ふと気がつくと、ソウゴは灰色の空間にいた。見慣れたわけではないが何度か足を運んでいる空間に、向かい合って配置された二脚の椅子。アンティークな椅子に座った自分と向かい合うのはやはりと言うか、微笑みを携えた女神様だった。
「夜分遅くに申し訳ありません、時の魔王」
「久しぶりだね、エリス様。……で、なんで俺ここに呼ばれたの?」
尋ねながら、眠る前のことをゆっくりと思い出す。確か昨夜の自分は、アルカンレティアに出発する早朝の馬車に乗るため荷造りを済ませ早めに床についたはずだ。その証拠に、今の自分は寝間着を着ている。ナイトキャップのせいで締まりはないが、そこは目を瞑ってもらおう。
そんなことを考えていると、エリスは歯切れが悪そうな口調で頬の傷を掻いた。
「ソウゴさんに、折り入ってお願いがありまして……」
「お願い?」
「今日からご旅行だとは聞いています。ですがこちらも緊急でして、借りを返すと思って何卒……」
申し訳無さそうに眉を垂らすエリスに、ソウゴはなんとなく嫌な予感がする。いつも遠慮がちな彼女が、クリスとしてではなくわざわざエリスとして強制的に自分を呼びつけた時点で察するべきだったのかもしれない。そこまで気付けなかったのは寝起きだったということで目を瞑ってほしいところではある。
そんなソウゴの思いを知ってか知らずか、エリスは曖昧に微笑んでいた表情を引き締めた。
「実は、アクセルの街にとある神器が持ち込まれた、という報告がサキュバスたちから上がっています。その回収を手伝っていただきたいと」
「あ、サキュバスさんたちと仲良くやってるんだ」
「あ、貴方の顔に免じてです! 彼女たちは顔も広いですし、私も天界の仕事があって常に外界にいられるわけでありませんから。……だからといって、あのバニルという悪魔の存在を許したわけではありませんからね?」
「あはは。ところで神器ってなに?」
聞き慣れない単語に首を傾げる。名前からしてとんでもアイテムのような印象はあるが。はぐらかすようなソウゴの疑問について、エリスは少し頬をふくらませると悩ましげな苦笑いを浮かべた。
「神器とは、この世界に転生した者に天界より与えられる強力なマジックアイテムです。アクア先輩が贈った〈転生特典〉、カズマさんの言葉をお借りしてチートアイテムと言った方がわかりやすいでしょうか」
「ふーん。回収ってことは、そのチートアイテムで転生した人が悪さしてるってこと? あ、でもそれなら神器が持ち込まれた、なんて言い方しないか」
「はい。本来、神器は与えられた転生者専用の強力なアイテム。しかし、力の一端であれば誰でも使用が可能です。性能は格段に落ちるのでほとんどが普通のアイテム程度になるのですが、中には一部であれ人の身に余る危険な効果を発揮する物もありまして。そういった神器を回収するのが私のお役目です」
「お役目って、確か前にそんなこと言ってたね。じゃあ、その危険なのがこの街に?」
コクリ、とエリスは頷いた。
「回収する神器は〈異性を虜にする香水〉。仕組みは、香りを嗅いだ異性を魅了して意識を低下させその異性を従わせるというもの。効き目の強い惚れ薬のようなものですね」
「惚れ薬? それって危険なの?」
「いえ、持続時間も数時間程度と短いので、神器自体はさほど危険というわけではありません。ただ、今回はその神器に厄介な組織が絡んでおりまして……」
「厄介な組織?」
ソウゴは、敵対組織というものの恐ろしさを知っている。思い出されるのは、実際に対峙したタイムジャッカー。傀儡となる王を生み出し歴史を我が物にしようとした無法者たちである。この世界の女神に厄介と言わせる連中が、惚れ薬を使いよからぬことを企むのであれば、その野望は王として叩き潰さねばならない。
エリスは真剣な表情で、その厄介な組織の名を口にした。
「『女性の婚期を守る会』です」
「……なんて?」
「ですから、『女性の婚期を守る会』です。結婚願望のある未婚の女性が集まって結成された、この街の秘密組織になります」
「……うん、まあいいや。続けて」
「現在『女性の婚期を守る会』の内部では、結婚すれば愛が芽生えるとする見合い結婚派と、愛し合った先に結婚があるとする恋愛結婚派に分かれ争っています。この見合い結婚派が〈香水〉を手に入れたらしく、乱用されれば牽制しあっていた力関係が崩壊し、一気に結婚ラッシュになることでしょう」
「……それはまあ、いいんじゃないの?」
「よくありません! 効果が短くても組織的に〈香水〉が使われ結婚まですれば、社会的な拘束力による精神支配と変わりません。そうなれば、この世界の人々は〈香水〉の力で意に沿わない相手との結婚を無理強いさせられることになるでしょう。精神の自由が神器によって妨害されるなど、あってはならないことです!」
「なるほど。それは確かに困るね」
民の幸せを願うソウゴだが、他者の意思を無視した幸せを応援するつもりはない。身構えていた分落差に頭を抱えたいところだったが、思っていたより状況は壮大かつ深刻らしい。
それに、エリスが先輩の尻拭いをするというのなら、自分はパーティーメンバーの尻拭いをしなければならないだろう。これで借りを返せるなら悪い話でもない。
「わかった。手伝うよ、そのお役目。詳しいこと教えてくれない?」
行きの馬車に乗れないのは残念だが、これも最高最善の魔王になるため。バイクを使えばすぐ追いつけるだろうと考えたソウゴは、どうして見通せるはずのバニルに渡された宿泊券が六枚だったのか、その理由を少し考えた方が良さそうな気がしていた。
⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱
その日は、まるで世界がアルカンレティアへの旅路を祝福しているかのような快晴だった。春の陽気に当てられた馬車の停留所も、行商人や旅行客でいつも以上に賑わっている。見送りのためやってきたソウゴが仕事をしている同僚と挨拶を交したり、顔見知りの御者に手を振っていると、隣を歩いていたカズマが売り子のお姉さんから買ったおにぎりを片手に思い出したように呟いた。
「そういやセナは? どうせ着いてくるんだろ?」
「セナ? 来ないけど、どうして?」
「いや、職権乱用してでも絶対に着いてくると思ってたから、広めの馬車探してくるようにアクアにお願いしたんだよ。そっか。来ないのか……」
「なんか残念そうだね」
「ソウゴを餌にすれば絶対に混浴に来ると思ってたから残念だな、と」
「素直に言えば許されるってものでもないよ。何か、用事が立て込んでるんだって。温泉好きそうだったから、一応声はかけたんだけど」
「あいつ、お前以外に優先する事があったんだな……」
「そりゃセナだって、いつまでも無罪になった俺たちばっかり構ってるわけにいかないでしょ」
「いや、そういう意味じゃないんだが。……まあいいや。食べるか? おにぎり」
「あ、貰う。お腹空いてたんだよね。中身は何?」
「オカカの実」
「……カカオ?」
「オカカの実だって。まあ、食べてみたらわかるよ」
聞き慣れないが好奇心から一つ受け取る。とりあえず半分に割ってみると、まず初めによく知る純和風な香りが鼻孔をくすぐった。懐かしい香りが記憶の扉を開く。
これはよく、ソウゴにとっての育ての親、常磐順一郎に握ってもらったおにぎりの具の香りだ。しかし、中心にある具の見た目がどうにも木の実にしか見えないせいで、ビジュアル的な違和感が強い。
「この世界のおかかって木の実なんだ」
「南の方の森に生ってるんだと。オカカの木は削って鰹節にするらしいぞ」
「へぇ。じゃあ、樹液って鰹だしなのかな?」
「いや、それは知らんが」
若干の抵抗を感じながらも、抑えられない好奇心の力を借りて口に運ぶ。お米の甘みとカリッとしたナッツ系の歯ごたえ、しかしそれでいて口に広がるのは甘辛いおかか本来の風味。美味しいのだが不思議な食感であるオカカの実が、ソウゴの思い出にある順一郎のおかかを侵食していく。
そんな新しい常識と出会っていたソウゴを横目に、カズマもおにぎりを頬張りながら呟いた。
「しかしタイミング悪いよな。こんなときにエリス様からのお願いなんて」
「仕方ないよ。俺が王様である以上、この町で起きる面倒事はちゃんと解決しなきゃ」
「ソウゴはきちんと王様してて偉いよ。それに比べてあの駄女神は。自分が撒いた種なのに後輩のエリス様に仕事押しつけやがって」
「でも、そんなアクアを特典に選んだのはカズマでしょ?」
「短気を起こしたあの時の自分を殴りたい」
ぼやくカズマの目は、半分以上後悔の色に染められていた。クーリングオフ制度が確立されれば躊躇いなく天界に送り返すだろう、そういう目だ。アクアの持ち込む面倒事も生活を楽しむスパイスにしているソウゴだが、カズマにとっては劇薬と同等なのだろう。
そんなことを考えていたソウゴは、視界の端で人の波を掻き分ける巨大な塊が、だんだんとこちらに近づいて来るのに気がついた。
「あっ、ソウゴさん! カズマさん!」
その巨大な荷物は、こちらに気がつくと聞き覚えのある声で二人に声をかけてきた。小走りで駆け寄ってくる大玉転がしの玉のようなそれが七人目の旅の同行者であると判別がつく頃には、彼女は満面の笑みで二人の目の前に到着していた。
「おはようございます! 今日はよろしくお願いします!」
「おはよう、ゆんゆん。それにしてもすごい荷物だね。……アルカンレティアに引っ越すの?」
「あんなところに引っ越すわけないじゃないですか! って、そんなに荷物多いですか? 私、お友達と外泊して遊ぶのって初めてで……」
「ゆんゆん。それ以上は悲しくなるからやめてくれ。な?」
二人が大玉と勘違いしたものは、もう漫画でしか見たことがないようなぎゅうぎゅうに詰められたドデカいリュックサック。明らかにゆんゆんが三人くらいは入りそうなそれを彼女は平然と背負っているが、恐らくは物を浮かせる魔法を使っているのだろう。そうでなければダクネス並みの筋力がその服の下に隠れていることになってしまう。
この荷物の量も浮かれ気分で準備をした結果なのだろう。よく見ると目元には薄っすらとクマもある。遠足前の子どものような姿を思い浮かべてしまうと、この大荷物について言及するのは憚られる。どうしたものかと思考を巡らせる二人の間に、恥ずかしさと怒りに頬を赤らめためぐみんが慌てたように割って入った。
「なんですかその荷物は! 移動日も合わせて五日ほどの旅なのに自分の体より荷物が多くてどうするんです!? 一緒に行動する我々の方が恥ずかしいんですからね! ちょっとこっちに来なさい!」
「あっ、ちょっと待ってめぐみん! まず誘ってくれた皆さんに朝焼いてもらった豚の丸焼きを……」
「そんなもの持ってきてるから無駄な荷物が増えるんですよ! 馬車に乗ってるどのタイミングで食べるつもりですか!? あなたそれでよくこの街まで一人で来れましたね!?」
まるでお母さんのように怒るめぐみんが、リュックサックからゆんゆんを強引に引き剥がすと、その場で中にあったものを次々と外に出していく。
ゆんゆんが「それは移動中暇になったらやるゲームで!」とか「予備の予備の予備の予備のソックスが!」と悲鳴を上げているが、構いなどしないめぐみんは嘆きを無視して仕分けを進める。観衆からの注目を集めているが、不本意な形で目立つことになっためぐみんは珍しく耳まで羞恥の色に染めていた。
「……おかしいな。めぐみんが真人間に見える」
「それ本人に言ったら爆裂魔法だよ」
触らぬ神になんとやら。紅魔族は紅魔族に任せようと決めた二人は、他人のフリをしつつ距離を取りおにぎりを飲み下す。
だがしかし、新しい騒々しさが二人を掴んで離さない。
「これが一番多く乗れる馬車なんでしょ!? なんでこんなトカゲやら子犬が既に座席を占領してるのかしら?
説明して。この私にわかるように説明して!」
「困りますよお客さん! それはドネリー様から依頼されて王都まで運ぶ商品なんです! 座席分のお金は貰ってるんですから勝手に下ろそうとしないでください!」
「やめるんだアクア! すまない。すぐに引き剥が……今、ドネリーと言ったか? ドネリーの者がこれを?」
「え? ええ、なんでも地方で捕まえた珍しいモンスターを王都の貴族に売る商売を始めたとかなんとか」
「よしアクア。この積荷、全て下ろすぞ」
「ガッテンよダクネス!」
「そんな!? 困りますよダスティネス様!」
「ロックサラマンダーの幼体に白狼の子どもなんてこの辺りで捕獲できるわけがない。相当な手練の冒険者でもなければな。きっと何かやましいことをして手に入れたに違いないんだ! これはれっきとした犯罪の証拠だぞ!?」
「そんなこと言われたって……!」
ダクネスが御者の胸ぐらを掴むという、珍しく実力行使に出ていてカズマの顔も青ざめる。男女としての力の差など冒険者としての力量で埋めてしまえるこの世界で、ダクネスが手を出せば御者のおじさん程度一撃で伸してしまうだろう。流石にそんなことをする直情的な人間ではないと信用しているが、あの絵面は色々とまずい。
「何してんだアホどもー!」
傍から見れば恫喝と営業妨害の現行犯。加えて最近はダクネスが貴族の娘だと吹聴して回ったせいで余計に目立つ。ただの冒険者でも相当にマズイのだが、それでもカズマが焦るには十分だった。
全力で駆けて行ったリーダーを眺めながら、ソウゴはクスッと笑みを浮かべる。
「めぐみんがお母さんなら、カズマがお父さんだね」
「それは本人たちの前で言ってやるといい。面白い反応が見られるぞ」
一人言に返事があっても驚きはしない。大きな魔力の塊が二つも近づいてくれば誰かくらいは予想がつくというものだ。それに、ダダ漏れの気配に一々ビクつくほど繊細な心臓をしているつもりもない。バニルの声に振り返ると、彼は一人で肩にえらく厚みのある黒い布を担ぎ仁王立ちしていた。
「おっと、流石の魔王も驚きの感情は隠せないか。朝食にはほどよい驚嘆の感情である」
「その肩の何? ていうかウィズは?」
「いやはや、いくら恐れ知らずな我輩とてご近所の目があるからな。体裁上、そのまま持ち歩くようなことはせん」
そう言ったバニルは、担いでいた黒い布を無造作に地面に放り投げた。「どふっ」といううめき声を漏らしたそれが投棄された勢いで半回転すると、自然と布もはだける。そこから黒焦げになった見覚えのある顔が覗いたとき、ソウゴは思わず声を裏返した。
「どうしたのウィズ!?」
「この余計なことをすることに定評のある貧乏店主め、旅行前に不安だからと余計な品物を山のように買い込んでいたのだ。罰として我が〈バニル式殺人光線〉で両面こんがりとな。安心するがよいぞ魔王。焼き加減はレアに留めてある」
「いや、全然安心できないんだけど。なんか透けてない?」
「ふむ。流石にこのまま消滅されるのは色々とマズいな。全快とはいかないだろうが、小僧に〈ドレインタッチ〉を頼むか。馬車に揺られていればそのうち蘇るだろう」
そう独りごちたバニルはウィズの首根っ子を掴むとそのままズルズルとカズマの元へと引きずっていく。体裁がどうのと言っていたが、あれは悪魔的なジョークだったのだろうか。ウィズが女性以前に人として扱われていないのはよくわかるが、半透明になった有名人がそれでは否が応でも目立ってしまう。
「待ってバニル」
呼び止めたソウゴは二度目となる“仮面ライダー剣”の力をこの世界に呼び出そうとする。エネルギー補給要員のような扱いで申し訳ないが、今は非常事態である。歴史の中の戦士も目を瞑ってくれるだろう。
そう都合よく考え黒い靄を手のひらに纏わせるソウゴ。その姿を見るバニルは、不思議そうに首を傾げた。
「何をするつもりだ? 汝の生命力など流し込めばとどめにしかならんぞ」
「違うよ。前、ライダー一人の力なら受け止められるってわかったからさ。その時のライダーの力をまた借りようかなって」
「ふむ……」
ソウゴの言葉に引っかかりを覚えたのか、思案するバニルは顎に手を当て少し真面目な調子で口をつぐむ。やがて結論が出たのか、黒い靄のまとわりつくソウゴの手をやんわりと制した。
「〈ドレインタッチ〉は対象の魔力、生命力といったエネルギーを文字通り吸い取るリッチーのスキルなわけだが。汝の呼び出そうとしているモノは人ではなく、あのライドウォッチとか言う物に近いのではないか?」
「そうだね。その認識で間違いないと思うよ」
「ならば、その仮面ライダーとやらの力が店主に注入されることになる。汝から切り離した生命力の欠片と言えばそうだが、なんだったか、あの力と歴史を無理矢理ねじ込まれ歪んだ存在は。……確か“アナザーライダー”だったか? やり過ぎると店主があれになってしまうだろう」
「え、そうなの?」
「すぐにという訳ではない。此奴はこれでもアンデッドの王たるリッチー。人間と違い一度や二度力が混じった程度で存在を奪われるほどやわな造りはしておらんが、蓄積すればどうなるかわからない、という話だ」
「……随分と詳しいね。アナザーライダーのこと」
「お察しの通りだ、と言っておこう。さて、無駄話はこの辺りにしておこうか。我輩も早く帰ってポンコツ店主が買い込んだ不良在庫を処分してしまいたいからな」
そう言って背中越しに手をひらひらと振るバニルは、周りの視線など気にせずウィズを引きずっていく。それを見送ったソウゴは、行き場を失った靄を晴らして自分の手に視線を落とした。
⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱
「ねぇソウゴ。やっぱり私からエリスに言ってあげるわよ? 一人居残りなんて寂しいじゃない」
「いやいいよ。これも王様の仕事だからさ。それに、ゆんゆんの荷物も屋敷に運ばないとだし」
「いえ、そのときはゆんゆんを置いて行けばいいだけですから」
「どうしてそんなこと言うの!?」
「そんなことしないって。到着は明日の昼前だっけ。お昼ごはんには合流できると思うから、皆は気にせず馬車の旅を楽しんでよ」
「そうか……。わかった。お前なら心配はいらないだろうが、気をつけるんだぞ」
「では、我々は一足先にアルカンレティアでお待ちしていますね」
「うん。皆も気をつけて」
「それ既にバニルに言われたから不安で仕方ないんだが」
御者が発車の号令をかけると、仲間たちを乗せた馬車はゆっくり動き出す。蹄がレンガの道を鳴らし、よく整備された木製の車輪がカラカラと音を響かせる。少しずつ歩みを進める彼らに、ソウゴは大きく手を振った。
「いってらっしゃい!」
『行ってきまーす!』
元気よく声を返してくれた六人の姿は、徐々に小さくなっていく。これから一日半を掛け、一泊を挟み目的地へと向かう旅程。いつもは荷物の検査などで関わるものだが、やはり客として馬車を見送るのとでは違う感覚があった。
あとに続く荷馬車や護衛の冒険者たちにも手を振ったソウゴは、旅という非日常な体験に出遅れたことに対し少し惜しいことをしたかと思ってしまう。馬車の後ろ姿が見えなくなるまで眺めていたソウゴは、軽く伸びをして息を吐いた。
「さ、夜まで何しようかな」
しかし、そこは気持ちを切り替えてやるべきことに意識を戻す。
残されたのは自分と大きなゆんゆんの荷物。八割ほどを不要と切り捨てられた悲しい遺物が、
「帰りにシュークリーム買わなきゃ。……今日はミルクレープの方がいいかも」
これから数日家を空けるのだから、同居人に寂しい思いをさせる分奮発せねば。サキュバスとクリスにもアンナのことを頼んでおこう。思っていたより忙しくなりそうだと考えながら、ソウゴは身の丈より大きな荷物を担ぎ上げた。
⏱⏲夜⏲⏱
荷物を分け終えたあと、アンナにせがまれてゆんゆんの私物のゲームで散々遊び倒したソウゴは、大きなあくびをしながら日の落ちた路地を歩いていた。いつもは出店や駆け回る子どもたちで賑わう街の中も、夜になれば静かなもの。夜空には星が静かに瞬いており、きっとカズマたちも同じ空を見上げている頃だろう、などと柄にもなくセンチメンタルな気持ちになってしまう。
「ゆんゆんの持ってたゲーム、大人数用ばっかりだったけど今回のためにわざわざ買ったのかな?」
だったら悪いことをした、とソウゴは思う。また今度屋敷に招待すれば遊べるだろう。ゆんゆんのギルドでの過ごし方を知らないソウゴがそんな風に考えていると、目的地に近づいていたのだろう、暗がりからひょこっと銀の髪が顔を覗かせた。
「やっほ、ソウゴくん」
「おまたせクリス。待った?」
「ううん。あたしも今来たとこだよ」
何気ない会話をしながら、ソウゴは人の気配がないことを確認して暗がりに足を踏み入れる。なんだか悪いことをしているような気分だが、こういうやり取りは少年心をくすぐられるためソウゴとしても嫌いではない。
そんなことを考えていると、クリスはいそいそと布で鼻から下を覆い始める。
「何してるの?」
「何って、今から不法侵入するんだよ? 顔くらい隠して変装しなきゃ」
「あ、そっか。変装……変装か……」
顔を隠していること以外いつものクリスと何一つ違いはないわけだが、それでいいのだろうか。などと野暮なことは思っていても言うつもりはない。自分も何かで顔を隠そうと思ったが、残念ながらそのようなことは念頭に置いていなかったため手元には何もなかった。
どうしたものかと考えていると、それを見越していたのかクリスは何処からともなく取り出した仮面をソウゴに差し出した。
「はいこれ、ソウゴくんの」
「いいの?」
「まあ、ソウゴくんは色々と目立つからこれでどうにかなるとは思わないけど、一応ね」
「ありがと」
渡されたのは、目元だけが隠れるピンクの仮面。仮面舞踏会で貴族っぽい人が付けていそうなデザインの、普段使いには絶対に向いていないタイプの代物である。どれくらい効果があるかわからないが無いよりかはマシかと、とりあえず装着しつつ事前に聞いていた今日の流れを思い出す。
「えっと、『女性の婚期を守る会』のアジトに忍び込んで神器を回収するんだっけ。なんだかスパイみたいでワクワクするね」
「楽しそうなところ悪いんだけど、大事なお役目なんだからね? 落として瓶を割っちゃったら大惨事だからさ」
「わかってるよ。でも、そういう時って〈香水〉の効果ってどうなるの?」
「効果が発現するのは香りを纏った使用者から見て異性だからね。撒かれたらその場にいる人間が無差別に使用者で無差別に対象だよ」
「え、じゃあ俺その場にいる全員を好きになっちゃうってこと?」
「まあ、オーマジオウならこのレベルの神器だと影響は大したことないんじゃないかな。ちょっと眠くなるくらいで。あとは、その場にいる女性全員がソウゴくんにメロメロになるだけで済むと思うよ」
「大惨事じゃん」
「良かったじゃん、ハーレムだよ? カズマくんなら泣いて喜ぶだろうに。……あ、ここだね」
からかう様な笑みを抑えたクリスは足を止め、入り口も何もない壁に向かって小声でそう言った。
三階建てほどの、レンガ造りで瓦屋根の建物。サキュバス曰く、この建物の一室が『女性の婚期を守る会』の集会所で、〈香水〉を手に入れてからはほぼ毎晩のように会合を開いているらしい。
「サキュバスさんたちもよく気づいたよね。そんな会があるなんて、俺全然知らなかった」
「あの子たちの店は会にマークされてるからね。動向を探る過程で偶然知ったんだってさ」
「へぇ。クリスって、サキュバスさんたちとはよく話すの?」
「たまに悪さしてないか抜き打ちで見に行ってるんだよ。よく店でカズマくんと会ってるんだけど、知らなかった?」
「聞いてないけど。ていうか、最近外泊増えたのそういう理由か……」
「外泊? なんで?」
「うちの周り、バニル対策でアクアがすごく強い結界張ってるんだよね」
「あー、アクア先輩の結界ならサキュバスくらいだと昇天しちゃうね」
他愛のない会話をしながらも、準備は着々と進んでいく。忍び込むという当初の予定通り正面突破などするわけもなく、当然裏口や窓からの侵入。どうやって入るのかとクリスの様子を伺っていると、彼女はソウゴに渡した仮面と同じく何処からともなく
「ねえ。それってどこから出してるの?」
「仮面ライダーの皆さんと同じところだよ」
「あー、なるほどね」
クリスに合わせてソウゴも声を潜める。いかにも隠密という感じがして、ソウゴ的には馬車の旅に引けを取らないくらい楽しい気分だった。
クリスは縄の強度を確かめたあと、手元でくるくると勢いをつけ鉤爪を屋根へと放り投げる。正確無比な投擲はスキルによるものだろうか、それともただ手慣れているだけなのか。上手く棟に引っかかったようで、数回引いて外れないことを確認したクリスは縄を伝って壁をよじ登っていく。
「おー、盗賊っぽい」
「いや、あたしは盗賊なんだけど」
すいすいと駆け上がったクリスは、三階の窓を覗き見る。部屋の中に誰もいないこと、〈罠感知〉で危険がないことを確認すると、事前に鍵を開けていたのか簡単に窓を開けて中へと侵入を果たした。
窓から顔を出したクリスは、ソウゴに向けて親指を立てる。それを合図に、ソウゴも縄を伝って壁を駆け上がる。
「随分馴れてるよね、不法侵入」
「そりゃ、あたしは巷を騒がす義賊だからね」
「義賊?」
「神器の回収がお役目って言ったでしょ? それっぽいのを貴族の屋敷に潜り込んで片っ端からね。ついでに後ろ暗いお金も貰っちゃえって。もちろん、盗ったお金は孤児院や教会に寄付して回ってるよ」
「へぇ、なんかかっこいいね」
「それほどでも」
侵入経路を判別させないため、縄は天井に放り投げておく。後で回収か、難しければ放置でもいい。発見されるリスクはあるが、魔道具を使った捜査でも捕まりさえしなければ問題はない。クリスの〈宝感知〉スキルで探索しつつ、二人はそのまま静かに廊下へ。誰もいないことを確認して、スキルが反応する部屋の前まで移動する。
ここまで順調だが、油断はできない。無事回収し帰るまでが仕事である。忍び足で扉まで移動した二人は、扉に耳を当て中から声がすることを確認する。アイテムだけ別で管理していてくれれば楽だったのだが、そこまで世界というのは優しくないらしい。
「(ソウゴくん。これから先、なるべく時に関する力は使わないでね)」
「(すぐバレるもんね。わかってるよ)」
「(あと、何を見ても誰を見ても明日からはちゃんと知らないフリをするんだよ)」
「(え、この先何があるの?)」
ソウゴの疑問に答えることなく、クリスはソウゴの手を握ると〈潜伏〉スキルを使い気配を断つ。極力音を立てないよう扉を開いた先にあったのは、ソウゴとしても目を開かざるを得ない光景だった。
「この惚れ香水を使えばもう我々が年齢や周りに怯えることはなくなるのです! 何故それがわからないのです会長!」
「そんなもので手に入れた結婚が、我々の求めた幸せか!? 否! それはその場しのぎのまやかしに過ぎない!」
今朝カズマがおにぎりを買っていたお弁当売りの女性と、ソウゴにとってなんだかんだ長い付き合いとなっている検察官が、ぼんやりと蝋燭が照らす部屋の中で件の〈香水〉を挟み討論を繰り広げていた。
「(あちゃー、〈窃盗〉を使おうにも微妙だなぁ。人が密集してるからハズレが多すぎるよ)」
「(いや、それどころじゃないんだけど)」
ソウゴの声など虚しく、ヒートアップしていく議論はまるで暴走列車のようにブレーキがない。聞こえないフリをするクリスもだが、ソウゴは自分がとんでもない魔境に足を踏み入れたのだと認識させられた。
「あなたは変わってしまった……。それもこれも、あの男が現れてから!」
「な……っ! い、今はあの方は関係ないじゃないですか!」
「いいえ! かつてのあなたは男同士のくんずほぐれつに心を燃やす尊敬できる方でした。ですが今は、想い人に気持ちも告げられず背中を追うだけの弱い女に成り下がってしまった……! もう我々の志は一つではなくなったのです!」
ギリッと悔しそうに歯を鳴らすお弁当売りの彼女。その思いに耐えきれなくなったのか、この場にいる者たちの感情が昂っていくのがわかる。暴走列車は、遂にレールすら無視して走り出した。
「胃袋を掴もうにもきっかけがない!」
「香水の香りがあれば料理の味なんてわからなくなるわよ!」
「道具に頼って好きになってもらっても虚しいだけよ!」
「そこまで辿り着けないから頼るんでしょ!」
「周りは結婚し、後輩は彼氏持ち。もうこんな絶望の中で生きて行きたくないの! この香水は、言わば蜘蛛の糸! わかるでしょ副会長!」
「私だって同じ気持ちですけど、その糸に手を出したら魔王が釣れてしまいそうなので……」
「結婚さえしてしまえばこちらのものです! そこから始まる愛だってあるって本にも書いてました!」
「他人の言葉に縋るんじゃない! 自分の頭で考えるんだ!」
「上辺がいい男を捕まえたってどうしようもない。中身を見定めるには交際期間が必要だわ」
「私はその期間が長すぎて他の女に取られたのよ!」
全員参加の激論(?)と言うよりヤジの応酬が展開されている横を、居た堪れない気持ちを抱えつつクリスに引かれ壁に沿って移動する。見てはいけないものを見ているという自覚はある。なるべくなら知らないままが良かった知人たちの姿に、明日から旅行で良かったと心から安堵することしかソウゴにできることはなかった。
入り口から見て真正面の窓まで来ると、クリスは片手で器用にその窓の解錠を試みる。逃走経路を二つ確保するのは事前の打ち合わせ通りだが、手持ち無沙汰なソウゴは気になって仕方ないわけで。
「(……ねえクリス。セナが会長って呼ばれてるんだけど)」
「(気のせいだよ。あ、ソウゴくん。窓に背中向けて座って)」
「(ルナまでいるし、副会長って呼ばれてるんだけど)」
「(気のせいだよ。あ。あぐらじゃ駄目だよ。片膝ついて)」
「(他にも冒険者とかお店の人とか、ちらほら知ってる顔があるんだけど……。クリスは知ってたんだよね?)」
「(知らなかったとは言ってないよ。そうそう。顔は正面ね。飛び込んで着地してきた感じ)」
「(まあいいや……。それで、どうやってあれを回収するの?)」
「(〈潜伏〉スキルはあくまで気配を断つだけだから、目の前に立つと普通に気付かれるんだ。これだけ人がいると〈窃盗〉も使い辛い。だから、どっちかが注意を引き付けてサクッと回収する方が楽だと思うんだよね)」
「(…………それってつまr「(じゃあ、あとはよろしく!)」
話を打ち切ったクリスは、合図もなしに手を離して窓を勢いよく叩いた。窓はもちろん大きな音を立てて口を開き、吹き込んできた風が蝋燭の火を消す。いきなりのことに室内は騒然となるが、一番心中が穏やかでなかったのはソウゴだった。
(……こんなことなら、最初から未来予知使っておくんだったなぁ)
この世界を見守る女神様に対する借りなのだから大きな借りだとは思っていたが、まさかここまで無茶振りを要求されるとは思っていなかった。少し、自分のこれまでの行いがいか程だったかを考えさせられる。
よくよく考えれば、今回の討ち入りで明確な役割分担はなかった。流れだけの説明だったので、二人でなんとかするものだと思い込んでいたのは自分。そして手伝うと言ったのも自分。なら、やれるだけのことはやろう。
そう開き直ることにしたソウゴは、明かりの点けられた部屋では窓から侵入してきたばかりの体を装うしかなかった。
「ソ、ソウゴさん!?」
そして速攻でセナに正体を看破された。知り合い相手に顔を隠した程度でどうこうできるとは思っていなかったが、この怪しげな仮面を着けていても何の疑問も持たずに驚かれたことには思うところはある。
(さて、ここからどうしようかな……)
少しだけ、常磐ソウゴの話をする。
彼はこの世に存在する全てのライダーの歴史を継承し、時を操るという人の身を越えた力を持つ、規格外という言葉が人の形を得たような男である。あらゆる仮面ライダーの能力を使うことができる、正しく仮面ライダーの王。達観した物の見方をし、未来予知などなくても十数手先くらいなら読み切ることができる知性を持つ。
だがどれだけの経験をして精神が成熟していても、中身は高校を卒業したばかりの十八歳なのだ。できることならば他人のフリをして、何も見なかったことにしたいと思うくらいの感性は残っている。
「ひ、人違いです……」
だからこそ、その一言を絞り出すのが精一杯だった。
「いや、何を言ってるんですかトキワさん。変な仮面まで付けて。ウィズさんのところの店員さんの真似ですか?」
そうルナに切り込まれてしまうと、ソウゴとしても返す言葉はない。こちらとしては知人の赤裸々な結婚願望に晒された上で、仲間から見捨てられたあとに器用にアドリブをこなせるほど気持ちが落ち着いていないのだ。
もうここは、正直に話して理解を得るしかない。そう思い、静かに仮面を取った。
「嘘ついてごめんなさい」
「いやまあ、そんな仮面一つで誤魔化せると思っていたことに驚きですが……。それで、一体どうしてここに……?」
「実は俺、その香水を女神様にお願いされて回収しに来たんだ」
「回収、ですか?」
「うん。その香水の正式名称は〈他者を隷属させる香水〉。強い魔力を持つ、それこそ紅魔族並みの魔法使いが使えば、世界を掌握できる恐ろしい神器らしいんだよね」
嘘である。
衝撃の事実とは、現実離れしているほどにすんなりと受け入れられるもの。そもそもそんな魔王よりも世界を滅ぼせそうな危険物、あのアクアでも個人に渡しはしないだろう。だが、打ち明ける話は眉唾物ほど食いつきがいいものなのだ。
「そ、そんなわけ……!」
「惚れ薬みたいな話で聞いてた? でも女神様が言ってたわけだし、きっと間違いはないはずだよ」
「そういえば、ソウゴさんは女神エリスの〈天啓〉で釈放されていましたね」
「そ。あの時の借りを返すと思ってって。もし俺が信用できないなら、明日にでもエリス教の教会に奉納してよ」
半数以上の者が危険な物という話を聞いて心を傾けている。しかし、やはり〈香水〉を使いたかった者たちからは推察するまでもなく未練の色が漏れていた。いち早く〈香水〉を隠すように握った、お弁当売りの彼女からは特に。
ここからどれだけ丁寧にこの場をフォローできるか、それに彼女たちの心の平穏と、明日からの自分の生活の安寧がかかっている。緻密な未来予知を重ね、慎重に言葉を選ぶ。
「たぶん、ここにいる人が使っても異性の意識を少し変えるくらいしか効果はないと思うよ。……使いたかった相手がいた?」
「いえ、特定の相手はまだ……」
「そっか。でもさ。魔道具で振り向いてもらっても、きっとそれは愛情にはならないんじゃないかな」
「そんなことはわかってるわ! でも、こうでもしなければ出会いがないの……! 毎日お弁当を売っても仲良くなれるわけじゃない。きっかけが欲しかった! それだけなの……」
「……わかった。じゃあ、俺が出会いの場を設けるよ。知り合いで結婚したい人とか彼女が欲しい人に声をかけてみる。〈香水〉みたいに君を意識させることはできないけど、それはきっと〈香水〉に頼っても同じだと思うからさ」
「それは……」
「それに俺は、皆がこんなものに頼らなくちゃいけないくらい魅力がないとは思わないよ。俺が保証する。だから、これは女神様に返してくれない?」
ね? そう言って、ソウゴは手を彼女に差し出す。お弁当売りの彼女は、その手に一瞬の躊躇いを覚えたものの、未練を断ち切って〈香水〉をそっと乗せた。頬を伝う一筋の滴は、きっと彼女にとっての決別の一滴なのだろう。
「じゃあ、会の皆とも仲良くね。結婚してからの愛も、愛の先にある結婚も同じだよ。志は一つ、なんでしょ?」
「はい……。私、大切なことを思い出しました……! すみませんでした会長……!」
「構いませんよ。これからはより力を合わせて頑張りましょう」
これで一件落着。あとはこれをクリスに渡し、一眠りすればアルカンレティアへ出発だ。やったことはないが、合コンのセッティングならカズマかサキュバスたちに打診すれば何かヒントは得られるだろう。お金が絡めばバニルも協力してくれるはずだ。全ては王として、ここにいる女性たちの幸せのお手伝いをするために。
ホッとしたからこそ、少し気が抜けてしまったのだろう。見送りで朝が早かったこと、そして昼間のゲーム疲れからか一気に眠気が襲ってくる。少し意識が遠のきかけたソウゴが大きな欠伸をしていると、セナはふと問いかけてきた。
「……そういえば、ソウゴさんは女神エリスに言われてここに来たんですよね?」
「うん。そうだよ」
「旅行を切り上げて?」
「ううん。俺だけ後から参加にしてもらったよ」
「なんだか我々の事情がわかっていたようですが、いつからいたんですか……?」
「お姉さんとセナが討論してるときからだけど……あ」
言い訳をすると、眠気に勝てなかったから。ボーッとし過ぎてセナの問いにスラスラと答えてしまった。まずいと思ったときにはもう遅い。恥ずかしさからか色々な感情がごちゃまぜになったような顔をするセナに、とりあえず何か言葉をかけないとと思ったソウゴは必死に気の利いた言葉をひねり出す。それが死体蹴りだとも知らずに。
「あー、その、セナは好きな人がいるんだよね! 流石は恋愛結婚派! 大丈夫! 俺、応援するから! セナが選んだ人なら、きっと男同士の趣味も理解してくれるよ!」
「トキワさんやめてください! 会長が息をしてません!」
⏱⏲「魔王……」「これは魔王の所業だわ……」⏲⏱
「いやぁ、すごいものを見たよ! 流石は魔王だね!」
「他人事だと思ってさー。はいこれ」
屋根の上で大笑いするクリスに、ソウゴは拗ねたような仕草で回収した神器を手渡す。こんな小瓶一つのために随分と多くの犠牲を払ってしまった。明日からはより多くの民から魔王と呼ばれることになるだろう。非常に、不名誉ではあるが。
「まさか会の中で〈香水〉をつけてる人がいたとはね。眠気のせいで神器の影響受けて正直にぺらぺら喋っちゃうなんて、可愛いところあるじゃん」
「もう俺、帰って寝るから。じゃあ、これで貸し借りなしってことで。次は手伝わないからね」
「拗ねないでよ。それじゃあこれは、私からのささやかなお礼ってことで」
そう言って、クリスは一枚の券をソウゴに差し出した。それを素直に受け取ったソウゴは、書いてある文字を目で追いかける。
「『アルカンレティア一日フリーパス』?」
「アクシズ教徒にだけ発行される特別なやつだよ。タダで温泉巡りできるの。ちょっとしたコネで貰ったんだ」
「へー。……って、アクシズ教徒? じゃあこれ使えるのってアクシズ教徒だけ?」
「いや、誰でも使えるよ。その代わり、街ではアクシズ教徒として扱われるけどね」
「?? どうしてアルカンレティアでアクシズ教が優遇されるの?」
「どうしてって――」
闇夜で微笑む女神様の笑みには、どこか悪魔的な愉悦を孕んでいた。
「――アルカンレティアがアクシズ教の総本山だからだよ」
春風の心地よい季節になりましたが、ふにふらさん、どどんこさんはお変わりなくお過ごしでしょうか。私は変わらず、仲間たちと冒険の日々を送っています。
先日書かせていただきました友人の男の子とそのパーティーメンバーに誘っていただき、アルカンレティアへと湯治に参ります。本当です。一人旅ではありません。
この街で不安なこともたくさんありますが、知り合った方に良くしていただき毎日を楽しく過ごしています。
本当に一人旅じゃないんです。別枠で同行するわけでもないです。お土産送ります。