after days(シン・エヴァンゲリオン after短編集)   作:◆QgkJwfXtqk

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征きて帰りての物語
再会への旅路


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 南極での決戦で全てが終わり、そして世界が回復した日から幾ばくかの時間が流れた。

 人は日常を少しづつ回復しつつあった。

 世界が、社会が少しづつ回復しつつあった。

 そんな中になってWILLEのメンバーも、NERVの消滅に伴い多くの人間は日常へと戻った。

 

 そして式波・アスカ・ラングレーは厚手のツナギ服を着て相田ケンスケの山小屋 ―― その一角で一人黙々と金属の加工に勤しんでいた。

 パソコンの画面を確認し、加工する部材を見て、やすりを振るう。

 合間で重量を測り、或いは紙に記入していく。

 と、入り口の扉が叩かれた。

 

「出物があったぞ式波」

 

 この小屋の主、相田だ。

 此方は厚手とは言え半袖シャツと、かなりラフな格好をしている。

 

「何?」

 

 余り興味無さげな感じで、振り返りもせず、仕上げた部品を見ている。

 ウェスで磨いたところに息を吹きかけ、形を確認する。

 そんなツレないアスカの背中に、相田は悪戯っぽく笑って言葉を紡ぐ。

 

「モーター、聞いて驚け150万W級のコンパクト高出力型だ」

 

「はぁ!? どこで拾ってきたのよ!!」

 

 1(・)5(・)0(・)万(・)W(・)、滅多にない大出力モーターに慌てて振り返るアスカ。

 その青い目が、防護用バイザー越しに嘘は許さないとばかりにケンスケを睨む。

 

「そうだな、その答えは飯の後にしよう。式波、まだ飯を食ってないんだろ」

 

「………おおきなお世話よ。ケンケン、アタシはコレをしたいの。し(・)な(・)き(・)ゃ(・)い(・)け(・)な(・)い(・)の」

 

 机の上に並んでいる様々な部品を背に、まるで背負っている様に言うアスカ。

 目には迫力があった。

 が、体は正直だった。

 朝からずっと作業を続けてきていたのだ、グゥっとばかりに音を上げた。

 

「なっ!?」

 

 バツの悪そうに顔を顰めたアスカを宥める様に、相田は笑う。

 手には紙袋があった。

 何度も使いまわしてヨレヨレになった紙袋。

 そこからえも言われぬ良い匂いが漂っている事にアスカも気づいた。

 意識したらもうだめだ。

 腹がもう一度、自己主張をした。

 

「だろ? そんな事だろうとトウジの所から肉を分けて貰ってきた」

 

「………」

 

「食おうぜ式波。なんたって第3村おばちゃん団の労作、パンもどきで作ったサンドイッチ風だ! これを食わなきゃ損ってモンだ。それに、腹が減っては戦も出来ぬ、って言うしな」

 

「ケンケン、アンタ本当に___ アタシもバカシンジ扱い?」

 

 溜息を1つ、そしてアスカは笑った。

 

 かつて、立て続けになった心理的衝撃の果てに疲労困憊となっていた碇シンジを、根気よく見守り、そして背中を押したのが相田だ。

 いや、シンジだけではない、アスカも、傍で見守られ、背中を支えて貰ったのだ。

 相田と言う男には不思議な魅力、いや父性と言うものがあった。

 アスカが記憶する相田と言う男は、中学生時代にはどちらかと言うと浮ついた所のあった男の子であった。

 だが、サードインパクト以降の苦難によってか少なくない年月を超えて再会した時、このような振舞いを身に着けていた。

 安心するのだ。

 見守ってもらった。

 そっと頭を撫でてもらった。

 使徒に飲まれエヴァンゲリオン初号機に喰われたアスカ。

 Evaの呪い(使徒化)によって蘇り、世界が変わった事を知り、世界から疎まれた事を理解し、愛した男が失われている事を知って沈んだ絶望の時にそっと支えてくれたのが相田だった。

 アスカは絶対に口にはしないが、相田に父性を感じ、そこに親愛の情を抱いていた。

 

「そうだな、目が離せないのは同じかな?」

 

「バカシンジと同じに見るんじゃないわよ」

 

「なら素直に飯を食おうや。そしたらモーターの話も出来るしね」

 

「本当にケンケンって上手くなったわよね」

 

「まぁね」

 

 降参っと手を上げたアスカは、ゴーグルと革手袋を外すと外に手を洗いに向かった。

 その背を見た相田は困ったやつだと笑った。

 

 

 

 少しばかり遅い昼飯。

 サンドイッチのパンもどきとは、結晶化の解除された地域の食糧庫から回収された小麦で作ったナンで肉と野菜を挟んだモノだった。

 ピタじゃんと笑うアスカに、そうだなと頷く相田。

 和やかな食事は、アスカが最後にコップを飲み干すまでだった。

 

「で?」

 

 コップを下したアスカはじっと相田を見た。

 その意図を相田も誤らない。

 

「モーターな、近くの戦自基地を探索してた時に見つけたんだ。戦車用のハイブリッド試験モデルだ。村で伊吹さんに見て(チェックして)貰ってるけど、問題は無さそうだって話だ」

 

 使えるのかと聞くのは野暮と言うものだろう。

 使えそうだから拾ってきたし、その確認の為にWILLEで技術部を統括していた伊吹マヤに頼んだのだろうから。

 心の内側から沸々と湧き上がってくる感情を支配する為、アスカは目を閉じて、歯を食いしばってうつむいた。

 

 人一倍に器用で、人一倍に不器用なアスカと言う少女を良く理解する相田は、正しく大人の笑みを顔に浮かべた。

 

「これで行(・)け(・)る(・)な」

 

「ありがとう………」

 

 

 

 

 

 夜のとばりに包まれた第3村。

 その中の1つ、鈴原宅の明かりは煌々としていた。

 裸電球 ―― LED灯の下で差し向いで手酌酒をしているのは相田と家の主たる鈴原トウジだった。

 相田お手製の酒は、趣味で作ったどぶろくだった。

 

「ほうか、式波の夢は叶いそうか」

 

「何とかなりそうだ。機体の方も8割がた完成しているんだ、後は、もう1週間くらいかな」

 

「なら、食料も集めてやらんとな。携行食がええやろ。確か備蓄させてた分に余裕があった筈やし」

 

 コア化が溶けて以降、第3村の食糧事情も劇的に改善していた。

 その為、昔は生命線であった災害備蓄用の携行保存食の類は、非常用として常用する事は無くなっていた。

 それを鈴原の権限で分けようと言うのだ。

 

「ああ、頼むよ鈴原センセイ」

 

「センセは碇の専売品や、あんじょういくよう式波を信じるしかないわな」

 

「だな」

 

 一しきり笑った鈴原は漬物を齧り、最近になって食卓に上がるようになってきた海魚の干物を炙ったものを齧る。

 地球環境が戻って、食卓は豊かになりつつあった。

 

「後は日本酒が飲みたいのう。どぶろくも酔えてええんやけど、甘みがあるからのう」

 

 アテに合う合わないと言うのも酒飲みとしては大事な話なのだ。

 そして、その事を口に出来る時点で、第3村も豊かになりつつあった。

 人類社会は生存を最優先した体制から、復興へ向けた動きを取り戻しつつあった。

 

「そこは乞うご期待だな、製造場所の目途は立ってるんで、後は機材をおいおいと拾ってくるさ」

 

 とは言え、生き残った人間は少ないので、既存のインフラを利用して一気にと言う訳にはいかないけれども。

 文明と文化を絶やさず、前に進もうと言う相田と鈴原。

 二人はこの第3村でも重要な役職に就いている為、会話は自然と復興プランに関わる所とも繋がる。

 衣食住、そして教育。

 又、ここ以外のWILLEが支援している集団とも連携し、人類社会を復興させるのだ。

 夢は大きく、前途は果てしなく遠い。

 

 そんな会話がひと段落したとき、ふと、鈴原が話題を変えた。

 

「しかしケンスケ、お前、式波が出ていくと寂しゅうなるナァ 男やもめの一人暮らしや。どや、降りて来んか?」

 

「んー 今はそんな気にはなれないかな。あそこが拠点で色々と揃えたしね」

 

 他人の居ない場所で好き放題に、村の為のモノから趣味のモノまでかき集めているのだ。

 そんなものを簡単に捨てられる筈も無かった。

 

「かーっ、秘密基地かいな。大人になったと思ったんやけどな」

 

「人は何処かに子どもの部分を持つものさ」

 

「子(・)ど(・)も(・)な。センセや__ なぁケンスケ、式波はええんか?」

 

 酔いが、鈴原の口を滑らせた。

 その事に気づきた鈴原が何かを口にする前に相田が口を開いた。

 

「一応、同い年だよな。だけどさ、そんな風に見れないんだよ」

 

 再会して、色々と聞いて、そんなアスカとの事をポツポツと呟いていく相田。

 その横顔には慈愛に似たものが浮かんでいる様に鈴原には感じられた。

 

「式波は、子どものころからエヴァに乗る為の訓練を受けていた。信じられるか、ほんの5歳位からだぞ。ユーロのNERVは、コッチより軍隊的でな、信じられるか、式波は最初っから、俺の前でも平気で裸になってシャワー浴びてたんだぞ」

 

 羞恥心すら与えられない、人としての、子どもとしての情動すら与えられない環境でアスカは生きてきたのだと言う相田。

 エヴァンゲリオンを動かすための部品としてのアスカ。

 式波Typeと言うクローン(量産品)としてのアスカ。

 隠す気も無く、意味も無い為、相田が聞けば教えたアスカ。

 

 嗚呼、本当に式波・アスカ・ラングレーとは子どもであったのだ。

 

「だからこそ、俺は式波を受け入れたいと思った。シンジもそうさ。1(・)4(・)歳(・)の(・)子(・)ど(・)も(・)が世界を背負わされて、責任を背負って歯を食いしばってたんだ。なら、俺は、俺が出来る事をしたかった」

 

 あの頃、自分が子どもであった事など何の免罪符にもなりはしない。

 そう相田は断じる。

 知らなかったからと、押し付けた結末まで口を拭って生きるなんて出来ないのだ、と。

 

「俺は、お前も、大人になった。成らざるを得なかった。だがそれは自分が生きる為だ。恥じる気なんて無いし、誇れるさ。だけどあいつ等は違う。大人の勝手な都合で世界を背負わされ、戦ってたんだ。だから俺は、二人を預(・)か(・)っ(・)た(・)のさ」

 

 彼らが前を向くまでの間、そっと休める場所を与えたかった。

 肯定してやりたかった。

 よくやったと言ってやりたかった。

 

「ケンスケ、お前、それ、親の顔やぞ」

 

「本物の父親になった奴に言われたんだ。褒められたって事だな」

 

「大絶賛や」

 

 二人して手を叩いて笑う。

 無論、隣の部屋で寝ている鈴原の家族を起こさない様に最新の注意を払いながら。

 が、そんな努力を無にする一言を相田が口にする。

 

「それにな、俺にだって一寸した女性の趣味ってのはあるんだぜ」

 

「ブフォッ! ちょおまっ!?」

 

 思わずどぶろくを噴出した鈴原。

 慌てて隣の部屋を伺うが起きた気配はない。

 育児その他で疲れ切った嫁も、元気である(泣くし騒ぐ)事が仕事の娘も、起きる気配はない。

 ふーっと息を吐きだして、相田を睨む。

 

「オマエナァ」

 

「噴出したのも騒いだのもトウジじゃないか」

 

 台拭きでチャッチャとちゃぶ台を掃除しながら嘯く相田。

 笑っている。

 正しく、二人は悪友であった。

 

「だが真面目な話、式波だと精々が男友達だよ。俺はもう少し穏やかな女性が欲しい」

 

「そう言えば観(・)賞(・)用(・)やったな」

 

「そういう事」

 

 外見に問題は無いし、湿気の無い距離感は気持ちも良い。

 だけど性格には難あり。

 相田も、嫁にするなら家庭には癒しが必須だと思っていたと言う事だった。

 

「ま、あの性格に耐えられるのはセンセだけやろ」

 

「だな。あいつ等が帰ってきたら第3村に名物が1つ増えるワ」

 

「夫婦喧嘩(ラブコメ)だあな。おばちゃん達が喜びそうだ」

 

「相田クン、潤いある人生には娯楽が大事だとは思わんかね?」

 

「おっしゃる通りで鈴原先生」

 

 二人は悪ぶった笑顔を浮かべ、どぶろくの湯飲みで乾杯するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ!」

 

 振りかぶられ、振りおろされた斧。

 小気味よい音と共にワイヤーが切断され、レールの上を走る赤い飛行艇。

 多くの人間が見守る中、豪快なしぶきを上げて飛行艇は第3村のすぐそばの池にお尻から飛び込み、浮かんだ。

 歓声が上がる。

 澄んだ青空に虹も掛かった。

 

「良し!」

 

 満足げに見るアスカ。

 この赤い飛行艇はアスカがコツコツと作った、南極までシンジ達を迎えに行く為の翼だった。

 2000馬力級の大出力コンパクト超電導モーターで飛翔し、動力は翼に張られた高効率発電パネルで賄われる。

 又、固体電池を翼と胴体に仕込む事で、夜間や曇りの空でも飛べる。

 飛行艇の形を選んだのは、どこでも降りられる様にする為だ。

 目的地は南極。

 シンジと真希波・マリ・イラストリアスを迎えに行く為の飛行艇だった。

 誰もが死んでいるのではないかと言っていた。

 生きている証拠など何もないのだ。

 よしんば向こう側から帰ってこれたとしても、何もない南極で人が生きて居れる筈がないと言う。

 

 それらの声をアスカは全て雑音だと鼻で笑って、相手にしなかった。

 アスカは判(・)る(・)の(・)だ(・)。

 シンジが生きている事が、マリ(コネメガネ)も傍に居る事が。

 エヴァンゲリオン第13号機に喰われ、遡ればエヴァンゲリオン初号機にも喰われたアスカだ。

 そして裏世界にまで行ったのだ。

 だからこそ、判るのだ。

 シンジとの繋がりを胸の中で感じる。

 後、マリも居るのが判る。

 ム(・)カ(・)つ(・)く(・)事(・)に(・)、一(・)緒(・)に(・)居(・)る(・)事(・)も(・)判(・)る(・)。

 

 ああ、良いだろう、マリはシンジを助けたのかもしれないから今(・)だ(・)け(・)独占していても良い。

 だけど、アレは私のものだ。

 好きだったと告げて、好きだと告げられたのだ。

 私のモノだ。

 

 と、元WILLEのAAA・ヴンダー乗組員でもあった若い男たちが手際よくボートを出して、飛行艇を回収してきた。

 その中には加地リョウジも居た。

 ヤマト作戦 ―― 南極決戦後、母の事を知らされた加地は、思う所があってかAAA・ヴンダーの乗組員たちと一緒に居る事が多くなっていた。

 スタッフ、乗組員たちからも敬愛されていた偉大なる葛城ミサト大佐。

 かつて、もう半生の昔に同居していた頃をふと思い出した。

 陽気に酒を飲んで騒いでいた姿を。

 そしてユーロNERV時代の保護者だった加地の姿も。

 少しづつ時間が流れているのが判る。

 皆、先に進もうとしているのだ。

 

「アタシも、頑張らないとね」

 

 

 

 水に浮かべてから最終チェックを行い、試験飛行を行い、そして食料や水、造水機や寝具、その他を積み込んでいった。

 それを手伝っていたケンスケがはしけ船から飛行艇を見上げる。

 

「で、コイツ(飛行艇)の名前って決まってるの?」

 

「アルバトロス(アホウドリ)よ。バカ(バカシンジ)とネコ(コネメガネ)を拾いに行くには良い名前でしょ」

 

 胴体に白く描かれた、2と言う数字にも似て描かれた鳥(アルバトロス)。

 口で、犬と猫の入った袋を銜えている。

 中々の力作だ。

 建造に協力してくれたWILLEスタッフの伝手で、描かれたものだった。

 それだけじゃない、尾翼周りにびっしりとメッセージが書き込まれている。

 WILLEのスタッフに鈴原や相田、或いは第3村の人たちがシンジに贈る感謝の言葉だった。

 赤(下地)が3分に白(文字)が7分。

 中々に楽しそう(ハッピー)な仕上げだ。

 全てが終わったのだ、これ位は良いだろうと、機体後部を見るアスカの目は穏やかだった。

 

「2(・)号(・)機(・)とかじゃなくて?」

 

「あの子はもう十分に働いたから、お役御免ってヤツね」

 

 隙間を作らぬ様に色々と荷物を差し込んでいく。

 ここは余人では手伝えない。

 乗って行くアスカが、キチンと行わないとダメだからだ。

 

「そうか、じゃ、先に行かないとな」

 

 相田はまぶし気にアルバトロスを見上げた。

 曲線主体で作られた飛行艇は、最低でも3人は乗せて飛ばねばならぬ為に大型化しており、鋭さよりもユーモラスな愛らしさがあった。

 とは言え強度はある。

 構造材や外皮などに戦自の基地跡地からかき集めてきた先進材料を使っているのだ。

 気象状況の悪い南極域でも十分に飛べるだろう。

 

「何時、出発するんだ?」

 

「積み込みが終わるのが夕方になりそうだから、明日かな」

 

「そうか。ならトウジに話付けとくから今夜は壮行会をしようぜ」

 

「えっ」

 

「長い旅になるんだ、肉喰って、元気出してさ」

 

「アンタはアタシの親かっつーの」

 

「今更だな」

 

 

 その日の鈴原邸は夜遅くまで電気が消える事は無かった。

 鈴原家の人間だけじゃない、鈴原サクラに綾波レイ、第3村に居たWILLEスタッフや村の住人が代わる代わるあいさつに来て、アスカを激励した。

 その中には伊吹マヤも居た。

 アルバトロス(飛行艇)のデジタルな操作システムをくみ上げたのは伊吹だった。

 そもそも、伊吹がこの村に滞在していた理由の大半は、このアルバトロス建造への支援だった。

 WILLE ―― 旧NERVからのスタッフの多くは、アスカに出来る限りの援助をしていたのだ。

 

「取り合えずアスカ、メルボルン(オーストラリア大陸)のWILLEキャンプに向かって。アッチでも色々と準備してくれているから」

 

「有難う。だけどそこまでしてもらわなくても良いのに。シンジの捜索はワタシの我儘なんだから」

 

 アスカはWILLEの特務少佐 ―― 佐官級将校であった。

 当初はエヴァンゲリオンに乗ると言う事で与えられていた大尉と言う階級であったが、ニアサードインパクト以降の日々で階級相応の資質(ライトスタッフ)と献身とを示したが為、昇進していたのだ。

 とは言え、今は特別休暇を宣言し、全ての仕事を放り出していた。

 誰もそれを咎める人間は居なかったが、アスカはそれを己の我儘であると認識していた。

 だが、大人たちはそれを否定する。

 そうではないのだと。

 

「それぐらいさせなさいよ。私たちはそれ位しか出来ないけど。だからこそ出来る事はしたいのよ」

 

 或いはそれは、己の為の贖罪であったのかもしれない。

 だがそれをアスカは受け入れていた。

 伊吹は必死になって作り上げた手書きのマニュアルをアスカに渡すと、必ず帰ってきなさいと言った。

 アスカも必ず、と答えた。

 

 そして夜が明ける。

 

 朝日に染まったアルバトロス。

 その雄姿を見上げるアスカの所に、サクラがやってくる。

 

「コレ、持ってって下さい」

 

 油紙に包まれた、手のひらサイズの荷物。

 割と、重い。

 

「何? ………なに?」

 

 包みを開けて出てきたのはホルスターに収まったリボルバー拳銃だった。

 KBP MODEL R-92。

 サクラがAAA・ヴンダーの上で携帯していた、護身用拳銃だ。

 男性の多いWILLEでは、ヤケクソになった馬鹿から身を護る為として女性スタッフの多くが拳銃を与えられていた。

 幸いな事に、AAA・ヴンダーの艦内でそ(・)の(・)目(・)的(・)で発砲される事はついぞ無かったが。

 

「シンジさん迎えに行くゆうても、道中危険があります。だから、コレ、もってって下さい。必ずシンジさん連れて、戻ってきて下さい」

 

 強い力が込められた目だった。

 まるで脅されているみたいだと思いつつ、アスカは手慣れた仕草で拳銃を操った。

 

「ん? 2発が発砲済み__ 」

 

 何に撃った、この娘はとサクラを見れば、誤魔化す様に9.2㎜弾(実包)の入った箱を差し出してきた。

 

「アスカさん、必ずですよ!」

 

「うん」

 

 頷いて受け取った。

 アスカは出来る女であり、危険から逃れる術を知っていた。

 

 次に来たのは綾波だった。

 農作業に行く前だったのだろう、良く馴染んでいる汚れても良い恰好をしていた。

 昔を思えば、或いは綾波Typeを思えば違和感もあるだろうが、これは綾波が自分を広げる行為と同じだったのだ。

 アスカにはまぶしい恰好にも見えた。

 

 綾波がそっと右手を差し出した。

 

「またね。また会うためのおまじない。アスカ、碇君と一緒に会いたい」

 

「ま(・)た(・)ね(・)」

 

 綾波の手をアスカは大切に、そして優しく握った。

 

 

 

 湖面を滑る様に走り、そしてふわりと浮いたアルバトロス。

 その挙動にブレ(迷い)は無い。

 一周、第3村の上空を飛ぶや、真っすぐに南へと飛んだ。

 良く晴れた青空に映える赤い機体は、直ぐに見えなくなった。

 

「行ったな」

 

「ああ」

 

 目を細めて見送る相田の顔に浮かんだ複雑な表情に、鈴原は娘を嫁に出した父親の顔だと内心で笑った。

 関西で生まれ育った鈴原は、お(・)い(・)し(・)い(・)事に目が無いが、流石に空気を読むだけの理性は持っていた。

 

「後は、帰ってくる事を信じるか」

 

「そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第3村を立ち、日本列島を出て一路、南へ飛ぶアルバトロスの飛行は順調そのものであった。

 途中で人の居ない町を見た。

 人の居る町も見た。

 手を振ったり、翼を振ったりして飛ぶアルバトロス。

 アスカは自分たちが守ろうとしたもの、WILLEが取り戻そうとしたものの成果を見ながら南へ向かった。

 逸る気持ちを抑え、昼過ぎには着水出来る場所を探し、そして朝に飛び立つという日々。

 雨の中、一昼夜以上をアルバトロス号の中で過ごした日もあった。

 曇りの日、釣りをして過ごした日もあった。

 島を伝うように南へ飛んだアスカがメルボルンに到着したのは、第3村を出て8日目の夕方であった。

 

「翼よ、あれがメルボルンの灯よってね」

 

 メルボルンには旧NERV時代からの施設があり、そして今はWILLEの南極監視部隊の拠点でもあった。

 少なくない人が働いているのが空の上からも判る。

 復興の熱気が見えた気がした。

 洋上へと着水しようかとしたアスカに、通信が入り、誘導が行われた。

 少し内陸へと飛べと言う指示。

 訝しみながらも従ったアスカを待っていたのは、WILLEの特務南極調査艦あおばだった。

 ヴンダーの技術を元に建造された、N2リアクターで空を飛翔する事が可能な多目的艦であった。

 

「完成したんだ、あおば」

 

 誘導されるまま、重力制御で空を飛んでいるあおばの飛行甲板へとアルバトロスを着艦させるアスカ。

 着艦用の着艦フックなど持たないアルバトロスであったが、重力制御機能の応用による着艦制御によって危なげもなく甲板上に止まる。

 

「しかし、アルバトロスの脚(ランディングギア)ってこの為だったんだ」

 

 設計を担当した伊吹が無理やりに付けさせたタイヤにあおばの甲板作業車が取り付いて機体を移動させる。

 軽量化の為に陸上への着地能力なんて不要だと削る事を主張したアスカに、伊吹は必要だからと抵抗していた。

 この事を言わなかったのは、驚かせたかったんだろうなと、何となく察したアスカは小さく笑って革の飛行帽を脱いでいた。

 

 

 

「式波・アスカ。ラングレー特務少佐、乗艦許可を願います」

 

「許可する」

 

 敬礼と答礼。

 飛行甲板に隣接された搭乗員待機所入り口での一寸した儀式を終えたアスカは、まじまじと出迎えに来ていた艦長の顔を見た。

 見知った顔だった。

 旧NERV以来の戦友と呼べる一人、青葉シゲルだった。

 襟元には中佐の階級章が輝いている。

 

「見知った声だと思えば」

 

「ま、そういう事だ。あおばは大船だ。南極だって余裕をもって行けるぞ」

 

「青葉にあおばね。ジョークみたいね」

 

「そこは仕方がないさ。コイツは元が戦自建造を進めていた空中巡洋艦で、既に命名済み。徴発した際にソレを知った葛城さんが、『青葉、青々とした木々のある世界を意味する名前ね。良いじゃない』って言ってな、改名させなかったんだ」

 

 そして奇縁で俺が艦長だと笑う青葉。

 

「あおばの仕事は南極圏の調査と監視って事?」

 

「そう言う事だ。すべては解決した筈だ。第13号機も全てのエヴァンゲリオンも失われ、旧NERV本部も海の底だ。もう何もないはずだ。だが、だ(・)か(・)ら(・)こ(・)そ(・)監視をする必要がある」

 

 その意味を理解しないアスカでは無い。

 とは言え、理解はしても納得できるとは限らない。

 

「貴重な空中艦を使って人心慰撫。大変ね」

 

「大変でない事なんてこの世には無いさ。それより、取り合えずこんな所で長話もなんだから艦内へ行こう。この船には本物の珈琲もあるんだぜ」

 

 

 

 取り合えず調査員(お客さん)向けの個室が与えられたアスカは、そこに着替えなどの入ったバックを置くや、旅塵を落とすことなく青葉の居る先進化戦闘指揮所(AICIC)へ向かった。

 出航準備が進められているらしく、慌ただしいAICICにあって青葉は一段高くなっている艦長席に落ち着いて座っていた。

 

「もしかしてアタシを待ってたの?」

 

「調整してただけさ」

 

 南極圏の調査を行っているあおばは、アスカを載せて旅立つ準備をしていたのだ。

 

「生鮮食料品とか消耗品の積み込みだけは寸前でないと意味が無いからな。それよりコッチに来てくれ」

 

 青葉が示したのはテーブル状の複合分析型表示機(コンピュータ・ディスプレイ)だった。

 今、そこには南極圏の全体図が表示され、そこにあおばが行ってきた調査結果が合わせて表示されている。

 現段階で4割近い場所が捜索済み(異常ナシ)と表示されていた。

 無論、そこには生存者を拾っていないと言う事も意味している。

 

 シンジは居ない。

 

「どう思う?」

 

 問われて、ゆっくりと目をつむったアスカ。

 自分の中にあるシンジと、そして真希波との繋がりを追う。

 感じる。

 生きている。

 辛そうな感じはしない。

 ム(・)カ(・)つ(・)く(・)。

 でも居る場所は大体、分かった。

 指で方向を指し示す。

 

「方位確認! 地図と合わせてくれ」

 

 青葉が声を上げた。

 アスカとシンジ達との繋がりに疑問を挟む事は無かった。

 エヴァンゲリオンという不思議なモノに慣れていた青葉は、そ(・)う(・)い(・)う(・)も(・)の(・)だ(・)と受け入れていた。

 

 AICICのスタッフが手早く操作し、ディスプレイに線が入る。

 この何処かにシンジは居るのだと思ったアスカは、血が沸き立つのを感じた。

 もうすぐ見つける。

 会える。

 そう思えば居ても立っても居られなくなった。

 だが、青葉が示した航路予定は、その線から大きく外れていた。

 何故かと顔を見れば、軽く笑った。

 

「三角測量さ。この線上を基本に別々の場所から探す。そうすれば絞り込める」

 

「焦ってたわ」

 

「大丈夫。本艦は韋駄天だ。測量は1日で終わる。終わらせる。そしたら見つけられる筈だ。そんなに慌てる事は無い。それより珈琲はどうだ? 落ち着くぞ」

 

 見れば、若い乗員が湯気の昇っているマグカップを持ってきていた。

 アスカは両手でそれを受け取った。

 

「アリガト」

 

 珈琲を飲んで、それから風呂に入ったアスカは緊張の糸が切れたのか、はたまたそれまでの強行軍が祟ってか、深い眠りに落ちた。

 

 

 

 駅。

 

「だーれだ?」

 

「オッパイの大きい良いオンナ」

 

 二人して手を握って駆け出していく。

 それを独りぼっちで見送る自分。

 

 

 

「〇×△□〇(ザッケンナコラー)!」

 

 破裂した怒り。

 上品とは言えない軍隊式のスラングと共に跳ね起きたアスカ。

 だが目を覚ましてしまえば、その怒りの理由は忘れてしまっていた。

 只々、不快だったという感情。

 故にアスカは、サクラから預かった拳銃をバックの底から引っ張り出して、整備を始めた。

 一通りの整備が終わると、弾を抜いてから壁に向かってトリガーを引いていた。

 カチンカチンと乾いた金属音が鳴る。

 それは朝食の迎えが来るまで続けていた。

 

 

 朝食を済ませた後、出航したあおば。

 古典的な意味での水上艦 ―― 空母にも似た上構を持ち、葉巻にも似た船体をしたあおばは、空を征く事が冗談の様にも見えるくらいに普通に、そして素晴らしい速度で征くのだ。

 その艦内にあってアスカはブリッジ上に設けられた露天艦橋に立っていた。

 落ち着かないのだ、艦内に居ては。

 

 肌を刺す冷たさ。

 金がかった赤い髪がたなびいている。

 だが風は、その速度の割に余り来ない。

 重力制御に因る訳では無く、伝統的な露天艦橋周りに配置されている制風用のシステムとスクリーンとのお陰だった。

 口を一文字に閉じて、じっと前を睨んでいる。

 露天艦橋は、高速飛行中はレーダー以外で外を警戒する必要性が乏しい為、アスカ以外誰も居なかった。

 それも良かった。

 後味の悪さしか残らない夢見の影響、荒れた感情で誰かを傷つける恐れが無い事は良い事だった。

 と、露天艦橋後部に備え付けられていた通信機が鳴った。

 受話器を取る。

 

『寒いだろ、そろそろ珈琲を飲みに降りてきてくれ。測量もしたい』

 

 青葉だった。

 特務少佐と言う階級、エヴァンゲリオンのパイロットだったと言う戦歴もあって、アスカは少しばかりあおばの乗組員たちから恐れられていた。

 だからこそ青葉が、率先してアスカの柔らかな部分を引き出そうとする(コミュニケーションをとってみせる)のだ。

 

「了解」

 

『因みに、何か見えたか?』

 

「海も空も、綺麗すぎる位に綺麗って事ね」

 

『青いってのは良い事さ。じゃ、済まんが来てくれ』

 

「了解」

 

 

 

 南極圏の外周を半円の形で航行しながら都合4回行われた測(・)量(・)。

 その結果、おおよその目的地が絞れる事となった。

 ここから直線距離で約100㎞の海域。

 300㎞四方程度の海域。

 レーダーによれは南極大陸の残骸と、複雑な海流によってか流れ着いた難破船 ―― 雑多な戦闘艦やら貨物船やらが流れ着いている場所だった。

 コア化によって世界が凍結した時、海にあったフネは主を失い漂流していたのだ。

 その流れ着いた果て、と言うべきかもしれない。

 

 居る。

 アスカは直感、或いはオ(・)ン(・)ナ(・)の(・)感(・)とでも言うべきもので察した。

 となれば決断は直ぐに出来た。

 

「青葉艦長、発艦許可を頂けますか」

 

「慌てないでも送っていくぞ」

 

「自分で行きたいのよ」

 

 決断は出来ても、心の奥底から湧き上がってくる期待と不安とがない交ぜになった感情はどうにも処理できない。

 先ほどまでの様に露天艦橋に立っていたとしても、風を受けていたとしても発散は出来ないだろう。

 体を動かしていたいのだ。

 

 アスカの声に含まれた感情の揺らぎを察した青葉は、発艦許可を出した。

 するとどうだろう、アスカは飛ぶように走り出していった。

 AICICのスタッフは開きっぱなしで行った入り口扉をビックリした様に見ていた。

 嗚呼、本当に子どもだ。

 子どもに戻ったのだと、青葉は嬉しくなった。

 WILLEの時代の、斜に構えたアスカ。

 戦闘時以外では口数も少なく、任務以外での会話をするのも殆どマリのみと言う有様。

 そんな痛ましい姿から、懐かしき第3新東京市の頃に戻った様に見えたのだ。

 嬉しくならない筈がない。

 

「宜しい、あおばはアルバトロスの発艦後、後続する。但し速度は60ノットとする」

 

「艦長、それは余りにも遅いのでは? 我々も捜索に参加するべきです」

 

 青葉の言葉に副長が異を唱える。

 生真面目なあおば副長は、AAA・ヴンダーにも乗り込んでいた男だった。

 あの頃のアスカを間近に見ていた。

 だからこその言葉。

 だが、青葉は笑って否定した。

 

「良いのさ。1(・)4(・)年(・)ぶ(・)り(・)の(・)再(・)会(・)だ。それとも君、馬に蹴られる趣味があるのかい?」

 

 AICICがドッと沸いた。

 副長も略帽を脱いで頭を掻いた。

 

「そりゃ仕方がありませんな。ゆっくりと向かうとしましょう」

 

 

 

 飛行甲板、駐機スポットに固定されているアルバトロスへ奔るアスカ。

 指示が出て居るのだろう、固定索が手際よく外されていく。

 と、アスカは気づいた。

 尾翼周りの白みが増えている事に。

 いろんな言葉で書き込まれた、あおばクルーからの激励だった。

 

「っ………」

 

 思わず立ち止まり、マジマジと見てしまったアスカ。

 こみ上げてくる想い。

 背中を押してくれる声。

 

 ふと、甲板クルーの誰もがアスカを見ていた。

 涙なんて流さない。

 不敵に笑って見せる。

 右の拳を突き上げて親指を立てたアスカに、皆が親指を立てる。

 

「ご武運を!」

 

「任せなさいってーの!!」

 

 アスカは、自覚せぬままにとびっきりの笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 あおばを飛び出したアルバトロス。

 アスカは最大出力でプロペラ(モーター)を回させた最大速度だ。

 ソーラーパネルの産む電力だけでは足らず、バッテリーの電力まで消費していく。

 みるみる減っていく残量をアスカは気にしない。

 心の叫びのままに、スロットルを開きっぱなしにする。

 コンピューター(アビオニクス)が、警報を上げる(機体がバラバラになってしまうと言う)が無視する。

 あおばが来ているのだ。

 ならアルバトロスは目的地まで持てば良いのだ。

 否、そんな事すらも考えず、アスカはただ前を向いていた。

 

 

 

 

 

「~♪ 海は青くなったけど、魚は釣れないニャー」

 

 座礁して傾いたフネの上。

 男物の大きなツナギを来たマリは手製の日傘の下、呑気な顔で釣竿を海に伸ばしていた。

 浮きはピクリとも動かない。

 あくびを一つ。

 

「南極圏じゃやっぱ無理って事か。それとも人類の無い世界なのかニャー」

 

 竿を引いてみるが、針に付けた保存食の欠片が食われた気配はない。

 仕方ないとばかりに海に戻す。

 

「あーあ。保存食は飽きたし、わんこ君にもこのマリ様の女子力(料理の腕前)を見せつけたかったけど、コレじゃ駄目だね」

 

 朝から一切無い釣果に、流石のマリも釣りに厭きてきていた。

 

「こうなったらわんこ君を襲って、今日こそはめくるめく桃色のアバンチュールに持ち込むしかない! この海に、この世界に男と女は私とわんこ君のみ! ならば新世界のアダムとイブになるしかないっ!!」

 

 暇を持て余し過ぎたマリが何とも評しがたい事を、誰に見せる訳でも無く劇調で宣言した時、マリは視野の端っこに何かを見た。

 動く、黒い点。

 

「ん??」

 

 目を凝らすがよく見えない。

 そもそもメガネっ娘のマリは目が良くない。

 近くに置いていた袋から、拾ってきた軍用の双眼鏡を引っ張り出して見る。

 見えた。

 飛行機だ。

 人だ、人が居るのだ。

 

「人類は生きていた!? ココって本当に地球なの!!」

 

 綾波ユイへの誓いに依ってシンジを助けると決めていたイスカリオテのマリア(真希波・マリ・イラストリアス)は、助けた結果、帰る先がマイナス宇宙の果て(ポイント・オブ・ノーリターン)であろうと気にはしていなかった。

 だからこそ、呑気に釣りをしていたとも言える。

 愛しのわんこ君を助けたのだ、この先がどうなるか分らぬが、今は余暇(アディショナルタイム)だと割り切っていた。

 そこに飛行機が来たのだ。

 驚くのも当然であった。

 取り合えず、傍のタオルケットを振り回して自分をアピールする。

 気づけ! 気づけ! と必死に振り回す。

 と、1つの事に気づいた。

 機体は真正面からしか見えない、と。

 

「あるぇ?」

 

 数秒のタイムラグでマリは理解した。

 飛行機は真(・)っ(・)す(・)ぐ(・)に(・)突(・)っ(・)込(・)ん(・)で(・)き(・)て(・)い(・)る(・)と。

 

「わわわわわわっ、新世紀の突貫戦術(スーサイドアタック)かにゃーっ!?」

 

 人が居たと思ったら、行き成り特攻(カミカゼ)である。

 人を食ったような態度を崩さぬマリとは言え、慌てるというものであった。

 今のマリには策も術も無い。

 営々と準備してきた全てを消費してシンジを助け、そして今は只の少女としての体しか残っていないのだ。

 飛行機にぶつかられては死んでしまう。

 

 逃げ出そうとした矢先、飛行機は一気に角度をつけて着水した。

 豪快に巻き上がる海水。

 そこで初めてマリは、飛行機が赤く塗られた飛行艇である事に気づいた。

 

「人騒がせなっ!」

 

 飛行艇が着水の余勢でスルスルとマリの近くへと迫ってくる。

 止まらない。

 止まらないままにぶつかって、傾いたフネの側舷に乗り上げた。

 

「………」

 

 流石に言葉も出ないマリ。

 と、その耳朶を懐かしい声が打つ。

 

「コネメガネ!!!」

 

 アスカだ。

 ぶつかってきた飛行船から飛ぶように出てきて、そして子どもの様にマリに抱き着いた。

 

「ひっ、姫?」

 

 殆ど無意識のままに抱き返すマリ。

 手のぬくもりが、柔らかさが、マリにアスカが其処に居る事を教えた。

 

「姫だ! 姫だ!!」

 

 気が付いたら二人とも、泣いていた。

 

 

 

 最早会えぬと思っていた相手との再会に涙した二人。

 14年もの歳月を共に戦った、背中を預け合った相手なのだ。

 泣かぬはずが無かった。

 珍しい、お互いの涙を流す顔を見合わせて笑う。

 それは戦いの日々では決してあり得なかった姿でもあった。

 

 ひとしきり、泣いて笑った後に、アスカは怒る。

 何で連絡をしてこないのかと、助けを呼ばないのかと。

 

「いやー 最初はそう思ってたんだけど、この船も周りのも潮を被ってかコンピューターとかが全部オジャンになっちゃっててね。仕方が無かったって事で1つ」

 

「どれだけ心配したと思ってるのよ!」

 

「アッシも? わんこ君だけじゃなく??」

 

 意地悪く言うマリのほっぺを両手でつまむアスカ。

 容赦なく摘まんで引っ張る。

 

「アタシがそんな薄情に見えるか!!」

 

「見えない! 姫だもの!!」

 

 じゃれ合い。

 それは年相応の少女たちの姿だった。

 背負っていた、背負わされていたモノを全て下せたが故の、年相応にしか見えぬ姿であった。

 

「所で、その、バカシンジは何処?」

 

 周りを見るけど居ない。

 釣り具も椅子も1セットのみだ。

 シンジの気配は無い。

 

「姫愛しのわんこ君はアッチ!」

 

 マリが示したのは、マリの居た船の隣の隣に係留されている小さなヨットだった。

 汚れてはいるが壊れている気配は無い。

 船上には様々な道具が散乱していた。

 

「エンジンの修理だにゃー 姫、アチシ達だって遊んで(バカンスして)た訳じゃなく、帰る様に努力してたんだって」

 

「あんな小さなヨットで南極圏を超えようって、正気を疑うわよ」

 

「仕方ないじゃん。ここら辺の船で修理が出来て、しかも2人程度で動かせそうなのってアレしかなかったんだから。と言うか、姫もこんな小さな飛行艇でココ(南極圏)まで来るなんて、無理無茶無謀ってモンでしょ」

 

「おあいにく様。アタシはWILLEのフネで近くまで送ってもらったもの」

 

 無茶はしてないと胸をはるアスカ。

 当初はマリの言葉通り、この飛行艇だけで南極圏まで来ようとしていたのはシレっと忘れていた。

 

 

 ダラダラと話していても意味が無いとばかりに、深呼吸をしたアスカは、自分に言い聞かせる様に宣言する。

 

「じゃ、コネメガネ、ここで待ってて。アタシ、ちょっと、シンジの所に行ってくるから」

 

 緊張感で言葉が途切れ途切れだ。

 だが出(・)来(・)る(・)女(・)であるマリは、その事を指摘する事は無かった。

 頬が真っ赤になっている事も指摘しなかった。

 拗らせてきた14年分の感情を真っすぐシンジにぶつけるつもりかと了解した。

 

「ラジャ! 行っといで姫」

 

 愛しのわんこ君を独占出来ないのは残念だが、共有する相手は可愛い姫だ。

 問題は一切無い。

 何なら3(・)人(・)で(・)仲(・)良(・)く(・)し(・)た(・)っ(・)て(・)問題は無い。

 

「でも、姫ってば拗らせてるから、最初だけは譲るかニャー」

 

 

 

 光源は開けっ放しの扉から入る陽光だけという薄暗い暗いヨットの船底で、シンジは必死になってエンジンと格闘していた。

 整備マニュアルを見て、動かない理由を探る。

 暗いし狭いしと半裸で汗だくと言った塩梅だ。

 

 何度目かのテスト。

 始動試験。

 エンジンの始動スイッチを入れるが、エンジンは掛からない。

 今度こそはと思っていただけの、徒労感が大きい。

 エンジン室の入り口扉に腰掛ける。

 

「非常用マニュアルを、また1から確認するか………マリさんも手伝ってくれたら良いのに」

 

 この非常事態であっても呑気に釣りをしているマリに、只、溜息をつくシンジ。

 シンジが機械を触れるのは、第3村でケンスケのやっていた事を見様見真似しているだけなのだ。

 専門の知識も経験も無いシンジでは、ヨット用のディーゼルエンジンを修理して起動させると言うのは難問であった。

 

 と、その背中から腕が伸びて抱き着かれる。

 強く、そして優しい手だ。

 服越しに温かい体温を感じる。

 とは言え、何時もの悪戯(ブラをしているだけマシ)と思って名前を呼ぶ。

 

「止めてよマ(・)リ(・)さ(・)ん(・)、今、忙しいんだよ?」

 

 その名を呼んだ瞬間、体が思いっきり絞られた。

 

「誰って?」

 

 地の底から這い出てくる様な声。

 

「え?」

 

 聞きたかった声。

 聞けなくなったと思っていた声。

 愛していた人の声。

 不帰(帰れぬ)と思えばこそ、別れを告げた人の声だった。

 

 体に巻き付いた腕に手を添えるシンジ。

 自分の手が震えている事が判る。

 同時に、体を思いっきり掴んでいる手も震えている事が判る。

 

「アス………カ?」

 

 背中が熱くなった。

 ギュッと絞られた手とシンジの手が繋がる。

 

「………バカシンジ」

 

 シンジは自分が泣いている事を理解した。

 零れ落ちる涙が恥ずかしくて、只、天井を見上げていた。

 

 

 

 

 

 




 尻切れトンボ風ではあるけど、キスしてエンダー!! だと、個人的に拗らせ乙女で絶対に処女っぽいアスカだとそのまま運動会コースなので我慢した(我慢
 でもたぶん、あおばと別れての帰りは運動会だと思う。

 尚、帰り着いたらサクラとの闘いが始まる模様(おい

 気分が向いたら、続きを書くかもしれませんが、ま、こんな終わり方も良いじゃないですかねー

2021/03/22
 かいたったー
 LAS分の置けるラブ分が足りんという事で中編化!
 らぶるぜー らぶるぜー (尚、微糖

2021/03/23 文章修正

2020/04/04 冒頭文移動
 サクラが病み気味。
 アスカ? もう乙女拗らせを通り越してます。それでもナイフを研ぎださないのは肉喰ってるから(多分
 マリはバイ(真顔
 それで宜しければご笑覧の程、よろしくお願いします。

2020/10/18 文章修正

※追記
 短編の予定でしたが、ラブ分が足りなくね? と言う心の底から湧き上がる声が会ったため、セルビエンテ・タコーン的に中編となりますた。
 後、脳内で新劇を味わってたら、別のネタも思いついたのでそのウチに描きます(ニチャァ

※追記2
 本シリーズは少し修正(少しの予定)後、1.01としてpixivにも掲載する事としました。
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