「では改めまして。私の名前は光夏海です。夏海って呼んでください。クルセイダーのダクネスさんに、アークウィザードのウィズさん、それと冒険者のカズマくん」
「ああ。よろしく、ナツミ」
「ちゃんと言葉がわかるっていいことですね……!」
「ふふっ。色んな世界に行きましたけど、この世界はファンタジー色の強い世界なんですね」
ウィズが感動の声を漏らすと、ダクネスの差し出した手を握る夏海は朗らかな笑顔を浮かべた。美人同士が微笑み合っているのは絵になるなぁ、などと鼻の下を伸ばして不届きなことを考えていたカズマだが、一人だけ隣のテーブルに陣取る士の咳払いで急速に現実に引き戻される。
「カズマとか言ったな。どうしてお前らがここにいる?」
「……いや、その前になんだよその格好」
観光地とはいえ春先に短パンアロハという出で立ちに疑問を覚えるのは仕方ないことだろう。前回のあの大人びたスーツとは七二〇度真逆の格好。それでも変わらない高圧的な雰囲気と俺様オーラだが、間抜けに見えないのはほとんど奇跡と言っていい。
こうして顔を合わせるのは二度目で、服装に口を出すような間柄というわけでもない。それに憎たらしいほどに着こなしているのは事実なので、変だとか浮いているだとか、そういうわけでもない。だが、カズマにはどうしてもこの男の私服にしては遊び成分が多すぎるような気がしていた。
そんなカズマの、いや、ダクネスやウィズも合わせた異世界組三人の疑問の眼差しに追随するように、士側の夏海までが首を傾げる。
「そういえば、いつの間に着替えたんですか?」
「たまの休みを満喫しろっていう世界からのお達しだ。そんなことよりカズマ、俺の質問に答えろ」
「バニル……知り合いからここの無料宿泊券貰ったからだけど、そっちは?」
「偶然だな。デストロイヤーのときアマゾンの駆除を手伝ってやったろ? その時の報酬として、エリスから温泉のフリーパスをな」
そう言って、アロハの胸ポケットから紙切れを見せる。アクシズ教は教徒への還元率が高いなぁ、などと寝ぼけたことを言っている暇はない。カズマとダクネスは、夏海も掲げるその紙切れが視界に入ると同時に目を見開き身を乗り出した。
「「お前、居候だったのか!?」」
「気持ちはわかりますけどそれ言っちゃうんですか!?」
「なんだお前ら。喧嘩なら買うぞ」
「暴力はダメですよ、士くん」
初対面で敵か味方か、なんていう物々しい雰囲気を醸し出していた相手が、居候などという肩身の狭い存在だったのなら驚くのも無理はないだろう。恐らく家主であろう夏海に対して態度が大き過ぎるというのも驚きの要因ではあるのだが、それにしてもこの数分の間に印象が反転しすぎて感情が追いつかない。『ミステリアスな世界の破壊者』だった人物が、今では『態度のデカいアロハを着た居候』。随分と身近になってしまった男をまじまじと見ると、もうただの偉そうなやつにしか見えなかった。
と、ここでカズマがあることに気づく。
「あれ? 士と関わりあるってことは、もしかして夏海さんも仮面ライダー……?」
「一応、そうですね。今はいませんけど、キバーラっていう小さいコウモリの力で変身します」
「仮面ライダーって確か、言語とか勝手にわかるようになる世界にオートフィットするチートが備わってるんじゃなかったっけ?」
「そんなこと、確か前にアクアが言っていたな。ほとんど聞き流していたから詳しくは覚えていないが」
カズマはベルディアとの戦いのあとで、アクアが語っていた内容をぼんやりと思い出す。ソウゴ曰く、到着後暫くしてこの世界の言語の読み書きや会話ができるようになったという今でも信じられない話を。士もその辺りを苦労している様子はない。ノーリスクで世界に溶け込めるその能力に、羨ましさよりも恨めしさを覚えたのは記憶に新しかった。
その時の感情までセットで思い出していると、士は頭にかけたサングラスに太陽の光を反射させながらふんぞり返った。
「俺たちを基準にするな。本来ライダーは、必然にしろ偶然にしろ力を得た存在だ。俺やソウゴは逆に、世界から役割を与えられた存在だからな」
「世界に役割……? ツカサもソウゴも、お前たちの話はいつも突拍子がないな」
「別に覚えなくていい。あと、士
「わかったよ、士」
「大事なことだな、ツカサ」
「……まあいい」
士はため息をつくと、いつの間に注文していたのか運ばれてきたコーヒーカップに手をつける。コーヒーの香りを嗅ぐその仕草は、浮かれたバカンス姿という強烈な視覚情報をねじ伏せるまでに堂に入ったもの。しかし肝心のコーヒーが口に合わなかったのか、それとも別の要因があったのか。カップを覗き冷めた目をした士は、そのままゆっくりとソーサーの上に置き再度ため息をついた。
「そう言えば、あの迷惑なプリーストはどうした? ここの連中のボス猿はあいつだろ」
「アクアなら教会だけど、それがどうかしたのか?」
「コーヒーカップの内側にアクシズ教の教義を書くことを禁止させる。こんなに飲みたくないコーヒーは〈ビルドの世界〉以来だ」
士は不機嫌そうにカップを自分から遠ざける。
そう言われてしまうと、コーヒーの黒が文字の溶け込んだ液体に見えなくはない。教義が口から入ってくることを想像すると、それはもう一種の呪いだろう。いくら俺様イケメン男とはいえ、同じ悩みで頭を抱える姿はカズマであっても同情してしまう。
「ったく、エリスのやつ何が幸運の女神だ。日記を押し付けたことへの当てつけか? 温泉は保証するとか言ってたが、それすらも危うい上に他のマイナス要素も多過ぎる」
「まあまあ士くん。せっかくの神様からの好意なんですし、ちゃんと楽しみましょうよ。私、こんなにのんびりと過ごす異世界は久々です」
「……ま、お前がいいならそれでいい」
相変わらず不機嫌そうだが、満更でもなさそうに視線を逸らす士。好意と言うよりは信頼や親愛といった類いの、なんともいい雰囲気が二人を包む。
だが、そんなこそばゆい空気をみすみす見逃してやるカズマではない。同情など消し飛んだカズマは非常に冷めた目で二人を見て言い放った。
「イチャイチャすんじゃねぇよ」
「してない」
「してません!」
静かに目を逸らす士と慌てる夏海に向けて更に白けた目を向けるカズマ。先程美人局に会ったばかり故にやさぐれているのがわかるダクネスとウィズは、苦笑いを浮かべる他にない。そんなカズマたちに夏海は、誤魔化すようにポンと手を打って笑みを向けた。
「そ、そういえば、ソウゴくんという方はどこにいるのでしょう? 私、まだ〈ジオウの世界〉のライダーに会っていません」
「ここは〈ジオウの世界〉じゃない。まだ中心となる存在がわからないが、少なくとも本来ソウゴがいるべき世界じゃないからな」
「? ここはエリス様の世界だろ? 管理してる女神はエリス様だし」
「エリスは管理者であって歴史を動かす世界の中心じゃない。天界の存在は規定の関係で歴史に直接干渉することを許されていないからな」
「……? えーっと……?」
流石のカズマも話についていけず、同じく振り落とされた二人と共に首を傾げる。目を点にする三人にどう伝えたものかと思案した士は、簡単な例え話を思いついたのかすぐに顔を上げた。
「……要するに、各世界には管理する女神とは別に正しい歴史を導く主人公みたいなやつがいる。が、少なくともソウゴはそうじゃない、ということだ」
「なるほど、主人公か……。ってことは、ソウゴじゃなくて、このろくでもない世界の方の魔王を倒すことになる勇者候補の中の誰か、ってことだよな? 正直あんまり関わりたくないな」
「カズマ貴様、正直すぎるだろ。まあ、私ももうマ……マツラギ? とは関わりたくないが」
「いや、ミコノギだろ。せめて名前くらいは覚えてやれよ」
「カズマさんも間違えていると思いますけど……」
勇者候補という言葉からカズマたちが思い出すのは、ソウゴよりも前に見知ったことのある魔剣の勇者の顔。最近の怒涛の毎日のせいで記憶も褪せ、どんな顔だったか薄っすらとしか思い出せないが、少女二人を侍らせるムカつくイケメンだったことだけはカズマの魂に刻んである。
そう考えると、確かにあの姿はテンプレ転生物の主人公らしい姿だったと言えるだろう。しかし、あれを中心に世界が回っていると思うとやはり苛立ちは感じてしまう。カズマが思い出しムカムカしていると、事情など知らない夏海はその怒りを忘れてしまうような笑みを見せる。
「まあ誰の世界でも構いませんよ。これもなにかの縁ですし、同じライダーとして挨拶くらいはしておきたいですね」
「そうか。ソウゴも直に到着するはずだ。迎えに行ってもいいが、あいつならウィズやアクアの魔力を辿ってここに来れるだろう」
「士くんみたいな運任せじゃなくて、そんな力まであるんですね! 流石は魔王です!」
「俺のは運任せじゃなくて、世界が出会うべき相手に引き合わせてるんだよ。……ちょっと待て。ソウゴはまだこの街にいないのか?」
そう言った士は眉間にシワを寄せる。随分と意外だったのか、その声には疑問以上に驚きも含まれているように思えた。そこまで驚くことか? とカズマが不思議そうに首を縦に振ると、士の疑問に対してウィズたちが普段通りの調子で答える。
「はい。確か、エリス様に神器の回収を依頼されたとかで我々だけ先に来たんです」
「夢にエリス様が現れて、手伝って欲しいと直々に仰ったそうだが」
「あいつがソウゴに頼んだ……?」
二人の発言に何かを感じたのか、士は思考を巡らせるように顎を指で撫でながら視線を落とす。しかしそれはほんの一瞬の出来事だった。カズマが違和感を感じるより先に、興味なさげなポーカーフェイスを取り繕いコーヒーカップを指で弾いた士は、頭にかけていたサングラスをかけ直した。
「……なるほどな。だいたいわかった」
「え、何が?」
「大丈夫ですよ。こういうときの士くんはだいたいわかってませんので」
「オイ」
夏海の受け答えに鼻を鳴らした士は、ほぼ新品同然のコーヒーを放置して席を立つ。サングラス越しでもわかる値踏みするような視線を三人に向けると、士は静かに問いかけた。
「お前ら、滞在はいつまでだ」
「明後日までだけど……?」
「そうか。行くぞ、夏海」
「えっ。ソウゴくんに会わないんですか?」
「ああ。必要ならそのうち会える。……そうだカズマ。お前、運はいい方か?」
名前を呼ばれキョトンとするカズマ。どうして名指しなのか考える彼に太陽を背にしたバカンス男は、自分が頭に付けていたレイをカズマの頭に被せた。ニヤリと口角を上げた士の意地悪そうな表情に、カズマはなんとなく背筋に冷たいものを感じる。そんなカズマの表情の変化を気に入ったのか、士は首から下げたトイカメラに三人の姿をカシャッと写す。
「お前たちが来て、俺たちがいて、ソウゴが遅れて。これが全部、偶然ならいいな」
そう言い残し満足気に去っていく士の背中を、カズマたちに会釈した夏海は慌てて追いかける。何がどうなっているのかわからなかったカズマたちは呆然と嵐を見送るしかなかったが、あっ、というウィズの声に二人は我に返った。
「ツカサさん、コーヒー代払ってません……」
そこにはもう湯気も出ない、すっかり冷めてしまったコーヒーだけが取り残されていた。
⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱
「へぇ、ここがアルカンレティアかぁ」
街へと続く石橋を歩きながら、美しい大河を眺めるソウゴは呟いた。
朝からライドストライカーを飛ばし、平原や荒野を駆け抜け数時間。マシンの性能に寄るところが大きいだろうが、のんびり馬車で一日半という時間を大幅に短縮したソウゴは、日が高くなる前に目的地へと降り立っていた。
圧巻の景色を堪能しつつ、自分より早く横を通り過ぎ街へと入っていくエリス教のシンボルに似たマークが描かれた馬車に手を振ると、中から無垢そうな子どもがはしゃぎながら手を振り返してくる。馬車の装飾や子どものドレスからして、乗っているのは貴族だろう。クリスから厄介な街として悪名高いと聞いていたアルカンレティアではあるが、一定以上に需要があるのは間違いないらしい。
「温泉が有名っていうのは本当なんだね」
街へと踏み込んだソウゴは、観光地としての知名度の高さに納得した。
見応えのある風景もそうだが、人や物の往来はアクセルよりも頻繁かつ多いし、そういう人の循環で街自体にも活気を感じる。もう少し観光客が多くてもいい気がするが、それも季節の巡り合わせということで目を潰れる程度だ。
(でもこの感じ、流石はアクシズ教の総本山。そこら中からアクアみたいな力を感じる)
他の全てが放つそれとは違う、天界の者のみが放つ神聖な力の気配。エリスやクリスのものとは違う親しみある気配から思い起こされるのは、飲んだくれてでろでろに酔っ払っている姿ばかり。だが腐っても女神ということだろう、漂う神気は低レベルのモンスターを牽制する弱い結界の役割も担っている。殺虫剤ほど強力では無い、さしずめ虫除けスプレーといったところか。この程度ならアンデッドが寄り付くことも、ウィズがダメージを受けることもないだろう。よく知る空気が街中に立ち込めている、加護を受けた街というものの特殊さをソウゴは肌で感じていた。
カズマが自分と同じ権能を持っていればこの光景にどんな恨み節を吐くだろうか。そんなことを考えながら目を凝らす。
「ぽつぽつ強い魔力を持った人がいるけど、街全体にアクアの神気が漂ってるから判別し辛いな……」
いつも通りの神、悪魔、人間、モンスターくらいのざっくりとした判別すら不可能なくらい滞留している神気に早速だがムッとするも、すぐに諦めるソウゴ。とりあえずこの街に漂う力と同一の力を感じる大きな建物に向かえばアクアには会えるだろう。そう楽観的に考え目的の方向へと足を向けたときだった。
「あっらぁ〜〜? お兄さん観光? それとも湯治かしら? やだもう、なんだっていいわよね! ようこそ、アルカンレティアへ!」
行く手を阻むように、お年を召した奥様たちが音もなく現れた。全員がその手に持っているのは、紙の束とたんまり固形石鹸が詰め込まれたバスケット。ソウゴがそちらに気を取られていたせいか、視線の先を瞬時に読み取ったマダムたちは間髪入れず一歩踏み込み、逃すまいとソウゴを取り囲む。
「あらっ、これが気になるの? 見る目があるわねお兄さん!」
「なんたってこれはアクア様の加護を受けた特別な石鹸ですものね! 気になるのも仕方ないわ〜!」
「……なんで石鹸?」
「この石鹸はすごいのよ? 天然由来の成分だけ配合してるから体には無害なのにどんな汚れもみるみる落ちる!」
「あげるわこれ! いいのいいの! これタダだから! 遠慮しないで!」
「しかもこの石鹸、どんなステータス異常も治るの! 冒険者にはたまらない一品!」
「さらに、今ならアクシズ教に入信するだけでこの石鹸よりも強力な洗浄力の洗剤まで付いてくる! お得なんてもんじゃないわ〜。ここに名前を書くだけですごい洗剤までもらえちゃうなんて!」
「しかもこの洗剤、飲 め る の」
「いや、洗剤は飲まないし石鹸もそんなにいらないよ」
「遠慮しないで! この石鹸もアクア様の加護を受けているから食べられるの!」
「遠慮じゃないし、石鹸はおやつに入らないよ」
怒涛の勧誘ラッシュを冷静なツッコミで躱したソウゴは、四方から押し付けられた石鹸を押し返した。確かに、到着早々石鹸を洗浄能力付き携帯食として押し付けてくるのは厄介と言わざるを得ないだろう。ふと、アクアの加護を受けたらうちにある石鹸や洗剤も飲めるようになるのだろうか、などと考える。
(アクアのことだから家中の洗剤を真水に浄化しそうだな)
カズマにげんこつを落とされ、泣き叫ぶ姿が目に浮かぶ。
あまり可哀想なことはしてやらないでおこう。そう思いグイグイくる石鹸を押し返していると、一人のマダムが見せつけてくる入信書が目に止まった。そこに描かれたマークは、先程すれ違った馬車に刻印されていたものと同じ。
(あれってアクシズ教のシンボルだったんだ。なら、あの貴族はアクシズ教徒なのかな)
そう考えると、この街に気兼ねなく立ち入れる人間はアクシズ教徒以外いないのかもしれない。折角の観光資源を無駄にしているような気がするが、それでも有名なのはそれだけ温泉に価値があるからだろう。この街で受ける歓待を耐えるだけの価値が。
だが王たる者、何事も一面だけで判断してはならない。
「ねえ、俺あんまり詳しくないんだけど、アクシズ教ってどんなのなの?」
「興味があるのね! いいわよいいわよ! はい、これがアクア様の教えよ!」
ソウゴの興味本位の一言にすかさず反応したマダムは、バケットから一枚の紙を取り出し差し出す。一言礼を返したソウゴは、その紙に書かれた文章を目でなぞった。
一つ、アクシズ教徒はやればできる。できる子たちなのだから、うまく行かなくてもそれはあなたのせいじゃない。上手くいかないのは世間が悪い。
一つ、自分を抑えて真面目に生きても頑張らないまま生きても明日は何が起こるか分からない。なら、分からない明日の事よりも、確かな今を楽に行きなさい。
一つ、汝、何かの事で悩むなら、今を楽しく生きなさい。楽な方へ流されなさい。水のように流されなさい。自分を抑えず、本能のおもむくままに進みなさい。
一つ、嫌な事からは逃げればいい。逃げるのは負けじゃない。逃げるが勝ちという言葉があるのだから。
一つ、迷った末に出した答えはどちらを選んでも後悔するもの。どうせ後悔するのなら、今が楽ちんな方を選びなさい。
一つ、悪人に人権があるのならニートにだって人権はある。汝、ニートである事を恥じるなかれ。働かなくても生きていけるならそれに越した事はないのだから。
一つ、汝、我慢をする事なかれ。飲みたい気分の時に飲み、食べたい気分の時に食べるがよい。明日もそれが食べられるとは限らないのだから。
一つ、汝、老後を恐れるなかれ。未来のあなたが笑っているか、それは神ですら分からない。なら、今だけでも笑いなさい。
一つ、悪い悪魔殺すべし、悪い魔王しばくべし。
(……なんか、アクアの生き様そのものって感じがする)
きっと、書いてあることは良いことのはずだ。好意的に要約すると、今を楽しく生きましょうという内容。しかし文の端々から感じられるこのどうしようもなくダメな感じはなんだろうか。悪く例えるなら、欲望に従い本能のまま生きろ、と解釈できてしまうこのダメな感じ。きっとこのソウゴが感じているダメな感じが、アクアを構成している主成分に違いないとそう確信できる。できてしまう。誰に何と言われても「あっ、これはアクアが考えた文言だな」という自信が決して揺らぐことはないだろう。
ソウゴが言葉を失っていると、取り囲んでいたマダムは非常に悦に入った表情を浮かべた。
「素晴らしいわよね、アクア様の尊い教えは!」
「あなたも入信したくなったでしょ?」
「私達と一緒に、共にアクア様の教えを広める使徒になりましょう!」
「さあ」「さあ!」『さあ!』
押して駄目なら更に押せ。勧誘を狩りか何かと勘違いしているのか、その目に宿る光は獲物を前にした肉食獣と同じもの。そんな熱のこもったマダムたちに向けて、内容を理解したソウゴはへらへらとした笑みを浮かべた。
「いや、俺は入信しないよ」
あまりにあっさりとした拒否の言葉に、ポカンとした顔を見せるマダムたち。そんな変化を気にしないソウゴは、教義が認められた紙を折りたたんで懐にしまう。
「俺、王様だからさ。一つの宗教に肩入れするのはダメでしょ? それに、まだ見極めなきゃいけないし」
「おうさま……?」
「うん。じゃあ、仲間が待ってるから行くね」
へらへらと笑い、ひらひらと手を降るソウゴ。未だアクアの神気で視界は不良だが、観光がてらぶらぶらと目的地を目指すのも悪くはないだろう。そんなことを考えつつ今日の昼食に思いを馳せながら、ソウゴは目印となる巨大な建物へと足を向けた。
⏱⏲「ずっとアクアに囲まれてるみたいで落ち着かないな……」⏲⏱
「おおー。間近で見るともっとすごいなぁ」
目の前まで来ると、その大きさに思わず感嘆の声を上げてしまう。
「カメラとかあればよかったんだけどな。カズマに作れないか聞いてみよ」
この世界で初めて見るくらいに立派な、例えるならそれは城のような教会だった。アクセルにも教会はあるが、ここまで主張の激しいものではなかったと記憶している。街の景観に沿った青の屋根を被る、清廉さを主張する純白の建物。だが窓にはめ込まれた色とりどりのステンドグラスが、この建物がただ大きいだけではない特別なものだと主張していた。荘厳な外観の中に、人を包み込む慈愛を感じる。特に太陽に反射する極彩色が、ソウゴに継承した歴史の一つを思い起こさせていた。
「そう言えば、なんで教会ってステンドグラスなんだろ」
聖職者の力を宿したライダーもいるが、だからといってその力にまつわる知識を備えているわけではない。わかることと言えば、せいぜいがそのライダーの歴史くらいだ。
アクアかダクネス辺りに後で聞いてみよう。そう考えるソウゴが扉へと近づくのと、その正面の扉を勢いよく開いて男が出てくるのは同時だった。大粒の涙を流し歓喜に打ち震える白髪の男性。かなり年を召した印象の彼は、まるで天から得た啓示をこの街の全ての人間に知らしめるかのように耳を疑う発言をした。
「エリスの胸はパッド入り! エリスの胸はパッド入り! 悪魔を払う奇跡の呪文じゃー!」
絶叫しながら駆けていく姿を眺め、思う。
(……なんでアクシズ教が嫌われてるのか、わかってきた気がする)
教義の内容に沿った思想ではあるのだろうが、人としてもう少し躊躇いを持って生きた方がいいのではないだろうか。そんなことを思いつつ今度こそ扉に手をかけようとする。その時、裏手から子どもたちの無邪気な声が聞こえた。
なんとなく、嫌な予感がする。予想がつくのであまり見たくはないのだが、その不安を払拭するためにも確認だけしておこう。そう自分に言い聞かせたソウゴは、そっと声のする方向を覗きに行く。
「エリスきょうとだー!」
「やっつけろー!」
「くらえ! じゃあくないきょうとめ!」
「フッ、フヒヒッ! これがアクシズ教の洗礼か……ッ! いい! いいぞ!」
そこには子どもたちに囲まれて石を投げつけられるだらしない顔の変態がいた。
「何してるのダクネス!?」
⏱⏲「この街は子どもに至るまでレベル高いな……っ!///」「…………」⏲⏱
「アクア。どうして俺が怒ってるかわかる?」
「なによ! ソウゴまで私のこと責める気!?」
「当たり前じゃん。アクアはアクシズ教の女神様でしょ? 民をきちんと導くのは上に立つものの義務だよ。なのに、悪いことした人を叱るどころか助長させるなんて、何考えてるの」
「で、でも……」
「アクア」
「はい」
「もうどっちが神様だかわかんねぇな」
懺悔室から引き摺り出したアクアに正座をさせるソウゴは、珍しく腕を組み仁王立ちで見下ろしていた。口調はいつも通りなので戦闘時のような薄ら寒い恐怖を感じることはないが、あの奔放なアクアが本能的に大人しくしているため反省を促すには十分な効果があると見える。
「見て。あの隅で怯えてる二人を」
「アクシズキョウコワイアクシズキョウコワイアクシズキョウコワイ……」
「トモダチナンテイリマセンユルシテクダサイトモダチナンテイリマセンユルシテクダサイ……」
「見て。あの嬉しそうな変態を」
「くっ! 遂にソウゴまで変態扱いか……っ! 最高だなこの旅行は……!」
「あれ? そう言えばウィズは?」
「ウィズは一身上の都合で教会に入れないから一人で街を見て回ってるよ。昼飯は合流するってさ」
「そうなんだ。とにかく、反省してアクア」
「うぅ……」
項垂れるアクアという珍妙な光景。だが、このまま少しはアクアもアクシズ教も大人しくなってくれれば、というカズマの切なる願いは残念ながら届くことはない。わなわなと震えるアクアは、目尻に涙を溜めつつも反撃の牙を剥いた。
「でも仕方ないじゃない! 信者数と信仰心は神にとってとても大事なの! それがそのまま神の力になるの! 私はかわいい信者たちのためならなんだってするわ!」
「あっ! こいつ開き直りやがった!」
「だからって仲間がどうなってもいいの?」
「それはまあ、良くないとは思うけど……」
「それに、アクアがそんなんだからアクシズ教が嫌われるんだよ」
「どうしてそんな酷いこと言うのよぉ!」
突き立てた牙をそのままへし折られたアクアは、肩を落としてよよよと泣き崩れた。流石に今の一言はかなり効いたらしい、珍しく同情心を誘う涙を見せる。しかし、普段の行いを知っているカズマとソウゴがその程度で手心を加えるようなことはなかった。
だが、この街に根深いアクシズ教徒の負の面を自重させるのはアークプリーストの一言だけでは無理だろう。だからといって、アクアが女神を名乗ったところで鼻で笑われる未来が見える。どうしたものかとソウゴが頭を悩ませていると、はたと何かに気づいたカズマがアクアに問いかける。
「なあアクア。お前今、信者数と信仰心が神の力になるって言ったよな?」
「ぐすっ……。言ったけど、なに……?」
「ならお前、信者と信仰が今よりもっと集まったら能力とかステータスが上がったりするのか?」
カズマが気になったところ。それは、もうどうしようもないと諦めていたアクアの知能が並の人間くらいには上がるのでは? という光明だった。仮に信者が増えて能力の上昇が見込めるのなら、取り敢えずパーティーメンバーと知り合いだけでも改宗させれば希望が見えてくるし、あの邪教徒共の蛮行も戦力増強のためと少しは心穏やかに無視できるというもの。
だが、返ってきたのは期待通りの答えどころかアクアの嘲笑の表情だった。
「上がるわけないじゃない。前にも言ったけど、私のステータスはカンストしてるの。あんた引きこもりニートゲーマーのくせしてカンストの意味もわからないの? 上限いっぱいって意味なんだけど?」
「このクソアマ、グーで殴りてぇ……ッ!」
「まあ、地上に下りたときに弱まった神聖な力を取り戻すことはできると思うけど、エリスの胸くらいうっすい信仰心じゃ数千人単位で集まらないとなんの足しにもならないわよ」
「アクア。そういうところが信者に悪影響なんだよ」
「はい……」
ソウゴに注意され、再度項垂れるアクア。その変わり身の早さに色々と考えるのが面倒になってきたソウゴは、取り敢えずまだ食べられていない昼食のことを考えた方が建設的な気がしていた。
⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱
やはり水がいいのか、アクア推薦の食事処で食べる物は米すらいつも食べているものより数段美味しく感じた。口の中に広がる甘みはもう一口、もう二口と食欲を駆り立てる。更に焼き上がりが完璧な焼魚が、異世界であっても自分が日本人なんだということを思い出させてくれる。この街で日本食にありつけたのは、先にこの世界に来ていた日本人たちの執念の賜物だろう。ここに味噌汁があれば言うことはなかったのだが、この世界では大豆がかなり貴重らしく高額なため断念。かつての食卓を恋しく思いつつ、ソウゴは話に出てきた気になるワードに反応を示す。
「へぇ、門矢士が?」
「ああ! ちゃっかり一番高いやつ頼みやがって……! なんだよ一杯二千エリスの教団コーヒーって! 話聞いたら八割が寄付のぼったくりじゃねぇか! 今度会ったらきっちりコーヒー代請求してやる!」
「いいじゃない。カズマのお布施で恵まれない子どもたちが救われるのよ?」
「嘘つけ。お前ら反社会勢力の資金源だろうが」
「だが、サービスは悪くなかったぞ……!」
「ダクネスさん、代金の代わりに土下座を強要されるのはサービスとは言わないと思うのですが……」
いつも通りのダクネス節に呆れつつも、憤りからかガツガツとソウゴと同じ焼魚定食を頬張るカズマ。彼を含めた三人から事のあらましを聞いたソウゴは、あの男ならやりかねないという妙な納得を感じ苦笑いを浮かべる。流石にアロハ姿は想像できないが、歴史が書き換えられたときにレジスタンスの服装をしていたことを思い出し、もしかするとそういう遊び心というか、周りに服装を合わせて溶け込むのが門矢士流なのかもしれないと独りごちた。
一人であの自由人の理解を深めていたソウゴの隣で、喫茶店での扱いを思い出し頬を赤らめていたダクネスが思い出したように呟いた。
「そう言えば、ツカサは他にも変なことを言っていたな。主人公がどうとか……」
「そんなこと俺達に関係ないからどうでもいいんだよ! それよりもコーヒー代だ!」
「相当根に持ってるね」
「当たり前だろ! 無銭飲食するようなやつに優しくて美人な友達以上恋人未満の相手がいるのに、俺の周りにはイロモノしかいないなんて不公平すぎると思わないか!?」
「怒りの根源はそこなんだ」
ダクネスと同じくこちらもいつも通りだったカズマに、ソウゴは思わず肩をすくめる。恐らく今蔑ろにされた話題はかなり重要な話のような気もするが、唯一まともに内容を理解できているであろう本人がこの調子では聞き出すことは不可能だろう。ところてんスライムをつるつると啜るウィズも、ムニエルに舌鼓を打つダクネスも、仮面ライダーの力が異質であると理解していても異世界なんて話を素直に信じてくれているとは思えない。
この街にいるならそのうち会えるはず。その時にもう一度聞けばいいだろう。そう考えることにしたソウゴは、ひとまずより深刻なダメージを負っている二人へと視線を移す。
「アクシズ教、怖いです……」
「もうお家に帰りたい……」
「こっちはこっちで重症だね」
「はい……。アンデッドでももう少し生気のある目をしています……」
何とか持ち直しつつも、恐怖に染まった目でハンバーグを口に運ぶめぐみんとゆんゆん。同じ間隔でナイフを動かし、同じ付け合せを咀嚼する様はアクシズ教へのトラウマによるシンクロの為せる技なのだろうか。骨についた身を削ぎながらソウゴはそんなことを思う。
そして先程までのしおらしい態度はどこへやら。待っていましたとばかりに運ばれてきたシュワシュワをぐいっと喉に流し込んだアクアは、ぷはーっ! っと幸せな悲鳴を上げ宣った。
「私が懺悔室に入る前は普通だったんだけどね」
「普通なわけないじゃないですか! 道中にも散々な目に合いましたよ! ついうっかり爆裂魔法を撃ちそうになったくらいです!」
「そうです! 私、友達を作るときはアクシズ教徒じゃないことを条件にしようと固く誓いました!」
「あなたは選り好みできる立場じゃないでしょう」
「めぐみんは私の味方じゃなかったの!? 同じ目にあった仲じゃない!」
「二人共考え直してよ! あの子達の良さを私が一から説明するから!」
「説明が必要な時点で色々とダメなんじゃないかな?」
「そ、そんなに酷いことをされたのか……? その話詳しく……!」
「お前は本当にブレないな」
食べ終わったカズマが諦めた目でダクネスを見る。この女は未来永劫このままなのだろうと残念な気持ちでいっぱいだが、お腹も膨れたことで多少のイライラが解消されたのだから自分も案外チョロいものだとも思う。
カズマは歯に挟まった食べ残しを爪楊枝で掻き出しながら、信者のいいところを紅魔族二人にプレゼンするアクアの話に割り込んだ。
「アクシズ教徒の信頼回復なんて無理難題は置いといて。これからどうする? 勧誘が怖いからって宿に引きこもるのも勿体ないだろ」
「それはそうなのですが……」
「無理難題じゃないわよ! ……わかったわ。この水の女神アクア様が、直々にこの街を案内してあげる! そうすれば皆の考えも変わるはずよ!」
「むしろより強固になりそうなんだが……」
胸を張り自信有り気なアクアに対して、不安な面持ちのカズマ。巻き込まれたまともな人間のメンタルがゴリゴリと削られトラウマが増えるだけなのは目に見えているが、そんなカズマの思いに反してソウゴはいつも通りのへらへらとした笑みで食後の茶を啜り一息をついた。
「なら俺はアクアに着いていこうかな。来たばっかで何も見てないし」
「私も行こう。きっとまだ私が体験していないすごいことに出会える気がする……!」
「お前らならアクシズ教徒にやられることはないだろうな……」
「なんでうちの子たちが何かする前提で話をしているのかしら!」
片やあらゆるダメージを喜びに変える変態エリス教徒と、片や無敵の魔王様。ギャーギャーと煩いだけの口だけ女神とアクシズ教徒如きでどうにかできる布陣ではないと安心していると、湯呑みを置いたソウゴが問いかけてくる。
「カズマはどうするの?」
「俺はパス。ろくな目に合う気がしない」
「「右に同じく」」
特殊な連中と違い、至って普通の三人はわざわざ蛇が潜んでいるとわかっている藪の中に裸足で突撃するような馬鹿な真似はしない。かと言って、何か旅行のプランがあるわけでもない。ガイドなしで街を散策してもいいが、蛇は藪の中だけで生きているわけではないのだ。
三人が頭を悩ませていると、何かを思いついたのかウィズがポンと手を打った。
「なら、折角アルカンレティアに来たんですから温泉に行ってみては? 混浴なんて貸し切りで気持ちよかったですよ」
「え、ここって混浴あんの!?」
「我々は混浴なんて入りませんよ」
「……俺まだ何も言ってないんだけど」
「カズマの考えてることなんて言わなくてもわかりますよ」
先手を取られたカズマは悔しげに歯を噛み締める。が、まだ彼には希望は残されていた。それは自分に混浴を勧めてきたウィズの存在である。ウィズはこう見えてもリッチー、つまりアンデッド。アクアに着いて行きアルカンレティアを市中引き回しなどという、消滅のリスクの高すぎる愚行を選択するはずがない。
勝利を確信したカズマが誰にも気づかれないようにガッツポーズをしていると、よし! と全員の意見を聞き終えたアクアが仕切った。
「なら、この私がガイドを務める観光組がソウゴ、ダクネス、ウィズ。温泉組がカズマとめぐみんとゆんゆんね」
「え、待ってくださいアクア様、私は……」
「え? ウィズはもう温泉入ったんだしこっちに来るでしょ? 楽しみましょう、アルカンレティア観光! どこから回ろうかしら……。幸福の泉? いや、恋
「え、あ、そ、そうですね、楽しみです……。あはは……」
太陽のような満点の笑みに押され、首を縦に振るウィズ。儚い夢が破れたカズマはがっくりと肩を落とすと、天を仰いで嘆きを口にした。
「神は死んだ……」
「私は生きてるけど!?」
心の友であるふにふらさん、どどんこさん、アルカンレティアは魔境です。
自業自得とか言わないでください。私ではなくめぐみんの罪です。
友達ができたとか嘘ついた報い? お友達は本当なんです。どうして信じてくれないんですか。え、その友達がアクシズ教の回し者? ソウゴさんは魔王を名乗っていますけど、良心的な魔王なんです。
良心的な魔王ってなんでしょうか。またお手紙書きます。