この素晴らしい魔王に祝福を!   作:春野 曙

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この美しい街にさよならを!

 とっぷりと日も暮れ月が顔を覗かせれば、街は人の光に彩られる。星の瞬きも美しいが、仄かな火の光もまた乙なもの。吊るされた灯りは綺羅びやかに祝いの席を引き立て、つい数時間前まで魔王軍幹部によって脅かされていたとは思えない賑やかさで場を盛り上げている。その賑やかさに当てられた冒険者たちは、ジョッキを片手にこの時間を満喫していた。

 

「ほっ! それっ! 助手の頭からも〜~勝利の〈花鳥風月〉〜!」

 

「うぅ……。アクア様のお水、前にも増してピリピリします……」

 

「こ、こんな凄い宴会芸見たことねぇ!」

「金を払うからもう一度見せてくれ!」

「麗しいアークプリースト様! おかわりはこちらですよー!」

 

「あはは〜。どーもどーも〜」

 

 

「そこで俺は刀を抜いて言ってやったのさ。『このサトウカズマが相手をしてやる!』……ってな」

 

「お兄ちゃんカッコいい!」

「勇者カズマと温泉に乾杯!」

「いいぞいいぞー!」

 

「まっ、俺とこの愛刀にかかればざっとこんなもんだ。んなっはっはっ!」

 

 

「二人とも現金だなぁ」

 

 シュワシュワをちびちびやりながら、浮かれ気味な二人を遠巻きに見てそんな感想を漏らしたソウゴは、取り分けてきた魚のパイを口に運ぶ。命がけの戦いの後とは思えない変わり身の早さにこの世界で生き抜く処世術を感じ、やはり順応力の高さこそが求められる才能の一つなのだろうと思う。もっとも、神経が図太い自信のあるソウゴからしても、朝方に自分が石を投げられた広場でへらへらと宴会芸を披露するアクアはどうかと思うが。

 気を取り直して、魚のパイに集中する。お菓子としてのパイはよく作ってもらっていたが、こういった主食のようなものはなかなかないので珍しい味に口元は綻ぶ。何の魚が使われているのかは食べただけではわからないが、恐らく赤っぽいので鮭とかその辺りだろう。そんな風に考えながら賑やかな一団を眺めていると、その人混みから仲間が一人、こちらに向かってくるのが見えた。

 アナザーJの攻撃を受け止めたせいで壊れてしまった鎧は脱ぎ、黒シャツとタイトなミニスカートに身を包む彼女は、ソウゴの隣に並ぶとジョッキを差し出した。

 

「飲んでいるか? デストロイヤーのときの祝勝会は街の修復やらで飲めなかっただろう?」

 

「今回の汚染した森はアクアに任せたからね。時を戻すとハンスが生き返っちゃうし。ダクネスこそ嫌がらせされてない?」

 

「ああ。残念なことにな」

 

 コツンと静かに乾杯する二人。家屋に背を預け地べたに座り込むソウゴと違い、立ったままのダクネスは少し物足りなそうな表情を浮かべた。

 

「アクシズ教徒は騒ぎたがりが多くて、宴会だとマナーを守るんだ。エリス教徒の私に酒を注ぐぐらいだぞ」

 

「流石はアクアの宗教。自分とお酒には正直なんだね」

 

 感心しながら、ソウゴはぐいっとジョッキを煽る。

 ハンス討伐ののちに事の顛末をギルドに報告すると、教徒たち及び教団のプリーストから魔王軍の手先だと罵り石を投げたこと、そしてアクアを魔女だと呼んだことに対して正式な謝罪があった。トップが出てこないことにカズマは憤慨していたが、信者たちからの信頼を回復したアクアが喜んでその謝罪を受け入れたことで今回の件は手打ちに。街を危機から救ったカズマたちは英雄として持て囃され、こうして感謝と謝罪の宴を開いてもらう事となった。

 なったわけだが。

 

 

「わはははは! 私の宴会芸はまだまだこんなもんじゃないわよー!」

「わはははは! 俺の武勇伝はまだまだこんなもんじゃないぜー!」

 

 

「あの二人、根本が似てるよね」

 

「気が大きくなるとすぐに調子に乗るところがそっくりだな」

 

 呆れ気味に笑うダクネスが、普段は見せない年長者の顔を見せる。温かな提灯の灯りに照らされたその柔らかな眼差しには、恋愛沙汰に関心の薄いソウゴでもつい見とれてしまう美しさがあった。

 さながら出来の悪い弟妹を見る姉のような表情をソウゴが物珍しげに眺めていると、その視線に気が付いたのかダクネスは恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「そ、そう言えばめぐみんとゆんゆんはどうした? さっきまでゆんゆんが勝負だなんだと騒いでいたが……」

 

「二人なら向こうでアルカンまんじゅうの大食い勝負をしてるよ」

 

「ゆんゆんはそれで勝って嬉しいのだろうか? ……まあ、離れているのならちょうどよかった」

 

 そう呟いたダクネスは、ソウゴの隣に腰を下ろす。どうしたのかと首を傾げながらパイを頬張ると、ダクネスは穏やかな語り口で口を開いた。

 

「お前とは一度、二人で話がしたかったんだ」

 

「俺と?」

 

 呑気にパイを食べ進めるソウゴを気にも止めず、ダクネスはソウゴと目を合わせる。どこか凄みのようなものを感じるが、これが前衛職の放つ気迫なのか、貴族の凛とした佇まいなのか、ソウゴには違いがわからない。

 ぼんやりとした目の奥を覗き込むように、まっすぐソウゴを見据えた彼女は決して目を反らすことなく尋ねた。

 

「何故、魔王に拘る?」

 

 そう問われ、ソウゴはパイを口に運ぶのをやめた。

 

「我々はその日暮らしの冒険者だ。脛に傷を持つ者も多い。だから例え仲間であれ、いや仲間だからこそ過去をみだりに詮索したりはしない。だから、答えたくないなら答えなくてもいい」

 

 きっと、ダクネスも勇気を出したのだろう。自分の身分を隠し、それを打ち明けた経験のある彼女だからこそ、人の内側に踏み込むにはそれなりの勇気が必要だったはずだ。口の中に残ったものを飲み下しながら、ソウゴはそう思う。

 彼女は終始、真剣な面持ちを崩すことはなかった。

 

「お前には人の上に立つ素養がある。全ての民衆から愛されるよう振る舞う統治者ではなく、最善を為すためならば大衆を敵に回すことを厭わない為政者のだ。魔王にしかなれないと言っていたあの言葉も、今ならなんとなく納得できる。だが、それだけが魔王を名乗る理由ではないだろう?」

 

「…………」

 

「好奇心ではないと言えば嘘になる。しかしそれだけではない。私は知っておきたいんだ。領民を守る貴族として、魔王軍と戦う冒険者として、お前の仲間として。どうしてお前が王ではなく、わざわざ“魔王”に拘るのかを」

 

「拘る、か……」

 

 言葉をこぼしたソウゴは、空を見上げた。

 確かに、今の自分には『世界を支配する“最低最悪の魔王”になる』という未来はない。ジオウの力を手にする前のように世界を良くするただの王を目指せばいいし、魔王を名乗るメリットがないことは今回のことでよくわかった。アクセルでも、王様と呼ばれることはあっても魔王を愛称として使っているのはバニルやサキュバスたちくらい。“時の魔王”というフレーズも神々に浸透しているし口馴染みもいいが、だからといって大事にしたいほど愛着があるわけではない。そもそも自分は魔王として君臨する道を拒み続けここにたどり着いたのだ。考えれば考えるほど、理に適った道理と呼べるものはなかった。

 しかしいくら理屈を捏ねくり回しても、既に出ている答えは変わらない。

 

「“最高最善の魔王”になるって約束したから、かな」

 

「以前言っていたな。友人との約束、だったか」

 

 相槌を打ったダクネスに、ソウゴは懐かしそうに微笑んだ。

 

「二人いてね。俺が最低最悪の魔王として君臨する未来から、歴史を変えるためにやって来た二人。最初から俺のこと倒す気満々だったゲイツと、俺が悪い魔王にならないよう導くって言ってくれたツクヨミ。喧嘩もしたしぶつかることは多かったけど、二人とも大事な友達だった。……今はもういないんだけどね」

 

「それは……。いや、すまない。聞くまでもないな」

 

「いいよ、もう過去のことだし。それでさ、俺も迷ったことがあるんだよね。このまま王への道を進めばたくさんの人を苦しめる魔王になるってわかって、力を手離すことを決めたんだ。でもそのとき、ゲイツが言ってくれた」

 

 

『お前は“最高最善の魔王”になると俺に言った。だったら問題ない』

『“最低最悪の魔王”になったら! そのときは俺が倒してやる。必ずな。俺を信じろ……!』

 

 

「世界が滅び始めて、元凶には手も足も出ない。そんなとき、俺を庇って致命傷を負ったゲイツが最期に言ったんだ。オーマジオウに、魔王になれって。世界を救うにはそれしか手がないっていうのもあったんだろうけど、俺はゲイツの判断を今でも信じてる。だから俺は“魔王”に拘ってるんだ」

 

「……いい友人だったんだな」

 

「うん、自慢の友達だ。だから『俺こそが“最高最善の魔王”だ』って胸を張って言えるよう、俺はこれからも“魔王”に拘り続けるよ」

 

 瞼を閉じると思い出す、色鮮やかな過ぎ去った日々。もう二度と戻ることはできない、失った時の中。いくら望もうともう拾い直すことが叶わない、手の届くことのない二人を懐かしんでいると、いかに自分が未練がましいかをソウゴは悟る。

 そんな彼を痛ましげに見つめるダクネスに、そうだ、と何かを閃いたようにパッと表情を明るくしたソウゴは、へらへらと笑みを浮かべた。

 

「約束してよダクネス。もし俺が最低最悪の魔王になるって思ったら、皆で俺を倒してね」

 

 生半可な覚悟ではないと、ダクネスは思う。自分も貴族ではあるし、領民にとって善の存在でいたいと当然思っている。しかし守るべき民から道を踏み外したと後ろ指を指されたとき、大人しく断頭台に登れるかと問われれば答えあぐねるだろう。口ではなんとでも言える。だがこの男は本当に、躊躇うことなく首を差し出してしまう。そんな気がする。

 

(それが、ソウゴの考える王なのか)

 

 人であることを否定した、民のためだけに存在する王。

 貴族でもなく、ましてや王族として生を受けたわけでもないのに求められる以上の資質を備え、その強大な力を民のため無償で行使する自己犠牲精神まで宿す、生まれながらの王とでも表現すべき姿勢。理想という道を歩むために犠牲を厭わず、それを隠すことをしない実直さ。それがこのへらへらと笑う男が考える“最高最善の魔王”。

 その辺りに腐るほどいる貴族に、爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいと思いながら、少し茶化すようにダクネスは言った。

 

「随分と重いものを背負わせるんだな」

 

「嫌かな? 頼むならダクネスだって思ってたんだけど」

 

 ソウゴは笑いながら首を傾げた。

 重い。領民の生活を背負っているダクネスがそう思うくらいには重い期待がそこには含まれていた。しかし、応えなければならないと心が騒ぐ。このへらへらとした男の本気に対して誠意を返さねばならないと。

 ぐっと堪えたダクネスは立ち上がると、気丈夫に背筋を伸ばし恭しく膝をついた。

 

「……承知しました、()()()()よ。このダスティネス・フォード・ララティーナ。我が名と誇りにかけてその約束、必ず果たすとここに誓います」

 

 これが今、目の前にいる仲間に見せられる精一杯。その答えに満足したのか、ソウゴはにっこりと笑った。

 

「いいの? 王様二人に忠誠を誓うなんて」

 

「今だけだ。それに、王と魔王なら被らないだろう」

 

 くすりと笑い合う二人は、またコツンとジョッキを合わせる。夜はまだまだ、騒がしいまま更けていった。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「はぁ〜〜。朝っぱらから入る貸し切り状態の露天風呂は最高だなぁ……。五臓六腑に染み渡る……」

 

「お爺ちゃんみたいだね」

 

「うるせーよ。馬車の手配も済んでるし土産もたっぷり。あとはチェックアウトだけだし、のんびり帰ろうぜ」

 

 明るくなった青空を仰いだカズマは、また大きくジジくさい息を吐いた。昨日の戦闘で体中にできた傷に染みるが、それ以上に全身を包む程よい温度が二日酔いやら眠気やら疲れやらを解消してくれているように感じる。

 やっぱり温泉は日本人の心だな、などと更にジジくさい感想が思い浮かぶくらいだ。タオルを頭に乗せて湯船に浸かっていると、ここが日本とは違う異世界だということを忘れそうになる。

 

「おいアクアー! お前、絶対湯船に浸かるなよー! 帰り際に怒られるとか嫌だからなー!」

 

 「何回も言わなくてもわかってるわよ! なんで夜通し浄化してた私がこんな犬みたいな扱いになるの!? 不当よ! この扱いは絶対に不当よ!」

 

 「こっちはアクアさん用にお湯を分けてますので大丈夫です!」

 

 「カズマこそ、混浴にウィズが入ってるからと言って覗かないでくださいよ!」

 

「善処する」

 

 「声が小さいぞカズマ!」

 

「だぁーもう! わかってるよ! 男湯にはソウゴもいるんだよ! 許してくれるわけないだろ!?」

 

「俺がいなくても覗かないでよ。捕まえる知り合いはダストだけにしといてよね」

 

「ダストはいいのかよ」

 

 体を洗い終えたソウゴも、湯船に足をつける。ザバァーっと溢れる湯を見ると非常に贅沢な気持ちになる……はずなのだが、それ以上の違和感がソウゴの鋭敏な感覚を撫で回す。

 

「……なんか、アクアに抱きつかれてるみたいで落ち着かないな」

 

「どういう意味だ?」

 

「たぶんだけど、昨日ハンスを完全に浄化するためにアクアが光ったでしょ? そのせいで前よりも街に漂うアクアの神気が濃くなってるんだと思うんだ。お湯からもアクアの気配を感じるし」

 

「ほーん。普段は便利な感知能力も、オフにできないとこういうとき面倒だな。視界もアクアの魔力だらけか?」

 

「まあね。俺が気にしないだけで済めばいいけど、この濃度ならウィズにも何かしら影響があるんじゃないかな?」

 

「そういえば体調悪そうだったもんな。……ジ○ジョの正義みたいなもんか」

 

 カズマがそう言うと、空から飛んできた女湯と書かれた桶が綺麗に頭にヒットする。カコンッ! と、これまた綺麗な音を鳴らした頭を抑え悶絶するカズマに向けて、天からお叱りの声が響いた。

 

 「誰が霧のスタ○ドよ! 女神から溢れ出る神聖で高貴な力って言いなさい! あとソウゴもそんないかがわしい表現やめてよね!」

 

「桶を投げるんじゃねぇよ! 他に客がいたらどうすんだ!」

 

 「はぁー? 私がそんなヘマするわけないじゃない」

 

「声の反響具合で位置を特定したんだね。この大きさの声が聞こえる人間離れした聴力に、混浴を飛び越えてるのに完璧なコントロール。狂犬ならぬ強肩女神だ」

 

「うまいこと言ってんじゃねぇよ! ったく、戦闘に関係ない無駄技術ばっかり練度が高いってどうなってんだあいつ……」

 

 頭を抑えつつ、コブができていないかを確かめる。襲ってきた衝撃のわりに傷は浅いようで、触っていると痛みも引いていく。跡が残らないのはいいことだが、それはそれとして必ず何か仕返しをしてやろうとカズマは一人心に誓った。

 復讐方法を考えるカズマの隣で、色々と諦めて肩まで湯に浸かったソウゴが大きく伸びをする。

 

「なんだかんだ言って、旅行ももうおしまいだね」

 

「旅行っていうか長距離遠征みたいなもんだったけどな。報償金がいくら貰えるか……」

 

「言葉のわりにはあんまり楽しみじゃなさそうだね」

 

「デストロイヤーの報償金のことがあるからなぁ。どうせ今回も、全額差し押さえかガッツリ減額だろ」

 

「冷めてるなぁ」

 

 カズマの中にこの三日間の出来事がフラッシュバックする。

 馬車での移動中の面倒事から始まり、極めつけは魔王軍幹部との命がけの戦い。結局あのあと現れることのなかった門矢士や、アクアとソウゴのせいで街中の人間から追われた昨日。短くもトラブルだらけの濃い旅程だった。

 そもそも混浴であの不穏な会話を聞かなければ、首を突っ込むことなくこの街から離脱できたのかもしれない。しかし、あの美人の半裸が見られたことを踏まえると、カズマとしては総合的にプラスと言える。もっとも、最後にウィズとの混浴を楽しめたなら嫌なこと全部忘れて楽しい旅行だったと言えるのだが……。

 

「今から混浴に行こうとしてもダメだよ。アクアとお風呂なんていう自殺行為を避けるために分かれてるんだから」

 

 隙をうかがっていたカズマにソウゴが釘を刺す。褒賞金はわかりきっている絵に描いた餅、混浴も壁一枚隔てられた向こう側。手に入らないものばかりの世の中に、カズマはため息を吐いた。

 

「はぁ……。世知辛い世の中だ……」

 

「そうあからさまにがっかりしないでよ」

 

 このソウゴの言葉に、カズマは小骨が喉に刺さったような感覚を覚えた。記憶の片隅にもやもやしたものを感じ、眉をひそめてうんうんと唸る。

 

「最近そのフレーズをどっかで…………。あっ」

 

 何かとても大事なことを忘れているような気がして記憶を探ると、答えには簡単に行き着いた。当然だ。面倒事を避けるために、後で話そうとカズマが後回しにしていたことなのだから。

 流石に二日前の話となると切り出しづらい。どう話を持っていくかと思案していると、そんな異変に気が付いたソウゴが不思議そうな顔をした。

 

「どうかした?」

 

「いやー、そのー……。怒らないで聞いてほしいんだけど」

 

 まずは言い訳をさせてほしい。後回しにした自分も悪いが、ゴタゴタ続きで話をするタイミングがなかったのだ。というより、そんな暇がなかったのはソウゴも承知のはず。情状酌量の余地があると踏んだカズマは、へらへらと笑みを浮かべてお伺いをたてた。

 

「実は……「カーズマさーん! 石鹸を貸してほしいんですけどー!」

 

 出鼻をくじかれたカズマは、当然のように無視をすることを決めた。

 

「実は話しそびれて「カズマさーん! 聞こえてるでしょー? 石鹸を貸してほしいんですけどー!」聞こえてるよなんだよ! 石鹸ないのかよそっちは!」

 

 「いえ、あるのですがアクアが全て浄化してしまったので泡立たなくてー」

 

 「すまないが、一つ投げてくれないかー? 予備が見当たらなくてなー」

 

「あの食べれる石鹸って更に浄化できたのかよ……。悪いソウゴ、ちょっと待ってくれ」

 

 続く仲間たちの声に、しぶしぶ湯船から出たカズマは自分の体に違和感を覚える。この違和感の正体はわからないが、自分の体に異変を感じるというのはなんとも居心地が悪い。気味の悪さを感じながらも、石鹸を握り仲間へとパスするため構え、そこで一つの疑問が浮かぶ。

 

「ウィズから借りた方が良くないかー? こっからだと距離わからないから届くかどうかわからないぞー」

 

 「ウィズさんには声をかけたんですけど、返事がなくて……」

 

「先に上がったのか? でも、ウィズなら一言くらい声かけてくれそうだけど……」

 

「ウィズの魔力は感じるよ。感じるけど……。あれ? こんなに弱々しかったっけ?」

 

 カズマは嫌な予感がした。普通にのぼせているとか、先に上がったとか、その可能性の方が大いにあるだろう。しかし、さっきから感じる違和感の正体が掴めない以上、この嫌な予感というものを侮ってはいけない。こういうときの直感とは、往々にして当たっているのだ。

 カズマが奇妙な悪寒に苛まれていると、ソウゴは湯船に浸かりながら問いかける。

 

「ねえカズマ。聞いてもいい?」

 

「なんだよソウゴ」

 

「傷は?」

 

 そう言われて、自分の体をまじまじと観察する。そこでようやく先程の違和感の正体に気がついた。

 

「傷がなくなってる……?」

 

 そんなはずはない。〈ヒール〉もかけてもらってないのだ。温泉に浸かっただけで傷が癒えるなんて、そんな効能聞いたこともない。しかもそんな特殊な温泉なら、アクシズ教徒の厄介さを差し引いてももっと賑わっていなければおかしいだろう。

 だが、この正体がわかったことでカズマの中にあった疑問が全て結びついていく。

 

「なあアクア」

 

 「何よカズマー?」

 

「お前昨日、山を夜通し浄化したんだよな?」

 

 「ええしたわよ。あのまま生命力を吸われた状態で残しておくと、そういう場所に生息する凶暴なモンスターが集まってしまうもの。そりゃあもう丁寧に、そして本気も本気で浄化したわ! もはや霊山と呼ぶに相応しいんじゃないかしら?」

 

「まさか源泉も浄化したのか?」

 

 「当たり前でしょ? あのスライムが浸かってたんだから綺麗にしなきゃばっちいじゃない。あいつには恨みもあったし、本気の本気の本気で綺麗にしてあげたわよ!」

 

 カズマはソウゴと顔を見合わせる。きっと何を言いたいのかわかったのだろう。いつものへらへら顔ではなく、力なく微笑んだソウゴは諦めたように言った。

 

「俺、間違ってたよ。街にアクアの神気が充満してるのは、浄化された源泉から湧き出たアクア仕込みの聖水が蒸発してるからなんだろうね」

 

 そこからのカズマの判断は早かった。

 

「ダクネスー! 急いで混浴に行ってウィズを回収してくれー! ウィズが成仏しちまう!」

 

 「わ、わかった!」

 

「他の奴らもさっさと着替えて馬車まで走れ! 街の奴らに気づかれる前に逃げるぞ!」

 

 「どうしたのよカズマさーん。そんなに慌てて」

 

「お前のせいだよ!! めぐみん! ゆんゆん! そのアホ女神を殴ってでもいいから連れ出せ! お前らの荷物は俺とソウゴで持つから!」

 

 「わかりました!」

 

 「え!? わ、わかりました!」

 

 温泉が浄化されたなんてものの比ではない。湧き出るものが変わってしまっているのだ。いや、この際聖水が湧き出ているのだから許してほしいところではあるが、昨日の今日でこれでは教徒たちからどんな仕打ちを受けるかわかったものではない。彼らの狂信ぶりは嫌というほど骨身に染みているのだ、英雄から疫病神にジョブチェンジすることだけは回避したい。

 慌てるカズマを見て、ソウゴはくすりと笑みを溢す。

 

「笑い事じゃないんだが」

 

「わかってるよ。でも強敵を倒してのんびり帰宅するより、なんか俺達っぽいなって。そんな気がする」

 

「俺はのんびり凱旋したかったけどな!」

 

 もう二度と旅行なんてしない。こんな巡り合わせを引き込んだバニルにクレームを、そしてこの地の崇める女神様にとびっきりのげんこつをくれてやろうと決心したカズマは、無事に家まで帰れますようにと、それだけを天に祈りながら脱衣所へと駆けた。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「たーだまーっ!」

 

「おかりー」

 

 アクアのテキトーなただいまに、カズマは適当なおかえりを返す。

 元気よく土産を掲げたアクアは一人、疲れなど知らないかのようにどかどかと屋敷の中を走って行った。恐らくは留守番していた幽霊のアンナへ土産を見せびらかしに行ったのだろう、彼女を探す声が屋敷にこだまする。

 

「帰りが快適だったのはわかるけど、あいつ元気が有り余ってるな」

 

「そう言えば、行き道と違ってモンスターと遭遇しませんでしたね」

 

「ソウゴがいたからだろうか?」

 

「熊避けの鈴みたいなもんか」

 

「俺、熊避け扱いされたの初めてだよ」

 

「いや、そもそも熊は鈴の音なんて聴くと獲物がいると思って寄ってくるぞ」

 

「マジか」

 

(今度、音を消すスキルとかないかクリスに聞いてみよ)

 

 一つ知見を得たカズマは、己の安全確保のためそんなことを考える。最弱とは言え、どんなスキルでも習得可能なこの職業は自分に向いているのかもしれない。剣や魔法を使う上級職に憧れはあるが。

 そんな他愛もない会話を終え、荷物を下ろしたソウゴはへらへらと笑みを見せた。

 

「さて、帰ってきたことだし俺も職場にお土産渡しに行こうかな」

 

「明日からバイトなのでしょう? 明日でもいいのではないですか?」

 

「そうなんだけど、ちょっとお願いしてたこともあるからその確認もね」

 

「私も鎧を修理に出さないとな。『ばいく』の後ろに乗せてくれないか?」

 

「修繕費は共用の貯金から出すから、見積もりだけ後で教えてくれ。って言っても、ほとんどソウゴのバイト代だけどな」

 

「いいよ。そのためのお金だし」

 

「では、私は夕飯の買い出しに行きますね。二人とも荷物持ちお願いしますよ。あ、でも三人だとちゃんばる号に乗れませんね……」

 

「じゃあ今日は特別に、他の仮面ライダーのバイクを借りよっか。サイドカーって言ってバイクの横に――」

 

(今度乗せてもらお)

 

 未知の物への好奇心を隠しきれないめぐみんに説明を始めるソウゴと、それを見守るダクネス。そんな三人の荷物を抱え居間を目指すカズマは、サイドカーへの興味に後ろ髪を引かれながらひらひらと手を振った。

 

「俺は晩飯まで寝とく。できたら起こしてくれ」

 

「何言ってるんですか。カズマはアンナと遊んであげてください」

 

「へいへい。確かゆんゆんのゲームあったよな?」

 

「ソファの近くにまとめて置いてあるよ。気をつけてね、俺が教えたからアンナ強いよ」

 

「フッ。伊達に母親泣かせのカズマさんなんて呼ばれてないぜ。ゲーマーの本気ってのを見せてやる……!」

 

「誇るところなのか……?」

 

 がやがやと三人は騒がしく玄関を出ていく。静かになった屋敷には、今はアクアの独り言のような自慢話が響くだけ。街を離れるときこっぴどく叱ったのだが、次の日にはこれだけケロっとしているのだから毎度の事ながら大した性格だと感心する。

 

「あいつ、冒険の話は晩飯の時って馬車で言ったのに……」

 

 だがしかし、アクアの鳥頭は今に始まったことではない。諦めのため息をついたカズマの顔は、疲れだけではなくどこか楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

(こうして、俺たちのアルカンレティア旅行は幕を閉じた。いくら働こうと生活は豊かにならない。魔王軍幹部なんていう大物を倒しても褒賞金や賞金は当てにできず、毎日が命懸けの日銭稼ぎの日々。でも、俺もそんな毎日がいつの頃からか俺たちらしいなんて感じていたし、このいつも通りがずっと続くと、そのときの俺は思っていたんだ)

 

 

 

 

 

「カズマ。私の頬をつねってくれないか?」

 

「こんなときにまで性癖出してくるなよダクネス。夢が覚めるだろ」

 

「夢ではありませんよカズマ! これは現実です!」

 

「いいの? ねぇめぐみん、本当にいいの?」

 

「ま、この女神アクア様のパーティーなんだから当然よね」

 

「ようやく固形物が食べられそうです……!」

 

「目の前にすると圧巻だね」

 

 

 

(ギルドに呼び出された俺たちの目の前に積まれた札束。それを受付から差し出したルナさんは、とびっきりの笑顔で言ってくれた)

 

 

「みなさんおめでとうございます! 魔王軍幹部・ハンス討伐の褒賞金、五億エリスです!」

 

 

(お父さん、お母さん。俺、異世界で大金持ちになります!)




紅魔の里のふにふらさん、どどんこさん、お久しぶりです。
先日のお手紙が届かなかったようで、無視されたのかと心配でしたがお変わりないようで安心しました。

私は旅行も終わり、無事にアクセルの宿まで戻りました。思い返せばたくさんの出来事がありました。中でも大変だったのは、やはり魔王軍幹部との死闘です。本当です。ぼっちが大人数で旅行できるのも奇跡なのに話盛り過ぎとか言わないでください。偶然! 本当に偶然、旅先で戦うことになったんです! マジックアイテムで街一つ飲み込むほど大きくなったデッドリーポイズンスライムとみんなと力を合わせてたたか……本当だってば! どうして信じてくれないの!?

ゆんゆん
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