after days(シン・エヴァンゲリオン after短編集) 作:◆QgkJwfXtqk
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地球上から失われた筈の、蒼い清浄なる海。
その波打ち際に立つ真希波マリ・イラストリアスは、体中から水を滴らせながら浜辺へと上がる。
かき上げた、後ろへと流した前髪が何時もとは違う雰囲気を醸し出している。
眼鏡と相まって理知的と言える風貌である。
だが、その表情は只々只管に困惑の色が浮かんでいた。
「あっるぇ? わんこ君??」
浜辺を見渡す。
誰も居ない。
本当ならば、碇シンジが居るべき場所。
だが居ない。
「嘘ーっ!?」
何時もは余裕しゃくしゃくと言った態度を崩さぬ真希波マリ・イラストリアスであったが、今は冷や汗を流しながら周りを見る。
「この場に居る筈なのに!?」
目を凝らしたり、或いは瞼を揉んだりもした。
無駄であった。
何も変わらない。
当然である。
マイナス宇宙は現実とは違う物理法則に支配された
人が理解出来る様に
だから、隠れていると言う事はあり得ない。
居る筈なのだ。
居ないと言うのはあり得ないのだ。
エヴァンゲリオン8号機γは確かに、シンジの生体反応を捉えていたのだから。
「いやいやいや、嘘でしょ! わんこくーーーん、出ておいでぇ」
真希波マリ・イラストリアスは、シンジを探してマイナス宇宙にやってきたのだ。
葛城ミサトに託された、
途中で
顔色が真っ青になっていく。
空が、世界が色を失いつつあるのが理解出来たからである。
それは、シンジが行った
正しく善意。
世界に送り返された、
だが問題は、今の真希波マリ・イラストリアスにとっては命の危機に直結すると言う事だ。
エヴァンゲリオン8号機γが消滅してしまえば、この
失ってしまえば、後は解けるだけなのだから。
慌ててエヴァンゲリオン8号機γのエントリープラグに戻る真希波マリ・イラストリアス。
全ての
既に、エントリープラグ内のインテリアすら半透明になりつつある。
「緊急避難だ! わんこ君の所に__ 」
次元跳躍を実行しようとし、シンジの座標を確認しようとする。
と、信じられない情報をエヴァンゲリオン8号機γのセンサーが捉えた。
生体情報だ。
居る筈の無い人間、そうアスカだ。
「姫! ナンデ!? ええい、迷ってる暇はない!! 女は度胸!!! 緊急避難だ!!!!」
エヴァンゲリオン8号機γは真希波マリ・イラストリアスの意志に従い、飛ぶ。
浜辺から掻き消えたピンク色の巨人。
間一髪であり、その数秒後に世界は色を失い、線を失い、ただ漂白されたのだった。
次元を超えるエヴァンゲリオン8号機γ。
その能力は
だからこそ、乗り手たる真希波マリ・イラストリアスの願いに従って、シンジとアスカのもとへと飛ぶのであった。
“権能を失いつつも願いに応えたいんだね。可愛い子だよ。でも、そのまま顕在すると世界が少し困った事になるからね。だからコッチにおいで。この子は私が送っておいてあげるから”
と、真希波マリ・イラストリアス以外は誰もいない筈の空間に
音ではない。
違う何かで、意志が伝わってくる。
「何!?」
慌てて周りを見渡すけれども誰もいない。
通信システムも起動していない。
だが、感じるモノがある。
それは根源的な所から湧き上がる畏れだ。
“心配する必要はないよ。キチンと送っておいてあげるから”
何処かしら笑うような、楽しむ様な
その空気に、何となく信用できない感じを味わう真希波マリ・イラストリアス。
だが、反論も抗議もする間もなく、跳ばされる。
“じゃ、いっといで~ ”
昏くなっていくエントリープラグ。
と、ヒト ―― カニの様なナニカを見た瞬間、真希波マリ・イラストリアスの意識はブラックアウトするのだった。
名前を呼ばれた。
だから、真希波マリ・イラストリアスは醒めたのだった。
「どうしたかね?」
寝起きの様な、或いは夢から醒めた様な気分を味わう。
不思議な感覚。
自分が自分になった様な、何か。
その違和感を飲み込んで真希波マリ・イラストリアスは、自分の名前を呼んだ相手に視線を合わせる。
「
最後に見た時よりもまだ若い、溌溂とした雰囲気の冬月コウゾウであった。
NERVの制服ではなく背広に、白衣をコートの様に着ている。
そもそも、この場はWILLEのAAAブンダーは勿論、NERVでも無い。
新しいとは言えない鉄筋コンクリートの建物。
壁には増設された配線が大量に走っている。
何処だろうか、此処は。
違和感を口にしてしまう前に、真希波マリ・イラストリアスの口が動いた。
「しかし、今日は出て来られない筈だったのでは?」
呟きながら真希波マリ・イラストリアスの意識が繋がった。
そうだ。
京都大学の教授で、高位次元物理学の教授である冬月コウゾウ。
専攻は形而上生物学ではないし、この世界にNERVなどと云う組織は存在しない。
真っ当に学問の徒として生きている。
懐かしさが真希波マリ・イラストリアスの胸に来る。
あの世界の冬月コウゾウでは無い、初めて出会った冬月コウゾウによく似た雰囲気があったからだ。
とは言え、それを口にはしない。
出来る筈も無い。
「ああ。第2東京市まで行く予定だったが、
今日は、第2新東京市まで行って昔の教え子に逢うのだと言っていたのだ。
「
「何、もう払い戻しをしてもらっているよ」
私用なので、旅費は大学から出ないからねと笑う冬月コウゾウ。
一大事ですからねと返す真希波マリ・イラストリアス。
笑いながら、その脳内で情報が組みあがっている。
私の名前は真希波マリ。
イラストリアス姓は無い只の真希波マリ。
京都大学の教職員。
高位次元物理学で冬月コウゾウの下で助教職にあり、若いながらも准教授の席が目の前に見えている才媛。
家族は居ない天涯孤独の身。
この世界の私、なんで形而上生物学を専攻しなかったのだろう。
そんな疑問を覚えながら、記憶を探る。
シンジとアスカの名前を探る。
居ない。
記憶にない。
エヴァンゲリオン8号機γはシンジの匂いを追っていた筈だった。
謎の声だってそう言っていた。
居る筈なのだ。
2人は。
「そうだな。マリ君、君は覚えているかね、碇ユイ君の事を」
「ユイ先輩!? 忘れる筈がありませんよ!!」
被っていた猫がどこかに逃げ散る勢いで返事をする真希波マリ・イラストリアス。
碇ユイ。
憧れであり、六分儀ゲンドウに奪われた大事な人。
それはこの世界でも一緒だった。
碇ユイの名前に紐づけされた情報が蘇る。
この日本連邦で最も力の入れられている学問である高位次元物理学。
その最先端に居るのが冬月コウゾウとそのゼミなのだ。
碇ユイは真希波マリの先輩であった。
結婚と共に職を辞して、今は、ああ、碇ゲンドウと一緒に国際連盟で仕事をしていると聞いている。
碇ゲンドウと結婚していると言うのは仕方がない。
だが、
真希波マリ・イラストリアスの記憶では、国際連盟と言う組織は第2次世界大戦の終結した1946年に解散した筈なのだ。
そして国連に移行した。
にも拘わらず、国際連盟があると言う。
世界は何があった!? そんな真希波マリ・イラストリアスの疑問に気付く事無く、冬月コウゾウは笑っていた。
「相変わらずだねマリ君。実はユイ君の息子が今度結婚する事になったのだ」
「
「マリ君も乳幼児だった頃に1度は逢っている筈だよ、シンジ君だ。父親に似ず好青年に育っているようだ」
「
「学業よりは音楽家の道を選んでいてね、今は本場であるヨーロッパで活動していてな、そしてそこで出会ったらしい。フン、碇め。中々にしかめっ面をしていたよ」
「
「それで私にも結婚式に参加しませんか、と話が来たのだ。私も何度かはシンジ君と会ってもいるし、最初のドイツ留学に関しては京大のドイツ分校で世話をしたしな」
余りの情報量に目を回しそうになる真希波マリ・イラストリアス。
シンジと自分との縁は繋がっていた。
だが、結婚すると言う。
愛しき姫たるアスカの為、シンジを連れ帰る積りであったが、結婚するとなれば話が違ってくる。
どうするべきかと頭が痛くなる。
と言うかシンジは音楽家に成ったと言う。
14歳では無い。
カレンダーを確認する。
2021年だ。
21歳と言う事だろうか。
にしても状況が変わり過ぎている。
取り敢えず、シンジに会ってみるしかない。
アスカを捨てて、この世界の女性と添い遂げたいとなれば、それはソレでシンジの選択となる。
が、であれば1発は殴ってやらねば気が済まぬ。
でなければアスカが可哀そう過ぎると言うものであった。
「何人か連れて来て良いと言う事だったのだが、どうかねマリ君。君も行って見ないかね?」
「宜しいんですか」
「うむ、ユイ君たちも行くと言うからね。なら縁のある君が行くのが良いだろう」
「でしたら喜んで!」
満面の笑みを浮かべる真希波マリ・イラストリアス。
だが心の中で握りこぶしを作っていた。
フンフンっとシャドーボクシングを脳内でしながら、フト、そう言えばシンジの結婚相手を聞いてないと思った。
誰であろうか、と。
「そう言えばワ、碇シンジ君の結婚相手って誰なんですか」
「そうか、そこも説明が足りなかったか。私も慶事に浮かれていたのかもな。この娘さんだよ」
結婚式の招待状と思しき書類を見せる冬月コウゾウ。
そこには少しだけ成長したシンジと、赤毛の見事な美人の写真があった。
蒼い瞳をした美人。
「姫?」
少しだけ垂れた目。
意志の強さが見て取れる顔。
特徴的な鮮やかさのある赤毛。
14年もの間一緒に居たのだ、見間違う筈も無い。
アスカだった。
「ああ、お姫様に見えるかね。なんでも昔はフォンと名前に付けていたドイツの名家の出身らしいからね」
「な、名前は?」
「式波アスカ・ランギー、
専門は宇宙工学だの、何だのと言う事を冬月コウゾウが言っているが、真希波マリ・イラストリアスの耳を通り過ぎていた。
只、何かに感動する様な気分を味わっていた。
何故なら、着飾った写真に写っているアスカは笑顔だったから。
シンジと2人、笑顔だったからだ。
コレが見たかったんだ。
そんな思いを抱いていた。