after days(シン・エヴァンゲリオン after短編集) 作:◆QgkJwfXtqk
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重なった手と手のぬくもり。
背中に感じる柔らかさ。
何よりも、首にかかる甘くも温かい吐息。
アスカがここに居る。
それだけでシンジの感情は爆発しそうだった。
贖罪。己の身命を捨てて世界を解放しなければならぬと思えばこそ、シンジはアスカに愛を告げた。
まじりっけ無しの本心だった。
もう会う事は出来ないと思っていたヒトが居るのだ。
様々な思いが入り混じって、言葉に出来ない思いがシンジの胸を満たす。
「泣くんじゃないわよ、バカシンジ」
滂沱。
仰いで唯々泣いているシンジ。
だが、そういうアスカも又、涙声になっていた。
シンジは泣き声を上げては居ない。
だがアスカの手の中で肩を震わせ、そして回した手が温かく濡れていくのだ。
判らぬ筈がない。
思いは伝わる。
伝わるのだ。
腕の中で震える姿に、アスカも万感の思いが溢れ零れたのだ。
どれ程の時間、そうしていただろうか。
ふと、シンジは冷静さを取り戻し、声を出す。
「ねぇアスカ、手を離してくれない?」
「………なんで?」
ぬくもりを手放したく無いとの思いからでた
が、シンジは怯まない。
「アスカの顔が見たいんだ。抱きしめたいんだ、駄目かな?」
「駄目、駄目な訳無いでしょ」
離れる二つの影。
ヨットの船底と言う薄闇の中でシンジとアスカは正面から向かい合う。
目と目が合う。
顔と顔が合う。
つい今まで抱きしめていた。
抱きしめられていたのだ、何となくの気恥ずかしさから二人とも頬を赤くしていたが、だがそれでも視線を外す事は出来なかった。
何のわだかまりも無く互いの顔を見たのは、本当に久しぶりだった。
睨むのでもなく、拒否するのでもなく、只、穏やかに顔を見たのは、本当に久しぶりだった。
「ホント、14年ぶりね、バカシンジ」
「うん、ほんと、久しぶりだよ、アスカ」
体感時間として14年と言う月日は感じていないシンジ。
だが、アスカが乗る3号機と相対し、何もせぬままに操られ喰らってしまったあの悔恨すべき日から燻ぶっていた蟠りが、アスカの顔を見ているとゆっくりほどけていくのを感じた。
「バカシンジっていうより泣き虫シンジね」
「アスカだって泣いてるじゃないか」
アスカだって同じだ。
気づいたら全てが失われて、そして戦いのみがあった14年の日々。
相田は、父親の様にしてくれていた。
だけど心にポッカリと穴が開いて、只、虚しさと責任感だけを抱えていた日々が終わった事を、改めて
「煩いバカシンジ」
ギュッと抱きしめる。
抱きしめられる。
抱きしめられた。
抱きしめ返す。
二人の体温が混ざり合う。
そこに言葉は要らなかった。
「ニャーにゃーニャ―!? CQ! CQ!! 全世界よ聞こえていますかー 空気がストロベリってあーまーいです。わんこ君がオスの顔で姫がメスの顔になってます!!! 私がアレ、やりたかったー!!!! でも、かゆくなるからむーりー ユイ先輩!! 息子さんは私以外で男になりそーですニャー ゲンドウ君、わんこ君は君の遺伝子を貰ったなんて信じられなーーーい!!!!」
実年齢を重ね過ぎて自分には出せない
なし崩しで組んで解れての大運動会に持ち込もうとしていた
アスカのぬくもりを受け取ったシンジは、ゆっくりと落ち着いていった。
同時に冷静さを取り戻す。
冷静さを取り戻せば、シンジの脳裏には蘇って来る事がある。
シンジにとって、綾波を助けようとした日から気づいたら
好きだったアスカは14年と言う月日を生きてきた。
辛くて悲しくても生きてきたんだ。
自分が何もできない判らない時にアスカは生きてきた。
相田を愛称で呼び、一緒に住んでいた。
好きだったと言ってくれた。
だった、過去形だ。
自分が好きな人にとって
だから、そっと距離を取る。
友人としての距離を。
「こんな極地まで助けにきてくれて僕は嬉しいよ。嬉しいけど、アスカにはアスカの居場所があるんだ。無茶をするのは駄目だと思うんだ」
ゆっくりと体を離していくシンジをアスカは拒否しない。
少し寂しいけれど、シンジの顔を見るには距離が近すぎたからだ。
温もりを感じる近さは、言葉を交わすには近すぎるから。
「バカシンジ。子どもの癖に大人な意見を言うのね」
「そう言うアスカは
「そうね、アンタとは違ってもう大人よ」
「そうだったね。アスカはもう大人なんだものね」
シンジは、胸の痛みからくる切なさが顔に浮かんだ。
アスカからは子どもだと馬鹿にされるシンジではあるが、大人になったと言う言葉と、アスカが相田と同棲していた事から
失われた14年という月日の重さ、その苦さを味わう。
「?」
「何でもないよ。でも、一人で来たの? ケンスケとかと一緒じゃないの?」
「何でケンケンがここに来るのよ? アイツは第3村の大事な何でも係、村を離れられる筈がないじゃない。アタシの迎えだと不満かっちゅーの」
妙な事を口にしてきた事に少しムカっと来てズイっと顔を寄せてきたアスカに、シンジは慌てて首を振る。
「ふ、不満な筈無いよ! ただ、女の子の一人旅って危ないから。だから一緒かと思っただけだよ!!」
「うん、そこは判った。判ったけど、なんでそこでケンケンなの? アンタ、そんなに仲良かったっけ」
更に顔を近づけてくるアスカに、シンジの心臓が早鐘になる。
桜色の唇が艶やかに見える。
目を逸らしたい。
逸らさなければならない。
だけど、逸らせない。
「アスカだよ! ケンスケ放っておいてこんな所まで来て、居場所があるんならそこを大事にしないとダメだって話だよ!!」
大声を上げたせいで肩で息をする羽目になったシンジ。
自然とうつむいた。
「来てくれたのは嬉しいよ。嬉しいけど、僕はアスカに幸せになって欲しいんだ。好きだったから。僕を好き
自分の隣ではなく、誰か ―― 相田の傍で笑ってるアスカなんて見たくない。
それでも幸せならと思える程に、シンジはまだ割り切れていない。
好きだって思って、自分の大切な人だと思った時からシンジの時間はまだ経過していないのだから。
辛い。
アスカの傍に居たい。
アスカが迎えに来てくれたんだから、第3村には行きたい。
相田にも鈴原にも、加地リョウジにも、多くの縁を持った人にも会いたい。
感謝を口にしたい。
だけど、もし、万が一にアスカと相田の結婚式なんてものがあったら、わき目もふらずに第3村から逃げ出そう、そう一瞬でシンジは真剣に腹を決めていた。
10年後か20年後、笑って祝福できるまでは帰らない。
そう一瞬で決意していた。
再会の喜びが一気に反転した。
これが生きている事なのかもしれないと、シンジは俯きながら考えた。
涙は流さない。
哀れむべき事は無い。
只、狭量な自分の心が、卑しいって思うだけだから。
「僕の事はもう良いんだ。大丈夫。だからケンスケと幸せになって良いんだよ」
「バカシンジ………」
アスカの手がそっとうつむいたシンジの頬に添えられた。
その手の柔らかさと温かさに涙が出そうになるシンジ。
だが現実は非情である。
アスカはシンジの頬を抓った。
本気で抓った。
力一杯に抓って引っ張った。
「くぉのバカシンジィィィィィ!!!!!」
アスカ大爆発。
「いひゃいいひゃいいはいってアスカ!?」
床に正座するシンジ。
その眼前で仁王立ちするアスカ。
目は鋭くシンジを睨んでいる。
「
冷静ではあっても、怒りを隠しきれてない声。
シンジはAAA・ヴンダーで再会した時よりも怖さを感じていた。
「いや、だって……アスカが言ったじゃないか………」
「アタシが何って言ったって?」
「だって、好きだったって言うし、大人になったって言ったし、そもそもケンスケと同棲してたし………」
自分の口で列挙したら泣きそうになった。
嫉妬だ。
嫉妬からの拗れて拗ねた感情を口にした事に自己嫌悪が上がってくる。
バカガキってアスカに言われた事が蘇る。
そしてシンジは認めた、本当に僕はガキなのだと。
昔のよしみで助けに来てくれた人相手に、こんな情けない事を口にする自分が嫌で、嫌でたまらなくなる。
穴が合ったら入りたい。
羞恥心。
首が上がらなくなって、アスカを見れなくなったシンジ。
だがアスカは逃がさない。
シンジの細い顎を両手でグイっと掴み、そのまま上に引っ張る。
「見ないでよ!」
目を逸らそうとするシンジ。
逃さないアスカ。
その表情を一言で言い表すならば愉悦だった。
それはもう凄く楽しそうな笑顔をしている。
「嫉妬したんだバカシンジ」
視線をずらして逃げようとしても、その先にアスカの顔が寄ってくる。
何度繰り返しても諦めないアスカに、シンジはとうとう降参した。
羞恥から目を瞑って逃げる。
否、ヤケクソになって叫ぶ。
「そうだよ! 悪いかよ!? 言ったよね、好きだったって!!!」
「ふーん………ていうかバカシンジ、アンタも過去形じゃん」
「しょうがないだろ、もう戻ってこれないって思ってたんだから」
「
目を瞑っているシンジには分らないが、アスカの口端が更に上がる。
いじめっ子オーラが全力で出て居る。
否、いたずらっ子だ。
シンジの顎から手を滑らせて、愛し気に頭を掻き抱くように包み、胸元へと寄せる。
顔全体に感じる柔らかさにシンジの動きが止まった。
耳まで真っ赤になっている。
そんな初心な状態に気づかぬまま、アスカは顔をシンジの髪の毛に沈める。
そして、楽しくて楽しくて仕方がないとばかりに、そっとその赤くなった耳へと言葉を注ぐ。
「
全てが終わった世界で自分には居場所はない。
エヴァの呪いによって
そんな人間が、平穏になれば
アスカは人口的に生み出されたエヴァンゲリオンの
であればこそ、使徒化によって危険性を孕んだ不良品が廃棄されない筈はない。
そう確信していた。
故に、全てを終わらせる戦いでアスカは果てる積りだった。
だからこそ、エヴァンゲリオン13号機撃滅を図った際、不足した力を補う為に躊躇なく使徒の力を使えたのだ。
DSSチョーカーがあれば、使徒化した自分であったとしても殺せると思えばこそであった。
生まれにも育ちにも満足していたとは言えぬアスカであったが、DNAレベルで刻印された人類鎮護の意思と、
だけど、我慢をする事は出来ずに言ってしまったのだ。
好きだった、と。
シンジを傷つけない為に、過去形にしたのだ。
死した後、自分を忘れてもらう為に。
正しくシンジと同じ性根であった。
「………アスカはバカだよ。僕以上のバカアスカだ」
忘れられる訳が無いのに。
そう続けながら、シンジはしっかりとアスカを抱きしめた。
アスカも、もう離したくないとばかりにシンジの頭を抱きしめる。
薄明りの下、静かに涙を流して抱き合う二人は、さながら絵画の如き荘厳さすら漂わせていた。
「バカシンジに言われるなんて、ワタシも焼きが回ったものね」
罵る様な言葉。
だが二人の言葉には甘やかな響きがあった。
どれ程抱き合っていただろうか。
ふと、アスカがゆっくりと身を離す。
切なげな顔で抵抗をしないシンジ。
「キス、しよっか」
「僕で良いの? 僕は___ 」
踏ん切りがつかないシンジの唇を指先でそっと封じたアスカは、ここだけは年上の様に笑う。
「あんたが全部あたしのものにならないなら、あたし何もいらない」
笑ってはいるが目だけは真剣だった。
目が、嘘は許さないと言っていた。
だからこそシンジは真剣にアスカに向かった。
「あげるよ、全部、僕の全部を」
まごころを君へ。
回収作業の為に着水したあおば。
AAA・ヴンダーとは異なり大気圏外での運用は前提とされていないあおばであったが、様々な場所で運用する予定であった為、水密性などは高いものが与えられていた。
作業艇が取り付き、多機能クレーンが
本来なら飛んで戻れば良いのだが、今回は出来ない。
シンジと、後、マリのもとへと駆ける為、アスカが全力でモーターを回し続けた結果、バッテリーが放電しきってしまったのだから。
又、着水している理由の1つには、この海域に漂着していた
作業班が大忙しで動く最中、艦長である青葉は作業を見守る為と称してAICICを出て艦橋の見張り台に居た。
貴重品である煙草をくゆらせながら、アスカたちを見ている。
3人はアルバトロスの回収作業を貨物船の上から見ていた。
仲良くじゃれあっているのが遠目にも判る。
年齢相応とも言える緊張感の無い姿に、青葉は口元が緩むのを止められなかった。
「マヂ、信じられないんですけド」
不満げに口を尖らせて感想を言うのはピンクに染めた髪が特徴的な、あおばの船務士 ―― レーダー全般を担当する北上ミドリだった。
その外見や口調の軽さからは判らぬが、各種レーダーに習熟している人材であり、高度な先端技術に関わる教育システムが崩壊している昨今に於いて、貴重極まり無い人材の一人でもあった。
その才能故に選抜され、あおばに乗り組んでいるのだ。
「あの緩んだ顔ってマジヤバ感、あるんですけド」
北上は、余り親しくしていた訳では無いが、それでもAAA・ヴンダー以前からアスカを見てきていた。
任務以外の事で他人と話す事も稀。
マリ以外で世間話をする事も無い。
荒れている訳ではなかった。
だが、荒んだ目が特徴的に見えていた。
間違っても、あんな風に男の傍で笑う様な人では無かった ―― それが、北上の見たアスカだった。
「戻れたって事さ」
「?」
「奪われていた子どもに、かな」
「………ワタシらだって奪われてるんですけド?」
いっそ呑気と言ってよい青葉の発言に、北上の声のトーンが下がる。
ニアサードインパクトで家族を失い、そこから泥を啜るようにして生きてきた北上にとって、
理解したくも無いものであった。
家族とともに居た時間を奪ったもの、その象徴がエヴァンゲリオンだからだ。
「そうだな。旧NERVが、俺らが失敗したせいだな、すまん」
「か、艦長が謝る事じゃないシ!」
ブッチャケあり得ない! 等とブツブツと言う北上を、青葉は優し気に見る。
若人を見る年長者の眼差し。
北上の気持ちも理解できていた。
又、悲しみに軽重も大小も無いのも判っていた。
だが、
奪ってしまっていた事を思うと、どうしても子どもたちに甘くなってしまうのだ。
「ははは、北上は優しいな。ま、直ぐには無理だろうが何時かは式波特務少佐だけではなくシンジ君も認めてやってくれ」
「当分先で良ければ」
「それで充分さ」
アルバトロスと物資の捜索回収に2日程費やしてあおばは帰投した。
メルボルンではアルバトロスの点検と整備を行い、その合間に旧NERVスタッフが中心となってシンジとマリの帰還歓迎会が行われた。
料理こそ
笑顔を取り戻したアスカは、それ程に
ああ、それは正に平和であると思わせるバカ騒ぎであった。
酔い覚ましに外へと独りで出たシンジは、ベンチに座り込む。
アスカは年上の女性スタッフに捕まっていた。
男女のアレコレで
余り変な事を言われないと良いけど ―― そんな事を思いつつ酒精の混じった息を吐き、空を見上げるシンジ。
満天の星空。
南極で見上げたものと同じだけど、違う空。
空気が澄み、そして人工の光が無い南極の星空は触れれば肌が裂けそうであった。
だがここは違う。
基地の明かりによって星の輝きは鋭さを失いぼやけて居た。
だがそれが人の優しさを表しているようにも思えた。
と、陰る。
「わんこ君」
マリだ。
いつも以上に
「幸せ?」
「うん。多分。僕はまだ幸せって良く判らないけど、でも、楽しいんだ。嬉しいんだ」
「それが幸せって事だニャ」
だから、と手を伸ばすマリ。
シンジはその手を掴む。
掴まれた。
強く強く掴まれた。
逃がさぬとばかりに捕まれた。
「だから、二次会ダァ!!!」
「ゑ!?」
「ニャハハハハハッ! 狙った
つぶれるまで飲ます!! と物騒な宣言をしてシンジを連れて走り出すマリ。
引っ張られ、そしてシンジも走り出す。
アスカのもとへ。
自分が帰ってきた事を祝ってくれた人たちの所へ。
「どこ行ってたのよバカシンジ!」
「どこにも行かないよ!」
笑う。
笑う。
笑いあう。
笑う。
祝福の果て、
だがこの夜ばかりは笑顔が満ち溢れていた。
2021/03/23 文章修正
2020/04/04 文章修正