにはかなり周到な準備が必要となる。そんな悠長なことはやっていられない。やはり、歩はここで脱がすしかないだろう。
「さすがに、店として動くとなるとウチもそこまでフォローはできん。相当の身銭を切ることになるかもしれんが……覚悟しぃや」
「……はい」
その施策は、長く続けていれば店が傾くかもしれない。一応、腹だけは括っておくが――打てる手はすべて打つしかないだろう。
***
メイド服とは、ファッションである。本来、主人よりも目立たぬよう、地味にデザインされていたはずが、いまでは自分が主役といわんばかりの大胆な衣装も珍しくない。実際、彼女自身もオリジナルのメイド衣装を作ってミニライブで披露したこともあった。
複数のメイド喫茶を掛け持ちしていたしとれにとって、メイド喫茶のメイドとしては、可愛ければ何でも良い。ゴシックなものから派手なもの、セクシー系まで様々なコンセプトのメイド服を手掛け、身にまとってきた。それでも、ひとつだけ変わらないものがある。それは、メイド服が他の衣装と一線を画するパーツであり――だからこそきっと、
手にしたチラシを読み返しながら、しとれはそこに書かれた店舗へと向かっている。『平日限定のワンコインオールナイト』――ドリンク飲み放題までついて五百円。しかも、時間帯も前に延びており、バイトから上がってすぐにも入れる。平日だけとはいえ、接客業であるしとれには何ら問題はない。まさに、
一応『このチラシをお持ちの方に限り、お一人様一回限り』とは書いてある。けれど、
店に着くと、意外と空いていた。しとれが思っていたよりも、そのチラシは大々的に配られてはいなかったらしい。混んでいたらやめておこうとも思っていたが、すんなりと部屋へと案内される。
そして――
『~~~~♪』
せっかく唄うのならば、メイド服に着替えたいという想いもあるが――このような店舗とはいえ密室でもなければ廊下から覗かれないわけでもない。なので、しとれはそれだけを冠として戴く。それは、メイド服が他の衣装と一線を画するパーツであり――それゆえに、それがメイドの『魂』であると信じている――ヘッドドレスを。それをかぶり、彼女は唄う。シャツにパンツでも心は『メイド☆スター』――もうあの日々に戻ることはできないけれど、このひとときだけ、しとれは過去の自分であり続けた。
最初は制服が可愛いから、と始めたバイト――ステージがあることは知っていたが、まさか自分が唄うことになるとは思っていなかった。初舞台のとき、背中を押してくれたのは紛れもなくメイド服――これもまた、メイドとしての“ご奉仕”のひとつであるとして。それから、メイド喫茶での勤務が楽しくなった、としとれは記憶している。ファッションとしてのご奉仕プレイ――労働としてのご奉仕と切り分けられたことにより、どうやら、しとれの『魂』と噛み合ったらしい。だが――その果てにメイドとしての自分を失ったのは、残酷なことだが。
時折休憩を挟み、フリードリンクで喉を潤し――もうじき終了時刻となる。これ以上は閉店時刻となるため、延長の余地など存在しない。だから、ただの時報のようなものだろう――掛かってきた内線に、しとれは疑うことなく受話器を取る。
このとき、店長は勝負に出た。
『……『メイド☆スター』……しとれさん、ですね?』
「え……」
突然のことに、しとれの頭は混乱をきたす。当然、入店時にその名を記帳したはずはない。そして、自分の顔や歌も――特定の客層には有名だったが、それを除けば――つまりこの店は、メイド喫茶の系列だった――? ひょっとすると、このヘッドドレスによって結び付けられたのかもしれない。監視カメラがある以上いまさらだが、しとれは慌てて頭上のものを仕舞い込む。
忌まわしき過去に触れてくる者がまっとうであるはずがない。しかし、明瞭な回答を返すには、思考は千々に乱れている。
「わ、わ……私は……」
『ご相談したいことがありますので、そのままお部屋でお待ちいただけますでしょうか』
言うだけ言うと、通話は一方的に打ち切られた。警察に連絡した方が――しかし、部屋のカメラで自分の動向は監視されている。下手な動きを見せれば、さらに酷いことになりかねない。
迷いに迷っている間に、次々とフロアの音数は減っていく。来客たちが退店していっているのだろう。
しかし――
『~~~~♪』
こんなギリギリで唄い始めるなんて、絶対に最後まで収まるはずがない。だが、まだ他の客が残ってくれていることは心強い。しとれは、その歌声に耳を澄ます。
そして、唄い続ける理由もなんとなくわかった。その発声は明らかに拙い。きっと練習し始めたばかりで、一分一秒を惜しんで唄いたいのだろう。自分にもそのような頃があったからよくわかる。
だが、その状況は唐突に変わった。
「……?」
楽曲二番の歌声は、先程までとは明らかに異なる。同一人物であることには違いない。しかし――声の通りが良くなった。慣れてきた――と呼ぶには急変である。
そして、その違和感は大サビに入ったときに確信した。
「えっ……!?」
チューニングしたってここまで綺麗にいくはずがない。高音から低音に至るまで掠れたり裏返ったりすることのないその歌声は紛れもなくプロのもの。まるで、一〇年を超える成長の記録を一曲の中で聴かされているようだ。最初は、過去の自分を思い出しながら微笑ましい気持ちでいた。しかしこれは――むしろ、自分が目指す先にある。一気に追い抜かされてしまった。だからこそ――しとれはその歌声を無心で聴き入る。
それを遮ったのはノックの音だった。そして、扉は開かれる。そこから覗き込んでくるのは――スーツを着たひとりの男性だった。
「突然すいません。私は、ここの店長をやっている者でして」
まだこのフロアでは他のお客さんが唄っている――ふたりきりではない安心感から、しとれは差し出された名刺を放心したまま受け取った。しかし、その肩書きによってさらに心を揺らされる。
「芸能事務所……アイドルユニットのプロデューサー……ッ!?」
もはや過去の人間となった自分に、アイドルの誘い……? しかし、すでに悪名は立っており、デビューしてから掘り返されるのは目に見えている。グループともなれば、他のメンバーにも迷惑がかかるだろう。しかし……自分が『メイド☆スター』であると承知のうえならば――
部屋の外へと促されたので、しとれは黙ってそれに従う。歌声は、向かう先から聞こえてくるようだ。
「ご相談したいのは、いま唄っている女のコのことでして……」
「……はい」
実のところ、レベルの違う三つ子が交代で唄っていた、と言われても驚きはしない。だが少なくとも、いま現在漏れ聴こえてくる歌声は本物である。だからこそ単純に、流出した動画のようなことをさせるための、アイドルに
他に音を鳴らしている部屋はなく、しとれはその歌の主のところまで案内された。
「彼女と組んで、ステージに上っていただける方を探しているのです」
これだけ唄えるのなら、引く手も数多だろう。なのに、どうしてわざわざ自分に……? 彼女はどんな問題を抱えている……?
潜んでいるのは鬼か蛇か――その答えは、開かれた扉の向こう側に。
だが、中で唄ってた女のコには、
「な――ッ」
何で全裸……ッ!?
しかし、歌は透き通り、振り付けは指先まで美しい。全裸だけど。
外からの視線を感じて、歩はその歌を止める。
「えーと、驚かせちゃってすいません……」
照れながらも、恥ずかしがる様子はない。だからこそ、しとれは感じる。彼女は――この姿に慣れている――?
そして、それは本人の口からも語られた。
「私……その……このカッコでないと唄えなくて……」
しとれには何を言っているのかわからない。だが、求められていることはわかった。
「私がプロデュースしたいのは、このようなアイドルユニットなのです」
もし、唄を聴かせてくれたのが彼女でなければ、流出事故に付け込んで軽く見ているものと憤ったかもしれない。だが、彼女の歌声を聴いていたからこそ――しとれにそこに、自分が探していたものの答えを見出した気がする。
だから――
「もし、私と一緒に……」
その言葉はマイクを通して大きく、そして、逃れようもなく。
「唄ってくれるのなら……っ!」
――しとれに、その手を拒む意思はない。だが、その前にすべきことがある。シャツを捲り上げ、ベルトを外し、ズボンを下ろしていく。そして、ブラを外し――彼は視線を外している。が、確かに感じるのは男の意識――
きっと――これが答えだったのだろう。確かに、メイド服は可愛らしい。だが、ご主人さまたちが一番喜ぶのは――望んでいたのは――彼氏に求められていたのは――結局のところ、その中身。それをしとれは、メイド服でステージに上がりながら、何となく察していた。そして、それを差し出すことに異論もなかった。それは、あくまでご奉仕プレイとして。大人同士の嗜みとして。
目の前の全裸の女性が、何を思い、何のためにその姿で唄っていたのかはわからない。だが、それは自分の望みと合致する。だから――最後に、部屋で仕舞ったばかりの『メイドの魂』を改めてかぶると、しとれは歩の手を取った。
流れているのはしとれもよく知るデュエット曲。振り付けはよく知らなかったが、歩が綺麗にエスコートしてくれる。触れ合うのは指先だけでなく、腰から、柔らかな胸まで。そんなふたりに、男の視線が注がれる。そこには不思議と、厭らしいものは感じられない。それでも悦びは伝わってくる。だからこそ、しとれは唄いながら確信していた。
『~~~~♪』
この姿こそが、メイドとしての完成形なのだろう。もちろん、メイド服は好きだし、可愛いとも思う。だが、
音楽が鳴り止み、高揚しているのは男の視線に煎られたからか。それとも――二度と浴びることのないと思っていた拍手を送ってくれる人がいるからか。
しかし。
信用しているのはあくまで歩の歌声。扉の前で手を叩いているその男は――自分のためにご奉仕の場を用意してくれる役柄であり――つまりは外でなく、内部の人間だ。
ゆえに、頭を下げるのも、あくまで組織としての立場で。
「何卒私も、彼女とともにプロデュースしてくださいませ……
「そこはご主人様じゃないの!?」
と歩が驚くのも無理はない。その男に同じような勘違いをしている様子はないが――しとれは改めて彼に告げる。
「店長は私がご奉仕する対象ではありません。店長は、あくまでご主人さまたちにご奉仕を提供する私たちを統べる者」
「はい、その通りです」
自分のために唄ってもらうことも、脱いでもらうことも、彼は望まない。輝けるステージに立ち、多くの人たちに彼女の
***
新歌舞伎町――昔ながらの性産業が事実上黙認されている営業特区――彼が目指すライブを行うのであれば、その街でなければ難しい。ゆえに、そこから一歩外れた彼の店にできるのはここまでだ。明日、彼と女のコたちは、その一線を踏み越える。
歩、糸織、そして、しとれ――本名、
彼女を引き込むために破格のサービスを展開させていたが、比較的早い段階で来店してもらえたおかげで、店の経営へのダメージは最小限で済んだ。糸織さえもスタッフとして仮雇用し、何とか凌ぎきれたのである。
『~~~~♪』
『~~~~♪』
『~~~~♪』
センターに立ち、嬉しそうに唄う全裸の同窓生を見上げながら、彼は学生の頃を思い出していた。空虚で何事にも興味を持てず――実際、顔を覚えているクラスメイトなどひとりもいない――蒼泉歩――ただひとりを除いて。だが逆に――何故彼女だけ覚えていたのか――これといって言葉を交わした覚えもない。なのに、何故か記憶の片隅に残っていた。その彼女に<スポットライト>を見出し、いま、六色の輝きを目の当たりにしている。この美しさを知る者は、これまでは彼ひとりだった。しかし、明日はついに彼女たちは初ステージに上がる。ゆえに、全員で合わせるのはこれが最後だ。水色の可愛らしいお揃いの衣装。しかし、それを着ていたのは最初だけであり――歌に合わせて徐々に肌を露出させてゆき――最終的には、最初とは異なる形でお揃いとなる。
ゆえに、歩が本領を発揮するのは最後だけ。一応、それも想定通りではあるのだが。
「……歩はん、最初からマッパの方がええんちゃう?」
「でも、ストリッパーが最初から全裸ってのも……」
何より、ひとりだけ違う格好では浮いてしまう。だから、その場合は全員で。そうなると、せっかくの衣装がもったいない。
だとしても。
「デビュー曲くらいは最善の形で披露した方がいいでしょう」
そもそも、お揃いとは言いながらも、ところどころで個性はある。しとれのヘッドドレス然り、晴恵のウサギマスク然り。
「特訓はまた後日も継続、ということで。人生、日々特訓、ですよ!」
それは歩にだけでなく、自身に対しても向けられているのかもしれない。未だにマスクを取ると、普段着ですら膝が砕けてしまうのだから。
各々、譲れないものを持ちながらも、こうして同じステージに立てている。そしてきっと、これからも様々な形で立ち続けることになるはずだ。
「いや~、本家モンのメイドはんが来てもーたら、『まいど・めいど』も解散やなぁ」
しとれは『まじかる☆えりりん』も『こんきつね』も知らなかったが、このユニットで合わせたところ、すぐに『まいど・めいど』の片割れであることは看破した。『メイド☆スター』の名は伊達ではないらしい。
「それなんだけどー『まいど・めいど・わいど』ってどーカナ? 三人目が加入した拡張版ってことで」
「つまり、私が『わいど』……?」
名称の可否はともかく――おそらく、今後もこのような個別ユニットが誕生していくことだろう。そして、それを虎視眈々と狙っている者もいる。
「ボクも、しとれさんと取り組んでみたいなぁ。やっぱり、実際に一番交えてみないと、四股名も決められないし」
相性によってはおすもうコンビを――それが慧の野望である。だが、それもなかなか難しい。
「それは……そのー……またの機会にて」
やはり、おすもうプレイは恥ずかしいらしく、しとれはいまも逃げていた。
そこで歩は、とても大切なことに気づく。
「ところでオーナー、名前といえば……私たち全体のユニット名は?」
「あー……未定、でしたね……」
少なくとも、カラオケボックスの名前を用いた事務所名を彼女たちに押し付けるわけにはいかない。
「名前は大切なものですよ。逃げちゃいけません、コーチッ!」
逃げていたわけではないのだが、先送りにしてきたところはある。明日の出演も――実のところ、彼女たちが主役ではない。
「だったら、んー……」
この際、あまりに突拍子もない名前でなければ、桃に一任してもいいんじゃないか、という空気がメンバー内に漂う。だが、それは意外な提案だった。
「あゆむっち、しおりん、ひのっきーの三人に決めてもらう、ってのは?」
「いきなりの無茶振り!?」
まさか自分に振られるとは思わず、歩は驚きを隠せない。そして、それはしとれも同じこと。
「わ、私はまだ新入りですので……」
「入ったばかりで即横綱なんだから……うん、異論はないよ」
慧と同じく、メインとなる三人に任せることに異を唱える者はいない。そこで、桃は言い出した者の責任として、ひとつヒントを付け加える。
「そうだねぇ……なら、思いついた英単語の頭文字をつなぎ合わせる、ってのはどうカナ?」
アルファベット三文字であれば、よほどでなければ見苦しくはならないだろう。汎用性もあり、今後どのような方向性で進むにしても後付けの理由も用意できる。
とはいえ、お気に入りの単語をひとつだけ出す、というのも案外難しいものだ。議論の停滞を察知して、しとれはメイドとしての口火を切る。
「では、ティータイムのTで」
「メイドのMじゃないんだ」
さすがにそこまで安直ではなく、そして、自己主張するほど図太くもない。
単語ふたつでもええんかい、とすかさず糸織はそれに続く。
「ほんなら、ウチはレッドラインのRや!」
「レッドライン……?」
皆一様に首をかしげるが、桃だけはニヤニヤしていた。赤い線――赤線地域――百年以上前、日本が戦争を行った直後の頃、売春が許可されていた一帯のことである。そして、きっとユニット名の一案として密かに狙っていたのだろうな、とも感じられた。
深く意味に踏み込むこともなく、最後の一文字を決める歩に注目が集まる。
そして歩も、心に決めていた単語があった。
「えーとね……カレイドスコープの……Kで」
「カレイドスコープ?」
慧には聞き慣れない単語であったが、知っている者なら知っている。
「万華鏡のことやで。ふふん、なるほどなぁ」
「うん、みんなで輝きたいなー、って」
オーナーはずっと<スポットライト>といっていた。けれど、それはひとりだけを照らすものであってほしくない。その光を受けてみんながそれぞれ、各々らしく輝くユニットに――そんな思いを込めていたのだが。
「あ、なんだ。てっきりマンのケと掛けてるのかと」
「発想が完全にオッサンやんけッ!」
誰も言い出さなかったら糸織自身でボケるつもりだったが、桃のおかげでツッコミに回ることができたようだ。
「それでは……T、R、K……ッ! これが私たちのユニット名ですねッ!」
改めてつなげて晴恵はその名を口にする。TRK――いろんな想いが積み重なったいい名前だな、と彼も感じた。そして、両腕を左右に伸ばしてT、肘を曲げて側頭に指先を当て、足を軽く外側に開くことでR、その肘も伸ばすことでK――という晴恵の即興人文字は見なかったことにした。
名前も決まったところで気分も一新。
「それじゃ、もう一度合わせてもらえるかな。今度は、そのー……最初から、裸で」
歩自身も――もし許されるのなら、そうしてもらえるのが一番嬉しい。いずれは脱ぎながら唄えるようにならなくてはならないだろう。けれど、最初の一曲だけは。
「ええでええで。着直すのも面倒やしな」
「私にはこの、メイドの魂があればどんな姿でも」
「はいッ! これもまた特訓ですねッ!」
「うん、廻しも裸もあんま変わんないし」
「それじゃー、このまま一曲イッてみよー♪」
明日、彼女たちはステージに立つ。一糸まとわぬ生まれたままの姿で。
「ありがとう、みんな……それじゃ、オーナー、音楽お願い!」
TRK――初めて名前を付けられたそのアイドルグループは、ついにいま、産声を上げた。