この素晴らしい魔王に祝福を!   作:春野 曙

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この凍えそうな季節に希望の光を!

 魔王の朝は早い。

 夜は寒さでなかなか寝付けないくせに、朝は睡魔が後ろ髪を引いてくるのだから冬は困りものだ。しかし幸いなことに、彼を捕まえて離してくれない布団もベッドもここにはいない。寝心地の悪さに少し感謝をしながら、目をこすって、大きく伸びをして、そうするとようやく目が闇に慣れてくる。

 息を吐いてもその白さがわからない暗所から、カズマたちを起こさないようにそっと抜け出す。暗闇での抜き足差し足も盗賊職と遜色はなく、寝ぼけていたとしてももうアクアの頭を踏むことも、めぐみんの杖を蹴り飛ばすこともないだろう。建て付けの悪い扉を、音を立てないよう慎重に開く。

 外の空気は当然、馬小屋の中より新鮮だった。大きく吸って、肺いっぱいに冷たい空気を取り込んでゆっくりと吐く。

 

「今日も寒いなぁ」

 

 着の身着のままでこの世界にやってきてまだ半月も経っていないが、そろそろ冬服の重要性が深刻だ。そんなことを考えながら顔を洗うために水場に行くと、そこには先客の姿があった。

 

「あ。おはようダクネス。今日も早いね」

 

「ソウゴか。おはよう。私が起こさなくても起きられるようになったな」

 

「まだ眠いけどね」

 

 走り込みを終えたあとなのか、汗を拭うダクネスの手には既に素振り用の剣が握られている。日々努力を積み、なおかつ素振りのフォームも変わったところはなかったが、歴代及び現役のパーティーメンバー曰く何故か敵に攻撃が当たらないらしい。不器用を超えた不思議の領域に片足を突っ込んでいる我らがクルセイダーは、今日もいい笑顔で頬を上気させていた。

 

「ダクネスは朝強いんだね」

 

「早朝の鍛錬は日課だから目覚めてしまうだけさ。それに、薄着でこの寒さを体感できるのはこの時期だけだしな。この汗を吸って冷たくなった服と、吹く度に感じる肌を刺すような風がたまらん……っ!」

 

「今日は白い狼退治だっけ。風邪引かないように気をつけてね」

 

 ダクネスの特殊な性癖にも慣れたもので、笑いながら流したソウゴはダクネスと別れ職場となる正門をのんびり目指す。空が白み始めるが、街はまだ寝息を立てていた。

 交代制の日勤。夜勤でない理由は、外からソウゴが外敵を招き入れないように監視するため。ソウゴとしてももう少し信用してくれていいと思うのだが、深夜割増などの概念がないこの世界で寝ぼけ眼を擦りながら働くのも御免被りたいため文句は言っていない。

 職場に近づくとようやく人の気配を感じる。見慣れた甲冑の集まりに、ソウゴは手を挙げて声をかけた。すると、中心にいたこの集団の取りまとめが眠気も吹き飛ばす笑顔で答えた。

 

「おはよー」

 

「おう、ソウゴ! 配給のパンはいつものところだぜ。昼からは一人で巡回だが、サボるなら見つからないようにサボれよ!」

 

「はーい」

 

「いい返事だ! なあ、もういっそここに就職しないか? 上には俺たちが口利いてやるからよ」

 

「え、やだよ。俺、王様になるから」

 

「ハッハッハッ! そうだったな! 悪い悪い! んじゃ、今日もよろしくな!」

 

 笑いながら背中をバシバシ叩かれたソウゴは、雑談もほどほどに詰め所に入って全員と同じ甲冑を身に着ける。最初は悪戦苦闘していたこれも、今では一人で着れるようにまでなった。前衛職向けの重量のため多少の重さは感じるが、走れないほどの窮屈さではない。これもレベルやパラメーターに左右されるこの世界ならではの感覚なんだろうなという感想を抱いていた。

 息苦しい兜のバイザーを上げ、テーブルに置かれた袋からパンを咥えて外へと出る。元の世界では行儀が悪いと叱られたものだが、この世界での冒険者にマナーなどの概念は欠片ほどしかない。まずは午前の自分の持ち場へと移動する。そこには今にも寝てしまいそうなほどに船を漕いでいる門番が一人立っていた。

 

「交代するね」

 

「ああ、もうそんな時間か。ありがとよ。今日はウィズさんとこの荷馬車が一台、踊り子とその荷物を乗せた馬車の二台、計三台だ。あとは定期便の予定だが、検閲はしっかりな。じゃあよろしく」

 

「はーい」

 

 槍と業務の引き継ぎを済ませた門番はまた一つ大きなあくびをして詰め所へと帰っていく。今から家に帰ってすぐさま夢の中だろう。哀愁漂うその背中に敬礼したソウゴの、いつもの一日が始まった。

 

「さて、今日も頑張ろ!」

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「起きろカズマ。今日は白狼の群れの討伐だっただろう」

 

「起きてくださいカズマ。暗くなってから森での戦闘は危険です。日の入りも早くなってきたのですから、のんびり寝ている時間はありませんよ」

 

 身支度を済ませたダクネスとめぐみんが、姿を見せた太陽を合図にカズマを揺らす。傍目から見れば綺麗どころにモーニングコールをしてもらっているダメ男にしか見えないし、普通の男ならこのような状況であれば飛び起きるのが自然だろう。しかし、そんな甘い時間でないことを知っているカズマは寝具とも呼べぬ布を頭まで被り拒絶の意を示した。

 

「……やだ」

 

「何を子どもみたいなことを言ってるんだ。金を貯めて家を買うんだろう? ソウゴはもうバイトに行ったぞ」

 

「……やだ」

 

「何が『やだ』ですか! 早く爆裂魔法を撃ちに行きましょう」

 

「そうだぞ。私だって早く獣共と戦いもみくちゃにされたいんだ」

 

「そういうとこが……やだって言ってるんだよォォォォォァアア!!!!」

 

 鬼神の如き表情で吠えたカズマは、最後の砦(掛ふとん)を丸めて地面に叩きつける。寝起きとは思えないアグレッシブな動きで息を切らすリーダーの姿を確認して、二人は見てくれだけは最高の笑顔で布袋と短剣を渡した。

 

「着替えが済んでるということは行く気はあったんだな。パンを貰ってきたからみんなで食べよう」

 

「昨日はクタクタで着替えずに寝ただけだ!」

 

「外でアクアが火を起こしてくれていますから、早く暖まりに行きましょう」

 

「お前ら笑顔で流すな! 話を聞けよ!」

 

 カズマの叫びに、呆れたように目尻を垂らした二人はため息をつく。

 

「準備は済んでる。食事もある。今日のクエストも報酬がいい。一体何が不満なんだ?」

 

「全部だよ! 確かに金はいる。いるよ? そのためにハイリスクでも報酬のいいクエストを受けようと決めたのは俺だ」

 

「そうですよ。わかってるじゃありませんか」

 

「で・も・だ! 毎日毎日クエストに行く度、俺たちは必ず一回は死にかけてるんだぞ!? アクアがやらかしてモンスターを集めたり、めぐみんが地形考えず爆裂魔法を撃って雪崩起こしたり、ダクネスがモンスターに突撃かまして戦線崩壊させるから!!」

 

「「それはその……」」

 

 カズマに捲し立てられた二人は先程までの強気が鳴りを潜めてしまう。思い当たる節が多いからか、どこか気まずそうな表情で目を逸らしカズマを見ようとしない。しかし真の男女平等主義者の口撃はその程度のしおらしさで止まることはなかった。

 

「おかげでいくら報酬が良くても装備の修理やら国への弁償やらで金が飛んでいく! 決起してかれこれ四、五日経つのに予定の半分以下の貯金だぞ!? 五人で住める家が買える頃には冬が終わっちまうわ!」

 

「だ、だが装備に金をかけるのは仕方なくないか?」

 

「そうだな。装備の新調や修理は仕方ない。命を守るものだからな。でも限度ってものがあるだろ!? 毎回鎧ダメにするやつがあるか! 今のままじゃ命がいくつあっても足りねぇわ!」

 

「「はい、すみません……」」

 

「だから今日は休む。クエストは明日に回す」

 

「しかしそれではお金が……」

 

「現状いくら頑張ったって、刃こぼれした斧じゃ木は切れない。賢い木こりは斧を研ぐんだよ。俺達は俺達の強みを考えてもっと賢い立ち回りを……ってあれ? 俺のジャージは?」

 

 休みモードに移行するため着替えようとカズマは辺りを見回すが、愛着ある自分の服が見当たらない。昨晩は枕代わりに丸めて使っていたので、どこか別のところへ放った覚えもない。不思議に思いながら藁をひっくり返していると、めぐみんが歯切れ悪そうに答えた。

 

「確かアクアに火を起こすのをお願いしたとき、寒いからと羽織っていったような……」

 

「アクアが? あいつ酒代のために自分でコート売っぱらっといてよく人の服着れるよな。ったく、しょうがねぇなぁ」

 

 何だかんだ文句を言いつつも一番長い付き合いの相棒だ。だらしないところも、日々イラッとくることも多々あるが、自分の思い出の品で暖まっているなら良しとしよう。

 そう納得してカズマは隙間から外を覗く。そこには露出した肩を寒そうに震わせながらも、縮こまって大きな火に手をあてがう幸せそうな彼女の姿があった。まるで言うことを聞かない大型犬を見ている気分で干渉に浸っていると、アクアの装いに違和感を抱く。

 

「なあ、めぐみん」

 

「なんでしょうカズマ」

 

「アクア、俺のジャージ着て行ったんだよな?」

 

「着ていきましたね」

 

「なあ、ダクネス」

 

「なんだカズマ」

 

「この辺りによく燃える薪なんてあったっけ?」

 

「明朝だし木も草も水を吸っているだろうからそんなに燃えないと思うぞ」

 

「そっかそっか。じゃあなんであの焚き火はあんなに燃えてるんだろうなぁ」

 

 灰とともに舞い上がる布切れの残骸を見たとき、カズマの怒りは頂点を超えた。

 

「テメェこのクソアマァ!! 俺の唯一の日本の思い出を何勝手に供養してくれてんだボケェェェ!!!!!」

 

 カズマは走る。誰よりも早く、何よりも早く。アクアを全裸にひん剥いたあと服を全部燃やしてやると、心に固く誓って。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「おいソウゴ、交代だ。巡回ついでに飯食ってこい。夕方には上がれよ」

 

「はーい」

 

 時刻は昼時。踊り子三人組の馬車を通したあと、巡回という名の自由時間を得たソウゴは昼食を目指して街を歩く。散策してみるとわかるが、駆け出しの街とはいえ敷地面積は広大だ。貴族の住まう屋敷に娯楽の集まる区画、果ては墓地まであらゆるものがこの街には存在している。

 

「俺が王様になったら、やっぱり街を守るための警備兵も多く配置しなきゃいけないよね。参考になるなぁ」

 

 ガシャンガシャンと甲冑を鳴らしながら、未来のことを考える。日々目の前のことに追われて忘れかける、漠然としたこの世界での自分の役目。未だよくわかっていない、士の言葉の意味を。

 

「この世界をよくする最高最善の魔王、か」

 

 深く考えず受け入れた彼の勧誘文句を反芻する。持って回った言い回しだったと、今でも思う。ゴールのわからない自分の覇道はいつものことだが、この世界には既に国を統治する王がいて、倒すべき魔王も存在する。国を支える民も、打倒魔王を掲げる勇者も。この世界で与えられたソウゴの役目というものに、このどれもが当てはまらない気がした。

 ヒントもないのだから、考えても堂々巡りなだけだ。しかし指針がなくても進めばそれが王への道になると、ソウゴは知っている。

 

「とりあえずはライドウォッチの回収が優先なんだけど……。ま、なるようになるよね」

 

 そうぼやいて思考を放棄し、今日の昼食のことに切り替える。夜はどうせアクアがシュワシュワを頼むし、つられて皆飲むことになるだろう。あっさりめにしようかなと考えていた、そのときだった。

 

「……?」

 

 誰かが泣いている。声が聞こえたわけではないが、そう直感が囁いている。空腹を後回しにしたソウゴは、自身の勘に従って細い裏道へ足を踏み入れた。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「ど、どうしましょう……。私、回復魔法は使えなくて……」

 

「こんなときエイミーがいたら……」

 

 ソウゴが自分の勘に導かれるまま進むと、路地の真ん中でうずくまる子どもと、それを見てオロオロとしている二人を見つけた。うずくまる女の子は足を擦りむいてしまったのか、膝を抱えて泣き止む様子はない。ソウゴは二人のうち、一先ず見知った方に声をかけた。

 

「どうしたの? ウィズ」

 

「あ、ソウゴさん!」

 

 ウィズ魔道具店の店主、ウィズ。ウェーブのかかった長い髪に魔法使いのようなローブを纏う、色白の幸薄そうな彼女。荷降ろしを手伝った経緯で話すようになったが、いつでも誰に対しても気弱な態度は子ども相手でも変わらないようだった。店を始める前は名の通った魔法使いだったという噂だが、本人に確認しても曖昧な笑みではぐらかされることが多い。

 そんな彼女は紙袋を抱え、この辺りではあまり見かけない獣人の少女と共にいつも自信なさげに垂らしている目尻を更に垂らしていた。

 

「実は、この子が転んで怪我をしてしまったんですけど、私教会にはいけなくて……」

 

「ミーアも回復魔法使えないから困ってるんだ……」

 

「そっか。……ねえウィズ、ハンカチ持ってる?」

 

 兜を脱いだソウゴは困惑顔のウィズから真っ白なハンカチを受け取る。女の子の怪我はコケて擦りむいた程度のもので、頭を打ってないか確認するが問題はなさそうだった。

 縁にレースのあしらわれたいかにも女性っぽいハンカチを広げたソウゴは、それを大粒の涙を流す子どもの前でひらひらと振ってみせた。

 

「ねえ、君。ここに、そこの綺麗なお姉さんから貰った魔法のハンカチがあります。よく見てね〜。種も仕掛けも、ありませ〜ん」

 

 何が始まるのかと、ソウゴ以外の三人が彼の手元を覗き込む。ひらひらとハンカチを揺らすソウゴは、それを女の子の膝の上にかけた。次に獣人の少女にいたずらっぽい笑みを向ける。

 

「この獣人のお姉ちゃんが手を鳴らすと、君のケガはたちまち治って痛みもどこかへ飛んでいきます。成功したら笑って拍手! いくよー? さーん、にー、いち〜?」

 

 急かされた少女はわけもわからず慌ててぱちんっ! と手を合わせる。ぽかんと見ていた女の子は、自分の体の変化に気づいたようで不思議そうに目を丸くしていた。もう涙が出ていないことを目視したソウゴはもったいぶってハンカチをつまみ上げた。

 

「じゃん!」

 

「わぁ」

 

「なまらすげぇ!」

 

 綺麗サッパリ傷は消え、まるでコケたこと自体がなかったように赤みすらない。そんな自分の膝を見て、女の子はぽつりと呟いた。

 

「いたくない……」

 

「でしょ? じゃあ、この魔法のハンカチをくれたお姉さんと魔法のハンカチでケガを治してくれたお姉ちゃんにありがとうの拍手〜」

 

 甲冑越しでソウゴの拍手はカチャカチャと音がなる。ニコニコと笑みを浮かべるソウゴにつられて、女の子は満面の笑みで二人に拍手を贈った。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「すごいですねソウゴさん。見たところ回復魔法のようではありませんでしたけど……」

 

「魔法じゃないよ。手品だよ」

 

 走り去る女の子と獣人の少女に手を振り、路地を歩く二人はウィズの店へと向かっていた。手放しで褒められてむず痒いソウゴは、自分の手をぼうっと見ながら考える。

 

(力が強くなってる……)

 

 今回行ったのは部分的な時間の巻き戻し。今までは世界そのものの時間を巻き戻し違う選択をしてきたが、これはその比ではない。この力の片鱗は平行世界の自分(オーマフォーム)にもあったが、オーマジオウとしての自分にも宿っていたとは考え辛い。

 心当たりならある。それは、ロボライダーのウォッチを手に入れたこと。そしてこの世界特有のレベルアップの概念。もし仮にこのまま魔王軍を蹴散らしウォッチを全て揃えたのなら、自分はいったいどれほどの力を手にするのだろうか。望まぬ暴力を、これ以上。

 

「どの職業のスキルですか? 初めてお話ししたときに王様だと名乗られてたから、ただならぬ方だとは思っていましたが……」

 

「手品はね、タネを教えちゃいけないんだよ」

 

 くすくすと笑い、悩みを隅に蹴り飛ばす。例えこの力の本質が危険なものであっても、それを御することができるのが王だ。それにあの士がただ力を増大させるために、ライドウォッチの回収(エリス曰く女神の役目)を自分に一任したとは思えない。ソウゴはこの先に“最高最善の魔王”への道があると思う他ないのだ。

 他愛もない会話をしているとウィズの店が見えてきた。そろそろお腹の虫も限界らしいので、ちょっとガッツリしたものが食べたいななどと思っていると、店の前で数名が待っていることに気がついた。

 

「ウィズ、今日は繁盛してるね」

 

「ちょうどよかったです。新しい紅茶を買ってきたところなので」

 

 ウィズが真っ白な顔に太陽のような笑みを咲かせる。あまり繁盛しておらず、貧乏店主として有名な彼女に降り注いだ幸運をソウゴも噛み締めた。

 しかしこの紅茶がこのあと、ほとんど小姑のような女神に催促され、あまつさえお湯に浄化されることを二人は知る由もなかった。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「へぇ、新しいスキル集めか」

 

「そう。せっかくうちのパーティーには世界一硬いガチムチクルセイダーがいるのに、後衛で効果的な攻撃ができるメンバーがいないからな」

 

「うら若き乙女を捕まえてガチムチとはなんだカズマ。流石に心外だぞ」

 

「めぐみんが使い勝手のいい魔法を覚えてくれれば話は早いんだが」

 

「我は爆裂道の深淵に至る運命(さだめ)を背負いしアークウィザード……。軟弱な魔法に現を抜かすことなどありはしないのです」

 

「とまあ、この面倒くさい有様だ」

 

「面倒くさいとはなんですか!」

 

 新たに〈千里眼〉〈狙撃〉などのアーチャースキルを獲得し、武具屋で初心者向けの弓を手に入れたカズマから事のあらましを聞く。最弱職の冒険者は様々なスキルを覚えられる代わりに専門職と比べて器用貧乏なところがあるらしいが、彼なら小手先の技術と機転で上手く扱っていけるのだろう。実際戦闘でどれほど役に立つかは見たことがないのでわからないが、戦力増強のために休みを設けたカズマが愚かでないことをソウゴは知っている。

 

「それで、ウィズには魔法を教えてもらうの?」

 

「いや、ウィズにはリッチーのスキルを教えてもらおうかなと」

 

「アクアは大反対でしたけどね」

 

「説き伏せるのに苦労したな」

 

 そう言ってウィズへと視線を向ける。そこには先程までの笑顔が嘘のように、へこへこと頭を下げる給仕係に成り果てたこの店の主の姿があった。アクアに余程の弱みを握られているのか、端から見ればほとんど従者と主人だ。

 

「りっちー? お金持ちのこと? ウィズは貧乏だよ?」

 

「ソウゴお前、本当のことでも言っていいことと悪いことがあるんだぞ。……もしかして、リッチーを知らないのか?」

 

「うん。なにそれ」

 

 ゲームが得意でないソウゴにはわからなくても、カズマが訪ねてくるほどなのだからきっと有名な職業なのだろう。高名な魔法使いだったというのも真実味が帯びてくる。そんな受け取り方で適当に相槌を打っていると、カズマたちはやっちまったという顔をした。

 

「なにソウゴ、あんたリッチー知らないの!?」

 

「うん。そんなに有名な職業なの?」

 

「なるほどね。そうやって相手を騙して近づき傀儡にしようとしてたわけね」

 

「い、いえアクア様! 決してそのようなことは……!」

 

 横槍を入れるように、アクアたちが会話に混ざってくる。そんなに知ってて当然な役職なのかと身構えていると、アクアはにんまりと、例えるならいじめっ子が大義名分を得た時のような顔をした。一同は嫌な予感がしたがもう遅い。気まずそうにしていたウィズの手をとったアクアは、死者を見送る女神のように微笑んだ。

 

「ソウゴ。リッチーっていうのはね、暗くてジメジメしたところがだ〜い好きな、なめくじの親戚みたいな連中よ♪」

 

 その瞬間、店は神々しい光と店主の悲鳴に埋め尽くされた。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「グーで殴った……。カズマがグーで……。私悪いことしてないのに……」

 

「説明のために浄化するやつがあるか! ウィズが物理的にスケスケじゃねぇか!」

 

 涙目で頭頂部を押さえるアクアに説教するカズマの傍らで横になったウィズは、今にも消えそうなほどぐったりと透けていた。試しにソウゴがウィズの髪に触れてみると、半透明なのに確かにそこに物体が存在する感触が返ってくる。ガラスでできた生き物を触っているみたいだなと感想を抱いていると、息も絶え絶えなウィズが微笑む。

 

「今まで黙っていて……すみません……。私……アンデッドの王……ノーライフキングなんて……やってます…………」

 

「へー、ウィズってアンデッドの王様なんだ。すごいね」

 

「いえ……大したものでは……」

 

「カズマがそのアンデッドの王様のスキルを教えてほしいんだって。いい?」

 

「はい……。構いませんよ……」

 

「一応守衛のバイトなのですが、ソウゴ的には見逃してオッケーなのでしょうか?」

 

「うん。だって、何も悪いことしてないでしょ?」

 

「その話し合いの前にウィズが今にも消えそうなのだが、大丈夫なのか?」

 

 ダクネスの心配にウィズは力なく微笑む。そして少し思案した後、彼女はある提案をした。

 

「お教えするリッチースキルですが……〈ドレインタッチ〉など……いかがでしょうか……? あとついでに……どなたか……生命力を分けていただけると…………」

 

「は!? ダメよ、〈ドレインタッチ〉なんて! 腐れヒルもどきの分際で女神の従者から生命力を吸い取るなんて許されないわ!」

 

「誰が従者だ! 話が進まねぇからお前はちょっと黙ってろ!」

 

 同じ箇所に的確にもう一撃お見舞いされたアクアはまた頭を抱えて蹲る。その目からはぽろぽろと涙が溢れており、見る者の同情を誘う。夕飯のときは優しくしてあげよう、とソウゴは思った。

 ウィズの提案、というより切実な願いを聞いた面々は各々複雑な表情をする。

 

「俺はスキルを使うところ見てなきゃいけないからダメだな。誰か頼めるか?」

 

「私は分け与えると一日一爆裂が行えないので……」

 

「私はこれでも聖騎士だ。消えかけのウィズには毒ではないのか?」

 

「じゃあ、俺だね」

 

 消去法で決定したソウゴは篭手を外し、どうぞ、と手を差し出す。死地に光を見たように目に希望を宿したウィズは、その手を取って感謝の意を述べた。

 

「ありがとうございます……。これでやり残したことができます……」

 

 発動された、ソウゴ初体験の〈ドレインタッチ〉。ソウゴの手からウィズの手へと移動する緩やかな力の流れ。ぼんやりと光る可視化された生命力の動きは、まるで穏やかな川の流れのようだった。

 

「……あれ?」

 

「? どうかしましたか、ソウゴ?」

 

「うん。この感覚、どこかで覚えがあるんだけど……」

 

 首を傾げるソウゴは、手から生命力を吸われる感覚に何故か覚えがあった。この力が抜けるようで、それでいて全く倦怠感などを感じない不思議な感覚。ついこの前受けたような気がして新しい記憶から探っていくと、労を要さずすぐに思い至った。

 地球最後の記憶。世界創造の前。そうこれは……

 

「あ、スウォルツに力を吸われたときだ」

 

 そう呟くのと、ウィズの全身に電撃のような痛みが走るのは同時だった。

 

「あばばばばばばばばばばば」

 

「「「ウィ、ウィズーーー!!!」」」

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「昔のパーティーメンバーが……川の向こうで手を振っていました……」

 

「な、なあカズマ。〈ドレインタッチ〉でソウゴの力を私に流してくれないか……?」

 

「お前、さっきの俺の腕を見てなかったの? 嫌だよ?」

 

「リッチーが〈ドレインタッチ〉で返り討ちにあう姿を初めて見ました……」

 

 慌てて習得した〈ドレインタッチ〉をカズマが使い事なきを得たウィズは、さっきよりもぐったりと倒れ伏していた。透明感が何割か増しているように思えるが、外からの浄化魔法と内側からの生命力の逆襲にあえば仕方ないだろう。

 ウィズから生命力を吸い返し、腕がズタズタになったカズマの腕を元に戻したソウゴは、虫の息のウィズに問いかける。

 

「大丈夫、ウィズ?」

 

「は、はい……。二日ほど安静にしていれば……何とかなると思います……」

 

 良かれと思ったことで二日もダウンさせてしまうのは流石に忍びない。そう思ったソウゴはなんとかできないかと知恵を振り絞る。事情が事情なので街の人間には助けを求められず、今この場にいる者だけでできる解決策。唸るソウゴを横目に、スキルを教えてもらって後は放置というわけにもいかないカズマがウィズに手を差し出した。

 

「ウィズ、俺の生命力吸うか?」

 

「ここまでダメージを受けてたら、カズマが干からびるくらい吸ったところで焼け石に水よ。自然な回復力に任せるか、生命そのものを吸うかね。……いっそ、このまま天に「それだ!」

 

 アクアの一言で閃いたソウゴが顔を上げる。何事かと全員の目が向く中で、ソウゴは得意げな笑みを見せた。

 

「ウィズがダメージを受けたのは、俺が仮面ライダーの力を集約した存在だからなんだよ」

 

「ああ、そんなことを前にも言っていたな。歴史の継承がどうとか」

 

「そ。だから―――」

 

 そう言ってソウゴは何もない空間に右手を伸ばした。するとその手には黒い力の奔流が暴れ狂い出す。その手のひらに意識を集約させ、放つ。

 手から放たれた黒い靄のような力の濁流は、空中で青いスペードマークを取り込むと人の形へと変化していく。

 

「―――これならどうかな?」

 

 そこに佇むのは群青の騎士。ソウゴの着込んでいる鎧が見劣りするほど洗練された武具に身を包む、赤い目をした(いかめ)しい存在。腰には長い剣を携え、鎧の端々にスペードの意匠が取り込まれた戦士の突然の登場に、一同は言葉を失った。

 

「彼は“仮面ライダー(ブレイド)”。俺に歴史を託してくれた一人で、生物の祖たる不死生物・〈アンデッド〉が封じられたカードの力を使って戦う仮面ライダーだよ。……お願いできる?」

 

 ソウゴにブレイドと呼称された戦士は、ウィズの傍に跪いて手を差し出す。力を吸えということなのか、ウィズがその行動に困惑していると、彼は膝を崩して座り彼女の手を取った。冷たい、しかし暖かな温もりをその手から感じる。表情はわからないが、ウィズにはその仮面の下が優しく笑っているような気がしていた。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「……すごいです。前より力が漲っている気がします」

 

「オーマジオウの力は負担が大きいからライダー一人分ならどうかなと思ったんだけど、上手くいってよかったよ」

 

「最早なんでもあり過ぎてツッコむ気にもなれんな」

 

 ウィズの体調が回復すると、ブレイドは何事もなかったかのように力の塊に戻りソウゴの中へと戻っていった。未来の自分が召喚していたのを思い出して見様見真似だったが、使役ではなく彼の意思を尊重できたようでホッとする。そうしていると、カズマは悪い顔をしてソウゴにお伺いを立てた。

 

「なあソウゴ。ものは相談なんだが、今の人に俺たちがクエストに行くときのお供をお願いできないか?」

 

「駄目だよ。……俺はもう皆には戦ってほしくないんだ。歴史の中で、十分戦ったからさ」

 

「……悪い。今のは忘れてくれ」

 

 カズマも、仮面ライダーが無償で戦う善人たちだという話を思い出して自分の欲を取り下げる。何にせよ珍しいスキルを手に入れることができたのだから良しとしようと考えていると、元気になったウィズがこちらに笑いかけた。

 

「凄いですね、ソウゴさん。流石はベルディアさんを一方的に倒しただけはあります。あの方は、剣の腕に関しては幹部の中でも相当なものだったはずなので」

 

「なんだか、あのデュラハンのことを知っているような口ぶりですね」

 

「ええ。だって私、魔王軍の八人の幹部の一人ですから「確保ーーーー!」

 

 言うや否や、アクアがウィズを押し倒し拳に浄化の力を込める。大義名分を得て馬乗りになったアクアは、普段の浄化魔法のような神聖な輝きとは違い、密度の濃い白い炎のような揺らぎを灯した〈ゴッドブロー〉の構えをとった。

 

「ただのリッチーなら寛大な御心で見逃してあげてたわ。でも、魔王軍幹部なら話は別よね?」

 

「ま、待ってください! 幹部といっても結界の維持を頼まれただけのなんちゃって幹部なんです! 人に危害を加えたこともありません!」

 

「アンデッドの言うことなんて信用できないわね。地獄で神の理に反したことを懺悔なさい! 〈ゴッd「待て待てアクア! ストップ!」

 

 アンデッドにとっての一撃必殺の拳を抑え、カズマはアクアを羽交い締めにして無理矢理引き剥がした。バタバタと暴れるが今はこうするより他はないので、行き場を失ったフラストレーションが容赦なくカズマを襲う。具体的には暴れるアクアの肘や拳がボカボカとカズマの脇腹や顔を殴りつけていた。

 

「なんで邪魔するのよカズマ! この背信者!」

 

「俺は無宗教だって何回言えばわかるんだ内職の女神! 話を最後まで聞きやがれ!」

 

「しかし、魔王軍の幹部となると冒険者という立場の手前、どんな理由があれ放っておくわけにもいかないだろう」

 

「それを言い出すと、リッチーを黙認している時点でかなりマズい気がしますが」

 

「本当なんです! 魔王さんから『人里でお店を出してのんびり暮らすのはいいから、結界の維持だけ頼めないか』って言われて協力してるだけなんです! 信じてください!」

 

 鬼気迫る表情に、アクア以外の三人は難しい顔をする。この気弱な店主が、自分たち駆け出しの冒険者を騙してまでこの街で何かを仕掛けるというのも考え辛い。仮に幹部としての破壊工作だったとしても、この街に馴染むほど生活する理由もなければ、素直にリッチースキルを教える理由もないのだ。信じたいが決定打に欠ける、そんな空気を打破するようにソウゴは口を開いた。

 

「俺は信じてもいいと思うよ」

 

「ソウゴさん……!」

 

「ブレイドが力を貸してくれたんだ。きっとウィズは悪い人じゃないよ」

 

 そう宣ったソウゴは、そうだ、と思い出したような表情でウィズの前に踏み出す。懐からベルディアからの戦利品を取り出すと、それをウィズに見せる。

 

「ねぇウィズ。魔王軍の幹部ならこれと似たもの持ってない?」

 

「それ、ベルディアさんが魔王さんに貰っていた〈オーパーツ〉ですよね。ありますよ。使ったことはないので、動くかどうかわかりませんけど」

 

 そう言ったウィズはカウンターへと戻り、在庫棚の中をごそごそと探し始める。たしかこの辺りに、などと言いながら散らかしているのを見て、ここにいる全員が彼女は無害なんだろうと結論づけた。こんな間抜けな極悪人がいてたまるかという気持ちが強いが。

 

「あ、ありました! これですよね?」

 

 そう言って彼女は緑のライドウォッチをソウゴに見せる。実験台として改造させられ、心を持ったままネオ生命体のプロトタイプとしてこの世に誕生した戦士。自然の力を取り込み力を蓄えて、愛に飢えた不死身の怪物を倒した英雄の歴史。

 

ZO(ゼットオー)のライドウォッチ……!」

 

「……これ、ソウゴさん()()のものなんですよね。どことなく、さっきの方と似ている気がして」

 

「うん。それは俺たち仮面ライダーの歴史が込められた大切なものなんだ。……返してもらえないかな?」

 

「そんなに大事なものだったんですか!? すみません! 雑に扱ってしまって!」

 

 ぺこぺこと謝るウィズからライドウォッチを受け取ったソウゴは、二つ目の回収が無事済んだことに安堵する。また一つ、重みある歴史を継承した瞬間を噛み締めていると、アクアは大仰なため息をついた。

 

「ソウゴにはお礼をするくせに、この女神アクア様への貢物は無いなんてどういう了見かしら」

 

「元はと言えばお前がウィズを浄化したからややこしくなったんだろうが! お前が面倒事増やさなかったら、とっくに昼飯食えてるし今頃弓の試し打ちができてたんだよ!」

 

「何よ! 今日は休みなんだからいいでしょ! そんなに怒らないでよもう! 今から帰ってシュワシュワにしましょ!」

 

「今日はクエスト行ってないんだから飲めるわけねぇだろ! 金貯めるための休みで散財するとかバカかお前!? そんなんだからいつまで経っても家買えるだけの金が貯まらないんだよ!」

 

「あの、皆さんはお家の購入を検討されてるんですか? 今は無理だと思いますよ?」

 

「「「「「え?」」」」」

 

 ウィズの何気ない一言に、全員の顔が固まった。この世界での不動産の相場を調査していたカズマも、酒の醸造を計画していたアクアも、近場で爆裂散歩を企画していためぐみんも、男女比二対三のルームシェアに心躍らせていたダクネスも、王城を構えることを夢見ていたソウゴも、例外なくウィズを捉えて離さない。

 そんな視線には負けず、ウィズは眉を垂らして申し訳無さそうに話した。

 

「最近、空き家に霊が住み着く案件が頻発しているらしいんです。祓っても祓ってもすぐに他の霊が集まってくるそうで、今はどの物件も販売できないと不動産屋さんが仰っていましたよ」

 

「「「「「え?」」」」」

 

 この瞬間、五人の顔は真冬の馬小屋の朝のように凍りついた。




拝啓、ウォズ様へ

吐く息の白さに異世界でも冬を感じる今日この頃、どうお過ごしでしょうか。私は元気です。最近はアルバイトも慣れてきて、こっちに来る前にある程度服とか持ってくるんだったなと後悔しております。郵送が可能なら送ってください。住所は不定ですので、門矢士かエリスという女神様にお願いしてください。
さて話は変わりますが、そちらの私は順調に王への道を進めているでしょうか。助言などはなるべく控えてください。その本の通りに進むのは、私が最後です。未来は何が起きるかわからないのが面白い。そちらの私の歩む道の果てを、どうか楽しみにしていてください。

                     ソウゴより
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