この素晴らしい魔王に祝福を!   作:春野 曙

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「カズマさん。あの、お願いがあるんです……」

 そろそろ出発の頃合だと装備の点検をしていたカズマの元に、もじもじと指をまごつかせるゆんゆんがやってきた。その表情はとても迷っているようで、何か言いたげにはしているがどう言えばいいのか分からない。そんな感じのする眉の垂れ方だった。こういう時は深く聞かないが吉。それを心得ているカズマは、普段通りに答えた。

「どうしたんだよ、ゆんゆん。お願いって?」

「ええっと、その……」

 言い辛い事なのか、それとも言葉に迷っているのか、言い淀む彼女は沈黙してしまう。戦闘になるかそのまま仲良し懇親会になるかはわからないが、その直前でのお願いとあらば内容によっては承服しかねるかもしれない。しかし、うちのパーティーメンバーと違ってゆんゆんなら無茶なことは言い出さないだろうとカズマがのんびり答えを待っていると、彼女は意を決したように口を開いた。

「めぐみんに爆裂魔法を使わせないでほしいんです!!」

「それはまあ、俺も爆裂魔法より他の魔法覚えてほしいけど……」

「あ、そ、そういうことじゃなくて……。えと、紅魔の里にいる間、めぐみんに爆裂魔法を使わせないでほしいっていうことで……」

「? ダメなのか?」

「いや、その、ダメと言うかなんと言うか……。と、とにかく! もし魔王軍との戦いになってもめぐみんに爆裂魔法は撃たせないでください! お願いします!」

 言いたいことだけ言ったゆんゆんは、そそくさとその場を後にする。彼女の言っている意味をカズマが知るのは、もう少しあとの事。

 


このグロウキメラに決断を!

 日も十分に傾き、空は万人が思い浮かべる夕暮れ時を演出する。燃え上がる斜日の(あか)に染められた紅魔の里は、さながら茜色の海とでも表現するべき哀愁を放っていた。もしこの夕暮れ色に満たされた世界が海だと言うのならば、押し寄せてくる大軍は歴史を動かす波なのか、それともどこかの地より流れ着いただけの漂流物なのか。少なくとも、一つの歴史のターニングポイントであることは間違いない。自分たちの前に並び立ったシルビア軍を見てその数に息を飲んだカズマは、ソウゴの理想の前に立ちはだかる壁を感じていた。

 

「クックックッ……。まさかここまでたどり着くとはな。……これも戦士の宿命か。まずは褒めてやろう、魔王軍幹部シルビア! そして聴け! 我が名はひろぽん! この里の長にして、紅魔族を導く者。貴様に引導を渡す者だ……ッ!!」

 

 ひろぽんの名乗りと共に、彼の背後から天を焦がす勢いで炎の柱が立ち昇る。ポカンとする全員とは別に周辺の木々に引火する勢いで火の粉を撒き散らすそれを隣で見ていたゆんゆんは、大事な時に無駄なことで魔力を使う身内への羞恥心から耳まで真っ赤にしていた。

 

「だが既に貴様らに明日はない。我が強大なる魔力によって術中に嵌っている貴様らにはな! 隠匿されし一子相伝の秘奥義が邪悪を焼き尽くし、この世界に光をもたらす。それこそが、(あか)の宿命……!」

 

「ちょっとお父さん! 続けないでよ、恥ずかしいから……!」

 

「何を言ってるんだゆんゆん。こんなの、紅魔族のいつもの挨拶じゃないか」

 

「……私、アンタ達のそのノリ苦手なのよね」

 

 紅魔族流の開幕パンチを面倒くさそうにいなしたシルビアは、疲れたようにこめかみを押えた。そんな人間くさい仕草を横目に、カズマは参考も兼ねてこっそりとめぐみんに耳打ちする。

 

「(……なあ、めぐみん。秘奥義ってなんだ? 広範囲系の魔法か?)」

 

「(そんなものありませんよ。大抵の紅魔族は盛り上がるだけ盛り上がって、勝てないと分かったら〈テレポート〉で逃げますから)」

 

「(あ、そういう……)」

 

 色々と察したカズマは、相手と和解できたら仲良くなれそうな気がしていた。

 

 

   ⏱⏲「最初からやり直そっか」「……そうね」⏲⏱

 

 

 日も十分に傾き、空は万人が思い浮かべる夕暮れ時を演出する。燃え上がる斜日の(あか)に染められた紅魔の里は、さながら茜色の海とでも表現するべき哀愁を放っていた。もしこの夕暮れ色に満たされた世界が海だと言うのならば、押し寄せてくる大軍は歴史を動かす波なのか、それともどこかの地より流れ着いただけの漂流物なのか。少なくとも、一つの歴史のターニングポイントであることは間違いない。自分たちの前に並び立ったシルビア軍を見て気持ちを仕切り直したカズマは、そんな風に思うことでなんとか緊張感を保っていた。

 

「まさかここまで「そこはやり直さなくていいから!」

 

 愛娘に口を押さえられ、引き摺られて後退させられるひろぽん。それを見送ったソウゴは、ごほんと咳払いをして笑みを浮かべた。

 

「改めまして。逃げずによく来てくれたね、シルビア」

 

「逃げられないように監視を放っていた男がよく言うわ」

 

「逃げようとしなければ気づくことは無かったけどね」

 

 シルビアと呼ばれた長身の美女は、へらへらと笑うソウゴに対して嫌な顔一つせず余裕を持った笑みを浮かべていた。

 背は優に二メートルを超え、カズマの頭でようやくへそ辺りに届くという恵まれた体躯。しかし過剰な筋肉や余分な脂肪はついておらず、長い手足と出るとこは出て締まるところは締まるバランスのとれたボディラインが、赤い革のドレスと相まって美しさを際立たせている。クリスからあの体を構成しているのが今までシルビアが殺し取り込んだ美男美女だと聞いていなければ、うっかり鼻の下を伸ばしていたかもしれないと思うとカズマは少し背筋が冷たくなった。

 

「こっちは全員で来てあげたのに、出迎えは随分と寂しいのね。たったの八人?」

 

 頬に手を当て悩ましげに見下ろすシルビアは、わかりやすい皮肉を口にした。

 彼女の言う通り、敵兵力は目視できる範囲だけをざっくり数えても千を軽く超えているだろう。対してこちらは仲間たち七人に見届け人として同行してもらった族長・ひろぽんを加え計八人。戦闘になれば一人あたり百人以上を相手にしなければならないという圧倒的な戦力差であってもシルビアたちが警戒を解かないのは、ソウゴの存在が大きいだろうことは自明の理というものだろう。だがこちらが少数なのにもきちんと理由があった。

 

(言えない。里の人達に話したら嬉々として大討伐部隊組んだ上に一網打尽の罠を仕掛けようとしてたから適当に誤魔化して来たなんて)

 

 里の守護だとか先遣隊と本隊で分けるだとか、中高生が好みそうな語句の口から出任せを並べて来なければソウゴによる恐怖統治が行われるところだったのだ。言動こそふざけているものの考え方が現実的だったり、ロマンは好きでも追い求めているわけではなかったりと、言動の不一致っぷりがどうにもやり辛いとカズマは心の内で毒づいた。

 しかしそんなシルビアの安っぽい挑発が癪に障ったのか、圧巻の数を意に介さないアクアとクリスは向かい合う軍勢に対して堂々と中指を立てた。

 

「はぁ~~?? なんですかぁ~? 下級の悪魔もどきの寄せ集めならこれでも多いくらいなんですけど??? むしろ、女神である私がアンデッド臭いアンタたちのために直々に出向いてあげてるんだから感謝するのが当たり前なんじゃないかしら???」

 

「出会い頭に浄化魔法を叩き込まれないだけマシなんだけど。不浄な存在は譲歩してあげてるってことがわからないくらいおつむが弱いみたいだし、これじゃ話し合いなんて無理だね。力でわからせるしかないよ。どっちが上で、どっちが下か」

 

「ふ、二人とも落ち着け!」

 

「く、クリスさんこわいです……」

 

「このやさぐれクリスはサキュバスの時以来ですね……」

 

 話し合う気などさらさら無いとでも言いたげに睨みを利かせ、不快感を隠すことなく全面に押し出す二人。アクアはいつもバニルに喧嘩を売る時のようなふてぶてしい態度だが、クリスは今にも先制で一撃必殺を仕掛けそうなピリピリとした殺気をまとっている。

 そんな二人を宥めるダクネスを横目に、長話をしていると二人が暴れだしそうだなと思ったソウゴはにっこりと穏和な笑みをシルビアたちに向けた。

 

「ごめんね、周りは気にしないで。じゃあ、答えを聞かせてくれるかな?」

 

「ええ、構わないわ。……と言っても、アンタはもう予想がついてるんじゃない? だから監視なんて寄越したんでしょ?」

 

「うん、まあね。でも教えてよ。シルビアの出した答えを」

 

 勿体ぶった言い回しをしたソウゴは、全員が見守る中でそう問いかける。

 ソウゴは誓って、未来を覗いていない。敵になるにしろ隣人になるにしろ、彼ら彼女らの選択を事前に把握するというのは誠実さに欠けるとソウゴが感じたからだ。

 だからこそ、予想はついていてもつい期待してしまう。即答しなかったが、悩んだ末に気が変わったのではないかと。猶予を要求したのは策略を練るための時間ではなく、身辺整理の時間だったのではないかと。あの去り際の決意に満ちた目は死を覚悟したものではなく、生きるため全てを捨てる覚悟ではないかと。無駄に命を奪わずに済むのではないか、と。

 しかし、シルビアはそんなソウゴの期待を笑顔でスッパリと切り捨てた。

 

「答えは、ノーよ」

 

「……ま、そうだよね。理由を聞いてもいい?」

 

「そう難しい事じゃないわ。アンタに誘われた時、部下たちを見て思ったの。私がアンタの下につけば、今いる私たちの命は保証される。でも魔王軍の兵として私を信じ、そして散っていった部下たちの無念はどう晴らせばいいのかって」

 

「ふーん。死んだ仲間のために命を賭けるんだ?」

 

「違うわ。私たちが生き残るために命を賭けたのよ」

 

「そっか。俺、シルビアのそういうところ好きだったのに残念だな」

 

 少しだけ目を伏せ寂しそうにそう呟いたソウゴだったが、次の瞬間には普段通りの表情に戻っていた。仇敵のように睨みつけるわけでも、名残惜しげに見つめるわけでもなく、しかし無関心というわけでもなく、ほどほどに興味がある普段通りの顔。そしてその顔でソウゴは、普段よりも一段低い声を伴って宣言した。

 

「その未来は、絶対にやって来ないよ」

 

 その人離れした切り替えの早さのせいか、カズマは武器を構え戦闘に集中していく仲間たちの中で一人だけ、ソウゴに怖気に似た畏怖の念を抱いた。

 敵味方問わず粟立つ肌を、ソウゴから放たれるチリチリとした殺気がやんわりと撫でる。王の決断に呼応して現れた装飾品から余剰なエネルギーが黒い稲妻となって大気に漏れ出ると、その威圧感には何度も見ているはずのカズマたちですら気圧されてしまう。それを真正面からまともにぶつけられたシルビアたちが自ずと一歩後ろに引いてしまうのは、いくら覚悟していても仕方の無い事だった。

 

「変身」

 

 

 

«祝福ノ刻»

 

 

 

«最高»      «最善»

 

«オーマジオウ»

 

«最大»      «最強王»

 

 

 

 そこに現れるのは、比類無き王の御姿。語り継がれし時をその身に宿し、この世の全てを超越した並ぶ者のない究極王者。重厚なる歴史を纏い、時空を思いのままに書き換える絶対覇者。自身こそが『仮面ライダー』であることを知らしめるかのごとくフェイスに文字が刻み込まれた時、オーマジオウから放たれる威光で最前列に立っていた兵は意識を刈り取られ地に倒れ伏した。悠然と立つオーマジオウは、その燃えたぎる意思が宿る瞳でこれから蹂躙する命を見据える。

 

「返してもらうよ。俺たちの歴史」

 

 既にオーバーキルな気がしなくもないカズマ。しかしそんなカズマの同情とは裏腹に、シルビアはオーマジオウの出現に恐れるどころか逆にくつくつと喉を鳴らすと、抑えきれなくなったのか天を仰ぎ笑い始めた。壊れたようなとか、狂ったようなとか、そういう退廃的なものではない嬉しそうな声。そんなシルビアに対してオーマジオウは、その場違いな感情表現に怪訝そうな声色で問いかけた。

 

「……何がおかしいの?」

 

「いいえ、楽しいわけじゃないのよ。ただ、全てに納得が言ったの。貴方の真の姿を見てね……!」

 

 真の姿なんていう紅魔族が好きそうな単語を口にしたシルビアは、ビシッとオーマジオウを指さすと胸元から取り出した見覚えのある一冊の本を手に断言した。

 

「トキワソウゴ。アンタがこの『紅魔黎明記』に書かれていた『紅き瞳を持つ黒き魔導の王』なのね!」

 

「いや、違うけど」

 

「隠さなくてもいいわ。伝承と同じ黒と金の装飾に赤い瞳、顔の古代文字、昨夜の〈ファイアーボール〉を連発する魔道具、そして魔王軍と敵対しながら魔王を名乗る頭のおかしい感性に、紅魔族に与しているところから見て間違いないのよ。アンタが古より語られる伝説の存在であり、この紅魔族(イカれた連中)の名前の由来ともなった『(あか)の魔王』ってことはね!」

 

「『紅の魔王』なんて単語、その本に出てきたっけ」

 

「この名前は今、私が考えたわ!」

 

「……おい、めぐみん。ここにも一人『紅魔黎明期』を本当の歴史だと信じている被害者がいるんだが」

 

「情報戦において我々の勝利と言っていいでしょう」

 

 真顔でそんなことを宣うめぐみんの隣で、ジトッとした視線を送るカズマ。今からでも嘘だと釈明するのがソウゴにとっても向こうにとっても一番いい気がするのだが、訂正などするはずのない紅魔族の族長はむしろその誤解を確固たるものにするかのようにオーバーリアクションでたじろいだ。

 

「な、なんだって……!? まさか、娘のお仲間があの伝説の“紅の魔王”だというのか……ッ!? 次期族長である娘の実力を試すため、そして魔王軍を壊滅させるために降臨していたと!?」

 

「いや、本当に違うんだけど」

 

「フンッ! 味方陣営にも言わずこの場面で正体を現すのも紅魔族みたいじゃないか! もう言い逃れは出来ないわよ、忌々しい紅の魔王……!」

 

「全然話聞いてくれないじゃん……」

 

 勝手に盛りあがっているシルビアとひろぽんに対し、冷めた声でとても迷惑そうに否定するオーマジオウ。本当にただの偶然の一致であって、ソウゴにとっては謂れのない代名詞なのだが、認めようと否定しようと覆らない敬称になってしまったらしい。オーマジオウの鎧も言葉責めという名の精神攻撃には耐性がないようで、疲れからため息しかつけないソウゴはわかりやすく肩を落とした。

 否定することを諦めたオーマジオウを見て、一人自分の世界に入り込んでいたシルビアは恨めしげに歪めていた形相を笑みに変えた。

 

「でも、これで私の仮説は証明された」

 

「仮説?」

 

「ええ。アンタは期待以上の光を私たちに見せてくれたのさ……!」

 

 太陽が完全に沈み、夜がやってくる。その闇の中でもはっきりと分かるような邪悪なしたり顔を見せるシルビア。まるでこの状況こそ自分の思い描いていた展開だと言わんばかりの愉悦を孕んだ表情は、波紋のように伝播してシルビアの軍勢たちの眼に活路を見つけたような光を灯していく。そのどういうわけか希望を見いだした彼らの先頭で腕を組み、ご満悦な様子のシルビアは嬉しそうに大口を開けた。

 

「魔王様を倒し、この世界に人類の平和をもたらす救世の王。ノイズで伝えられていた御伽噺のような存在であるアンタがいるってことは、やはりこの伝記通りあの魔法大国の古代兵器もここにある! 教えてあげるわトキワソウゴ。アンタたちは既に()()()()()()……!!」

 

(……今、ノイズって言った? 紅魔族とノイズって関係あるの?)

 

 きっと一番最後の意味深な発言に反応するべきなのだろうが、それよりも気になる固有名詞が出てきたせいでカズマはそっちに意識を取られる。

 ノイズと言えば、かの機動要塞デストロイヤーを生み出した国。そしてあの日記を書き記し亡くなった、とんでもなくふざけた〈転生者(チート持ち)〉がいた国。誰もが真面目な空気で気づいていないが、古代兵器なんていう重要ワードの登場によりとてつもなく嫌な予感がカズマの中で渦巻いていた。

 そんなことを知らないシルビアは、空に向けて指を鳴らす。

 

「さあ、ショーの時間だよ!」

 

 合図と共に里から大きな爆発音が鳴り響いた。地鳴りに続いて、上級魔法が飛び交っているのか、真っ暗な空が炎や雷の魔法を光源として彩られる。突然の怪獣映画のような騒乱にどよめいたのは、里の中だけではない。

 

「うぇ!? なになに!? なんなの!?」

 

「〈敵感知〉スキルに反応がある! かなりの数の敵が里の中にいるよ! どんどん増えてる! 空にはいない。まさか、地面から……!?」

 

「ちぃっ……! ヤツらめ、基地から我らの里まで地下の抜け道を作っていたのか……っ!」

 

 シルビアにガンを垂れていた二人が振り返り、ひろぽんまでも本当か嘘かわからない驚きの反応を見せる。予想外の背後からの奇襲に動揺しているのだろう憎らしげに歯を食いしばるクリスは、少し考えるように視線を這わせるオーマジオウへと声をあげた。

 

「ここも囲まれてる! アタシのスキルだけじゃ数が把握出来ないよ! ソウゴくん、わかる!?」

 

「……いや、わからない」

 

「くっ、それほどまでに数が多いということか……!」

 

「で、でも、ソウゴさんならあのオークの時みたいに一網打尽にできるんじゃ……?」

 

「そうじゃないよ」

 

「そうじゃない……?」

 

 期待がこめられたゆんゆんの言葉に対して、静かに首を振るオーマジオウ。その姿が余程気に入ったのか、シルビアは騒がしくなった里から轟く爆発音に負けないくらいの大声で、高らかな笑い声を上げた。

 

「アーッハッハッハッ! やっぱりアンタには感知できないのね。私の研究の集大成は!」

 

「感知できないって、本当なのソウゴくん!?」

 

「……うん。里の中からは紅魔族の魔力しか感じない。他のは畑の野菜や石化したグリフォンくらい。カズマやクリスが言うような大勢のモンスターの魔力は少しも見えないんだ」

 

「そんなわけないじゃない! 生きとし生けるもの全て、例外なく魔力を持ってるものなの! 植物だろうとアンデット系のモンスターだろうと、生命力と魔力は直結してるんだから! それが無いなんて絶対にありえないわ!」

 

「…………生きとし生けるもの?」

 

 アクアの言葉を聞いて、オーマジオウは引っ掛かりを口にする。まさかと思いシルビアへと視線を向け直すと、彼女はソウゴを出し抜けたのがよほど嬉しかったのか喜色で塗り固められた満面の笑みを返してきた。

 

「あら、気づくのが早いじゃない。それも歴史とやらにあったのかしら。でも残念だわ、仮面のせいでアンタの悔しそうな顔が見れなくて」

 

「……作ったね。アマゾンズの歴史に存在しないものを。第()のアマゾン、()()()()()()()()()()()()を……!」

 

「『しぐまたいぷ』、ね。いいじゃない、シグマタイプ。この言葉もアマゾンズレジスターと同じようにしっくりと馴染む言葉だわ」

 

「……あんまり馴染まれると困るな。この世界にライダーの歴史が定着しちゃうからね」

 

 愉楽に満ちた顔のシルビアは、オーマジオウの苦言も小馬鹿にしたように鼻で笑う。

 そんなピリピリと睨み合う二人の空気に当てられても、専門用語の登場で話に追いつけなくなった一行は、揃って首を傾げる。だがその中でも一人だけ、神妙な顔つきをするひろぽんだけは違った。

 

「ほう。『しぐまたいぷ』に『あまぞんずれじすたー』か……。あの二人、わかっているじゃないか」

 

「お父さん、知ってるの!?」

 

「いや、カッコイイ言葉だということ以外はさっぱり」

 

「馬鹿にしてんのか」

 

 平常運転の紅魔族にそろそろ疲れが溜まってきたカズマ。そんな彼らの反応を見てくすっと笑うソウゴは、少しだけ後ろを振り返って解説を挟んだ。

 

「シグマタイプは死体をベースに生み出されるアマゾンだよ。元が死人だからお腹が空かないし痛覚もない。だから肉体が崩壊するまで戦い続けられる特性を持つ『生物兵器・アマゾン』の完成系。それをシルビアは、感染力がある溶原性細胞で作ったんだ」

 

「……つまり、今里を襲っていてソウゴが感知できないモンスターは、触れたら人喰いの化け物になるかもしれない人喰いアンデッド、ということですね?」

 

「うん。まあ、そんなとこ」

 

「おいおい。それ、どこのB級ゾンビ映画だよ……!」

 

 噛まれたらゾンビになるどころではなく、触れられただけでアウトかもしれないという難易度の高さにカズマは悪態をつく他なかった。対策を立てようにも、里の内部に侵入されていてはどう転んでも接近戦になってしまう。飛び散る体液だけでも危険なのに、痛覚がなければ怯むことも無く自爆特攻が当然のように行われることだろう。一人でも多く道連れに出来ればアマゾン仲間が増え、それがソウゴへの、紅魔族への攻撃に繋がる。力の差を理解しているからこその僅かな勝ち筋に縋った結果が、とんでもない自爆テロを引き起こそうとしていた。

 カズマたちの反応が余程お気に召したのか、シルビアはとても機嫌よく舌を回す。

 

「ずっと考えていたの。どうしてアンタは昨夜、迷わず私たちを見つけられたのか。アンタに何の感情も向けてなかった私たちに人間の持つ敵感知は反応しないはず。この里の人間が今更警備を厳重にして見張りを立てるなんて考えられないわ。なら生命力に吸い寄せられる死霊の類のように、生きているものを見分けられる何かがあるんじゃないかって」

 

「それで、動く死体を用意したってわけか。使ったのは紅魔族にやられた仲間の体? でも、損傷具合で復元できないものもあるから数は確保できないよね」

 

「まさか墓荒らししたんじゃないでしょうね!?」

 

「ふふふ……。そんなちっぽけなことじゃないわ。私は……、いいえ。私()()は、生き残るために全てを賭けたのよ! アンタを出し抜き、勝てるかもしれない僅かな可能性に! そして勝った! この全員の命を賭けた大勝負に!」

 

「全て……? 死体って、まさか……!?」

 

 クリスが信じられないものを見るような目を向ける。

 彼女が今考えていることは、この場にいる全員が導き出した答えと等しい。だが信じたくないという気持ちが強いのも事実だった。常識の範疇を超え、理解というものの枠外にある結論。プライドなどというもので説明できない執念とも呼ぶべき意地。

 人や他種族の死体など、いくらかき集めようと制御出来ないのだ。アマゾンズレジスターで本能を抑えようと、支配することができなければ一夜で統率の取れた動きなどできない。そんなことはこの里に来る前からわかっていて、少し考えれば分かることなのに、常識としてその可能性から目を逸らしていた。認めたくなかったのかもしれない。一日かけて準備をしたソウゴへの対抗策。

 

 

 勝つために死んだ、など。

 

 

「そう! 私が生み出したシグマタイプは全て部下の亡骸を使った従順な下僕たち! 紅魔族に葬られた遺体の中で蘇生できた部下、千三百人! そして私を信じて自らの命を差し出し適合した配下、千人! アンタが生命力を感知できている部下たちは、私が生前の部下から切り離した生きた部位に『あまぞんさいぼう』を注入して培養した千七百人のクローンによる囮! これが私の研究の……人生の全てよ!」

 

 シルビアの言葉を皮切りに、周辺の茂みから様々な形の怪物がぞろぞろと這い出してくる。体の八割が爬虫類のような皮膚に覆われたコボルト、片足だけがバッタのような形をしているゴブリン、肩から虎のような牙を生やしたトロール、魚のような鱗の生えた腕を四本持つグレムリン……。元の形質から大きく逸脱したキメラのような部分は、欠損した部位を補ったアマゾン細胞の変異によるものだろう。彼らに反応して、シルビアの周りに集結していたモンスター達も一体、また一体と元の体からかけ離れた化け物へと肉体を変えていく。

 

「あんなモノが全部で四千体もいるというのか……!? 王都を攻める軍勢でも聞いたことの無い数だぞ……!」

 

「一匹でも逃がしたらパンデミックだよ! 全部ここで仕留める……!」

 

「……仕方がない。我が紅魔族に伝わる一子相伝の秘奥義を見せるしかないようだな。疼くぞ、あまりの強大さゆえに封印されし我が左腕の魔力が……ッッ!!」

 

「逃げの〈テレポート〉じゃねぇか! どこに逃げるって言うんだよ、里が襲われてるのに!」

 

「シグマアマゾンだとややこしいから、キメラアマゾンってところかな? アマゾンネオの歴史にもピッタリだし」

 

「どうしてそんなに落ち着いてるんですか!?」

 

 変化を終えた魑魅魍魎が、たったの八匹しかない餌を食い散らかさんと涎を垂らして襲いかかってくる。冒険者であれば様々なモンスターから敵意や殺意を向けられるのは日常茶飯事だが、純粋な食欲をぶつけられることも珍しい。それら暴食の(けだもの)を眺めるシルビアは、目の前にぶら下がった勝ちから口角を吊り上げる。

 

「いくら化け物じみたアンタと言えど、この数から仲間を守りきれるかしら?」

 

「守りきる? おかしなことを言うね、シルビア」

 

 迫るアマゾンたちの数は目で追うことが無謀なほど膨大。本来飢餓を感じないはずのシグマタイプが捕食衝動に駆られているのは歴史が歪められたからか、それとも溶原性細胞によって本能が刺激されているのか定かではない。しかし、オーマジオウはイレギュラーなはずの驚異に対して身動ぎ一つせず静かに佇んでいた。

 

「俺にその未来は視えないかな」

 

「〈セイクリッド・ターンアンデッド〉!!」

 

 突如としてオーマジオウの背後から放たれた光が、その場を影の一片すらなくなるほど眩く照らす。邪悪な存在をも優しく抱きしめるような、天界の存在が放つ暖かく優しい光。その神聖な浄化の輝きはキメラアマゾンたちを包み込むと、彼らに辛うじて結び付けられていた魂を神の名の下に強制的に解き放ち次々に自然の循環へと戻していった。変わり果てたバケモノたちの残骸はアクアの浄化能力に当てられてか、欠けた死体というあるべき姿へと戻っていく。その光の中心で水色の髪を靡かせるアクアは、フッと笑い腰に手を当てた。

 

「要するに、魔法的な力で蘇生しなかっただけのアンデッドでしょ? 死者だって言うのなら私の敵じゃないわね」

 

「同胞たちが……! アンタは、一体……ッ!?」

 

 絶対的優位を確信していたシルビアにとって、度肝を抜かされるとはこのことだったのだろう。十数体の下僕たちを難なく物言わぬ骸へと戻されたのだ、理解が追いつかないのも無理はない。驚くシルビア、そして警戒心から歩みを止めたアマゾンたちに勝ち誇ったような顔を向けたアクアは、隣でそれを眺めるカズマですらイラッとくるドヤ顔で名乗りを上げた。

 

「ふふふ……。冥土の土産に教えてあげるわ、魔王軍幹部シルビア。……我が名はアクア! やがて魔王軍を滅ぼすであろう清廉なる水の女神にして、紅の魔王を従えし者!」

 

「従った覚えないんだけど」

 

「細かいことはいいのよ」

 

(こいつ、勝てる相手が出てきてわかりやすく調子乗り始めたな)

 

 緊張感の持続しない仲間たちを見ながらそう毒づくカズマ。一日かけた仕込みがあっさり突破されたシルビアを見ていると少し可哀想に思えてくるが、これは命を懸けた戦いだ。アクアの力が有効であるのなら、ソウゴがウォッチを回収しアマゾンの脅威が完全に消滅するまで被害を極力減らすために動くべきだろう。

 

(それに、俺も気になることがあるしな)

 

 シルビアが口にした『ノイズの古代兵器』。御伽噺の領域と言われればその通りなのだが、この国というか〈転生者〉には前科があるため作り話だと切り捨てるわけにもいかない。内密かつ早々に処理しなければ、何のためにあの手記を燃やして隠滅したのかわからなくなってしまう。

 気持ちを真面目な方に切り替え大まかな動きを組み立てたカズマは、オーマジオウの背中に問いかけた。

 

「ソウゴ。こっちは任せてもいいよな」

 

「うん。そっちはお願いね」

 

 オーマジオウは、カズマの考えがわかっているのか振り返ることなく答える。その言葉を聞いたカズマは懐から取り出したバイクライドウォッチを起動すると変形したライドストライカーに跨り、アクアに向けて自分が被ろうとしているものと同じフルフェイスのヘルメットを放り投げた。

 

「俺とアクアで里の中に侵入したアマゾンを浄化する。〈敵感知〉が使えるクリスと里に詳しいゆんゆんで、逃げ遅れた人がいないか見回ってくれるか?」

 

「わかりました!」

 

「ま、フォローするってことになっちゃってるしね」

 

「付き合わせて悪いね、クリス。お礼ってわけじゃないけど」

 

 そう言ってオーマジオウは歴史の中から最も適した移動手段を選別する。〈運転〉スキルが不要かつ、いざと言う時に自動で戦闘に参加できる優秀なマシン。大企業スマートブレインが“オルフェノクの王”を守るために制作したギアの一つでありながら、彼らを裏切り人々を守るために戦った“紅き血の英雄”をサポートする人馬一体の高性能ライダーマシン。

 

「『オートバジン』。“仮面ライダーファイズ”をサポートするバイクだよ。運転は任せていいから」

 

「へぇ。よろしくね、オートバジン……くん?」

 

 カウルを撫でたクリスの言葉に反応して、自動でエンジンを吹かせるオートバジン。二人が乗り込むとライトをチカチカと光らせたオートバジンは、ゆんゆんが後ろに、そしてクリスがハンドルに手をかけたことで準備が出来たことを理解し初心者でも恐怖を感じ無い程度の速度でゆっくりと前進を始める。

 その隣で、投げ渡されたフルフェイスを抱えたアクアは髪をなびかせてふふんと得意げな顔をしていた。

 

「仕方ないわねぇ。今までの非礼を詫びて『女神アクア様、どうか力をお貸しください』って言うなら考えてあげなくもないけど?」

 

「さっさと後ろに乗れ、アホ女神」

 

「アホって何よ、アホって! 謝って! この私にアホって言ったこと謝って!」

 

 後ろのシートに座りわーきゃーと喚くアクアに背中をポカポカと殴られるカズマは、心底面倒そうな顔でブレーキペダルに足をかけた。敵の多いところを支援しつつ、目的の場所を目指す。内容はアレだったが観光しておいて良かったとエンジンを吹かしながらカズマが里の地理を思い出していると、ハンドルを捻る彼に杖を抱えためぐみんが駆け寄ってきた。

 

「カズマ! 私たちは……?」

 

「めぐみんとダクネスはアマゾンと相性が悪いからここで待機だ。特にめぐみんは温存しとけよ。どこでお前の魔法が必要になるかわからないからな」

 

「わかった。気をつけろ、二人とも」

 

「……わかりました」

 

 前衛職と撃った後身動きが取れない魔法使いは危険が多すぎる。もどかしそうではあるものの、カズマがそう言いたいことを理解している二人は大人しく首を縦に振った。納得したことを確認したカズマは、フルフェイスのシールドを下ろしクラッチレバーから指を離した。

 

「ちゃんと掴まれよアクア。落ちても知らないぞ」

 

「ねえカズマ。私のチャーミングな髪がつっかえてこのヘルメット被れないんですけど。ゆんゆんが被ってたみたいな顔が出るやつないの?」

 

「ない」

 

「もー、仕方ないわね。髪を解くか「よし、行くぞ!」ちょっ早い早いうえに速いんですけど!? 色々まだだから! 道ガタガタで揺れてるから! 落ちたら死んじゃうからーー!」

 

 アクアの悲鳴を引き摺りながらもサスペンションを駆使して一気にトップスピードへと近づくライドストライカーは、緩やかに速度を上げ丁寧にエスコートするオートバジンと違い舗装などされていない砂利道を問答無用で突っ走る。アクアによって放り投げられたヘルメットは慣性の法則に従って地面に落ち、瞬間、まるで最初からそうであったかのように黒い靄となって霧散してしまった。

 エンジン音がどんどんと離れ、騒がしさの去った両陣営の間に風が吹く。まるで戦力が分散するのを待っていたかのように、キメラアマゾンたちは残ったオーマジオウたちの進路及び退路を塞ぐよう取り囲んだ。

 

「大人しく行かせてくれるとは思わなかったな」

 

「あのプリーストは厄介そうだけど、アンタの比じゃないと思ってる。アンタの()()を四匹くらい逃がしたところで問題ないわ。それに、そっちの二匹はどうやら足手まといのようだし、紅魔族の一匹くらいついでに道連れなんて簡単よ。アンタを潰すチャンス、逃しはしないわ」

 

「ほう。言ってくれるな、魔王軍幹部シルビア。いや、〈屍を操りし者〉シルビアよ!」

 

「変な通り名を勝手に付けるんじゃないよ」

 

 辟易した様子でボヤくシルビア。

 今日はよく頭が痛くなる日だと、彼女は眉間を解した。頭痛程度で済めばいいが、それも叶いそうにない。視界に入った自分の手を見てわからないようほくそ笑んだ彼女は、勝気な笑みを浮かべて顔を上げた。

 

「さあ、戦おうじゃないか紅の魔王! まあ、戦いになればの話だけどね!」

 

「同感だよ、〈歴史の改竄者〉シルビア」

 

「アンタまで変な通り名を付けるんじゃないよ! 全員行きな! アイツをぶちのめしてやるんだよ!」

 

 シルビアの宣言に応じて、キメラアマゾンたちが一気に動き出す。普通ならのしかかられ、引きちぎられ、食いちぎられ、骨の欠片さえ残してもらえないような惨たらしい最期になるであろう場面。それでも気を抜けないとシルビアが感じるのは、これだけの数を相手に終始狼狽えた様子のない、オーマジオウのいやに落ち着いた態度のせいだろう。

 悪いイメージを顔を振って払い落とす。何を怖がる必要があるというのかと、シルビアは開き直った。過剰な戦力差、死の恐怖を克服した戦士、そして目論見通りの展開、全て順調。例えここにいる全員がやられても、無傷での突破は不可能。消耗させることができればいくらでも手の打ちようはある。

 

「そうだ、折角だし最期に訂正しておくよ。俺の通り名は紅の魔王じゃなくて――」

 

 だがそれは、普通ならの話。

 普通なら、いくら強くとも無傷での突破は不可能。普通なら、この戦力差をひっくり返すことは無理難題。普通なら、戦力を分散させれば負担が増え隙が生まれる。普通なら、非戦闘員を抱えての戦いはこちらが有利となる。普通なら、普通なら、普通なら……。いくつもの常識的な発想と、無意識の内に考えてしまう『普通なら』の先に、シルビアの勝利は存在していた。だから化け物『じみた』相手だと思っていて、そして気づいていなかったのかもしれない。

 相対している存在が、普通ではないということに。

 

「――()の魔王だよ」

 

 オーマジオウは右手を掲げる。

 たったそれだけ。

 たったそれだけの動作で、戦局は一変した。

 

「…………え?」

 

 三千を優に超える軍勢の足音が、ピタリと止んだ。全てのキメラアマゾンが空間に縫い付けられたかのように静止し、毛の一本すら揺れることがない。瞬きも、羽ばたきも、踏み出しも、咆哮も、その全てが一瞬を切り取った出来のいい彫刻のように止まっていて。シルビアは、混ぜ物だらけの悪い酒を飲んだ時のような気持ち悪さが胸に渦巻くのがわかった。

 

「それからもう一つ。君は勘違いをしている」

 

 勿体つけた指摘だが、シルビアの耳にそんな言葉は入ってきていない。突然世界が止まったのだ。躍動感はあるのに生物感はなく、体を揺らそうにも山を揺らしているような感触しか返ってこないチグハグさ。初めての異常事態に、シルビアから悠長な問答に付き合ってやれるほどの余裕はさっぱりと無くなっていた。それでもなお、オーマジオウは続ける。

 

「俺の()()はみんな手強いよ。なんて言ったって、一筋縄じゃいかない曲者揃いだからね」

 

「それは褒めているのか?」

 

「それじゃあ戦おうか、シルビア」

 

 ダクネスのツッコミを華麗に受け流したオーマジオウは、掲げた右手をゆっくりと握りしめ拳を胸元へと引いた。

 たったそれだけ。

 たったそれだけの動作で、世界は一変した。

 

 オーマジオウから放射状に広がる、赤色の混じった黒い靄。死の風とも呼ぶべきそれは、この世界の果てまで広がるかのごとく拡散していく。殺意が込められたような気配もなく、ただ地表を撫でるだけの靄。だがその靄が動かなくなった仲間に触れると、彼らの体は触れたところから黒い塵となって空を舞った。同胞たちの形をした黒い塵の塊が最初からそこにあったように、彼らの体は綻び、散っていく。酔いの次は夢。それもとびきりの悪夢を見ているような吐き気が込み上げてくる。

 挑んだのは間違いだったのではないか? プライドを捨て、上司としての矜持も捨て、大人しくしっぽを振る犬にまで成り下がった方が賢かったのではないか。シルビアの胸中に後悔が押し寄せていると、目に見える範囲全てのキメラアマゾンを塵にしたオーマジオウは静かに口を開いた。

 

「まあ、戦いになればの話だけど」

 

「……同感ね、トキワソウゴ」

 

 半数以上の部下を一瞬で失ったシルビアは、自分の任を全うするために拳を握った。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「〈ゴッドブロー〉!」

 

 神聖なる光蓄えし女神の拳が、キメラアマゾンの鼻っ面に突き刺さる。派手に吹き飛ばされた個体は地面を滑ると、悶え苦しんだ後にガックリと体の力を抜いた。魂が昇天でもしているのかアマゾン細胞によって変異していた箇所はブクブクと煮え滾るような動きをしたのち、煙のようになって天に昇る。倒した個体の体が右上半身が砲弾でも受けたような抉れ方をした死体になったことを確認すると、アクアは祈りを捧げるように目を伏せた。

 

「眠りなさい。安らかに」

 

「お前ちょっと紅魔族のノリに影響されてるだろ」

 

 〈狙撃〉スキルで足の関節を撃ち、動けなくなったところに浄化魔法を叩き込む。なるべく音を立てないように目的地付近から歩きで里を進むカズマたちは、着実に『謎施設』へと近づいていた。

 里は元々戦闘準備をしていたというのもあって、可及的速やかな加勢は不要と判断したカズマ。よって先に済ませることは一つ。

 

「ほら、のんびりしてる暇はないぞ。古代兵器ってのを確認してから里の中のアマゾンを一掃するんだからな」

 

「ねぇ、その確認って本当にしなくちゃいけないの? あの本の中身は嘘っぱちなんでしょ?」

 

「お前がテキトーなやつをテキトーにポンポン送り込んだからこんなこと確認する羽目になってるんだろうが」

 

 『紅魔黎明記』。あの歴史書と呼ぶには烏滸がましく、フィクション作品と断ずるにはモデルがちらほらと現実に存在してしまっている曰く付きの書。もし仮に、万が一の億が一の可能性でも〈転生者〉の作ったチートアイテムなんていうものがこの里にゴロゴロと転がっているのであれば、それを敵に渡してしまった時困るのは自分たちなわけで。そして絶対にありえないと言いきれない物的証拠を、カズマたちは既に目にしてしまっているのだ。

 

「それにお前も見ただろ? あの服屋の物干し竿。ライフルだぞ、ライフル。あんなの転生してきた日本人にしか作れないだろ」

 

「わかったわかった。わーかーりーまーしーたー。地味なことはさっさと終わらせて、派手に活躍して皆からの称賛が欲しいわ」

 

「お前、後ででいいからこの世界の人達に謝れよ」

 

 ぶーぶー言いつつもカズマの後ろに付いて歩みを進めるアクア。責任など微塵も感じていない顔には腹が立つものの、ソウゴが初めてシルビアたちを見つけたときに向かっていたという『謎施設』にはキメラアマゾンが対ソウゴ用の兵器を探すためにウヨウヨしているに違いない。〈潜伏〉スキルでどのくらい誤魔化せるかわからない手前、ゲンコツを落として騒がしくするなど以ての外。全部終わったらまとめてしばこうと誓ったカズマは、握った拳をそっとしまった。

 

「ねえ、あそこに誰かいるわよ」

 

 アクアが指をさす方向に現れた工場のような配管が剥き出しの建物。〈転生者〉絡みだと言われれば確かに鉄筋コンクリート製の工場に見えなくもないそれの入口には、カズマの予想通りキメラアマゾンが密集し壁となっていた。恐らく、中には兵器を運び出すために一個小隊くらいのキメラアマゾンたちがいるだろう。リーダーっぽいのを倒せれば上々、ついでに使えそうな武器があればちょろまかせるので万々歳だ。

 茂みに隠れて〈千里眼〉を使い状況把握をするカズマは、穏便かつ確実かつ漁夫の利的に一掃できるタイミングを見計らう。

 

「よしアクア。あいつらが中から「よーし、まとめて全員しばけばいいのよね!」

 

 アクアはカズマが答えるより先に茂みから立ち上がると、神々しい光を放ち始める。あっ、と声を上げたところでもう遅い。

 

「〈セイクリッド・ターンアンデッド〉!!」

 

 カズマが止めるより早く、浄化魔法を群れに叩き込むアクア。守備に着いていたキメラアマゾンたちは為す術なく浄化されていき、外に出ていたモノたちは残らず死体へと還元される。

 その光景を「いい仕事した」と言いたげに額を拭いながら見るアクアに、カズマはすかさずゲンコツを落とした。

 

「~~~ッ!!! 何すんのよボケニート!」

 

「ボケはお前だアホ駄女神!! 相手が何体いるのかわからないのに先制攻撃するやつがあるか!」

 

「いいじゃない! どうせ全員浄化するんでしょ!?」

 

「するにしてもタイミングがあるだろ! 何が出てくるかわからないんだぞ!?」

 

「う~~! 何よ何よ! 私は良かれと思ってやったんじゃない! もっと褒めてよ! 讃えてよ!」

 

「誰が褒めるか! お前はいっつもそうだ! 人の話最後まで聞かずに勝手なことしやがって!」

 

「私だって頑張ってるじゃない! そりゃ、ちょっとは失敗もするけど……。誰しも生きてたらミスの一つや二つくらいするじゃない! 器が小さいのよ、おたんこなす!」

 

「何がちょっとだ! お前とは長い付き合いだが、ほぼ毎回お前のやらかしで俺が苦労させられてるんだぞ! そこん所よく考えろよアンポンタン!」

 

 二人がくだらない口論をしていると、そこにすっと影が差し込む。月明かりに浮かび上がる、身の丈はカズマたちの倍はあろうかという長い影。それをマズいと思った時にはもう遅い。プスプスと焼け焦げたような音を出しながら佇むそれに、錆び付いた人形のようにギギギと二人して首を向けると、そこには顔や肌が焼け爛れた美女がご立腹な様子で腕を組みこちらを見下ろしていた。その見覚えのある顔に、二人は大きく目を見開く。

 

「浄化魔法での不意討ちなんて大層な歓迎じゃないかい、冒険者共。お陰で部下たちがあの世へ旅立って行ったよ」

 

「お、お前……! なんでここに……!」

 

「アンタは入口でソウゴと戦ってたはずよ! 魔王軍幹部、シルビア!」

 

「あら。アンタたちあの男の関係者? ということは囮作戦は上手くいってるようね」

 

 赤い差し色の入った髪をなびかせて、シルビアは笑う。赤ではなく、黒の革のドレス。胸元の青い薔薇の刺繍が目を引くそのドレスは、豪華さは無いものの着るものを選ぶだろう艶やかさがあった。初めて見た時に鼻の下を伸ばしかけたその美貌も、浄化魔法のせいで爛れていたのだろうが逆再生のようにゆっくりとよく知った形へと戻っていく。

 そこで、彼女の言っていたことをカズマは思い出していた。確かに言っていたのだ、『私たち』と。言っていたのだ、『クローンによる囮』と。どこかでそれだけはないと思っていたことを、カズマは恐る恐る口にした。

 

「シルビア、お前もまさか……!」

 

「当然じゃない。私だって命を賭けなきゃ、部下に示しがつかないでしょう?」

 

 完全に元の美しさを取り戻したシルビアは、月に照らされたライドウォッチを片手に妖艶な笑みを浮かべた。




「クッ……! まさか、この我が……ッ!」

「あなたは破壊と暴虐の神。ならばその力を削いでしまえばいいだけのこと」

「神である我が、貴様ら人間如きに遅れをとるだと……!? なぜ、、、なぜだ、この男の支配(こうそく)力が抜けていく……ッ!!?」

 崩れ落ちたみっどしーの体から、泥のように黒い憑き物が流れ出ていく。その泥は地を蠢くと、辛うじて人のような形を保とうとする。しかし、対峙する女はその最後の抵抗を見届けることなく杖を突き立てた。

「封じられるのです。この地に。そして悔い改めなさい。神でありながらこの世界に仇なす者よ」

『ぐ、ぐぁぁあああ!!! 一度ならず、二度までも……! おのれ、おのれ愛と美の女神めぇぇぇえええ!!!』

 大地に吸い込まれるように、泥は土に溶けていった。断末魔の悲鳴も肥沃な土地に飲み込まれ、世界は静けさを取り戻す。倒れ伏したみっどしーは、僅かに残った意識で顔をもたげた。

「ま、まりんな……。生きて……」

「……さようなら。みっどしー」

 自分に背を向けて去っていくまりんな。彼女の背中に手を伸ばそうとして、みっどしーの意識は途切れた。


紅魔黎明記 第六章 蘇る残星の心
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