この素晴らしい魔王に祝福を!   作:春野 曙

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この死せるキメラに滅びの力を!

 カズマが使用する弓は短弓と呼ばれるものに属する。本職のアーチャーが操る長弓と違い射程距離は短いが、高い筋力値を求められないので最弱職でも扱いやすい代物である。その中でもカズマ愛用の品は、初心者や子ども向けに作られた一回り小さい練習用。性能は他と比べ若干劣るものの、荷物の多いカズマにとっては矢筒ほどかさばらないことが利点となっている。

 戦闘における利便性より持ち運びを重視しているのには理由がある。売り場の肥やしになっていたため安かったこともそうだが、最弱職の性質上サポートに回ることが多いので手数は多い方がいいというのが一番の理由だ。そのためカズマの主力武装ではあるが、基本的にはめぐみんの爆裂魔法へ繋げるために中距離からの撹乱や威嚇、気配を消しての不意打ちなどに使われることが多い。

 だがそれは、パーティーメンバー五人が全員揃っている時の話。

 

「魔法の次は弓? いくら皮膚呼吸できるって言っても、凍らされた鼻と口の感覚がまだ戻ってないのよ。もっと手加減してくれないかしら」

 

 本来、弓とは至近距離であればフライパン程度の厚みの鉄を突き破る強力な兵装であり、日本史における合戦では武士の基本装備として重用されていた武具だ。射速は、時速およそ二〇〇km。前述通り有効射程こそ短いものの、長弓よりも速射性に優れた短弓には接近戦による連射が可能である。至近距離で放たれたプロ野球選手の投げるボールより速い不意の一撃なら、いかに堅牢な体であれ無傷とはいかないだろう。

 

「あら、無視? 会話はコミュニケーションとしてとても大事よ」

 

 おあつらえ向きにも、今宵の戦場は月と星の明かりしか頼るもののない真っ暗闇。そして幸運値が高ければ高いほど命中しやすいという〈狙撃〉スキルの特性を利用し、さらに〈千里眼〉、〈敵感知〉、〈潜伏〉、そこに新たに習得した〈聞き耳〉のスキルによって視界、気配、聴覚をカバーしたカズマなら、夜の闇と木々に紛れて五mという超至近距離から確実にシルビアを狙うことが可能なのである。

 

「〈狙撃〉ッ!」

 

 鏃が、鈍い光で闇を裂く。迷いのない一射は風を切る音と共に、軌跡を描いてシルビアの額へと吸い込まれていった。死者とはいえ元は生物。暗がりから突然顔を狙われれば反射行動が起きると踏んでの一射だった。一瞬でも怯んでくれれば簡単に次の手を詰めていくことができる。

 そういう淡い期待を抱いていたカズマだが、相手は腐っても魔王軍幹部。自分の命すら捨てて戦いに挑む狂人に、そのような期待はするだけ無駄というものだった。

 

「まあ手加減なんてしてもらわなくても、こんなとろい矢が当たるわけないけど」

 

 そう言ってシルビアは、自分に迫ってくる矢をいとも簡単に指で挟んでみせた。これは力量や戦闘経験の差、いわゆるレベル差というものではない。シルビアという、数多の生物を取り込みその長所を我が物としてきたグロウキメラだからこそできた芸当である。

 南方の砂漠に生息するデザートハウンドから砂の僅かな動きも見逃さない視力を、空の狩人と言われるトビフクロウから動体視力、闇の中で狩りを行うシャドウテイルからは暗視能力を獲得している。そして筋肉の瞬発力を水の上を駆けるシーサーペントから、握力を一撃熊から得ている彼女にとって、カズマの射った素人の弓などテーブルに置いたペンを指で拾い上げるくらい簡単な事だった。

 

「もっと本気出してくれない? 時間が惜しいのよね。古代文字のせいで扉は開かないし、壁で建物が支えられてるから変に壊したら崩れて生き埋めになりそうだし。さっさと『世界を滅ぼしかねない兵器』を手に入れてトキワソウゴを倒しに行かないといけないのに……!」

 

「最初からずっと本気だよ!」

 

 八つ当たり気味な怒りに任せ粗末な矢を握り折ったシルビアは、そこで初めて鏃が不自然にてらついていることに気づく。それをまじまじと見つめた彼女は、矢をひと舐めすると感心したような声を出した。

 

「あら、毒なんて塗ってるじゃない。このピリピリとした喉越しは痺れ薬……材料はこの辺りで採れるキノコかしら。現地で毒の調合なんて多才ね、惚れちゃいそうだわ。でも、この程度の量じゃ私のハートは射止められないわよ」

 

「そいつは残念だよ! アプローチの方法なんて知らないもんでな! 〈狙撃〉! 〈狙撃〉ッ!」

 

「あははっ! アンタ面白いわね」

 

 シルビアは体から触手を数本生やすと、そのうちの一本を使って悪足掻きのように放たれる矢を軽くいなしていく。毒が塗られていた鏃に触れないよう、矢柄の部分を丁寧に叩き落とす精密な動きは彼女の情報処理能力の高さが伺えた。それと並行して、シルビアは手持ち無沙汰な残りの触手を鞭のようにしならせカズマを追い立てる。目にも止まらぬ速さで繰り出される攻撃を直感で避けるしかないカズマは、ほんの一瞬前まで自分のいた場所が次々と触手の一撃で抉り取られていくのを見て汗が吹き出すのがわかった。

 逃げながらも矢を射るのを忘れないカズマに向けて、シルビアはにんまりと笑う。

 

「運もいいのね。気に入ったわ。謝るなら見逃してあげてもいいわよ?」

 

「土下座でも何でもするので攻撃をやめていただけないでしょうか!?」

 

「死んで詫びるって言葉、知らない?」

 

「それ見逃してねぇじゃねぇか! 〈狙撃〉ッ!」

 

「人に毒矢を撃っといて生かして許してもらおうなんて虫が良すぎるわよ!」

 

「そりゃご尤もで!」

 

 下らない会話をしていても、両者攻撃の手は緩まない。それでも、足がもつれでもすれば体のど真ん中に大きな風穴が開くこと間違いなしという緊張感が逆にカズマの思考をシンプルなものに整えてくれていた。

 

(鏃を舐めても変化なし。毒耐性くらい持ってるよな普通。状態異常は期待しない方がいい)

 

 それでも避けたり受けたりせずあえて触れないように処理しているのは、カズマが何を思って矢を無駄に消費しているのか、その意図について考えあぐねているからだろう。

 そこまではカズマの想定内。毒程度でどうこう出来るのならば、魔王軍幹部なぞとっくの昔に〈転生者(チート持ち)〉たちの経験値となっていたはず。だからこそカズマは、そういう力でゴリ押しできる同郷の人間と違った弱者らしい知恵を絞ったのだ。仕込みを終えたカズマは、わざと外れるようにシルビアの足下へ矢を射った。

 

「シルビア! これでも喰らいなさい!」

 

 それを合図に、カズマと対角線上に回り込んだアクアが麻縄に括りつけた陶器の瓶を投げつける。縄を振り回した遠心力を利用してほとんど直線の放物線を描く瓶は、完璧なコントロールでシルビアの顔面目掛けて飛んでいく。しかし、いくら勢いをつけたからといっても矢よりは遅い。シルビアにとっては止まって見えるスピードだ。それに加えて不意打ちならまだしも、投げる直前に声をかけたのだから受け取れと言っているようなものだった。よく見える目で一秒未満の時間の中じっくりと観察したシルビアは、それがコルクで栓をしただけのものだと判断すると躊躇うことなく片手で受け止める。

 

「キャッチボールなんて、アンタも私と遊びたいのかしら? でも残念。私、若くて顔のいい女は嫌いなのよ」

 

「私だってアンタみたいなアンデッド臭いヤツ嫌いよ! カズマ!」

 

「〈狙撃〉ッ!」

 

 背を向けたシルビアへとまた距離を詰めたカズマは、彼女の手の中にある瓶を的として矢を放つ。それは先程から射っている矢と同じ、鏃のてらついた変わり映えの無い矢だった。のんびりと飛んでくる矢を眺めるシルビアは、手の中の瓶を軽く振って中を確かめる。

 

(瓶狙い? 中は液体。痺れ薬の原液かしら?)

 

 自身の忠告通り、致死量の痺れ薬を与えるためこれを矢で破壊してぶちまけようとしているのだろうか。毒耐性を持つシルビアには量を増やしたところで何の意味もないが、耐性がなければ確実に動きを封じることが出来る。

 

(無駄撃ちはプリーストが私の背後に回るための陽動。声をかけてきたのはこっちの男が近づくための隙を作るため。頑張って頭を使ったのね)

 

 シルビアの見立てでは本職ではないようだが、狙いは正確で弓の腕はそこそこといったところ。近くに来たということは瓶を射抜ける自信のある距離まで接近してきたと考えるのが自然。そう予想をつけたシルビアは、その作戦のあまりの浅はかさに鼻で笑ってしまった。

 

「でも見込み違いだったようね。もっと面倒な相手だと思ったのに」

 

 そろそろ飽きてきたので矢を投げ返して嬲り殺そう。ソウゴの関係者だと言うのなら、魔王軍に逆らった見せしめとしては十分な効果が期待できる。余計な時間を費やした損害には足りないが、そこはあの男の悔しがる顔で補填できるに違いない。

 しかし矢を掴んだシルビアは、この矢が先程までの矢とは違っていることに気がついた。

 

「……? 何これ?」

 

 その矢には痺れ薬ではなく、油がたっぷりと染み込んだ包帯が巻かれていた。握ればじんわりと滲み出てくるため普通の矢よりも僅かながら重みを感じる。それをシルビアは奇妙に感じた。

 矢が重くなればその分矢速も落ちるしコントロールも難しくなるはず。近づいてきたことが瓶を確実に割るためなら矢を油まみれにする理由がない。それに、変わっているところはそこだけではなかった。矢羽根にはこれまた油を吸い込んだ麻縄が瓶と同じように繋がれており、導火線のようにたわんだ残りがシルビアの視界の中で宙を舞っていた。それがどこに繋がっているのか、無意識につい目で追ってしまう。その反応を見たカズマは、ニッと口角を釣り上げた。

 

「お前が賢くて助かったよシルビア。……〈バインド〉ッ!」

 

 シルビアが確認するより早くカズマがスキルを発動させたことで、油まみれの麻縄に魔力が加わる。薄ぼんやりとした光で輪郭が闇に浮かび、疑問の答えが自分のもう片方の手の中にある事に気づく頃にはもう遅い。魔力を帯びた何の変哲もない、いや、下拵えの済んだ縄が素早くシルビアの体に巻き付いた後だった。シルビアにとっては不幸にも、そしてカズマにとっては幸運にも、縄は関節などの力の入りづらいところに食い込み死人の体にも驚きと痛みを与える。

 

「〈ティンダー〉! からの〈ウインドブレス〉!!」

 

 カズマは油まみれの縄で拘束したかった訳では無い。本来であればマッチ程度の火しか起こせない初級の発火魔法。そんな弱いマッチの火でも、風の力を受ければ宴会での火吹き芸ほどの威力へと変わる。その火が油を吸った麻に引火すれば、火吹き芸の火はたちまち朽ちるべき腐肉の塊を葬送するための炎へと昇華する。

 

「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」

 

 巻き上がる炎は油の染みた麻縄だけでなく、長い髪を燃やし、肌を焦がし、服を、肉を、喉を焼くことでじっくりとシルビアの体を侵食していった。縄を引きちぎろうにもただの麻縄ではないようで、中心に仕込まれていた金属製のワイヤーがきつく体を締め上げてくる。それでも火の勢いを落とそうと体を振れば、火の粉が足元に転がしていた矢へと燃え移り今度は足場の草木を燃やす。力加減を間違えて瓶を握り潰せば、中から噴き出した油に火がつき更に火は強くなる。それはシルビアの予想を裏切る、山火事すら恐れない捨て身の攻撃だった。

 そこでシルビアはようやく気づいた。近づいたのは矢を当てるためではなく、この初級魔法の火を確実に着火させるため。一射目の痺れ薬は二射目以降の油が塗られた矢や瓶の中身を誤認させるためのブラフ。気づいてみれば本当に小狡くて下らない策で、火に耐性を持つファイアードレイクの体組織を人肉の下に展開しているシルビアにとっては自慢の美しさを汚す嫌がらせにしかならないようなもの。しかしそんな子どもの考えるような策にまんまとハマったという事実が、シルビアのプライドをひどく傷つけ怒りという名の火に油を注ぐ。

 

「クソガキどもが……ッ! こんなチンケな火で私を燃やせると思ってるの……ッ!? ぶち殺してやる……ッ!!!」

 

 喉を焼かれようと関係ない。怒りが頂点に達した今のシルビアには、受けた屈辱を倍以上にして返す事しか頭になかった。

 一見すると、カズマたちの攻撃はただ自分の死期を早めただけの愚行に映る。元より勝てるとは思っていない戦いで、相手を怒らせ本気にさせるなど普段のカズマからは想像もできない愚策と言えるだろう。しかし、それこそがカズマの狙いだった。

 

「行け! アクア!」

 

「ええ! 〈セイクリッド・ターンアンデッド〉!!」

 

 これがカズマたちの、アンデッド化した魔王軍幹部を倒す本命の一撃だった。極光とでも言い表すべき神聖な光。天を貫く眩い柱が、怒りに燃えるシルビアを打ち抜く。

 邪悪を払い魔を滅す、例え地獄の公爵と言えど無事では済まない女神の審判。並のアンデッドであれば余波だけでその神聖さに昇天し、悪人ならば光を見ただけで改心し模範的な神の信徒になるような威力の浄化作用を誇る、除霊魔法の中でもトップクラスの魔法。とりわけアクアという本物の女神の放つものは、アークプリーストという職業では到底成し得ない奇跡の領域へと至る崇高な光である。

 シルビアの断末魔さえ掻き消す光の柱が徐々に細くなり、辺りに土埃と焦げた臭いが混ざる煙だけが残ると、カズマはすかさずバイクウォッチを起動した。展開したライドストライカーに跨ると、グリップを捻ってエンジンをかける。

 

「消耗してる今がチャンスだ! 後ろ乗れ! 逃げるぞ!」

 

「はぁ? アンタ寝ぼけてるの? いくら仮面ライダー(はた迷惑なヤツら)の力で蘇った存在でも、相手はアンデッドなの。今の浄化魔法で消滅しないわけないじゃない。それに古代文字って日本語でしょ? 読めるんだからさっさと施設の中のチートアイテムとやらを確認しに行きましょ」

 

「忘れたのかよ!? デュラハンのベルディアだってウォッチの力でお前の浄化魔法を耐えきったんだぞ!」

 

「それとこれとは話が別よ。前のロボなんたらってヤツからは執念とか悲哀みたいなのを感じたけど、今回のは私欲とか、そういうただれた人間っぽさをより強く感じたわ。むしろ私の浄化魔法でその辺もさっぱり浄化できたんじゃないかしら?」

 

 得意げに胸を張るアクアがふふんと鼻を鳴らす。その姿を見たカズマは、より一層の不安を感じた。この自称女神が調子に乗る時は九割九分九厘の確率で良くないことが起きる。女神エリスに誓ってもいいくらい、必ず良くないことが起きるという確信があった。その確信を後押しするように、〈敵感知〉スキルがシルビアのいた場所に何かがいると告げている。

 怪我などはソウゴに直してもらう前提で、首に縄をかけバイクで引き摺ってでもここから一刻も早く離れた方がいい。そう判断したカズマがバイクから降りてアクアの元へと駆け寄った。その時だった。

 

 ヒュンッ、と風を切る音がしたと思った次の瞬間に、背後のライドストライカーは大きな音を立てて空を滑っていた。

 

「「!?」」

 

 驚く二人が振り返る。スローモーションのようにゆっくり動く世界の中で、パチパチと火花を散らすライドストライカー。カズマの腕ほどの長さと太さのある、骨のような棒状のものが貫通している愛機は、二人に見守られる中で盛大な爆発を起こした。当然のように発生する爆風が、煙幕になっていた土煙を全て吹き飛ばす。

 

『「何かに当たったわね。音しか聞こえないから適当に投げたんだけどよかったわ』」

 

 声の発信源は、先程までシルビアがいた場所。そこには一つの影が佇んでいた。……影と呼ぶには、少し語弊があったかもしれない。そこにいたのは人に限りなく近い骨の標本で、隙間から向こう側が覗けるくらい肉の欠片も付いていない美しい白骨のシルエット。『人に限りなく近い』というのは、カズマの感想だ。何せその二本足で立つモノは、カズマの知っている人体の骨格から随分とかけ離れたものだったのだから。

 長い短いが不規則で右半身の方が二本多い肋骨。左だけ関節が一箇所多い腕。繋ぎ目はないが明らかに材質の違う骨が一つの塊になっている頭骨など、上げだしたらキリはないが素人目にもそれが人の骨と同じでないことは見て取れた。その髑髏(しゃれこうべ)が、落ち着いた様子でカタカタと音を立てて動き出す。

 

「『アクアとか言ったわね。本当に洒落にならない威力の浄化魔法だわ……。そっちは確かカズマ、だったかしら。アンタがチョロチョロしていたのは私の集中力を乱して魔法抵抗力を削ごうとしたってわけね。ふふっ。まんまと乗せられたわ。今のは結構危なかった」』

 

「そんなっ!? 私の浄化魔法が効いてないなんて……!」

 

「いや、骨だけになったのに結構危なかったで済まれると困るんだが」

 

『「トキワソウゴのオマケだと思って甘く見ていたわ。まさか、アンタたち相手に本気を出すことになるなんてね……!」』

 

「いいわよ、来なさいよ! 何回だって浄化してやるんだから!」

 

「なんで臨戦態勢なんだよお前は! 今のうちに逃げるんだよ!」

 

 カズマのツッコミも無視して、この世で最も合理的な骨の塊はいつの間にか手の中にあったこの世界で最も不条理なアイテムを見せつけるように掲げる。ウェイクベゼルを回転させることでこの理不尽な力を与えるライダーの顔を拝めるのだが、それを確認していられるほどの余裕をカズマたちは持ち合わせていなかった。

 

 

 

«アマゾンネオ»

 

 

 

「『後悔するがいいわ。魔王軍幹部を本気にさせたことを!』」

 

 歴史を封じられたライダーの名前がコールされると、シルビアはライドウォッチを胸にあたる箇所へ押し付ける。ハンスの時と同じように黒い渦が発生しウォッチを取り込むと、全身の骨からブクブクと肉が湧き始めた。生命を冒涜しているような光景は見ていて気分のいいものではないのだが、ここで目を逸らせば次の瞬間には自分たちがあの体を構成するパーツになりかねないという危機感から顔を背けられない。

 腱、内臓、筋組織と順番に形成され、あっという間に元の肉体を取り戻したシルビア。しかし彼女の変化はそれで終わらなかった。皮膚の上に魚のものに似た細かい鱗が生えていく。月の光を反射して独特の光り方をする、黒に青が混ざった暗い色の鱗だった。擦れ合うとカチャカチャと金属のような音を鳴らすそれが全身を包み左肩に羽のようなアーマーを象ると、そこに«2017»のアラビア数字が刻印される。顔はのっぺらぼうのように目も鼻も鱗に覆われ、頭にはクラゲを模した広めの笠が。笠から垂れる髪は一本一本が青く染まりつつも光の加減で虹色の光沢を見せ、海を漂う触手を彷彿とさせるような、重力を感じさせない畝りを持っていた。

 腰にペストマスクのような赤い意匠が表れると、のっぺらぼうだった顔にギザギザの切れ込みが入り大きく開く。

 

「哀れな冒険者たちよ。畏れ、ひれ伏しなさい! 我が名はシルビア! この世界随一の研究者にして、究極のグロウキメラに至る者!」

 

 高らかにそう宣言したシルビア――アナザーアマゾンネオは、笠から伸びでた触手を指で弄びながら、不気味なほどにんまりと口元を歪める。それが悪魔の様相に見えたのはきっと、逃げきれないと悟ったカズマの思い込みではないだろう。歩み寄ってきたアナザーアマゾンネオは、触手の先を二人へと向けるとこう提案してきた。

 

「アンタたち、古代文字が読めるって言ってたわよね? なら開けてもらいましょうか。この里に封印されし禁忌の扉を」

 

「……因みに、断るとどうなるんでしょうか」

 

「そうね。プリーストの青い目はこの姿の目にちょうどいいと思わない? アンタの悪知恵も案外役に立ちそうだわ。それに、新鮮な脳って美味しいのよ?」

 

 触手の先で二人の耳の周りをゆっくり撫でるアナザーアマゾンネオ。大破した逃走手段が黒い靄として霧散するのを背景に、二人の答えは目を合わせずとも合致した。

 

「「すぐ、開けさせていただきます」」

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「『ついぞ出会うことのなかった、この文字を読める同郷の者へ。我、在りし日の記憶と真実をここに記す。鍵となる呪文を知り、扉を開きし知恵ある者に我が遺産の全てを譲る』……。鍵?」

 

 アクアは薄暗い階段の突き当たりにあった、扉に掘られた日本語をなぞった。前室というか踊り場というか、階段から降りてきた人達が滞留できる開けた空間。明かり一つない場所だが、扉に触れると魔力に反応してかぼんやりと青白い光を灯す。その扉の横にはパネルが埋め込まれているのだが、それが恐らく扉のロックを解除するものなのだろう。幻想的な雰囲気ではあるものの、立ち塞がる壁に対して懐から御札を取り出したアナザーアマゾンネオは、その御札をパネルに宛てがうもふう、とため息をついて頭を抱えた。

 

「この扉、『結界殺し』が効かないのよね。魔法的な結界じゃないみたい。アンタたち、鍵ってなんの事かわかる?」

 

「は? 知るわけないじゃない」

 

「そうよね。でも扉を壊して建物が崩壊したら兵器は生き埋めなのよ。だから何としてでも正規の方法で扉を開けないと……。同郷の者ってことは、滅びたノイズにヒントが……?」

 

 一人ぶつぶつと独り言を繰り返すアナザーアマゾンネオ。カズマとしてはこのまま立ち往生してくれている方がいいのだが、役に立たないと判断されて片方だけ脳みそちゅーちゅー、なんてことはお断り申し上げたい。時間を引き伸ばしてダラダラと過ごしている内に自分やアクアの魔力を追ってソウゴが来てくれるのが一番いいのだが、そんなに都合いい事が起きるわけないという諦めもある。

 

「な、なあ。ノイズってもう滅びた国なんだろ? どうしようもなくないか? 他の入口探すとかさ」

 

「他の入口なんてなかったわ。散々調べたけどここだけなのよ、唯一の入口は」

 

「カズマもちょっとは考えなさいよ。私の送り出した〈転生者〉の同郷ってことは、アンタが一番答えに近いんだから」

 

(なんでコイツは敵と一緒になって考えてんだよ)

 

 ここでツッコんで変に我に返られると面倒なので、腕を組んで頭を悩ませる二人のことはそっとしておく。時間は勝手に過ぎそうだが、どうやって今ソウゴたちが戦っているであろうシルビアが偽物で本物がここにいることを伝えるか、それを考えなければこの状況を打破することは出来ない。悩みながらカズマが壁にもたれると、壁は扉と同じようにぼんやりと光を放つ。

 

「カズマ。……ねえカズマってば!」

 

「なんだよ。俺もちゃんと考えてるだろ」

 

「違うわよ。後ろ! 後ろ!」

 

「後ろ?」

 

 アクアに促されて首だけ動かして壁を見る。すると、そこにはぼんやりとした光の中に浮かび上がる文字があった。触れた部分だけ浮かび上がっているのは、透かしや炙り出しのような隠し文字のつもりなのかもしれない。驚いてカズマが離れると、文字はすっと消えただの石壁に戻ってしまった。

 

「今の……」

 

「日本語! 今のは日本語だったわ! ここに在りし日の記憶ってのが彫られてるのかも! そこに鍵のヒントがあるはずよ!」

 

「それも古代文字だったのね……。浮かび上がっては消えるから模様だと思っていたわ……」

 

「シルビア! アンタ触手伸ばせるんだから壁の端っこから光らせていきなさいよ!」

 

「なるほどね、そうすれば全文が読める! アンタ賢いわね!」

 

「ふっふっふっ。ま、この麗しい水の女神アクア様にとってはこの程度簡単なことよ」

 

(だから、なんでコイツは敵と一緒に喜んでるんだよ)

 

 これでいよいよ後がなくなってしまった。〈転生者〉、恐らくデストロイヤーを開発した者と同一人物が遺した兵器とやらが本当にくだらないガラクタか使えなくなっていることを祈るしかない。こんなことに運を使いたくはないが、今は幸運値に頼るしかないとアクアの読みあげる文章に耳を傾けた。

 

「いくわよ。……『ヤバい。この施設の事がバレた。でも幸いなことに、俺が何を作っているのかまでは分からなかったらしい――

 

 

 

 

 

 

 ――国の研究資金でおもちゃやゲームを作ってたことがバレたらどんな目に遭わされるか……。上司には適当に「魔王軍に対する兵器を開発している神殿です」って言っちゃったから、壁画っぽく文字を彫っておく。内容はこの里に関する日記で。触ったら光り出す演出付けときゃそれっぽいし、この国の奴ら日本語読めないから神に捧げる祝詞ですって言っときゃ平気だろ』

 

『お偉いさんが俺の楽園にやって来た。ゲームの用途を聞いてきたんだけど、ゲームなんだから遊ぶために作ったに決まってるじゃん(笑)。でもそんなこと言ったら首が飛ぶので「これらは神の言葉に従い製造した、世界を滅ぼしかねない兵器です」と真面目な顔でぶっこんどいた。いつもはピリピリしている同僚の女研究員が慄いていたので、電源をつけて脅かしてやった。「適正と膨大な魔力に反応して真の力を解放する」とか言ったらめちゃくちゃビビってた(爆)。当分はここで遊んでいられ「ちょちょちょっと待ちなさいよ!」

 

 

 

 

 

 

 アナザーアマゾンネオが読み上げるアクアを制止する。二人が彼女へと視線を送ると、目も鼻も無いのに目を見開いて驚いているような気がする反応で口をわなわなと震わせていた。

 

「まさか、無いの……? 『世界を滅ぼしかねない兵器』なんて実際には……? じゃああの歴史書って……?」

 

「まだわからないじゃない! 遺産って言ってこんな大掛かりな仕掛けを用意してたのよ? あの性悪悪魔じゃあるまいし、きっと何か凄いのが眠ってるわよ! ね、カズマ!」

 

「そ、そうだぞシルビア! 紅魔黎明記には他にもほら、『魔術師殺し』とか色々載ってたし! どれかは実在するかも!」

 

「カズマ……。でも、書かれていたことが全部嘘だったら……」

 

 なんで敵を慰めているのだろうと不思議に思いつつも、命を捨て部下を蘇らせ一縷の望みをかけていたものが嘘っぱちでした、という絶望に打ちひしがれる姿は心にくるものがある。というか、〈転生者〉のやらかしなので敵とはいえ罪悪感さえある。二人で声をかけるも、ガチ凹みしてしまったアナザーアマゾンネオは膝を抱え込み項垂れていた。

 

「き、気を取り直して続きいくわよ! えーっと……。あ! この辺とかいいんじゃない!?」

 

 

 

 

 

 

『お偉いさんから「予算をつけるから、神の神託で魔王軍を倒すための兵器を作れ」と言われた。もう俺のチート能力で散々この国に貢献したじゃん。上下水道完備させたの誰だと思ってんだよ。面倒くさくなってきたので「争いは何も生まない……」って言ったら女研究員に引っぱたかれた。ありがとうございます』

 

『アイデアに煮詰まる。俺デザインとか苦手なんだよなぁ……。変形合体ロボとかどうだろう。ちょうど『神の依代』とか言って作ったキングジョニーもあるし、これを一分の一スケールで作るのは。ちょっと楽しみだ』

 

『舐めんなって却下された。やる気がなくなったので、とりあえずデカくて魔法に強いの作っとけばいいんじゃないスかねって言ったら通った。大丈夫か、この国』

 

『だから俺デザイン苦手なんだって。アイデアのために散歩をしていたところ、野良犬が通りかかった。もうこいつでいいやとスケッチ。犬型兵器『魔術師殺し』。うん。首三つくらいにしたら格好つくんじゃね』

 

『「蛇型とは考えたな! これなら手足を付けない分楽だし、起き上がりなどを考えなくていい!」と絶賛された。いや、確かに絵心ないけどよく見てくれよ。胴体長い犬だろ。ダックスフンド的な。この国の奴らは目まで悪いのか』

 

『改めて見たら蛇だわこれ』

 

『『魔術師殺し』の実験開始。上級魔法はもちろんのこと、爆発魔法や炸裂魔法まではギリギリ耐えられるようだ。しかしバッテリーが持たない。勿体ないが仕方ないので、人類の手に余るとか言ってここに閉まっとこう。キメラと合体させたらバッテリーいらずでいい感じになりそうなんだけどなぁ』

 

『『魔術師殺し』に代わる対魔王用の新兵器できた。まあ改造人間なんですけどね。改造手術を受けたい奴を募集してみたら抽選になるほどの人気になった。皆どれだけ改造人間に憧れを抱いてるんだ? 術後は記憶なくなるって言ってるのにいいのか』

 

『魔法適性を最大レベルまで上げるだけの簡単な手術だって説明してるのに連中がワガママを言い出した。やれ紅目にしてほしいだの、一人一人に機体番号をつけて欲しいだの、この国はこんなのばっかりなのか。いやまあ、そういうの嫌いじゃない。嫌いじゃないけどね?』

 

『全員の手術がようやく終わった。お偉いさんへのお披露目のために集めたら「マスター、我々に新しい名を」ってイケボで。マスターって誰だよ。俺か。元の名前から適当にあだ名をつけてやったら喜んでた。こいつらの感性どうなってるんだ? 手術のせいなのか?』

 

『やっべぇ。こいつらめちゃくちゃ強い。作ったやつ天才じゃね? 俺か。お偉いさんから褒められたし、プロジェクト名だの聞かれたので分かりやすいようについでに種族名も付けておこう。紅い瞳で魔法を操る種族……。うん。“紅魔族”なんていいんじゃないだろうか。紅魔族計画(プロジェクト・レッド)、なんつって。俺も古傷が疼いてきたな……。発表したら連中も喜んでた。これで当分はゲーム作りに戻れそう。この世界のボードゲームはクソゲーだからなぁ。電線通して家庭用売り出すか』

 

 

 

 

 

 

「「ちょっ!?」」

 

(嘘だろ!? 紅魔族が改造人間って……)

 

 思い当たる節はある。どことなく日本人っぽい名前やこの世界では珍しい義務教育制度など、〈転生者〉の介入無くしては説明できない点。人工的に生み出された存在なら強さにも納得がいく。衝撃の真実にカズマが閉口していると、『魔術師殺し』が実在することで元気になったアナザーアマゾンネオはくつくつと意地悪げに喉を鳴らした。

 

「なるほどね。人間にしては飛び抜けて強いからモンスターでも掛け合わさってるのかと疑ってたけど、そういうカラクリだったのね……! でも一点特化っていう発想はかなりアリだわ。これで私の研究も一段階高みへ進む! ねえアクア、紅魔族に関する記述は他にはないの!?」

 

「他? えっと……。あ! 『戦闘実験の途中、紅魔族の連中がまたワガママを言い出した――

 

 

 

 

 

 

 ――天敵である『魔術師殺し』への対抗手段が欲しいと。対抗もなにもバッテリー切れで動かないんだって。それにお前らの天敵として作ったわけじゃないし。でもいくら説明しても聞きやしないこいつら。個体識別のためのバーコードが体に出るようにしてやったじゃん。俺にのんびりゲームさせてくれよ……。いや、嫌いじゃないよ? そういう中二な感じは。とりあえず眼帯と包帯の巻き方は教えておいた』

 

『ありあわせのパーツで適当な武器を作った。適当に作るつもりが、紅魔族と意見を出し合ってたら楽しくなってきてデザインと演出ギミックを凝りすぎた。電磁加速要素なんて皆無だし見た目はデカいライフルだけど、カッコイイし便宜上『レールガン(仮)』とでも名付けよう』

 

『『レールガン(仮)』やっべぇ! 魔力を圧縮して撃ち出すだけのシンプルな構造なのに、馬鹿みたいに魔力を持ってる紅魔族に合わせて作ったから山を吹き飛ばすくらいの威力出た。これこそ『世界を滅ぼしかねない兵器』じゃね!?(笑) とは言え、想像以上の威力が出てるから数回使ったらお釈迦だろう。悪用されると怖いしこれもしまっておこう。あっ、でもこの間物干し竿壊れたから当分は代わりに使っておこう』

 

『紅魔族計画も一段落ついたので新しいゲームでも作ろうかと思ってたけど、王都からの招集がかかったのでそれはまた今度。なんか未知のエネルギーデバイスを魔王軍から奪ったとか、お偉いさんが莫大な国家予算をかけて超大型機動兵器を作るって言い出したとかで上はてんやわんやしてるんだと。ま、俺には関係ないことですがね!』

 

 

 

 

 

 

「『てことで、これをアンタが読んでる頃、俺はノイズにいます。電気は通ってるから好きにゲームで遊んでて。対戦したかったらノイズに来てね。鍵は小並コマンドにしといたから』……。これで終わりね」

 

「これ作ったオッサン、このあとデストロイヤーの制作に関わるわけか……。ここに帰ってくる気があったってわかるとちょっと不憫だな」

 

 手記の最後、デストロイヤーの中で天寿を全うしたという記述の残されていた開発者。名も知らぬ〈転生者〉が物寂しい最期を迎えたと知ると胸に来るものがあるが、よくよく考えてみるとこの男のせいで酷い目にあっているので同情心も冷めていく。

 スッ、と熱が引いていくカズマの隣で、アナザーアマゾンネオは読み上げられた単語について小首を傾げた。

 

「ねえアクア。その『こなみこまんど』って何?」

 

「さあ? カズマ知ってる?」

 

「ああ。小並コマンドっていうのは有名な裏技コマンドでな。ゲームとかあんまりやらない人でも一回は聞いたことあると思うぞ。えっと、上上下下……」

 

 ポチポチとパネルのキーを操作し、慣れた手つきでコマンドを打ち込んでいくカズマ。まさか使い古された裏技コマンドを異世界で使う日が来るとはなぁと感慨深い気持ちに浸っていると、ピーッ、と間抜けな解錠音を鳴らした扉は金属の錆びた音や石と石がこすれ合う石臼のような音を立てながら開いていく。あんぐりと口を開けた入口は、灯りも何もない奈落の底へと誘う階段の健在っぷりを顕にした。現れた深淵を前にたじろぐカズマをよそに、アナザーアマゾンネオは恐るどころか歓喜に身を震わせていた。

 

「ふ、ふふふっ……! ようやく! ようやく究極の力が手に入る! これで私は成すことが出来るのよ! 私の悲願を!」

 

「よかったわね、シルビア……!」

 

「泣いてくれるのかいアクア……! ありがとう……! 私は必ず最強のグロウキメラとなって、部下やアンタたちの気持ちに応えてみせるわ!」

 

 片方は目がないので流れはしないが、感極まって涙ぐむ二人は互いに微笑みを交わす。そして触手で壁や階段を探索しつつ闇の中へと消えていったアナザーアマゾンネオを送り出したアクアは、その背中を見送りながら指を組み祈りを捧げた。

 

「シルビアに神の御加護がありますように……」

 

 すっかり本来の関係を忘れてしまった女神を横目に、〈千里眼〉スキルでアナザーアマゾンネオが引き返すには難しい所まで降りて行ったことを把握したカズマは再度パネルを操作する。適当なコマンドを打ち込むとパネルはブーッ、ブーッ、とエラー音を吐き出す。すると扉は、開く時と同じ音を喚きながらゆっくり、そしてぴったりと元の壁に戻ってしまった。

 

「これでよし、っと」

 

「これでよし、じゃないわよ! まだ中にシルビアがいるのよ!?」

 

「いるからいいんだろ。お前、途中からアイツが敵だってこと忘れてたろ」

 

「…………そんなわけないじゃない」

 

「はいはい。今のうちにソウゴたちのところに戻るぞ。ライドウォッチがこっちにある以上、キメラアマゾンを全滅させたって意味ないしな」

 

 罠避けとして先行させられなかったのは不幸中の幸いだった。シルビアとアクアの間に情が生まれたからか、それとも最初からそんなつもりがなかったのかは分からないが、扉を壊す以外に脱出方法のないアナザーアマゾンネオを隔離できたのは大きい。無理に出ようとすれば、良くて生き埋め、悪くて崩落からの圧死、と言ったところか。

 

(死んだ後でもウォッチって回収できるんだろうか)

 

 自分が考えても仕方ない。まずは里へ戻って物干し竿として受け継がれていたライフル、『レールガン(仮)』の回収からだ。壁の日記からして一番危険なのはアレのはず。とんでもないものをぞんざいに扱っている紅魔族に対して頭おかしいんじゃないかという気持ちが強くなるが、一番初めに物干し竿の代用として使い始めた〈転生者〉も大概だと嘆息する。この世界に銃という概念がなくて本当に良かったと、カズマは心からそう思った。

 討伐達成の申請はまたアルカンレティアでしようとカズマが考えていると、地下から響く轟音と共に地面が大きく揺れ始めた。

 

「うぇ!? な、なになに!? 何この揺れ!?」

 

「この音……! シルビアのやつ、俺たちを巻き込んで心中する気か!? 早く出るぞ!」

 

 パラパラと天井から石の破片が零れてくる。きっと出口を封鎖され怒ったシルビアが、中から建物その物を破壊しようとしているのだろう。縦に横に、まるで建物を振り回しているかのような不規則な揺れに、覚束無いながらも出口へとひた走る二人。崩落に巻き込まれれば生身の二人は即刻あの世行きだ。それだけは何とか避けねばならないと、カズマとアクアは必死に外への階段を駆け上がった。

 

「死んじゃう! これ本当に死んじゃうから!」

 

「喋ってないで真面目に走れ!」

 

 二人が命からがら施設から飛び出すと、建物は地響きを鳴らし原型など忘れたように倒壊する。むき出しになった近代的な骨組みの鉄筋が、この田舎の集落に似つかわしくない異物感を主張していた。ゲーム等が巻き添えとなって全ておじゃんになってしまったことを勿体なく思うカズマ。だからこそ、そんな瓦礫の山と化した施設を見ればアナザーアマゾンネオの生存など疑う余地もない。ないのだが。

 

「ふう、これでシルビアは倒したわね。それで今回の褒賞金なんだけど、私が油断させたから倒せたようなものだし取り分は多くて当然よね?」

 

「今そんな話してる場合か! シルビアはまだ生きてる。さっさとここから離れるぞ!」

 

「いやいや。流石にこれで生きてられるわけないじゃない」

 

 へらへらしているアクアの楽観的な意見とは正反対に、カズマの〈敵感知〉スキルは信じられないことを平然と宣うのだ。そもそも、心中目的なら建物そのものを壊すよりも扉を壊して攻撃してきた方が確実に自分たちを道連れにできる。それをしなかったということは、この崩落の中でも生きていられる自信があったからだろう。この世界の生き物の理不尽さと生命力の強さには感心させられると、カズマは内心毒づいた。

 そんなカズマの隣でへらへら笑っていたアクアだが、突然静かになって瓦礫を見つめると指をさして言う。

 

「ねえカズマ。なんかあそこ、赤くなってない?」

 

「赤……? ッ! 走れッ!」

 

 赤熱する瓦礫を見たカズマは、直感でアクアの手を引き全速力で後退する。その直感は、実に正しかった。弾けた瓦礫は火山の噴火のように天高く打ち上げられ、マグマのようにドロドロに溶けた鉄筋が頭上から降り注ぐ。鉄が溶ける温度だ、落下地点の草木などは簡単に燃え始め、火の手は留まることを知らず辺りを無差別に火の海へと変えてしまう。カズマの行った丸焼きなど可愛いものの様に思えるほど、瞬時に凄惨な火炎地獄を作り上げた。

 

「ねえ! あれめちゃくちゃ怒ってない!? 扉閉めちゃったから!? 絶対殺されちゃうんじゃない!?」

 

「いや、シルビアに俺たちを殺すつもりは無いはずだ! その気なら出てきてすぐに俺たちを狙う!」

 

「そ、そうなの? なら、謝ったら許してくれるかしら?」

 

「許してもらえても、次は『レールガン(仮)』を渡すことになるだろ! 冒険者の俺たちが、紅魔族を作ったオッサンが世界を滅ぼしかねない兵器なんて言ったものを渡せるわけないだろ!」

 

「じゃあどうするのよ!? 追いつかれたら終わりよ!?」

 

「だから追いつかれないように走ってんだろ!」

 

 走りながらも振り返ったカズマたちは、赫灼とした施設の跡地に佇む、陽炎を纏った者を視認した。説明するまでもなく、アナザーアマゾンネオ。しかしその出で立ちは、二人の知るものから随分とかけ離れてしまっていた。

 

「ほんと、どうなってんだよこの世界の生き物は……!」

 

 下半身は機械的な蛇、上半身は鱗を生やしたクラゲの化け物。そこにゲームのハードを取り込んだからか人工物の鎧が張り付いている。そんなものの全長が下半身のせいで優に五mを超えているのだから洒落にならない。背中からはこれまで取り込んだものが定員オーバーにでもなったのか、腕やら脚やらが歪に飛び出しより異形として極まった形をしていた。アレを生き物と呼ぶことにも些かの抵抗がある。そんなカズマの感情を無視して、アナザーアマゾンネオは咆哮した。

 

「滾る……ッ! 最高の気分よ!! 今の私なら、誰にも負ける気がしない! 終わらせてやるわ……トキワソウゴ!!!」

 

 もしかしたら扉を閉めたことにすら気づいていないのではないか。命の危険を感じながらも、標的にされなくてよかったとカズマは少しだけほっとした。




「飲め、みっどしー」

「……頼んでいない」

「俺の奢りだ。いいから飲め」

 くのっぺは、いつものボックス席に座るみっどしーの前にクロロ茶を置いた。れんちんが毎回頼んでいた、少し高いお茶だ。しかしみっどしーはそれに口をつけることはなかった。湯気を立ち上らせ、冷めていくクロロ茶。それを見たくのっぺは、大きくため息をついて対面に腰をかけた。

「れんちんとちゃなかのことは残念だった。邪神のせいだったんだ、そう自分を責めるな」

「……だが、手にかけたのは俺なんだ。覚えているんだよ。二人が冷たくなっていく感覚を」

「だから、何もせず落ち込むだけか?」

「っ! ……ああ。もう俺は戦いたくない。もう、誰とも関わりたくないんだ……」

 放っておいてくれ。みっどしーの丸まった体はそう語っていた。しかし、三人の事を誰よりも間近で見てきた、苦難を乗り越えた三人が帰ってくる場所を守っていたくのっぺにはそんなこと出来るはずもなかった。

「……どうして創造主(マスター)はお前の中に邪神を封じたんだろうな。その意味を、よく考えてみるといい」

「意味……?」

 くのっぺは席を立った。一人になったみっどしーは、ぬるくなったクロロ茶を静かに口へと運んだ。


紅魔黎明記 第七章 揺れ動く流星の狭間で
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