この素晴らしい魔王に祝福を!   作:春野 曙

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この旅人たちに洗礼を!

「アルカンレティア、到着ー!」

 

 一番に馬車から降り立ったアクアは、大きく伸びをしながらこれまた大きな声で宣言した。

 

 岩山を掘って作られたトンネルを抜けると、そこはまるで別世界。趣きのある石橋を進み、湖と見間違えるほど大きく透明度の非常に高い川を横断する。その先で予定よりも早く到着した旅人たちを出迎えたのは、誰もが目を引く美しい街並みだった。

 景観を意識した区画整理と観光地としての美化意識だろう、やはりアクセルの街とも道中通過したドリスとも違って見える。高い技術で整地された石畳に、外壁ではなく山に囲まれた街。至るところから温泉街特有の湯気が上がり、それでいて硫黄臭いわけではなく空気も澄んでいる。穏やかな時の流れについ時間を忘れてしまいそうになる、そんな心地よさを感じさせる雰囲気に、アクアに続いて降りていった女性陣からも評価は上々だった。

 

「父に連れられて色々な所へ行ったが、これほど美しい街は見たことがない」

 

「私も来たことはありませんでしたが、昔からここは冒険者の間で有名な湯治場ですからね。効能がすごいとか」

 

「それはますます温泉が楽しみになるな」

 

「バニルさんから聞いたんですけど、最近は飲むための温泉もあるらしいですよ。お肌にいいそうで」

 

「ほう、それは興味がある。一緒に回ろうかウィズ」

 

「アルカンまんじゅうにアルカンせんべい、お土産は何がいいかしら……。あっ、めぐみん! あっちに温泉たまごを作るスペースができてるわ! 今日はあれで勝負しましょう! どっちがより完璧な温泉たまごを作れるか!」

 

「何をはしゃいでいるのやら、この田舎者は。ストーカーから食いしん坊キャラにジョブチェンジですか?」

 

「す、ストーカーじゃないから! ライバルだからぁ!」

 

 楽しそうに話す面々は、今日からの三日間に期待で胸を膨らませる。棚ぼたのように舞い込んできた楽しい旅行が、今始まろうとしていた。

 一人を除いて。

 

「な、長かった……」

 

「大丈夫か、カズマ? 一日半の馬車の移動は、慣れていなければハードだからな」

 

「でも、久しぶりに冒険者気分を思い出せて楽しかったです。ソウゴさんは残念でしたね」

 

「違う。そういうことじゃないんだよ」

 

 疲れ切った表情で最後に馬車から降りたカズマは、道中の出来事を思い出す。堅いダクネスを狙った走り鷹鳶のチキンレース、アクアの聖気に釣られて集まったアンデッドの大群、それを浄化する際ウィズが消滅しかけたりしたことを。上げだしたらキリはないが、他にも森の中で休憩しているときには安楽少女に感情移入し過ぎたゆんゆんをめぐみんが置いていこうとしたこともあったし、いい感じの岩を見つけためぐみんが爆裂魔法を放つために〈ドレインタッチ〉を強要してきたこともあった。

 本当に、これだけのアクシデントに見舞われながら誰一人欠けることなく到着できたことが喜ばしい。事の発端の全ては身内が原因なのだが。

 

「よし、帰るか」

 

「なぜです!? 旅はこれからではありませんか!」

 

「いやもうかなり疲れたよ。これから先、ソウゴ無しで遠出したくないくらいには」

 

「この程度の距離で音を上げるなんて流石はヒキニートね。あの悪魔と良からぬことを企む時間があるなら、もっと外に出て体を動かした方がいいわよ」

 

「悪魔……? ねぇめぐみん、悪魔って?」

 

「全部お前らのせいだよ」

 

「まあまあ。せっかく来たんですから楽しみましょう、カズマさん」

 

「一番被害受けてるウィズがそう言うなら……。あとの奴らは反省しろよ」

 

 だがしかし、愚痴を言ったところで仕方ないことはカズマにもわかっている。ソウゴでもないのに失った時間を取り戻すなんてことは不可能なのだから。気持ちを切り替え荷物を抱え直したカズマは、引き返していく馬車を見送りながら一先ず荷物を預けるためにも今夜の宿に向かうこととする。

 

「忘れ物はないな? えっと、宿は……」

 

「宿ならこっちよ! 私が案内するわ!」

 

「? 随分と張り切っていますねアクア。来たことがあるんですか?」

 

「無いわよ。でも、この街のことは誰よりも詳しいんじゃないかしら。だから何でも聞いてね!」

 

「ほう。それは頼もしいな」

 

 とんでもない自信で胸を張るアクア。和やかな空気ではあるが、カズマは嫌な予感しかしない。この駄女神が調子に乗っているときは大抵碌な目に合わないと相場が決まっているのだ。恐る恐る、予め災難を受け入れる覚悟をするためアクアに問いかける。

 

「な、何で詳しいんだ……?」

 

「何でって、ここは私の街よ? 当然じゃない」

 

「私の街……?」

 

「ええ。だってここは私の加護を受けた教徒たちの街、アクシズ教の総本山だもの」

 

「総本山……!? 変わり者が多いと噂のアクシズ教の総本山だと……!?」

 

 衝撃を受けるカズマとは対象的に、アクアはまるで無邪気な少女のように笑みを浮かべた。

 

「ようこそ! 水と温泉の都、アルカンレティアへ!」

 

 そのセリフが合図だったのか、どこからともなく現れた人々がカズマたちを包囲する。突然の強襲に面を食らっていると、彼ら彼女らはそれはもう邪悪の欠片もないキラキラとした目をカズマたちに向けてくる。

 

「ようこそいらっしゃいましたアルカンレティアへ!」

「観光ですか? 入信ですか? 冒険ですか? 洗礼ですか?」

「おお! 仕事をお探しならぜひアクシズ教団へ!」

「今なら他の街でアクシズ教の素晴らしさを説くだけでお金が貰える仕事があります!」

「その仕事に就きますと、もれなくアクシズ教徒を名乗れる特典がついてくる!」

『どうぞ! さあどうぞ!』

 

 神の洗礼より先に、アウェーの洗礼を受けてしまう。例えるなら、これまで人を疑ったことがない人間がマルチ商法にドハマりしているような、そんな感覚。一方的にノーと断るのは勇気がいるというか、悪いことをしている気分になってしまう、そんな善意の押しつけをカズマは感じてしまう。

 そこで思い出す。この教徒たちを騙し束ねる悪の権化の存在を。こちらには気まぐれで教義を変えてしまえる迷惑な女神がいることを。助けを求めようとアクアの方へと目をやると、彼女は他の教徒に絡まれていた。

 

「なんて美しく輝く水色の髪! 地毛ですか? 羨ましい! 羨ましいです!」

「そのアクア様みたいな羽衣もよくお似合いで!」

「そうかしら? どーもどーも」

 

(駄目だ役に立たねぇ!)

 

 既に懐柔されていた。このままではマズい。アクアがその気になって騒ぎになればせっかく気持ちを切り替えて楽しもうとしていた旅行がめちゃくちゃになってしまう。何より、後から合流するソウゴのガッカリした顔だけはなんとか避けたい。

 とりあえずこの場から離脱することだけを考えるカズマはめぐみんの手を握ってダクネスに目配せをする。彼女も意図を理解したのか、アクシズ教徒に押され気味のウィズとゆんゆんを捕まえるとそのフィジカルで退路をこじ開けた。

 

「すみません! もううちのパーティーにはアクシズ教のプリーストがいますので! 失礼します!」

 

 カズマは髪と羽衣を褒められてご機嫌なアクアの背中を押しながらアクシズ教徒の包囲網から抜け出す。まずは宿に避難を。一つの場所に留まっていると囲まれると理解したカズマは、小走りでその場を離れる。そんな彼らを、アクシズ教徒たちはとても邪気のない目で送り出してくれた。

 

『さようなら同士! 貴方方に良き一日があらんことを!』

 

 

    ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「広ぇ……」

 

 宿泊券を使い宿に転がり込んだカズマたち。部屋はニ部屋用意してもらえることになり、それぞれアクア、カズマ、ダクネスと後から来るソウゴの四人、めぐみん、ゆんゆん、ウィズの三人という割り振りである。

 とりあえず荷物を置こうと部屋の中に入ったのだが、中を見たカズマは思わず声を漏らしてしまった。

 

「アクセルの街の宿屋とはやっぱり違うなぁ……」

 

「そりゃそうよ。なんて言ったって、この街で一番の宿なんだから!」

 

 四人部屋にしても広い部屋。絵画や調度品も飾られており、これが観光地の本気かと唸らせられる。ベッドもふかふか、ソファも沈みすぎず硬すぎもせず、まるでVIP対応のようで気分は小金持ちだ。例に習って店員がアクシズ教徒かつ宿泊名簿と偽って入信書を差し出してきたことを除けば、満足度のかなり高い宿屋と言えるだろう。だからこそ、不安になることもある。

 

「どの宿でも使えるからって、こんなところに泊まって本当にいいのか?」

 

「いいに決まってるじゃない。私のかわいい信者たちが、そんなに心狭いわけないでしょ」

 

「これが三日間とも、しかもルームサービスまでタダとはな。バニルには帰ったら礼を言わないと」

 

「最終日にチェックアウトしないと違約金、払えないなら入信なんて言われたけど、こんなにすごい宿なら滞在期間を伸ばして泊まりたくなるのもわかるよ。入信はお断りだが」

 

「どうして? いいじゃない。今と変わらず私のことを崇めているだけでいいんだから、ささっと入信しなさいよ」

 

「お前のことを崇めたこともありがたがったこともねぇよ」

 

 高級そうなソファに沈みながら、そんな風に悪態をつく。テーブルにはまるでアメニティのように入信書が積まれているが、それを見なかったことにしたカズマは隣りにある観光パンフレットを手に取った。パラパラと捲ってみれば、こちらはかなり真面目に観光スポットについての記述が見られる。

 

「へー。温泉以外にも色々と名所があるんだな」

 

「さ、荷物を置いたら街へ出ましょ! 私、まずは行きたいところがあるの!」

 

「そうだな。ソウゴには悪いが、私も早くこの街を見て回りたいと思っている」

 

 時計を確認すれば、ソウゴと合流する予定まではかなり時間がある。きっとめぐみんたちも同じような意見だろう。確かにこのまま宿で無為に時間を消費するくらいなら、外に出て思い思い過ごす方がいい。おすすめスポットの一つや二つくらい、ソウゴをすぐ連れていけるよう地理を理解しておくのも悪くはないだろう。きっと、あのいつも大体へらへらしている仲間は、自分たちが気を使ってじっとしているよりそっちの方が喜ぶはずだ。

 そう考えたカズマは、到着時の不安など忘れて腰に下げていた未だ無銘の相棒をソファに立てかけた。

 

「よし! じゃあ行くか!」

 

「「おー!」」

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「……不安だ」

 

 深いため息をついたカズマは、とぼとぼと路地を歩きながらそうぼやいた。そんな彼に、散策のため軽装に着替えたダクネスが呆れたような顔を向ける。

 

「気になるならアクアに着いて行けばよかっただろう」

 

「でもアクシズ教団本部にカチコミなんて嫌だ」

 

「大丈夫ですよ。めぐみんさんとゆんゆんさんが一緒ですし。お二人はこの街に来たことがあるみたいですよ?」

 

「そうなのか? そんな話は聞いていなかったような……」

 

「なんでも、アクセルの街に行く前、お世話になったプリーストさんがいらっしゃるとか。だから大丈夫ですよ!」

 

「そうかな? そうだといいな……」

 

 気にはなるが、今から追いかけたところでどうにかなるものでもない。流石に自分の信者に無理無体なことはしないだろうと思うことでなんとか心の平穏を維持する。

 そんなカズマの心労を和らげるためか、噴水を見つけたダクネスは彼の手を引いた。

 

「ほら見ろカズマ! 噴水だぞ! 美しい女神像もある!」

 

 駆け出したダクネスに引っ張られ、カズマは躓きそうになりながら街のロータリーへと躍り出た。噴水を囲んだ住人たちが談笑する憩いの場。アクセルにも同じような場所はあるが、特別目を引くのはやはり中央に据えられた女神像の存在感だった。

 丁寧に扱われているのだろう、水場だというのに腐食も欠損も、苔の一つも見られない。絵画に描かれているような『美』を掘り出した像には、確かにアクアが纏っているような羽衣も見受けられる。信者ではないが、ダクネスは完成された女神像に感嘆していた。

 

「見事だな。信仰の深さが表れているようだ」

 

「詐欺だな。業の深さが滲み出ているようだ」

 

「あはは……」

 

 本物を知っているカズマがそう断ずると、酒を浴び理不尽に暴れる本人を思い出したウィズは笑うことしかできない。ここにアクア本人がいれば、この地が崇める女神の醜態を白日の下に晒すこととなっただろう。

 そんなカズマの悪態をいつもの軽口だと流したダクネスは、少し盛り下がった二人へと振り返る。

 

「アクアたちは教会に行ったわけだが、二人はどこか行きたいところはないのか?」

 

「そうだな……。名所はソウゴが来てからの方が良さそうだし、俺は地理さえ掴めればどこだっていいよ。ウィズは?」

 

「私は魔道具店を見て回りたいです! 良さそうなものがあれば注文を上げて店でも取り扱えられたらと」

 

「後でバニルに怒られても知らないぞ」

 

「大丈夫です! 本当に良い物ならバニルさんもわかってくれます!」

 

「いや、その……。まあいいや」

 

 いつもふわふわしているが、これで頑固なところがある彼女。またこんがりと焼かれたら助けてやらないと、とカズマが保護者のような気分でいると、通りの方から歩いてきた少女と目が合った。

 アルカンレティアの住人だろう、褐色の肌は日焼けによるものか。露出が高めだが、この街では見慣れた健康的な肌である。髪に咲く花のアクセサリーが、幼さと可愛らしさを底上げしている。藁で編まれたかごを腕に下げニコリと微笑んだ彼女だが、足元のちょっとしたレンガの凹凸に足を取られてしまったようで。

 

「きゃっ!」

 

 そのまま、籠の中のりんごを辺りに散らして転んでしまった。

 

「あっ! 大丈夫ですか?」

 

 気づいたカズマたちは、すぐさま駆け寄って転がるりんごを拾っていく。逃げ出さないかと心配になったが、どうやら杞憂に終わりそうで安心する。全てをかごに入れ終わると、少女はペコリと頭を下げた。

 

「助かりましたぁ。ありがとうございますぅ〜」

 

 なんとも猫なで声というか、ややぶりっ子の入った声色に警戒心を抱くカズマ。こういうのは地雷だと、日本の教育環境を経験し穿った目が養われている彼はそう直感する。しかし、彼女が頬を赤らめて上目がちにこちらを覗いてくると、そんな疑いの心は簡単に消し飛んでしまう。

 

「あのぉ、何かお礼をさせてもらえませんかぁ……?」

 

 そっと手を握ってくる彼女に、健全な青少年がトキメキを感じてしまうのは仕方ないことだろう。まあ! とお母さんのようなリアクションをするウィズにも、少しムッとするダクネスにも気付かない。

 どうしてりんごを拾っただけで、なんて野暮なことをカズマは考えたりしなかった。そもそも彼女は最初、自分と目を合わせて熱っぽい視線を送っていたせいで躓いてしまったのだ。きっとこの地が崇める神が、日頃の自分の行いからご褒美をくれたのではないか。

 淡い期待に胸を躍らせていると、彼女は甘い声で微笑んだ。

 

「この先にアクシズ教団が運営するカフェがあるんですぅ。そこでお話しません「結構です」

 

 一瞬で熱の冷めたカズマは素早く手を振り払ってその場を後にしようとする。そもそも、あの世界の中心は自分であると信じて疑わない駄女神が自分を労うような殊勝な心がけがあるわけないのだ。少しでも期待した自分を戒め、現実と向き合うカズマ。しかし、悪夢はそう簡単にカズマの手を離してはくれなかった。

 

「まあお待ちになって! 私こう見えて占いが得意なんですぅ! お礼に占わせてもらえませんかァ?」

 

「いや、結構ですって! ホントに! クソッ! 力強いな……ッ!」

 

「まあまあそう言わずにィ! すぐですから! ちょっと手相を見るだけですかラァ!」

 

「ちょ、いたた! 離して、は、離せー!」

 

 カズマが冒険者として非力であるということを差し引いても、少女とは思えない握力でカズマの腕を掴んで離さない。少し骨もミシミシ言っている気がするし、確実に圧迫痕が残っているだろう。

 猫の皮を被った獣だったのだ。仕草や素振りに簡単に騙されてしまった自分が恥ずかしい。カズマがいかに男女平等主義者とはいえ、これから三日間滞在する観光地で初日から住民とトラブルを起こすわけにもいかず、なんとか引き剥がして逃げようと懸命に藻掻く。だが必死の抵抗も虚しく、腕力でカズマに勝利した怪しく目を輝かせる彼女に手相を覗かれてしまった。

 

「今占いの結果が出ましタァ! このままではあなたに不幸が! ですがアクシズ教に入信すればその不幸を回避できます! 入りましょう! ここは入っておきましょう!」

 

「不幸なら今まさに遭遇してる! 離せって!」

 

「今なら、毎日飲むだけでこれから先の人生全ての不幸を回避できる聖水もついてきますよ!」

 

「なんだよそのテレビ通販みたいなノリは!?」

 

「不幸を回避できる聖水ですか!? それはさぞ有り難い聖水なんですね!」

 

「まあ! ではそちらの若くて美しいお方も一緒に入信書にサインを……」

 

「騙されるなウィズ! そんなものがあったら今の俺の状況は成立しないから! ダクネス! 助けてくれー!」

 

 一人では勝てないと諦めたカズマが、急展開にオロオロしていたダクネスに助けを求める。とりあえず自分にできることは、相手を落ち着かせて話し合いに持ち込むこと。そう考え胸元からペンダントを取り出したダクネスは、アクシズ教の少女の肩に手を置いた。

 

「待ってくれ。私はエリス教の信徒でな。その男を勧誘するつもりなら、まず私に話を通し「ペッ!」

 

 ダクネスが言い終わる前に少女はツバを吐き捨てた。

 

 この展開は誰も予想していなかったらしく、固まる一同。ダクネスが出したペンダント――エリス教のシンボルをまるで汚いものをでも見るような目で一瞥した彼女は、スタスタとその場を離れていく。そして距離を取った彼女はダクネスに触られた肩を払いながらこちらを睨みつけると、またツバを吐き早足でその場を去った。

 

「まあ、その、なんだ……。助かったよ、ダクネス。ありがとうな」

 

「え、ええそうですね! エリス教とアクシズ教は仲が悪いことで有名ですし、気にすることありませんよ!」

 

 何か声をかけねば。呆気にとられ沈黙していたカズマとウィズが使命感からそう声をかける。突然の扱いにさぞ傷ついていることだろう。そう思っていたが、予想に反してというか、期待を裏切らないダクネスは頬を赤らめていた。

 

「んっ……!」

 

「…………お前、ちょっと興奮したのか」

 

「…………してない」

 

「いや、でも『んっ……!』って」

 

「し、してない!」

 

 

   ⏱⏲「……でも、悪くなかった」「ダメだこの女」⏲⏱

 

 

「ああ! 凶悪そうなエリス教徒と思しき暴漢に無理矢理暗がりに引きずり込まれてしまうー! 誰か助けてー!」

「「「…………」」」

「へっへっへ! 俺様は暗黒神エリスから力を授けられたエリス教徒! 強くてかっこいいアクシズ教徒がいなけれりゃ怖いものなしだぜ!」

「「「…………」」」

「ああ! 誰かがこのアクシズ教の入信書に名前さえ書いてくれれば!」

「「「…………」」」

 

 

「おめでとうございます! お客様方はこの商店街を訪れた百万人目のお客様! 記念品を贈呈させていただきたいので、この入信書にサインを!」

「「「…………」」」

「この入信書はほんの手続きの一環でして! 今なら記念品の他にも特典が盛り沢山!」

「「「…………」」」

 

 

「あっれ〜〜??? 久しぶり! 私だよ私! 覚えてない? ほら、昔よく遊んだ私だよ!」

「「「…………」」」

「わっかんないかなー? でも、私もアクシズ教に入信してから、性格は明るくなったし肌もきれいになったからわかんないのも無理ないかなー!」

「「「…………」」」

 

 

「あらやだ両手に花ねお兄さん! よくみたらそこはかとなくイケメンじゃない! これ、アクア様の加護がある石鹸よ、あげるわ!」

「「「…………」」」

「いいのよ遠慮しなくて。もちろんタダよタダ! この石鹸はね、どんな汚れも落とす優れ物。なのに体には全くの無害なの! しかもこの石鹸ね、食 べ ら れ る の」

「「「…………」」」

 

 

 

 

「入信すれば幸運値倍増!」

     「アクア様の加護を得てから人生が上手くいくようになったのさ!」

          「これはあなたのためを思って勧誘してるの!」

  「これは王家も飲んだかもしれないありがたい聖水だよ!」

        「アクシズ教に入信してから彼女ができました」

      「ペッ。臭ぇ臭ぇと思ったらエリス教徒かよ! ペェッ!」

 「今ならポイント二倍だから! なんなら三倍だから!」

     「うちはアクシズ教徒専門の問屋なんだ。もちろん、入信すれば送料はタダだよ!」

             「この洗剤、飲むだけで筋肉がつくんだぜ!」

 

 

 

 

「どうなってるんだこの街は…………」

 

「凄いな……! これが異教の地における試練か……!」

 

「あのー、どうしてダクネスさんはぞんざいに扱われるとわかっていて、エリス教のペンダントをおっぴらに持ち歩いているんですか?」

 

「性癖上の都合だからそっとしといてやってくれ」

 

 刺激的な街の歓待に体力を削られ、怒る気力すら残っていない疲労感たっぷりのカズマは、とぼとぼと大通りを歩く。満足げなダクネスや苦笑いで躱しているウィズはさておき、このまま不安定な精神状態で街をふらつけば諦めからつい入信書に名前を書いてしまいそうになる。一時の気の迷いだったとしても、酒乱の女神の軍門に下ることだけは避けたいところ。

 

「どいつもこいつも小芝居挟んで入信入信入信入信。勧誘以外にやることないのか、この街の連中は」

 

「あはは……。頂いたものだけで当分の間は洗濯に困りませんね」

 

「食べられる石鹸と飲める洗剤ってなんだよ本当に」

 

 大きくため息をついて、なんとか心の平穏を保つ。嘆いたって状況は変わらないのだ。今はやることを整理する必要がある。

 まずは両手に抱えた消耗品を宿に持ち帰らなければ、ソウゴと合流することすらままならないだろう。最終日にチェックアウト、という条件も恐らくこういった歓迎から逃げられないようにするため。ならばダクネスまでとは言わずとも、前向きに楽しむ努力をするべきだ。幸い人間以外はいいところなのだから、いつもの騒がしい仲間たちとなら楽しみようはある。

 

「そういや、めぐみんたちは大丈夫なのか……?」

 

「ゆんゆんは押しに弱そうだからな。めぐみんが慌てている姿が目に浮かぶようだ」

 

「友達ができるって言われればひょいひょい名前を書きそうだな。……心配だ」

 

「では、先に教会へめぐみんさんとゆんゆんさんを迎えに行きますか?」

 

「いや、もうどうせ手遅れだろ。一番はこの大量の譲渡品を宿に持って行くことだな。教会はソウゴと合流してからにしよう」

 

 まずは自分の安全確保から。そう思い拠点に帰る選択をするカズマ。勧誘してくるアクシズ教徒から逃げ回るためとはいえ、ある程度道や目印も頭に入り始めている。早足でさっさと戻ろうと考えていると、視界の端で幼い少女が屈強な男に腕を捕まれ路地に連れ込まれようとしているのを見つけてしまった。

 

「ッ! おい、カズマ」

 

「ああ。ったく、しょうがねぇなぁ」

 

 見ず知らずの子どもだが、旅行初日にケチをつけられるのは気分が悪い。ほんの僅かな時間でバリエーション豊かな勧誘を見てしまったので、頭のおかしいアクシズ教の新手の勧誘手口という可能性も捨てきれないが、それでも幼子を見捨てていい理由にはならない。

 三人が駆け寄ろうとすると、それより先に二人の間に割って入る者がいた。

 

『やめなさい! 子どもに何をするんですか!』

 

 それは初春らしい白のカーディガンを羽織る、見目麗しい女性だった。強気な眼差しで屈強な男を睨み返す胆力と、少女を庇い立つ長い黒髪の美女。その服装にどことなく親近感を覚えるカズマだが、それとこれとは話が別である。

 

「おいおいなんだ姉ちゃん! オメェ、アクシズ教徒じゃねぇな? この薄い胸と幼い子どもを愛するエリス教の信徒に、アクシズ教徒じゃねぇお前が勝てるわけねぇ!」

 

「駄目だよお姉ちゃん逃げて! アクシズ教徒じゃないお姉ちゃんじゃ邪悪なエリス教徒には勝てないよ!」

 

 会話内容から頭のおかしい連中だったと判断し、カズマたちの足が止まる。間に割って入った女性も災難だろうが、巻き込み事故はお断り願いたい。そう思い知らなかったフリをしてその場をやり過ごそうと、三人は気づかれないよう静かに方向転換する。

 だが、勇敢な女性はカズマたちの思惑とは裏腹に首を傾げた。

 

『……? すみません。英語以外の外国語は、ちょっと。アイ、スピーク、ジャパニーズ、アンド、イングリッシュ』

 

「? 何を言ってるんだ姉ちゃん」

 

「お姉ちゃん、どうしたの?」

 

 彼女に合わせて、二人も首を傾げる。カズマとしては何故会話が成り立っていないのか理解できないが、あの押して駄目なら更に押せ、を地で行くアクシズ教徒が固まってしまっているのだから余程のことだろう。

 

「何かあったのか……?」

 

「? どうしたカズマ。行かないのか?」

 

「え? あ、ああ。なんかあのお姉さん、外国語がどうとかって。会話が噛み合ってないんだよ」

 

 カズマが立ち止まり様子をうかがっていると、その訝しむ彼の表情にダクネスとウィズも引き返してくる。そして女性とアクシズ教徒の一対二の会話というか、ボディーランゲージを交えたコミュニケーションを眺めていると、二人はとても不思議そうにカズマを見た。

 

「噛み合ってないと言うが、聞いたこともない言葉を使われたらああもなるだろ」

 

「ええ。私も人間と魔王軍幹部をやっていますが、耳にしたことのない言語ですね」

 

「え? いやだって普通に……」

 

 そこまで言って、カズマはある一つの可能性に気がつく。ダクネスたちが理解できず、それでいて自分が理解できる言語。あの妙に懐かしい気がする装い。そして何よりこの世界の住民とは思えない手入れされた艷やかな黒髪ロング。

 

「……まさか」

 

 もう答えと言っても過言ではない同郷の可能性に気がついてしまったカズマは、嫌な予感がしつつも彼女に接触することを選択した。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

『助かりました! ありがとうございます!』

 

「あ、いえいえ気にしないでください。日本人のよしみってことで」

 

 抱えていた石鹸と洗剤を屈強なアクシズ教徒に押し付け彼女の手を引いてその場を離脱したカズマたち。近くにあったオープンテラスの喫茶店へと腰を落ち着けた四人は、カズマ発案の元テーブルを囲んで一時の団欒の場を設けることとした。

 

『いやぁ、まさか日本語の通じない場所に連れて来られていると思っていなかったもので』

 

「連れて来られたってことは、転生したわけじゃないんですか?」

 

『転生……? いいえ。居候に温泉のフリーパスを貰ったから行こうと誘われて、その人と私と私のお祖父ちゃんと三人で』

 

「え、何その居候怖い」

 

『本人は到着するなりどこかへ行っちゃうし、お祖父ちゃんも温泉巡りに一人で出掛けるし、私はちょっと街に出るだけのつもりだったんですけど、迷ってしまって……』

 

 流暢な日本語と先程のカタコト英語からして、純日本人で間違いないだろう。それにしても近くで見るとより美人である。だが、日本人がアルカンレティアの温泉フリーパスを持っているというのは変な話だ。それに、自由に行き来できるような口ぶりも引っ掛る。どこかで聞いたことがあるような話だとカズマは頭を悩ませるが――

 

(まさか、このあと入信書が出てくる展開なんじゃ……!)

 

 ――それ以前に、散々アクシズ教徒に振り回されたカズマは疑心暗鬼になっていた。美人局と言われても納得の美人。ビジュアルだけならダクネスとタメを張れる。そのうえダクネスと違って平和そうな人格の持ち主。これで裏切られたら、もうこの先カズマは人を信じることができなくなるだろう。

 そんな邪推もいいところなカズマの思考を、蚊帳の外にされたからか少し膨れたダクネスが袖を引っ張って現実に連れ戻す。

 

「おいカズマ。いったい何の話をしている」

 

「え? ……ああ、悪かったよ。この人は俺と同じ東の方の国の出身なんだよ。えっと、名前は……」

 

 ファンタジーの定番で誤魔化しつつ、そう言えば自己紹介がまだだったと思い当たる。名前を聞いてもいいものか、そのままこちらに自己紹介のターンが回ってきたら入信書が出てくるのではないか。そんな怯えを見せるカズマだが、その心配は杞憂となる。

 

「こんなところにいたのか、ナツミカン」

 

 聞いたことのある声が割って入った。彼女も声に気がついて振り返る。その視線の先には、前に会った時よりも随分とバカンスを楽しむラフな格好の男が立っていた。

 

「ったく、俺が帰ってくるまで家にいろと言っただろ」

 

『でも、お祖父ちゃんとキバーラは温泉巡りに行っちゃうし、ちょっと外見るくらいのつもりで……』

 

「爺さんはノリでなんとかできるだろうが、お前には異世界の現地語なんてわからないだろ。そのためにわざわざエリスと話をつけてきたっていうのに……。で、なんだこいつらは」

 

 そう言って、男は閉口するカズマとダクネスを見る。

 前のスーツ姿とかなり印象が変わり、暑くもないのに短パンにアロハ、そしてサングラスと頭につけたカラフルなレイ。お馴染みのマゼンタカラーの二眼レフカメラも忘れていない。

 彼はサングラスを少しずらすと、記憶を掘り起こしてカズマたちのことを思い出す。

 

「あ、あんた……! 確か、門矢士!」

 

「……よく見たらお前ら、ソウゴの仲間か。どうしてナツミカンといる?」

 

「「「ナツ……ミカン……?」」」

 

 首を傾ける三人の前に居直った女性は、少し慌てて御髪を整える。その仕草にドキッとしたカズマだが、気にすることのない彼女は三人に友好的な笑みを見せた。

 

『士くんがお世話になったみたいで。私の名前は(ひかり)夏海(なつみ)。よろしくお願いします!」




親友のふにふらさん、どどんこさん、今日は私の懺悔を聞いてください。

以前めぐみんとアルカンレティアを訪れた際、衣食住の提供と引き換えにめぐみんが色々と知恵を貸したのですが、それが最悪の形で発展していました。
めぐみんとは初めて来たことにしようという話でまとまりましたが、より強引かつ陰湿になったアクシズ教の勧誘に罪悪感が湧いてきます。
あのときめぐみんを止めることができていたらと思うと、非常に心苦しいです。誓って私は関係ありません。本当です。

ゆんゆん
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