after days(シン・エヴァンゲリオン after短編集) 作:◆QgkJwfXtqk
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かつての日本、日本列島の第3村と呼ばれた1,000人規模の小さな
そんな第3東京圏は東京の名こそ付けられていたが、その本体は東海地方 ―― 中京工業地帯とかつて呼ばれていた工業集積地帯を再起動させ、再建したものであった。
WILLEによる全力支援もあって現在では、ニアサードインパクト直前の頃と比較して約半分程にまで工業生産力を回復させていた。
人口が少ないにも関わらず、これ程の工業力を発揮できている理由は、セカンドインパクトの影響であった。
島国としてセカンドインパクトで甚大な被害を出した日本は、それでも立ち直ろうと全力で努力し、中京工業地帯を世界でも有数の自動化を推し進めた先進的工業地帯として蘇らせたのだ。
ニアサードインパクトによってコア化、凍結されていたものを復旧させ、改良を進めた今、かつての中京工業地帯は人類の工場として動いていた。
「日本、か………」
WILLEの
雪がちらつく冬の日本。
それは初めて見る日本の顔だった。
そもそも、40年を超えるアスカの人生に於いて日本の地に居た時間は極めて短い。
第3新東京市や第3村、それらをつなぎ合わせても1年にも満たないだろう。
だがそれでも忘れえぬ場所であった。
「寒い………」
ニット帽を被り、厚手のウールコートを羽織ったストレリチア・ラングレーはアスカに続いて降りるや、身を縮めていた。
粉雪を舞わせる風が吹いたのだ。
小さな体には、冬の日本は寒すぎた。
セカンドインパクトで常夏の国と化していた日本は、アディショナルインパクトによって四季を取り戻したが、聊かばかり寒冷地化していた。
少なくとも、嘗てであれば伊勢湾に面したこの地帯雪が降る ―― 積る程に吹雪くなど滅多に無かったのだから。
兎も角、そんな話は別として常夏に近かったアレクサンドロスで育っていたストレリチアには今に日本は寒すぎた。
アスカはそっとコートのチャックを開いて、ストレリチアを掴んで引き入れる。
「あっ」
抵抗する間もなく小さなストレリチアは、アスカのコートにすっぽりと収まった。
「迎えが来るから少しだけ我慢よ」
ぶっきらぼうとも言えるアスカであったが、裏腹に手袋を外した手が優しく凍えたストレリチアの頬を撫でていた。
「ありがとう」
か細い声で感謝を伝えるストレリチア。
この小さな少女にとって、遠縁と説明された自分にも似た顔立ちのアスカと言う女性は何とも不思議な相手だった。
育児所で見た大人とも違う大人、それ以前の白衣い人とも違う人だった。
見ていないようで、自分を見てくれる人だった。
優しい人。
だから、おずおずとコートの中でアスカの足にしがみつくのだった。
輸送機から降りた途端に凍えた小さな体で、何も言わずに自分にしがみついてきたストレリチアをアスカはそっと支えた。
子ども。
或いは小さな自分。
自分の様に
だから、その気持ちの判るアスカは、手をそっとストレリチアに添えるのだ。
無償の愛、それに類される事。
だが、何よりも
古臭く、何か臭いがする送迎車のライトバンに揺られ、空港のターミナルへと移動した2人。
車などの再生産も始まってはいるのだが、多少はガタが来ていてもエアコンなどの快適装備は
その辺りをストレリチアに説明するアスカ。
「とは言え、イロイロと限界よね」
車内に増設されている手すりに掴まりながら、ストレリチアを掴まえながら愚痴るアスカ。
サスペンションが経年劣化でよく跳ねるのだ。
とは言え子どもなストレリチアには、ソレを楽しんでいたが。
空港の管制棟に行く。
今だ国家群が復活した訳でも、居留地毎に独立した訳でも無い為、出入国管理などの煩雑な作業がある訳では無い。
又、通信用衛星網を最優先で構築したお陰で、回線が太くは無いもののインターネット網が再建されているお陰で、情報面での地球は1つであった。
だが人間の移動の管理と、特に移動時の事故などの早期発見への備えとして、ある種のアナログ的な移動管理は行われているのだった。
認証装置に手のひらを載せ、2つ3つばかり「寒いですね」だの「アメリカは遠いですね」だのと世間話にも似た言葉を年かさで暇そうな男性移動管理官と交わしながら名前を電子ペンでサインをすれば、それで終わる。
そもそも旅行、特に観光旅行と言うものがまだまだ難しい世界なのだ。
人員の移動に制限は無いし、そもそも各
但し、お嬢さんとどうぞっとアメを4つ5つばかり差し出しながら。
食い物に拘る日本人は、アメ ―― 嗜好品の生産再開にも手を抜かなかった。
無論、包装紙までは手が回らず綺麗ともとも可愛らしいとも言えないフィルムに包まれていたが、それでもアメはカラフルで魅力的であった。
「甘い」
さっそく口に居れたストレリチアが、その上品な甘さに目を丸くしていた。
その素直とも幼いとも言える反応にほほえましさを感じながら、アスカもアメを口にいれた。
「甘い」
その甘味にアスカも驚き、目を丸くしてストレリチアと全く同じ言葉を漏らした。
砂糖の生産はまだまだ豊富とは言えず、この手の甘味な嗜好品は品薄なのだ。
少なくともアレクサンドロスでは。
アスカも久々に感じた甘さであった。
「甘いね!」
何故かストレリチアが
子ども特有の柔らかみの強い赤い髪に手櫛を指しながらアスカは甘い顔で同意する。
その様はまるで親子の様であった。
かつての出入国管理と比べると簡素と言っても過言ではない手続きを済ませた2人は、管理棟を入り口に向かって歩く。
最低限、ペンキが塗ってあるだけの
2人は知らぬが、田舎の町役場染みたと言う表現が一番、似合っているとも言えた。
違いは
「これからどうなるの?」
「迎えが来る筈?」
疑問に疑問形で答えたアスカ。
一昨日の夜に、急ではあるが会いに行くことを連絡した
14年、更に14年が経とうとも忘れぬ声に思いを馳せたアスカ。
と、管理棟の入り口に男の子が立っているのが見えた。
中肉中背、割と細身だろう ―― 着ぶくれしているが、顔立ちが整っている。
その顔に少しだけ見覚えがあった。
「えっ?」
アスカは素直に、碇シンジに似ていると思った。
記念写真も何も残っていないシンジ。
写りのあまり良くない、AAAブンダーで撮影された診察用のソレだけがアスカの手に残されていた。
大事にラミネート加工して、手帳に挟んでいる。
妄執にも似た ―― そう自分でも自覚しているアスカの瞼には、あの、ありし日々のシンジの顔が消える事無く残っている。
あの、
過去形で告白してきた事も忘れない。
一言一句だって忘れない。
忘れない。
忘れてやる気も無い。
あの顔にキスしてやる。
あの顔をひっぱたいてやる。
あの顔に抱き着いてやる。
それらが全てアスカを駆り立てる原動力であり、決して減る事のない燃え続ける燃料なのだから。
年頃は7歳か8歳、それこそストレリチアと同じ位だろうか。
「ん?」
アスカの足が止まった事に、手を繋いでいたストレリチアは気づいて、不思議そうにその顔を見た。
と、少年の目がアスカを捉えた。
にぱっと笑った。
その笑顔にも見覚えがあった。
アスカの心臓が跳ね、思わずアメをのみ込んだ。
「式波アスカさんですか?」
子どもらしい甲高い声がロビーに響いた。
「吃驚した?」
小声で簡素ながらも声に茶目っ気を載せながら尋ねてくるのはアスカの古馴染みにして戦友、かつては綾波と名乗り、今では結婚して姓を変えた渚レイだった。
場所は渚レイが迎えにと乗ってきた車の中だ。
渚レイがハンドルを握る小型なハッチバック型の自動車は、
青色の塗装は渚レイの髪の色に似ており、イメージに合う形だった。
柔らかなベージュ色で統一された車内の内装は、使用する素材を制限する目的であったのだが、そのシンプルさが外の色との良い
「ビックリしたわよ」
そう答えるアスカが居るのは助手席だ。
後ろにストレリチアと少年、渚レイの息子である渚ヒイロが座っていた。
親の気性を受け継いだのか、それとも躾のせいかかなり行儀が良い。
対してストレリチアは、車が街中に入って以降、好奇心の赴くままに回りを見ている。
と、そのかわいらしい耳にヒイロが耳打ちする。
外を指さしているから、何かを説明しているのだろう。
その微笑ましさに、アスカの目が自身で気づかぬままに細まった。
独りであった自分 ―― 訓練漬けで他に何も無かった、己の過去との対比に重いものを感じてしまったのだ。
自覚した途端にそれを恥じた。
そしてアスカは、自分は微笑ましさを感じているのだと内心で言い聞かせた。
「アスカ?」
「何でもないわ、レイ」
名を呼び合う2人。
かつてはエコヒイキと呼び、或いは2号機のヒトと呼び、背を預ける戦友であっても少しばかりの壁があった2人も、再会して14年の月日が流れた今は少しばかり仲良くなっていた。
赤信号にブレーキが優しく踏まれた。
車は、余り揺れる事無く丁寧に止まる。
「でも、吃驚したのは私も一緒」
そう告げる渚レイの目は、ルームミラーを通じてストレリチアを捉えた。
「本当にそっくり」
「
アスカは
エヴァンゲリオンの為に生み出された存在。
コンセプトも製造方法も全く異なれども、背負っているモノは似ていたのだから。
或いは、あの頃は近親憎悪を感じていたのかもしれない ―― そうアスカは過去の日々で思う事があった。
戦闘用として地獄の様な研磋研磨によって文字通りに
自覚は無かったが、その浅ましくも羨ましいとの思いが、渚レイへの
だからこそ、嘗て渚レイに言われた『エヴァに乗らない幸せ』と言う言葉に反発したのかもしれない、と。
とは言え、それも全ては28年も前の話であり、アスカの中では決着のついた話だった。
エヴァ、エヴァンゲリオンに乗らない幸せはあるかもしれない。
だがその為には前提としてシンジが必要なのだ。
ある意味でアスカは幸せになる為に走り続けているのだ。
「素直そうよ?」
「ワタシも素直だったわ」
「そうかしら、碇君が__ 」
「何!?」
シンジの名前に、食い気味に慌てて渚レイを見るアスカ。
だが、渚レイは笑っていた。
小さく優しく笑って答える。
「秘密」
信号が変わり、車がするすると走り出す。
「イイ性格してるわね」
「よく言われるわ」
子どもの様な会話をする2人。
それをじっと見ていた子どもの2人。
「お母さんと仲が良いんだ」
「そうかも?」
家の外では余り笑わない母が、機嫌よく笑う姿に驚くヒイロ。
対するストレリチアは、良く分からないと首を傾げる。
「アスカさんも機嫌が良いと思うよ?」
母と同じ位の年頃だからおばさん等と呼ぼうとして
父親と母親の愛情を存分に貰って育ったヒイロは素直な性格をしていた。
「そうかも」
何時もの姿を知らないから判らないと言うストレリチア。
アレクサンドロスを出て既に1日近く。
これ程に長く一緒に居るなんて初めてだった。
「お母さんじゃないの?」
「違う」
その事は明確にアスカが否定していた。
初めて会った時、抱きしめてくれたアスカは、ストレリチアにとって母親であって欲しい人であった。
それが否定された事は残念で、だけど偶に会いに来てくれて、抱きしめてもくれる人。
だからストレリチアにとってアスカは大事な人だった。
「でも優しい人」
「良かったね!」
自分の気持ちを素直に肯定されたストレリチアは、その白い頬を真っ赤にしていた。
何かの気恥ずかしさから俯き、だけどハッキリと感謝の言葉は口にしていた。
「あ、有難う………」
渚レイの運転で向かったのは渚家、3人家族で住む一軒家だった。
市街地郊外の、300坪を超える敷地に建てられた7LDKと云う比較的大きな家は、アスカとストレリチアが泊まるにも十分な広さがあった。
築50年を数える古い家は、渚レイの趣味 ―― と言う訳では無い。
第3東京圏管理官の1人という面倒と責任とを背負っている夫、渚カヲルに立場として与えられていた物件だった。
「デッカイわね」
家自体もそれなりだが、家が付属品に見える程に庭が凄かった。
一寸した林とそれなりの池があり、日本庭園風に手入れされているのだ、アスカが呆れる様に呟くのも当然だった。
家も塀も和風で、ストレリチアなど異世界を見たと言わんばかりの顔で絶句していた。
「あの人の趣味が庭いじりなのよ」
「庭いじりと言うよりも庭園づくりじゃないの」
「本人は文化の継承なんて言っているわ」
日本文化、日本庭園の文化を継承する為だと本人は言っていたとの事だが、多分に趣味でハマっただけなのだろうと渚レイはバッサリと切り捨てていた。
取り合えず家に上がって温かいお茶でもとなった所で、ヒイロがストレリチアを庭の冒険に誘った。
ストレリチアの目が、車から降りたら庭に釘付けだった事を見て男気を出したのだった。
渚レイは雪も止んでいるのでアスカを見て、頷いたのを確認すると、冷える前に上がって来なさいよと許したのだった。
チョコチョコと庭を走り回っている子ども2人を、縁側に置かれた応接ソファーに座って眺める大人2人。
手には湯気の昇る湯呑があった。
「母親みたいね」
「母親だもの」
「………シンジにそっくり」
「そうね」
積もった雪がキラキラと光を反射し、下からも子どもたちを明るく照らしている。
まだ幼い子どもにとっては絶好の遊び道具だろう。
二重窓を超えてくる子どもの甲高い声をBGMに、大人は言葉を交わす。
「碇君のクローン、そう見えたのね」
アスカが思っていた事を言い当てる様に渚レイが口火を切った。
綾波レイや式波アスカ・ラングレーと言う前例があり、この渚レイと言う女性もかつてはシンジに思いを抱いていたのだ。
アスカが疑念を持つのも当然であった。
だが、それは否定する。
「碇君が居ない。だからいっそ ―― そう思える程に私は割り切れなかったわ」
それなりに夫、渚も愛しているのだからと続ける渚レイ。
只、問題があったのだと言う。
「だけど私はクローン。そしてカヲルは__ 」
元とは言え使徒だった渚カヲル。
毎晩毎晩頑張っても生まれなかった。
調べたら、両親の特殊性故に子どもを作り出す上での遺伝子情報が不足していたのだという。
「そーゆーモンなの?」
アスカの声が真剣味を帯びる。
クローン上がりで元使徒と言う、ある意味で渚夫妻を一人で背負っているのがアスカなのだ。
話に真剣になるのも当然だった。
「成体クローンの部署で調査確認したらそういう事だったわ。だから碇君の情報を使ったの」
遺伝子情報バンクに残されていたシンジの遺伝子情報で渚家の2人の遺伝子情報を補完させ、生み出したのだと言う。
ある種の
兎も角、補完する遺伝子情報自体はシンジのモノでなくても良かったのだが、どうせならシンジを子どもとしたいと言う
「アンタたちがあの子にシンジって名付けなかった事だけは誉めてあげるわ」
何を突っ込むべきかと悩んだ末に、アスカは単純に褒める事にした。
その言葉に渚レイは何を当たり前の事をと返した。
「碇君は碇君。ヒイロはヒイロだもの」
シンジへの思慕はあっても、渚カヲルへの愛情も当然ある。
その上で子どもを欲したのだ。
シンジを、シンジの身代わりを欲した訳ではないのだから。
ヒイロの名は、シンジの名前から1文字取ろうとして迷走した挙句、鈴原家や相田家、或いは青葉家などの親交のある大人たちに相談した結果決まったものだった。
渚家の夫婦は名前への拘りが薄すぎて、周りが考えるしかなかったとも言えた。
諸々の結果、シンジに肖った名前と言う基本が決まり、その後、シンジは立派な事をしたと言う所からとって、シンジの様に
ヒーローからのアナグラム的な命名とも言えた。
傍から見るとさっぱりわからない経緯であったが、取り合えず、生まれるまでには決まった良き名前だった。
そして生まれてからは家を明るくしてくれた英雄であった。
赤ん坊は口数が多いとは言えない2人を引っ掻き回し、若夫婦を親に、そして大人へと育てていた。
「ゴメン、キチンと母親やってたのね」
「育てさせてもらったって思っているわ」
「良い母親って顔をしているわ」
「そうかしら、判らないわ」
手を頬に当ててそっと笑う渚レイに、アスカは自分に無い落ち着きを見た。
この戦友は、いつの間にか先に行ったのだと納得せざる得ない顔だった。
「立派よ」
「そう言う貴方だって凄い成果を出したって聞いたわ」
「ワタシは、ワタシの為にやってるだけだから」
子どもの儘、我儘にやってるだけだと自嘲するアスカ。
そっと手を見る。
14年走り続けた。
その事に寸毫たりと後悔は無い。
恥じる積りも無い。
例え前のめりに倒れたとしても。
今、この場で死んだとしても。
手を握り、拳を作る。
「ワタシの手は子どもを掴む事には向いてないわ」
守る手ではなく、前に進む為の、道を遮る壁へと遮二無二に食らいつくための手だからと言う。
だが渚レイはその言葉を否定する。
「でも、あの子は貴方に懐いていたわ」
「………」
「貴方は自分を否定するわ。母親でも無いかもしれない。だけど、あの子にとって貴方は大事な
「アンタにこんな風に言われるなんて、あの夏の日々からじゃ想像も出来ないわ」
「人は成長するのよ。私も貴方も、カヲルもヒイロも
「ホント、母親よ、アンタ」
「母親よ?」
会話がひと段落した後、大人たちは子どもたちを風呂に入れた。
雪の中で夢中になって遊びすぎた子どもたちは、体が冷え切ってしまっており、大人たちと一緒にぬるま湯を張ったお風呂に長く浸かる事となる。
アスカの第3新東京市時代の友人たちは、様々な立場や仕事で広大な第3東京圏の各地に散って生活していた。
仕事に絡みもあって一度に集まったりする事も簡単には出来ず、又、そこまで自分に時間を使ってもらう事にアスカが遠慮をし、1週間ばかりかけて挨拶をして回った。
又、第3東京圏の工廠が、超光速発揮実証実験機で性能を確認した
基本設計自体に変更などは無かったが、火星への試験運行で得られた情報を元にした設計の改正が行われたのだ。
この為、2ヶ月ばかりの間、ストレリチアも一緒に渚家で過ごす事になった。
日曜日。
雪が解け切って春めいた日差しの下、渚家の庭で遊んでいるストレリチアとヒイロ。
渚が、時間があると丹念に手入れをしている本格的な日本式庭園は子どもたちにとって格好の遊び場だった。
鬼ごっこやかくれんぼう、果ては木登りまで。
すっかり仲良しになって遊ぶ2人を、縁側から微笑ましくもほろ苦く見ているアスカ。
理由は1つだ。
仕事の方がひと段落した為、もうすぐアレクサンドロスに帰らねばならぬからだった。
別れさせねばならぬ。
アスカと共にストレリチアも帰らねばならぬのだ。
「………」
「帰らない。そんな選択肢もあるよ」
物憂げなアスカに声を掛けたのは、この邸宅の主たる渚だった。
日本趣味に被れた結果、藍色の甚平を身に着けている。
顔が小さく頭身の多い渚が着ると、なんと言うか微妙に似合ってない感が漂っていたが、本人がとても楽しそうなのでアスカが何かを口にする事は無かった。
「人の感情を読むのはマナー違反よ?」
「そうかな? 僕には判らないよ」
「覚えときなさいってぇの」
聊か乱暴な言葉を返すアスカ。
何と言うか、お世話になっている手前で言うのもナンであるが、アスカはどうにも渚が苦手だった。
顔は良いし態度も柔らかい人間なのだが、泰然自若と言うか超然としていて、からかわれたりするのがどうにも反発してしまいがちなのだ。
後で渚レイに謝ったりもしていた。
尤も、渚レイからも、アレは
「でも、他人の意見を聞く事で考えがまとまる事もあるよ?」
「考えは決まってるわ。その点でワタシにブレは無いもの」
「………頑固だね」
「悪い?」
ジロリと睨むアスカに、渚は両手を挙げて降参した。
そういう風には言わないよ、と返した。
「只、可愛いストレリチアちゃんをヒイロと引き離すのは少し心が痛まないかい?」
「そうね。でも、出会いと別れはコインの表裏ってもんでしょ」
「自分は別れを否定する積りなのに?」
「それはイエスでありノーね。表裏だからこそひっくり返すのよ」
目力が違った。
アスカの蒼い目がランランとして力強く輝いている。
人を惹きつける力を放っていた。
「強いんだね、君も」
「今更、止まる気も後戻りもする積りは無いってだけよ」
「好いてくれる人を捨てても?」
「アンタ、見てたの」
「いや、話を聞いてね」
好いてくれる人、即ち第3東京圏に来たアスカへと愛の告白をした
勇者の名は加地リョウジJr。
第3東京圏の農業部門で活躍する若手エンジニアだった。
本人の知らぬ縁もあって幾度かアスカと会い、会話し、そしてアスカの知性と蒼く輝く目への恋に落ちていたのだった。
どこから知ったのか、アスカが不帰の覚悟で宇宙に出ると知って、好きだから行かないで欲しいと懇願してきたのだ。
農業部門で作ってた早咲きのバラで花束を作って差し出すと言うオマケ付き。
オマケに場所は第3東京圏の中央官庁街 ―― 公衆面前でだ。
劇的な演出とも言えた。
だがアスカは容赦しなかった。
花束を受け取る事もなく、口を開いて切り捨てた。
『悪いけどワタシはアンタをそう見た事は無い。そしてこれからも無い』
正に一刀両断であった。
だが加地リョウジJrも止まらなかった。
待ってくれと言いながらアスカの手を掴もうとした。
してしまった。
アスカを逃したくない一心だったのかもしれないが、最悪の一手であった。
手が延ばされた瞬間、アスカの目が胡乱な人を見る目から不審者を睨む目へと変わった。
スイッチが切り替わったのだ。
延ばされた手、その手首を掴み捩じりながら体を加地リョウジJrの後ろへと動かし、膝に後ろから靴の爪先を押し込んで跪かせた。
軍隊教本にでも乗せるべきレベルの体捌きであった。
『ワタシに好意を向けてくれてありがとう。だけどワタシは要らないと言った。それを素直に受け入れろ、
幼少期から鍛え抜かれ、戦い抜いてきた日々の成果は、今だアスカの体を錆びつけていなかった。
が、加地リョウジJrもキメられた程度で折れる程に柔い人間では無かった。
『やめてください! 行かないで下さい!! アスカさん!!! アスカァッ!?』
手首を掴む力が増し、抑え込むのではなく痛みを与えるものになる。
『アンタに言う事は2つ。1つは何の理由があっても女に手を出す奴はサイテーで、そしてもう1つ。アタシはアンタに
怒りの割合的には後者が8割と言った感じで言うアスカ。
その後は加地リョウジJrが如何に謝ろうとも、治安維持担当の人間が来るまで決して手を離さなかった。
そして、治安維持担当に対しては、女性に暴力を振るおうとした変質者であると告げて押し付けたのだった。
「彼もコッテリと絞られてたらしいよ」
「どうでも良いわよ、そんな事」
心底からどうでも良いと言い切るアスカに、流石の渚も笑いをこぼす。
その上で1つ、尋ねた。
「もう良いのかい?」
質問は漠然として、何を指すかも判らなかった。
だがアスカは
「ワタシはシンジ以外は要らない。何も要らない」
決め切ったアスカの返事に、渚は笑みを浮かべた。
楽しそうに、実に楽しそうに意地悪な質問を重ねる。
「それだと、再会してから先も大変だよ?」
「それは、その時に考えるわ。今はシンジだけでいい。それ以外は全部不要なのよ」
「君は強情だね」
「世界の壁を乗り越えようって腹を決めたら、他の事なってやってる暇なんてないのよ」
見つめ合い。
否、睨み合い。
どこか遠くでカラスが鳴いている。
アスカは折れない。
折れたのは渚だ。
渚は甚平の懐から1枚のカード ――
WILLEの文字が入っている、ごく普通の情報記録媒体にしか見えない。
「ナニ?」
一応は受け取ったアスカ。
しげしげと見ていると、渚が爆弾を投下した。
「シンジ君の居る場所への道さ」
「はぁっ!?」
「この星に残されているマイナス宇宙への門、境界。その座標だよ」
「はぁぁぁぁっ!?」
素っ頓狂な声を上げて、繁々と情報記録媒体と渚の顔を見比べるとアスカ。
渚は、
シンジは自分の事を除外し、アスカや他の人々の幸せを願った。
だからこそ渚は、この情報をアスカに渡す気が無かった。
今はシンジを求めても、何時かは妥協し、身の回りで幸せを探すだろうと思っていた。
だが、そんな渚の予測をアスカ超えてみせたのだ。
「君は折れなかった。様々な苦難や誘惑を乗り越えて、一心不乱にシンジ君を求めた。だからご褒美さ」
「………情報の真偽も、もっと言えばどうしてアンタがこの情報を知っているのかなんて聞かないわよ」
「そうだね、感謝も要らないかな。僕が望むのはシンジ君の幸せだけだ。僕はそれを君に勝手に
「シンジは渡さないわよ?」
「流石の僕も学習したよ。大切なのはシンジ君だ。だけど愛しいのはレイだよ」
「フンッ!」
誠にもってご馳走様。
渚家に関わった誰もが味わうその気分を、アスカも味わったのだった。
朝。
ストレリチアは目が覚めるや否や、アスカから朝ごはんの前の散歩に誘われた。
朝の澄んだ空気の下での散歩には独特の心地よさあった。
渚邸の日本庭園には四阿もあり、一寸した休憩も出来る様になっている。
だがストレリチアの心は、一緒に歩いているアスカにあった。
何となく、だけれども散歩の理由を理解していた。
アレクサンドロスへの帰還、或いは帰郷。
楽しい日々の終わりであった。
「ねえストレリチア、アンタ楽しかった?」
四阿に寄って、椅子に腰かけた時、アスカが前置きも無しに尋ねた。
聡明なストレリチアは、それだけで
だから、背筋を伸ばして答える。
「楽しかった、です」
掛け値なしの本音を告げた時、ストレリチアは何故か涙が出て居た。
それまで生活してきた児童福祉施設では味わえない日々だった。
良く笑えた。
楽しかった。
児童福祉施設は何処か、競争の場だった。
親の居ない訳アリの場であり、そう多くないおやつや食事を奪い合い、そして施設職員に媚びる事を要求される場所だった。
100歩譲って競争は仕方がない。
だが、媚びると言う事は、この幼いながらもプライドの高い少女にとって果てしない苦痛であった。
何かを要求された訳ではない。
だが媚びた子どもと媚びなかった子とでは扱いに明白な差が生まれていた。
そして何より、この場所にはヒイロが居る。
出会った時は単純に妬ましかった。
親が居て愛されるのが見て判ったから。
親の愛を素直に信じていたから。
だけど、一緒に過ごすうちに、このヒイロと言う少年は底なしに素直で、優しいのだと理解した。
笑顔が可愛かった。
渚レイに貰ったおやつを分けてくれる優しさが嬉しかった。
転んだ時に助けようとしてくれる勇気が心地よかった。
だから、いつまでも一緒に居たかった。
いつの間にか恋に落ちていた。
初恋だ。
そのヒイロと離れる ―― 終わりを心底から理解した時、ストレリチアは自覚せぬままに涙を流したのだった。
穢れの無い涙が、アスカにストレリチアの心を理解させた。
嫌がっての大泣きではなく、耐えきれずに流した涙が
内心で溜息をつく。
シンジ程じゃないけど、ヒイロも良い子であり、良い男に育つかもしれない。
だけど、にしたって、
とは言え、そんな些末事は意識に棚を作って放り投げる。
大事な事はそこではないのだから。
「考えすぎなのよ。理屈で世の中を見ようとする」
アスカはそう乱暴に言いながら、だが繊細な指使いで優しくストレリチアの涙を拭った。
その顔は優しく、果てしない愛に満ちていた。
「嫌なくらいワタシによく似てる。理屈で考えて退いてしまう」
恋とは戦争なのだ。
奪い合いであり、それは世界との闘いであり、恋敵との闘いでもあり、相手の親との闘いでもあるのだ。
我儘で良いのだ。
我儘を言って、言われて、感情を相手にぶつける。
それが恋だとアスカは思っていた。
「何も嫌じゃありません」
意地っ張り。
或いは本音か。
だからアスカは頬から手を放してゆっくりと抱きしめる。
震えているのが判る。
だから、小さなストレリチアの
「我慢しなくて良い。我慢なんて大人になってからすれば良いわ。だからアナタにワタシは2つの
抱きしめながら言葉を連ねていくアスカ。
ストレリチアが悲しまない様に、絶望しない様に言葉を紡いでいく。
「1つはアタシと一緒にアレクサンドロスに帰る事。施設の他の子どもたちと切磋琢磨する道。今までの、ほんの2ヶ月前と同じ道」
頭を寄せ、ストレリチアの髪にキスをする。
そしてもう1つの、希望を示す。
「或いは、ここに残る道。今までとは全く違う人間関係を作ったり勉強したり、後、この家でお客様扱いじゃなくて家族となってお手伝いしたりとかで大変な道」
ストレリチアの体が跳ねた。
信じられない言葉を聞いたとばかりにアスカを見上げる。
対してアスカは、
「聞くまでも無い、か」
「はい!!」
涙をポロポロと流しながら、とても綺麗な笑顔でストレリチアは答えていた。
ヒイロに会いに走っていくストレリチアの背中を見送るアスカ。
一仕事終えた満足感が、煙草を吸いたいと真剣に思わせた。
とは言え渚家は禁煙な為、ポケットから煙草を取り出すのは我慢した。
その代わり、1枚のカードを抜く。
「そういう事だからお願い。コレはワタシの全財産、養育費で使っといて」
いつの間にかアスカの後ろには渚レイが立っていた。
此方も果てしなく優しそうな笑顔を浮かべている。
「判ってたんでしょうね、別れが近いって。ヒイロも寂しがってたもの。だからあの子を残してくれてありがとう」
「あの子の為よ」
「そうね、私も子どもの為よ」
だから、カードを受け取らないと言う渚レイ。
だが、アスカは無理やりに押し付ける。
「ダンナの稼ぎが良くっても、あるに越したモンじゃないのが現金よ。それにワタシは多分、帰ってこれないから。持っててもしょうがないのよ」
「なら、あの子が成人した時まで預かっておくわ」
「成人前でも結婚式なりで入用なら使ってよね」
「そちらは私も出したいもの、折半よ」
譲り合い、譲り合わぬ話。
何とも母親的な会話だ。
あの暑い夏、第3新東京市から数えて28年。
かつての少女たちは正しく成長しているのだった。
「肩の荷が下りた感じよね」
「後は碇君ね。アスカ、よろしく頼むわ」
「任せないってーの」
拳を作り、力こぶを見せる仕草のアスカ。
アスカは次は自分だと、自分の為に奔り出す。
シンジが行方不明です。
が、後悔は無い。
シンで登場したロリっ子なアスカとショタなシンジを出したくてやった。
満足している (*゚∀゚)=3 ムッハー
後、加持Jr メンゴメンゴ。
ま、何だ、別のキャラでも良かったんだけど、なんと言うか運が悪かったとおもいねー
ほらさー よくあるじゃん。
男側が壁ドンして愛を囁いたら女側がキュンキュンとかさー
ニコポならぬドンポってどーよー 的な?
さて、シリアスパートはここで終了。
後はコレは酷いと言うお話になりまする。
多分、1話で終わり、外伝が1つですかねー
途中でネタを思いつかない限り(お
2021.05.06 文章修正
2021.06.13 文章修正
2021.09.23 文章修正