常磐ソウゴは困惑していた。ジオウの力を手に入れ、これまで幾つも死線と数多の難局に乗り越えてきたソウゴだが、今ほどの戸惑いを知らないだろう。そう言いきれるほど、ソウゴにとって未知との遭遇だった。
それは配下の殆どを消滅させられ、手も足も出ず四肢を地に投げ打つしかないシルビアがどういうわけか一向にライドウォッチを取り出す素振りを見せないことに……ではない。そしてもちろん、物量作戦の一辺倒だけで勝機を確信していたシルビア軍に対するものでもない。
(めぐみんとゆんゆんは、紅魔族でもまだかわいい方だったんだなぁ)
「トキワさん、君は確かに強い。そしてその“紅の魔王”としての真の姿もかなりイカしている! 変身のタイミングも、派手な演出も、時を操るなんていう桁違いな力も非常にいい! 最高にグッとくる!! だが、引きが弱い!!!」
紅魔族のメンタルの図太さに、である。
気がつくとどういうわけか戦闘を中断させられ、オーマジオウの姿のままひろぽんに正座させられていたのだ。姿が変わろうと中身は変わらないオーマジオウは、とりあえず小首を傾げて目の前に現れた疑問を口にする。
「引き?」
「そう、引きだ! タメだよタメ! 見せ場! そこが非常に弱い! もっとピンチを演出しないと盛り上がらないだろう!?」
「盛り上がるとか、それって今する話?」
「今しなきゃいつするんだ!? ……いいかい? 想像して欲しい。襲い来る化け物の群れ。より多くの者を救うために仲間と散り散りになり、託された想いを胸に戦いに挑む。しかしそれは初めから相手の罠! やってくる増援! 一人また一人と追い詰められ絶体絶命のピンチ! もうダメだと諦め……からの覚醒ッ!! 発現した圧倒的な力による無双! 蹂躙! 名乗り! 〆の決め台詞! そして背景の爆発! これなんだよ、求められているものは! それ以外は外の人とは思えないくらい完璧なのに、このカタルシスが君には無いんだ!! だからとても惜しい!!!」
「うーん……。それって求められてるのかな? ねえ、ダクネスは求めてる?」
「いや、私は全く求めていn「人類皆求めてるよ! 当然じゃないか!」
食い気味で強く語るひろぽん。何がそこまで彼を熱くさせるのかわからないソウゴだが、力説する彼の目は確固たる確信に満ちていた。
そんな茶番に付き合わされているシルビア軍はと言うと、ソウゴの困惑の種である長話を無視して倒れ伏すシルビアへの手当てに勤しんでいた。彼らの慌てようからかなり切迫した空気だったことをソウゴは思い出すが、言葉を遮られたダクネスも口を挟むことを躊躇うめぐみんも、そんなことを忘れて唇を真一文字に結び、なんとも言えない表情を浮かべているだけ。誰も助けてはくれない。楽しかったからと里に来てから一々名乗り返していたのが良くなかったのだろうか、それともカズマやゆんゆんのようなツッコミがいないとこうなるのか。ソウゴは困惑に晒されながらも、一つの学びを得ていた。
とは言え、現実逃避をしていてもひろぽんのご高説は止まらない。腕を組み気難しげに眉を寄せる彼は、諭すように口を開いた。
「トキワさん。戦闘において最も大事なことはなんだと思う?」
「俺は民の無事だと思うけど」
「違う。カッコ良さだ」
「言い切っちゃうんだ……」
「いくら強くとも、華がなければ誰も憧れない。見映えもない。そして何よりカッコ良くない! いいのか!? 時の魔王を名乗りし者がそんなに地味で!?」
「別に、気にしたことないし……」
「そんなんじゃダメだ! 君には外の人とは思えないくらい紅魔族の才能がある! だから見て、学んでくれ! これさえ身につければ、今日から君は本物の“紅の魔王”。悠久の時を統べる覇者にして、究極の王となるだろう……!」
「もうなってるからいいんだけどね」
まるで話を聞かない族長は、拳を握ることで指先のないレザーのドライビンググローブの感触を確かめていた。興奮からか紅い瞳は夜に浮かび上がる輝きを宿し、顔つきからは宿敵と合間見えた時のような凛々しさを感じさせる。髪の先まで神経が通っているかのようなピシッとした出で立ちこそ勇猛な戦士のそれだが、当のシルビア軍側はまだ余裕があると判断したのだろう、こちらに関心を向けず束の間の休憩をしている。
ソウゴも少し面倒に感じ始めているが、王として民との触れ合いを無下にするわけにいかず大人しく観覧させてもらうこととした。そして里から響く地鳴りをバックに、魔法で照明代わりの炎と演出のための風を巻き起こすひろぽんはキレのいいポーズで名乗りを上げる。
「聞け! 魔王軍幹部シルビアよ! 我が名はひろぽん! この里の長にして、紅魔族を導く者! そして貴様たちに終焉をもたらす者! 我が内に眠りし狂気と共に踊るがいい。この宴にピリオドを打つ、ラストダンスを……!」
(今の地鳴り、なんか火山みたい。魔法じゃない……?)
「さあトキワさん! 君も名乗るんだ!」
「え? ああ、はい」
里の様子が気になるソウゴだが、まずは目の前の敵の掃討から。意識を切り替えたオーマジオウは、促されるままにポーズをキメた。
⏱⏲「我が名は常磐ソウゴ!」⏲⏱
パララララッ!!
乾いた音が火薬の臭いでむせ返る里に反響した。バイク形態のビークルモードから戦闘用人型のバトルモードへと自動で姿を変えたオートバジンは、前輪が変型した十六門のマシンガン・バスターホイールから弾丸を放ちキメラアマゾンたちを撃ち抜いていく。背面のスラスターから推進力を得て、地面を滑るように移動する素早い攻撃は捉えるのが難しく、翻弄されるキメラアマゾンたちはいい的となっている。
ただの鉄の礫程度で倒すことは不可能だが、痛みを感じないとはいえ着弾時の勢いまで殺せるわけではない。最前列が僅かでも後退すれば全体の足止めに繋がり、結果として一網打尽にできる隙になる。
「サンキュー、オートバジンくん! いくよっ! 〈ワイヤートラップ〉!」
クリスはその僅かな隙の合間を縫い、無数の鉄紐を建物と木々に繋ぐことで蜘蛛の巣のようにキメラアマゾンたちを絡め取る。アマゾン化した影響で素体となったゴブリンや下級悪魔の力を上回る怪力を発揮しようとも、魔力が通った鉄の紐を引きちぎるなど無理な話。むしろ痛覚が無いせいでもがけばもがくほど複雑にワイヤーが絡まり、余計に身動きが取れなくなっていく。
しかし、いくらワイヤーが頑丈でも支えになっている柱や木には限界というものがある。肉が切れようとワイヤーが肌に食いこもうとお構い無しに群がられれば、大した時間は稼げないということは容易に想像ができた。それがわかっているクリスは、素早く後退しゆんゆんに向けて合図を送る。
「ゆんゆんさん、お願い!」
「任せてください! 〈ライト・オブ・セイバー〉ーーーッ!!」
ゆんゆんの手の動きをなぞる様に、雷の如き光となった魔力の刃が死者たちをワイヤーごと切り伏せる。例え死から蘇った怪物でも、体を真っ二つに裂かれてまで動ける道理というものは無いのだ。切り口から肉の焼け焦げた臭いが鼻につくが、それも一瞬のこと。力無く倒れた残骸はどういうわけか水分だけが抜け、カラカラのミイラとなって辺りへと乱雑に投げ出される。
「ふぅ……。い、今の、ちょっとパーティの連携っぽかったかも……!」
「ゆんゆんさん! 次来るよ!」
「あ、す、すみません!」
クリスの忠告通り、辺りに遺棄されたミイラたちを踏み荒らしてキメラアマゾンたちは進軍してくる。オートバジンのマシンガンやゆんゆんの魔法で牽制しても、死を恐れない亡者たちの行進は怯まない。神聖魔法が付与されたマジックダガーでヒットアンドアウェイを繰り返すクリスは、不満を顔に露わにして大声で悪態をついた。
「あーもう! どれだけいるの!? これじゃキリがないよ! 〈バインド〉!」
「里にいた人たちは避難できましたし、私達も一度引きましょう! 囲まれてますけど、後方ならアマゾンたちも手薄で突破できそうです!」
「嫌だよ! モンスターとはいえ、こんな生きてるのか死んでるのか分からないような生命への冒涜、女神の一人として見過ごせない……!」
「め、女神……? クリスさんまでアクアさんみたいなことを……」
「いやっ、ちがっ! えっと女神……の、信徒! エリス教を信奉する者の一人としてね!? だからそんな残念な人を見る目はやめてよ!」
二人がグダグダしている間にも、キメラアマゾンたちの歩みは止まらない。一体一体の強さは中級以上の魔法で撃退できる程度だが、如何せん数が多いのがいただけなかった。
総数で言えば、里の中にいるキメラアマゾンは五百にも満たないだろう。いつもの紅魔族なら数人で対処できるほどでしかない。しかし、障害物が豊富な暗闇に知性を備えた化け物が隠れているのだから話が違う。オートバジンの熱源感知とクリスのスキルによって防戦に徹することはないものの、戦闘に参加している他の紅魔族はそうはいかないはず。加えて致命傷以外で動きが止まることはなく、接近戦に持ち込まれれば浄化魔法がなければ溶原性細胞の感染に繋がってしまう。何度考えても過剰なまでの危険性に、
(ソウゴさんがすぐにライドウォッチを回収してくださると思っていましたが、何かトラブルがあったと考えるべきでしょうか……?)
一向に緩むことのない相手側の進撃に反攻しながらも、まず疑う必要のないことが脳裏を過った。伝え聞くオーマジオウの実力であれば心配に思うことが烏滸がましいのだろうが、“仮面ライダー”という世界の守護の任を与えられた人間の力というものもまた、世界から賜った侮り難い至高の力に他ならない。それを人の規格を超えたモンスターが使うのだ、想像を遥かに超えた怪物が出来上がっても何ら不思議はないだろう。焦りにも似た緊張がクリスを襲う中で、そんな彼女を追い立てるように里の奥から耳を劈くような一際大きな爆音が轟いた。
「今度は何!?」
「クリスさん、あれ!」
ゆんゆんが示す先には、轟音の発生源と思しき真っ赤に沸き立つ炎の柱が吹き上がっていた。噴火した溶岩のように立ち上るそれはすぐに勢いを落としていくが、影響は大きいのだろう、燃える森が煌々と夜の空を染める。そんなものが自然現象なわけがない。勢いづくキメラアマゾンたちを見て、クリスはこれが向こうの策略の一つなのだと気がつく。
「これ以上は勘弁してよ……!」
泣き言を言ってもどうにもならないが、それでも愚痴を言わずにはいられない。確実に何かよくないモノがこちらへと向かってきていることがわかっているからだ。心苦しいがここは撤退するべきかとクリスに迷いが生じた時、遠く彼方からこちらに向かってくる二つの影が視界に紛れ込んできた。
「あれって……カズマくんとアクアさん?」
バイクという移動手段を持っていたはずだが、何故か二人は仲良く手を握り必死の形相でこちらへと走って来る。直線上にある障害物や降り注ぐ落下物をそのまま器用に避けているので、カズマの〈回避〉スキルを併用しているのだと思われる。そんな彼らに引き連れられるように、背後から木々を薙ぎ倒し現れたのは――異形。
「ゆんゆーーーん!! クリスーーー!」
「助けてーーー!」
「何、アレ……!?」
ここに来て大物の登場に、ゆんゆんは魔法を唱えることも忘れて口を押えた。
体色は鱗で覆われた青、しかし下半身は金属質な光沢を持った蛇。鎧を纏ったラミアに似た形状だが、上半身はキメラアマゾンを彷彿とさせるクラゲとも魚とも言い難い人工物的なデザインとなっていた。背中からはモンスターやら人やら様々な生き物の体の部位が突き出していて、それが癒着することで一対の趣味の悪い翼となっている。生き物を幾重にも合成させたようなエゴの塊に見えて、吐き気が込み上げてくるのは生理的な反応として仕方がない。
そんな非道徳的な異形の登場に言葉を失うクリスたちとは違い、キメラアマゾンたちは沸き立った。
「シルビア様だ!」
「遂に手に入れたんですね! この里に封印されし禁断の兵器を!」
「これで勝てる!」
「忌々しい紅魔族が滅びる時が来た!」
「シルビアだって!? そんな、だってアイツはソウゴくんが……!」
信じたくはないが、出し抜かれたと考えるべきだろう。カズマとアクアは兵器奪取の妨害をしたが相手は魔王軍幹部。力及ばず敗走中と言ったところか。クリスが加勢しようと残り僅かなワイヤーを握りしめると、異形は顎を手で割いて無理矢理作ったような口から言葉を発した。
「ねえ、なんで逃げるの二人共!? アンタたちが封印を解いてくれたからこの力を手に入れられたのに!」
「すみませんすみません! それ無かったことにできませんか!?」
「どうしてよ! 私はこんなにもアンタたちへの親愛に溢れているの! 『レールガン』を見つけてトキワソウゴを倒せたら魔王軍に口利きしてあげるわよ!? 楽しく人間を滅ぼしましょう!」
「忘れてたけど、一応私たち冒険者なものでぇぇ!」
前言撤回。どうやらかなり自業自得的なものらしいと、クリスとゆんゆんは察した。
「……どうします? とりあえず、助けますか?」
「……そうだね。お願いするよ」
規則を破って生き返らせたことのある勇者候補の冒険者とその原因である先輩女神が、倒すべき魔王の下に下るなど頭痛の種にしかならない。眉間を押さえながらクリスがそう頼むと、ゆんゆんは異形が間合いに入った瞬間に大きく息を吸って十八番である上級魔法を唱えた。
「〈ライト・オブ・セイバー〉ッ!」
光刃が魔を穿つ。雷鳴が如き嘶きが大地に打ち付けられ、鼓膜を叩く破裂音へと変わる。使用者の技量によって切れ味の変わる光の軌跡が、二人を追いかける怪物を縦に真っ二つに裂いた。勢い余って地面を砕いた余波がカズマとアクアを前のめり気味に吹き飛ばすが、ヘッドスライディング程度で助かったのだからいい天罰だろうと、クリスはそっと心の中で独りごちる。
大きな砂埃を背景に、クリスたちの前まで滑り出て突っ伏するカズマとアクアは、助けられ方に不満があったのか二人揃って抗議の顔を上げた。
「もっと優しく助けてくれよ!」
「そうよそうよ! 危うく巻き込まれるところだったわ!」
「す、すみません……」
「ゆんゆんさん、謝らなくていいと思うよ。それで? どうして魔王軍幹部と仲良くなってるのさ」
「「いやまあ、色々とありまして……」」
言い淀む二人は、気まずそうに目を逸らした。その色々の部分に自分では想像もつかないようなやらかしが含まれているのだろうとため息をついたクリスとは対照的に、理不尽な扱いには慣れっこのゆんゆんが疑問を口にする。
「それにしても、どうしてシルビアが二人を? 姿も随分と違っていましたし、ソウゴさんが相手をしていたはずですけど……」
「違うんだよ! あっちはソウゴを引きつけるための囮で、本物はシグマタイプになって里に侵入してたんだ! ライドウォッチを使ってアナザーライダーになってたし、早くソウゴに知らせないと……!」
「でも、その前に証拠隠滅じゃない? あの壁に彫られた紅魔族の真の歴史はシルビアの手で瓦礫にされたけど、『レールガン(仮)』をなんとかしておかないとこの里に私が送り込んだ〈
「紅魔族の真の歴史ってなんですか!?」
「それもそうだな。心配事は全部潰しておくべきだよな。もしバレたら、何のためにソウゴに黙ってデストロイヤー作ったオッサンの手記を燃やしたのかわからなくなるし」
「あの手帳燃やしちゃったの!?」
「あの! それより紅魔族の真の歴史ってなんなんですか!?」
「いいのよゆんゆん、気にしなくて」
「そうだぞゆんゆん。歴史なんて後から見た人の解釈でどうとでもなるんだから」
「そんな言い方されたら余計に気になります!」
「っ! 待って! 遊んでる場合じゃないみたい!」
「私は遊んでないんですけど……」
クリスの一言で、カズマとアクアは素早く視線を前方に戻す。未だ立ち上る砂埃の向こうから、のそりと、何かとてつもなく大きいものの動きを感じるのは気のせいではないだろう。気配も影も、スキルを使わなくても敵意がひしひしと伝わってくる。自然と、握る拳に力が入る。
「ねえカズマさん。私この、煙の向こうに元気なシルビアがいるって光景にとてもデジャブを感じるんですけど」
「奇遇だな。俺もこれで三回目くらいな気がするよ」
カズマの呟き通り異形――アナザーアマゾンネオは長い尾で砂埃を払い、つまらなさそうな顔で自身が健在であることを示した。上級魔法の直撃を受けて掠り傷もなければ煤一つ付いていないのはショックが大きかったのか、ゆんゆんは得意な魔法が全く通用しなかったという事実に気圧されて一歩引いてしまう。
「何かしたのかしら?」
「そんな!? 私の魔法が……!?」
「シルビアは『魔術師殺し』を取り込んだの。魔法が効かないのはそのせいよ」
「それ以外にも、謎施設の地下に眠っていた物を片っ端から取り込んでるはずだ。どんな攻撃が来るかわからないぞ」
「証拠隠滅云々より、先にそっちを教えて欲しかったよ!」
警戒を強める四人に対して、くつくつと喉を鳴らすアナザーアマゾンネオ。一番の攻撃手段である魔法が通用しないということで余裕があるのだろう、にんまりと口元を歪めて囁いた。
「それもこれもカズマとアクアのおかげ。あとは『レールガン』を手に入れ、トキワソウゴを葬れば魔王軍は安泰よ。ねぇカズマ。『レールガン』の在り処に心当たりがあるんでしょ? 教えてくれれば、欠員が出てる魔王軍幹部の枠に推薦してあげるわ」
「教えられるわけないだろ! 俺たちはこれでも冒険者の端くれだぞ!」
「そうよ! 壁の文字読んでる時はちょっと楽しかったけど、人類を滅ぼすって言うのならアンタとはこれまでよ!」
「……そう。とても残念だわ」
肩を落としたアナザーアマゾンネオ。顔のパーツが著しく足りていないので細微な感情を読み取ることは難しいが、声色と伏した顔から本心で残念がっていることはわかる。しかしそれも僅かな間。次に顔を上げた時に浮かべていたのは、どこか親近感のある人間味を感じさせる表情だった。名残惜しさがありながらも、区切りのついたスッキリとした雰囲気でアナザーアマゾンネオは号令をかける。
「……この里にいる全ての配下たちよ、聴きなさい! 私の元へこの里中の物干し竿を持ってくるのよ! 紅魔族なんて後でいくらでも狩れる。これは最優先事項、急ぎなさい!」
「あっ! ズルいわよシルビア!」
「どうして物干し竿を……?」
「慌てるなアクア! あれを一目で物干し竿だなんて思う奴がいるわけない!」
「さっきから説明が全然足りてないと思うんだけど!?」
「話は長くなるから端折るけど、この里のある物干し竿が世界を滅ぼしかねない兵器ってやつなんだよ!」
「大事なところ端折り過ぎじゃないかな!?」
「カズマとアクアが『レールガン』を持ってきてくれたら、こんな面倒なことしなくていいんだけどね。今ならまだ仲間として迎え入れてあげるわよ?」
「だからしないって言ってるでしょ!」
「そう。なら、持ってきたくなるようにしてあげるわ……。死なないでよ?」
そう言葉を吐き捨てたアナザーアマゾンネオが大きく息を吸い込むと、そこに肺でもあるのだろう、もともと膨らんでいた胸部が更に数倍大きく膨れ上がる。
マズイ。
四人の生存本能がそう告げるのと、アナザーアマゾンネオの口から炎が吐き出されるのは同時だった。どんな魔法を唱えようと間に合わないスピードで迫る炎のブレス。どんなスキルを使っても避けられない殺意の篭った広範囲攻撃。カズマの脳裏にこの世界に来てからの思い出が走馬灯として過ぎり、苦痛の後に出迎えてくれるであろう女神の微笑みを思い出した時、四人の前に飛び出してくる影があった。
「オートバジンくん!」
バスターホイールを盾にして、カズマたちを庇うように立ち塞がるオートバジン。ブレスはオートバジンに衝突することで左右に分かれ、四人は辛くも丸焼けを逃れていた。遠慮なく吐き出される炎は周りにある家屋を容易く飲み込み、瞬く間に灰へと変えていく。それでもカズマたちが息苦しい灼熱に立っている程度で済んでいるのは、オートバジンが身を呈して壁となってくれているからだった。
「無理しないでください! オートバジンさん!」
「水の女神が丸焼きなんて冗談じゃないわよ! 〈セイクリッド・クリエイト――
「やめろアクア! 水を媒介に感染するんだぞ!? ここら一帯を汚染区域にする気か!」
しかし、いくら仮面ライダーの操るスーパーマシンとはいえ機械。高温の炎に晒され続ければ、銀色のアーマーが赤く発光するほど熱を蓄え、タンデムシートやタイヤは耐えきれずにドロドロと溶けだしてしまう。それでもバイザーの奥はピコピコと駆動しており、排気による冷却機能をフル活用して少しでも持ちこたえようと懸命に炎を防いでいた。
炎を吐き終えたアナザーアマゾンネオは、口元を拭いながら感心したようにオートバジンを見下ろした。
「……へぇ。ゴーレムの割には耐えたじゃない」
溶けた非金属部が燻る。ゴムを焼いたとき特有の鼻につく臭いを放ちながら、オートバジンは膝関節部をぐにゃりと歪めて崩れ落ちた。直に炎を当てられ続けたバスターホイールは完全に原型を失っており、弾薬に引火していたのであろう弾けたような形跡が見受けられる。ギギギと音を鳴らしているのは立ち上がろうとしているからなのだろうが、体を構成するパーツの尽くが熱で形を変えてしまっているためそれ以上体勢を変えることが出来ないでいた。
「でもダメね。その程度じゃ私には届かないわ」
そこにアナザーアマゾンネオは無慈悲にも尻尾を振り下ろす。グシャッ、という短い悲鳴と共に、駆動音は完全に途絶えてしまった。叩きつぶされたオートバジンのバイザーから完全に光が消え、バイクでもなければロボットでもない、地面に埋め込まれた鉄クズへと成り果てる。
その無惨にも変わり果てた姿を見たゆんゆんとクリスは、短いながらも共に戦った仲間を尊ぶように涙を浮かべた。
「オートバジンさん!」
「よくも、オートバジンくんを……! 絶対に許さない……!」
大破したオートバジンはさらさらと黒い靄へと変換され、二人の目の前で歴史の中へと帰っていく。弔うべき篝火の向こう側から、怒りに満ちたゆんゆんとクリスを愉快そうに眺めるアナザーアマゾンネオは、歪な口元をより釣り上げてニタリと笑う。
「これが最後の警告よ。死にたくなければ大人しく私に『レールガン』を献上しなさい。今協力するのなら、命だけは助けてあげる」
「誰があなたなんかに……! 喰らいなさい! 〈ライトニング・ストライク〉!」
「……おつむの足りないお嬢さんだこと」
雷鳴が唸り、空が閃いた刹那、轟音と共に一筋の稲妻がアナザーアマゾンネオを貫く。本来であればいかなる敵であれ打ち砕く必殺の一撃。雷系統における上級の魔法だが、やはりと言うべきか『魔術師殺し』の力を得たアナザーアマゾンネオには何のダメージも与えられなかった。防御をする素振りもない異形の存在に、ゆんゆんは悔しそうに歯を食いしばる。
そんな彼女を見下ろすアナザーアマゾンネオは、笠から垂れる触手を畝らせならがら嫌味っぽくニヤついた顔を向けた。
「アンタたちの魔法には随分と手を焼かされたわ。……でも、もうそれは過去の事。アンタたちは今から絶望を知るのよ」
「魔法が効かなくなっただけで随分な自信だね」
「
「っ! その魔法は……!」
驚くクリスを無視して、アナザーアマゾンネオを中心に里を包み込むように展開される見知らぬ大きな結界魔法。広範囲の攻撃かと身構えるが目に見える変化は起きず、カズマたちをすり抜けるとそのまま透けて霧散してしまう。熱さも冷たさもなく、状態異常も感じられない。体に何の変化も起きていないことを確認したアクアは、冷や汗を拭いながら息を吐く。
「何よ。驚かせるんじゃないわよ! 〈セイクリッド・ターンアンデッド〉!」
リッチーですら天に帰す女神の浄化魔法。ライドウォッチに干渉されて完全に消滅させることは不可能でも、障壁を無視し不浄なものに直接作用する程の力を持つ浄化の力なら足止めにはなるはず。強大にして強力な退魔魔法が、眩い光と共にアクアの手から放たれる――ことはなかった。
しばしの沈黙。時間差で何かが起きるということも無く、ただ建物の燃える音と煙だけが立ち上る。この異常事態に首を傾げたアクアは、戸惑いながらも力を込め直して再度唱えた。
「あ、あれ? 〈ターンアンデッド〉! 〈ターンアンデッド〉!! ……あれぇ??」
「〈インフェルノ〉! どうして魔法がでないの……!?」
ゆんゆんも慌てた様子で魔法を行使するが、世界は少しだって様子を変えたりはしない。小さい子どもが魔法使いの真似事遊びをしているかのような光景に、クリスは自分の知識と合致してしまい苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……〈エンシェント・ブレイクスペル〉はかつて、魔法の恩恵を授かった勇者候補が生み出したと言われてる広範囲解呪魔法だよ。対象は人魔を問わず、一定時間あらゆる魔法を使用できなくなる」
「つまり、今の私たちは魔法が使えないってことですか!?」
「私たちどころか、里の中にいる人たちは皆魔法が使えなくなってるはずだよ!」
「お前、なんてもんこの世界に送り込んでんだよ!?」
「送り出した〈転生者〉がこの世界でどんな生活送ってたかなんて知るわけないじゃない!」
「遊んでる場合じゃないよ! 魔法が付与された武器や神々から与えられた神具だって例外じゃない。碌に前衛スキルを持ってないアタシたちだけじゃマズイよ、この状況……!」
四人は戦慄の表情でアナザーアマゾンネオへと視線を向ける。得意げな顔で触手を畝らせるアナザーアマゾンネオは、大口を開けて笑い声を響かせる。
「魔法が使えなくなっただけで随分な慌てようね。……でもね、絶望はこれだけじゃないのよ」
『シルビア様ー!』
そう宣告したアナザーアマゾンネオの元へ、物干し竿を抱えたキメラアマゾンたちが駆け寄って行く。その中で一際異彩を放つ一本を見たカズマとアクアは、一気に寿命が縮む感覚に陥った。紅魔族随一の服屋で代々錆びない物干し竿として受け継がれていた一本であり、カズマの持ちうる知識の中では対戦車ライフルに分類されるそれ。青ざめる二人の変化を見逃さなかったアナザーアマゾンネオは、一目で物干し竿だとは思えない一本を見つけ、当たりを引いたことを確信してニタリと頬を緩めた。
「ありがとうね、アンタたち! これで私たちはようやく、紅魔の里を滅ぼすという悲願が叶う……! これも全て、今まで支えてくれたアンタたちのおかげだよ!」
「勿体ないお言葉です!」
「一生ついて行きます、シルビア様!」
「我々の手で、頭のイカれた連中を皆殺しにしましょう!」
『シっルビアっ! シっルビアっ!』
割れんばかりの歓声を浴びるアナザーアマゾンネオは、対戦車ライフルを手にするとそれを迷いなく口へと運ぶ。むせることもなく、ぐいぐいと胃の中へ押し込んでいく姿に剣を飲み込む手品を思い出すカズマだが、そんな悠長な現実逃避に浸っている時間はない。
一分もかからずに飲み下したアナザーアマゾンネオは、内に湧き上がる力と解析し理解した力の使い方に、震えを抑えきることができないでいた。
「これが世界を滅ぼしかねない兵器の力……! この力で私は、恐れるものなど何も無い究極のグロウキメラへと至るのよ!」
歓喜するアナザーアマゾンネオの体が、ぼんやりとした光を纏う。合成の反応で光っているだとか、魔力の可視化だとか、そういう類のものでは無い。体が、細胞が、新たなステージへと登ったアナザーアマゾンネオに合わせて作り替えられている。そうカズマは直感した。
グロウキメラの性質をカズマは詳しく知らない。わかっていることは魔法が効かない兵器を取り込みながら火を拭いたり無効化の魔法を使ったり、手当たり次第に飲み込んだ物を鎧にしたりと、この世界の生き物の例に漏れず理不尽代表のような面をしているということだけ。その中でもとびきり悪意に満ちた魔王軍幹部なんて肩書きを有しているのだから、理解を拒みたくなっても仕方がないだろう。
「なに、アレ……?」
それは誰かの口をついた言葉だったが、四人ともがそれぞれ自分の口から漏れ出した言葉だと錯覚してしまう。それほどまでに、アナザーアマゾンネオは生き物と呼ぶには憚られる見た目をしていた。
「……カズマ。それにアクア。アンタたちとは色々あったけどお陰で力が手に入った。感謝してるわ。だから恐怖も苦痛も感じないように一瞬で終わらせてあげる」
目の前で口を開く異形を、カズマの頭は生き物として認識できなかった。
それは誰もが羨む豪華な屋敷を追求した違法建築の終着点。
それは美しい風景を描こうと百万の絵の具を塗り重ねたてしまった紙。
それは好きな食べ物を手当たり次第に皿に盛り付けた残飯。
それはこの世に現存する全ての楽器で奏でられた旋律とは程遠い雑音。
それは賛美の言葉だけで紡がれた罵詈雑言。
色々と思い浮かべるがどれも違う。筆舌に尽くし難いそれを表現する言葉を、カズマは持ち合わせていなかった。
「光栄に思う事ね。これから綴られる新しい私の物語の最初の一ページは、アンタたちの死から始まるのよ」
きっとキメラという種族もここまで姿が変わることは想定外だったのではないかと考えさせられるほど、生物としての尊厳をかなぐり捨てた、生命そのものを否定する出で立ち。そもそも、人と蛇とクラゲと魚と対戦車ライフルとゲーム機とその他諸々を全て混ぜて、どうして生き物の体を成せるというのか。全身からはみ出した様々な生物のパーツも、それを押さえ込もうとしているプラスチックの鎧も、谷間の鱗を突き破って存在を主張するライフルも、首元に設定されたメーターも、全てがアナザーアマゾンネオという異質さを象る要因に過ぎない。その不気味さから来る生理的な嫌悪に、四人は呑まれてしまっていた。
「安心なさい。四人とも仲良くあの世に送ってあげるわ」
足の竦んでしまったカズマ達に銃口が笑いかける。ハッタリではない。間違いなく死がやってくる。頭では理解出来ても、体は縫い付けられたように動かすことができないでいた。
撃ち出す弾を準備しているのだろう、死のカウントダウンのようにメーターは緑の光で満たされていく。バチバチと放電しながらゲージが半分まで溜まると、アナザーアマゾンネオは照準を合わせて微笑んだ。
「じゃあね」
直後放たれる、光。砲撃は空間を震わせるほどの衝撃だった。反動が大き過ぎたのかアナザーアマゾンネオは堪えきれず大地を滑り、銃口から放たれたエネルギーの塊は音をも置き去りにする光の速さで容易く四人の意識を食い荒らす。仮にオートバジンが盾になろうと、四人と一機は細胞の一欠片も残さずこの世から消滅していただろう。今度は走馬灯を見る余裕すら無いほどに、押し付けられた死という概念に思考を塗り潰されてしまっていた。
そして、着弾。
この星を欠けさせるには十分な威力だった。爆裂魔法にだって負けていない破壊の権化。世界を滅ぼしかねないなんていう大仰な謳い文句が伊達では無いということを証明する一撃は、魔法という焼け石に水滴を飛ばす力さえ取り上げられたカズマたちを襲った。
光が、音が、熱が、破壊が、順番に押寄せる波のような暴力となって世界に顕現する。現界したエネルギーの奔流は土も水も空気すらも、あらゆる全てを分解し、蒸発させるほどの熱量。その一撃がこの世界に残すのは、大きなクレーターという暴威の爪痕だけ。
「…………これを耐えるのね」
――の、はずだった。
「ギリギリ間に合った、かな」
この世界の欠損だけが残されるはずの、生まれ変わったシルビアの華々しい最初の偉業。それを片手で難なく阻止したのは、漆黒と純金の鎧を纏う紅い瞳の異形。誰よりも待ち望んでいた助っ人の登場に、張り詰めていた緊張の糸が切れたカズマたちはその場にへたりこんだ。
そんな彼らへと振り返ったオーマジオウは、事も無げに問いかけた。
「ねえ、今のって演出的にタイミングよかった?」
「演出? 何の話よ」
「さっきひろぽんから引きが弱いって言われたから、一番盛り上がるタイミングで登場できたかなって確認したかったんだけど」
「そんなタイミング計ってる余裕あるなら、もっと早く助けてほしかったよ……」
「すみませんすみません! 父には私がキツく言っておきますので忘れてください!」
「んー。やっぱり、求められてない気がする……」
「そんなこと求めるのは紅魔族だけだからな」
「ちょっとアンタたち! 私を無視してくっちゃべってるんじゃないよ!」
抗議の声を上げて咳払いをするアナザーアマゾンネオ。ハッと存在を思い出した五人が身構えると、その反応に満足したのか仕切り直しとばかりに腕を組んでカズマたちを見下すように顎を上げた。
「姿は違うようだけどわかるわ。……トキワソウゴね?」
「そうだけど、シルビアも結構雰囲気変わったよね」
「どう見たって雰囲気変わったとかで済ませていいレベルの変化じゃないだろ」
アナザーアマゾンネオの観察を終えたオーマジオウは興味なさげにそう答えると、攻撃を受け止めた左手に残る金属片を眺めながらふーんと一言だけ漏らした。
「電気の大砲かと思ったんだけど、違うんだね。それが古代兵器ってやつ? 電池を光速で飛ばすなんて面白い武器だと思うよ」
「電池!? あの『レールガン』ってやつは、魔力を圧縮して撃ち出す武器のはずだぞ!?」
「今のシルビアには魔力が無いから使えるように改造したんじゃないかな? 電気だけを圧縮するのは限度があるから、より蓄えられるように弾を用意した。でしょ?」
「その通り。私には取り込んだものを自分の力として使える能力がある。その『でんち』ってのは何か分からないけど、遺跡の地下で取り込んだものが弾の代わりになるって私の能力が教えてくれたのよ。今ので半分の力。素晴らしいでしょう?」
「遺跡なんかあったっけ?」
「む、昔の紅魔族が建てた謎施設だよ! そこに色々と魔道具の兵器が眠ってたんだ! あの『レールガン』もその一つなんだよ! な、アクア!」
「え、ええそうよ! 断じて〈転生者〉は関与してないわ!」
「ふーん……?」
「そうやって余裕ぶっていられるのも今のうちよ! アンタが私と遊んでいる間に、私はこの『レールガン』と『魔術師殺し』という究極の矛と盾を手に入れたの。もうあの夜のようにはいかないわ!」
「ふーん。そっか」
「……いい機会だから教えておいてあげる。私はね、若くて顔が良くて、何でもこなせる澄ました輩が大嫌いなのよ!! アンタも絶望の縁に叩き落としてあげるわ! 〈アンリミテッド・ブレイクスペル〉ッ!!!」
「っ! 避けてソウゴくん!」
アナザーアマゾンネオの手から白い光が放たれる。熱くもなければ冷たくもないその光は、じっと観察するオーマジオウを照らすとオーマジオウの鎧の隙間からソウゴを侵していく。状態異常も感じず無抵抗のまま成り行きに任せるオーマジオウは、光が途切れるととりあえず体を動かして変化を観測していた。
「何したの?」
「〈アンリミテッド・ブレイクスペル〉は、対象からあらゆる魔法を剥奪する究極の解呪魔法! 呪いだろうと祝いだろうと無差別に効果を打ち消し、果ては覚えている魔法を全て忘却の彼方へと葬る永遠の解呪をもたらすの!」
「魔法を剥奪、ですって……!? それじゃあソウゴさんは……!」
「これこそが『魔術師殺し』と呼ばれる所以! アンタはこの先死ぬまで、触れるだけで魔道具を機能停止させ、回復魔法すら受け付けず、初級魔法さえ覚えられないし、使えない体になったのよ!」
「ふーん。そうなんだ」
アナザーアマゾンネオは、勝利を確信しての宣言を行ったつもりだった。しかし返ってきたのは驚きでも慄きでもなく、どこか他人事のような生返事。大して興味のなさそうなその反応に調子を狂わされたアナザーアマゾンネオは、咳払いをして居住まいを正した。
「……落ち着いているのね。それとも、まだ現実を受け入れられていないのかしら?」
「現実って?」
「そう、現実よ! アンタの特殊な力は全て封じた。あの〈ファイアーボール〉を連発する魔道具も、化け物じみた力ももう無いはずよ! 身体能力がいくら強くとも、この『レールガン』の一撃を防ぐことは不可能! どれだけ祈ろうと、奇跡や魔法は起きやしないの!」
「奇跡や魔法……?」
少し考えるような仕草をするオーマジオウを放置して、アナザーアマゾンネオは『レールガン』の発射準備を始める。先程は半分ほどのエネルギーによる砲撃だったが今度は違う。確実に葬り去るために、フルチャージで臨む。バチバチと余剰分が漏電し、メーターが『FULL』の文字を浮かび上がらせた瞬間、アナザーアマゾンネオは体勢を低く構えて吠えた。
「塵と化しなさい、トキワソウゴ!」
二射目の砲撃の威力は、単純に倍だとかそんなちゃちなものではなかった。光速で射出される電撃の砲弾は、先程の試し打ちの比ではない破壊力を記録する。ファンタジーと電磁加速の力によって現実的にありえない速度で飛翔する砲弾は、進行の妨げとなる空間すら焦がし、世界を光で染め上げ、大地を熱で削ってしまう。たった一人を確実に倒すためだけに放たれた一撃は、衝撃波で周囲の家屋を吹き飛ばすという甚大な被害と共にオーマジオウへと肉薄した。
「……何か勘違いしてない?」
光が駆け抜ける刹那、オーマジオウの複眼・エクスプレッシブフレイムアイが揺らいだ。複眼から放たれるのは千度を超える熱線。後手で反応できるはずのない速度に対処できるのは、速度もまた“時”という概念に縛られたものが故。片手間に砲撃を相殺してみせたオーマジオウは、なんでもない事をした後のように口を開いた。
「ライダーの力は奇跡や魔法なんかじゃない。人が築き上げた、血と涙の歴史だよ」
(なんなの、こいつ……!)
シルビアはゾッとした。世界を滅ぼすに値する兵器の最高出力を難なく突破されたことも、奇跡的な恩恵の全てを否定する兵器の力がまるで効かなかったことも、三千を超える部下達と自分の分身をぶつけてもほんの少しだって疲れさせることが出来なかったことも。そして何よりも、その全てを当然のように行う、目の前に立つ人の姿をしたナニかを理解できないことが怖かった。
(なんでコイツは、これだけの力があって人間でいられるの……!?)
わかることは沢山ある。まだ手加減されているということもその一つ。あれだけの威力同士のエネルギーの衝突で、両陣営に被害が出ていないことが何よりの根拠だった。オーマジオウにとってはのんびりと後出しジャンケンであいこにしたに過ぎないということを理解してしまっているから、怖いのだ。
「バケモノめ……!」
世界を掌握することなど簡単で、思うままに支配構造を変えてしまうことも簡単なこの怪物が、人の中で人のように扱われ人のように生活しているという事実が何よりも怖かった。シルビアの中の野生が怯える。これだけの力をつけてもまだ、片鱗しかわからないという事実に。
するとオーマジオウは、彼女の心境の変化を察したのか少しだけ肩を落として呟いた。
「もう、終わりにしようか」
オーマジオウは、静かにドライバーに手を宛がった。
黄金と、深紅と、漆黒を纏うオーマジオウの体が、禍々しい覇気を放ちふわりと宙に浮び上がる。
アパラージタが十時十分を指し示すと、『キック』の文字が恐怖に固まるシルビアを取り囲む。逃げられない。回らない頭でもそう認識できるくらいには、死期というものを感じ取っていた。
(……私は、終わるのね。紅魔族も倒せず、私の研究の何も残せず、こんな所で、こんなにあっさりと)
世界がゆっくりと動く。わかってしまう。仮に『レールガン』をフルパワーでもう一度撃とうとも、この一撃を相殺することはできないと。きっとそよ風の中を歩くように簡単にいなされることだろう。プライドなど捨ててしまえばよかったのだろうか。それとも、これは運命なのだろうか。今更考えたところでどうしようもないと、仕方のない摂理なのだと思考を放棄する。
配下たちが涙を流しながら何かを訴えようとしてくるが、聞こえはしない。緩やかに自分の死を受け入れたシルビアは、ゆっくりと目を閉じ――
『縺ァ繧ゆソコ縺ッ窶ヲ窶ヲ逕溘″縺溘>!』
――配下たちが泣き叫ぶ中で、アナザーアマゾンネオは爆炎に包まれた。
「…………」
歴史の収束によって世界に変化が起きる。プツンと糸が切れたようにキメラアマゾンたちが倒れ伏した。その体にノイズのようなものが走ると、この世界から仮面ライダーアマゾンズの歴史が消失して欠損の激しい死骸へと戻っていく。それを見届けても変身を解かないオーマジオウは、奪い取った新たな仮面ライダーの歴史を握りしめていた。
そんな哀愁を漂わせるソウゴの背中など気にもせず、地面に大の字で寝転がったカズマは、戦いが終わったことの安心感から大きく息を吐いて心臓の鼓動を確かめていた。
「カズマーっ!」
遠くから自分の名前を呼ぶ声がする。首だけ動かすとそこには、こちらに向かって駆けてくる仲間二人の姿があった。起き上がれる程の気力が残っていないカズマは、とりあえず手を上げて反応を返す。
「おーう、お前ら。なんか久しぶりに感じるな」
「戦いの最中に何を呑気なことを言ってるのですか!」
「こっちはどうなった!? 今の爆発はなんだ!?」
戦闘が終わって気が抜けている面々とは反対に、気を張ったままの二人は各々の得物を握りしめていた。ソウゴと違って走ってきたのだろう、肩で息をするめぐみんとダクネスに、気が解れたアクアたちもカズマと同じように空を仰ぎながら答える。
「慌てなくても大丈夫よ。全部終わったんだから。ま。まだ魔法は使えないみたいだけど」
「そうだね。一旦これで全部解決! まったく、王様のフォローは大変だよ」
「残念だったわね、めぐみん! 今日はネタ魔法の出番はないわよ!」
「……ほう。出番がないなら作ればいいだけの事。今なら全部シルビアのせいにできますから、後のことなど気にせず気持ちよく撃てます」
「おい爆裂狂。こんな所で無駄撃ちするなよ。フリじゃないからな!?」
「大丈夫ですよカズマ。ネタ魔法なんですから、いくら撃とうとネタで済みます」
「済まないからタチ悪いんだろ! おいソウゴ! 早くこの頭のおかしいロリっ娘から杖を取り上げてくれ!」
「カズマ貴方! 私をロリっ娘と言いましたね!?」
「……何してるのさ、みんなして」
ぎゃいぎゃいと、戦いのすぐ後とは思えないくらい賑やかな時間がやってくる。生と死の綱引きから解放されたカズマたちに釣られ、オーマジオウも難しく考えることはやめていつも通りに戻った自分たちの時間に身を委ねることにした。
『逕溘″縺溘>繧薙□!』
(……なに?)
何かが聞こえた気がして、シルビアは目を開いた。
ここがどこだかは分からない。目を開いているのか閉じているのか、それすらも分からないのだから。無限のような闇の中でぽつりと自分の意識だけが浮かんでいる、そんな気分だった。
(私、は、死んだはず……)
ゆっくりと記憶を探ることで自分の最期を思い出したシルビアは、状況認識のために辺りを確認しようとするが、首の感覚も、それどころか手や足の感覚も、声を出す箇所さえ見当たらない。それでもわかる。ここには涙を流してくれた部下たちも、自分の命を終わらせたあのバケモノも存在しない、と。夢か現か、安心と不安の狭間でシルビアはただぼうっと虚空を見つめることしか出来なかった。
死後は三途の川を渡るなんていう迷信を聞いたことがある。耳にし始めたのは最近だったが、人間の間での神への信仰というものか、自分には関係ない話だと思っていたがその通り。川どころか砂利のひとつもありはしない。死後の世界なんて信じていなかったが、不信心者は虚無へと送られる決まりがあるのかと半ば冗談めいた気持ちを萌芽させる。
『縺昴s縺ェ縺ォ陦?縺悟?縺ヲ逞帙>縺?繧? 逞帙>縺ッ縺壹□! 諤昴>蜃コ縺? 縺ゅs縺溘?縺溘□縺ョ豁サ菴薙↑繧薙°縺倥c縺ェ縺?』
(……なに?)
また、聴こえた。何を話しているのかは分からないが、悲痛さが伝わってくる声だった。
『縺雁燕縺御ソコ繧呈ョコ縺吶▲縺ヲ縺?≧縺ェ繧峨?∽ソコ縺ッ縺雁燕縺ィ謌ヲ縺?h縲 縺?縺」縺ヲ菫コ縺ッ縲∫函縺阪◆縺?°繧? 縺雁燕縺ィ! 縺雁燕縺ィ荳?邱偵↓!』
男の声だ。年老いたものではない。若い男の声。何かを訴えかけるような理解不能の言語が聴こえる。いや、頭に流れ込んでくる。
(……わかる。これは、記憶。私じゃない誰かの記憶)
『謗「縺タヨ……。縺雁燕縺tihiロダナ?』
『縺昴>縺、縺ッ縺?繧√□繧。!』
『縺。縺イ繧。駆除しちャ縺?¢縺ェ縺やつ』
『縺企。倥>だkaraおレに縺輔o繧九↑!』
ぐるぐると頭の中を回り始める言葉。嬉しいも、悲しいも、怖いも、辛いも、怒りも。言葉と共に、それにまつわる感情を一つ一つ理解していく。
『菫コ繧偵い繝槭だ繝ウnankあと一緒にするな!』
『やっぱり、ただの縺イ縺ィ縺上>だ……』
『縺翫l縺溘■はまだ何も始繧√※ない!』
『逃げろ、千翼ォ!』
『何で俺たちは生きてちゃダメなんだ!』
『俺が送ってやる。母さんの元へ』
『千の翼。七羽さんが付けたんです』
『俺は最後まで生きるよ!』
この世の理不尽に対する怒り。ちっぽけな幸せすら許されない絶望。産まれてきたことが消えない罪で、殺されることが贖罪だと理解した上で、その全てに抗って生きようとする意志の力。苦しみの果てにただ愛されたいと、生きたいと願うだけの心の力に触れたシルビアは、自分の中に確かに芽生えた気持ちを吐き出した。
(……こんな所で、終わりたくない)
まだ何も成していない。生きることを諦めたくない。こんな所で死にたくない。何も残さないまま忘れ去られ、忘却の中で二度目の死を迎えるなんて想像するだけで耐えられない。死の間際に、無理だ無駄だと放棄した感情が嵐のように激しくシルビアを揺さぶる。
これは渇望。美しい自分を愛してほしいという渇望。究極のグロウキメラとして君臨したいという渇望。研究成果によって並び立つ者などいない研究者の頂点に立ちたいという渇望。
これは純粋な、幸福への渇望。そして生への渇望。
(私はまだ――
その望みに、歴史は応える。
――マダ、イキテイタイィィィィィィィイイイ!!!!!!!!」』
再度紅魔の里に顕現した異形は、成れの果てと言うには異質な、泥のような何かだった。