この素晴らしい魔王に祝福を!   作:春野 曙

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異世界でもARMOR ZONE! 2016
このお屋敷に恐怖の夜を!


「ここが幽霊屋敷かぁ」

 

「悪くない。悪くないわね……。この私が住むのに相応しいんじゃないかしら!」

 

「元は貴族の別荘だったそうですね……」

 

「除霊の報酬がこの屋敷とはな。本当にいいのか? 私達が住んでも」

 

「ああ。ウィズと一緒に大家さんに話を通したから大丈夫だよ」

 

 レンガ造りの外観は、カズマの思い描く中世の邸宅そのもの。三階建ての豪奢な面構えは、郊外であることと築年数を差し引いても申し分ない立派さだと言えるだろう。空き家であるのに管理がいき届いているのか、芝も雑草も丁寧に整えられている。夕焼けを反射する窓が、宝石のようにキラキラと輝いていた。

 明らかに駆け出しの冒険者五人で住むには不釣り合いな新居を前に、一同はこのチャンスと巡り合わせてくれたウィズにしみじみと感謝をしていた。

 

 

 

 五人がそれぞれの理由で絶望に打ちひしがれていると、ウィズが見逃してくれるお礼にと自分の元に舞い込んできたある相談の話をしてくれた。

 それは除霊と、物件の宣伝。街の空き家で頻発している幽霊騒ぎを治め、最も悪霊の集まるこの屋敷に住んで「もう幽霊は大丈夫だ」とアピールしてほしいというもの。ギルドに特別クエストとして申請していたらしいが、どのパーティーも終わらない幽霊退治に根負けしてリタイアした曰く付きの一件である。

 

「明日はお休み貰ったし、今日は夜更しして幽霊退治しちゃうよ!」

 

「頼むぞソウゴ。大家のおっちゃんも嘆いてたんだよ。クエストリタイアが続出したせいで余計に悪評が広まったって」

 

「なるほどな。つまり、同じ冒険者が尻拭いをすれば噂も落ち着くだろうということか」

 

「しかしそんな大役、リッチーのウィズならともかく我々で務まるのでしょうか?」

 

「何言ってるのめぐみん! ここにいるのは水の女神にしてアークプリースト、つまり対アンデッドのエキスパートよ! 見てなさい……」

 

 めぐみんの一言にやる気スイッチが入ったのか、屋敷に両手を翳したアクアは目を閉じて意識を集中させる。仄かに両手に宿る灯りが、実にアークプリーストっぽい雰囲気を出していて皆一様に感嘆の声を漏らした。

 

「……見える。見えるわ。この屋敷には貴族が遊び半分で手を出したメイドとの間にできた子ども。その隠し子が幽閉されていたようね。元々体の弱かった貴族の男は病死、母親であるメイドも行方知れず。後にその子も貴族と同じ病で――

 

 と思ったら、胡散臭い霊能力者の語りが始まった。

 延々と語られる長々とした幽霊の設定に、カズマは霊と話せる系霊感女が心霊スポットで共感性の涙を流す安っぽい心霊番組を思い出す。こういうところがパチモン臭いんだよなぁ、などと不届きなことを思っていると、めぐみんとダクネスも同じような考えに至ったのか、三人は目を合わせ何も言わずに敷地へと踏み行った。

 

「……ソウゴはよかったのか」

 

「……結構楽しそうに聴いてたしいいだろ」

 

「……まずは屋敷の全体を把握。そのあと共用部分から掃除に取り掛かりましょう」

 

「「おー」」

 

 キラキラとした目で話を聴き入るソウゴを置いて、三人は方針を決定する。掃除の戦力が約半分削れてしまったが、三人いればある程度片付くだろう。本番に向けての仕方ないコストだったと諦めて、カズマは屋敷の扉に手をかけた。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「ふぅ……。案外綺麗で助かりました。家具などもそのまま使えそうですね」

 

「部屋割りも決めたし、あとは悪霊が出るのを待つだけだな」

 

 最後に残していた、妙に生活感のある物見塔の掃除を終えて一息つく面々。アクアとソウゴがまだ中に入ってきていないようだが、三人は先着順で自分の部屋を決めてしまっていた。際立って広い元の持ち主の寝室は流石に遠慮し、使用人のものと思しき部屋を自室に充てがっている。別荘の管理のためかかなりの人間が雇われていたらしく、部屋の数も使い道に迷うほどだった。

 

「んじゃ、もう日も落ちたけど風通しするか。寒いけどカビ臭いよりはマシだろ」

 

 そう言ってカズマは物見塔の窓を開く。

 すると、視界にはアクセルの街が飛び込んできた。街を一望できるこの場所は、ぽつぽつときらめく人の灯火と満点の星空が独り占めできる。だからだろうか、吹き込んでくる寒風は昨日までとは違って感じられた。命を奪いに来る死神の吐息だったものが、今は肌を撫でる長夜の便りだ。

 

「いい眺めだな」

 

「今日からこの景色は我々のものです。存分に満喫しましょう」

 

 同じ窓から夜空を見上げる二人も、珍しく感傷に浸っているのかいつもより静かだった。

 凍死回避のための金を稼ぐ、生死を反復横飛びするような生活からの解放。そして、既に手に入れたようなものの自分たちの屋敷。この異世界に来て、今日が一番幸福な日だろうとカズマは感じていた。

 そんなカズマたちの耳に声が届く。何やらボソボソと話しているような声にどこから聞こえてくるのかと見回すと、すぐに発生源は見つかった。

 

「名前はアンナ・フィランテ・エステロイド。好きなものはぬいぐるみや人形、冒険者たちの冒険話。……でも安心して! この子は悪い霊じゃないわ。子どもながらにちょっぴり大人びたことが好きみたいね。たまに甘いお酒を――

 

 集中しているのか時間も忘れて設定を読み取り続けているアクアの姿がそこにはあった。夜に紛れて一人ぼんやりと光を放っており、現代日本ならびっくり人間として見世物になっていただろう。玄関灯としてはよく働いていると思うが、正直関わりたくないというのが本音だった。

 

「…………あれ、ソウゴは?」

 

「おい、カズマ」

 

 よく見ると別れる前までアクアの話を傍らで聴いていたソウゴの姿がない。流石に飽きてもう屋敷に入っていたのかと思っていると、ダクネスがカズマの袖を引いて庭の方へと指を向ける。

 

「へぇ、ケーキ好きなんだ。……ここに置いたら食べれるの? いいなぁ。俺は食べられなかったからさ。…………へぇ、角のところの? しゅーあら? ……ああ、シュークリーム。わかった、今度買ってくるね」

 

 その示す先には、木を背にして座り込み誰かと話している様子のソウゴがいた。隣にはお墓のように見える石碑が鎮座しており、楽しそうに談笑する魔王様のお姿は門の前にいる女神様といい勝負をしている。

 そっと窓を閉めた三人は、話し合うまでもなく何も見なかったことにした。

 

「……じゃあ、今からは自由行動ということで。悪霊が出たら知らせること。解散!」

 

「「おー」」

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「やっぱり自分の部屋があるっていいなー、素晴らしいなー!」

 

 ソウゴに直してもらったジャージを着るカズマは、この世界に来てようやく手に入れたプライベートというものを堪能していた。最近は前世で引きこもりをしていたことすら忘れて騒がしい日々を過ごしていたからか、自室という聖域に懐かしさを覚える。

 とは言え、どこからどこまでも日本の実家とは規格が違う。銭湯のようなお風呂に金持ちっぽい広い食堂、優雅なティータイムができそうなバルコニーや、カズマたちには使われることがないであろう書斎、エトセトラ、エトセトラ。

 しかし、探索すればするほど貴族の屋敷というより子供部屋のような印象を受けたのを思い出す。あちらこちらに飾られた西洋人形やぬいぐるみが、貴族というお堅そうな身分とは乖離して感じられたのだ。

 

「……まさか本当に隠し子を育てるためだけの別荘だったりしないよな」

 

 アクアが語っていた設定を振り返る。幽閉され病死した少女。ジャパニーズホラーなら、子どもの霊が侵入者をおもちゃ代わりに追い詰め殺してしまう定番中の定番だ。しかしここは異世界。幽霊だって魔法で倒せる世界だ。こちらには、普段は穀潰しながらリッチーすら臆さず浄化しようとする最終兵器もいる。何も心配はないだろう。

 

「ま、朝までには悪霊もアクアが全部なんとかしてくれるだろ。自分の家に住み着いた悪霊を放置しとくようなやつじゃないし、何かあればソウゴもいるし……」

 

 そう独り言を呟いて、物見塔で見て以来ソウゴを見ていないことに気づく。モンスターの群れに囲まれてもへらへらしながら無傷で帰ってきそうな、戦闘の面ではパーティーの中で一番心配のない男。ソウゴの身を心配する事態なら、この世の終わりを心配した方がいいだろうとカズマは本気で思っている。

 しかし、大人しく警察に捕まったり馬小屋での生活に愚痴を漏らさなかったりと、妙にズレたところのあるおおらかな自称魔王。自分たちの生活を一番支えてくれた功労者の顔がどうもチラついて仕方がない。

 

「……ホラー映画って、こうやって油断するのがフラグなんだよなぁ」

 

 何か一人では解決できないトラブルに巻き込まれているのかもしれない。そうでなくとも、安全を確認することは大事だ。そう考え立ち上がり、ランプに手を伸ばしたときだった。

 

 

「ふぁぁぁぁ!? ああぁぁぁぁぁぁぁ……!!」

 

 

 館内に響き渡る悲鳴。恐らくアクアのものだろう。ソウゴの不在に続き女神であるアクアの悲鳴となれば、もしかすると自分が考えている以上にマズい状況なのかもしれない。逸る気持ちに急かされて、大急ぎでアクアの部屋に飛び込んだカズマが見たのは、床に崩れるアクアの後ろ姿だった。

 

「どうしたアクア! 何があった!? 大丈夫か!?」

 

 肩を震わせ嗚咽を漏らすアクア。見たところ外傷はなく、〈敵感知〉スキルでもこの部屋から敵意は観測できない。あのアクアを泣かせ逃げ遂せる悪霊がいることに驚きと危機感を募らせたカズマだったが、彼女が振り返るとその熱も急激に冷めていく。

 

「かじゅまぁ…………!」

 

 彼女が泣きながら抱えていたのは、空の酒瓶だった。

 

「これは大事に取っておいた凄く高いお酒なの! 引越し祝いとしてお風呂からあがったら、ちびちび、ゆっくり飲もうと思ってたのに……! 私が部屋に帰ってきたら、見ての通り、か"ら"に"な"っ"て"た"の"ぉ"ぉ"……!」

 

「俺の心配を返せ。今すぐ」

 

 そう言ってまたおいおいと泣き始める。もう二度とアクアの心配はしないと心に硬く誓ったカズマが蔑んだ目で駄女神を見下ろしていると、騒ぎを聞きつけたのか嬉しそうなダクネスと少し怯えた様子のめぐみんも、寝間着のまま部屋へと駆け込んできた。

 

「い、今の悲鳴はなんですか!?」

 

「悪霊が出たのか!」

 

「いや、お供えものが消費されてただけだよ」

 

「お供えものじゃないわよ! こうなったら、屋敷にいる霊を片っ端からしばきまわしてやるわ! 女神の供物に手を出したことを後悔させてやるんだから! お酒の仇ーー!!!」

 

 空の酒瓶を放り投げて廊下を走り去るアクア。どう考えても危険人物なその後ろ姿は、彼女の信者が見れば信仰心が消し飛んでしまうこと請け合いだろう。まあ、八つ当たりで除霊を始めてくれたのだから結果オーライと考えることにしたカズマは、事情を察しなんとも言えない顔をする二人に尋ねた。

 

「なあ、ソウゴ知らないか? 掃除のとき見て以来姿を見てないんだが」

 

「ソウゴなら少し前に『ちょっと出てくる』と言ってでかけたぞ」

 

「こんな時間に?」

 

「ああ、何でも急ぎだとかで」

 

「ふーん。そっか」

 

 やはりソウゴの心配など取り越し苦労だったようで、動向がわかるや否や安心からか眠気が襲ってくる。フラグなんてへし折って進む非凡人の二人が自由に動いているのだから、この件に関しては問題ないだろう。そう判断し、屋敷の悪霊はアクアに丸投げしようと考えたカズマは、女神の〈ターン・アンデッド〉の合唱を子守唄に明日を迎えることとした。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「ごめんね、こんな時間に。アクアは屋敷にいてもらった方がいいからさ」

 

「いえいえ、元は私の受けた相談ですし気になさらないでください。それに、リッチーなので夜の方が元気なくらいです」

 

 アクアが一人騒いでいる頃、ソウゴは街で有名な美人店主と夜のお散歩に興じていた。デートの行き先が墓地で無ければもう少し浮いた話になっていたのだろうが、そんなことを毛ほどにも考えていない二人は目的地を前に和やかに談笑していた。

 

「あのお屋敷に行ったら、ウィズがすぐに相談を解決しなかった理由がわかったよ。丁度いいって思った?」

 

「ソウゴさんにはお見通しですね。私はこれで良かったと思っています。怒っていますか?」

 

「全然。幽霊であれなんであれ、寂しがってる民を放ってはおけないからね」

 

「それならよかったです。無理に魂を天に返してもかわいそうなだけだったので。……できれば、悔いなく自分から成仏してほしいと思っているんです」

 

 別荘に隠された子ども・アンナを尊んでいるのか、遠い目をするウィズ。そんな横顔を見てソウゴも、少し話した可愛らしい女の子のことを憂う。

 屋敷の中の世界しか知らず、その中で全てが完結していた幼子。物見塔から見る遠い街並みも外壁の外のことも知らず、使用人から愛されて育った代償に自由を知らぬままこの世を去った少女。そして、死した後にこの世の広さを知り、遅すぎた憧れのせいでこの世に縛り付けられてしまった彼女のことを。

 

「大丈夫。俺の仲間に、彼女を邪険に扱うような人はいないよ」

 

「……そうですね。皆さんならきっと、あの子も幸せに暮らせるでしょう。では、私達には私達のやるべきことをしましょうか」

 

 そう言ったウィズは、現実と向き合う。カズマたちと初めて会った、アクセルの街唯一の共同墓地。そこに何故か張られた、自分も長時間その中にいれば浄化されかねない神聖な結界、これの対処という現実と。

 

「そうだね。どう考えてもアクアのせいだけど」

 

「これほどの結界を張れるのは、この街ではアクア様だけでしょう。近くにいるだけで体がピリピリします」

 

「なんでこんなところに張ったんだろ」

 

「私にもどうしてだか……。これだけ強力だと、かなり凶悪な霊も弾き返している可能性があります」

 

「そうなんだ。まあ、アクアがいるし平気だろうけど。これは解除しちゃっても問題なさそう?」

 

「はい。私でも手に負えそうもありませんし、お願いします」

 

「うん。任せて」

 

 そう言って、ソウゴはこういうことの専門家の力を借りることにする。先だってウィズの前で披露した、先人の力の具現化である。自身による力技ではなく、墓地に眠る遺体に配慮した知識と技術を選択した彼が呼び出すのは、もちろん“幽霊”の力だ。

 手から放たれた黒い靄は目のような紋章を取り込み、人の形を生成する。死してなお立ち上がり、心を繋ぎ蘇る不滅の戦士。偉人の魂と想いを通わせ、無限の未来を手にした若者の力。ソウゴに歴史を託した一人の勇姿がその場に顕現する。

 

 はずだった。

 

「……あれ?」

 

 靄が意思に反して人の形を崩す。まるで氷が蒸発するように霧散した人型に対してソウゴが不思議そうに首を傾げていると、その光景を観察していたウィズは難しい顔でソウゴに問いかけた。

 

「ソウゴさん、もしかして前のブレイドさんのようにどなたかをお呼びになろうとされましたか?」

 

「うん。こういう不可思議な領域の専門なんだけど、俺の力が阻害されてるみたいで」

 

「……恐らくですが、結界の力が強過ぎるせいではないでしょうか。力や魂の再現という点から、分類するならば反魂術に近いスキルのようですし」

 

「はんごんじゅつ?」

 

「〈クリエイト・ライフ〉を代表とするネクロマンサーのスキルです。基本的には死体を集めて下級のゾンビなんかを作る程度なんですけど」

 

「え、じゃあ呼んだライダーって〈ターン・アンデッド〉とかで成仏しちゃうんだ」

 

「純粋な反魂術ではないので消滅させることはできないと思いますが、アクア様ほどの力であれば強制的に力の解除は可能かと」

 

「やっぱり女神なんだなぁ。全然見えないけど」

 

 さらりと悪態を吐いたソウゴは、次の手を考える。と言っても安全策が使えない以上、手早く済ませられることと言えば力技だ。やはりウィズに声をかける判断は間違ってなかったなと心の中で呟いたソウゴは、確認のために彼女に問いかける。

 

「この結界って無理矢理壊しても大丈夫そう?」

 

「はい。見たところ迎撃の罠は張られていませんし、壊れても周りに影響はないと思います。……壊せるんですか?」

 

「うん。俺は“破壊者”の力も受け継いでるからね」

 

「仮面ライダーという方は、物騒な方が多いんですね……」

 

 ウィズのしみじみとした呟きを聞き流し拳を握る。権能の一部開放ならばオーマジオウの姿になる必要もないだろう。確かに力が宿る感覚を得たソウゴは、その力を存分に振るう。魔王による女神への、リベンジマッチが開幕した。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「……トイレ行こう」

 

 〈ターン・アンデッド〉のコーラスも聞こえなくなった丑三つ時。尿意を感じて目の覚めたカズマは、明かりのない部屋を〈千里眼〉スキルで把握する。こういった日常生活でも便利なスキルを自由に取得できるのが最弱職の特権だ。高難易度クエストでレベルが上がっていたことも要因だろう。あの短くも一番恨みの濃い日々に僅かながら感謝をしたカズマは、起き上がるために寝返りをうつ。

 

「…………?」

 

 すると、目線の先には見覚えのない西洋人形が鎮座していた。テーブルの上に腰を掛けこちらを凝視する人形など寝る前にはなかったはずだ。屋敷を回ったときに見たものに似ている気がするが、持って帰ってきた記憶もない。そんな風にぼんやりとした頭で考えていると、その人形の、生きているわけがない人形の首が、こちらに気づいたように不自然に傾き()()()()()

 そこで、アクアの言っていたことを思い出す。

 

『好きなものはぬいぐるみや人形』

 

(こっっっっっぅわ!!! 何あれ何あれ待て待て待て怖すぎだろ何だあの人形!!!)

 

 一気に目が覚めたカズマは人形に背を向けて布団を頭まで被る。あの無機質な目が今も自分を捉えているのかと思うと背筋の寒気が止まらない。いくら心構えがあったとはいえ寝起きの人形がこれほど怖いとは、カズマは思いもしなかったのだ。

 

(トイレは大丈夫だ。俺の膀胱はそんなにやわじゃない。一晩くらい耐えられる!!)

 

 そう念じれば念じるほど、己の括約筋が限界を囁いてくる。焦りからかむしろ起きたときよりトイレに行きたいという気持ちが強くなってくるほどだ。もしかすると大人しくしていれば霊も飽きてどこかへ行ってくれるかもしれない。そんな淡い期待で瞼をギュッと閉じていると、ベッドにドサッと何かが落ちる重みを感じた。

 

(これやばいやつだ。絶対やばいやつだ! 目を開けたら目の前にさっきの人形がいるパターンじゃん! B級映画で散々見たやつ!!)

 

 しかし確認しないわけにもいかない。なんなら、脅かしてくれた分ワンパンくらいかましてやってもいいんじゃないかとすら思う。拳を握り、そっと布団から顔を出す。案の定、人形()()は目の前にいた。

 眠るカズマを取り囲むように、何体も。

 

「ほぁぁぁぁぁああ!!????」

 

 十体ほどの人形たちの寝起きドッキリに、悲鳴にもならない声を上げたカズマはベッドから飛び出し一目散にアクアの部屋を目指す。振り返ると、人形たちは宙を漂いながらカズマの後を追いかけてきていた。

 

「アクアーーー! アクア様ーーー!!」

 

 情けない声を出しながら唯一の頼みの綱に縋り付く。寝る前に不用意なことを考えていたせいもあるが、それとは別に命の危険とか関係なく普通に怖い。これまで異世界で感じてきた『恐怖』は『恐』の方であったが、これは飛び抜けて『怖』の方である。泣きながら逃げ惑うカズマの姿を見て、人形たちはクスクスと笑う。それが更に超怖い。

 

「アクア! 助けて! アクアー!」

 

 ようやくアクアの部屋に辿り着いたカズマは、ノックもせず飛び込んで即座に扉を閉める。そして振り返るとそこには助けになってくれる女神の姿はなかった。

 代わりに爛々と光る、赤い目玉が二つ。

 

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「わぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」

 

 恐怖の夜は、まだまだ続く。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「ただいまー。ねー、アクアまだ起きてるー?」

 

 一仕事追えて帰宅したソウゴが玄関に入ると、深夜だというのに屋敷は随分と賑やかになっていた。あの結界の意図と帰り道で見たことを報告しようと声を便りに進んでいくと、廊下に点々と人形が落ちていることに気がついた。

 

「もー、何してるのさ。これはアンナの大事なものなんだよー?」

 

 文句を言いつつ、ヘンゼルとグレーテルの気分で先へ進む。廊下の角を曲がった所でソウゴの目に飛び込んできたのは、異様としか表現のしようがない光景だった。

 

「武器も防具もない状態で悪霊から仲間たちを守る聖騎士とか……! なかなか滾るシチュエーションじゃないか!」

 

 寝間着と言うには流石に薄すぎるネグリジェ姿で、はたきを片手に恍惚な表情をするダクネス。

 

「……………………」

 

 デコにコブを作り、白目を剥き倒れるアクア。

 

「お前は半分出せたんだから譲れよ! 紅魔族はトイレ行かないんだろ!」

 

「何言ってるんですか! 中には私の下があるんですよ! 優先権は私にあります!」

 

「ロリ枠の下半身にもパンツにも興味ねぇよ! 入ったらすぐに外に放り出してやるからちょっと待ってろ!」

 

「誰がロリですか! あと二年もすればダクネスもびっくりのボンキュッボンに……ってやめ、下っ腹を押すのはだめで、やめろぉぉぉ!!」

 

 下を履いてないめぐみんとトイレの前で争うカズマ。

 

「あの、本当に何してるの?」

 

 少し席を外しているだけで予想外の方向に荒れている仲間たちの姿に目が点になる。そんな呆然とするソウゴにようやく気がついたカズマは、トイレに入ろうとするめぐみんの腰を締め上げながら声を荒げた。

 

「こっちが人形に追いかけられて怖い目に合ってたってのにどこ行ってたんだよバカ!」

 

「そうです! ソウゴがいればライダーパワーで幽霊もちょちょいだったのに!」

 

「俺、一応働いてたんだけど……」

 

 理不尽に怒られ納得はいかないものの、真意を問う前に気絶している人間一人が責められる状態を作るのは良くないだろう。明日にでも話せばいいか、と切り替えたソウゴは、今日はもうお風呂に入って全てを忘れることにした。

 

「……アクアは運んどいてね」

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「引き続きここに住んでいいことになってよかったね」

 

「ええ。賠償金とか請求されると思ってたので本当に良かったです」

 

「除霊したことに変わりはないしね!」

 

「お前は海の底より深く反省しろ」

 

 全てアクアの横着が原因であると判明した次の日。パーティーメンバー全員で不動産屋に謝りに行くと、全員がどういうわけか快く許してもらえた。クエスト報酬として屋敷に住む正式な許可が得られたことも、条件付きとはいえこうしてめぐみんお手製の昼食を食堂で囲めるのも、大家さんの好意に依るところが大きいだろう。

 ふと気になったのか、綺麗な所作でナイフとフォークを扱うダクネスがソウゴに問いかけた。

 

「しかし、ソウゴはよく共同墓地に結界が張ってあると気づいたな」

 

「それによく私が張ったってわかったわよね。そんなに高貴な力を放っていたかしら?」

 

「アンナが、霊が墓地に集まれなくなってるって言ってたから原因はそこかなって。行ってみたらウィズも手出しできない結界があるし、あんな迷惑なの張れるの俺たちはアクアくらいしか思いつかなくて」

 

「迷惑とは何よ!」

 

「事実だろ。墓穴掘るだけだから黙ってろお前」

 

「アンナがいい子だというのはわかりましたが、私達にイタズラを仕掛けるのはやめてほしいです……。聞こえていたらやめてくださいね?」

 

「ほんと、心臓止まるかと思ったよな。言ってくれれば遊び相手になるのに」

 

「だから言ったじゃない。悪い霊じゃないって」

 

「お前のイタコ芸で語られた設定なんて誰が鵜呑みにするんだよ」

 

「芸じゃないわよ! ていうか、さっきからなんで私だけ当たりキツイのよ! 誰よりも除霊頑張ったじゃない私!」

 

「お前が変な気を起こさず定期的に除霊してれば、俺の息子とめぐみんの尊厳は無事だったんだよ!」

 

「先に私のダムを決壊させようとしたのはカズマでしょう!? 〈窃盗〉で真っ裸にすることなかったじゃないですか!」

 

「お前が俺の大事なところを蹴ったからだろ! 危うく新居の廊下がアンモニアの川になるところだったんだぞ! あと二年経ってその幼児体型が奇跡的にナイスバティになったら、泣いて謝るくらいのそりゃあもうすんごいことしてやるからな!」

 

「お前達、アンナの悪影響になるような話はやめないか……」

 

「うるさいぞド変態。歩く猥褻物が偉そうなことを言うな。お前の寝間着の方がよっぽど悪影響だからな」

 

「あるく……わいせつぶつ、だと…………? くぅっ!」

 

「うーん、昨日はああ言ったけど、なんか人選ミスだった気がする」

 

 ここに住み続ける条件、というより大家の本当の依頼。それは幼くして憧憬に縛られた少女を交え、楽しい日々を共に過ごすこと。たまに遊び相手になって、冒険の話をして、そんな幸せを教えてあげてほしいという想い。万人が興奮する英雄譚でも、夢膨らむお伽噺でもなく、自分たちの過ごす普通の日々に加えてほしいという切実なお願いだった。

 なんだかんだアンナの境遇に心を痛めていた大家さんに、悪霊祓いや遊び相手にと上手いこと使われてしまったような形だが、誰一人として悪い気はしていなかった。この騒がしい連中に今更幽霊が一人増えたところで、何も変わりはしないのだから。

 

「あ、そうそう。報告することがあったの忘れてたよ」

 

 料理のことなど忘れギャーギャーと口喧嘩をしていた仲間たちにそう切り出した。彼らも改まった語り口に一旦矛を収め、ソウゴへと視線を向ける。

 

「報告? 幽霊騒ぎとは別のか?」

 

「うん。昨日の帰り道、気になるもの見たんだよね」

 

「気になるもの? 何、まさかモンスターの群れでも飛んでたの?」

 

「ううん。空飛んでたのはサキュバスだったみたいなんだ。それもたくさん」

 

「「「「サキュバス?」」」」

 

 ソウゴの発言に、全員が疑問符で答えた。




拝啓、天国のお父さん、お母さんへ

初めて手紙を書きます、ソウゴです。今更どういう報告をすればいいのかわかりませんが、気晴らしというか、どうしても踏ん切りがつかなかったので先にお送りします。あれからたくさんのことがあって、王様になって、もしかしたら天国で見てくれているのかなと思うこともありましたが、天国にはそういうシステムはないそうですね。クリスから聞きました。年代別で転生した魂を調べることができるそうですが、辞めておきます。天国にいたとしても、どちらの世界に転生していたとしても、いつかどこかで、また巡り会える気がするので寂しくありません。この寂しさはおじさんと、仲間たちが埋めてくれたので。

声も顔も朧げで思い出せないのに、なんだか勇気が湧いてきました。ありがとう。ちゃんと書こうと思います。

                     ソウゴより
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