この素晴らしい魔王に祝福を!   作:春野 曙

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このご令嬢に縁談を!

「あら、おかりーソウゴ」

 

「おかえりくらいまともに言えんのか。昼間はお疲れソウゴ。とりあえずコーヒーでも飲むか?」

 

「どうしてそんなに落ち着いているんですか二人とも!」

 

「そうだぞ! これは我がダスティネス家にとって、いや、この国に関わる一大事なのだ!」

 

「つっても、ただの見合いだろ。嫌なら断れよ」

 

「断れない事情があるのだ!」

 

 地面に敷かれたレンガにはゴムの焦げた臭いと共にブレーキ痕が刻まれている。ライドストライカーから飛び降り慌てて屋敷の中へと駆け込んだソウゴが目にしたのは、潤んだ瞳と困った表情を携えたどこかのご令嬢だった。

 そのどこかのご令嬢……いや、宝飾品やドレスで着飾り、見た目はどこに出しても恥ずかしくないお嬢様になっているダクネスは、非常に興奮した様子でカズマの胸倉を掴み持ち上げる。

 

「それにこれはただの見合いではない! 貴族同士の婚姻は政略的な意味合いが強いのだ! 私がアレクセイ家に嫁げばアルダープにより強い権力を与えることになるのだぞ!?」

 

「カズマはいいんですか!? 大事な仲間が悪徳領主の妾にされてしまっても!」

 

「落ち着けお前ッ! 苦しッ……折れる折れる!」

 

 ダクネスの手をタップして何とか気道を確保したカズマは、搾り取られた分の空気を肺に取り込みながら無事だった頸椎に安堵し生を実感する。前の世界も合わせた人生で床がこれほど恋しく感じたこともないだろう。

 ドレスに隠されて見えない、人一人持ち上げられる筋肉を想起しても、カズマの減らず口は止まらなかった。

 

「安心しろダクネス。お前みたいなパワー担当のメスゴリラを娶るやつはいない」

 

「だ、誰がメスゴリラだっ!」

 

「知らないのカズマ? ゴリラは力だけじゃなくて賢いのよ?」

 

「アクアまで私をゴリラ扱いをするのか!?」

 

 

   ⏲⏱だ、だがそれも悪くない……!⏲⏱

 

 

「めぐみんが凄い形相だったから、てっきりダクネスが酷い目にあったんだと思って急いで帰ってきたんだけど」

 

「悪魔を従えていようと、自分より身分が上の人間に手を出す度胸はアルダープにもないさ」

 

「お前、本当にいいとこのお嬢様だったんだな……」

 

「信じてなかったのか!?」

 

 一先ず傷物になっていないようで安心した面々は話を聴くため、お茶を啜りながらいつもの席に着いていた。欠けていた一人が帰ってきたことで収まりの良さにほっとしたのは、めぐみんだけではないだろう。

 久々に全員で囲むテーブルで咳払いをしたダクネスは、神妙な声色で口を開いた。

 

「今回私はアレクセイ家に、冒険者サトウカズマの一件に関する調査及び、領主業務の査察という名目で潜入したんだ」

 

「ま、あれだけ派手にやっておきながらお咎めなしってわけないもんな」

 

「ああ。しかし、こちらの付き人も合わせて数日屋敷に滞在したのだが、シロとやらも悪魔も姿を見ることはできなかった」

 

「向こうもそう簡単に尻尾を見せるわけないわよね」

 

「そこで私はアルダープの息子、バルターに近づいた。近親者であれば何か情報が引き出せるかと思ったのだ。だが、それが間違いだった……」

 

 遠い目をするダクネスに、一同はごくりとつばを飲み込む。蛙の子は蛙ということだろうか。そんな思考が四人によぎる。

 緊張感の支配する空間で、彼女はその重い口を開いた。

 

「私の様子を使用人から聞いた父が、私がバルターに気があると勘違いし縁談を申し込んだのだ」

 

『…………』

 

「アルダープ側も乗り気で、あれよあれよという間に話は進んでいった。もちろん必死に抵抗した! しかしこれまで縁談の話が持ち込まれる度、相手に難癖をつけて断り続けてきた私に降って湧いた片思い疑惑。幸か不幸か、父もバルターの人柄を高く評価している。真偽に関わらずこんなチャンスを父が見逃すわけがない。日頃から私に『そろそろ危険な冒険者なんてやめて淑女として落ち着かないか』と見合い話を持ってくる父の本気の根回しに先手を打たれ、脱出に時間がかかってしまった」

 

『………………』

 

「私は今の生活が気に入っている。カズマたちは魔王討伐を掲げているだろう? そしてソウゴの危険性も考えれば魔王軍の手の者に目をつけられるのも時間の問題だ。皆の盾となり戦った私は抵抗虚しく捉えられ、手枷足枷をはめられあられもない姿にされ様々な辱めを……っ! くっ! わ、私はそんな人生を送りたい!! だからこの縁談を断る知恵を貸してほしいんだ! こちらから申し込んだ見合いを断る知恵を!」

 

「はい、解散」

 

「「「異議なし」」」

 

「どうしてだ!?」

 

 一人愕然とするダクネスに対して、非常に呆れた顔のカズマが答える。

 

「断れない事情って、お前が今まで親父さんに不義理はたらいてた報いだろ。身から出た錆じゃないか」

 

「うっ……。しかしだ! きっと見合い相手のことを聞けば力を貸してくれるはずだ!」

 

 そう言って、ダクネスは呆れ顔の仲間たちの前に一枚の肖像画を叩きつけた。上等な紙に描かれた人物画は、正しく絵に描いたような好青年。携える微笑みは、親とは違い邪悪さの欠片も感じられない。

 

「これが相手の男。アルダープの息子、バルターだ」

 

「これが? あのハゲオヤジの? イケメン過ぎてなんかムカつくな」

 

「親とは似ても似つかない、爽やかな好青年ではありませんか」

 

「遺伝子の抵抗がうかがえるわね」

 

 絵などいくらでも美化できるとはいえ、ダクネスが反論してこないところを見ると忠実に描かれているのだろう。しかし、反論がないからと言って不満がないというわけではない。

 

「それで、ダクネスは何が不満なの?」

 

「全てだ」

 

「いきなり全否定かよ」

 

「まず、恵まれない者に献身的に施しを与えるなど、人柄がとてもいいらしい。人望もあり、誰に対しても怒らず、努力家で、最年少で騎士に叙勲されるほど剣の腕が立つと聞く。非常に出来た人間だ」

 

「中身まで完璧そうなんですけど……」

 

 アクアのそんな一言に、ダクネス以外の全員が頷く。話を聞く限り私欲に塗れ悪魔を使役するような親がいるとは思えない、慎ましやかな貴族の鏡のようだが、それを真っ向から否定するダクネスは怒りの形相で拳をテーブルに叩きつけた。

 

「そんな素晴らしいことは、私を嫁にするような男がすることではない!! 貴族なら貴族らしく、こんな微笑みではなく常に下卑た笑みを浮かべていろ!!」

 

「お前何言ってるんだ」

 

「誰に対しても怒らない? 馬鹿が! 失敗したメイドに対して、お仕置きと称してアレコレやるのは貴族の嗜みだろうが……ッ!」

 

「お前は本当に何を言っているんだ」

 

「献身的な施しなど以ての外だ! そんな善人、お呼びではない!!」

 

 呆れ顔というか、めぐみんですら引いているのがわかる。これ以上この変態の妄言を未成年に聞かせ続けていいものかと思案しようにも、そんな間すら与えてくれないダクネスの暴走はとどまるところを知らない。

 

「そもそも、そのような出来た男は私の好みと正反対だ! 外見はパッとせず、体型はヒョロくてもいいし太っていてもいい! 私が一途に想っているのに、他の女に言い寄られれば鼻の下を伸ばす意志の弱いのがいいな。スケベそうで、年中発情しているのは必須条件だ! できるだけ楽して生きたいと、人生舐めてるダメなやつがいい。借金などあれば申し分ないな。そして働きもせず酒ばかり飲んで『俺がダメなのは世間が悪い』と文句を言い、空の酒瓶を私に投げてこう言うのだ! 『ダクネス。お前、そのいやらしい体を使ってちょっと金を稼いでこい』と。…………んっはぁ……/// ふ、フフフ……。そ、想像しただけで軽くぜ「それ以上言わせてたまるか!」

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「ダクネスがダクネスなのはいつものことなので諦めるしかありませんが」

 

「この女はもうダメだ。手遅れだ」

 

「どうするの? ダクネスの好みストライクゾーンど真ん中のカズマさん」

 

「ばっかお前。外角攻め過ぎて敬遠並みのボールだわ」

 

「マウンドには立ってるんだね」

 

 と、馬鹿なことを言いつつ気を持ち直す。この際バルターのところに送り出して、この倒錯した性癖を何とかした方がいいのでは? という考えが脳裏を過るが、そんな考えを邪魔するようにダクネスはカズマの手を握った。

 

「頼む、知恵を貸してくれ! 見合いは明日の昼なんだ! 私一人ではもうどうすることもできない!」

 

「はぁ!? 急展開すぎるだろ!」

 

「このままだと、見合いの席でバルターを再起不能にしかねないね」

 

「お前とかアクアがそういう怖いこと言うと現実になりそうだからやめろ!」

 

 口では文句を言いつつも、握られた手を振り払えるほどカズマも情のない人間ではない。こと共に冒険を重ねた仲間からの願い出であれば尚更だ。それがわかっている仲間たちに暖かい目を向けられたカズマは、ため息をついて言葉を漏らした。

 

「はぁ……。しょうがねぇなぁ……」

 

「っ! ありがとうカズマ! 恩に着る!」

 

「ったく。借金完済の目途がようやく立ったと思ったらこれだもんなぁ」

 

「まあ、助けを求めろと最初に言ったのはカズマですからね」

 

「わかってるっての。それに、今回はかなり楽に済みそうだしな」

 

 そう嘯くが、あながち大言壮語というわけでも無さそうだった。カズマの表情から勝算があると読み取ったソウゴは、顔を明るくするダクネスを抑えて問いかける。

 

「へぇ。じゃあ、もう考えはあるんだ」

 

「ああ。申し込んだ以上こっちから断ることはできない。だが向こうに断らせるよう立ち回れば、世間的にはダクネスが振られたことになる」

 

「私は振られたことになっても気にしないのだが……」

 

「ダクネスの家はデカいんだろ? 家名に傷がつくのは避けたほうがいい。それに、傷心に漬け込んで見合いの申込みが増えるかもしれないじゃないか」

 

「それは困る! 私も毎回父を張り倒すのは心苦しいのだ……!」

 

「心苦しいなら張り倒すのやめろよ」

 

「それで? 具体的にはどうするのよ」

 

 アクアの横槍に、脱線しかけたカズマは何とか元の線路に着地し直す。ピンと指を立てたカズマは、得意げな顔をして言い放った。

 

「こっちから断る口実を作ればいいんだよ」

 

「断る口実、ですか?」

 

「ああ。イケメンで人格者。民を思う気持ちもあるし、国に尽くす貴族として申し分ない若き騎士。だが、そいつが森で出くわしたモンスターからダクネスを守れず、その上ダクネスに守られるようなことになれば?」

 

「なるほど。『噂より大したことのない男だった。自分より弱い男に嫁ぐ気はない』と断れば、今まで見合いを蹴り続けた後付けの理由にもなりますし、これからダクネスのお父さんが見合い相手を選ぶのも慎重になる」

 

「そういうことだ。誇張無しに言っても、ダクネスは世界一硬いクルセイダー。攻撃は当たらないが防御力だけは飛び抜けて尖ってる。そんなやつに勝てる人間なんて冒険者の中でも一握りだってのに、貴族にいるとは思えない。それにバルターを負かしたという箔が付けば尚更だ」

 

「カズマさんやソウゴさんみたいに悪い噂のないイケメン人格者なら、それくらいの風評被害じゃ向こうの人気も揺らがないものね」

 

「Win-Winというわけですか」

 

「え、待って。俺まで悪い噂あるの?」

 

「どうだ、ダクネス?」

 

 デメリットとしては、ダクネスを屈服させるほどの強い人間が現れれば首を縦に振らざるをえないことだが、カズマにそこの心配はない。勝てることはなくても、被虐嗜好のダクネスが負けを認める事などそう有りはしないからだ。

 カズマの提案がお気に召したのか、頬をほころばせうち震えるダクネスは力強く拳を握った。

 

「……いい。いいぞ、最高だ! それでいこう!」

 

「よし。じゃあ明日、俺とアクアは臨時の使用人として潜り込みダクネスの手助けだ。バルターがピンチになったら、めぐみんとソウゴがサポートしつつダクネスが一掃したように見せかける」

 

「俺、あんまり力使いたくないんだよね。エリス様にも釘刺されてるし」

 

「マジか。でもエリス様から言われてるならなぁ。俺の〈狙撃〉スキルだと矢が残るし……」

 

「そこは俺とめぐみんでなんとかするよ。ね、めぐみん」

 

「ええ、もちろん。我が伝家の宝刀、爆裂魔法が火を吹きますよ!」

 

「吹きません。そもそも、どこの世界に爆裂魔法が使えるクルセイダーがいるん……いないよな?」

 

「爆裂魔法並みじゃないけど、爆発系の攻撃ができて剣も振れる仮面ライダーなら何人かいるよ」

 

「そんなやつら相手にしなきゃいけない敵に同情したくなるわ……」

 

 頼むからこの世界基準で考えてくれ。そう念を押されたソウゴとめぐみんの頭には、既に妙案が閃いていた。

 

 

   ⏱翌⏲日⏱

 

 

「ねえ、めぐみん? 誘ってくれるのは嬉しいんだけど、他店の調査なんてするほどめぐみんって仕事熱心だったかしら?」

 

「すぐに人のことを疑うのですねゆんゆんは。そんなんだから友達がいないんですよ」

 

「今は関係ないでしょ!? それに友達くらいいるから!」

 

「仲良いね、二人とも」

 

「そ、そう見えますか? えへへ……」

 

 ソウゴの一言に対して照れくさそうにはにかむゆんゆん。そんなちょろい彼女にため息をついためぐみんは、目の前のティーカップにぼとぼとと角砂糖を落とした。

 テラス席ということもあり、風が心地良い。春の日差しが優雅な午後を演出している。この三人で囲むテーブルも珍しいな、などと感想を抱くソウゴは、警戒しているのか配膳された紅茶に手を出さないゆんゆんを見て、わざとらしく自分も角砂糖を入れていく。

 

「そんなことより、ちゃんと杖は持ってきていますね? あと財布は置いてきましたか?」

 

「え、ええ。言われた通りにしたけど……。本当にお金あるの?」

 

「そこは心配しないで。お金は俺がちゃんと持ってるから」

 

「本当ですか? 食い逃げに加担させる気じゃ……」

 

「私がそんなみみっちいことをすると思いますか?」

 

「うん」

 

「即答とはいい度胸ですね。今日という今日は徹底的に叩きのめし、その無駄に育った体に泣いて謝るくらいのすんごいことをしてやろうじゃないか。表出ろ」

 

「めぐみん落ち着いて。カズマの悪影響受けてるよ」

 

 宥めるように微笑みかけたソウゴは、砂糖の溶けきった紅茶を口に含んだ。

 いい香りではあるが、正直違いなどわからない彼にとっては口の寂しさを紛らわせる嗜好品でしかない。なんなら茶葉の名前すら忘れてしまったし、元の味など投入した砂糖のせいでさっぱりだ。だがこれは、あくまで人員確保の手段でしかない。

 紅茶を啜るソウゴの姿に警戒を解いたのか、ゆんゆんはおずおずとストレートのままカップに口をつける。それを見て、ソウゴはにこやかな笑みを見せた。

 

「どう? お味は」

 

「そうですね。ちょっと渋いです。抽出時間のせいかしら? うちで出すものの方が飲みやすいと思います」

 

「そっか。じゃあ今日はよろしくね、ゆんゆん」

 

「あの、他店の偵察でどうしてソウゴさんによろしくされているんでしょうか……? やっぱり嫌な予感がしてきたんですけど……」

 

「ねえめぐみん。俺がこう言うのもなんだけど、ゆんゆんってどうして勘がいいのに巻き込まれやすいの?」

 

「ぼっちは人から誘われるということに慣れていませんからね。声をかければ深く考えずひょいひょい着いてきますよ」

 

「私今日何させられるの!?」

 

 驚愕の表情を浮かべるゆんゆんの疑問には答えず、めぐみんは自分好みに甘くした紅茶を煽る。砂糖の甘味でゆんゆんの言う渋みなど全く感じないだろうが、彼女は少し眉をひそめた。

 

「そう言えばソウゴ。気になっていたことがあるのですが」

 

「ん? どうしたの?」

 

「アルダープはどうして自分の息子とダクネスを結婚させようとしているのでしょうか? ダクネスの話では、アルダープは幼少期より執着していたらしいです。それをみすみす手放すような」

 

「それは俺も不思議なんだよね。いくら未来ノートでも結婚した相手を誤認させるみたいな、認識を書き換えるのは不可能だよ。たぶん、悪魔の力でも」

 

「書き換えられるなら、今頃アルダープの独裁する世界ですからね」

 

「あの、さらっと本題みたいなものに入っていかないでくれますか?」

 

 肩を落とすゆんゆんを横目に、今日の戦闘要員を確保したソウゴは憂いなく思考に没頭する。もうこういう扱いに慣れてしまったのか、財布を持ってこなかったことを激しく反省している彼女を放って話を進めていく。

 

「アルダープの考えがわからないんだよね。カズマを死刑にすること、ダクネスと息子を結婚させること。どれもこれも悪魔や白ウォズの力に頼るようなことじゃない」

 

「対価を払っているとは思えない大盤振る舞いですからね。ソウゴは全て繋がっていると?」

 

「その辺りも、確信が薄れてくるよね。権力が欲しいなら、ダクネスより王族を狙った方がいいと思うんだけど」

 

「ソウゴは知らないんですね。王族は幼少期より経験値が豊富な食べ物を摂っているので、レベルはこの世界でもトップクラス。魔法抵抗力はアクアやソウゴに並ぶでしょう」

 

「つまり、悪魔の力は跳ね除けるのか……」

 

「話の内容はわからないけど、悪魔の力を悪用してる人がいるんですよね? 特に関連性とかなくて、その場凌ぎで乱用しているっていう可能性はないんですか?」

 

「その可能性は薄い、と思いたいかな。それだと悪魔が対価も求めず積極的に協力してることになるからさ。少なくとも、白ウォズはそういうタイプじゃないし」

 

「わからないなら無理に入ってこないでください」

 

「どうしてそんなに冷たいの!? 呼んだのはめぐみんだし、私なりの意見を出しただけじゃない! こういうのを求めてたんじゃないの!?」

 

 涙混じりにめぐみんの肩を掴むゆんゆん越しに、ソウゴは馬車が通り過ぎるのを見た。特徴的な水色の髪の持ち主と短髪の少年が操る馬車は、人が歩いて追いつける速さで外へと向かっていく。そろそろか、とお代をテーブルに置くと、めぐみんは行動を理解したのかゆんゆんの手を払って立ち上がった。

 

「ほら、行きますよゆんゆん。あなたの仕事はこれからです」

 

「え、本当に何させられるの私」

 

「説明は歩きながらするね」

 

「拒否権はありませんよ。断ればソウゴが無銭飲食の現行犯で牢屋へ連れていきますから」

 

「もう私、簡単に人を信じないから……」

 

 加担しているとはいえ、流石に心苦しくなる。帰りは優しくしてあげようと心に誓ったソウゴは、馬車を見失わないように歩く速度を早めた。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「〈ライト・オブ・セイバー〉!!」

 

 稲妻の如き閃光が虚空を裂く。切れ味、威力、その全てが術者の実力に左右されるゆんゆんの十八番魔法。ソウゴも感嘆する光の刃を自在に操るゆんゆんは、周囲の空間を一閃すると一息ついた。

 

「ふう……。どうでしょう?」

 

「ありがと、ゆんゆん。本物の紅魔族の魔法って凄いんだね」

 

「おい。誰が偽物か、その辺り詳しく聞こうじゃないか」

 

「誰も偽物なんて言ってないじゃん」

 

 めぐみんの怒りを適当にいなしたソウゴは、ざっと辺りを見回した。目に付く範囲で危険度の高そうな動植物は見当たらず、ここまで順調に進んで来られたことを理解する。というより不自然なほどモンスターの影を見ないが、今の論点はそこではない。

 馬車を降りて森に入ったカズマたちとは少々距離が開いているものの、アクアの放った〈フォルス・ファイア〉の軌道を目印にすれば問題なく追いつけるだろう。先を目指しながら、ソウゴはふむと考え込む。

 

「でも、ダクネスが斬ったように誤魔化すとなると光の剣はやりすぎ感あるね。やっぱり最初に見せてもらった風のやつでお願いできる?」

 

「〈ブレード・オブ・ウインド〉ですね。わかりました」

 

 上級から中級魔法まで幅広く魔法を修得し、いかなる状況でも冷静に対応してクエストをこなすという噂のソロ魔法使い。噂に違わぬ実力の高さに、ソウゴは素直に賞賛の声を漏らす。

 ギルドからテーブルで一人ゲームに興じる姿から“ソロゲーマー”とあだ名され親しまれている彼女を見ると、“頭のおかしい爆裂娘”という忌み名を頂戴し敬遠されるライバルとはえらい違いだと感じてしまうのは仕方のないことだろう。

 

「ソウゴ。今なにか失礼なことを考えませんでした?」

 

「なんのこと? それにしても、魔法って色々あるんだね。俺、カズマの使う初級魔法とめぐみんの爆裂魔法しか見てなかったから」

 

「それだけしか見ていなかったら、魔法の有用性は分かりませんよね」

 

「その代わり爆裂魔法の魅力がわかるんですから良いではありませんか。中級や上級魔法なんて紅魔の里に行けば掃いて捨てるほど見られますが、爆裂魔法はゆんゆんの友達くらい希少価値がありますよ」

 

「めぐみんはいちいち私を貶さなきゃ会話できないの!?」

 

 やいのやいのと姦しい二人を見て、ソウゴはふふっと笑みを浮かべた。

 準備は整った。あとはカズマたちと合流し、作戦通りにことが運べばまずは見合いの回避という()()()()はクリアだ。

 

「……ゆんゆんの屈折魔法ってやつでもいいかも」

 

「? ソウゴ、なにか言いましたか?」

 

「え? ああ、ゆんゆんが着いてきてくれてよかったなって」

 

 へらへらとした笑みでそうはぐらかしたソウゴは、流石にこれ以上巻き込むのはまずいかとその考えを思考の端へと追いやった。

 

 

   ⏱⏲でも私、脅されて連れてこられたんですけど……⏲⏱

 

 

「……なにあれ」

 

「私に聞かないでください」

 

 ソウゴの疑問にノータイムで答えためぐみんは、狂戦士のように笑いながら剣を振るパーティーメンバーに言葉を失っていた。

 

「あはははは! 当たる! 私の攻撃が! 当たるぞー!!」

 

「強い方だ……! ふふっ。やはり貴女は他の令嬢とは違うようですね」

 

「無駄口をたたく暇があるのなら腕を動かせバルター!」

 

「わかっています! ……本当に、惚れてしまいそうになる!」

 

 飛びついてくる仮面のようなものをつけた小さな人型のモンスターを愛剣で薙ぎ払い、恍惚な笑みを浮かべる姿は流石に犯罪の香りがする。攻撃が当たらないという普段のストレスが一気に開放されているのか、この姿を見た人物に彼女が良いところのお嬢様と言っても信じてもらえないだろう。形式上背中を預け合ってはいるが、巧みなバルターの剣捌きとは大きな差を感じてしまう。

 状況がわからず呆然と見守るしかないソウゴたちの視界の端で、執事服に身を包むカズマがひょいと手を挙げる。

 

「おうお前ら、お疲れ。なるほどゆんゆんか。考えたな」

 

「カズマ、あれなに?」

 

「ああ。なんかあの人形みたいなの、対象にくっついて自爆するみたいでな。ダクネスが攻撃すると自分から当たりに行くんだよ」

 

 ほれ、とカズマは自分の背後を指す。そこには、運悪く爆発に巻き込まれた犠牲者が膝を抱えてべそをかいていた。支給されたメイド服は爆発の影響か所々焼け跡や煤が付いており、怪我はなさそうだが居た堪れない風体になっている。その程度で済むのは、やはりステータスがカンストしているからか、それとも欠片ほど残っている女神としての神聖さの力だろうか。

 

「アクアならギャグ漫画とかの爆発オチに耐えられそうだよね」

 

「縁起でもないこと言うなよ。このろくでもない世界のことだから、本当に起きるかもしれないだろうが」

 

「あはは。確かに」

 

「何にせよ、当初の作戦からはだいぶ離れたな。バルターも良い奴そうだし、話せばこっちの協力者になってくれそうだ」

 

「そっか。カズマが言うんならそうなんだろうね」

 

 二人が談笑しながら二人の奮闘を観戦していると、何かが弾ける音が響いた。

 

「くっ……! 剣が……!」

 

「剣がどうした! その程度でだらしないぞ!」

 

 音の発生源はバルターの持つ得物。ダクネスの鈍器のような剣と違い爆発に耐えられなくなったのか、真ん中からポッキリと折れてしまっていた。リーチが短くなった分、爆発による熱風がより身近でバルターを襲う。

 森の奥から湧いてくるあの正体不明のモンスターは、人海戦術でダクネスとバルターを追い詰めていた。このままなら物量で押し切られるのは明白だろう。

 

「って、皆さんなに眺めてるんですか! 早くダクネスさんたちを助けないと!」

 

「いや、ゆんゆん。アレをよく見ろ」

 

 救援を提案するゆんゆんに、まるで動く気配のないカズマはじっとりとした目で件の女騎士を指さした。

 彼女の眉間は苦悶と苦痛によってシワを刻み、珠のような汗が滴る頬は疲労からかうっすらと上気していた。攻撃を当てるということに慣れていないせいか、動きも剣術の型というより体力任せのフルスイングのため辛そうに肩も上下させている。装備も戦闘向きでないドレス、ヒールを折って無理やり動けるようにした靴。同じ正装とはいえ男のバルターと比べ機能性など皆無である。万全とは到底言い難いコンディション。

 

 

 しかし、彼女は喜びで破顔していた。

 

 

「何だ、この湧き上がる高揚感は! 今の私は鎧もなく、頼れるのは己の身一つ。あの爆発を何発と食らえば、私は無事でも流石に服はもたないだろう……。あられもない姿をバルターやカズマに晒し、それでも爆発は止まず、ボロボロにされた私はこいつらの巣へと持ち帰られ、慰み者に……! んっくぅぅ……///」

 

「なんであの人喜んでるんですか……?」

 

 戦慄するゆんゆんを放置して、カズマはソウゴたちに向き直る。酷く疲れたような顔なのは、恐らくダクネスが本性を剥き出しにしてからバルター相手に気を揉んだからだろう。

 

「あの変態は当分放っておいても大丈夫だ。それより、ダクネスが〈デコイ〉で爆弾モンスターどもの注意を引き付けてるうちにこの場を離脱したい」

 

「出どころを探らなくていいのですか!?」

 

「〈敵感知〉に反応はない。つまり近くにアレの親玉はいない。そしてアレの相手をしなくても見合いの件は解決する。ならわざわざ面倒事に首を突っ込む必要はない」

 

「あはは。カズマらしいね」

 

「笑っている場合ではありませんよ! アレがもし森から出て街に来たらどうするんですか!」

 

「それはない。あいつらは元々モンスターだけを追いかけてたんだ。アクアに反応して自爆してから、憤ったダクネスが挑みに行ってこれだ。こちらから手を出さない限り人は襲わない。戦うにしても俺たちの装備が万全じゃない。一旦引いて対策を練った方がいいだろ」

 

「本音は?」

 

「問題があるならギルドからクエストが出される。事前情報ありで報酬も貰えるならそっちの方がいい。タダ働きはしたくない」

 

「この男は……! ソウゴはいいのですか!?」

 

「うーん。せっかく取り戻した生態系をめちゃくちゃにされるのは困るかな」

 

「おい、まさか……」

 

 嫌な予感がしてカズマの顔は引きつる。このままでは臨時収入の危機。無報酬上等の出鱈目パワーをその身に宿すボランティアヒーローが出れば、それこそ問題が一瞬で解決してしまう。

 ここで貯金のチャンスを逃すのは手痛い。そう思い待ったをかけようとしたが、カズマの予想に反してソウゴは眉を垂らした。

 

「でも、俺もカズマの言う通りここは一旦引いた方がいいと思う。どうしてあの自爆人形がアクアに反応したのか気になるし」

 

「そう言えばそうだな。なんでだ?」

 

「魔力に反応した、とかでしょうか?」

 

「それならめぐみんやゆんゆんにも反応するでしょ。たぶん、アクアが女神だからだよ」

 

「ソウゴはまだその与太話を信じていたのですか……」

 

 めぐみんが呆れて肩を落とすが、カズマもピンとくるものがあったのか顔を見合わせる。あの神聖さの欠片もない女神を女神として認識するだけでなく、その上敵対視する存在の心当たりなんて一つしかない。アルダープ周りだけでなく、こんなところでも悪魔の存在がチラつくのはやはり日頃の行いだろうか。

 

「アルダープ絡みかそれ以外か。どちらにしても今は発生元を叩けるような状態じゃない。リーダーの言う通り装備を整えてから挑もう。と、言うわけで」

 

 そう言うと、ソウゴは手のひらをダクネスたちに、いや、正確には迫りくる爆弾人形たちに向ける。まさか衝撃波的なアレで全滅させる気かと身構えるカズマとめぐみん。それを訝しげな表情で見つめるゆんゆん。その三人の前でソウゴはにっこりと笑みを見せた。

 

 その瞬間、人形たちの世界は停止する。

 

「「「…………え?」」」

 

「とりあえずこのままにしておけば、これ以上荒らされる心配はないよね」

 

 ソウゴは事も無げにそう言う。空中に浮いたままのモノ、破裂する瞬間のままのモノ、様々あれど、その全てが体にノイズを走らせながらそれぞれの今という“時間”に縫い付けられていた。

 戦闘中の二人が触れても押してもびくともせず、動き出す気配もまるでない。カズマからすればまるで出来のいいパントマイムだ。しかし、全員がそうでないことを知っている。

 

「そ、ソウゴ? 何をしたんですか?」

 

「何って、時間を止めたんだよ」

 

「時間って止められるものなんですか……?」

 

「そりゃまあ、時を戻せるんだから時を止めるくらいは」

 

「今、無自覚系チート主人公に対するイラつきを思い出したわ」

 

 チート、無自覚と既にツーアウトなのだ。これに「え? また俺なんかやっちゃいました?」などとふざけたことを現実で言われれば流石に拳を固めていただろう。

 そんなカズマの心境など露知らず。いつも通りへらへらと笑うソウゴは、へらへらと頬を緩めながら振り返った。

 

「それじゃ、帰ろっか」

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「バルターが話のわかるやつでよかったな」

 

「その上、協力まで約束してくれるとは。これでアルダープを調べやすくなる」

 

「ダクネス。馬鹿みたいなことは言わずに、結婚するならああいう人にしてくださいね」

 

「ひ、人の好みに馬鹿とはなんだ!」

 

「ダクネスさんの好みの男性ですか? 興味あります!」

 

「おや、まだいたんですかゆんゆん。もう用事はないので帰ってもらって結構ですよ。お疲れ様でした」

 

「どうしてそんなに冷たいの!?」

 

「まあまあいいじゃん。ここでゆんゆん巻き込んでおいた方が何かとべん……助かるからさ」

 

「今、便利って言いかけましたか?」

 

「そんなことよりお腹空かない? 皆で晩御飯でも一緒にどうかな?」

 

「い、行きます!!」

 

「ゆんゆんがチョロすぎて俺すごく不安になるよ」

 

「口車に乗せたやつの台詞じゃねぇよ」

 

 ダスティネス邸から騒がしく帰路を進む面々。その後バルターに事情を説明し見合いは破談。内部から調査してもらえるよう取り付けたことで後はゆっくりと敵を炙り出すだけ。白ウォズに隠し玉はまだあるだろうが、手は尽くしている。

 ふと、いつもは酒だ酒だとうるさい女神が静かなことに気がつく。

 

「どうしたの、アクア。静かだね。これからお酒だよ?」

 

「服の弁償もせずに済んだのに何落ち込んでるんだよ」

 

「私をなんだと思ってるのよ」

 

「宴会の女神」

「借金の女神」

 

「アンタたち本ッ当にいつか後悔させるから。 ……あの人形のせいで体に悪魔の臭いが付いてるの。それが不快なだけよ」

 

「うわ、やっぱり悪魔絡みだったのかよ……。それにしても、あれは何がしたかったんだろうな?」

 

 結局、ソウゴが時を止めっぱなしで放置した目的不明の人形たちのことを思い出す。そのうち敵対することになるだろうとは想像しているが、モンスターを狙っていたことにはまるで予想がつかない。

 深く考え始めていたカズマだが、そんな彼をソウゴはへらへらとした笑みで現実に引き戻す。

 

「大丈夫だよ。近い未来、本人から理由を聞けると思うから」

 

「……それは、お前が視た未来か?」

 

「ううん。そんな気がするだけ」

 

「お前の『気がする』は冗談じゃ済まないから勘弁してくれ」

 

 ため息混じりに肩を落とす。できることならお金になりますようにと祈るカズマだが、その思いは幸運の神様には届かないようだった。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「ほほぅ、これが話に聞く“時の魔王”とやらの力か。なるほどなるほど。我輩が想像していたよりも随分と人間離れした……いや、これは最早人間の所業ではないな」

 

 自分の生み出した傀儡を眺めながらそう独りごちる。魔力を断ち切り形を崩そうとしても、砂粒一つこぼれ落ちることはない。文字通り、時が止められているのだ。人と比べて遥かに長い時を生きる存在であれ、時間そのものに干渉できる存在などそうお目にかかれるものではない。

 感嘆する仮面を付けた、性別は恐らく男性であろう彼は、心底愉快そうにくつくつと喉を鳴らし懐から手のひらに乗るほどの力ある代物を取り出す。

 

「我の夢の実現のため、せいぜい利用させて貰うぞ。常磐ソウゴ」

 

«ザモナス»

 

 月夜に照らされるそれは、怪しい輝きを放っていた。




監視対象に関する報告書 五日目

アクセルの街に戻るとサトウカズマが国家反逆罪で逮捕されたという知らせを受けた。どうやら私の関与していないところで話が進んでいたようだ。逮捕の決め手は領主殿の屋敷に押しかけ脅しをかけたことらしいが、あのサトウカズマという男がそのような短絡的な行為に及ぶとは思えない。あの妙に知恵が回る男ならば確実に搦手を打ってくるはずだ。そこは監視対象とも意見が一致していた。
すぐに釈放の手続きを行おうとしたが、監視対象によって制される。仲間の窮地ではあるが何か考えがあるようなので従うこととする。監視期間中のため、本日はアクセルの街で宿を取る。請求書は領収書とともに後日申請致します。


追記
監視対象の指示に従った理由について申し開きを求められましたので、根拠としましたトキワソウゴのドリスでの実績と表情の差分に関する資料を後日送付します。ご確認ください。

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