このどうしようもない仲間たちに招待を!
スキルとは便利なものだと、カズマは改めて思う。カンカン、とリズムよく金槌を振り下ろすだけで自分のイメージが形になるのだから。正確には『理想の形に加工するためにはどうすればいいかがわかる』なのだが、それでもつい数日前まで自分がド素人だったとは思えない仕上がり。専門の職人に比べればやはり下の上、よくて中の中くらいの技量ではあるが、できることが増えるというのは楽しいものだ。
そんな作業を眺めていたダクネスとめぐみんが、机の上に置かれた道具を手に物珍しそうな声を出した。
「ほう。器用なものだな。この平たい棒は何と言うんだ?」
「孫の手だよ。背中とか、手が届かない所を掻くための道具」
「『まごのて』ですか。先はちょむすけの手みたいですね。では、この刃のついた物は? 武器には見えませんが」
「ピーラーだよ。野菜の皮とかをきれいに剥く道具。……ちょむすけって何?」
「刃が接地面に合わせて動くのか。これを使えば、私でもきれいに皮剥きができるのだろうか?」
「できると思うぞ。剥ける厚さが一定になるよう作られてるから簡単に。結構切れるから気をつけろよ。で、ちょむすけって何?」
「ダクネスが皮剥きをすると、野菜が二回りくらい小さくなってしまいますからね」
「こ、これでも気をつけているんだぞ!?」
二人が興味を示しているのは、これから宝の山になる予定の品物たち。つまるところ、カズマの元いた世界にあった便利グッズである。これらをカズマが工房として割り振られた部屋でせっせと作っているのにはわけがある。
「しかし、こうして見るとカズマの故郷の道具は面白いものが多いですね。良い意味で娯楽的というか」
「ああ。発想が我々に無いものばかりだな。バニルが目をつけるのもわかる気がする」
「普通は背中を掻くためだけの棒なんて作らないもんな」
めぐみんの爆裂魔法によって無事に本体が破壊されたバニルだったが、倒されてすぐ“Ⅱ”と刻印された仮面と共に二代目バニルとしてこの世界に復活した。目的はもちろん、ギルドで話していた夢のための資金稼ぎ。復活してすぐのバニルとアクアがドンパチやっていたらしいことはどうでもいい情報である。
ここで大事なのは資金稼ぎ。そのパートナーとしてバニルが声をかけたのはこことは異なる世界の知識を持つカズマだった。鍛冶屋で〈鍛冶〉スキルを教えてもらったカズマはバニルの提案する儲け話に乗り、こうして元の世界の知識を使ってカズマが手作りできるレベルの便利グッズのサンプルを制作している。
「量産体制と販売ルートはバニルが確保してくれる。俺は商品を形にするだけ。試しにオイルライターを売り出したら好評だったみたいでな。ウィズからもお礼を言われたよ」
「魔法が使えない者が火を起こすとなると、火打ち石か使い捨てのマッチ、もしくはマジックアイテムだからな。あの『らいたー』というのは安価だし、油の補充だけで使い回せるのだから便利なものだ」
「確か、『ばいく』も油で動くんでしたね」
「本当はな。……いやほんと、ソウゴのバイクって何が動力源なんだろうな。ところで、ちょむすけって何?」
あの男の不思議パワーに思いを巡らせたところで解決などするわけもない。考えるだけ無駄だと思考を放棄したカズマは、ずっと気になっていることを口にしつつ折りたたみ式キャンプチェアの骨組みを組み立てていく。
そんなことをしていると、ガチャガチャと玄関の方から音が聞こえた。
「ごめんください。サトウカズマさんはいらっしゃいますか?」
⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱
「こちら、粗茶ですが」
「ありがとうございます。いただきます」
いつもの検察官としてのピリピリとした態度は鳴りを潜め、穏やかさすら感じるセナはめぐみんに出された湯呑に口をつける。熱いだろうにすする音が聞こえないのは、きっとセナの育ちの良さだろう。音を立てないのがテーブルマナーだと聞いたことはあるが、湯呑でそれをされると何とも違和感を覚える。
湯呑を置いたセナにダクネスが切り出した。
「それで、今日はどういったご要件だろうかセナ殿」
「ソウゴでしたらここ最近、休みの度に用事があるとかでいませんよ」
「いえ、ソウゴさんのスケジュールは把あゴホンゴホン。……失礼。今日はサトウさんたちにお願いがあって参りました」
(この人、初めて会ったときから比べて随分とポンコツになったな)
恋は人を変えると言うが、この人の場合駄目な方に舵を切りすぎているとしか思えない。だが、面倒事になりそうなのでここはスルーを決め込むことにしたカズマは、何も聞こえなかった体を装って言葉を返した。
「俺たちにお願い、ですか?」
「はい。実は近くでリザードランナーが大量発生しておりまして、その討伐をお願いしたいのです」
「リザードランナー?」
「ご存知ありませんでしたか? では、ご説明しますね」
リザードランナー。
大きなエリが特徴の草食のモンスターで、外見は二足歩行の大きなトカゲである。普段は大人しいが、繁殖期に入ると姫様ランナーという一回り体の大きいメスの個体が生まれ、途端に厄介なモンスターへと変わってしまうのだ。
その厄介とは、姫様ランナーと番になれる王様ランナーを決めるためのレースである。種族内ではなく、他種族の足の早い生物、それが馬だろうがドラゴンだろうが怯えることなく蹴って挑発し勝負を挑み、より多くのモノを抜き去った個体が王様になり姫様と番になるという、はた迷惑な求愛行動をする習性がある。もちろん起こされたモンスターによる周りの被害もさることながら、危険なのはリザードランナーの強靭な脚力から繰り出される蹴り。挑発のためとはいえその威力は凄まじく、蹴られただけで骨が砕けてしまう馬だけでも被害は甚大であるが、荷台を蹴られ巻き込まれた商人や馬車の搭乗者も後を立たない。
「……そのトカゲの討伐を俺たちに?」
「聞くところによると、サトウさんは馬より早い鉄馬の魔道具をお持ちだとか」
「なるほど。ちゃんばる号なら確かに馬よりも速いスピードが出せますね。リザードランナーを釣る餌にはもってこいです」
「その名前正式採用されてないからな。あと、預かってはいるけど本来あれはソウゴの持ち物だし」
「カズマが引き付けてめぐみんが爆裂魔法で仕留めるわけか。いいじゃないか。引き受けようカズマ」
「おい待て。簡単に言うけどな、それ一番危険なのは俺だろ」
「だがこのままでは流通に関わる者たちが危険だ。解決策があるのなら、早く手を打たねば」
「気持ちはわかるけど……」
「大丈夫ですよ! カズマの〈運転〉スキルなら追いつかれることはありません!」
「そこは心配してないんだよ。お前の爆裂魔法に巻き込まれやしないかというところが一番心配なの」
「安心しろ。討ち漏らしがあれば私が盾になる!」
「俺が追いつかれてる時点でダクネスにはどうしょうもないと思うんだが」
何だか二人がやる気に見えるのはカズマの気のせいではないだろう。ダクネスはいつものノブレス・オブリージュだろうが、めぐみんは恐らくただ放つだけの爆裂魔法に飽きを感じているのではないかと推測する。ここのところバイト三昧で、冒険者らしいことは何一つできていなかったのだ。そこに王国検察官殿からの指名とあれば、燻っていた分二人の気持ちに火がつくのも仕方ない。
とは言え、バニルとの商売が当たれば安定した収入源が確保できる。そんな安全かつ楽な道が開けているのに、わざわざ危険なモンスター退治に出たいわけがない。なんとかして断る口実をと知恵を捻り出していると、ふと先日言われた言葉が脳裏を過った。
『口では何だかんだ言いながらも問題だらけのパーティーメンバーに対して家族愛に似た感情を抱き、不満を並べながらも満更ではない毎日を過ごす小僧とは』
(バニルのやつ、余計なこと言いやがって……)
二人からの熱のある視線に、カズマはポリポリと頭を掻く。荒れ地でもコンクリートの上と大差ないスピードが出せる仮面ライダー印のスーパーマシンなら大丈夫だろう。そう自分に言い聞かせたカズマはため息をついた。
「はぁ、しょうがねぇなぁ……。わかったよ。じゃあさっさと装備整えて行くか」
「ありがとうございます! 話は私の方からギルドに通しておきますので」
「はいはい。……って、そういやアクアは?」
やけに静かだなと思ったカズマは、あの女神様が特等席である暖炉の前のソファにいないことに今更気付く。いつもならこういうとき割り込んできて調子のいいことを言う迷惑極まりない女だが、思い返してみれば朝から見ていない。少し嫌な予感がするのは気の所為ではないだろう。
そんなカズマの心情を察したのか、めぐみんは何の気なしに口を開いた。
「アクアならウィズのお店ですよ。カズマが籠もりっきりで暇だからと、ソウゴと一緒にでかけていきました」
「俺のせいみたいに言うなよ。迷惑かけてなきゃいいけどな……」
「どうする? 声をかけてから行くか?」
「そうだな。バニルとの商談もあったし、ついでに鍛冶屋にも寄りたいし」
「鍛冶屋ですか?」
「ああ。そろそろお願いしてたやつができてると思うんだよ。俺の、新しい相棒がな」
⏱⏲「新しい、相棒……」⏲⏱
「まさか自分で特注したフルプレートアーマーなのに、筋力を考慮していなかったせいで着て歩けないとはな」
「あの動こうとしても指一本動かせない感じが最高に面白かったですね」
「人の不幸を笑うんじゃないぞお前ら。碌な大人にならないからな」
めぐみんとダクネスは、先ほど鍛冶屋で見た光景を思い出してくすくすと笑う。棒立ちのまま腕すら挙げられず、自力で鎧を脱ぐことすらできない様は悪いと思っていても吹き出してしまうだろう。
いくらソウゴやめぐみんという過剰な戦力を有しているパーティーの、しかも女神による無限コンティニューのおまけ付きとは言え職業は最弱の冒険者。少しでも生存率を上げるために強力な防具をと思ったのが間違いだった。自分で思い出しても恥ずかしくなる醜態を、ブンブンと首を振って払う。
「ダクネスがガチムチじゃなくてもっと細ければ譲ってやれたんだけどなー」
「だ、誰がガチムチだ! これでも男の情欲を刺激するボディラインだと自負しているぞ!? なあ、めぐみん!」
「もっと表現方法はなかったのですか……」
呆れるめぐみんは、身悶えするダクネスからカズマの腰へと視線を向ける。カズマの言う“新しい相棒”。見たことはなかったが紅魔族の琴線に触れる造りの異国の剣……の、成れの果てを。
「新しい相棒とやらも随分と小さくなりましたね」
「うるせぇやい。せめて名前くらいはかっこいいのにしたいよなぁ……。村正、虎徹、兼光、小烏丸……」
「そうですね。せめてもの供養ですね。私も考えてあげますよ」
「名前まで妙ちくりんな一振りにする気はないぞ」
「妙ちくりんとは失礼な! カズマも驚くかっこいい名前を付けてあげますからね!」
「命名権を譲った覚えはないよ」
脇差とでも言うべき長さの刀を握りしめ、カズマはうんうんと唸る。この刀はカズマこそ新しい相棒。本来なら太刀ほどの長さで制作を依頼していたのだが、長さに慣れていないせいで商品棚を引っ掛けて倒し、出入り口にぶつかって転倒などを繰り返したため短く加工し直してもらうこととなった逸品である。
やはり騎士としては興味があるのか、隣でまじまじと見つめるダクネスは楽しそうに口を開いた。
「だが、短くなっても面白い形をしているな。片刃なのもそうだが、不純物を取り除き純度の増した刀身の模様が特に美しかった。これもカズマの故郷の武器なのか?」
「ああ。侍っていう剣士たちが腰に差してたんだ」
「ほう、『さむらい』か。聞いたことがないな……」
「〈
日本刀はロマンがあると思っているが、やはり異世界転生などというものに食いつく日本の若い男女なら効果の面から西洋の伝説の聖剣や自分の考えた最強の武器をお願いするのだろう。そもそも、最初にカズマが提示された恩恵もそういうものが多かったと片隅にあった記憶を掘り起こす。
(あれから長いような短いような。まあ、色々あったよなぁ)
しみじみともの思いにふけりながら仲間の顔を見る。いつかソウゴの語っていた恩恵。今でもやはり、強力な武器かスキルにしておけばよかったかと思うこともある。だが、あのとき短気を起こした自分を少しだけ褒めてやってもいいかなと、カズマは思った。
⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱
「ちわーっす。アクアいるかー?」
カランコロン、と来客を知らせるベルが鳴り終わる前にカズマは問いかけた。いつもなら窓際の席で図々しく紅茶を飲みウィズとお喋りしているのだが、今日はいない。奥か? とカウンターの方に目をやるも、人の気配はするのだが顔を出す素振りはない。
カズマが〈敵感知〉スキルを使う前に気配を察知したのは、流石は上級職のクルセイダーといったところか。静かに剣を構えたダクネスがカズマの前に立つ。
「ウィズでもバニルでもないな。そこにいるのは誰だ?」
「まさか、強盗ですか!?」
「いや、強盗でももう少し押し入る店考えたほうがいいだろ。あと杖を下ろせ」
「確かに、ここにあるのは金目の物とは程遠い物ばかり……」
「カズマ! それにめぐみんも! 冗談ばかり言ってないで戦う準備をしろ! アクアもウィズも捕まっているかもしれないんだぞ!?」
「そ、そうだよなダクネス! よし、俺が〈バインド〉で……」
「待ってぇ! 待ってください!」
カズマたちが攻勢に入ったからか、気の弱そうな少女の声がカウンターの奥から慌てて上がる。聞き覚えのあるその声の主は心の準備を終えたのか、顔を見せると共にマントをはためかせた。
「ひ、久しぶりね、めぐみん! バイトにも顔を出さなくなったあなたとこんなところで会うなんて、何たる偶然! 何という運命の悪戯! さぁ、勝負よ我がライバル!」
この店で一番出会わないであろう人物、ゆんゆんが羞恥で頬を染めながらビシッとポーズを取る。恥ずかしがってはいるものの紅魔族の血が流れているんだな、などと感心していたカズマの裾を、ちょいちょいと引っ張っためぐみんは、ゆんゆんを指さすと非常に冷たい声で言い放った。
「カズマ、〈バインド〉を。不審者です」
「不審者じゃないからぁ!」
「それで? どうしてあなたがここにいるんですか、ゆんゆん?」
「あの、その、話すと長くなるんだけど……」
「じゃあいいです。行きましょう、二人とも」
「待って! 話す! 簡潔に話すからぁ!」
興味を失ったのかさっさと店を後にしようとするめぐみんのローブにしがみつくゆんゆん。見ていて辛くなるのでもう少し強く生きてほしいと願うカズマではあるが、ここでゆんゆんから話を聞かなくては店がもぬけの殻である理由がわからない。そう思うのはダクネスも同じだったようで、剣を収めるとゆんゆんを引き摺りながら尚も扉へと向かうめぐみんを制した。
「まあまあ、めぐみん。ゆんゆんしかアクアの行き先がわからないんだ。な?」
「……わかりましたよ。それで? ウィズやバニルはどうしたんです?」
「あっ、えっと、バニル? っていう人は知らないけど、アクアさんならいたわ。ただ、私がお店に来るなり店番をお願いされて、店主さんと二人で出ていってしまって……」
「店主ってことは、ウィズと二人で?」
「はい! 確か、短期間で確実に儲ける方法が、とか言ってましたけど……」
「うわぁ。嫌な予感しかしない」
カズマの発言に、二人も同様の顔をする。バニルがいないことも気がかりだが、それ以上に借金をすることにかけては天才であるアクアとちょろ過ぎるウィズの二人が組んでいることがもう既に手遅れな気がしている。
被害が拡大する前に探し出したい。しかし、思いとは裏腹に時は既に遅かった。
「たっだいまー! って、どうしたの皆して」
カランコロン、とほくほく顔の二人が店の中へと入ってきた。幸福に色があればこういう色をしているのだろう。そういう輝きを放ちながら帰ってきた二人だが、カズマたちの視線は幸せそうな表情よりもウィズの小脇に抱えられた札束、そしてアクアに担がれた重量を感じさせる麻袋に目が行ってしまう。
「……おいアクア。その金どうした」
「ふっふっふ……。これにいち早く気づくとは流石ねカズマ。伊達にこの中で一番長い付き合いじゃないわ」
「俺じゃなくても気づくわ!」
「短時間で確実に儲ける……。まさか、銀行強盗ですか!?」
「ちっがうわよ! この清く正しい水の女神がそんなチンケな犯罪に与するとでも?」
「でなければ、その金はいったい……?」
「借りたんですよ。投資のために!」
唖然とする仲間たち、そして話についていけていないゆんゆんが閉口する中で、満面の笑みのウィズを背に立つアクアが鼻高々に胸を張る。
「いい? 女神であるこの私が降臨したからには、ソウゴじゃない方の魔王は早々に討伐されるでしょう。となると、数年後にはベビーラッシュ、数十年後は団塊世代、数百年もすれば人口は爆発することになるわ。当然、人が住む土地が足りなくなる。そこで、土地転がしよ!」
「数百年って、お前らのスパンで考えてるんじゃねぇよ! それまでの土地の維持費はどうするつもりだ!? 管理費だけじゃなくて、税金とか利子とか色々あるんだぞ!?」
「勿論そこは考えてるわ。だから投資する前にこの全てのお金を調べ上げて一山当てるのよ。そう、プレミア貨幣でね!」
「「「プレミア……貨幣?」」」
聞き慣れない言葉に三人娘は首を傾げた。一方、あまりの衝撃に目眩すらし始めたカズマは、補足説明すらする余力もなく頭を抱える。
「プレミア貨幣っていうのはね、珍しくて希少価値の高いお金のことよ。形が崩れてしまった硬貨や印刷に失敗してしまった紙幣なんかのエラー品。もしくは増産された数の少ない年の貨幣なんかね。希少価値が高ければ、銅貨一枚でも金貨並みの値が付いたりするのよ」
「それで残ったお金を土地に回して、プレミア貨幣のプラスで借金を返してしまおうという算段です!」
「コレクターなんかに売ればボロ儲け。上限いっぱい借りてきたから、探せばじゃんじゃん出てくるに違いないわ! これを繰り返せば土地の維持費も捻出できる。さ、皆いるんなら手伝ってよ!」
力強く力説したアクアと、そんなアクアにキラキラとした目を向けるウィズ。そしてなんだか少し感心したような雰囲気になってきた店内で、カズマは自分でも驚くほど低い声を出した。
「……おいアクア。その買い取ってくれそうなコレクターの目処はついてるんだよな?」
「そんなのついてるわけないじゃない。でも、王都に行けばそういう変わった人はきっといるわよ。貴族って好きそうじゃない?」
「……お前、プレミア貨幣が混ざってる確率って知ってるのか?」
「さあ? でも、五%くらいは混ざってるんじゃないの? この間の借金滞納のせいで借りられるお金に制限があったけど、色々回って全部で六千万エリスだから……この内の三百万は二倍、いや三倍以上に化ける計算ね」
「どんなザル勘定だ! そんなに高確率で混ざってたら、希少価値なんてあるかーッ!」
カズマの咆哮と共に、この世界で一番キツイげんこつがアクアの頭に振り下ろされた。
⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱
時は、少し遡る。
「先輩、いいんすか? バイトに資料読ませちゃって」
「セナさんが許可出したんだろ。なら俺らには止められないよ」
「あのキッツイ真面目の鬼を丸め込むなんてやりますね、あの人。流石は自称魔王」
「馬鹿。もし本人に聞かれたらどうするんだ」
(セナって、もしかして職場で怖がられてるのかな?)
そんなことを頭の片隅に思い浮かべながらペラペラと冊子を捲る。保存用資料ということで丁重な扱いと持ち出し厳禁を言い渡されているため、監視の目という名目上警察署の資料室でのみ閲覧許可を得たソウゴは、大衆の目に晒されながらセナに頼んでいた資料を読み漁っていた。
「これも、か」
閉じた冊子を机の上にある山積みの資料の一つに加える。横領が疑われた事件、有力な貴族の身内に不幸があった事件、アルダープと関わりのあった女性の失踪事件。上げだしたらきりはないが、どれもこれも気持ちのいい結末を迎えたものはなかった。
(始まりはアルダープの奥さんが亡くなって少ししてから。ここ一年くらいでめっきり訴えの数が減ってるけど、これはたぶん白ウォズの介入が始まったからかな。見えなくなった事件は警察の力じゃ追いきれない、か)
積み上げられた事件資料、その全てが証拠不十分。更にこれにプラスして、訴えの上がらなかったものや完全に隠蔽してしまったものを合わせれば膨大な数になるだろう。その全てに“辻褄合わせ”とやらが絡んでいるとすれば。
(悪魔はアルダープに積極的に力を貸してると思ったほうがいいか。それとも、他人に代償を払わせている……? どっちにしても、なるべく早く動かないと被害者が増える)
解決策は一つ。悪魔との契約を解除させ全ての異変を正すこと。その過程が圧倒的な力による強制か、交渉によって改心させるかの違いはあれど、ゴールは概ね変わりない。だが、そのどちらの道を進むにせよ障害は多い。
(問い詰めたところで正直に吐くとは思えない。俺がアルダープだったら、二人の力で俺の周りの人間に魔王を名乗る俺が悪者だと思い込ませるだろう。俺を排除するには一番効果的な手のはずだ)
思い出すのは、共に戦った仲間に忘れ去られ戦うことになった時間。歪められた歴史の中で自分という存在が消失し、新たに擁立された王の手で最低最悪の統治がされた未来。傷つく人々の姿と、絶望から這い上がろうとする仲間たちの意地。
そして、そこから繋がる世界の破滅。
(いや、あのとき白ウォズはいなかった。それに加古川飛流も、スウォルツもこの世界にはいない)
首を振って幻影を払うと、どうしたものかと考える。暫定的な証拠で乗り込み白ウォズの計画ごとひっくり返してもいいが、仮にアルダープの裏にまだ黒幕がいるのならトカゲの尻尾切りになってしまう。
(ダクネスの消された記憶さえわかれば……)
そんな風に考え事に熱中していると、目の前にコトッと頼んだ覚えのないコーヒーカップが置かれた。淹れたてであろう、立ち込める湯気が豆の芳ばしい香りをソウゴへと運んでくる。いや、そもそも資料室で飲食など普通に考えて禁止だろう。一体誰が、とソウゴが顔をあげると、そこにはこちらに笑みを向ける女性の警察官が立っていた。
「どうぞ。朝からずっと資料と睨み合ってますけど、疲れませんか?」
「…………何してるの、バニル」
「バニル、ですか? 私はアリアですけど」
「言わなかったっけ。俺、魔力が見えるからそういうのわかるんだ。バニルは特に魔力強いし」
「……この姿のまま愛の告白でもして後で赤っ恥をかかせてやろうと思ったのだが、どこまでもつまらん化物よ。ご明察の通り、我輩は模範的なアクセル市民ことバニルである」
ため息をついた女性警官ことバニルは、そのままの姿でソウゴの対面に座る。認識のすり替え、いや、これは他人に化ける魔法だろうか。胸元から取り出したいつもの仮面で目元を覆うバニルは、高い声にいつもの口調という違和感を撒きながらテーブルに肘をつく。
「で、何してるの? お店は?」
「店主が一人で店番をしている。流石に店番程度で負債を背負うほど愚かではなかろう」
山から一冊抜き取ったバニルは、ペラペラと興味なさげにページを捲る。決して読みたかったわけでも、邪魔をしに来たわけでもないだろう。現に捲る手付きは一定で、読んでいるというより眺めているが正しい。いまいち目的の読めないバニルは、資料に目を落としたまま口を開いた。
「今日は一つ、汝らにとって得しかない話をしに来てやったのだ。聞きたいか? 人の理に己を縛ることでなんとか人間であろうとする魔王よ」
「俺にそういう口撃は効かないよ」
「ただの戯れである。それで? 聞きたいのか、聞きたくないのか」
「……聞きたいな」
「素直でよろしい。が、会話を楽しむためにも未来予知はやめることだ。さもなくばこの娘の姿でとんでもないことをするぞ」
「その人に恨みでもあるの?」
「人間に恨まれるようなことはあれど、その逆はありえないな」
ククク、と笑うバニルは資料を山に戻すと、そのままソウゴの前に六枚のチケットを差し出した。受け取ったソウゴは、そのチケットに書かれた文字を読み上げる。
「『アルカンレティア宿泊券』?」
「水と温泉の都、アルカンレティア。近所のマダムから日頃のお礼に温泉でも、と譲り受けたのはいいが持て余していたのだ。それを譲ろう」
「いいの? タダで貰っちゃって」
「気にするな。うちの店主を誘って楽しんでくるといい。福引で当たったとでも言えば着いていくだろう」
「その心は?」
「うちの働けば働くほど貧乏になる商才のない極貧店主を、
「なるほど。それで温泉」
「そういうことだ。あの負債店主を誘って六人でゆっくり、二泊三日の温泉巡りでもしてくるといい。その間に我輩は不良在庫の返品と、小僧の商品の量産を始めなくてはならんのでな。店主がいては作業が進むどころか増える一方だ」
雇い主に対してあんまりな言い草だとは思う。が、それはそれとして温泉旅行は魅力的に感じるのも本当の話だ。
アルカンレティアについての知識を、ソウゴはあまり持ち合わせていない。知っていることと言えば、荷馬車の検閲のときに有名な湯治場だと耳にしたことがあるくらいだ。未知の土地に対する好奇心もあるが、それ以上に仲間たちと共に旅行というのも惹かれるポイントではある。気分の乗ってきたソウゴは、バニルに笑みを向けた。
「ありがとう。じゃあ遠慮なく貰うね」
「うむ。では旅行中の店主のお守りは任せたぞ、魔王よ」
仮面を外して立ち上がったバニルは、波風を立てないようさっさと資料室を出ていってしまった。模範的なアクセル市民というのも、あながち嘘ではないらしい。
知りたい情報は閲覧を終えた。カズマたちにさっさと話して予定を立ててしまおう。いや、きっと賛同してくれるだろうから先にウィズを誘って屋敷へ行こうか。その前に守衛のバイトの長期休暇を取らなければ。これからの段取りを組み立てたソウゴは、前の世界での修学旅行以来となる楽しい旅行というものに胸を弾ませていた。
⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱
楽しい旅行に、胸を弾ませていたのだ。
「……あのさ。毎度毎度、ちょっと目を離しただけでどうしてこんなに面白い状況が作れるの?」
まずウィズを誘うために訪れた魔道具店は、形容し難い惨状と化していた。
腕をL字に組んで目を光らせるバニル、黒焦げのウィズ、ウィズに〈ドレインタッチ〉で体力を送るカズマ、生命力を吸われるダクネス、タライに浸るアクア、それに水をかけるめぐみん、あわあわと見守るゆんゆん。
ひと目見ただけで状況が読めないソウゴは、とりあえず宿泊券がもう一枚必要になりそうだな、とだけ思うことにした。
親愛なるふにふらさん、どどんこさん、お元気ですか。私は元気です。
アクセルの街に着いたときは不安も多かったですが、周りの方に親切にしていただいてお友達もできました。
魔王を名乗る男の子です。本当です。ぼっちが男と知り合えるわけないとか言わないでください。
その男の子は魔王軍幹部を軽々葬り、時を巻き戻したり時間を止めたりできます。本当の本当なんです。妄想と現実の区別くらいつけろとか言わないでください。信じてください。
またお手紙書きます。