この素晴らしい魔王に祝福を!   作:春野 曙

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この素晴らしい理想に約束を!

(頼んだぞソウゴ……!)

 

 穏やかな昼前。いつもはパーティーや仲のいい間柄で酒を酌み交わす賑わいの場が、今だけは男性と女性の冒険者に別れ向かい合う討論の場となっていた。数では圧倒的な男性側が理由もわからず畏まり、困惑する女性側はアクアたちを先頭にとりあえず座っているという状況。不安そうに眉をひそめるギルドの関係者たちとウィズを後ろに控えたソウゴが取り仕切る中で、カズマは正座をしながら仲間に全てを託していた。

 

「それじゃ、今から話し合いを始めるよ。意見のある人はどんどん発言してね」

 

「ねえ。この集まりは一体何なのかな、ソウゴくん?」

 

 群衆に紛れていたクリスが手を上げて発言する。これはこの場にいるほとんどの人間の疑問だろう。興味のある人間も、ない人間も、ひそひそと憶測を語り合っているのだから間違いない。そのざわめきを静まり返らせたのは、もちろんソウゴだった。

 

「サキュバスの認知とこれからの関係性について、協定を設ける話し合いだよ」

 

 サキュバスという単語に冒険者達の間に衝撃が走る。寝耳に水な女性冒険者たちは勿論、心当たりが大いにある男性冒険者一同は冷や汗がたらりと流れた。

 瞳の奥にギラリと輝く理想を掲げるソウゴを信じ、カズマは事の発端となった昨日の昼のことを思い出していた。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「それらしいクエストは出ていませんでしたね……。ルナさんも知らないようですし、見間違えということは?」

 

「飛んでたのは一人だけじゃなかったし、索敵魔法を使ったウィズがサキュバスだって言ってたから間違いないと思うんだけど……」

 

「基本的に守衛の兜には犯罪対策として、盗賊の〈潜伏〉スキルやモンスターの使う隠匿魔法を無効化して視認できる〈ブレイク・スキル〉の魔法が掛けられている。その目を掻い潜って大勢で街に乗り込むというのは少々現実みに欠けるな」

 

「それはウィズも言ってたんだよね。俺は新しいウォッチを受け取ったからか、魔力そのものが見えるようになってたから気づけたんだけど」

 

「魔力が見えるようになったとかさらっと言われても、もう誰も驚かなくなったな」

 

「やっぱりサキュバスの群れなんてありえないわよ。本当にそんなのが押し寄せてきたら、一晩でこの街の男連中は残らず干物になってるわ。ナメクジの言うことなんて当てにならないってことね」

 

「ウィズを悪く言うわけではありませんが、私もアクアと同意見です。というのも、淫魔は基本的に群れを作りません。情報共有のためにコミュニティを持つことはありますが、基本的には他の全員が糧を奪い合う競争相手ですから」

 

「可能性があるとすれば、ベルディアの報復だろうか。倒した相手を人海戦術で探しているとか?」

 

「姿を消す魔法まで使ってこそこそとですか? 魔王軍の力を示すなら、違う幹部に隊を率いらせて攻め込むはずです」

 

「なんにせよ、悪魔が空を飛び回るってどう考えてもやばい案件だろ。絶対に関わりたくない」

 

 クエストボードとにらめっこしながら、ソウゴの証言と照らし合わせてそれらしい依頼がないかを探すが空振り。しかし街をうろつく悪魔を放っておくわけにも行かず、ギルドにも問い合わせてみたのだが有益な情報は得られなかった。全員で膝を突き合わし意見を出し合うが、どの説も今ひとつ決定打にかける。

 席に着いた五人が難しい顔で唸っていると、ジョッキを片手にふらふらと歩み寄ってくる男がいた。見知った彼はカズマの肩に腕をかけると、気持ちよさそうにゲラゲラと笑い始めた。

 

「おいおいどーしたんだよー、暗い顔してよー!」

 

「なんだよダスト……って、お前酒臭いな!」

 

「悩み事なら俺に言えよー? なんたって俺様はこの街を牛耳ってる男だからな! へっへっへっ」

 

 完全に出来上がったダストは酔っ払いのテンプレートのような絡み方でジョッキをカズマの頬に押し付ける。チンピラの言動に迷惑そうな顔をするカズマだったが、何かを思いついたのか悪友へとジョッキを押し返した。

 

「そうだダスト。お前に聞きたいことがあるんだ」

 

「聞きたいことー? なんだよ言ってみろ! 定食屋のねーちゃんはガード固いぞ〜?」

 

「それは後でゆっくり詳しく聞くが、今は別のことだ。昨日の夜、サキュバスがこの街に来てたみたいなんだよ。何か知らないか?」

 

「サキュバスぅー? …………し、知らねぇなぁ。ジャイアントバットとでも勘違いしたんじゃねーか? じゃ、俺は向こうで飲み直してくるわー」

 

 そう答えたダストはさっさとその場を立ち去る。うざ絡みが嘘のように解けたことにカズマは不思議そうな顔をするが、女性陣はダストのことなど気にせずソウゴとあらゆる可能性を議論している。そこで、カズマは周囲から妙な視線を受けていることに気がついた。

 

「……なあ、ここで話してても埒が明かないだろ。手分けして聞き込みに行ってみないか?」

 

「どうしたんだカズマ。急にやる気を出して」

 

「解決しないことにはズルズル引きずるんだろ。さっさと終わらせて、俺は屋敷でのんびり過ごしたいんだ」

 

「カズマにしては正論ね。憶測だけじゃ答えは出ないし」

 

「じゃあ決まりだな。ソウゴとアクアは守衛たちを、ダクネスとめぐみんは街の聞き込み、俺は冒険者連中を当たってみるよ」

 

「一人だからといってサボらないでくださいよ」

 

「わかってるよ。じゃあ各自終わったら自由帰宅、情報整理は全員帰ってからってことでよろしく!」

 

 リーダーの采配通り、四人は行動を開始する。仲間たちと別れたカズマは、一つの推測を確認するため酒盛りをする男たちの元へと足を向けた。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「おい、本当にいいのかよダスト。カズマに教えちまっても」

 

「ああ大丈夫だ。コイツは俺たちと同じ、いや、それ以上に溜まってるはずだ」

 

「パーティーがあれだけ美人揃いなのにか?」

 

「見てくれだけはな。大丈夫だ、俺を信用してくれよキース。初心者殺しといっしょに戦った仲じゃないか」

 

 ダストとダストのパーティーメンバー、キースに連れられてやってきたのは細い路地だった。たまに通る程度で、奥に何があるなんて気にすらしなかった路地の先。そこに、男にとっての理想郷が存在している。そんな話をされて食いつかない男がいるだろうか、いや、いない。

 

「いいかカズマ。ここから先で見たことは他言無用だ。この街の男の冒険者は、代々この秘密を守り通してきたんだからな」

 

「わかってるよダスト。墓まで持っていく覚悟だ」

 

 そう言って拳を突き合わせ、ニヤリと笑う。

 カズマは、周りの反応にいち早く気づいたのが自分で良かったと思った。これが同じ男でもソウゴなら、その知力で答えを導き出し全てを白日の下に晒していたかもしれない。魔王を名乗るくせに、そういうところは清廉潔白なヒーロー然としているのだ。

 

「この路地にはサキュバスたちが人払いと隠匿の魔法を掛けてる。だから知ってるやつじゃないとこの路地には入ろうとすら思わない」

 

 少し進むと、年季の入った看板の掛かった一軒の店があった。この道に迷い込んでしまったとしても絶対に入ろうとは思わない、そもそもやってるのかどうかすら怪しい古めかしい佇まいに、カズマは期待と緊張でつばを飲み込む。扉を開いたダストは、それはもう緩みきった顔をしていた。

 

「ようこそ。今日からお前も俺たちの同志だ」

 

 その部屋は、空気が桃色だった。可視化されたエロさというか、そういうものがその空間に充満しているように思うのはカズマの気のせいではないだろう。店の中にいる男たちは、そんな空気の中でも真剣な表情で机に向かい、一心不乱に何かを書いているようだった。

 

 しかし、そんなことはどうでもいいとカズマは断ずる。

 

 注目するべきは野郎の動向ではなく、この寒い季節に肌色面積九割という数字を叩き出す店員の方だ。接客するサキュバスたちの格好は、そりゃあもう表現のしようがないくらいエロかった。どこがとは言わないが、たわわな部分が歩くだけで揺れる。その淫靡な歩き方につい腰つきを見てしまう。サキュバスたちは、自分たちの体を舐め回すような下卑た視線を送る男たちに向けて妖艶な笑みとウインクを返す。男の性を刺激する立ち振舞いに、来店して早々三人とも鼻の下を伸ばしてしまうのは仕方ないことだった。

 

「いらっしゃいませ、お客様。こちらへどうぞ」

 

 カズマたちの前に現れたのは三人のサキュバス。入口だけで今日の目的を達成してしまいそうだった三人の手を引いて、それぞれを別々に空いてる席へと案内する。手を繋いだだけで催淫されそうになったカズマは、なけなしのプライドでなんとか自分を保ち席へと座った。

 

「お客様はこのお店は初めてですか?」

 

「は、ハイ!」

 

「うふふっ。では、簡単にご説明いたしますね」

 

 そわそわと落ち着かず声が上擦ってしまうカズマを見てクスクスと笑うが、嫌な気はしない。経験豊富なお姉さんがチェリーの可愛さについ浮かべてしまうような笑みは逆にカズマの心をときめかせる。そんな童貞の純情を知ってか知らずか、サキュバスのお姉さんはこの店のシステムを話してくれた。

 

 サキュバスの淫夢サービス。それはアクセルの街の男性冒険者たちと長年共存共栄の関係を築いてきたサキュバスとの等価交換の契約である。

 馬小屋暮らしが多い男性冒険者は周りの目があるためナニすることもできず、かと言って近くで寝ている女性冒険者を襲おうものなら袋叩き、もしくは自衛用のダガーで切り落とされてしまう危険性がある。そこで、サキュバスに希望通りの夢を見させてもらい溜まっているものをスッキリ解消しよう、というものだ。

 

「対価として少し精気を分けていただくことになりますが、もちろん普段の生活や冒険に支障が出ないレベルに加減します。ここまででご質問等はありますか?」

 

「ありません。お世話になります。よろしくお願いします」

 

 自分にできる最高のキメ顔で綺麗に腰を九〇度に折り礼を尽くすカズマは、心の中でこのシステムを考えた先代冒険者たちに感涙と追悼の意を捧げた。

 

(素晴らしすぎるぞ、サキュバスとの共存! 誰もが常に賢者タイムでいられたら、争いなんて起こらない!)

 

 前はアクアに隠れてこっそりしていたが、気づかれていると知ってからは全くできていない。それどころか冬支度のあれこれや馬小屋での共同生活と、忙しさと女性の目が増えるばかり。自室を獲得したが、磯の香りがすれば白い目で見られることは請け合いだ。健康的で模範的な性春真っ盛りの十代としては死活問題と言ってよかっただろう。それが寝ている間に、しかも誰の目も気にすることなく済ませられるならこんなにありがたい話はない。

 

「では、こちらのアンケート用紙にお客様の情報と、ご希望の夢の詳細をお書きください」

 

「はい」

 

 迷いなど微塵もなく、歓喜に打ち震えながら一枚の紙を受け取るとすぐさま名前と、ギルドカードに記載されたレベルや体力などを書き込んでいく。この辺りの情報から吸っても問題ない生気の量を算出するのだろうか。

 書き進めていくと、遂に夢の内容についての記述に辿り着いた。

 

「あの、この『夢の中での自分の状態、性別、外見』っていうのは……?」

 

「王様や英雄になってみたい、などですね。女性になってみたいという方もいらっしゃいましたし、年端も行かない少年になって強気な女冒険者に押し倒されたい、などという方もいらっしゃいました」

 

(大丈夫なのだろうか、この街の男共は)

 

 共存しているとはいえ、他者に対してそこまで赤裸々に性癖をカミングアウトできる精神状態に不安が増す。願わくば自分の知り合いではありませんようにと願いながら残りの項目に目を通すと、また気になる箇所が現れた。

 

「この、『相手の設定』ってどういうところまで設定できるんですか?」

 

「性格や口癖、外見やあなたへの好感度までなんでも自由です。実在しない人物でも構いませんよ」

 

「マジですか!?」

 

「マジです」

 

 つまり、高嶺の花だろうと片思いの幼馴染だろうと、誰でもなんでも思いのままにできてしまうということだ。発想次第で無限に広がる可能性に夢が膨らむ。とここで、コンプライアンスやら基本的人権にうるさい現代日本人として気になることができてしまう。カズマはサキュバスのお姉さんにそっと耳打ちをした。

 

「……その、大丈夫なんですか? 肖像権とかタグ付けとかいろいろ」

 

「大丈夫です。だって、夢ですから」

 

「ですよねー! じゃ、じゃあ年齢とかの設定も上限下限なんかないんですか? あ、別にそういうのを指名するわけじゃないんですよ? でも一応確認のためにね?」

 

「ありませんよ。だって、夢ですから」

 

「……その、大丈夫なんですか? 都の条例とか利用者規約とかいろいろ」

 

「大丈夫です。だって、夢ですから♡」

 

「ですよねー♡」

 

 だって、夢ですから

 

 これほどまでに甘美な響きの言葉があったことをカズマは知らなかった。最高最善最大最強の夢のサービスの前に、女性に対する淡い期待や憧れなどは塵芥だと悟る。外面だけのチンピラ駄女神にも、迷惑を考えない爆裂狂にも、特殊性癖に忠実な変態クルセイダーにももう惑わされない。魂の救済と未来への希望はこの店にあった。カズマはそう確信して一心不乱に筆を踊らせる。

 

「今夜はお酒を飲み過ぎないようにしてくださいね。熟睡されると、夢を見せることができませんから」

 

「はい! 今日は飲みません!」

 

 欲望のままに、つらつらと自分の理想を書き込んでいく。ただのエロい夢ではなく、自分の思う通りのエロい夢を見られるのだから、誰に構うこともなく性癖を書き連ねられる。今日はさっさと寝てしまおう。体調不良とでも言えばおとなしく寝かせてくれるだろう。このチャンスと巡り合わせてくれたソウゴに感謝をしながら、カズマは天使によってもたらされる今夜のお楽しみに心を踊らせていた。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

 これは、試練だ。

 

「ん〜〜〜! やっぱり霜降り赤ガニは最高です! こんな超高級食材を食べれる日が来るとは……」

 

「ほんと、こんな美味しい蟹食べたことないよ! ダクネスの親御さんにちゃんとお礼言わなきゃね」

 

 人には三大欲求がある。睡眠欲、食欲、性欲、飲酒欲、堕落欲、その他諸々欲。三つでは数え切れない欲のせめぎ合いが、ここまで苛烈なものだとは思いもしなかった。

 

「カズマ、火を頂戴」

 

「……〈ティンダー〉」

 

「うふふふふ。味噌がつまった甲羅にこの上物のお酒を入れて、炙って一気に……。ぷはぁ~〜〜! さいっっっこうッッ!」

 

「遠慮せずにどんどん食べてくれ。おかわりは沢山あるからな」

 

「わ、私もそのお酒を……」

 

「駄目だよめぐみん。お酒は大人になってから」

 

「私だって大人ですよ!」

 

 腹いっぱい目の前の蟹を食べたい。この仲間たちと酒を分かち合いたい。一時の衝動に任せて甲羅酒を煽り、馬鹿をしてそのままベッドで爆睡したい。

 

「気分が乗ってきたわね……。見なさい! 私の新作宴会芸を!」

 

「よっ! 芸の神様!」

 

「煽ったんですから、水浸しになったらソウゴがなんとかしてくださいよ」

 

「めぐみん、なんかちょっと怒ってる?」

 

「スキルは〈花鳥風月〉のままなんだな」

 

「私の芸を昨日と同じだと思ったら大間違いよ。私の芸は何者も追いつけない速さで常に進化し続けるの。これはそう、言うなれば〈新・花鳥風月〉!」

 

 見事なアクアの芸を肴に浴びるほど酒を飲みたい。なんなら今から貯金を崩して酒屋の酒を買い占めたいほどに、目の前の誘惑は魅力的だった。しかし、ここで負けては夜のお楽しみを無駄にすることになる。なんとか自制心を効かせ、蟹をそっと取皿に戻す。

 

「……どうした、カズマ。もしかして蟹は苦手だったか?」

 

「い、いや? めちゃくちゃ好きだぞ!? 好き過ぎて故郷に伝わる蟹への礼拝作法を実践してただけだが!?」

 

 しかしこちらを気遣い眉を垂らすダクネスの顔を見て、カズマの決心は揺さぶられる。普段は自分の心の赴くままに発情している顔が、人並みになるだけでギャップ萌えが発生するのだから詐欺もいいところだ。だが、自分の欲のために仲間の顔を曇らせるわけにはいかないと、僅かに残った良心がカズマの食欲を突き動かした。

 

「こ、これは……!」

 

 蟹の足を折り、引き抜く。中から現れたのは、それはもう見事な霜降りだった。海の生物とは思えない脂とつや、香りが五感に訴えてくる。間違いなく美味いと。

 ダクネスに見守られながら蟹の身を頬張ると、もう後には引けなかった。

 

(アカーン! これはアカン! 止まらんやつ!)

 

 一口食べて本能が理解した。これはカズマの記憶の中に存在するどの食べ物の味をも凌駕していると。美味しいという概念を食らっているような、食べ始めると止まらない禁欲の大敵だった。がっつくカズマの姿に安心したのか、ダクネスの表情も柔らかくなる。

 

「じゃあ、そろそろ明日の打ち合わせでもしよっか」

 

「うひあはへ?」

 

 頃合いを見計らったソウゴの言葉に、口いっぱいに蟹の身を頬張るカズマが首を傾げる。明日クエストに行くだとか、そういう話は一切なかったはずだ。いくら記憶を探ってみても、予定らしい予定は思い出せない。

 

「そう言えば、カズマにはまだ話してないんじゃない?」

 

「うん。だけど、カズマは自力で辿り着いたでしょ?」

 

「待ってくれよ。何の話だ?」

 

「サキュバスのお店の話」

 

 カズマの手から取皿へと蟹が零れ落ちる。誤魔化すべきかと一瞬悩むが、ソウゴは『自力で辿り着いた』と言ったのだ。これが意味することとはつまりーーー

 

「……知ってたのか、お前ら」

 

「カズマと酒場で別れた後、ソウゴからな」

 

「変だとは思ったんです。〈ドレインタッチ〉を迎撃するソウゴがサキュバスに遅れを取るわけがありませんから、見かけた時点でどうして声をかけなかったのかと」

 

「騙すような感じになってごめんね。でも、どれくらいの人がサキュバスの存在を知ってるか調べたかったんだ」

 

「ま、待ってくれ! お前らがサキュバスの存在を知ったってことは、その打ち合わせって……」

 

「うん」

 

 今日の酒場での調査がサキュバスに寝返った裏切り者を炙り出すためのものだったとしたら、非常によろしくない。今まで共存のため秘密を守り通してきた男たちのこと、そしてサキュバスたちのことを思うとこの打ち合わせだけは断固として阻止しなければならない。

 全ての命運を背負っているという使命感から、カズマの体は自然と動いていた。

 

「今回だけは見逃し「仲良くできたらなって」……え?」

 

「ま、そうなるわよね」

 

 討ち入り計画の話をするのだと土下座に移行したら、とんだ勘違いだった。変わった奴だとは思っていたが、サキュバスと仲良くしようなどと平然と言ってのける程とは思ってもみなかったのだ。困惑で固まるカズマに、ソウゴはいつものようなへらへらとした笑いではなく、真剣な目を見せた。

 

「俺、最初に言ったでしょ? この世界で最高最善の魔王になるって。この街とか、ウィズとかを見て思ったんだ。わかり合えるなら、人も悪魔もモンスターも女神も、俺の民が皆で支え合って仲良く過ごせるのが一番いいかなって」

 

「そのためにサキュバスたちをこの街の冒険者とギルドに認知させたいそうです」

 

「俺の夢の第一歩に、力を貸してくれないかな?」

 

 ソウゴに差し出された手を見つめる。正解はもちろん握り返す、だ。自分のメリットを考えればそれ以外の選択肢はない。

 しかし、ソウゴの本気の眼差しに打算以外の迷いが生まれる。自分のことだけを考えてこの手を取ってはいけないと、カズマの心が囁いてくるのだ。一人でこの世界の未来を見つめる、この変わり者の隣にこれからも立つのなら。

 

「アクアはいいのかよ。仮の仮とはいえお前も女神の端くれだろ」

 

「余計な装飾語が多いわよ。……私は反対したいわ。なんなら、皆が寝静まったあと一人で浄化しに行ってもいいくらい、女神は生理的に悪魔を嫌悪してるの。でも、話を聞いてから考えることにしたのよ」

 

「珍しいな、お前が理性的なんて」

 

「アンタ本当にぶっ飛ばすわよ」

 

「まあまあ。アクアもソウゴの夢のために少し譲歩してくれているんだ。そう言ってやるな」

 

「そう言うダクネスや、めぐみんもいいのか?」

 

「私は異論ありません。命のやり取りしかしてこなかった相手との和平という無茶な夢、実に尖っていてカッコイイではありませんか!」

 

「私もだ。悪魔に与するようでエリス様には申し訳ないが、無益な争いが起きないに越したことはない。エリス様もきっとわかってくださるだろう」

 

「……わかったよ。じゃあ俺も、お前の夢の実現に向けて協力するよ」

 

 ソウゴの手を、改めて握り返す。この男の言う“魔王”というものが、カズマは少しだけわかった気がした。誰も成し得ない、自分の思う最高最善を信じて道なき道を突き進む者。悪魔さえ“民”と呼ぶ大物は、随分と笑顔の似合う男だった。

 

「でも、本当にエリスに見つかったらマズイかもね。あの子、悪魔となると私以上に見境なくなるから」

 

「嘘つくなよ。あれだけお淑やかなエリス様がそんなバーサーカーなわけないだろ」

 

「俺もあんまりイメージないな。腰も低いし」

 

「アンタたちはエリスに理想を持ちすぎよ。エリスは悪魔に対してだけはヤクザみたいな女神なの。引き込むのが話のわかる私で良かったと感謝しなさい」

 

「私の前であまりエリス様を悪く言わないでくれ!」

 

「そうだぞ! 謝って。自分とは違ってお淑やかで心優しい女神様を僻みから侮辱したこと謝って!」

 

「言ってくれるじゃない……! アンタがサキュバスのサービス受けられないように、触れただけで悪魔が浄化される超すごい結界を張ってやるんだから……!」

 

「嘘です嘘です水の女神にして麗しいアークプリーストのアクア様! お慈悲を! どうかこの私めにお慈悲を!」

 

「何やってるんですかまったく……。さあ、明日の打ち合わせをしてしまいましょう。早くしないと霜降り赤ガニの鮮度が落ちてしまいます」

 

 そういうとめぐみんは赤ガニタイムを再開する。アクアも酒を飲み直し始めたのを確認したソウゴは、いつものへらへらとした笑いを浮かべた。

 

「じゃあ聞いてくれるかな。皆にお願いしたいこと」

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

 そして冒頭に戻る。

 打ち合わせ通りの配置に付き、自陣の意見を取りまとめて好意的な意見で誘導するのが、このイカサマ討論会で自分たちが託された役割。それを悟られず、結論をコントロールするのがソウゴの使命。深く考えず思ったことを言ってほしいと言われているが、緊張するのは誰しもが仕方ないことだろう。

 まず初めに口火を切ったのはソウゴだった。

 

「この街には古くから男性冒険者と共存するサキュバスたちが住んでいて、少しの精気とお金を支払うことでスッキリする夢を見せてくれるお店を営んでるんだ」

 

「ま、待ってくれよ、デュラハン殺しの兄ちゃん。俺たちはそんな話「もう秘密は守らなくていいよ」

 

 男性冒険者の一人の言葉を遮ったソウゴは柔和な笑みを向ける。次の句をとっさに思いつかなかった彼が押し黙っていると、ソウゴは話を続けた。

 

「持ちつ持たれつ。サキュバスたちは比較的安全に生きる糧を、男性冒険者たちは人には相談できず解消できないあれこれを。それぞれ解決し合う良きビジネスパートナーとして、この街の治安維持に努めて来たんだ」

 

「治安維持……?」

 

「そう。駆け出しの集まる入れ替わりの激しい街なのに、統率が取れている上に冒険者による犯罪は高が知れてると思わない? それは男性冒険者が、ストレスを解消する手段を求めてこの街に留まり続けているからなんだ」

 

「つまり、サキュバスに性欲を解消してもらえるからレベルが上がってもこの街に残り、それが抑止力としてこの街の平和に貢献してるってこと?」

 

「そういうこと。ここまでで何か意見のある人はいる?」

 

 ソウゴが問いかけると、女性陣はざわざわと色めき立つ。それぞれ信用するというより、荒唐無稽な話に半信半疑という印象が強い。それならと、ソウゴは次の一手を打つ。

 

「ま、いきなりこんなこと言われても信じられないよね。ということで、今日はそのサキュバスさんたちをお呼びしています」

 

 どうぞ、というソウゴの一言に男性たちの顔色が変わる。今まではどうやって誤魔化すかを考えていた面々の表情が、明らかに驚きと困惑の色に塗りつぶされた。予想していなかったカズマたち仕掛け人も驚きの表情を見せる。

 ギルドのカウンターの奥から、数人が連なってぞろぞろと姿を表した。ローブで体を隠し、顔以外は見えないが皆美人揃いだ。カズマが知るだけでも、店で応対してくれたサキュバスや、昨夜お世話になった幼げなサキュバスも混ざっている。多くの男性陣は言い逃れのできない人的証拠の登場に、観念したのか目を伏せた。

 

 そのとき、何かが爆ぜた。

 

「…………邪魔しないでくれるかな、ソウゴくん」

 

「話し合いって言ったじゃん。いきなり一撃必殺は酷いんじゃない?」

 

 ギルドの石壁に刺さったものがトランプであることにカズマが気づいた頃には、もう決着がついていた。瞬きする一瞬のうちにローブの集団へと距離を詰めたクリスは、ダガーが空を斬ったことに少しの苛立ちを見せる。確認するまでもなく一人目を仕留める間合いで振られた刃は根本からへし折られており、遅れて床を転がる金属音が静かな酒場に響いた。

 

「目の前に悪魔がいるんだよ? 見逃す道理がないよ」

 

「その道理を通すための場だよ」

 

「通らないよ。絶対に」

 

「それを決めるのはクリスでも、エリス教でもないよ」

 

 親の仇のような目でクリスはソウゴを睨みつけるが、まるで意に介した様子のない彼はダクネスに目配せをする。親友のあまりの豹変ぶりに目を丸くしていたダクネスだが、その視線の意味を理解したのかクリスへと駆け寄った。

 

「落ち着けクリス。らしくないぞ」

 

「……なるほどね、そういうこと。わかったよ。じゃあ話し合って決めよう」

 

「ありがと、クリス」

 

 ダクネスの一言で自分が悪手を打ったことを理解したクリスは、カズマやアクアたちを一瞥すると大人しく親友の隣に陣取った。

 

(クリスのやつ、これ気づいてるよなぁ)

 

 ダクネスの話通り悪魔嫌いのようだが、ここまでとはカズマは思っていなかったため仲間に引き込まなくてよかったと安堵した。普段とのギャップのせいで未だに背筋がぞわぞわする。

 クリスが殺気を抑えたことを見届けたソウゴは、ローブの集団に頷きかけた。静まり返るギルドの中で彼女たちがフードを取ると、そこから人離れした長い耳やコウモリの羽のような装飾が顔を覗かせる。

 

「彼女たちが、この街でお店を営むサキュバスさんたちだよ」

 

「……はじめまして、女性冒険者の皆さん」

 

 緊張の面持ちのサキュバスたちが女性冒険者に向けて頭を下げる。悪魔との対話という馴染みのない経験に戸惑っているのか、不服そうに眉間にシワを寄せるアクアとクリス以外のほとんどの者が釣られて会釈を返した。

 

「俺の説明で、補足するところとか訂正するところはある?」

 

「いえ、ありません」

 

「男の人は?」

 

「…………」

 

 雄弁に語る沈黙だった。女性たちの視線が、驚きから訝しむようなものに変わっていくのが肌でわかる。動揺から不信へと変化する感情を好機と捉えたクリスは、反撃へと転じるため挑発するような口調で捲し立てる。

 

「それで? サキュバスがお店をしてるのはわかったけどそれをどうしろっていうの? まさか、みんな仲良くしてね、なんて言うんじゃないよね?」

 

「え? そうだけど」

 

 さも当然のような答えに場が凍りつく。同じ経験をした仲間たちは、何の捻りもないド直球な答えに呆気にとられるクリスに親近感が湧いた。

 

「だってさ、利害が一致してる男性冒険者じゃなくて、女性冒険者に見つかったら問答無用で討伐されちゃうんだよ。ちょっと酷い話だと思わない?」

 

「だから男性冒険者との共存じゃなくて、この街での共存に変えたいってこと?」

 

「うん、そういうこと。皆仲良く幸せに、が俺の理想だからさ」

 

 ソウゴがそう締め括ると、クリスは噛み殺すように笑い始めた。喉の奥をクツクツと鳴らし愉快そうに肩を震わせる彼女は、一通り笑い終えると顔を上げる。

 

「無理だよそんなの。サキュバスには人間を操る力があるって知らないの? 君や男性冒険者が操られていないって保証はどこにあるのさ」

 

「アクアなら今すぐ全員確かめられるでしょ」

 

「ソウゴの魔法抵抗力は私を超えてるんだから確かめるまでもないわ。男共も漏れなく正気よ」

 

「今は大丈夫でもこの先どうなるかはわからないよね。この話し合いが終わったら裏切るかもしれない」

 

「我々も悪魔の端くれです。契約を違えるようなことはしません」

 

「どうだか。ソウゴくんの弁を借りるなら、サキュバスたちの影響で高レベルの冒険者がこの街に留まってるんでしょ? それを操って手駒にすればこの街は簡単に落とせる。野放しにしてもメリットなんてないよ」

 

「メリットならあるよ。女性にも、この街にも。ちょっと男性側には飲んでもらう条件があるけどね」

 

 そう言ってソウゴは、この場にいる全員に見せつけるように大げさに指を立てていく。

 

「一つ目はこれまで以上の身の安全。二つ目は情報提供。三つ目は人手不足の解消」

 

「サキュバスを見逃すことでその三つにどう繋がるんだ?」

 

「ダクネスは、男性が見せてもらってる夢ってどういうものか知ってる?」

 

「詳しくは知らないが、いかがわしいものじゃないのか?」

 

「夢の内容は顧客の希望通り、誰に何をする夢でも見せてくれるんだ。大富豪にもなれるし、子どもにもなれるし、性別だって変えられる。実在しない人間を相手にすることも」

 

「待ってください。ということはつまり……」

 

「めぐみんを登場させてあれこれすることもできる、ってこと」

 

「サイテーですねカズマ」

 

「唐突に俺に火矢を打ち込んでくるな。登場させてねぇよ。まだ」

 

「とまあ、望まない相手に夢で好き勝手されてる可能性もあるわけ。本人としては知らぬこととはいえ気分のいいものじゃないよね。これを原則禁止としてもらいます。これが一つ目」

 

 女性たちがほっと胸を撫で下ろす対面で、少し悔しそうにする男性冒険者たち。その様子に手応えを感じたソウゴは演説を続ける。

 

「二つ目は悪魔からの情報を得られるようになること。魔王軍の攻勢だとか、地獄での動きだとか、そういう情報は貴重じゃない?」

 

「普通は知る術がないもんね」

「魔王討伐とかは考えてなくても、知ってて損をすることはないかも」

「この間デュラハンが来たばっかりだし、そういう情報は欲しい」

 

 二つ目のメリットはリスクマネジメントの観点から見て冒険者にとってかなりいい条件だったようだ。思いの外好感触だったことで、クリスの表情も険しくなる。

 

「そして最後が人手不足の解消。デストロイヤー、だっけ。あれの調査で警察署の人と教会のプリーストが駆り出されてるのは、みんな知ってる?」

 

 そう問われ、ほとんどの冒険者たちはざわつくだけで明確な答えを返しあぐねていた。当然のその反応に少し寂しそうに眉を垂らしたソウゴは、自分の気持ちを振り払うように咳払いをする。

 

「ああいう緊急のクエストが出たとき、ギルドからそれに適した職の男性冒険者に斡旋してもらう。受けてくれた人には通常通りの報酬に加えてお店の割引券とか、そういうおまけを設けてもらえるようお願いしてるよ」

 

 自分たち男性側が現状からかなり譲歩するような内容ばかりだが、ソウゴの協力者という視点を除いてもどれも悪い話ではないとカズマは思う。この街の男たちのモチベーションはサキュバスのお店に重きがあると言っていい。夢の内容の原則にも穴はあるし、仕掛けるならここだとカズマは判断する。

 

「俺はいいんじゃないかと思う。俺はまだ一回しかお世話になってないけど、良くしてくれたサキュバスさんたちがこれから落ち着いて生活できるようになるんだからさ。そう思わないか、お前ら」

 

 カズマの問いかけに、男たちはぼそぼそとざわつく。女性冒険者がパーティーメンバーにいる連中はその辺りを気にして声を大きく出せないようだが、そんな空気をここまで静かに聴いていた悪友がぶち壊す。

 

「俺もいいと思うぜ。店以外でもいろいろと世話にはなってたし、実を言うと、討伐されてるって聞いて何とかしてやりたいなとは思ってたんだ」

 

 良心に訴えるようなダストの助け船に、カズマはサムズアップを返す。こういう賛同のされ方をしては反論できる者などいるわけも無く、反対意見などは上がろうはずもない。

 

「というわけで、俺たち男性冒険者は全員、満場一致でソウゴの言うサキュバスとの協定に賛成したい。もし何かそっちから要求があるなら、それもここで検討しないか?」

 

「そうだね。ギルドにはこの条件で国にはナイショでってお願いしてるから、あとは女性側との摺り合わせかな」

 

「ちょっと待ってよ」

 

 まとめようとしたソウゴに、クリスが待ったをかけた。振り返った彼女は、認めるわけにはいかないこの共存を覆そうと立ち上がる。

 

「いつの間にか、サキュバスの存在を認めることが前提になってない? みんなはいいの? 悪魔をこの街に住み着かせて」

 

 傾きかけた天秤が、またグラグラと揺れ始める。このまま流れで話を押し進めたかったカズマとしては、痛手とも言うべき一言だった。

 これで振り出しに戻ったとクリスは逆転の計略を巡らせるが、それは向かい風によって水泡に帰してしまう。

 

「私は今まで通り共存でも構わないと思います」

 

「め、めぐみん!? 本気!?」

 

「はい。これは私の故郷の話ですが、近隣に生息する理性を持つモンスターとはお互い不可侵としています。理由は、問題があればいつでも討伐できるから。サキュバスの戦闘力自体は大したことありませんし、魅了されないソウゴが間に立つなら大丈夫でしょう」

 

「ねぇ、その夢って性別関係なく見せられるの? 私が女神として扱われて豪邸でシュワシュワ飲み放題みたいなのも?」

 

「アクアさんも!? 女神を名乗ってるのにいいんですか!?」

 

「いいじゃない。今まで悪いことせずこっそりやってきたんでしょ? 何かあれば私がスパーっと全員まとめて浄化してあげるわ。で、どうなの?」

 

「は、はい。可能です。ご希望であれば地獄からインキュバスを呼ぶこともできます」

 

「ふーん。じゃあ私も賛成。ダクネスは?」

 

「わ、私か!? そうだな……。悪魔との共存に不安はあるが、私が知らなかっただけでこれまで成立していたんだろう。ならば異論はない。男たちに夢の中でどんなプレイを要求されているのか気になるが」

 

「……よろしければ、匿名でお教えしましょうか?」

 

「んなっ!? か、可能なのか……!?」

 

「ダクネスまで……!」

 

 共存に意欲的な意見が出たことで、この場の空気が賛成に移っていくのがわかる。ソウゴやアクアという魔王軍幹部と渡り合える力を持つ絶対の防波堤を得て、全員の気が緩んでいるのだ。どれだけ煽ろうと、きっともうサキュバスを脅威と認識させることはできない。それは仕掛け人も、クリスも同じ考えだろう。

 諦めたのかクリスは、大きくため息をついた。

 

「……わかった。アタシは悪魔が嫌いだし、きっとすれ違う度に舌打ちをする。何か事件があれば疑ってかかるし、一人でもアタシたちに牙を剥けば全員残らず討伐する。それでもいいなら認めてあげるよ。でも、最後に一ついいかな?」

 

 安堵するダクネスとカズマを横目にそう付け加えたクリスは、ソウゴに一段低い声で問いかけた。

 

「責任はどうやって取るの? これから先、人もサキュバスも入れ替わりがあるよね。その時サキュバスが人を殺めたり、ギルドが国に報告したり、女性冒険者が徒党を組んでサキュバスを殲滅したり、男性冒険者が要項を踏み倒したりした、協定を反故にした責任は」

 

 視線がソウゴに集まる。カズマたちもそんなことは微塵も考えていなかったので、ソウゴがどんな言葉を返すのか静かに答えを待っていた。その問いを聞き届けたソウゴは、一切の迷いのない目で即答した。

 

「俺が理想を捨てるよ」

 

「具体的には?」

 

「サキュバスが裏切るのなら、俺が全てのサキュバスを皆殺しにする。ギルドが密告するのなら、俺は職員を残らず血祭りにあげて攻めてくる国と戦う。冒険者が蔑ろにするのなら、俺はサキュバスの味方について人類を滅ぼす側に回る」

 

「……そっか。じゃあ、その理想が叶うことを願ってるよ」

 

 しばし訪れた沈黙は、決してソウゴの言葉を笑い飛ばせるような空気ではなかった。本気で言っていると、“魔王”の言葉を疑う者など誰もいない。息を呑む全員に、いつも通りソウゴは笑いかける。

 

「だから、皆も賛同してくれるならその覚悟をしてね。無理だと思うなら、できるところまでちゃんと話がしたいから」

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「みんなひどいよねー。アタシにイカサマを黙ってるなんてさ」

 

「すまないなクリス。ソウゴが仕掛け人は少ない方がいいと」

 

「まさかあそこまで悪魔嫌いだとは思いませんでした」

 

「いやー、昔ちょっとね」

 

 協定の話を詰めるためソウゴと別れた面々は、拗ねるような素振りのクリスを宥めるために弁明の機会を設けていただいていた。しかしもうクリスは気にしていないのか、あっけらかんとした態度で笑う。

 

「それにしても、アクアさんまでそっち側だとは思わなかったよ。どういう風の吹き回し?」

 

「悪魔っていう偏見を取り除いて見てあげて、って言われたのよ。確かに、悪魔ってところを除けば悪感情を食べるために好き勝手したり、危害を加えてるわけでもないしいいかなって」

 

「そっか。……アクアさんも変わったんだね」

 

「でも認めちまって良かったのかよクリス。俺としてはありがたいけど」

 

「いいのいいの。今回は時の魔王に貸し一つってことで。そろそろデストロイヤーの調査隊も帰ってくるはずだし、男の人には頑張ってもらわなきゃね」

 

「そう言えば、調査隊が出てもう一週間ほど経つな」

 

「近くを通り過ぎてくれるだけならいいんだけどね。ま、こっちに来たらソウゴくんに何とかしてもらうとするよ」

 

「そんなフラグみたいなこと言うなよな」

 

 それじゃあね、と手を振るクリスは駆け足で雑踏に溶け込んでいく。あっと言う間に見えなくなった背中を見送った四人は、束の間の平穏へと戻っていった。

 

 

   ⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱

 

 

「〈パワード〉! 〈パワード〉! 〈パワード〉! 〈パワード〉!」

 

 どうしてこんなことになってしまったんだろう。

 

 逃げることしかできないプリーストは、怪物たちに貪られた死体の山を背に無我夢中で走っていた。自分一人を逃がすために多くの同僚や衛兵たちが身を挺してくれたが、もうあの顔を思い出すことができないほどの恐怖が記憶に刻み込まれている。それでも犠牲者を無駄死ににしないため、プリーストはただ走っていた。

 

「早く……! 早く帰って知らせないと……!」

 

 デストロイヤーにあんな人型の怪物が搭載されているなんて聞いたことがなかった。自分たちの一団を遥か遠くから観測した自律要塞は、進路を変えて自分たちを強襲し、餌を求める自身の子をこの地に撒き散らしたのだ。

 そこはもう、地獄だった。

 

「あっ……!」

 

 木の根に足を取られて、プリーストは地に伏せる。支援魔法で体を強化していても、体力と魔力は有限だ。底上げした体も悲鳴を上げている。もう、心さえも限界を迎えていた。

 

「グルルル…………」

「キシャシャシャシャシャ……」

「フーッ、フーッ」

 

 怪物がひたひたと歩み寄る。自分という餌を求めて。もう駄目だと、プリーストは十字架を握る。

 

「お、お助けくださいエリス様……!」

 

 怪物は、無慈悲にもプリーストへと牙を突き立てた。




拝啓、ツクヨミへ

悩みましたが、やっぱり書こうと思います。
いかがお過ごしでしょうか。私は貴方が危惧していた魔王になりました。この選択が正しかったのか今でもわかりませんが、後悔はありません。それ以外にも、伝えたいことがあるのでお手紙書きました。
ゲイツを助けられなくてゴメン。死なせてしまってゴメン。俺のワガママでその世界に縛り付けてゴメン。世界を、救えなくてゴメン。
謝りたいことが多すぎて全部は書けないや。全部ゴメン。許してほしいとは思ってないよ。ただ、謝りたかっただけだから。

それから、俺の仲間に、友達になってくれてありがとう。皆と過ごした日々は、俺のかけがえのない宝物だよ。
新しい世界で、新しい俺とまた友達になってくれると嬉しいな。じゃあ、お元気で。

                     ソウゴより
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