「へぇっくしょいっ!」
それは、しんしんと雪が降り積もる朝のことだった。
「おやおや風邪かい? 気をつけるんだよ」
「カズマさんこそ鼻水が垂れてるじゃない。すぐにこのジャージを直してあげるから、暖まってね」
「まあそれ暖炉に入れて燃やそうとしたの、お前だけどな」
カズマにげんこつを受けてズキズキと痛む頭に耐え、アクアはせっせと針仕事に勤しむ。焦げ目が少し気になるが、この程度の損傷を誤魔化すくらいソウゴの手を借りずとも女神にとっては朝飯前だった。そんなアクアの腹の虫が、供物を寄越せと盛大に鳴く。
「おやおや、お腹が空いたのかい?」
「そういえば、朝ごはんがまだだったわね」
「まあ食料も貯金も、全部お前が作った街金への借金のせいで消えていったんだけどな」
「…………」
「まあ家具も薪も、いつの間にか膨れ上がってたお前の借金のせいで昨日全部持っていかれたんだけどな」
「…………」
「まあこの家も、裁判所に差し押さえられてるからこのままだと「ごめんなさいって! 謝ったじゃない! 借りたのは二百万だったけど後付で暴利ふっかけられたんだって説明したじゃない! あんなの詐欺よ!」
「逆ギレすんなこの駄女神! 二百万でも十分な大金だわ!」
「勝てたらまとめて返せるはずだったの!」
「勝ててないから借りてんだろ! せっかく無罪放免で死刑を回避したのに、このままだと凍死寸前だった馬小屋生活に逆戻りなんだぞ!? なんでこんな短いスパンで命の危機に晒されなきゃいけないんだよ!」
「でも仕方ないじゃない! もっと前向きに生きましょう? 報奨金だって有耶無耶になってるんだからどうしょうもないじゃない!」
「よしわかった。前向きに検討して、お前の部屋に隠してある酒を質屋に入れ今日の分の食費を調達する。文句ないな」
「ど、どうして私のベッドの下に高級なお酒が隠してあることを知っているの!? まさか忍び込んだの……? 女神の柔肌を狙って忍び込んだの……!?」
「お前マジか。裁判所の人からマジで隠し通したのか。俺が必死にジャージだけは許してくださいって土下座してるときに、しれっと」
「か、カマをかけたわねカズマ! 卑怯よ!」
「うるせぇ! そもそもなんでお前がギャンブルで作った借金で俺たちがひもじい思いをしなくちゃいけないんだよ! 二日連続で出廷してセナに苦い顔された代表者の身にもなれ!」
「仲間じゃないの!? 苦しいときに助け合うのが仲間でしょ!」
「お前には苦労をかけられた記憶しかないし、今回のは完全な自業自得だろ!?」
「まあまあ、二人とも。その辺にしておけ」
「そんなに暴れると余計にお腹が空きますよ」
醜い言い争いをダクネスが間に入り引き剥がす。それでもなおいがみ合う二人に、仲裁に入っためぐみんも肩を落とした。
「喧嘩しても利息が減るわけじゃない。セナの計らいで家財を担保として差し押さえられたからこれ以上利子が膨らむこともないんだ。地道に返していこう」
「そうです。アンナだって見て……見ているんでしょうか? とにかく、教育によくありませんよ」
「……それもそうだな。もう起きちまったことは仕方ないもんな」
「ふふん。分かればいいのよ」
「お前は反省しろ。もう一発いくぞ」
カズマが男女平等主義の鉄槌を構えると、アクアはひうっ、と情けない声を出して頭を抱える。頭を抱えたいのはこっちだとばかりに大きくため息をついたカズマは、居間を見回して一人足りないことに気がついた。
「そういやソウゴは? まだ寝てるのか? 珍しいな」
「いえ、ソウゴなら警察署に行きましたよ。昨日、差し押さえに来ていたセナに声をかけていたので、話があるのではないかと」
「あらあら。魔王様も隅に置けないわね。デートかしら?」
「いや、アルダープについて調べたいことがあると言っていたからその類だろう。昼頃にギルドで落ち合う約束だ」
「そういえば、昨日朝からあった違和感とか、裁判中に感じた変な力のことも気にしてたものね」
「私も変なことを聞かれました。裁判所にサキュバスは来ていたか、とかなんとか」
「俺も前にそんなこと聞かれたな」
顔を突き合わせた四人が、色とりどりの表情を見せる。台風の目は一つだけではないと確信したカズマが、ゆっくりと息を吐きながら心中を吐露した。
「……なんか、嫌な予感がする」
「絶対面倒事よ」
「そうですか? なんだか冒険の匂いがします!」
「少し気を引き締める必要がありそうだな」
四人は同じ悪徳貴族相手の大捕物を想像し、バラバラの顔で意見を交わす。この世界に来てからトラブル続きなことに涙を堪えたカズマは、嵐がまだ終わっていないという事実に肩を落とした。
(なんか最近、世直しみたいなことばっかしてる気がする)
求めている平穏な異世界ライフから遠のいている気がしてならないカズマは、この飽きのない目まぐるしい日常に慣れつつある自分にほんの少しため息をついた。
⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱
「お話の内容や状況からですと、恐らくマクスウェル様ではないでしょうか?」
「マクスウェル?」
「はい。“辻褄合わせのマクスウェル”、“真実を捻じ曲げる者”などと呼ばれる地獄の公爵のお一人です。認識がおかしくなる力ですと、その方しか思い浮かびませんね」
「へぇー。地獄って貴族制なんだ。じゃあ王様もいるの? 地獄王みたいな?」
「食いついてほしかったのはそこではないのですが……」
朝方だろうといつも通り布面積の少ない過激な服装をしているサキュバスは、困ったように頬を掻いた。
警察署帰りのソウゴはそんな反応を気にせず、地獄の貴族というものを想像しながら目の前のティーカップに口をつける。悪魔と言えど味覚は人と同じようで、茶葉の香りに心が和む。客でもないのに快く裏方に通されたソウゴは、それなり以上の歓待を受けながら情報を集めていた。
漫画に出てくるような、角やら羽やらが生えた悪役四天王みたいなモノが紅茶を楽しむ姿を想起していると、目の前のサキュバスはその空想を払い除けるように咳払いをした。
「マクスウェル様は、荒唐無稽な話でも他人に真実だと思い込ませることができます。あの方と肩を並べるほどの実力者であれば、その認識の改竄に無意識で抵抗できるとは思いますが」
「なるほど。俺とアクアが掛からなかったのはそういうことか」
「貴方様と女神様でしたらそうでしょうね。あとこの街で名前を上げるとしたらリッチー様くらいかと。他にお知りになりたいことはございますか?」
「そうだな……。悪魔と契約って簡単にできるの?」
「契約する悪魔の格にもよりますが、その気になれば誰でも可能です。願いと代価の等価交換ですから、我々とお客様のようなものだと思っていただければ。悪魔はあまり契約したがりませんが……」
「どうして?」
ソウゴの素朴な質問に、サキュバスはとても苦い顔を浮かべる。悪魔と言えば言葉巧みに人間と契約し、大きな代償を求めるイメージが強い。何かまずいこと聞いたかな? とソウゴが考えていると、彼女はとても話し辛そうに言葉を濁した。
「悪魔というのは、契約者が代価を支払うならどんな願いでも叶える種族です。文化として契約が重要視されています。しかし、最近は難癖をつけて代価を踏み倒そうとしたり、用済みになった悪魔をプリーストに売る人間が多くて……」
「あー、その、ごめんね?」
「我らが魔王が頭を下げるようなことでは! それに、格の高い悪魔との契約なら代価を踏み倒すことなど不可能です。強制的に徴収できるほどの力を持っているというのも勿論ですが、高位の悪魔の代価は重いので」
「それって、命とか?」
「願いによっては、要求する者もいます」
サキュバスの言葉を聞いて、ふむとソウゴは顎に手を当てる。
公爵クラスの悪魔にもなればそれ相応の代価が必要だということはわかった。そして、そんな悪魔と契約することが理屈として可能だということも。しかし、それは果たして領主にとって一冒険者の命と釣り合うものなのだろうか、とソウゴは考える。
自身の命を捧げてまで晴らすような恨みがあるとは思えない。事実、カズマが釈放されてもデストロイヤーの報奨金三億エリスは未だにアルダープの手の中だ。それほど現世に執着した人間が覚悟を持って起こした行動だと、ソウゴには到底思えなかった。
(俺の視た未来でもカズマは死刑を言い渡されてる。アクアの感じてた違和感と、この未来への強制力は白ウォズの未来ノートで間違いない。でも、どの未来でも白ウォズの姿はなかった。つまり白ウォズはこの件に積極的じゃない)
過程が変わっても導かれた同じ結末。自分が視たにも関わらず繰り返されようとした未来。この時間軸の不自然さの原因を、ソウゴは知っている。かつて未来を奪い合った相手が手にしていた、書き込んだ未来へと世界を導く強力なアイテム・未来ノート。その持ち主が絡んでいるところまではいい。だが、ソウゴには彼が手を貸す理由に心当たりがなかった。
(白ウォズの求める“救世主の未来”はこの世界じゃ手に入らないはず。なら、ここで考えるべきは白ウォズの考えじゃない。辻褄合わせなんて呼ばれてる悪魔と組ませてまで未来ノートの強制力を高めてる、アルダープの狙いはなんだ……?)
アルダープの噂はある程度聞いたが、その一面から判断するなら小物の一言に尽きる。より確実な未来を手にできるようになっても、何か大それた事をするような玉ではない。今ある権力を振りかざし、領主としての義務も果たさない悪徳貴族という表現が正しいだろう。
だがこの国の王がそれを放任し、他の貴族が尻拭いをしている現状ならソウゴは口を挟むつもりはない。それを正すのはこの国の王の為すべきことであって、統治者でない自分が関わるべきではないと弁えているからだ。
しかし。
(何が狙いだろうと、俺の前に立ち塞がるのなら倒すだけだ)
何にせよ、まずは仲間との情報の共有だ。対策を練ろうにも、未来ノートによる時間軸への干渉をリアルタイムで感知できるのは、今のところアクアだけ。結果さえ観測すれば未来ノートの攻略はできるが、だからといって最悪の未来を何度も視るのは御免被りたいのが本音だ。
十分に情報を集めたソウゴは、没頭していた思考を切り上げた。
「ありがと、サキュバスさん。色々聞けて助かったよ」
「いえ、我らが魔王のお役に立てて光栄です。それでその、報酬の件ですが……」
礼を告げると、彼女はもじもじと上目遣いでお伺いを立てる。何を恥ずかしがっているのか、紅茶を飲み干したソウゴは忘れてはいない交換条件の報酬を口にした。
「えっと、変身するところが見たいんだっけ?」
「はい! 本来であれば報酬を要求すること自体が烏滸がましいことですが、魔王軍幹部やデストロイヤーを葬ったと噂のお姿を一度は拝見させていただきたく!」
「う、うん……。別にいいけど……」
前のめりで食いついてくるサキュバスに気圧されたソウゴは、何がそこまで彼女を駆り立てるのかわからないまま立ち上がった。変身の余波で辺りが吹き飛べばまた元に戻せばいいかと独りごちたソウゴが腰にオーマジオウドライバーを出現させると、サキュバスは慌てて待ったをかける。
「折角ですから他のサキュバスにも見せてあげてください! それほどの威光を放っておいでなら出先の者たちも帰ってくるでしょうし。さあ我らが魔王、こちらへ!」
「……そういえばその、“我らが魔王”ってなに?」
「我々サキュバス一同、感謝の意を込めて貴方様をそう呼ばせて頂いています。その、お気に召しませんでしたか?」
「……ううん。好きに呼んでくれていいよ」
「寛大なお心感謝いたします、我らが魔王!」
少しだけ、前の世界の仲間がちらつく。不意に溢れてきた懐かしい気持ちを抱えて、ソウゴは手を引かれるがままに自分を待つ民の前へと歩みを進めた。
⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱
「つまり、ソウゴの元敵と高位の悪魔がアルダープに与している可能性が高い、ということですか?」
「うん。まあ、そんな感じ」
「ソウゴの敵で人間ってことは、ダークライダーってことよね?」
「なんだよアクア。ダークライダーって」
「前に言ったでしょ。仮面ライダーでも死後に地獄送りになる極悪人がいるって。そういうやつらのことよ」
「ソウゴとやり合える極悪人の時点で勝機はかなり望み薄な気がしますが……」
「たぶん大丈夫だよ。白ウォズとは和解してるから、寧ろ協力してくれるかもしれないし。まあ、なんでアルダープに協力してるかわからないんだけどね」
「じゃあ敵対するかもしれないわけか……。勝てるのか?」
「もちろん。俺は俺以外の誰にも負けないよ」
自信満々に答えるソウゴに、カズマは愚問だったと感じた。
増え続けたサキュバスに散々ねだられ、何度も変身を披露したソウゴがサキュバスの店を出る頃には、太陽もすっかり登りきってしまっていた。約束の昼時を超えた酒場は閑散としており、一つくらい注文もせず席を占領しても文句は言われない。作戦会議の割には大きめの声で、アクアは提案の声を上げた。
「じゃあ、領主の家をめぐみんに爆破してもらって、飛び出してきた悪魔とダークライダーを袋叩きにしたあとアルダープを警察に突き出せば解決ね。よかったわ、楽そうで」
「いやダメだろ。まだ『かもしれない』って話なのに、本物のテロリストみたいな行動するお前の案のどこが楽そうなんだよ」
「そうです! 我が爆裂魔法を蟻の巣をつつくみたいな感じで使わないでほしいのです! 悪魔とダークライダーを消し飛ばす、究極の一撃を披露しますから!」
「おい爆裂狂。ちょっとでいいから人の話を聞け。聞いてください」
「高位の悪魔にソウゴの元敵を葬ったとなれば、我が爆裂魔法にも箔がつくというもの。魔王を倒し、我が最強へと至る未来も近そうですね……」
「そんな未来初めて聞いたんだが。爆裂狂で戦闘狂なのか?」
「知らないの? アクシズ教教義『悪魔殺すべし、魔王しばくべし』を」
「知るか。知りたくもなかったわ。宗教の教義になんて物騒なもの掲げてるんだよ」
「女神の信徒なんだから神敵を討ち滅ぼすくらいの気概がなくてどうするのよ。ね、めぐみん」
「私はアクシズ教徒ではないのですが……」
「ええ!? 違うの!?」
「でもその教義だと、サキュバスさんも俺もひどい目に合いそうだね」
「それもそうね。……よし、今日からは『悪い悪魔殺すべし、悪い魔王しばくべし』に変えるわ」
「よかった。これで安心だね」
「安心だね、じゃねぇよ。そもそもなんだ、そのお前の私情を色濃く反映した変更は」
「当然じゃない。なにせ、私がアクシズ教の崇拝する女神アクアその人なんですもの。私の思想がアクシズ教の思想よ」
「なんつー恐ろしいカルト集団だよ」
「カルトじゃないわよ!」
カズマは量産されるアクアを想像して身震いする。アクシズ教が迷惑な連中だとは風の噂で聞いていたが、仮にアクアの考え方がインプットされた人間ならその評価も頷ける。願わくば関わりたくないと女神エリスに祈っていると、ここで唯一会話に参加していなかった仲間がゆっくりと立ち上がった。
「みんなに、お願いがある」
「どうしたんですかダクネス。改まって」
「何? 遂にエリス教から改宗する気になったの?」
「ふざけないでくれ。真面目な話だ」
「ふざけてないわよ! 私だって真面目よ!」
アクアの言葉を一蹴したダクネスは、静かに頭を下げた。その行動に、思わずカズマたちは面食らってしまう。何事かと各々が言葉に詰まっていると、頭を下げたままダクネスは言葉を紡いだ。
「無理を承知の上で頼む。アルダープの件は、私に任せてもらえないだろうか」
「どうしたんだよダクネス、いきなりそんな。顔を上げてくれよ」
「カズマは死刑にされかけたのだ。納得できないかもしれない。だが頼む」
「……何か、理由があるんだよな?」
「ああ……」
カズマの問いかけに、ダクネスは伏し目がちに頭を上げる。その表情は迷いを多分に含んでおり、唇は躊躇いに歪む。重大な秘密を打ち明ける前のような仕草にカズマたちが息を呑んでいると、空気を読まないソウゴは静かに手を挙げた。
「一つ黙ってたことがあるんだけど、言っていい?」
「このタイミングですか!? 今ダクネスが大事な話をしようとしている今ですか!?」
「うん。なんか、その方がいい気がするから」
先程まで苦悶の表情を浮かべていたダクネスもぽかんとしているが、きっとこれでいい。彼女の話そうとしている内容を
「実は俺、最近時間を戻したんだ」
「え、いつ? 私気づかなかった」
「気づかれないようにしてたからね」
「うわぁ、嫌な予感してきた」
記憶にはないがいつも通りのへらへらとした笑みを見ていると、チートパワーを持つこの男が時間を巻き戻す理由に気づいてしまう。ダクネスたちがベルディアに斬られたときも、ソウゴが呪いを受けたときも、自分のジャージが灰になったときもそう。もうそれしか方法がないときだけなのだ。
耳を塞ぎたいが、怖い物見たさ精神で生唾を飲む。
「最初、アクアがウィズに連れられて泣きながらドリスに来て驚いたよ。一緒に帰ったらカズマと、カズマの判決に抗議して爆裂魔法を撃とうとしためぐみんが処刑台送り、責任を感じたダクネスが冒険者をやめて実家に帰ってたからもっとびっくりしたけど」
「あ、やっぱ聞くんじゃなかった」
「わ、私まで……」
二人は虚ろな目で首が確かに付いていることを確認する。アクアが慈しみの目で二人の背中をあやすように撫でているが、ソウゴは特に気にする様子もなく続きを語った。
「それで、時間を戻してモンスター討伐をさっさと済ませ、街に帰って事のあらましを調べてたんだ。割り込むタイミング完璧だったでしょ?」
「俺たち、本当に紙一重で生きてるよな……」
「この世界は弱者には過酷な世界ですから……」
「大丈夫よ。過去はどうであれ今は生きてるんですもの。安心なさい、二人とも」
「何故だろう。アクアが女神に見えるよ……」
「汝ら、アクシズ教に入信する気になりましたか「「それはないです」」
阿鼻叫喚の絵図を作り上げたソウゴは、ダクネスに微笑みかける。カズマとアクアが喧嘩を始めるがそんな日常の風景に構いはしないソウゴは、ほんの少しの勇気が出せない彼女に向き直った。
「借金を押し付けられた冒険者に、迷惑宗教の女神様、頭のおかしい爆裂娘に、自分の世界から追い出された魔王。ここは君の秘密で態度が変わるようなパーティーじゃないよ」
「……そうだな。その通りだ」
一度死んだなんて話をされても、気がつけばいつもの日常に戻っている。そんな彼らを見て、ダクネスは強張っていた表情筋が緩むのがわかった。
息を整える。大きく吸った空気を、肩に入った力とともに吐き出す。いくらか軽くなった体で、今度は真っ直ぐ前を向いた。
「皆、聞いてほしい話がある」
迷いのない澄んだ声が、暴れていた三人の視線を集める。居住まいを正した三人が各々の席に座ると、覚悟を決めたダクネスはしっかりとした声で打ち明けた。
「私の本名は、ダスティネス・フォード・ララティーナという。そこそこ大きな貴族の生まれだ」
「ダスティネス!? そこそこ大きいどころか、名家中の名家ではありませんか!」
「え、じゃあダクネスの家の子になれば借金問題もチャラになるの?」
「アクアはちょっと静かにしてようね」
「いつもは騎士っぽい真面目くさった態度なのに、ララティーナなんてかわいい名前してたのか。ララティーナ(笑)」
「ら、ララティーナって言うな! その、黙っていて悪かった。お前たちにはいつか話そうと思っていたのだが……」
ダクネスはもじもじと居心地が悪そうに身を捻る。出生を黙っていたことで後ろめたい気持ちを感じているのか、それとも本名を晒したのが恥ずかしかったのかはカズマにはわからない。前者だと思ったのか、めぐみんはすっと手を挙げた。
「いえ、驚きはしましたが構いません。ところで、それとアルダープに何の関係があるんですか?」
「……ちょっと待て。ダスティネスって確か、アルダープの悪事を黙認してるって貴族じゃなかったか?」
「黙認しているわけでは断じてない! ……ただ、決定的な証拠が今まで見つからなかったのだ」
カズマの発言に、ダクネスは悔しそうに拳を握る。自身の特殊性癖を除いても、戦闘において先陣を切り盾として仲間を守ろうとする彼女の姿を思い出す。仲間思いで、それでいて騎士として人々を守ることに誇りを持つ彼女が悪徳貴族を野放しにしていて平気だとは、この場にいる全員が思えなかった。
その証拠に、ダクネスは怒りの滲む表情で歯を食いしばる。
「だが、ソウゴの話で理由がわかった。悪魔の力で証拠を隠滅しているのなら、その悪魔を引き剥がせばアルダープに報いを受けさせることができる」
「それで、具体的なプランは?」
「私がアレクセイ家に探りを入れる。自慢ではないが、やつは私が幼少の頃より偏執的な執着を見せているから懐に潜り込むのは容易いはずだ。必ず悪魔やお前の元敵の情報を掴んでくる」
「そんなの危険ですよ! アクアやソウゴは悪魔の力を感知できますが、ダクネスだけではロリコンハゲオヤジにひどい目にあわされるかもしれません!」
「お前まさか、望んで凄いことをされに……?」
「ば、馬鹿か! そのくらいの分別はついているわ!」
羞恥に頬を染めたダクネスが咳払いをする。いつもの空気に戻ってしまいそうだった自分を引き止めた彼女は、凄いことの妄想を首を振って振り払い凛々しい表情を作り直す。
「これは、これまで悪徳領主を野放しにし領民に苦しい思いをさせた、貴族である私の果たすべき責務なのだ。お前たちを一度死なせた責任もある。頼む。この件、私に任せてくれ」
深々と頭を下げたダクネスに、カズマたちは返答を濁した。正直、勘付かれたアルダープに悪魔の力でやり込められる姿しか想像できないが、どれだけ諭してもダクネスは梃子でも動かないだろう。どうしたものかと迷っていると、ソウゴはいつも通りの様子で口を開いた。
「いいんじゃない? それがダクネスのしなくちゃいけないことならさ」
「ソウゴはダクネスがどうなってもいいんですか!?」
「いいわけじゃないよ。でも、ダクネスにはその覚悟があるんでしょ?」
「……ああ。どんなことをされようと、私は屈しない」
「ララティーナお前、やっぱ性癖優先してるだろ」
「し、してない! あとそっちの名前で呼ぶな!」
「覚悟があるなら俺はいいと思うよ。俺も仲間は心配だけど、上に立つ者の義務も大事だからさ」
みんなはどう思う? そう問いかけられても、やはり三人はあまりいい顔をしない。仲間が一人で分の悪い戦いに挑もうというのだ、それを快く送り出すような人間がいないことを、ダクネスもソウゴも理解している。それでも譲れないダクネスは、再度頭を下げた。
「この通りだ。頼む」
「……やばくなったら帰って来ること。無理そうならすぐに俺たちに助けを求めること。俺から出す条件はそれだけだ」
「ダクネスが決めたことなら、私達が無理に引き止めても仕方ないわよね」
「そんな……! 二人ともいいんですか!?」
「いいわけないだろ。でも、反対し続けたってこの脳筋女はいつか一人で突っ走るだろ」
「それはまあ、そうですが……」
「なら、何してるかこっちで把握しておけば対処はできるさ。あの領主のオッサンもぶん殴りたいが、俺たちは膨らんだアクアの借金も返さなくちゃいけないしな」
「てへっ☆」
「お前の場合、かわいこぶっても怒りしか湧いてこないな」
カズマたちの言い分を聞いても、めぐみんはやはり不満げな表情を崩すことはなかった。全員、彼女が人一倍仲間思いであることを知っているので無理強いをするつもりはない。すると、納得がいかないながらも気持ちを飲み込んだのか、めぐみんはダクネスのアンダーウェアをぎゅっと握る。
「……わかりましたよ。ダクネス、ちゃんと帰ってきてくださいね? 我々はずっと家で待ってますから」
「勿論だ。家名に誓おう。それに、私の帰る場所はここしかないさ」
「なら、私がとびっきりの〈ブレッシング〉をかけてあげるわ。女神の〈ブレッシング〉なんだから効果絶大よ」
「それ本当に効果あるのか?」
「当たり前じゃない! バッチリよ!」
不幸にも借金を増やした女神が、自信満々に親指を立てた。どこからその自信が湧いてくるのか頭を抱えたカズマに、アクアはさらなる頭痛の種を植え付けてくる。
「さあ、今からはダクネスの激励会よ! いっぱい飲みましょう! すみませーん! 注文いいですかー?」
「お前なぁ……。まあ、今更飲み代一回分くらい借金が増えてもいっしょか」
「安心してよ。俺も頑張って稼ぐからさ」
「それだけが頼みの綱だよほんと……」
アクアは注文を終えると〈花鳥風月〉を披露し辺りを水浸しにしていく。後の掃除までセットになった現実にがっくりと肩を落としたカズマを見て、ダクネスはくすりと微笑んだ。
⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱
「クエストが受けられないってどういうことですか!?」
「それが、どういうわけか昨日の昼ごろからモンスターが姿を隠しているみたいなんです。まるでデュラハンが城に住み着いていた時みたいで……」
翌日。早速行動を起こすため実家へと帰省するダグネスを見送った四人は、借金返済のためソウゴを連れて冬のクエストに挑もうとギルドに集まっていた。しかし、クエストボードにはいつもびっしりと貼ってある依頼書がほとんどなかったのだ。そこで受付に確認すれば開いた口が塞がらないような始末だった。
詰め寄るカズマと眉を垂らすルナの会話を聞いていたソウゴが、隣のめぐみんに耳打ちする。
「ねえ、ベルディアの時みたいってどういうこと?」
「あのデュラハンがここの近くの廃城に住み着いていたせいで、それを恐れた弱いモンスターたちが身を隠してしまい仕事が激減した時期があったんです」
「ふーん。じゃあ、魔王軍幹部クラスのモンスターが近くに現れたってこと?」
「いえ、我々ギルドも調査をしているんですが、これといった情報もなくて困っているんです。それどころか、前回は活動していた危険度の高いモンスターまで離れてしまっているようで……」
「雪精まで姿を消しているの?」
「はい。森の雪が溶けて早めの春が訪れているので間違いありません。その代わり、サムイドーの方に逃げているようで向こうは大変みたいですね」
「サムイドーってどの辺り?」
「北へ歩いて三日くらいかかる山奥よ。獣人が住んでいて、年中雪が積もっているわ」
「三日か。ちょっと遠いね」
「冬将軍がそこまで後退するとは、よほどの怪物が現れたということでしょうか」
「そんな……。ソウゴがいればニ千万なんて金、雪精討伐で冬将軍にリベンジしてサクッと返せると思ってたのに……」
「今は雪精どころかモンスター自体がいないとは。無償労働で春先に出てきそうなモンスターは討伐済みですし、皮肉なものです」
「遠征すれば仕事はあるけど、ダクネスのこともあるしあまりこの街から離れるのもね」
「チクショォ……! 本当にこの世界はうまく行かないなぁ……!」
涙と怒りが混ざりあったカズマは、どこに向ければいいかわからない感情を吐き出す。しかし転んでもタダでは起きない男は、何かを閃いたのかパッと表情を明るくした。
「なあルナさん、これって原因突き止めたら報酬とかでないのか?」
「そうですね……。有益な情報なら、いくらかで買い取らせていただきますよ」
「よし、ならまずは原因の調査だな」
「調査って簡単に言うけど、サキュバスやギルドでもわからないのに宛はあるの?」
アクアの心底不思議そうな意見に、やれやれと首を振ったカズマはぐいっと仲間たちに顔を近づけ声を潜めた。
「(あるだろ? 俺たちにはサキュバスさんたちとは違う情報源が)」
「(……ああ、なるほど)」
「(ウィズなら何か知ってるかもね)」
「(そういえばあの子、魔王軍幹部のリッチーだったわね。忘れてたわ)」
「というわけで、ルナさん。期待しといてくれよ!」
思わぬ臨時収入だと意気揚々とギルドの扉を開けて出ていったカズマだが、彼らはすっかり忘れていた。自分たちの隣に、魔王軍幹部すら赤子のように扱う『よほどの怪物』がいたことを。
数分後、確かに原因を突き止めたカズマたちはギルドに帰ってきた。そして、ソウゴとともにそれはそれは美しい
サトウカズマパーティー 借金総額:二千八百万エリス
監視対象に関する報告書 二日目
昨日に引き続き、モンスターの討伐に精を出す。街でも凄腕の冒険者がやってきたと話題である。魔王を名乗るだけあって人心掌握の術に長けているのかと思いきや、自ら魔王と名乗って住民たちから奇異の目で見られていた。何がしたいのかいまいちわからない。
気づいたことがある。人語を解するモンスターとは和解しているようだ。街で得た情報を元に生息地を変えるよう説得している姿をよく見かける。モンスターも自らの民であると豪語するだけあって優しいところが配下を増やそうとしている可能性がある。穏やかな寝顔に騙されないよう、引き続き監視の目を強めることとする。