この素晴らしい魔王に祝福を!   作:春野 曙

32 / 36
この輝かしい冒険者たちにお姫様を!

 カズマたちがこの中央通りに構えられた屋敷に来るのはバルターとの見合い騒動の時以来二度目になるわけだが、どうも緊張というものを欠片も感じていないらしい自分のメンタルの図太さにカズマ自身驚かされていた。

 

「ねぇねぇメイドさん! 私たちクエスト帰りだし、紅茶じゃなくてシュワシュワがいいんですけど!」

 

「おいやめろアクア! ここは飲み屋じゃないんだ! 話が終わったらいくらでも出してやるから!」

 

 ……いやまあ、実家のようにくつろぐアクアが隣にいるので緊張から縁遠くなるのは致し方ないのかもしれないが。それはそれとして。

 統率の取れた執事達に出迎えられ、いかにも仕事できますといった風なすまし顔のメイドさんに紅茶を淹れてもらう。そして高価な調度品に囲まれこの世のものとは思えないくらいふかふかなソファに座すると、なんというか、自分が金持ちになったような気がしてならない。やっぱり甘やかしてくれるメイドゴーレムは一体くらいは欲しかったな、なんてことを考えながら自宅で飲むものとは比べ物にならないくらい香り高い紅茶を口に含み、ふう、と一息ついたカズマは、なおもごねるアクアを横目にゆっくりと背もたれに体重を預けた。

 

「ところでダクネス。なんで俺たち、お前ん家にお呼ばれされてんの?」

 

「さあな。私も内容は聞かされていないんだ」

 

 待合室だけで、おそらく前世のカズマの家くらいはあるだろう。そう思ってしまうくらい広々とした部屋に仲間たち五人は、騒がしいアクアを除いた全員が大人しく鎮座していた。

 事の発端は、美少女ゴーレム討伐というおまけ付きだった遺跡調査のクエストを終えたあとのこと。屋敷に戻ると、豪華な馬車と共にダスティネス家からの使いが門の前で待ち構えていたのだ。まるで有無を言わせないような空気で神妙な面持ちの老執事・ハーゲンに「ララティーナお嬢様とそのお仲間の皆様。御屋敷にて旦那様がお待ちです」なんて言われれば、例え心当たりがなかろうとクエスト帰りでお腹が空いていようと黙って着いて行くしかないだろう。

 

「貴族に目をつけられるようなことした覚えないんだけどな……。おいアクア。また変なとこから金借りて借金とかしてないだろうな」

 

「してないわよ! どうしてすぐ私のせいにしたがるのよ!」

 

「じゃあめぐみんか? お前の一日一爆裂のせいで苦情がきてるー、とか」

 

「最近はソウゴが爆裂魔法を撃つに相応しい的を見つけてきてくれているので怒られたことなんてありませんよ。カズマこそ、心当たりは無いのですか?」

 

「トラブルメーカーのお前らと違ってあるわけないだろ。せいぜい腹立つ店員に当たった時にダスティネス家の威光で黙らせることくらいしか関わりないぞ」

 

「私だって、街で冒険者と喧嘩して衛兵さんに叱られそうになった時にダスティネス家の名前を出して黙らせるくらいです」

 

「そうよね。私も酒屋でダスティネス家に献上するからって言って奥から上物のシュワシュワを出してもらうくらいよ」

 

「あははっ。みんな怒られる心当たりあるじゃん」

 

「笑いごとじゃない! お前たち私の家名を好き勝手に使いすぎだぞ!? 貴族を何だと思っているんだ! ……まさかとは思うが、ソウゴはやっていないだろうな?」

 

「心外だなぁ。俺、王様だよ? 人の名前なんて使わないよ」

 

「そうだぞダクネス。ソウゴの名前出せばほとんどの店がオマケしてくれるんだ。ダスティネス家より効果あったんだからな」

 

「ええ。ソウゴの名前は冒険者とギルドを黙らせるには無類の強さを誇りますからね。ダスティネス家はもっと頑張ってください」

 

「そうなの? じゃあ私も今度飲み屋でソウゴの名前出してみようかしら」

 

「何故私が責められている!? あと、別に私の名前以外なら好きに使っていいというわけでもないからな!?」

 

「お互い大変だね」

 

「どうしてソウゴはそこまで落ち着いていられるんだ!?」

 

「まあ、実害もないし」

 

「風評被害ならあるだろう!? 魔王の名が泣くぞ!?」

 

 頭を抱えるダクネスと、へらへらと笑うソウゴ。貴族としてのしがらみと責任を重んじる令嬢と、後でいくらでも手の打ちようがある魔王との差ではあるものの、今度キツめのダンジョンとか潜るクエスト持って帰ってくるかと涼しい顔でおしおきの算段まで付けているのが一番の差といえるのかもしれない。

 そんな二者二様の反応を示す混沌の中でコンコンと扉がノックされる音が響くと、全員の視線が集まる扉からハーゲンが姿を現した。

 

「お待たせいたしました皆様。こちらへどうぞ」

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「よく来てくれた。皆、元気そうでなによりだ。さあ、気を楽にして掛けてくれ」

 

「お久しぶりです、ダクネスのお父さん」

 

 執務室なのか、書類の積み上がった机で待ち構えていたダクネスの父・イグニスへの挨拶もそぞろに、カズマたちは適当なソファに腰をかけた。

 ダスティネス・フォード・イグニス。ダクネスと同じ輝くような金の髪に髭を生やした、優しそうな面持ちだが威厳のあるダスティネス家現当主である。やはり王家の懐刀と言われるほどの大貴族ともなれば忙しいのだろうか、疲れたように眉間を揉みほぐすイグニスは、ふう、と短く息をついた。

 

「呼び出しておいてこんなところですまない。仕事が進まず溜まっていてね。歳のせいか疲れが抜けづらくて困るよ」

 

「あはは……。それでその、ご要件は……?」

 

 怒られるのはカズマか、アクアか、めぐみんか、それとも三人共か、はたまた別の要件か。可能な限りバレていないところは隠蔽してしまおうと画策するカズマが愛想笑いを片手に下手に伺うと、イグニスはダクネスをちらりと一瞥し少し困ったように眉を垂らした。

 

「……君たちの活躍は私の耳にも入っているよ。新たに紅魔の里で魔王軍幹部を討伐したそうじゃないか。駆け出しの街に短期間で魔王軍幹部を半数も撃破した凄腕の冒険者パーティーがいると、王都でも話題になっているくらいだ」

 

「はあ……」

 

「他にもギルドから色々聞いた。誰も受けたがらないような厄介なクエストや険しさのわりに実入りの少ないクエストなんかも積極的に受注し、アクセルの街だけでなくこのベルゼルグ王国に非常に貢献してくれているそうだね」

 

「ええ、まあ……」

(それは十割ソウゴの趣味なんだが)

 

 とは流石に言えないカズマは、ぐっと堪えて言葉を飲み込んだ。

 しかし、先程からイグニスの言動にカズマは首を傾げるしかない。てっきりダスティネス家の威光を乱用したことでお叱りを受けるものだとばかり思っていたのに、どういうわけか彼の口から出てくるのは賞賛の言葉ばかりだった。内容についても、何となく歯切れが悪く本題に入るのを避けるために延々と余計な回り道をしているような、そんな印象を受ける。それは何もかも見透かしているようなソウゴや、褒められて胸を張る単純なアクア以外のダクネスやめぐみんも感じているらしく、とりわけ肉親であるダクネスは不可解な父親の言動に眉をひそめていた。

 

「お父様。今日は世間話をするために我々を呼び出したのですか?」

 

「いや、そうじゃない。そうじゃないんだが……」

 

 ダクネスに言及され、まごつくイグニス。何かとてつもない面倒事を切り出す前触れのような予感に、すぐにでもこの御屋敷から脱出したいと思い始めるカズマだが、どうやらもう時は既に遅いらしい。イグニスは覚悟を決めたのか、それとも何かを諦めたのか。はあ、と大きく溜息をつくと懐から一通の手紙を取り出した。

 

「これが、つい先日当家に届いた」

 

「それは?」

 

「……王家からの書状だ」

 

「へー「「「「王家」!?」」」」

 

「宛名はカズマ君。君だ」

 

「しかも俺!?」

 

「ちょっとカズマ、あんた何したのよ!?」

 

「何もしてねえよ! ……たぶん」

 

「そこはもっと自信持とうよ」

 

 想像の遙か斜め上の厄ネタに、カズマは顔を強ばらせる。王家といえば、ソウゴを逮捕したり制約をかけたり報奨金を渋るアルダープを野放しにしていたりと、とにかくいい思い出のない名前だ。そこからの書状なんて絶対にろくな話では無いし、ましてやそれが自分たちの活躍を聞いてだと言われれば余計に嫌な予感しかしない。身構えるのはカズマだけではなく、めぐみんやダクネスさえ表情に警戒心を滲ませる。対照的にイグニスは、いやにすっきりとした表情で手紙を差し出した。

 

「正直、これを君たちに見せるかどうか迷ったが……。カズマ君たちの躍進を聞いて、やはり知らせておくべきだろうと思ってね。ララティーナ」

 

「やめろダクネス! そんなもん受け取るんじゃない!」

 

 カズマが何を言おうと呼ばれたダクネスは席を立ち、父親から手紙を受け取る。触った瞬間に上質な手触りと王家の封蝋を見て本物だと悟った彼女は、イグニスに目配せすると中から手紙を取り出しさっと目を走らせる。魔王軍幹部の情報か、それともそんなのが霞むような面倒事の指名依頼か。カズマが自分よりも恵まれた境遇のくせに中々魔王討伐を果たさないチート持ち転生者達に憎しみの矛先を向けていると、読み終えたダクネスはふーーっ、と長く息を吐き丁寧に手紙を封筒へと戻すなり、とてもいい笑顔で振り返った。

 

「なに、王家からお前たちへの労いの手紙だ。大した内容じゃない」

 

「おい待てダクネスお前何隠してる」

 

「な、何も隠してなどいないぞ? それよりどうだ皆、外はもう暗い。夕食は用意させよう。ゆっくりくつろぐと「〈窃盗(スティール)〉」ああやめろ読むなぁー!」

 

 珍しく下着以外のものを引き当てたカズマが目配せすると、すかさずアクアとめぐみんが手紙を取り返そうと手を伸ばすダクネスの両脇を固める。

 

「まあまあ落ち着きなさいなダクネス。それより夕食ってことはシュワシュワは出るのかしら?」

 

「労いの手紙ならそんなに焦る必要もないではありませんか。カズマが読んだって構わないでしょう」

 

「ソウゴ! カズマから手紙を取り返してくれ! でも中身は見ないでくれ!」

 

「大丈夫だよダクネス。俺たちを信用してよ」

 

「お前たちのことをこれ以上ないくらい理解しているから抵抗しているとなぜ分からない!?」

 

「ったく大袈裟な……。こんな手紙一枚がなんだってんだよ」

 

 ダクネスの抵抗虚しく封筒から粗雑に手紙を引きずり出したカズマは、そうそう見ないダクネスの慌てようを尻目に手紙を広げる。終わった、とでも言いたげに膝から力無く倒れ込んだ彼女のことはアクアやめぐみんに任せ、自分は手紙の内容を全員が分かるように大きな声で読み上げた。

 

 

 

 

 

数多の魔王軍幹部を倒し、この国に多大なる貢献を為した偉大なる冒険者 サトウカズマ殿

 

貴殿の華々しい活躍を耳にし、是非お話を伺いたく

 

つきましてはお食事などをご一緒できればと思います

 

第一王女 ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス

 

 

 

 

 

「食事会……。第一王女……つまりお姫様と食事会……! ついに来た、俺たちの時代が!」

 

「カズマ、こんなものは辞退しよう! 王族に無礼を働けば我々全員の首が飛ぶ! 食事なら我が家で豪勢なものをいくらでも用意してやる! だから、な?」

 

「誰が断るか! 明らかな格上とばっかり戦わされて、何度も死んでは生き返って、理不尽な目に逢いながらもようやく舞い込んだ幸せへの切符だぞ!? 絶対断らないからな!」

 

「くっ……、アクア? アクアはどうだ? 王族との食事なんていつものように酔い潰れるまで飲むことなどできない堅苦しいものだぞ? お前は嫌だよな?」

 

「大丈夫よ! それに、王族の食事ってことはきっと飲んだことがないような良い物が出てくるはずでしょ? お土産に一本貰えないかしら?」

 

「め、めぐみん! めぐみんはわかってくれるよな? お前の明晰な頭脳なら、この話を受けることがどれだけのリスクを伴うか!」

 

「大いなる覇道の一歩が歴史に刻まれる瞬間。至高なる魔法使いとして後世に我が名が残る名誉に、何を躊躇う必要があるというのです?」

 

「ソウゴ! 頼むから一緒に皆を説得してくれ!」

 

「いーじゃん。俺、会ってみたかったんだよね。この世界の王様ってのにさ」

 

「……わかっていた。この未来は、私の予想した未来だ……」

 

 想像通り乗り気な仲間たちに、この世の終わりのように膝から崩れ落ち床に突っ伏するダクネス。混沌としたダスティネス家の執務室には、他人の、ましてや貴族の屋敷だと言うのに喜びを爆発させるカズマたちの高笑いが響いていた。

 

 

   ⏱数⏲日⏲後⏱

 

 

「この扉の先に、そのお姫様がいるのか……」

 

「ああ、昨日から宿泊されている。付き人として騎士のクレア殿と魔法使いのレイン殿も一緒だ。それでだ、いいかお前たち。何度も言うようだが相手は一国の姫君。くれぐれも……」

 

「安心しろって。流石にダクネスの顔に泥を塗るような真似はしないよ」

 

「本当だろうな……?」

 

「ええ、もちろんよ! この水の女神が、王族さえもあっと驚くようなとっておきの宴会芸で場を盛り上げてみせるわ!」

 

「私も紅魔族流の挨拶でお姫様を驚かせて見せましょう! 今日のためにウィズのお店で用意した派手に煙をあげ……って無い!? 服の下に仕込んでおいた私の花火が!」

 

「流石に危険物はダメだよ。家の庭に跳ばしておきました」

 

「な?」

 

「何が『な?』だ。今のやりとりのどこに安心できる要素があった」

 

 女子はドレス、男子はスーツ。五人それぞれが普段の冒険者の装いからはかけ離れた煌びやかな正装で、ダスティネス家の大広間へと通じる扉の前にそわそわと落ち着かない様子で並んでいた。自分たちが着ているものが、一着仕立てるのに気の遠くなるような数のカエルを倒さなければならない最高級品と事前に伝えられているからだろうか、それともお姫様にお目通りが叶ったという輝かしい未来が約束されているからだろうか。いつもより浮き足立った仲間たちに、珍しくダクネスは本気で頭を抱える。そんな始まる前から疲れきった顔をする彼女の肩にポン、と手を置いたソウゴは、ただ一人いつも通りのへらへら顔で笑みを見せた。

 

「ま、なるようにしかならないよ」

 

「お前たちが変な気を起こしさえしなければそれでいいんだが……」

 

 まるで高望みのように呟くダクネスは、辞退しなかったことを心底後悔しているように深く、深~~くため息をつく。どうせ一人で強行突破しようとしてもソウゴを含めたダクネス以外の四人が乗り気だったため結果は変わらなかっただろうが、それでもこの斬首が目に見えている地雷は踏まずに済んだかもしれない、と。しかし仲間たちはそんなことをこれっぽっちも想定していないかのようで、それが更にダクネスの頭痛の種になっていた。 一夜漬けで叩き込んだマナーや言葉遣い、立ち振る舞いに禁止事項。気になりだしたら止まらないが、諦めるしかないと割り切れないのが真面目な貴族令嬢の厄介な所だった。

 

「本当に、くれぐれも失礼がないようにな。アイリス様のお相手は私がするからお前たちは適当に頷いて食事でも……」

 

「わーったわーった。こちとら王様どころか時の魔王の相手を毎日してんだ。さっさと行くぞー」

 

「わーッ!! 待て待て待てっ! 扉の開け方は教えただろうがっ!」

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「……では気を取り直して。いくぞ」

 

 ダクネスが扉をノックする。少しの沈黙の後、扉の向こうから「入れ」と凛々しい女性の声がすると、ダクネスはゆっくりと扉を開け放った。

 

「失礼します」

 

 ダクネスに続いて、四人は大広間へと足を踏み入れる。やはりダスティネス家ほどの家格になれば大広間ひとつとっても自分たちの屋敷とは違うらしい。ずらりと並ぶメイドたちは身動ぎ一つせず整列し、家紋と王家の紋章を掲げたペナントが威光を放つ。ホコリひとつ付いていない真っ白なクロスが張られた長いダイニングテーブルには、向かい合うような形で下座に五つ、食器のセットが準備されている。

 

 そして、その部屋の中で異彩を放つ三つの影。

 

 青いメッシュの入った金髪をもつ、長剣を腰に下げた凛々しい白スーツ姿の女騎士・クレア。帽子を被り杖を抱える、青を基調とした衣装を纏う穏やかな表情の女魔法使い・レイン。いずれもカズマが見ても隙のない佇まいで、ウチの硬いだけの女騎士や一発限りの魔法使いでは勝負にすらならないだろう、そう思わせる風格があった。そしてその二人を側仕えにし、上座の果てにそびえるダクネスの背丈くらいはあろうかというキングチェアに座る、一際目立つ少女。

 

「お待たせしましたアイリス様。こちらが我が友人であり冒険仲間でもあるサトウカズマとその一行です」

 

 三つ編みを前に垂らし、実りの象徴だろうか葡萄の飾りを頭に下げる幼いブロンド髪の少女。歳は十かそこらだろう、めぐみんよりも遥かに幼く見える顔立ち。外面だけは完璧な三馬鹿娘に引けを取らない、人目を引く美しさ。この世界では珍しく、カズマの期待を裏切らない正統派のお姫様がそこにはいた。

 

「お初にお目にかかります。アークプリーストを務めております、アクアです」

 

 呆けていたカズマより先に一歩前に踏み出し、一夜漬けとは思えない美しい一礼をするアクア。教えたことがそれ以上で返ってきたことに安堵し胸を撫で下ろすダクネスだったが、それもつかの間の出来事。どこから取り出したのかいつもの宴会芸用の扇子を二面広げると、不思議そうな顔をするお姫様ご一行にアクアは優しく微笑んだ。

 

「早速ですが挨拶代わりに一芸の披r「ちょっと失礼しますアイリス様仲間と話がありますので!

 

 すかさずアクアを後ろから羽交い締めにし、素早く壁際に追い込むダクネス。まるで想定通りと言わんばかりの俊敏さでアクアから扇子を取り上げると、少しばかり不満そうに口を尖らせる彼女に詰め寄った。

 

あれほど変なことはするなと言ったろう!?

 

え~。ちょっとした挨拶程度よ?

 

程度の問題じゃない! 頼むから! 今日だけは大人しくしていてくれぇ!

 

わかってるわかってる。ダクネスも欲しがりよねぇ。大丈夫よ、ダクネスの顔に泥を塗ったりしないってカズマも言ってたでしょ? 安心なさいな

 

これはフリではない! 本気で大人しくしておいてほしいだけなんだ!

 

やってはいけないと言われると、逆に好奇心が刺激されてしまうのが人の性

 

そんな性さっさと捨ててしまえ!!

 

 王族への体面など二の次に、少し泣きそうになりながら懇願するダクネスと、わかっているという顔をしているが少しだって理解していない顔のアクア。その駄目な女神様に当てられてか、紅い瞳をギラギラと光らせそわそわし始めためぐみんの肩を、ソウゴはそっと制する。

 

「ダメだよめぐみん。ローブしまって。ダクネスと約束したでしょ?」

 

「し、しかし、やってはいけないと言われると逆に好奇心が刺激されてしまうのが人の性」

 

「二人して駄目な性ばっかり背負ってるじゃん」

 

「くっ……! これは抑えきれぬ血の衝動……! 騒ぐのです、紅魔の血が。ここは絶対に爪痕を残す場面だと!」

 

「それって芸人の血?」

 

「ちがわい!」

 

 部屋に入って五分もしないうちにまとまりという言葉を忘れ、王族の前で好き勝手やり始める面々。この状況でも流石に微動だにしなかったメイドさんたちも、そろそろ本気でやばいのか徐々に顔を青くし冷や汗を滝のように流し始めている。とはいえ、ダクネスはアクアにかかりきりだしソウゴはめぐみんに張り付いているため、ここで場を持たせられるのは自分だけ。怒ったりしていないかと王女をチラ見し、ポカンとしている彼女と目が合ったカズマは、とりあえず日本人必殺の愛想笑いで会釈した。すると、ハッとした彼女は隣の女騎士にボソボソと耳打ちをする。何か不都合でもあったのかとカズマがそのやり取りを眺めていると、秘密の話し合いは終わったのか女騎士が居住まいを正しコホンと一つ咳払いをした。

 

「下賎の者」

 

「……え?」

 

 聞き間違いだろうかと耳を疑う。が、女騎士は訂正する素振りも見せず、静まり返った部屋で圧倒されるカズマに向け淡々と言葉を紡いでいく。

 

「王族をあまりそのような目で不躾に見るものではありません。本来ならば身分の違いから同じテーブルで食事をすることも、直接姿を見ることすら叶わないのです。頭を低く下げ、目線も合わさぬように。早く挨拶と冒険譚を」

 

 どうやらそれがこの世界の常識らしい。前世の日本だって同じようなものだったし、身分の高い人間というのはいつの世も横柄なものだろう。自分のような何処の出とも知れない下々の者は、王族への敬意を示すためにその程度やって当たり前ということらしい。この場にいるお姫様の従者も、ダスティネス家のメイドたちも、アクアやダクネスやめぐみんでさえ怪訝な顔ひとつしていない。ならばここは大人の対応をしよう。この世界の理不尽さにはもう慣れた。年端もいかない少女や敵に回すと面倒そうな連中相手に喧嘩を売るのは馬鹿らしいことだと、馬鹿では無い自分はきちんと理解しているのだ。

 そう思い嘆息するカズマは、にこやかに口を開いた。

 

チェンジ

 

「何がチェンジだ貴様は!!」

 

 瞬間、ゴンッ!という鈍い音が響くともに、カズマの後頭部に耐え難い衝撃が走る。頭蓋骨が凹んだのではないかと疑うくらいの痛みに蹲って悶えるカズマは、じんわりと滲んだ涙目のまま下手人に胸ぐらを捕まれるとアクアよろしく壁際まで引きづられて行った。

 

王族に向かってチェンジとはどういうつもりだ!

 

それはこっちのセリフだ! 何がお姫様だ期待させやがって! お姫様ならもっとこう『わたくし外の世界に憧れておりますの。勇敢な冒険者様、是非ともあなた様の冒険譚を聞かせてくださいまし!』みたいn「アイリス様! すぐにこの無礼者を叩き出しますので少々お待ちを!!」

 

「上等だ! そっちがその気ならこっちだって痛い痛い痛い! 指と腕が折れる! 怪力女に骨が握り折られるー!」

 

「折れたら後でアクアかソウゴに治してもらえ!」

 

 力づくで追い出そうとするダクネスと、負けるとわかっていてなおも抵抗するカズマ。単純な筋力差では余裕で負けているカズマがジリジリと押し負け後退しているのを見てくすりと笑ったアイリスは、隣で呆れたような顔をするクレアにこそこそと耳打ちをした。

 

「……『ララティーナがその様に慌てる珍しい姿が見られたので良しとします。冒険者は多少なりとも無礼なもの。それよりも早く冒険譚を』と仰せだ」

 

 ちょいちょいと、アイリスはカズマを手招きする。とてつもなく不安そうな顔をするダクネスだが、それでも貴族のしがらみとやらで王族に逆らうことはできないのだろう。数瞬の葛藤の末、苦々しい顔をしながら口惜しそうに締め上げていた腕を解放する。そして、少しばかり涙の溜まった潤んだ瞳でカズマに耳打ちをした。

 

「頼むからこれ以上変なことはしないでくれ!」

 

「わかったよ。悪かったって」

 

 随分な物言いだとは未だに思うものの、冷静になって考えてみれば貴族なんて本来こんなものだろう。ダクネスの父やバルターが異例的に寛容なだけで、代表にするのはどうかと思うが、アルダープのような高慢ちきが大多数を占めているはずだ。でなければ、あんな横暴な男が領主なんてやっていられるはずもないのだから。

 そんなことを思うカズマが襟元を正し、呼び出しに応じて近づくと、アイリスはまたクレアにこそこそと耳打ちをした。

 

「……『あなたが魔剣の勇者ミツルギの話していた人ね? さあ聞かせて、あなたの話を』と仰せだ。私個人としても聞きたいものです。あのドラゴンスレイヤーと名高いミツルギ殿が一目置くという、あなたの話を」

 

「なんだ、ミツルギのやつ俺の事話してたのか」

 

 控えていたメイドの一人が、下座の中でもアイリスに一番近い席の椅子を引く。そこに座って話せ、ということだろう。ちゃっちゃと話してたらふくいい物食べて帰ろうと気持ちを切り替えたカズマは、大人しく用意された席に座った。

 その様子を静観していたソウゴが、めぐみんにコソコソと耳元で尋ねる。

 

「ねぇ、めぐみん。ミツルギってさ、もしかして青いフルプレートの鎧着たイケメンの人?」

 

「ええそうですよ。グラムとかいう魔剣を使う勇者候補です。知っていましたか」

 

「まあ、顔と名前だけ雑誌で。知り合い?」

 

「顔見知り、というべきでしょうか。アクアを女神様と呼ぶ奇特な人、ということくらいしか私も知りませんので」

 

「ふーん。そっか」

 

 メイドが他の席を引くことで、ソウゴたちも着席を促される。待たせるのは失礼にあたる……なんてことを考えているのはダクネスだけだろう。単純に食事とお酒が楽しみなアクアとめぐみんが楽しそうに自分の席に向かう中で、ソウゴ一人だけはどこか、値踏みするような目をアイリスに向けていた。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「――そこで俺は仕込みとして、シルビアに毒矢を射ったんです。毒が効くわけないのはわかりきっていましたが、これは次の火攻めを悟らせないためのダミーと、シルビアの思考に導線を引くためのわかりやすいヒントを兼ねていました。もちろん、火攻めでも仕留めきれるなんて思っていません。しかしシルビアは、こちらが手を尽くしたと思い込んでしまう。これら全てが、アクアの浄化魔法に繋げるためのブラフとも知らずにね。相手の次の手を読み、思考を誘導し、布石を打っていく。戦いは常に駆け引きですから」

 

「『凄いわ! あなたのようにハラハラドキドキする戦い方をする人を初めて知りました! 他の冒険者の方のお話は確かに凄いのですが、絶対に負けない勇者が一方的にモンスターを退治するお話ばかりでしたので……!』と、仰せだ」

 

「それはですね、俺たちは他の冒険者と違って常に格上の存在と戦い、より上を目指して――

 

 気分よく武勇伝を語るカズマを凝視するダクネスとめぐみんは随分と誇張された内容に若干呆れたような顔をしているが、一緒に戦っていたアクアはステーキを咀嚼しながら得意げにうんうんと何度も頷いている。豪華なコースで酒が進むのか、それとも活躍を思い出しながら飲む酒が美味しいだけなのか。早速ワインを一本空にしたアクアは、まるで食事に手をつける様子のない対面に座るソウゴを見て不思議そうに首を傾げた。

 

「どうしたのよソウゴ、珍しく全然食べてないじゃない。お腹痛いの? 詰めて持って帰る?」

 

「ん? いや、そういうわけじゃないけど。なんか食べる気しなくてさ」

 

「そうなの? 勿体ないわね、こんなに美味しいのに」

 

「……じゃあ、俺の分食べる?」

 

「いいの!? じゃあ、メイドさん! ワインをもう一本いただけるかしら?」

 

「お、おいアクア! ここは飲み屋じゃないんだぞ!」

 

「ソウゴは食べないのですか? なら、私はその魚のマリネをください」

 

「めぐみんまではしたない真似はよせ!」

 

「まあいいじゃん。バレないように配るからさ」

 

「そういう問題では無いのだが……」

 

 ダクネスがちらりと盗み見るが、幸いにも相手方はカズマが調子に乗って大袈裟に膨らませた冒険話に夢中なためアイリスもお付きも気にする素振りは無い。だからといってマナー違反を許容することはできないが、ソウゴは自身の皿から注文通りに前に座る二人の皿へと食事をワープさせているため物理的に止めることもできない。誰も気づきませんようにと祈る他ないダクネスは、食事会を辞退しなかったことを心底後悔していた。

 

 

   ⏱⏲「とりあえず、一旦静かにしてくれ……」「「「はーい」」」⏲⏱

 

 

「お話ありがとうございます。カズマ殿の経歴はわかりました。しかし、あの魔剣の勇者に勝ったことがあるとは……」

 

 感心しているのか、疑っているのか。ミツルギはさぞかし名の売れた冒険者で、かつ実績のある人物なのだろう。王族のお付きに認められるとなれば相当な腕であることは間違いないと、カズマは頭の中にいるあのイケメンを思い出し、同時に不意打ちで勝ったことは黙っておこうと思った。

 一通り話を聞いたクレアは、冒険譚に目を輝かせるアイリスと違い少し考えるような仕草を見せる。そして結論が出たのか、クレアはカズマに問いかけた。

 

「カズマ殿。無礼だとは思いますが、冒険者カードを拝見させていただいても? 後学のため、スキル振りを参考にさせていただきたいのですが」

 

「え゛っ、いや、それはちょっと……」

 

「安心してください。我々はカズマ殿の情報を不用意に漏らす様なことはしません」

 

「いや、そういうことでもなくて……」

 

「……もしや、何か見せられない理由が?」

 

(リッチースキル覚えてることがバレたらマズイんです! なんて言えるか!)

 

 仮にも討伐対象であるモンスターからスキルを教えてもらいましたなんて、王族に向かって口が裂けても言えるわけがなかった。調べられ、そのリッチーが魔王軍幹部だなんてわかった日には、五人まとめて処刑コースかソウゴによるベルゼルグ王国消失のどちらかの未来が確約されてしまう。疑いの目を向けるクレアになんて答えればいいかあたふたと考えを巡らせていると、見かねたダクネスがしぶしぶといった調子で溜息をついた。

 

「その男は最弱職と呼ばれるクラス……冒険者なのです」

 

「!? 最弱職、ですか……?」

 

「ええ。きっと、知られるのが恥ずかしかったのでしょう。どうか私に免じて、冒険者カードのことは許してやってはいただけないでしょうか」

 

「最弱職……。それであのミツルギ殿に……?」

 

 なんとか乗り切れそうな雰囲気に、ほっと胸を撫で下ろすカズマ。最弱職ということはバレてしまったが、幸い浅い傷で済んだとポジティブに捉えるべきだろう。カズマが心の中でダクネスにサムズアップをしていると、訝しむアイリスはくいくいっとクレアの袖を引っ張り耳打ちをする。するとクレアはとても言いづらそうに眉をしかめ、歯切れ悪く主人の言葉を伝え始めた。

 

「その……『イケメンのミツルギ殿が負けるなど信じられない。王族である私に嘘をついているのではありませんか? あの魔剣使いのソードマスターがまさか最弱職に……。彼はイケメンですし』と仰せだ。私もにわかには信じられません。彼はイケメンですし」

 

「イケメンイケメンうるさいな。容姿は関係ないだろ。お前ら流石に引っぱたくぞ」

 

「っ! 貴様ッ! 王族に向かってお前ら呼ばわりとは何事だッ! そこになおれ!!」

 

「今のツッコミ待ちじゃねーのかよ!?」

 

「王族がツッコミ待ちのボケなどするものか!! 常識で考えろ!!」

 

「申し訳ない、私の仲間が無礼なことを! 何分、礼儀作法も知らない男なのでどうかご容赦を! お前も早く謝らないか!」

 

「す、すみませんでした!」

 

 さっきからかなり好き勝手やっていたのでカズマも忘れていたが、不敬をはたらけば即首が飛ぶという話は本当だったらしい。腰の剣を抜き今にも斬りかかって来そうなクレアの殺気は、庇って前に立ってくれたダクネス越しでもわかるほど本物。唐突にやってきた二度目の危機に促されるままカズマが頭を下げていると、ダクネスはアイリスの前まで歩いていき膝をついた。

 

「……アイリス様。例え最弱職であれ、この男が華々しい戦果を上げていること、そしてこの国の平和に助力していることは事実です。それに、会食を求めたアイリス様がそれを罰してしまうと外聞というものもあります。ここはどうか」

 

「……」

 

 ダクネスの意見を聞き入れたのだろうか、不服そうではあるもののクレアに剣を納めさせるアイリス。なんとか助かったと息をつくカズマだったが、そんな様子を構うこともなく、アイリスはクレアに耳打ちをする。

 

「……アイリス様はこう仰せだ。『この国で多大な功績のあるダスティネスの名に免じて不問とする。ですが気分を害しました。冒険譚の褒美はきちんととらせます。そこの最弱職の嘘つき男はそれを持って立ち去るがいい』と」

 

 先程までの和やかな雰囲気はどこへやら。この部屋に入ってきた時と同じようなキツイ物言いに、カズマも早々に諦めがつく。どうせここで粘ったところでろくな事にはならないのはわかっているのだ。無為な弁解に時間を注ぐくらいなら、その褒美とやらを貰ってさっさと家に帰えり飲み直した方がいいに決まっている。そんなことをカズマが考えていると、めぐみんがわざわざガタッと音を立てて、少し不機嫌そうに立ち上がった。その表情を見て何かを察したのか、アクアは不安そうに声をかける。

 

「ちょっと、めぐみん?」

 

「大丈夫ですよアクア。ここで暴れたらダクネスが困るでしょう。帰りましょう」

 

「……そうね、帰って飲み直しましょ。ソウゴも」

 

「……そうだね」

 

 きっと我慢しているのはめぐみんだけではないのだろう。いつもならノータイムで喧嘩を吹っ掛けているめぐみん、飲みかけのワインをそのままに席を離れるアクア、そしてつまらなさそうな目をするソウゴ。それぞれ思うところはあるものの、それを口には出さず席を立つ。いつも自由奔放な仲間達がきっと自分の、自分の家のために我慢している。

 そんな仲間たちの姿を見て、ダクネスはアイリスにもう一度向き直った。

 

「申し訳ありませんアイリス様。先ほどの嘘つき男という言葉を取り消してはいただけませんか? 大袈裟に話をしたものの嘘は申しておりませんし、あれでなかなか頼りになる男です。どうか先程の言葉を訂正し、彼に謝罪していただけませんか?」

 

「っ! 何を言われるダスティネス卿! アイリス様に一庶民に謝罪せよなどと……!」

 

おい、いいってダクネス。お前、立場があるんじゃ……

 

「主君に間違いを指摘した程度で無くなる立場など、はなからないも同然だ。……アイリス様。この男は最弱職の利点を十二分に活用しここまでの功績を挙げました。そこに嘘偽りは無いと私が保証します。ですので、どうか訂正と謝罪を」

 

 大貴族とはいえ、かなりの不敬であることはカズマにもわかる。カズマとしてはこれ以上話がややこしくなるくらいなら嘘つき呼ばわりでも全然構わないと思っているのだが、何かがダクネスの忌諱に触れたらしい。罵られていた本人が一番に戸惑っていると、堪えきれなくなったのか、不服そうに目を吊り上げたアイリスは椅子から降りてダクネスの前に立った。

 

「あ、謝りません! 嘘でないというのなら、その男にどうやってミツルギ様に勝ったのか説明させなさい!」

 

 きっと彼女は、さっきまで自分が胸躍らせていた冒険譚の全部が嘘だったと思っているのだろう。ペテン師の口車に乗せられて、夢見がちなお姫様と心の中で馬鹿にされていたと、そう感じているのかもしれない。その悲しみや憤りは、カズマにもわからないものではない。カズマ個人の実力など、小細工無しに正面切って戦えばコボルトさえまともに倒せるか怪しいと本人も自覚しているし、廉価版のスキルしか使えない器用貧乏な最弱職のこともよく理解している。仮に他にも自分と同じような最弱職がいたとして、それが不意打ちとはいえ名のあるドラゴンスレイヤーをタイマンで負かしたなど、信じられるはずも無い。

 察してあまりあるカズマだが、ヒートアップするアイリスの口は止まらない。

 

「最弱職が竜殺しのソードマスターに勝つなど信じられません! 説明ができないというのなら、その男は弱くて口だけの嘘つき――」

 

 その時、パシンッ、と乾いた音がした。

 

 静まり返える室内。時でも止まったかのように誰一人として動こうとしない静寂の中で、叩かれ頬に赤みを帯びるアイリス。そして、彼女の前で腕を振り切ったダクネス。呆然とする聴衆。状況を少しずつ理解し、何が起きたか認識がハッキリとすると、誰よりも早く我に返ったクレアは主を傷つけたならず者に刃を向けた。

 

「な、何をするダスティネス卿ッ!!!」

 

「! だ、だめ……!」

 

 アイリスが止めようとするが、それより早くクレアの刺突が怒りのままにダクネスの首を狙う。王族に仇なす者には死を。当然と言えば当然の急所を狙った目にも留まらぬ一撃だったが、それを少しだって避けようともしないダクネスは怖じ気も見せず自ら腕で刃を受け止めた。

 

「なっ……!」

 

 驚いたのはクレアだった。腐っても王族の近衛騎士。王族をお守りするという指名を帯びた彼女は、もちろん自分の腕には自信があった。その自分の剣が、ダクネスの腕に突き刺さったまま押すことも引くことも薙ぐこともできない。その事実に動揺していると、ポタタ、とカーペットに血の滴る音がした。

 自ら剣を向けておいて呆けるとは。ハッとしたクレアは、ダクネスを見る。彼女の美しいドレスは飛沫で赤く染まっており、細身の剣とはいえ刃物が貫通した状態というのは見ていて痛々しい。しかし彼女の表情は驚くでも痛がるでも怒るでもなく、ただグズる子どもをあやす様な、安心感を与える柔らかい笑みをアイリスに向けていた。

 その視界の端で、意識もしていなかった男が口を開く。

 

「……でもこれは、視なくてよかった未来だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 クレアを最初に襲ったのは、違和感だった。

 目の前の光景には見覚えがある。主君であるアイリス王女殿下が家臣の筆頭とも言えるダスティネス家の令嬢に最弱職の冒険者への謝罪を要求され、あまつさえ平手打ちされた場面。このあと自分は怒りのまま、想定外の不埒者を成敗せんと剣を抜き、その令嬢の腕を貫くのだ。ドレスは赤に彩られ、カーペットにも血が滲んでいた。主君が止めようとする声も、レインの驚いた顔も、メイドたちの息を飲む姿も、そして彼女の仲間たちの敵を見る目も、全て記憶に新しい。

 

 そこまでわかっていて、覚えていて、()()()()()()()()()()

 

 アイリスを見ても、レインを見ても、メイドたちを見てもみな同じようで、誰もこの疑問を解消してはくれないだろう、そんな顔をしている。唯一その中でもアイリスだけがハッとして、ダスティネス卿に駆け寄り腕が無事か確認をとっていた。記憶と体に残った感覚が幻覚ではないと告げている。これはそう、理解の範疇の外側で何かが起こっている、いや起こったのだ。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()。肉を突く感触も、微動だにしなかった剣も、あの時湧いた怒りさえ、まるで夢を見ていたかのような感覚に飲み込まれ虚ろとなる。あれが白昼夢でないのなら、本当に時間が戻ったとでも言うつもりか? そんな魔法もスキルも聞いた覚えがない。ならやはり幻覚魔法か? 意味の無い問答を自分にして、そんなわけが無いと常識が首を振らせる。

 気味の悪さに足を取られたクレアがただ困惑で動けずにいると、コツコツと靴音を鳴らし男が近づいてきた。記憶の切れ目で最後に聞いた言葉の主。この気持ちの悪い感覚の中で、まるでいつもの事だとでも言いたげに平然としている冒険者たち五人のうちの一人。そんなことをふと思い出していると、その男はあろう事かダクネスに寄り添うアイリスと目線を合わせ口を開いた。

 

「アイリスは、どんな王様になりたいの?」

 

「どんな、王様……?」

 

「貴様、一介の冒険者がアイリス様を呼び捨てにするなど無礼だぞ! 名は確か……」

 

「……常磐ソウゴ」

 

「トキワ、ソウゴ……。っ! その名前、聞き覚えがある。確か魔王を自称するとかいう……!」

 

「自称じゃないよ。俺、魔王だからさ」

 

「なおのこと、アイリスさ

 

 その瞬間、クレアの時は()()()()

 腰の剣に手を当て、今にも斬りかかりそうな体勢で動きを止めたクレア。時々体にノイズが走り、まるで一人だけその瞬間に取り残されたように。驚くレインが体を揺すり声をかけ無事を確かめようとするが、動くだとか動かないだとか、そういう次元の話では無かった。体温も、呼吸も、畝ねる髪の毛の一本だって変化しない。石化や氷漬けの魔法とは違う。言葉で表すのならそう、まるで時間に縫い付けられていた。

 アイリスと目線を合わせていたソウゴが、わけがわからず混乱するレインに興味なさげに告げる。

 

「大丈夫だよ、聞こえてるし生きてる。話が進まなさそうだったからちょっと時間を止めてるだけだから」

 

「止めてって、そんな、時間が止まるわけ……」

 

「さあ、教えてくれるかなアイリス。この国は魔王軍と人間の防衛ラインなんだってね。だからより強い勇者を王族に迎え入れて、民を守るために強くなってきた。じゃあ、魔王を倒して平和になった後は? 戦いが不要になった世界で、民を襲う厄災と戦わなくて良くなった未来で、君はどんな王様になりたい?」

 

 言葉を失いながらも無意味な解呪魔法に勤しむレインなど意に介さず、ソウゴはアイリスに再度問いかける。真っ直ぐに見つめる男のその目は、瞳越しに自分の奥の奥まで覗いてくるようで、言動や振る舞い一つ一つから自分の本質を見通そうとしているようで、それでいて殺意や敵意などは微塵も感じない。アイリスは生まれて初めて感じる種類の不気味さに呑まれ、ひとつまみ程度の恐怖を抱いていた。まるで得体の知れない、人の姿をした何か別の、理解の範疇の外側にいる存在を前にしているような気がして。

 アイリスが返答にあぐねていると、ソウゴは僅かばかり考えるような仕草をした後、にこっと一片の邪悪さも感じられない優しい笑みを浮かべた。

 

「アイリスを見ててもわからなかったんだよね。王族らしく振る舞おうとする君と、冒険譚に目を輝かせる無邪気な君。無理して作った建前と素直な君の本音って感じで、すごくチグハグだった。だから気になってさ、君の理想が」

 

「えっと……」

 

「……もしかして、どんな王様になりたいとか、そんなの考えたことなかった?」

 

 問い掛けに対して俯くアイリスは、迷った末静かに一度だけ頷いた。その様子を見たソウゴは、そっか、と呟き微笑むと、ちらりと後ろへ振り返る。カズマと目を合わせ意味深に口角を上げると、彼はもう一度アイリスと向き直った。

 

「君が嘘つきだと言ったカズマはさ、お世辞にも勇者なんてガラじゃないよ。普段はリスクを考えて臆病なくせに気が大きくなるとすぐ調子に乗るし、人の下着を盗って振り回すし、大金が手に入ったら家から出ようともしないし、武勇伝は人に話す時八割くらい盛るし、いつだって楽して一攫千金を狙ってるような、わりとダメな部類の人間だ」

 

「おい。もっとオブラートに包めよ。言葉の槍がザクザク刺さってくるんだが」

 

「事実ではありませんか」

 

「でも、なんだかんだ言いつついざと言う時は誰かのために体を張れて、仲間のことを想って行動ができる。機転が利いて、洞察力もあって、突拍子もない手で場を掻き乱して、負け戦に勝ちを手繰り寄せる。困っている人の手は振り払えなくて、気まぐれに良い行いをして、借りを作ったら必死に返して、仲間が起こしたトラブルの解決に文句を言いながら奔走する。そんなカズマだから周りに人は集まるし、ダクネスだって、仲間だって庇ってくれる。ただの嘘つきにそんなことはできないよ」

 

「……そう、ですね」

 

「なあアクア。これ、褒められてるって思っていいのか?」

 

「いいんじゃない?」

 

「どんな王様になりたいかは、アイリスがこれから考えればいい。でもこれだけは覚えておいてほしいんだ。物事の一面だけを見て、憶測で決めつけちゃいけないよ。人には良い面と悪い面がある。それが見極められないと、民の心がわからない王様になっちゃうからさ」

 

「良い面と、悪い面……」

 

 思うところがあるのか考え事をする王女様を見てにっこりと笑顔を見せると、ソウゴは腰を上げて背を向ける。そして成り行きを見ていたダクネスにこそこそと耳元で囁いた。

 

「ごめんね。つい口出しちゃった」

 

「いいさ。それがアイリス様の成長の一助になるのなら、私個人としてもこれほど喜ばしいことは無い」

 

 満足そうなダクネスの表情を見て、きっとあの少女はこれから良い王様になるのだろう。ソウゴはそんな、どこか確信めいた気がしていた。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「その、申し訳ない。色々と取り乱してしまいまして……。カズマ殿にも失礼をした。確かに、最弱職という一面だけを見て軽んじるのは軽率でした」

 

「お気になさらず。こちらにも非礼や無作法は多々あった。幸い無かったことになっていることだし、ありもしなかったことなど忘れてしまうのが一番かと」

 

「そう言って頂けるとこちらとしても有難い。しかし、本当にソウゴ殿は時間を操ることが……? 今でも信じられません。それに何故自分を魔王などと……」

 

(操るのは時だけじゃないんだけど、面倒だし黙っとこ)

 

 呼吸もできない、身動ぎひとつできないのに目と耳だけは情報を拾う。彫刻にでも生まれ変わったような、そんな体験を思い出しても夢でも見ていたような気分のクレアは、酔い潰れたアークプリーストを事も無げに肩に担ぐソウゴを横目で見る。それは畏怖か好奇心か、最近はめっきり受けることのなかった奇異の目にソウゴがなんとなく懐かしさを覚えていると、もじもじと何かを言いたげなアイリスがレインの裾をつまむ。レインが主の要望に応え耳をそばだてると、彼女はカズマに視線を向けくすりと笑った。

 

「アイリス様、それはご自分の口で仰った方がいいですよ。きっと大丈夫です。カズマ殿はアイリス様のような方には甘いと思いますので」

 

(このお姉さんは俺の事をなんだと思っているのだろうか)

 

 促されたアイリスは、緊張しているのか恥ずかしいのか、頬を朱に染めまごつきながらカズマの目の前まで歩みを進める。ちらちらと上目遣いにカズマの様子を窺う彼女は、クレアにも見守られながらちょっぴり遠慮がちに口を開いた。

 

「あのっ、嘘つきだなんて言って、ごめんなさい。それで、あの……。また、冒険話を聞かせてもらえますか……?」

 

 アイリスの表情には、もう取り繕った王族の影は無い。そこにいるのは年端もいかないただの少女。好奇心と、不安と、期待に目を潤ませ、ただ純粋に冒険譚をねだる年相応の素直な女の子。アイリスにぐっと親指を立てたカズマは、胸を張って笑顔を見せた。

 

「喜んで!」

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「では、我々はこれで失礼します」

 

「こちらこそ、あまりお構いもできませんでしたが。アイリス様。また城に参じた時にでもお話しましょう」

 

 レインが〈テレポート〉の呪文を唱え、帰るための準備が整ったことでクレアはダクネスたちにそう告げた。ソウゴのチートテレポートのせいで一行は忘れがちだが、本来テレポートとは紅魔族のような魔力溢れる人間でなければ失敗の許されない大魔法。この世界ではテレポート屋が仕事として成立するくらいには難しい魔法だということと、その有難みを思い出すカズマたちは、微笑むアイリスに手を振った。

 

「今度お会いする時は、今日は見せられなかったとっておきの芸を見せてあげるから!」

 

「次は広い場所を用意してください。近い未来、魔王軍を討ち滅ぼすであろう紅魔族随一の一撃をお見せしましょう」

 

「ねえダクネス。俺も何か考えといた方がいいかな?」

 

「お前はやめておけ。洒落にならない気がする」

 

 アイリスたちを包む魔力の光が一段と強くなる。もうお別れの時だろう。次に会えるのは、きっと新たな魔王軍幹部を倒し、ライドウォッチを回収した時になるはずだ。モチベーションは……別に上がったりしないが、それでもまたあの無邪気な笑顔のために頑張るのも悪くない。そんなことを考えたカズマは、そう遠くないはずの未来を思って笑顔でお別れを告げた。

 

「王女様! またいつの日にか、冒険譚をお聞かせしに馳せ参じますので!」

 

 これが、間違いだった。

 カズマの言葉を聞いて、キョトンとするアイリス。どうしたのかと思う暇もなく、クレアの隣をすり抜けカズマの手を取った彼女は、邪気の一切ないキラキラとした瞳でカズマに笑いかけた。

 

「何を言ってるの?」

 

 瞬間、眩い光と共に王女様一行が姿を消す。今頃、王都にある王城の前にいることだろう。〈テレポート〉は予定通り発動したようで、辺りを見渡してももう三人の姿はなかった。

 

「……この未来は予想してなかったかも」

 

 ついでに、アイリスに手を引かれたカズマの姿も。




トキワさんへ

この間は舞台の設営の手伝いをありがとう! おかげで踊り子ショーは盛況だったよ! エーリカもシエロもとても感謝していた。もちろん私も、他の踊り子の皆もだ。しかし、その体つきからは思いもよらない力持ちだそうだな。私は見ていなかったのだが、舞台作りのための建材などを一人でほとんど運んでいたとか、舞台ごと持ち上げたりテーブルや椅子を浮かせて移動させていたとか、まあそれくらい凄い働きっぷりだったということだろう。そういえば、トキワさんも衛兵の傍らで冒険者もしているのだとか。力持ちということは戦士系統だろうか、それとも、物を浮かせていたというし魔法使い? 私たちアクセルハーツもたまにクエストに出たりするので、今度一緒にどうだろう。もちろんトキワさんの都合が良ければ、だが。
謝礼は必要ないと言われたが、皆で話し合って何か返せないかと考えている。欲しいもの、して欲しいことがあれば遠慮なく言ってくれ。ではまた。


追伸:できれば、また次のイベントがあるのでそちらも手伝って貰えると助かる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。