コンソメの香りでゆんゆんは目を覚ました。
体を冷やさないよう掛けていたローブから身を起こし新鮮な空気を肺いっぱいに取り込むと、うんと一つ伸びをする。硬い地面で寝ていたからだろう、軋む体からはポキポキと関節の鳴る音がした。しかし、連日歩きっぱなしだった疲れはしっかりと取れていて、野宿とは思えないとても気持ちの良い目覚め。細かな時間はわからないが、寝起きの頭でも今日が出発から二度目の夜を明かした朝だということは覚えている。微睡む頭で、一旦状況を整理することにした。
(確か、昨日は日が落ちる頃に里の近くまで来れたんだっけ。夜戦はこっちが危ないからって夜明けを待つことにして……)
火の番はカズマ、ソウゴ、クリスのローテーションになったため他のメンバーは早めに床に就いた。今の今までぐっすり眠れていたということは、魔王軍に見つかることはなかったということだろう。
寝ぼけ眼を擦り周りを見れば、寝ているのはアクアだけ。オークとの遭遇からずっと、アマゾン化したモンスターがいないか調べるために魔物寄せの魔法を連発していたので疲れが溜まっているのかもしれない、と一人納得する。実はそんなことは関係なく、このアークプリーストはただ爆睡しているだけなのだが、ゆんゆんにはそれを知る由もない。
気持ちよさそうに寝息を立て、放り出したお腹をガシガシと掻く彼女を眺めていると、ゆんゆんが起きたことに気づいたカズマが声をかけてきた。
「おはよう、ゆんゆん。朝飯はもうちょっとでできるんだけど、それまでコーヒーでも飲むか?」
「あ、いただきます」
ゆんゆんが答えると、鍋をかき混ぜるのを一旦やめたカズマはマグカップにインスタントコーヒーを振り入れる。そこに〈クリエイトウォーター〉で清潔な水を注ぎ、底を〈ティンダー〉で加熱すればあっという間にコーヒーの出来上がりだ。普通は見向きもされない初級魔法を器用に操る様は、最下級職と平凡な見た目だけでは侮れない。ピーキーなパーティーメンバーをフル活用し上手く立ち回る機転の良さ、姑息と評されるその邪知深さ、そして様々な〈スキル〉を使いこなしこうして食糧のキーピングまで行える管理力。普段の言動や街の冒険者からの評価はアレだが、ソロが基本のゆんゆんとしてはそのオールラウンダーさから見習うものはたくさんあると言えるだろう。
湯気の立ち昇るマグカップを、カズマは持ち手をゆんゆんに向けて差し出した。
「カップの底熱いから、持つとき気をつけてな」
「はい、ありがとうございます」
カップを受け取ったゆんゆんは、言われた通りマグカップの側面に手を添えてコーヒーに口をつける。自分がバイトしている喫茶店で飲むものとは違う、非常に簡素な味。味わい深さなど欠けらも無いが、目を覚ますには丁度いい苦味が口に広がる。しかし、屋外で飲むとその味もまた格別に感じるもの。ほっと落ち着きながら、頭が起き始めたゆんゆんはここにいない者たちのことを尋ねた。
「あの、皆さんは?」
「クリスが偵察、他の三人は食えそうなモンスターを探しに行ってるよ。紅魔の里ももうすぐだし、助けに行く俺たちが食糧を圧迫するわけにはいかないからな」
「そうなんですね。じゃあ、私もなにか……」
「いや、ゆんゆんは体力と魔力を温存しておいてほしいからゆっくりしててくれ。ゆんゆんの〈テレポート〉で現地入りしなきゃいけないからな。全員帰ってきたら、クリスの情報を基に作戦立てよう」
「そうですか? じゃあ、お言葉に甘えて……」
そう言って、またコーヒーに口をつける。申し訳ないような気持ちにはなるが、パーティーリーダーの采配にケチをつけてもしょうがない。自分の出来ることをして他のメンバーの役に立つ。それが集団戦というものだと、出発前に読み込んだパーティーメンバーと仲良くするための本にも書いてあった。
(……私もパーティーが組めたら、こんな感じなのかな……?)
カラカラと底につかないよう鍋をお玉でかき混ぜる音を聴きながら、風に乗って鼻をくすぐるスープの香りにお腹を空かせる。今日の朝食は乾パンとコンソメスープだろう。スープの具材は、恐らく昨日寝る前に凍結魔法で冷凍保存した
他にも、幸運値最低のアクアが〈フォルスファイア〉を使い、群がってきた大量のモンスターをソウゴが時を止めて全員で選別する、カズマの故郷で行われていたという『ていちあみりょう』も新鮮な体験だった。ダクネスが邪道だと物足りなさそうな顔をしていたり、『ちょうちんあんこう』と称されたアクアが憤慨したりと、それを見て笑えるだけの余裕も貰った。
(でも、驚くのにもちょっと慣れてきたかも)
自分にも耐性ができてきたのか、慣れとは自分で思っている以上に恐ろしいもの。彼らと交流を持つようになってそれなりの時間は経ったが、ようやくトキワソウゴという規格外に慣れてきたと言っていいだろう。初めて声をかけてもらった時から、随分と時間がかかったように思うが。
コーヒーを飲みながら、ゆんゆんは思い出し笑いついでにふと思った。
(あれ? なんだか、すごく仲間っぽくない……?)
思い返せば、平時は門番や街の巡回をしているソウゴと(一方的とはいえ)よく話す。街で見かけたり、ギルドにいればカズマやアクア、ダクネスにも挨拶してもらえる。飲み会があれば声もかけてもらえる。たまにクリスからはクエストのサポートを依頼されたりもする。他にも、この間は旅行もして、魔王軍幹部のスライムと戦って、こうして里までの道を共に歩いている。支え合い、協力し、困難に立ち向かう。自分の想像する理想ではないかと、冷静に考えてみれば思い当たる節も多い。
(いや、流石に仲間は……。向こうはそう思ってないかもだし、それにカズマさんたちだって今回は里が心配なめぐみんに付いてきたって感じだし。……じゃあ、次にどこか行く時誘ってもらえたら仲m……、と、友だちくらいには思っても……? いやいやいやいや! もし私の勘違いで、里の外の人にとってはこれくらいなら普通に知り合いくらいの関係でもするかもだし! そもそもライバルがいるパーティーに入れてもらおうだなんて! これは共闘……。そう、共闘よ! 断じて仲間とかじゃなくて! ……でもやっぱり、知り合い以上友だち未満的なものを期待しても…………)
「何一人でもじもじしているんです? トイレですか?」
「うっひゃぁ!?!!!??」
⏱⏲「あー! 大事なローブにコーヒーがー!」⏱「本当に何をしているんですか……」⏲⏱
「時を戻すってやっぱり便利よね。一日かけて汚れた服とかも洗濯したてくらいに戻せるんだし。ねぇ、毎日すれば一生服洗わなくていいんじゃない?」
「そんなことしたらクリーニング屋さんと服屋さんの仕事なくなっちゃうよ」
「すみませんすみません! お手数をお掛けして……」
コーヒーが染み込んだローブを今朝起きた時点まで戻してもらい何とか体裁を整えたゆんゆん。彼女のほっとした顔を見届け、全員に食器が行き渡ったことを確認したカズマは、乾パンを口に放り込んで言った。
「よし、じゃあ今から作戦会議するぞー。クリス、頼む」
「ひゃーい」
同じく乾パンを齧り、ウサギ肉を頬張っていたクリスはスープで口の中のものを流し込むと、空になった食器を置いて立ち上がり、木に刺した周辺地図の前へと移動した。それを全員が食事をしながら注視する。注目の的となっているクリスは、記憶を頼りに地図に赤ペンで印を書き込む。
「魔王軍の基地は里から少し離れたこの辺り。結構立派なのがあったよ。近くに水場はなし。攻めてきた敵が見えるよう見晴らしが良くなってて、攻め込むには正面突破しかなさそうかな。あたしは〈千里眼〉使えないから、武装したモンスターが出入りしているのしか見えなかったけどね」
「里の方はどうなっていたのだ?」
「静かなものだったよ。火の手は上がってなかったし、制圧はされてないんじゃないかな。囲まれてもなかったし、遠くから見た感じだと手紙ほど緊急って感じはしなかったかも」
「一時後退してたり、交渉の準備をしてたりする可能性もあるから油断出来ないな」
「そんな! 我々紅魔族が魔王軍に屈するなどありえません!」
「魔法使えない子どもとかが人質にとられてたらそうも言えないだろ。あんな手紙送ってくるくらいなんだ。今はあらゆる可能性を考慮した方がいい」
「そう言えば、紅魔の里ってアルカンレティアと違って里全体から色んな魔力を感じるんだけど、どうして? 人とか、悪魔とか、神とか。そのせいで感知し辛いんだよね」
「里には『邪神が封印された墓』や『名もなき女神が封印された土地』などがありましたからね。両方とも少し前に解かれてしまいましたが」
「封印が解かれてるのになんでそんな緊張感ねぇんだよ」
もしかすると紅魔族というのは相当にヤバい種族なのかもしれない。カズマが呆れて肩を落としていると、素面なめぐみんと違って恥ずかしげにゆんゆんは俯いた。
話が逸れたため、クリスは咳払いをする。
「続けるよ。……デストロイヤーのときみたいな化け物って感じのは見当たらなかったかな。オークみたいに、外見は変わらず能力だけ継承してるのかも」
「だと厄介だね。俺、アマゾンかどうかの見分けつかないからさ」
「そうなのか? 魔力の違いとかでわかるものではないのか?」
「俺がザモナス……えっと、〈アマゾンズの世界〉の力を集約したライダーのウォッチを持っていれば、その世界の力も使えるんだろうけどね。〈アマゾンズの世界〉は平成ライダーの世界じゃないけど、ザモナスは〈ジオウの世界〉で生まれた平成ライダーだからさ」
「ちょっと何言ってるかわかんないな」
「……あら? そう言えばクリスってデストロイヤーの時いたかしら?」
「え? い、いたよー? 頑張って戦ってたけどなー? ね、ダクネスー?」
「そ、そうだったか? あの時は人も多かったからな……」
流石にディケイドと組んで別の場所でこっそり戦ってたとは言えないため、適当に誤魔化すことにしたクリス。アクアはまだ訝しんで首を捻っているが、事情を理解しているソウゴは助け舟のつもりで話題を変えることにした。
「それで、どうするのカズマ? 予定通りここから〈テレポート〉? それとも基地を攻める?」
「基地を攻めるのはリスクが高いな。ソウゴがいれば安心だけど、敵戦力がわからないまま無策で突っ込むのは無謀だ。まずは俺とソウゴで先行して里に入って、問題なさそうなら全員合流しよう」
「二人でか? 初めから全員で行った方がいいのではないだろうか」
「里に内通者とか、スパイが紛れていたら全部筒抜けになるだろ。本当に人が捕まっていた時はお前たちで救出してもらうことになるし、それにダクネスには頼みもある」
「頼み?」
「ああ。俺の代わりにリーダー代行をな。それと……」
疑問符を浮かべるダクネスに向けてひょいひょいと手招きするカズマ。それに習って顔を近づけたダクネスの耳元で、他には聞かれないようそっと耳打ちをする。
「(もし紅魔族がアマゾンになってたら、人死にもやばい上に真っ先に狙われるのはめぐみんとゆんゆんだ。十四のあいつらに同郷の人たちと殺し合いさせるわけにいかないだろ)」
ハッとしたダクネスは、少し表情を曇らせる。しかし、悟られてしまえば何のために頼みなんて言う嘘までついて二人が汚れ役を買って出たのかわからない。顔を引締めたダクネスは、カズマとソウゴに向けて真剣な眼差しを向ける。
「そうだな。万が一の時は任された」
「頼むぞ」
「え? なになに? 何の話?」
「お前が言うこと聞かない時の制御法だよ」
「何よそれ! 絶対違うわよね!? ねえダクネス違うわよね?」
「安心してくれ。私はアクアが隠している高級なシュワシュワを料理酒と入れ替えたりしない」
「本当に何の話してたのよ!?」
「冗談だって。詰め替えたのは料理酒じゃなくて安酒だよ。ほら、おかわりいるか?」
「いる! ……今なんて言った?」
オチがついたところで、詰め寄るアクアを無視しておかわりをよそう。ある程度緊張も解れただろう、動きも決まったのだから腹ごしらえが済めば行動開始だ。
紅魔族がアマゾンになっていた、なんていうソウゴによる粛清ルートだけは回避したいと静かに女神エリスに祈るカズマ。よく知る二人が天涯孤独になる未来だけは御免被りたいが、もしも魔王軍の手によってアマゾン化していた場合は……
〖既に魔王軍によって里は全滅させられていた〗
ソウゴと話して決めたこの嘘を伝える。真相は墓まで持っていくと二人で約束した。この約束だけは、例え何があっても違えることはないだろう。一番の危険要素はバニルだが、バニルとて自分の夢が叶うよりも先に自分の残機が全損することは避けたいはずだ。
腹を括ったカズマが、普段通りを装ってクリスのおかわりをよそっていた時だった。
『!?』
ズドォンッ! と、地鳴りが響いたのは。
「な、なになに!? 今の何の音!?」
「わからない! けど音は里の方からだよ!」
音は続け様に鳴り続ける。まるで怪獣映画で爆弾やミサイルが投下されている時のような、戦闘という呼び名がかわいらしく感じるほどの文字通りの戦争音。魔王軍にも相当な魔法の使い手がいて、真正面からの全面戦争でも展開されているのかもしれない。そんな仮説を信じてしまえるほど、空気の震えや木々のざわめきは異様なものだった。
しかし、少しほっとしている部分もあった。
(紅魔族がまだ戦ってるってことは、アマゾンになって共喰いしてないってことだ!)
期待を込めてソウゴを見ると、彼も同じことを考えていたのだろう、確かに頷く。怪我の功名とでも言うべきか、戦争の音が生存者を知らせてくれていた。胸を撫で下ろすカズマだが、安心ばかりもしていられない。戦闘は既に始まっているのだから。
頭を切り替え、最善の策をめぐらせる。
「予定は狂ったが、全員で行くぞ! 装備を整えてくれ! 紅魔族に加勢する! ゆんゆん、ここから全員いけるか!?」
「はい! いけます!」
「よし、めぐみんは爆裂魔法の準備! ソウゴは〈テレポート〉直後の流れ弾の対応を!」
「わかりました!」「任せて」
「ゆんゆん! 頼む!」
「いきます! 〈テレポート〉!」
(お父さん……っ!)
不安で顔が強ばる。だが、紅魔族族長の娘としての誇りで心を立て直す。ただ家族の身を案じて、ゆんゆんは魔法を唱えた。
⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱
「そこまでだ、魔王軍! ここからは俺たちが――」
ソウゴのショートワープによる微調整で戦場が見渡せる丘の上まで跳んだカズマたちは、各々の得物を構えて名乗りを上げる。
しかし、現実というのはいつだって予想を裏切ってくるもの。駆けつけ戦場を見渡したカズマは、この世界が毎度毎度自分に斜め上の回答を叩きつけてくることを思い出した。
「撤退だ! 一人でも多く生き残るんだー!」
「だから嫌だって俺は言ったんだ! こいつらと戦うのは!」
「帰りたい! お家に帰りたい!」
死屍累々。阿鼻叫喚。大地は爆ぜ、風が切り裂き、炎が降り注ぎ、水が飲み込み、雷が鳴り轟く。魑魅魍魎の命を塵芥に変えていき、さっきまで
紅魔族の手によって。
「その命、灰燼として散らせ! 我が深淵より生まれる闇の炎によって!」
「
「邪悪の下僕たちよ、無へとお逝きなさい……」
「EAT……KILL……ALL…………!」
魔王軍の数は優に千を超えているだろう。ゴブリンやコボルトに混ざって、悪魔もどきやゴーレムの姿も散見される。そこに向けて際限なく放たれる、あらゆる属性の上級魔法が織り成す雨あられ。誰がどう見ても、滅亡寸前なのは紅魔族ではなく魔王軍である。不安だとか、墓まで持っていく決意だとか、そういう盛り上がった気持ちの類いを全て置き去りして現実は進んでいく。
炎の竜巻。氷柱の雨。割れた大地。吹きすさぶ嵐。おまけに轟音、そして爆風。災害という災害が、厄災という厄災が、数などものともしない紅魔族によってもたらされ、ちっぽけな魔王軍の命を虫けらのように蹴散らしていく。日本にてCERO Zくらいのゲームで見たことある光景に、カズマはただ呟くしかなかった。
「――なにこれ」
「さ、さぁ……?」
「なんだか、手紙で書いていたほどのピンチって感じはしないね……?」
状況が飲み込めないパーティーメンバーたちは、やり場のない気持ちを抱えてポカンと戦場を眺めることしかできない。顔を見合わせるだとか、日頃のストレス解消とばかりに散々上級魔法をぶちかます連中に事情を聞くだとか、ソウゴでさえそんな簡単なことすら思いつけない絵面。呆然としているだけで勝手に魔王軍は倒されていく。そんな風に無為な時間を過ごしていると、後ろから男が声をかけてきた。
「……おや? ゆんゆん? ゆんゆんじゃないか! めぐみんも! 二人とも帰ってたのか!」
聞き覚えがあるのだろう。いち早く反応するゆんゆん。そして彼女は驚愕に顔を歪めると、震える声を喉から絞り出した。
「お、お父さん……?」
「帰ってくるなら帰ってくると手紙をくれれば良かったものを。お父さんがアルカンレティアまで迎えに行ったんだぞ? 最近はオークも気が立ってるからなぁ」
ゆんゆんから「お父さん」と呼ばれる壮年の男性。歳の割には十字架だのトゲの付いたアクセサリーだのをゴテゴテと身に着ける、日本のイタい中学生のようなファッションを好んでいるようで、これが受け入れられている『紅魔族』というものの方向性が垣間見える身なりをしていた。
なんとなくオチが見え始めた気がするものの、高ぶっていた手前、現実を受け入れるのに少し時間が欲しかった一行は、成り行きに身を任せることにして静かに親子の対面を傍観していた。
「え、いや、どうして……?」
「どうして……? まさか、ゆんゆん! 我が愛しの娘よ! あの戦いのせいで記憶を……!?」
「違うから! もう、恥ずかしいことしないで!」
「なんだ。アクセルへ行っても内気なところは変わらずか……。ところで、そちらの方々は?」
男――ゆんゆんの父親にして紅魔族族長。そしてあの手紙を書いた張本人は、叩き折りたくなるような白い歯を見せてニカッと笑った。
⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱
「ゔぅ゙……! あの人見知りの娘が、里の外で仲良くなった人を連れてくるなんて……! 今日はな゙んて! な゙んて素゙晴らじい日なんだ……! 今夜はお祝いにしよう……!」
「ちょっ、やめてよお父さん恥ずかしいから……!」
大袈裟ではなく本当に涙をボロボロと零す父親に、頬を朱に染めるゆんゆん。それを見て、一同は紅茶を啜った。
成り行きに身を任せたまま、自分たちの屋敷と引けを取らない立派な邸宅に案内されたカズマたち。言われるがまま応接間に通され、許されるがままに上質なソファに座り、そして勧められるがままに香り高い紅茶をご馳走になる。その頃には外の大災害も落ち着いたようで、もうすっかり音は響いてこなくなっていた。
一頻り泣いたゆんゆんの父親は、ゴホンと一つ咳払いをすると腕を組み、カッと開いたその瞳に特徴的な深紅の光を宿した。
「我が名はひろぽん! ゆんゆんの父にしてこの里の長……紅魔族を導く者! 改めて歓迎しよう、外の人達」
ニカッと無邪気に笑うひろぽん。ゆんゆんが里で浮いてしまうのもわかる濃いキャラクターに少し胃もたれしそうになるものの、郷に入っては郷に従え。会釈してカップをテーブルに置いたソウゴは、とりあえずこちらも名乗ることにした。
「我が名は常磐ソウゴ。全てのライダーの歴史を束ねる、最高最善の魔王だよ」
「我が名は佐藤和真。アクセルの街で数多のスキルを習得し、魔王軍幹部と渡り合う最強の最弱職です」
「我が名はアクア。この地に降臨せし気高く麗しい水の女神にして、いずれ魔王を討ち滅ぼす崇められし存在よ」
「我が名はクリス。しがない盗賊だよ」
「わ、わが、わがなはダスティネス…………」
「いつもながらお前の羞恥心はどこに重きを置いてんだよ」
「ハッハッハッ! 良い方たちじゃないかゆんゆん! 皆さんゆっくりしていってください! それで、今日はまたどうして? 観光ですかな?」
ソウゴから始まった名乗りに嬉しそうに顔を綻ばせるひろぽん。そんな彼の一言に目的を思い出したゆんゆんは、赤面し俯いたダクネス以外の、最初から目的を忘れていなかった面々からの冷ややかな視線を受けてバツが悪そうに肩をすくめる。そして彼女は、ニコニコと観光名所について語る父に向けて窺うように尋ねた。
「違うのお父さん。あの、手紙のことなんだけど……」
「手紙? 手紙がどうかしたのか?」
「どうかしたのかって、里のピンチだって書いてあったから私たち……」
「里のピンチ? 一体なんのことだ? ただの近況報告しか書いてなかったはずだが……」
「近況……報告…………?」
「ああ。一、二週間くらい前かな、流れの吟遊詩人が紅魔族の歴史を知りたいと里に立ち寄ってくれてね。いくつか街へ寄ったあとアクセルの街へ行くと言っていたから、里に伝わる伝承が記された禁忌の書物を渡す代わりに届けてもらうようお願いしたんだよ」
(白ウォズのやつ、吟遊詩人って役職気に入ってたのかな)
アルカンレティアでの一幕を思い出し、そんなことを思うカズマ。歴史を語るなんちゃらと言っていたのは、あながち口から出まかせというわけでもないのかもしれない。それよりも、禁忌の書物なんて物騒なものをほいほい押し付けてくる方が問題な気がしなくもない。
野営地に置いてきたあの本は返した方がいいのかとカズマが考えていると、父親の言葉を受け入れられないゆんゆんはパクパクと酸欠の魚のように口を開くと、取り乱したように身を乗り出した。
「で、でも、この手紙が届く頃にはこの世に居ないって……!」
「紅魔族のいつもの挨拶じゃないか」
「魔王軍の基地を破壊することもできないって!」
「破壊するか観光名所として残すか意見が割れていてね……」
「じゃあ、魔王軍の新たな生物兵器は!?」
「見たことの無いモンスターの亜種らしいんだがね。まあ、我々紅魔族は上級魔法で遠距離から吹き飛ばすから、実際なんなのかはわからないんだけどな」
ハッハッハッ! と豪快に笑うひろぽんに言葉を失うゆんゆん。これだけ雑に扱われてアマゾンもさぞ無念だろう。カズマはそう思い、紅茶を啜った。
⏱⏱「すみません。父には私から制裁を加えておきます……」「ゆんゆん!?」⏲⏱
「すみませんでした。私も少々冷静さを欠いていたようです……」
ゆんゆんと別れ里を歩きながらめぐみんの実家を目指す一同に、めぐみんはシュンとした表情で謝罪の言葉を口にした。ゆんゆんと違い紅魔族のセンスを理解していた分責任を感じているのか、いつもと違いしおらしい態度。そんな彼女に調子でも狂ったか、こんなときなら間違いなく悪態の一つでもつくカズマでさえガシガシと頭を掻いた。
カズマたちだってわかっている。デストロイヤーにハンスと、立て続けにライドウォッチというものの力を目の当たりにし、その恐ろしさが身に染みていれば心配にもなるということは。むしろ杞憂で済んでよかったくらいだと、カズマはめぐみんの頭をポンポンと撫でた。
「まあ、里が無事で何よりだよ。あんま気にすんな」
「そうだぞ、めぐみん。家族の危機を知って冷静でいられる者などいないさ」
「旅もそれなりに楽しかったし、ソウゴが幹部をシバいてる間に私たちは観光でもして帰るわよ。いいわよね、カズマ?」
「そうだな、何日か泊まってのんびりしてから帰るか。アルカンレティア旅行はバタバタしてたし、それにアンナへの土産話がこれだけじゃ寂しいもんなぁ」
「でしたらうちに泊まってください! 少々手狭ですが……。観光も私が案内しますよ!」
「いいのか? なら、お言葉に甘えようかな。金があるって言ってもこの人数だと馬鹿にならないし。じゃあ荷物取りに行かないと」
「あっ! 荷物ならあたしとソウゴくんで行ってくるよ! 皆は先にめぐみんさんの家に行ってていいよ。おうちの人に事情を説明したりとか、色々あるだろうしさ」
ねっ! とソウゴの背中をポンと押すクリス。彼女の発言の意味を理解したソウゴは、「そうだね」と一言だけ返した。
⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱
「アマゾンネオ……でしたか。ソウゴさんはどのくらいの危険度だと思われますか?」
野営地まで戻ったクリスは、広げたままの荷物を片付けるより先にソウゴに問いかけた。食器を荷物の中の飲用水で濯ぐソウゴはうーんと、考えるような素振りを見せる。クリスも里に血の臭いがしなかったことには気づいていただろう。紅魔族にとってアマゾンは、ひろぽんの発言通りそもそも有象無象と違いがわからないほど相手にならない存在だと認知されている。
「今のところは大したこと無さそうだけどね」
考えてみれば、一番の感染源である水源は魔法による生成のため感染リスクは極端に低い上に、戦闘は魔法による遠距離が常。この防衛ラインを越えることはそう簡単なことではないだろう。デストロイヤーのように本体が蹂躙してくることもない。しかしそれ以上に、ソウゴには大したことがないと思える仮説があった。
「たぶんだけど、シルビアだっけ。ライドウォッチの力を使いこなせてないんじゃないかな」
「その根拠は?」
「まず、アマゾン化したモンスターがオークだけだったこと。仮にアマゾン化したモンスターを操れるならもっと手広く感染させてると思わない? そのオークだって事故みたいなものだし」
「ですが、そのオークだけでも感染はしています。事故であれ、大したことないと言うのは楽観的すぎるのではないでしょうか?」
クリスの言い分も、ソウゴは理解している。食欲旺盛になったオークによる被害は確かに出ているし、油断ならない敵であることは間違いない。だが、濯ぎ終えた食器の時を進めることで乾かしたことにするという権能の無駄使いを披露するソウゴは、いつも通りにへらへらと笑いながら難しい顔をするクリスの質問に対して質問で返した。
「クリスはさ。オークがどうして感染したか覚えてる?」
「……アマゾン化した魔王軍の兵士を襲ったから、でしたよね」
「でも、ここまで来る途中で魔王軍とは一度も遭遇しなかった。つまりオークの縄張りにシルビアは自軍を配置してない。ていうか、紅魔族相手にそんな余裕が無い、が正しいかな。なのにオークとアマゾン化した魔王軍は出会った。なんでだろうね」
「それは……」
「アマゾンの特徴で最も留意すべきは、理性じゃ抑えきれない食欲だ。部下をアマゾンへと強化してみたはいいものの、仲間への捕食衝動で手を焼いたんじゃないかな。隊の規律を乱したそれらを追放、もしくは仲間を襲いたくないと自ら脱走した者を放置した結果が、オークとの出会いに繋がるんじゃないかと俺は思ってる」
「集団行動を主とするシルビアとアマゾンネオのライドウォッチに秘められた凶悪な権能とでは相性が悪かった、というのがソウゴさんが大したことないと考える理由なんですね」
「今のところは、ね」
ふむと推測を噛み砕くクリスは、一定の得心を得たのか納得したような素振りを見せる。しかし、長々と憶測を語ってみせた当のソウゴの表情は、どこか浮かないものだった。ウサギの骨などを茂みに撒き、焚き火跡を蹴散らして野営の痕跡を目立たないよう工作するソウゴは、木に貼り付けた地図を回収して呟く。
「ハンスにウォッチの使い方を教えたモンスター開発局局長。シルビアがもしバニルの見立て通りの人なら、そろそろ何かしらの打開策は考えついてるだろうからね」
⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱
ここは、研究室だろうか。薬品と血の臭いが混ざる異臭立ち込める空間。その暗がりにぼんやりと灯るいくつもの青い光。小さい礫のように不規則に宙に浮かんでいるが、実際に浮かんでいるわけではない。大小様々な体格をした者たちの腕に取り付けられた腕輪の一部が発光しているのだ。
よく見るとその光は、二つで一対になっていることが分かる。まるで目のような、横長の光。その光を目と認識してしまうと、途端に腕輪も呪術的なお面を象っている様に見えてくる。なぜこの形なのか、インスピレーションを受けて製作した本人にすらわからない。その本人はというと、正常に発光する青い光を見て、わなわなと歓喜に震えていた。
「やりましたねシルビア様! 遂に完成です!」
「ええ。これもアンタたちの協力あってこそだよ……! ありがとう開発チーム! ありがとう、被検体のアンタたち! 私は最高の部下を持ったよ……!」
「勿体ないお言葉です、シルビア様!」
「この腕輪さえあれば、俺達も理性を失って同士討ちしなくて済むようになります!」
「これであの憎き紅魔族共に一泡吹かせてやれますね!」
腕輪をつけたモノたち……ゴブリンのような肌質でありながら他の動物やモンスターの形質をその肉体に発芽させているナニかは、沸き立つ様な高揚感に満たされていた。そのモノたちの放つ戦意に口角を釣り上げた製作者――シルビアは、髪を掻き上げて邪悪な笑みを見せる。
「もちろんさ。犠牲になった部下たちの怨念、しっかりと受け取ってもらうよ、紅魔族……!」
「これが
「ええ。これを使えるのは貴方しかいないわ、みっどしー」
天才の遺物。掌に収まる程度の大きさしかないそれを、れんちんは差し出した。暗いモニターに数種類のボタンが付いただけのシンプルなデザイン。しかしそのあまりの存在感にみっどしーは息を飲み、手を伸ばして……そして、その手は宙に縫い付けられた。
これがあれば暴走する『魔術師殺し』を止めることが出来る。しかし、創造主が封印していたその禁忌の発明に手を伸ばしていいのかという迷いが、彼にはあったのだ。
「俺は……」
蘇る悪しき記憶。暴走し世界を滅ぼしかけた忌々しい過去が、彼に力を手にすることを躊躇させる。次に暴走すれば今度こそ誰も止めることが出来ないだろうという確信と、破壊を繰り返すだけの兵器に戻りたくないという感情が胸の内に渦巻く。瞬間、彼の頬を強い衝撃が襲った。
「何を迷っている! お前が躊躇っている今も、人々は傷ついているんだぞ!!」
「ちゃなか……」
「それが使えるのはお前だけだ! 世界を救えるのは、俺達の中で一番魔力を持ったお前だけなんだ。……悔しいことにな」
拳を解いたちゃなかは倒れたみっどしーに手を差し出した。その紅き瞳に宿るのは羨望と悔恨、そして……希望の光。
光に照らされたみっどしーは、ちゃなかの差し出した手をしっかりと握り返した。
「……おかげで目が覚めたよ」
決意を胸に立ち上がったみっどしーは、今度は躊躇うことなく兵器を手に取り起動する。愛する人が願っていた、世界に平和を取り戻すために。
「見ていてくれ、まりんな! 俺の“覚悟”を――」