after days(シン・エヴァンゲリオン after短編集) 作:◆QgkJwfXtqk
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WILLEメルボルン基地に風呂と言うモノは無い。
正確に言えば、浴槽のあるバスルームが存在していない。
これは、今までのWILLEの台所事情の厳しさ ―― 浴槽の用意は可能であったが、その浴槽をなみなみと満たすだけの湯が用意出来なかったからだ。
ヤマト作戦までのWILLEと人類とは、それ程に追い詰められていたのだ。
その延長線上に、まだメルボルン基地は存在していた。
結果、メルボルン基地の入浴と言うのはシャワーであった。
軍隊式の、時間制限が行われる集団でのシャワー。
その第6シャワー室は、基地の人員が増えた事に対応する為に最近になって増設されたシャワールームだった。
平和になったと言う事を意識してか、色とりどりのペンキで防水塗装されたシャワールームは、快適とは言いづらくても、何ともリラックスした空間になっている。
そして今は姦しい女性だけの時間であった。
アレやコレやと楽し気にシャワータイムを過ごしている。
勢いが良いとは言えない、自家製の太陽熱温水器で温められた生温いお湯であったが、その日の汚れと疲れとを流す力はあるのだから。
シャワーヘッドの下、申し訳程度の間仕切りが設けられた半畳程度の空間が個人スペースで体中を泡だらけにしながら会話し、或いは歌いながらシャワーを浴びる。
何とも平和な情景であった。
その中で、式波アスカ・ラングレーも鼻歌交じりに体を洗っていた。
準使徒化していた頃は、新陳代謝がほとんどない体と言う事もあって、資源節約の為として入浴を禁じられていたからだ。
それが戻ってきたのだ。
食べる事、寝る事、碇シンジと居る事と並ぶ、アスカの大事な楽しい一時であった。
と、その泡塗れのアスカの背を白魚の様な指先がなぞった。
「ひぃっ!?」
突然の感触に、生娘めいた悲鳴を上げるアスカ。
慌てて振り返った先には、バスタオルを首に掛けた同居人、真希波マリ・イラストリアスが立っていた。
頭っからつま先までフルオープンで、仁王立ちだ。
その表情は実に実に楽しそうだ。
「ン~~~~ン、姫の良い声! 帰ってきたって感じるヨォ!!」
辛抱たまらんと言わんばかりに拳を握って吠えている。
他のシャワー利用者も呆れて見ている。
当然、アスカも呆れている。
ドン引きである。
「コネメガネ、アンタいきなり何するのよっ!」
言外に、変態かっ! と憤るアスカ。
だが真希波にとっては蛙の面に小便、馬耳東風。
ダッとアスカに抱き着いた。
抱き着こうとした。
その動きをアスカは右手で止める。
具体的には
一切合切の躊躇なく、力を込めて絞る。
絞る。
「私に
「ひっ、姫!、姫!?、姫ぇっ!! 出る、出ちゃう、中身が出ちゃう!!!」
おバカな寸劇に、陽性の笑いがシャワールームに響いた。
「あ”あ”あ”、頭蓋が割れるかと思ったニャ」
「その時は、真っ当になる様に洗ってやるわよ」
「それって洗脳、物理?」
「知るかっ」
つっけんどんな態度で返すアスカであったが、真希波が隣のシャワーブースに居る事を拒否しては居なかった。
そもそも、声掛けには都度都度と応じているのだ。
何とも面白い距離感であった。
「ツンデレか!」
「アンタにやるデレは無いっちゅーの」
「うわー シュートな姫だ」
「あと1週間ばかし南極に居れば静かだったのに」
「わんこ君と海に行けるから、かニァ?」
「う”っ”?」
ニヤッと笑う真希波に、思わず言葉が詰まったアスカ。
油の切れたブリキのおもちゃの様にゆっくりとした仕草で真希波を見れば、とても良い笑顔をしていた。
直感で理解したアスカが、何かを口にする前に、とっても楽しそうに真希波は口を歪め、そして開いた。
湯気で眼鏡が曇っているのが、更にヤヴァい雰囲気を高めている。
「聞 い た よ 姫ェ~ わんこ君と海でバカンスだったんだって?」
「ば、バカンスじゃないっつーの。飛行中に良いビーチ見つけたから、少し寄道したみただけの話よ」
事実としてはその通り。
だが出来事の全てを口にした訳では無い。
と言うか、全てを口にするなど出来る筈も無い。
思い出しての、にやけそうになる口元や赤くなりそうな顔を誤魔化す為に話はそこまでと言わんばかりにシャワーを頭から浴びはじめるアスカ。
「へー」
が、真希波はそれを許さない。
口元に深い深い笑みを浮かべ、目は曇った眼鏡で隠しつつ、そっとアスカの背に近づく。
「姫、良く焼けたね。白い肌も良いけど、健康的に焼けた小麦色の姫って可愛いよ」
「そっ」
「でもさ、何で
「」
「The Game is Over♪ ねぇ姫ェ、詳しく聞きたいな☆」
ツンっとアスカの小麦色に焼けた背中に指を当て、真希波はアスカの耳元にそっと囁いた。
メルボルン基地救難部門から軽輸送業務を依頼された日から、シンジの日々は少しだけ変化していた。
アスカが、真希波が解放されるまでと言う前提で、飛行艇アルバトロス号での
輸送配達部門での便利屋として、中大型の定期便の隙間を支える様に奔走する事になったのだ。
シンジは、機付きの整備士兼ナビゲーターの様な仕事をしていた。
そして暇な、アスカが居ない時には、メルボルン基地の整備班に交じって勉強をしていた。
機械の事、道具の事、色々と勉強をしていた。
整備班の中でシンジが手伝える事など、荷物運びなどの雑務であったが、それをシンジが厭わずに笑顔でやっているた為、気が付けば受け入れられていた。
夕暮れ。
男の入浴時間まで時間があったので、シンジは1人で工具の手入れをしていた。
他の整備の人間は、三々五々と飯を食いに行くなりなんなりしていた。
虫の鳴き声は無いが、手元のラジオが|メルボルン基地放送《メルボルン・ボランティア・ブロードキャスティング》が陽気なPOPミュージックを奏でている。
セカンドインパクト前に作られた、今はまだ再生産の難しい貴重な工具類なのだ。
シンジが
折り畳み椅子に座ってのんびりと手入れをするこの時間を、シンジはそれなりに気に入っていた。
と、全館放送が流れた。
シャワーが女性から男性に変わった事を伝えて来る。
では片づけでもしようかと立ち上がろうとしたシンジの首にほっそりとした手が回った。
しっとりとした指先に目が塞がれる。
「だーれだ」
戯けた言葉と共に、背中に乗ったふにゅっとした感触。
アスカ、ではない。
アスカはこんな事はしない。
短い時間で馴らしてくる相手、何時もの悪戯だと言うのが判る。
「お帰りマリさん。でもそう言うのはもう止めて欲しいかな」
ゆっくりと目を塞いだ手を掴み、そっと外す。
笑いながら見上げれば、予想通り。
色気のない
「おっと、余裕だね?」
「余裕って言うか、もう慣れましたよ」
「………
ナニをとまでは言わない。
だが
残念。
シンジは
であれば、その程度では揺るがない。
穏やかに笑いながら、そっと椅子から立って距離を取る。
「余裕だね?」
シンジの態度にナニを見たのか、真希波は少し不満げに口先を曲げる。
いつまでも揶揄える子犬だと思ってた相手が、余裕を見せたのだから、さもありなんであろう。
とは言え今の真希波には、更に踏み込む切り札がある。
「それとも
そう言いながら組んだ腕を解いた真希波は、両手を顔の横でにぎにぎとさせた。
卑猥なハンドサインを作っている。
シンジの、余裕が凍った。
真希波の顔のニヤニヤが溢れて零れそうになっている。
ナニを言ってくるのか、シンジが警戒する先で、真希波はパンパカパーン! とばかりに胸を張った。
「と言う訳でわんこ君! 姫と一緒に海に行こう!! バカンスだよ!!! アチシはよく働いたと思う。思った、思うべき!!!! 幸せは歩いてこない。
シャワールームで襲われたアスカは、武力行使後、その足でメルボルン基地の管理棟に来ていた。
シャワーを浴びた後なのにスウェットの様な気楽な格好ではなく、ましてや階級章を付けたパーカーでも無く、OD色で開襟の半袖シャツとパンツスタイルと言う
向かった先はアスカのコネとでも言うべき相手、あおば艦長の青葉シゲルのオフィスだった。
「ようこそ!」
珈琲を片手に、ヤケクソめいた明るさでアスカを迎え入れる青葉。
南極調査から帰ったばかりではあったが、それなりの報告書を上げる為、何よりも艦長がフネに残っていては気が抜けぬだろうとの配慮で、あおばを下船していたのだ。
アスカが来たのは、1つの確認とお願いの為であった。
オフィス内のソファに案内される。
珈琲が青葉の手で用意された。
従兵の類はもう帰らせた、との事だった。
「茶請けが無いのは勘弁してくれよ?」
「おしかけた側が要求しなわよ、珈琲だって申し訳ないって思う位なのに」
気楽い会話。
貴重品なのだ、珈琲も。
コア化が解けた事で珈琲豆の産地も自然が回復してはいるが、そこから再び珈琲が生み出されるまでは長い長い時間が掛かる。
そう思われていた。
絶滅の危機を脱した人類であったが、嗜好品にまで手が回るのは相当に先 ―― 少なくとも
それも最短で。
「お代わり用に作ってた奴だ。気にせずに飲んでくれ。ミルクは流石に無いが砂糖は幾らでもあるぞ」
「では遠慮なく」
しばしの喫茶タイム。
くだらない話を幾つかして、アスカは本題を切り出した。
「コネメガネの事なんだけど」
「真希波?」
「そ、少し長めの休みを与えて貰っていい」
「別に構わないけど、何で急に?」
真希波は別にあおばの乗員でも無ければメルボルン基地のスタッフと言う訳でも無い。
一応、WILLEの一員ではあるけども、その主任務であったエヴァンゲリオンの操縦ができなくなった ―― この世からエヴァンゲリオンと言うモノの一切合切が消え失せている為、仕事が無くなっているのだ。
事情聴取すら本質は情報共有
要するには休暇配置であった。
それは、エヴァンゲリオン操縦者として、人類の盾にして矛として最前線に立ち続けた2人への報酬とも言えた。
とは言え軍隊組織の飯を食って永い2人だ。
依頼と言う形とは言え、上から要求されては簡単に拒否出来る様な性分は無かった。
だから、アスカは先に話を付けに来たのだ。
「いや、アレが壊れそうだから」
溜息。
壊れそうというか、壊れていると言うか。
「ヤバイのか?」
「シャワー室、公衆面前で襲い掛かってくる位だもの。アレでも相当にストレス貯め込んでいるわね」
常日頃からスキンシップ過大な真希波だが、常に空気を読み場を選んではいたのだ。
それが今日は壊れていた。
少なくともアスカにはそう見えた。
だから、長期間のバカンス。
そういう事を手配する位にはアスカも真希波を
「そうか、判った。上には俺から言っておくよ」
「有難う、迷惑を掛けるわね」
「ま、良いって事さ」
かくして、南の島でのバカンスを予定する事となった3人であるが、翌日に即、旅立つと言う事にはならなかった。
水食糧嗜好品に着替えその他、パラソルに寝具にetc。
バカンスの準備は簡単では無いからだ。
特にこんな、モノを現地で買うと言う様な選択肢が無い時代だと。
幸い、アルバトロス号と言う便利で大容量な自家用の足があるシンジたちであったが、無ければ、長期のバカンスなど諦めねばならぬ様であった。
3日程かけて準備をし、そして旅立つ。
「ニャハハハ! 飛行艇ってイイもんだニャー」
「アブナイからあんまり顔を出し過ぎなさんなよ?」
ハイになっていた。
「姫も良いモノ作ったネェ」
「聞いちゃいない。シンジ、悪いけど下から支えてやっててね」
機内に居たシンジにお願いする。
荷物の隙間に、寝具でソファを作って寝そべっていたシンジは、慌てて真希波の足を掴んだ。
おおっと柔らかい。
ハーフパンツから伸びる生足は実に魅力的であった。
持ち主が昭和メンタルと言う事を無視できる範囲であれば。
無論、今は無視できる状況では無い。
「ワオ! わんこ君、大胆!」
「チョッと、マリさん!?」
「何やってるのよバカシンジッ!!」
風きり音に賑やかさを交えてアルバトロス号は優雅に離水し、南へと飛ぶ。
2021/10/25 文章修正