この素晴らしい魔王に祝福を!   作:春野 曙

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この仮面の悪魔と取引を!

 朗らかな日差しが、移ろいゆく季節を感じさせる朝。日常の騒がしさを取り戻しつつあるアクセルの街に、コツコツと小気味良い音が響く。革靴を鳴らし、訝しむ人々の視線を引き連れ歩く、目元だけ覆われた道化師のような仮面を付けた怪しげな風貌の……その背丈から恐らく男性であると思われる彼は、ギルドの前に到着するとふむと腕を組みニヤリと笑う。

 

「ここか」

 

 そう一言呟いた男は、扉を開いてズカズカと中へ入っていく。見慣れないタキシード姿の登場に駆け出し冒険者たちの視線が集まるが、そんなことは歯牙にも掛けない。物怖じをしない堂々とした態度で受付にやってきた彼に、受付嬢のルナはいつも通りの笑みを浮かべた。

 

「ようこそ、冒険者ギルドへ! この辺りでは見かけない方ですね。……いや、どこかで見たような……?」

 

「悪いが我に性別はない故、そのようなナンパの常套句を使われても靡かぬぞ。最近ようやく自分に彼氏ができない理由がわかりホッとしている反面、自分に問題があるわけではないので解決策がわからず悶々としながら彼氏いない歴を絶賛更新中の受付嬢よ」

 

「そそそそんなんじゃありませんけど!?」

 

「安心せよ、後輩の寿退社を見送るばかりにいつの間にか同期が既婚者ばかりになってしまった娘よ。人間である汝の年齢ならば家庭をもつのは自然なことだろうが、昨今は男女平等がブームだ。仕事に注力するのも悪いことではなかろう」

 

「好きで仕事にのめり込んでいるわけではありませんから!」

 

「それはそうだろうな! 志を同じくする者たちと日々研鑽を重ね、最近では不本意にも古株ということから副会長の座まで「あー!! あー!! な、何なんですか貴方は一体!!」

 

「おっと、これは失敬。羞恥と憤怒の悪感情、非常に美味であったが、名乗りもせずにつまみ食いなど些か無礼が過ぎたな! フハハハハッ!」

 

 顔を赤く染めるルナとは正反対に高笑いをする男は、ギルド内全ての視線を一手に引き付けるが気にする素振りはない。むしろ、それすらもどこか楽しげに引き受ける彼は一頻り笑うと、口元に邪な笑みを浮かべたまま咳払いをした。

 

「我輩の名はバニル。本気を出せば魔王より強いと噂の魔王軍幹部が一人、バニルである。本日は常磐ソウゴにお目通りしたく馳せ参じた所存。悪いが、お呼びいただけるかな? 麗しい受付嬢よ」

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「これはこれは。ご足労いただき感謝しますぞ、時の魔王よ」

 

 仲間たちと連れ立ってギルドに足を踏み入れたソウゴに対し、とても美しくかつ大仰に礼をした大男は開口一番にそういった。指の先まで意識の通った所作は、大げさでもダクネスのお眼鏡に適うものだったらしい。一歩踏み出したソウゴは、頭を垂れる彼に声をかけた。

 

「アンタが俺に用があるっていう魔王軍幹部?」

 

「いかにも。我輩の名はバニル。地獄の公爵が一人、“見通す悪魔”こと大悪魔バニルである。以後お見知りおきを、時の魔王。いや、()()()()、とお呼びした方がよろしいですかな?」

 

「……どっちでもいいよ。手短にお願いね」

 

「……フフフ。勿論。時間は取りませぬよ」

 

「あと、話し方。楽にしてくれていいから」

 

「それはそれは。では失礼するぞ、時の魔王よ」

 

 話を聞きつけた冒険者やギルド職員が見守る中でドカッとテーブルに着いたバニルは、同じく着席したソウゴをまじまじと眺める。力量を測っているのか、しかし余裕ぶった笑みは決して崩すことはない。

 その内、仮面で隠れてはいるもののバニルの視線はソウゴ越しに後ろのテーブルへと移る。

 

「申し訳ないな、お仲間まで雁首揃えてお出でいただいて」

 

「まあ、魔王軍幹部が訪ねてきたって言われたらこうなるよ」

 

「それもそうか。いやしかし、実に個性的なメンバーだ。本名のララティーナがそこの小僧のせいで街の冒険者の間で定着し、悶々とした恥ずかしさを日々感じている娘に「んな!? お前だったのかカズマ!」

 

「最近活躍の場がないため爆裂魔法を撃ち込めそうな依頼はないかと小僧に見つからぬようギルドにこっそりとあししげく通う娘「ど、どうしてそれを!」

 

「その上、口では何だかんだ言いながらも問題だらけのパーティーメンバーに対して家族愛に似た感情を抱き、不満を並べながらも満更ではない毎日を過ごす小僧とは」

 

「何で俺だけ弄り方のテイストが違うんだよ!?」

 

「おや。では、戸棚の二重底に隠してある「勘弁してくださいお願いします」

 

 土下座するカズマを眺めくつくつと喉を鳴らす仮面の男、バニルは満足げな笑みを口元に浮かべる。仮面のせいで常にニヤけたような面が、より一層人を小馬鹿にしたような形を作るのはきっと意図があってのことだろう。この挑発の意味を理解したソウゴは決して口を挟まない。

 しかし、だからと言って本題に入れるというわけではなかった。

 

「ちょっと。私を無視するとはいい度胸ね、寄生虫の分際で」

 

「おやおや? もしや汝も魔王のお仲間だったのかな? これはすまない! まさか汝程度の駆け出しプリーストが魔王に頭を垂れているとは思いもせず! すまないな、邪教の女神と同じ名を持つへっぽこプリーストよ」

 

「誰が邪教よ! アクシズ教は立派な教えよ! あと、私がソウゴの仲間なんじゃなくて、ソウゴが私の仲間なの!」

 

「俺はどっちでもいいけどね」

 

「ふん。観光地で洗剤の押し売りをする宗教がマルチ商法のインチキ邪教でなければなんだと言うんだ? ん?」

 

「なら甘い言葉で人を騙して悪感情を啜るアンタは、さしずめ樹液に群がる虫けらってところかしら? まだ冬だし湧くのは早いんじゃなくって?」

 

 睨み合う二人は、一発触発の雰囲気を放ちながら顔を突き合わせる。アクアは指をポキポキと鳴らし、バニルは先程まで愉悦で象っていた三日月を噛み締め牙を見せる。

 どちらかが手を出せば確実に戦闘に入る。そんな雰囲気がギルドに立ち込めるが、ソウゴは流石にそこまで良しとはしなかった。

 

「はいはい。二人とも落ち着いてよ。バニルは俺に話があって来たんでしょ?」

 

「……フンッ! 命拾いしたなひよっこプリーストよ。今日のところは我輩が折れてやろう。感謝することだ」

 

「あらぁ〜??? 随分とデカい口を叩く悪魔ですこと。恐いなら恐いってちゃんと言わなきゃだめよ? プークスクス」

 

「忌々しき守銭奴の系譜が……!」

 

「どうどう。アクアもあんまり煽らないでね。話進まないから」

 

「話をすることなんてあるのかしら。ま、蛆共が言葉を喋れるならっていう前提ありきだけど」

 

「その点は心配無用。祈りや信心だけを集めて見返りを与えない貴様らと違い、我々には契約を結ぶという会話の文化がある。煽るなと言われた傍から悪態をつく貴様らとは違うのだ」

 

「……やっぱりアンタとは拳を交えなきゃいけないようね」

 

「我輩は構わぬぞ? むしろ暴虐の女神を倒しアクシズ教団などという迷惑集団を解散させることができれば、悪魔である我も民衆から褒め称えられること間違いなしであるからな」

 

「ふふふふふ……」

「クックックッ……」

 

「「表出ろ」」

 

「……話、進まないなぁ」

 

 呆れ顔でため息混じりに溢した言葉だが、二人の耳に届くことはなかった。

 

 

   ⏱⏲「カズマ」「よし来た」⏲⏱

 

 

「フハハハハッ!! 飼い主に怒られ萎縮する姿は、正しく犬であるな。正しく痛快である! クックックッ……!」

 

「はい、じゃあこれで話ができるね」

 

 アクアをカズマに任せ、とりあえず距離を取らせたソウゴはバニルの意識をこちらに向けさせる。アクアを連れてきたのは失敗だったかと一瞬考えたが、しかしきっと、これは必要不可欠なピースである。そのことがわかっているのか、バニルは何も言わず両肘をついて指を組むと口元を隠すように顎を寄りかからせた。

 

「話というより、取引だな」

 

「へぇ。俺とどういう取引がしたいの?」

 

「何、簡単なことだ。我が壮大なる夢のため、我輩もこの街に住みたい。よって我輩もサキュバスのように討伐対象から外してもらいたいのだ」

 

「いいんじゃない?」

 

「話が早くて助かる。では、約束の品だ」

 

 そう言ってバニルは懐から緑のライドウォッチを取り出し、テーブルを滑らせる。改造兵士となり修羅の道を歩むことになる男。醜い生物兵器へとその姿を変えてもなお戦うことを決意した勇者の刻んだ歴史。それを受け取ったソウ「待て待てソウゴ! 話が早すぎるぞ!」

 

「そうです! 相手は魔王軍幹部なんですよ!? そんなあっさりと!」

 

「大丈夫だよ」

 

「何が大丈夫なのよ!? いい? こいつは男性冒険者の持て余した欲を食らうサキュバスと違って、他人をおちょくり害をなして糧を得る害虫なの! 共存共栄なんて無理なの!」

 

「でも、その糧を得るために最大限人間を保護してくれるんでしょ? 幹部も辞めるし、他の魔王軍幹部が攻めてきたら戦ってくれるって」

 

「おっと、勝手に改竄するでないぞ時の魔王よ。どんな道筋を辿ろうと、我輩が『最大限』などと言うわけ無かろう」

 

「待てよソウゴ。そんなこと、バニルがいつ言ったんだよ」

 

「未来で」

 

「「「「はぁ?」」」」

 

 目が点になったのは、カズマたちだけではない。事態を飲み込めていないこの場にいる全員、ソウゴとバニル以外は理解が追いつかず首を傾げることすらできなかった。そんな現状にまたくつくつと喉を鳴らしていたバニルは、抑えきれなくなったのか大口を開けて笑い始める。

 

「フハハハッ!! これほどの人間がいて思考が止まり悪感情すら吐き出せなくなるとは中々に愉快であるな! 汝との交渉を決めて本当に良かった。今日はよく笑う日だ。フフフッ。フハハハハハッ!」

 

「そんなに笑うところかな」

 

 不本意そうなソウゴとは裏腹に笑い終えたバニルは、腹を抱えていた腕を解いて仮面をつけ直す。大きな笑い声が響いている間に正気に戻った彼らに対し、バニルは未だ目に涙を浮かべながら口を開いた。

 

「なに。此奴は未来予知を使って数十秒先の我輩と分割で幾通りも会話をし、我輩の用意した交渉材料、そしてこの提案におけるメリット、デメリットを全て検討した上で決断を下したに過ぎん」

 

「数十秒、先……?」

 

「魔王軍幹部であり見通す力を持つ我輩を警戒してのことだろうが、些かパワーバランスがおかしいな。数十秒ほどとは言え、返答が少しでも変われば未来はいくらにでも分岐する。分岐した未来、その全ての我輩に対応していたとなれば、いくら我輩とて脱帽せざるを得ない」

 

「何言ってるの。それを見越してここに呼んだんでしょ? ルナさんを使って人と注目を集め、この場にいる全ての人間の未来を見通すことで俺の出方を伺ってた」

 

「我輩は力の拮抗している者、強い魔力を持つ者、そして汝のような得体の知れない化物の未来は見通せんからな。このくらいのハンデはくれてもよかろう」

 

「……へぇ。バニルって見通す力以上に頭が回るんだね」

 

「おっと、これは虎の尾を踏んでしまったかな? 嫌がるならせめて、少しは悪感情を吐き出してほしいものである」

 

「ま、何はともあれ交渉成立ってことで。俺も“仮面ライダーシン”の歴史を返してもらえてよかったよ」

 

「うむ。ではさっそく契約の解消の手伝いを「だから待ってって! お前らだけで理解できてても困るんだって! 全部説明してくれよ!」

 

「あ、そうだったね。ごめんごめん」

 

 話し終えた雰囲気だったが、間に入ったカズマの言葉でソウゴはへらへらとした笑みを浮かべ謝罪の言葉を口にする。バニルもその行動に納得しているのか、浮かせた腰をもう一度下ろすと足を組んで肘をついた。

 

「では、最初からやろうか?」

 

「そうだね」

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「何、簡単なことだ。我が壮大なる夢のため、我輩もこの街に住みたい。よって我輩もサキュバスのように討伐対象から外してもらいたいのだ」

 

「壮大な夢?」

 

「ああ。長く生き過ぎた我輩には夢ができた。とびきりの悪感情を味わいながら華々しく滅びたいという、特大の破滅願望が!」

 

「へぇ。変わってるね」

 

「まあ聞け。まずはダンジョンを用意する。そして各部屋に配下の悪魔や苛烈な罠を準備し難易度を上げる。そこに挑むのは歴戦の冒険者! 犠牲を出しながらもいつかは最奥に到達する者も現れよう。待ち受けるのはもちろん我輩! 死闘の末、倒された我輩のあとに現れる宝箱! 苦難を乗り越えた冒険者たちがその宝箱を開けると、中に有ったのは魔王軍幹部である我が貯めに貯めた金銀財宝――

 

ではなく、『スカ』と書かれた紙切れ一枚。

 

それを見て呆然とする冒険者を笑い、奴らの放つ極上の悪感情を貪りながら滅びたいのだ!」

 

「ふーん。まあ、それが夢なら頑張ればいいんじゃないかな。それで、その夢がここに住むことにどう繋がるの?」

 

「まずダンジョンを手に入れなければならない。そのための資金稼ぎだ。ここのすぐ近くに主のいないダンジョンがあったので拝借しようかと思ったが、手狭な上に雑魚も多い。とりあえず中を空にしようと手始めにモンスターに取り付き爆発する人形を作って放ったのだが、汝に邪魔をされたのであそこは諦めることにした」

 

「溢れ出てたからね。稼ぐツテはあるの?」

 

「ああ。この街に住む働けば働くほど貧乏になる店主とは、奴が冒険者の頃によく戦った仲でな。問題なかろう」

 

「まあ、ウィズなら大丈夫かな。でもこの街に拘る理由は?」

 

「汝の仲間の小僧。やつの過去を覗いたが中々面白い。我輩にとって有益になるはずだ。その小僧にとってもな」

 

「ふーん。まあ、カズマが面白いことは認めるよ。あとは知名度の問題かな?」

 

「この街は我輩のこと、というより魔王軍の幹部など興味はないだろう。ならば絡まれることも少ないはずだ。与えられた神器に振り回される勇者など取るに足らん存在だが、うろちょろされるのは鬱陶しいからな」

 

「魔王軍幹部なんて本当は駆け出しが相手できる存在じゃないからね」

 

「それに、もともと我輩は人間に危害を加えるつもりはない。人間は我輩の糧である悪感情を生み出してくれる美味しいご飯製造機だからな。ここに住む暁には魔王軍幹部をやめ、人間の守護に回ることを約束しよう」

 

「そんなに簡単にやめられるの?」

 

「幹部と言っても昔のよしみで結界の維持を頼まれているだけのなんちゃって幹部だ。未練などないし、同僚に情もない。我輩がこの世から消滅し残機を削れば契約も切れる」

 

「いいの? それって討伐されるってことでしょ?」

 

「我が夢のための必要経費だ。それをケチるような下級悪魔ではない」

 

「ふーん、わかった。じゃあ、バニルが俺に要求するのは皆にバニルがこの街に住むことを了承させること、だね。取引っていうんだから、何か俺に対価をくれるんだよね?」

 

「もちろんである。まあ、察してはいると思うが、我輩が魔王から渡されたこの〈オーパーツ〉。これを汝に進呈しよう」

 

「……へぇ。それが交渉材料になると思ってるんだ? 俺が力ずくで奪うこともできるそれが」

 

「汝はそんなことはせんさ」

 

「どうしてそう言い切れるの?」

 

「我輩は地獄のとはいえ()()。王より一つ下の位と言えど、下であるならば汝の“民”と言って差し支えなかろう『我らが魔王』よ。汝は魔王であっても、民から税を毟り取るような暴君ではない」

 

「それ、サキュバスさんたちから?」

 

「汝のような化物に挑むのだから事前準備はしておる。もっとも、見通す悪魔の力を持ってすればこの程度予測することなど造作もないが」

 

「俺の下に付きたいわけじゃないんでしょ? 本当に民になる気も」

 

「当然だ。ただ、体よく立場が使えると思ったまで。不満か?」

 

「……いいや。うん、気に入ったよバニル。いいんじゃない?」

 

「話が早くて助かる。では、約束の品だ」

 

 

 

「――とまあ、だいたいこういうやり取りを未来予知と見通す力を使いしていたわけだ」

 

「未来の読み合いなんてする経験なかったから楽しかったよ」

 

「我輩は二度と御免被りたいな。汝の無制限未来予知と違い我が見通す力には反動があるのだ。汝には下手な嘘はつかず腹を割って話した方がマシだと理解した」

 

 あけすけに笑い合う二人を見て、この場にいる全員が思う。魔王軍幹部に化物呼ばわりされてるこの男は、もしかしなくても本当に人間の皮を被った化物なのではないか、と。

 交渉が済んだということは、わざわざ強い敵と戦わなくて済むということ。一先ずプラスに考えることにしたカズマはそっとソウゴの肩に手を添える。

 

「ソウゴ。頼むからたまには人間っぽいことをしてくれ」

 

「え?」

 

「まあソウゴがいつも通り規格外で気味が悪いということはわかりました」

 

「え、あの」

 

「そうだな。流石の私もちょっと気味が悪いと思うぞ」

 

「あれ〜?」

 

「ソウゴの頭がおかしいのなんて今に始まったことじゃないからいいわよ今更! そんなことより、私はその便所コオロギがこの街に住み着くなんて認めないからね!」

 

「俺にとっては良くないんだけど……」

 

 少し肩を落とすソウゴを横目に、アクアはビシッと指を立てる。案外人間らしい可愛らしい一面もあるじゃないか、と件の魔王を見ていたバニルは、そんな女神の行動を意に介した様子はない。寧ろ得意げに笑う大悪魔は、からかう様な言葉を選ぶ。

 

「水洗トイレの女神たる汝に認められずとも、我輩がこの街で暮せばすぐにでも信用を勝ち取るだろう。虫は虫でも益虫だとな。汝も女神を自称するのであれば実力を示せばよい。借金まみれの迷惑プリーストに信用があればの話だが」

 

「借金はもうすぐ返すわよ! それに、私は清く美しい水の女神よ? この街に住む皆からの信用なんて湯水のように湧いてるに決まってるじゃない。ね?」

 

『…………』

 

「どうして全員目を逸らすのよ!?」

 

「フハハハハッ! これはこれは、女神様は道化師を演じられるのがお好きなようで。よくお似合いですので転職なさってはいかがかな? 実に笑えて、実に滑稽である!」

 

「こんのクソ悪魔言わせておけば……!!! 〈セイクリッド・ハイネ「ギルドの中でやめんか馬鹿女神!」あうっ!」

 

 

   ⏱⏲「いひゃい…………(´;ω;`)ウッ……」⏲⏱

 

 

「それでは早速、残機を減らして契約を切ってもらおうか」

 

「それについては、俺じゃなくてめぐみんにお願いしようかなって」

 

「うぇ!? 私ですか!?」

 

 脳天を押さえるアクアを優しく撫でていためぐみんが、急に話に巻き込まれたからか肩をビクリと跳ねさせる。突然の指名に驚いているのだろうが、そんな彼女を意に介した様子のないソウゴはいつも通りのへらへらとした笑みを見せる。

 

「大丈夫だよ。めぐみんの爆裂魔法の威力なら十分バニルを倒せる」

 

「爆裂魔法に耐えられるのは汝くらいだぞ」

 

「よかったなめぐみん。今日の一日一爆裂の的が決まって」

 

「我輩を射的屋の的のように扱うでない小僧」

 

「もし倒しきれなかったらどうするんだ?」

 

「そのときはアクアに浄化してもらうよ」

 

「おい爆裂娘よ。我輩を一撃で仕留められなかったときは、汝が墓まで持っていきたいと思っている恥ずかしい過去トップ一〇(テン)を紙に書き記し、世界中に似顔絵付きでばら撒いてやるからな」

 

「めぐみん任せて! 私がこいつの内面まで浄化してあげるから!」

 

「私が一番とばっちりを食らいそうなのですが!?」

 

「なんだよめぐみん。自信ないのかぁ? 無いならちゃんとソウゴに頼まなきゃな。私の爆裂魔法じゃ倒せそうにないので代わってください、って」

 

 カズマの挑発に、めぐみんの表情が固まった。困惑の顔からゆっくりと、額に青筋を浮かべる紅魔族の顔に変わっていくのがわかる。悪感情にご満悦なバニルの隣でいつもの勝ち気な表情になっためぐみんは、やり過ぎたか? と後悔するカズマに杖を向けて言い放った。

 

「私を本気にさせるとはいい度胸です。私がバニルを葬ったときは、カズマの恥ずかしい過去をばら撒きますからね!」

 

「趣旨変わってんじゃねぇか!」

 

「我輩はどちらでもよいぞ? 恒久的に羞恥の感情が食せるならな!」

 

「なんでいつの間にか二択になってるんだよ! 却下だ却下! ったく、じゃあダクネス。駄女神と爆裂狂のお守り頼んだぞ」

 

「ああ、任せ……って、カズマは行かないのか?」

 

 頷きかけたダクネスが疑問を口にする。全員で事の顛末を見守ると思っていたのか、アクアとめぐみんも首を傾げていた。そんな彼女たちの反応に眉を垂らしたカズマは、ソウゴの背中をポンと叩いて笑う。

 

「俺とソウゴはウィズの店に話をしに行かないとな。あと、ギルドの人とかとの話も詰めなきゃだろ? 任せっきりってわけにもいかないし、ダクネスはいざという時家柄的に知らぬ存ぜぬの方がいいだろうし」

 

「それもそうか……。すまないな、気を使わせて。帰ったら内容を教えてくれ」

 

「いいよ。困ったときはダスティネス家の威光を全力で使うから」

 

「お前はやり口が姑息なんだから、もう少し腹芸を覚えた方がいいぞ」

 

「お前は最近忘れてる、言葉をオブラートに包むってことを思い出した方がいいぞ」

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

 ギルドの前で四人と、それに連れ立って行った立会人の冒険者たちを見送ったソウゴとカズマは、職員たちとの話し合いも早々にのんびりとウィズの店を目指していた。

 めぐみんたちの移動手段が徒歩なのでそれほど遠い場所には行けないだろうが、門番の目を欺くには近すぎるわけにもいかない。そろそろ大きな爆発音が地を鳴らしてもいい頃だろうと思いつつ、カズマは口を開いた。

 

「それで? バニルとは他にどんな取引したんだよ」

 

「そんなのしてないよ」

 

「嘘だな。いつものお前ならアクアも丸め込んで話をつけてたけど、今日はそうじゃなかった。内容も俺たちにわからないように話してたし、何か隠してるか?」

 

「あー、やっぱり気づいてた?」

 

「まだ短いけど濃い付き合いだからな」

 

「この話、他のみんなには内緒でお願いね」

 

 ソウゴはバツが悪そうに頬を掻くが、この男が仲間に嘘をつかないことをカズマは知っている。故意にはぐらかして黙っていることはあっても、追求されれば必ず話すし何か大きなことをするときは絶対に詳細を話してくれる。それはきっと、時を歪め自由にできるという力を持つ者が対等だと思っている仲間に示す、せめてもの誠意なのだろう。カズマはそう解釈している。

 ふっと笑ったソウゴは口を開く。

 

「取引はしてないよ。でも、バニルからできるだけ多く情報を引き出したかったんだ。そのおかげで点と点が繋がった」

 

「点と点?」

 

「バニルは白ウォズと通じてる」

 

「え?」

 

 白ウォズ。自分を死刑にしようとしたアルダープの背後にいる、トンデモチートを持つというダークライダー。もしそれが上位の悪魔だけでなく魔王軍とまで繋がっているのなら、アルダープは人類の仇敵ということになってしまう。

 しかし、カズマがそんなことを言う前にソウゴはその可能性を否定した。

 

「アルダープとの繋がりはないと思うよ」

 

「根拠は?」

 

「簡単に言うと、白ウォズがダクネスの記憶から自分の存在を消してるのに、バニルは俺のことを『我が魔王』って呼んだから、かな」

 

「悪い。前提条件がわからん」

 

 早くも躓いたカズマが音を上げる。理解が追いつかないというよりも、どことどこの点を繋げればそういう話になるのかがさっぱりだった。あはは、と笑うソウゴは指をピンと立てて記憶を掘り返す。

 

「白ウォズってさ、白いウォズだから白ウォズなんだよね」

 

「まあ、だろうな」

 

「日本語の固有名詞で『シロウォズ』。なのにアルダープの屋敷から帰ってきたダクネスは『シロ』しか覚えてなかった。日本語の白なんてダクネスは知らないはずなのに」

 

「あー、そう言えば……。じゃあ、その白ウォズってのが『ウォズ』の部分だけ記憶を消したっていうのか? 何の為に?」

 

「きっと屋敷でダクネスに知られちゃいけないことを知られたんだ。アルダープならダクネスの記憶を改竄して手中に収めようとするだろうから、記憶を奪ってこちらに返したのは白ウォズの判断と見ていい」

 

「ま、あの欲深そうなおっさんならそうだろうな」

 

「なのにバニルは俺のことを『我が魔王』って呼んだ。……この呼び方は、俺が元いた世界で俺の仲間が呼んでくれてた敬称だから、この世界の人が知るはずがない」

 

「お前、前の世界で我が魔王なんて呼ばれてたのかよ」

 

 少しだけ、ソウゴは遠い目をする。懐かしむような、それでいてほんの僅かに憂いの混じった目。瞼に映るのは、今も従順な家臣として新しい自分に仕えその行く末を見守る姿。

 しかしそれは一瞬だった。すぐにいつも通りのへらへらとした笑みを見せるソウゴは、呆れたような表情のカズマへ向き直る。

 

「この呼び方は、きっと白ウォズからバニルに伝わった呼び方のはずだよ。たぶん、俺がここまで勘づくようにヒントのつもりだったんじゃないかな。カズマと俺がこうして話すことは見通してただろうし」

 

「これは気づかれてもいいってことか? 何の為に?」

 

「わからない。でも、アルダープの思惑の外で白ウォズは動いてる。その計画にバニルが加担してるって考えた方がいいかな」

 

「結局、あの悪魔とは敵対すんのかよ……」

 

「それはないよ。バニルが俺に接触してきたのは、計画に俺を利用しようとしてるからだと思う。俺がそのレールに乗れば無駄な戦闘は起きないはずだし、起こさせない」

 

「いいのかよそれ。そいつらに体よくこき使われるってことだろ」

 

「変に抗うより、向こうの予定してる道を歩いた方が白ウォズたちの思惑も見えてくるはずだよ。踊れと言うならいくらでも踊ってあげる。それに……」

 

 一呼吸開けて、ソウゴはニカッと歯を見せる。しかし目はいたずらっぽく、怪しげな魅力を灯していた。この男がこういう目をしているときは信用していい。短くも濃い付き合いのカズマの直感がそう囁いていた。

 

「……担ぎ上げられるのは、慣れてるんだよね」

 

「それ慣れるのはどうかと思うぞ」

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

 闇夜に紛れて、影が揺らめく。月明かりだけが頼りの深夜、使用人たちも寝静まった屋敷の中で唯一暖炉に薪をくべている部屋があった。贅の限りを尽くした調度品に囲まれたその部屋で、これまた端から見ても高級そうなソファで足を組む白ウォズは、パタンと未来ノートを閉じ慣れない首輪を撫でながら呟いた。

 

「新しい仮面、似合っているじゃないかバニル氏」

 

「爆裂魔法を覚える紅魔族などネタでしかないと思っていたが、ネタにしては十分な威力である。あの老いぼれもそろそろ立場が危ういな」

 

「この世界の魔王になんて興味はない。それよりも、うちの魔王はどうだったかな?」

 

「なかなか愉快であったぞ。力ではまず間違いなく敵わないが、知略と能力は五分五分といったところか。詳細はわからずとも、ここの繋がりは察しているであろう」

 

「時を操る力と対等とは恐れ入るよ。流石は地獄の七大悪魔筆頭だ」

 

「頭の中を覗く力と、先の世界を覗く力。これがもし逆であれば、呑気に五分五分などとは口が裂けても言えなかったであろう。末恐ろしい怪物である」

 

「そんな力があれば、彼ももう少し自分を幸せにできたのかもね」

 

 下らない仮定の話だと、白ウォズは鼻で笑う。例えそうだったとしても、彼の迎える結末は変わらなかった。そう断ずるだけの積み重ねを、白ウォズは知っている。

 

「どう動くと思う? 魔王と長い付き合いでありながら辛酸を嘗めさせられた挙げ句、この世界に運悪く引っ張り込まれ悪徳領主の小間使いに成り下がった救世主とやらの従者よ」

 

「私の知る魔王なら楽しく踊ってくれるさ。私が用意したダンスのパートナーなら、きっと気に入ってくれるはずだよ」

 

 パキッ、と、薪が割れる音がした。




監視対象に関する報告書 六日目

本日、領主アルダープ様による被害届の取り下げをもって、冒険者サトウカズマ並びにその一行の観察処分を撤回させていただきましたことご報告致します。監視対象の乱入による、冒険者サトウカズマの裁判の起訴取り下げについての報告書も合わせて送付させていただきます。冒険者アクアの借金滞納によるドネリー様からの申立てについての報告書は後日改めて送付させていただきます。
また、本件はベルゼルグ王家より担当に一任されておりましたので、ウィレム検察官による越権行為を不服とし厳重注意していただきますよう申し立てます。




   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱


「ふう。最後の報告書はソウゴさんに関することを殆ど書いていませんが、問題はないでしょう。あとは昨日送った表情差分の資料についての疑問点の回答と、ソウゴさんに頼まれた事件資料の取り寄せくらいでしょうか……」

 こんな世界でも、プライバシーというものは存在する。被害者を守るのは検察官の使命であるとセナは信じているし、いくら信用のおける相手でも事件の資料をおいそれと渡すわけにはいかない。それでもこうして取り寄せる事件を用紙に羅列しているのは、彼の真剣な表情のせいだ。



 『無理を承知でお願いするんだけど、アルダープが関わってそうな事件の資料、特に被害届が取り下げられたり、証拠不十分で不起訴になったやつとかって見せてもらえないかな?』



(あの真剣なお顔。きっと、我々では届かなかった真実に辿り着ける)

 彼はきっと、泣き寝入りした被害者たちの悲しみを断ち切ってくれる。そう、彼のように言うのなら、“そんな気がする”のだ。そんなことを考えながら、ふと浮かんだ疑問がセナの筆を止めた。

「どうしてあの人は、自分のことを“魔王”と呼ぶのでしょうか……?」

 セナがその答えを知るのは、今よりもずっと先の話だった。
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