「それでは! デストロイヤー撃破を祝して〜〜!」
『『『かんぱーーーーい!!!!』』』
湧き上がる熱は、一夜だけでは冷めそうにない。酒場に集まる全ての人間が、憎き機動要塞との因縁が決着した今日という日を喜び、ジョッキを打ちつける。これまで辛酸を舐め続けてきた人類の勝利に夜は賑わい、真昼のような明るさと騒がしさを街に届ける。カズマの吹聴通りギルド持ちとなった今宵の宴は、この街の冒険者達が誰一人欠けることなく盛大に開かれた。
「いやぁ、誰かの奢りで飲めるお酒ってどうしてこんなに美味しいのかしらねぇ! 朝まで飲むわよー!」
「タダ酒だからって飛ばして潰れるなよアクア。介抱するのはダクネスなんだぞ」
「カズマ貴様、当然のように私に押し付けたな」
「諦めてくださいダクネス。私や貧弱なカズマでは意識のなくなった人間を運ぶのは不可能です」
「誰が貧弱だロリっ子。適材適所と言え」
「お前は男として恥ずかしくないのか……」
酒場の一角でいつも通り卓を囲むカズマたちは、一人欠けていてもいつもの騒がしさを肴に酒を流し込んでいた。アクアの発言を肯定こそしなかったが、勝利の美酒が一段と美味しく感じるのはこの酒場にいる全員がそうだろう。いつもより酔いが回るのが早いようだった。
「いやしかしビビったよなー。デストロイヤーの大爆発で街中のガラスが叩き割れるなんて」
「ソウゴが直してくれなければ、今頃は何十億という借金を抱えていただろうな。私はそれでもいいが……」
「焼き尽くされた森も吹き飛んだ山も元通り。今はもう朝のことが嘘みたいに雪が積もってる。どっかの駄女神よりよっぽど神様してるぞあいつ」
「神は下界に大きく干渉しちゃいけない決まりなの。だから謝って。規則も知らず私のこと駄女神って言ったこと謝って!」
「へいへい。大した力もないのに自尊心だけはいっちょ前の女神様のプライドを刺激してどーもサーセンでしたー」
「上等よクソヒキニート! 女神の拳を受けなさい!」
「俺は真の男女平等主義者。手加減してもらえると思うなよ。身に付けてるもの全部〈窃盗〉して真冬のキャンプファイヤーをしてやる!」
取っ組み合いの喧嘩を始めた二人に、周りはゲラゲラと笑い囃し立てる。ため息をつき、肩をすくめるめぐみんやダクネスがいつも通り劣勢に追い込まれるアクアを眺めていると、ヤジから抜けてきたダストがドカッと卓に腰を下ろした。
「よう、お疲れさん。問題児共」
「出会い頭に問題児呼ばわりとは随分なご挨拶ですね。後でリーンに言いつけてやりますから」
「どうしたんだダスト。サキュバスたちはもういいのか?」
「いんや、俺はそこからお前らを呼びに来たんだよ。サキュバスたちも宴会に呼ばれたのが嬉しいらしくて、お前らに挨拶がしたいって言ってたんだが」
「今回のデストロイヤー戦では精神的なケアでかなり貢献してくれたのですから、呼ぶのは当然でしょう」
「俺もそう言ったんだけど、どうしてもってな。ところで、王様はどうしたんだ?」
ダストが周りを見回すが、キャメルクラッチを極められたカズマと〈ドレインタッチ〉を受けるアクアの競り合いに沸き立つ群衆ばかりで、目当ての顔はない。キョロキョロと視線を右往左往させるダストに、喉を潤したダクネスがしんみりとした口調で答えた。
「ソウゴなら墓参りだ」
「墓参りぃ? 雪降ってるのにか」
「ソウゴは昼間、後始末で忙しかったですからね。アクアが真剣に選んだ上物のお酒を一本持って慰霊碑に」
「ああ、なるほどな。……じゃあ俺らもやっとくか」
献杯。三人はグラスを傾ける。静かな祈りは、勝利を収めたカズマの咆哮と群衆の歓声に溶け込んでいった。
⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱
「あ、やっぱりいた」
中央区にある墓地の一角。ランプを片手に立ち尽くす見覚えのある背中に、酒瓶を担いだソウゴは声をかけた。ハッとしたような素振りで振り返った彼女は、ひどく驚いたように目を見開いていた。
「トキワさん……。どうしてここに?」
「セナと一緒だよ。後始末があったから皆と一緒には来れなくてさ」
「そうですか……」
今日建てられたばかりの慰霊碑には冒険者やこの街の住民たちから贈られた献花が供えられており、共同墓地と違って丁寧に供養されたことが見ただけでわかる。担いでいた酒瓶の封を切ったソウゴは、持っていたグラスの一つをセナに差し出した。
「はい、これセナの分」
「私の……?」
「これね、かなり良いお酒らしいよ。うちのパーティーで一番の酒好きが選んだやつだから期待してて。あ、お酒飲める?」
「ええ、嗜む程度には……」
受け取った小さなグラスに少しお酒が注がれる。こちらを配慮してのことなのか、それともニホンという国のしきたりなのかはセナにはわからない。そもそも、どうして今夜の主役である彼がここにいるのかも、彼女にはわからなかった。
何も言わず自分の分のグラスにも同じくらいの量を注いだソウゴは、残った酒瓶を献花の隣に並べてセナの隣に座り込んだ。
「じゃあ、献杯」
そう言った彼は一気にグラスを飲み干す。それに習って口をつけたセナに、ソウゴは穏やかに笑いかけた。
「うん、水」
「あの、これは……?」
「お酒が浄化されちゃったのかな……。一応聖水のはずだけど、勿体ないことしちゃった気がする」
「はあ、そうですか……」
残念そうに口を尖らせるソウゴにそう答え、残りを飲み干す。これがお酒で、少しでも酔えたのなら、ぼんやりとした頭を空にすることができたのだろうか。本当に聖水なら、この胸に詰まった何かよくわからない気持ちを全て洗い流してくれるのだろうか。ピリピリとした喉の痛みは、何も答えてくれない。
空のグラスを握りしめたセナは、精一杯声を絞り出した。
「……仇を取って頂いて、ありがとうございました」
「気にしないで。俺は俺の役目を果たしただけだから」
「そう、ですか」
二人の会話はそこで途切れる。セナは必死に返しの句を考えるが、頭の中には返せる言葉がなかった。
見渡しても暗闇ばかりで、どこに言葉が落ちているのかわからない。焦ったところで形にしたい思いは見つからず、考えるだけ無作為に時間は過ぎていく。セナは、思考の闇の中に呆然と立つことしかできなかった。
「辛いときにはさ、辛いって言わなきゃ駄目だよ」
そのたった一言が、彼女の世界に小さな光を灯す。
「どれだけ後悔したって、人は前にしか進めない。たまには後ろを振り返らなきゃ、自分が落としたものには気付けないけどね」
「…………」
「振り返ったところで落としたものは拾い直せない。後悔しても失ったものも取り戻せない。どれだけ足掻いても絶対にね。だから、その後悔を抱えて前に進むしかないんだと、俺は思う」
ランプの火が揺らめく。寒風が吹いたからではない。セナが強く握りしめたからだ。なんとなく、この暗闇の名前がわかった気がした。
「トキワさんにも、後悔したことがあるんですか」
「あるよ。たくさんある」
「トキワさんでも、拾い直せなかったんですか」
「うん。どうしても、手が届かなかった」
「また落とすのは、トキワさんでも怖いですか……?」
「うん。すごく怖い。だからもう落とさないように大事に掴んでる」
いつもへらへらしている彼の、とても寂しそうな横顔を見て思いが言葉になる。寄り添ってくれる優しさに、心が溶かされる。暗闇の中に紛れていた言葉が、懺悔が、吐き出したい気持ちが、か細い光に当てられて勝手にセナの口を動かしていた。
「……モンスターに殺されるなんて、珍しくないことです。デストロイヤーに踏み潰された街だって、数え切れないほどあります」
「らしいね」
「でも、考えるんです。もし貴方が見たいと言った時に腕輪を外していれば、とか。もし冒険者がクエストを受けてくれていれば、とか」
「うん」
「もし〈テレポート〉の使える魔法使いを編成に加えていれば、とか。もし、わたしが、もっと少数、せいえいの、めんばーで、へんせいしていたら、とか…………!」
「……うん」
「彼らは死なずに済んだんじゃないかって! 落とさずに済んだんじゃないかって! わたしの、私のせいで皆っ! みんな……ッ!」
自分を支えきれず、セナは膝から崩れ落ちた。ぽたぽたと流れ落ちる雫は、嗚咽と共に雪に解けていく。落としたランプは煌々と真っ白な大地を燃やすが、暗闇を全て照らしてくれるわけではない。小さな火は足元を満足に照らすこともなく、ゆっくりとその灯火を消してしまった。
何も見えない、自分を押し潰してしまう暗闇がまた訪れる。降り積もる雪は冷たく、セナに重みを与える。ソウゴはとても優しい声で彼女の頭を撫で、その雪を払い落とした。
「今はたくさん後ろを向いて、たくさん後悔して、たくさん自分を責めればいいよ。いつか、前に向けて一歩を踏み出すためにさ」
立ち上がったソウゴは、グラスを酒瓶の隣に添える。俯くセナに手を差し出した彼は、真っ暗な夜の中でもわかるくらい、いつものように笑っていた。
「それでも、どうしても歩くのが怖いなら、俺が手を引いてあげる」
「トキワさん……」
「王様は誰よりも、前を歩いてるんだよ?」
茶化すようにそう言ったソウゴは、セナの手を取って引っ張り上げる。立ち上がって見えた景色は、さっきまでとは違っているような気がした。街の灯りが、ソウゴの笑みが、消えてしまったランプの火より明るく罪悪感という暗闇を照らす。その暗闇を引きずりながらでも迷わず前に踏み出せる明るさが、そこにはあった。
「話してよもっと。セナの思ってること、この人たちのこと。俺、何も知らないからさ」
「……ええ、いいですよ」
セナはポツポツと語り始める。彼らの歩みを、これまでの歴史を。知りうる限り全ての彼らの思い出を、弔いの気持ちと一緒に白い息に乗せる。雪はしんしんと降り積もるが、さっきよりも明るい世界では肩の重荷も少し軽くなった気がした。
⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱
「カズマさん! 起きて! ねぇ起きてってば!」
「うるさいぞアクアぁ……。雪遊びならめぐみんとしてろ……」
「カズマ。あなた今さらっと私を子ども扱いしましたね?」
「杖を下ろせめぐみん。カズマ。早く起きないとデストロイヤー討伐の報奨金交付が始まってしまうぞ」
「ほーしょーきーん……? ああ、昨日の今日でもう出るのか……」
残った酒が頭を締め付ける朝。日ももうそれなりに高くなった時間に揺り起こされたカズマは、眠気を覚ますために大きく伸びをした。昨晩のどんちゃん騒ぎの後でもケロッとしているパーティーメンバーが何やら興奮気味だが、カズマ一人だけは話半分といった雰囲気で寝ぼけ眼を擦る。
「あれ、ソウゴはどうした? 今日はバイトだったっけ?」
「ソウゴなら先にギルドに呼ばれて行きましたよ。帰ってきたのも遅かったですし、随分と眠そうでしたが」
「ふーん、そっか。昨日も今日もよく働くなぁ。あいつが王様になったら週七労働とか言い出しそうだ」
金にがめついカズマからあくび混じりにそんな言葉が出て、三人は目を丸くする。というより、金の話をしているのにまるで食い付いてこない。そんな態度を不思議に思ったのか、ダクネスが首を傾げて問い掛けた。
「どうしたカズマ、いつものお前らしくない。普段ならもっと喜んでいるだろう。大金だぞ?」
「大金って言ってもなぁ。今回もソウゴがとどめ刺したんだから俺たちだけお祝い金みたいなオチだろ? 上げて落とされるのはもう勘弁だ」
のそのそと起き上がり、あくびを連発するカズマは着替える前にトイレに行こうとドアに向かって歩いていく。この世界は思い通りにならない世界。そんな諦めから出た言葉だったが、三人はそんなカズマを見てにんまりと笑みを見せる。
「そうですかそうですか。カズマは起きたばかりだから知らないんですね」
「ねぇねぇ、今のうちに取り分決めちゃいましょうよ。私が障壁破壊したんだから、取り分は九対一でいいわよね?」
「いや待てアクア。流石に勝手に決めるのは不公平……って、なんでその比率になるんだ」
「私は爆裂魔法の威力向上ができるマジックアイテムが欲しいですね! ダクネスは鎧ですか?」
「え? ああ。もっと薄くて強度のある、打撃を肌で感じられる鎧がいいな……!」
わちゃわちゃと話し始める仲間たちに、訝しげな視線を送る。今までカズマが見てきた中で一番の浮かれようだと断言していいくらいの盛り上がりを見て、流石に適当には流せなくなってくる。
「なんだよお前ら。報奨金ってそんなに出るのか? いくらだよ」
「三億です」
「……今なんて?」
「三億です」
「……嘘だろ?」
「私が走り込みに行っているとき、偶然ギルドの前でルナさんに声をかけられてな。額が額だから、ソウゴが先に呼ばれたのかもしれん」
「ちょっと待ってろ四〇秒で支度する!!!!」
⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱
「あ、お待ちしてましたよサトウさん!」
「お待たせしました。三億の輝きを秘めた男、カズマです」
「清々しいまでの変わり身ですね……」
昨夜の雪模様とは打って変わって晴れ晴れとした陽気。しかしギルドに入るや否や、その気まずそうな空気にカズマは違和感を覚える。ベルディア討伐の時でももう少し賑わっていたはずだがどうも様子がおかしい。それはアクア以外の二人も感じているようで、めぐみんとダクネスの先程までの浮かれ具合は鳴りを潜めていた。
「あれ? ルナさんソウゴは? 先に来てるって聞いてたんだけど」
「まさか、ソウゴったら三億を独り占めして国を起こす気なんじゃ……!」
「お前と違ってそんなアホなことするかよ」
四人はもう一人の仲間を探すが、それらしい姿は見当たらない。トイレにでも言っているのかと考えたが、少し困ったような表情のルナにカズマの嫌な予感センサーがひしひしと反応した。とてつもなく面倒なことに巻き込まれる予感に、冷や汗がたらりと流れる。
「その、トキワさんでしたら……」
「ソウゴさんには、先に領主殿から与えられた特別クエストの説明をしていました」
「おはよー、みんな」
そう言って現れたのは、いつも通り呑気に挨拶をするソウゴと二人の騎士を引き連れたセナだった。キリッとした目元とキツそうな丁寧口調は、昨日までの疲弊した様子からは想像もつかない。カズマがサキュバスのメンタルケアに感心していると、へらへらと笑うソウゴはその隣に並び立ち耳打ちをする。
「(ねぇ、昨日ってここサキュバスさんたち来た?)」
「(え? ああ、来てたけどどうした? なんかあったのか?)」
「(……ううん。ちょっと確認したかっただけ)」
何のための問いだったのかわからず首を傾げるが、本人は一瞬だけ考えるような素振りを見せて誰にも気づかれないうちにいつものへらへらとした笑みを浮かべる。何かマズかったのか、それとも自分のいないところで交流ができて嬉しいのか判断のつけにくい反応に、カズマはほんの少しのわだかまりを感じた。
しかしそんなカズマのもやもやを置いて、ダクネスが前に出る。
「すまない聞きたいことがある。特別クエストとは一体……?」
「その辺りの説明は、まとめて後でさせていただきます」
「ほら見てよ皆。腕輪、外してもらえたんだー」
「いつも通り呑気だよな、お前は」
「外してもらえたとはいえ警察の監視下でしょう」
「そうだけどさ。でも、タダでちょっと旅行できるなんて楽しそうじゃん」
「旅行って、クエストでそんな遠くまで行くの? 場所によってはお土産お願いしたいんだけど。観光地? この辺りだと温泉街かしら?」
「えーっと、どこだったっけセナ」
「こほん。えー、そろそろよろしいでしょうか」
一頻り喋り倒した五人を見て、咳払いをするセナ。とりあえず静かに拝聴することとしたカズマたちは、ファンタジー世界そのものの様な羊皮紙のスクロールを広げ読み上げる内容に耳を傾けた。
「まず初めに。サトウカズマ一行。機動要塞デストロイヤーの討伐における貴殿らの尽力は目覚ましく、その多大な功績を称え、ここに報奨金三億エリスを進呈します」
「カズマさんカズマさん! やっぱり三億よ三億! 何買おうかしら? ねぇ、配分は「ちょっと黙ってろお前。話が進まねぇだろ!」
まず初めに。その言葉がカズマにはどうにも引っかかった。あの、投獄までして頑なにソウゴの実績を認めなかった国が特別クエストをソウゴ宛に送っているのだ。きっと何かしら無理難題を吹っかけられるのだろうと身構える。
「……続いてトキワソウゴ殿。魔王軍幹部ベルディアの討伐、及びデストロイヤーの破壊は貴殿無くしては成し得ませんでした。その功績を称え、王室より特別報酬として冒険者証明書を送られます。こちらを」
控えていた騎士から、ソウゴは一枚のカードを受け取る。冒険者カードに似ているが、そこにはパラメーターなどは載っておらず似ても似つかない。記されているのは名前と“職業:魔王(仮)”の文字くらい。覗き込む四人も見たことのない紙切れを物珍しげに眺めていた。
「それはベルゼルグ王国がソウゴさんという特例のために発行した貴方用の身分証明書です。モンスターを討伐すれば冒険者カードと同じくそこに記録されます。これより貴方はギルドから正式にクエストを受注し、正当な額の報酬を受け取れるようになります」
「「「「「マジですか!?」」」」」
「つまり、これからはソウゴという超ド級の公式チーターを連れてクエストに行けるってことか……!?」
「職業魔王かぁ〜! これで俺も魔法使えるのかな?」
「申し訳ありませんソウゴさん。スキルポイントの運用は今まで通り不可能なんです……」
「あ、そうなんだ。魔法、使えないんだ…………」
「もうこれからのクエストではカエルに食べられずに済むってことよね!?」
「安定した火力のせいで我が爆裂魔法の出番が減ってしまう……!」
「ピンチが減ってしまうと私が囮や壁になれない……! いや、寧ろ最前に出てソウゴの攻撃の余波を受けるチャンスか……!」
「おい最後の二人。お前ら後でキチンと話し合おうな。あとソウゴ、お前もう爆裂魔法を超えるキック撃てるんだから落ち込むなよ」
「俺もカズマみたいに魔法でコーヒー淹れたかったな……」
「まだ話は終わっていないんですが!」
セナの一喝で、沸き立つパーティーは押し黙る。静かになった五人に向けて二度目となる咳払いをしたセナは、とても申し訳無さそうに眉を垂らした。
「但し、報奨金の授与の方には条件があります」
「条件?」
「実は、先のデストロイヤーの爆発によってこの辺り一帯の冬眠中だったあらゆるモンスターたちが活動を始めてしまいました。そのことでこの地を治める領主殿より、皆さんにはテロリストの疑惑が向けられています」
「「「「てててテロリストぉ!!?」」」」
「モンスターを使役する魔王軍の手先だって。俺、魔王なのにね」
「笑い事じゃねぇよ! うまい話の後にはいっつもこれだもんなぁ! ホントこの世界は!」
「テロリストってことは犯罪者ってことよね!? このままじゃ私たち死刑になっちゃうんですけど! 三億どころの話じゃないんですけど!」
「……なるほど。その嫌疑を晴らすための特別クエストというわけですね?」
「はい。お察しの通りです」
「どういうことだ?」
阿鼻叫喚が、めぐみんとセナのやり取りで静まる。救いを求めるようなカズマとアクアの視線を受け、非常にやり辛そうにセナはズレた眼鏡をかけ直した。
「その疑惑を晴らすため、皆さんには我々の監視下で目を覚ましたモンスターを討伐する特別クエストを無報酬で受けてもらいます。ソウゴさんは『私と一週間ほど泊まり込みで』ドリスを拠点に地方を。残りの四名はこの二人を監視役としてここを拠点に、怪しい動きがないか見極めさせていただきます」
「あれ? さっき別室でそれ見せてもらったときセナと二人なんて書いてたっけ? そもそも泊まり込みだっけ?」
「か、書いてましたよ。私が嘘をついているとでも?」
「あれー? 考え事してたから見落としてたのかな……」
「その、ソウゴさんは、私と二人っきりは、嫌ですか……?」
「へ? いや別にそんなことないけど……」
頬を朱に染め、もじもじと上目遣いでそう問い掛けるセナから甘酸っぱい青春の雰囲気を感じ取る。まるでラブコメの一ページを見せられているような気になったカズマは、ラブコメの鈍感系主人公のように平然と返答するソウゴの胸倉を掴み上げた。
「ソウゴお前! 時を操るとか悪役みたいなドチート能力持ってるくせにツリ目ツンデレ巨乳を落とすなんて主人公みたいなムーブかましやがってこの裏切り者がァァ! 顔か!? イケメンだからこの野郎!!」
「え、なになに何でカズマそんなに怒ってるの?」
「うるせぇ! ちょっと友達かもと思ってたけどお前なんか友達じゃねぇよヴァカ! お前の身の上話なんか誰が聞いてやるか!」
「ソウゴ、気にしないでください。モテない男の醜い僻みです」
「???」
「やっぱこの世界は不平等だ! パワーバランスがおかしければフラグの偏りまで激しいし! こんなことなら優しい義理の姉と俺のことが好きな義理の妹がいる裕福な家庭に転生したかったよぉぉ……!」
「何わけのわからないことを言っているのですか。ダクネス、お願いします」
困惑するソウゴからカズマを引き剥がしたダクネスが、可哀想な生き物を見る目でカズマの頭を撫でる。幼い子どものようにベソをかくリーダーを仲間たちに任せたソウゴは、とても困ったように首を傾げた。
「と、とにかく! 通達は以上です。ソウゴさんは装備を整え次第出発、他の皆さんも一日でも早く疑惑を払拭できるよう尽力してください!」
⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱
「はぁぁぁぁぁ……。ソウゴは一週間、デレてくれる美人と温泉旅行かぁ……」
「何ため息なんてついてるんです。カズマだって、我々のような美少女三人に囲まれて一つ屋根の下ハーレムではありませんか。今ならヌルヌル付きですよ」
「俺が人生のメインヒロインに求めてるのは、お前らみたいにカエルの口の中でも平然としていられるイロモノじゃないんだよ。〈フリーズ〉」
「んっ……。カズマはいつでも容赦ないな……! 粘液と氷と言葉責め、いい……!」
「ちょカズマさぁぁあん!! お喋りしてないで早くカエルを何とかしてほしいんですけどぉぉぉぉお!!!」
「よーし、早く食われろー。とどめさせないだろー」
「食べられたくないから助けてほしいんですけきゃぁぁあ!」
「よしよし、そのままちょっと耐えてろー。こっち終わったらすぐ行くからなー」
「こ、これが半分以上上級職のパーティーの戦い方か……? 信じられん……」
「女子供をエサにしてモンスターを討伐するなど、人間にできる所業ではない……」
監視として着いてきた騎士二人がドン引きしていても、それによって疑惑が深まってもまるで気にしないカズマは、のんびりとダクネスを咥えたカエルの口に手を入れ初級の氷結魔法を掛けていた。
外が駄目なら内側から冷凍作戦(カズマ命名)は上手くいったようで、分泌液を利用して内臓を凍らされた蛙はゆっくりと倒れ伏しその機能を停止する。ダクネスが這い出てこれるよう口を無理やりこじ開け、万が一にも蘇生する前に腹を開いてしまえば、後はギルドに報告して引き取ってもらうだけ。我ながらナイスなアイデアだと自負しているが、どうやらそう思っているのは慣れ親しんだパーティーメンバーだけだったようだ。
「下処理済ならちょっと引き取り額上乗せしてくれるかな? 後でギルドに相談してみよ。〈フリーズ〉」
「それにしてもカズマ。カエルの締め方が手慣れてきたな」
「こんなことに慣れたくはないんだが。この間取った〈料理〉スキルのおかげかもな」
「冒険者から料理人にジョブチェンジするつもりですか? あ、そこちょっとちめたいです」
「そんなわけないだろ。生活水準を上げるためだ」
「カズマさん! 限界! もう限界だからぁ! ちょっと足が喉通りかけてるからぁ!」
「はいはいわかってるよー。ていうか、お前カエルの口の中で〈クリエイト・ウォーター〉使えば出てこれるだろ」
「女神の私にカエルのゲロまみれになれって言うの!? そんなの死んでもごめんよ! でも死にたくないから助けてよ!」
「ったく、注文が多いなぁ……。ダクネス、こっち頼むな」
「ああ。これなら流石の私でも剣が当たるぞ」
爆裂魔法を打ち終え動けなくなっためぐみんをダクネスに渡し、蛙の唇にしがみつき何とか耐えているアクアを助けに小走りで向かう。一体何やってるんだろな、などと、考えても仕方ないことをぼんやりと思いながら、唾液まみれでベタベタな腕を粘液の分泌先に再度突っ込む。
「どうでもいいけどさ、これってカエルの間接ディープキスだよな。〈フリーズ〉」
「本当にどうでもいいこと言い出したわね!?」
アクアの体になるべく当たらないよう、カエルの粘液を順調に凍らせていく。かなりローリスクで忌まわしきカエルを狩れているので、これからはこれでローテーションするかぁなどと呑気なことを考えていたのだが、それが間違いだった。
「……カズマさん」
「どうしたアクア。足冷たいか? こいつ締めたら今日は終わりにしような」
「いえ、そうじゃないの」
「じゃあどうしたんだよ。今ならそこでトイレしてもバレないぞ」
「女神はトイレなんて行かないわよ! じゃなくて、後ろ! 後ろ!」
焦るアクアに急かされて、カズマは後ろを振り返る。そこでは先程凍らせたカエルがダクネスの手で捌かれ今晩の唐揚げの材料になっている……はずだった。
「…………」
そこにはいつの間にか増えていた四体のジャイアントトードと、人数分の武器が雪の上に転がっていた。
「ダクネスたちがカエルになっちまったーーー!!」
「なってない! 私達はカエルになどなっていないぞ!」
カエルの口を中からこじ開けたダクネスが必死に抗議する。流石に防御に全振りし日々体を鍛えているダクネスの腕力には敵わないのか、カエルはだらだらと唾液を滝のように流すだけで口を閉じることも飲み込むこともできないようだった。
「すまないカズマ! 何故かわからないがカエルがいきなり地面から出てきたんだ! 不意を突かれて全員舌で絡め取られてしまった!」
「騎士二人とも使えねぇなぁ! コスプレかよアイツら! てか、なんでカエルが更に増えたんだ……!?」
思い当たる節を探す。今日はまだアクアは何もしていない。モンスター寄せの魔法もしてないし、カエルが好みそうな物は身につけていない。いつも通り、まずはアクアに集めさせて爆裂魔法で一度まとめて倒したあと、全員を囮にして一匹一匹仕留めるよくやるパターンだった。何か他に要因が……と、そこまで考えて視界に派手なクレーターが映り込む。
そして思い出す。何故ジャイアントトードが冬眠から目覚めたのかを。
「爆裂魔法のせいかーーー!!!」
「そんなことよりまずはめぐみんを! 早くしなければ消化されてしまう!」
「ああ、そうだな! ダクネスはどれくらい耐えられる!?」
「わ、わからん! いくら私と言えど顎を閉じる力は中々堪える! どうしようカズマ! この絶望感、かなりいいぞ!」
「こんな時まで馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ! アクア! あとは自力で這い出てとどめさせ! そんであのコスプレ騎士共を助けるぞ!」
「嫌なんですけど! あんなの放っておいてもう私帰りたいんですけど!」
「あいつらが食われたら俺たち死刑確定だろうが! 文句言わずに働け駄女神!」
そう言ってカズマは自分の短剣をアクアに放り投げ、カエルたちへと向かっていく。あと一週間の辛抱だと強く自分に言い聞かせて、持ち上がりもしないダクネスの剣を遠心力で振り回し、叫びながら宿敵へと突撃して行った。
⏱こ⏲の⏱す⏲ば⏱
「いやぁ、胃の入口が見えたときは流石にもう駄目かと思いました」
「ううっ……ひっぐ……。もうカエルは嫌なの……。カエルだけは…………」
「よかったなアクア。お前があの後何回もカエルに食われたおかげで、今日で全部カエルは終わりだ。明日はミミズだぞー」
「また丸呑み系のモンスターか! わくわくするな……!」
「それはお前だけだよー」
全員で街にカエルの粘液を撒き散らしながら、カズマたちは真っ直ぐに家を目指す。あの粘液でベタベタになった騎士たちも帰りはかなり暗い顔をしていたが、いかに自分たちが真剣にモンスターに困っているか伝わっただろうと勝手に解釈しておく。
夕飯はギルドでたらふくカエルを食ってやると心に決めたカズマは、自分たちの屋敷の前で中を伺っている見知った盗賊の姿を見つけた。
「おや、クリスではありませんか。どうしたんですか?」
「あ、みんな……って、君たちこそどうしたの? ヌルヌルのベタベタで」
「まあ、色々とな。折角だし上がっていけよ。お茶くらい出すぞ」
「ううん、お気遣いなく。今日はソウゴくんに渡す物があって来ただけなんだけど……」
「すまないな。ソウゴは冬眠から目覚めたモンスターを退治しにドリスへ行ってしまったんだ。数日は帰ってこれない」
「あちゃ、入れ違いか……。いや、寧ろちょうどよかったかな」
そう言ったクリスは、一冊の古い本をカズマに差し出す。かなり年季の入ったそれは表紙がかなり傷んでおり、長年粗雑に扱われてきただろうことが専門家でなくてもわかる。めぐみんやダクネスが反応しないところから見ても、そんなに有名な本ではないのだろう。
「なんだよこれ」
「えっと……デストロイヤーの開発者の手記……かな?」
「「「「デストロイヤーの開発者の手記!?」」」」
今日は口を揃えて驚くことばかりだなと、ため息を吐きそうになるが我慢した。そんなことよりも、自分の手に握られカエルの唾液が染み込んだ重大な歴史的書類に生唾を飲みこむ。
「これ、どこで手に入れた!?」
「カドヤって人にソウゴくんに渡すよう頼まれてさ。アタシの〈鑑定〉スキルによれば、まず間違いなく本物だよ」
「ディケイドが絡んでるなら本物でしょうね……」
カドヤという名前で、あの飄々とした男を思い出す。世界を渡り歩き、ソウゴをこの世界に送り込んだ張本人。正直、胡散臭さは群を抜いているがどうしても悪い人間には見えない。そういう偽悪者的な雰囲気を纏った印象の男だった。
カズマが士を思い出していると、クリスは困ったようにほほの傷を掻いてはにかむ。
「それさ。君たちが読んで、ソウゴくんに渡すかどうか決めてくれない?」
「どうしてだ? ソウゴ宛なら渡すしかないだろう」
「えーっと……。実はアタシも好奇心に負けて読んだんだけどさ……。読まないほうが良かったって思ったよ」
「そんなに酷い内容だったのですか……? 開発に関わる犠牲者の話とか……?」
「いや、何ていうか……。読めばわかるよ」
「え、なんか急に読むの嫌になってきたんですけど」
「じゃあ確かに渡したから! よろしくね!」
そう言い残して、クリスは走り去ってしまう。呼び止めることも叶わず置いていかれた一冊の本に視線が集まるが、あれだけ脅されれば逆に気になって仕方がないのが人の性。
「……とりあえず、風呂入るか。生臭いし」
『国のお偉いさんが無茶なことを言い出した。危険な力を秘めた〈オーパーツ〉の力を抽出し、魔王軍を滅ぼす機動兵器を作れなんて無謀だ。解析すら進んでいないのに危険過ぎる』
『設計図の提出期限が迫ってきたというのに、何ひとつアイデアが湧かない。期限を破れば謀反と見做され処刑されるだろう。しかし、半端なものを出すわけにはいかない。可能な限り案を練ろう』
『期日になった。白紙だが提出しよう。私はこんな危険な物を作るためにこの世界に転生したわけではないのだから。思い返してみれば、いい人生だった。未練があるとすれば、私の発明で世界を幸せにできなかったことだ』
『なんか通っちゃった。設計図の上で潰した蜘蛛の汁が俺のデザインだと思われたみたい。みんな前衛的だって喜んでる。やっべぇ! こいつらバカだろ! でも何か今日はゆっくり寝れそう! よかった!』
『機動兵器製作の技術班と話を詰めることになった。まあ、詳しいこと聞かれてもわかんないんだけどな。俺、生物学者じゃないし』
『製作は順調に進んでいる。俺が想像していたより大きくなりそう。そういえば、賭けに負けて開発責任者に就任することになった。あそこで普通エクスプロージョン使う? マジないわあれクソゲーじゃん』
『新たな問題に直面した。動力がどうこう言われたが知るか。汁だけに。なんつってな。伝説のコロナタイトでも持ってこなきゃ、〈オーパーツ〉の力を引き出すのも無理だろ。そもそもこの〈オーパーツ〉ってなに? 起動すると喋り出すし怖すぎ。誰の声これ。機動兵器計画がおじゃんになるまで暇だから解析しておこう』
『やっべぇ! 〈オーパーツ〉で遊んでたら機動兵器と融合しちゃった! これ上に報告したら死刑じゃね? 黙っとこ』
『俺が〈オーパーツ〉を取り出そうと頑張ってるうちに本当に持ってきちゃったよコロナタイト。あれ? もしかして不具合とかで動かなかったら俺の責任じゃね? ここまで来て死にたくない。お願いします! 動いてください!』
『やっべぇ! 現在暴走中やっべぇ! コロナタイトが〈オーパーツ〉の力を最大限引き出してるっぽい。やっぱ俺天才かも』
『やっべぇ! 国滅んだよやっべぇ! でも、まあいっか! 何かスカッとした! これで溜まったツケも払わずに済むし! 今日は朝まで飲むか!』
『ここに住もう。コロナタイトから湧いてくるキモい生体ゴーレムも言うこと聞くし。どうせ降りられないしな。止められないしな。これ作ったやつ、絶対バカだろ。……あ、これ作った責任者、俺でした(笑)』
「……カズマ」
「〈ティンダー〉」
「お、お前たち! そんなものでもソウゴに渡すんだろ!」
「うるせぇ! 世の中には知らなくていいこともあるんだよ! これは絶対に知らなくていいことだった!」
「そうよ! これは世に出てはいけない情報だわ!」
「気持ちはわかりますが……」
「いいかお前ら。魔王軍を撃破するために開発されたデストロイヤーは不幸にも暴走、開発者は一人責任を感じてデストロイヤー内で孤独死、だ。いいな」
「「は、はい……」」
「転生者……勇者候補は誰一人この件には関わっていなかった。いいわね」
「いやお前はマジで反省しろよアクア」
「はい……」