after days(シン・エヴァンゲリオン after短編集)   作:◆QgkJwfXtqk

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過去形を現在進行形にする為の物語
浜辺への想い


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「好きだったよ」

 

 真っすぐで穏やかで心が温まる言葉をくれた碇シンジ。

 その余りのこそばゆさと嬉しさに顔が火照ってし思わず顔を背けてしまった。

 さて、この気持ちをどう返そうかと悩んでいたら放り出された ―― 式波アスカ・ラングレーにとってそれが全てだった。

 最悪だったのは、その直後に来た真希波マリ・イラストリアス(コネメガネ)だ。

 軽い調子で「御達者で」とか何とか言って消えていった。

 

 そして気づけば第3村、相田ケンスケ(ケンケン)宅にエントリープラグごとデリバリーである。

 14年にわたって拗らせていた乙女心がとき解れようとした矢先にこの所業である。

 この蛮行である。

 アスカは決心した。

 決して許すまいと。

 絶対に許すまいと。

 乙女心を解するであろうかつての級友、鈴原ヒカリの元へと駆け込み、盛大に愚痴を言い、怒りを述べ、そっと出されたお菓子を食事を盛大に掻っ込むアスカの仕草は乙女とは言い難かったが、その心根は実に乙女である ―― 乙女に戻っているのだと鈴原ヒカリは感じ、楽しさを覚えていた。

 あの懐かしい第3新東京市第壱中学の、あの平和で暑かった教室の日々を思い出すのだ。

 WILLEの式波特務少佐では無く、第壱中学の中学生式波アスカ・ラングレーが帰ってきた様に感じられた。

 だから鈴原ヒカリは、ギューッとアスカを抱きしめたのだった。

 

「お帰り、アスカ」

 

「………ありがとう」

 

 

 

 取り合えずとばかりに、今までは黙って居た目覚めたシンジの話を鈴原ヒカリに言っていく。

 自分が如何に耐えていたかとか、我慢していたかとか、後、綾波レイへの不満などイロイロと。

 その様は正に思春期の子どもだった。

 我が子(ツバメ)も何時かはこうなるのかと、怒涛の如きアスカの言葉を聞きながら鈴原ヒカリは思っていた。

 後、出来る母親であるので、帰ってきていた綾波レイの事は口に出さなかった。

 丁度今はツバメを連れて外に出て居たのだ。

 少し落ち着いてから教えるべきだと、主婦としての母親としての、そして何よりもおばちゃん集団に揉まれていた経験が教えていた。

 

 と、鈴原宅の玄関が思いっきり勢いよく開かれた。

 何事かと2人で見れば、肩で息をする相田ケンスケが立っていた。

 

「やっぱり式波、帰ってきたんだな」

 

 感極まった様な相田に、アスカは少しだけ面映ゆい気分を味わい、であるが故に素っ気なく答えてきた。

 

「ん、生きてるわ」

 

 それは、或いは羞恥心だった。

 AAAヴンダーに戻る際、この村にも相田にも最早会うまいとの不帰の覚悟を決めていた。

 覚悟を決めて話していた。

 だがそれも、生きて帰ってしまえば笑い話(厨二病)になるのだ。

 それはもう恥ずかしくもなるというものであった。

 

「帰ってきてくれて、俺は嬉しいよ」

 

「有難う」

 

 

 

 その夜、鈴原家の電灯は夜遅くまで消える事は無かった。

 鈴原トウジが帰宅し、綾波がツバメを連れて帰宅し、大騒動になった。

 積もる話をして、笑い、或いは泣いて、時間は過ぎていった。

 

 そして深夜。

 アスカが綾波や鈴原ヒカリ、そしてツバメが寝入った部屋の隣で鈴原と相田は酒を飲み交わしていた。

 明日を考えない深酒であった。

 WILLEのヤマト(NERV撃滅)作戦が成功裏に終わったと言う事は、第3村にとって、人類の生き残りにとってそれ程に喜ばしい話であったのだから。

 あの、空の壊乱(ファイナルインパクトの余波)がいつの間にか終わると、世界は一変していた。

 第3村の周りで徘徊していた首なし(インフィニティ)が消え、村の外の赤い(コア化した)世界は元に戻っていた。

 WILLEが成功したとは思っていたが、それを当事者から聞けたと言うのは大きな話であった。

 明日には第3村中に広げよう。

 皆で、手に戻ってきた未来を祝おうと言う話になって盛り上がった。

 そんな男2人の飲み会が、ふと、静かになる。

 少しばかり渋い表情で相田が手に持つ湯呑を見ていた。

 

「どしたん?」

 

「いや………あ、式波だけど()()()()()って言わなかったなと思ってな」

 

「そやな、ただいまとも言わんかったな」

 

 笑顔はあった。

 お帰りと言われて有難うとも言った。

 だが決して、アスカは帰ってきたのだとは言わなかった。

 

「心はやっぱセンセの所にあるんやろな」

 

「好きだった、か。縛りやがって」

 

「別れの一言や。それでも、それでもセンセは言いたかったんやろな」

 

 第壱中学時代の2人は、実に仲が良かった。

 夫婦漫才と揶揄される程には親密であった。

 大人になり夫婦となった事で鈴原も、あの頃のシンジとアスカとの2人の感情が好意であった事が判る様になっていた。

 幼くも、それは愛だったのだろうと。

 シンジは14歳の子どもだった。

 子どもの儘だった。

 だからこそ、帰ってこれないから最後に想いを伝えたのだろう。

 相田の言う様にアスカが縛られたとしても、最後に言いたかったのだろう、と。

 

「俺だって、俺だって判るさ。判るけど………」

 

 歯を噛みしめる相田。

 明るくは見えていても、その実はそうでないアスカ。

 本人は大人だの何だのと自分では言っているが、相田から見ると、その心根はエヴァンゲリオンと言う血腥い戦場から一歩離れれば子どもだった。

 シンジと3人で暮らした時に良く分かった。

 素直になれない、子どもだった。

 人類を守ると言う使命感と、アスカと言う少女としての感情がぶつかり合って、自分でも自分の感情を制御できなくなった、子どもだった。

 その子どもが、漸くエヴァンゲリオンから離れられたのに、もう居なくなってしまったシンジに縛られ生きていくのかと思うとやり切れない気持ちになるのだった。

 

「どうにかならんモンかのー」

 

「難しいだろな。あの日からの14年間も抱え続けていた感情だ。それがシンジが死んだからと簡単に処理出来る様なものなら、式波ももう少し苦労の無い生き方が出来ただろうさ」

 

「なんや、父親みたいな顔やな」

 

「別にそう言う訳じゃないいよ。只、頑張った連中にはやっぱり幸せになって欲しくてな」

 

「そうやな。ホント、そやな」

 

 

 

 

 

 男2人の思いとは裏腹に、翌日からのアスカは精力的に活動を開始した。

 生還したWILLEスタッフと接触し、エヴァンゲリオンが齎した科学体系に精通した人間 ―― 赤木リツコや伊吹マヤを見つけ出すや猛烈に質問を開始した。

 対処は、シンジが居たマイナス宇宙だ。

 持ち帰った観測情報を元に、様々な議論を行った。

 人類の科学文明の再起動、或いは生き残る為の人類圏再興と言う大仕事に取り掛からねばならぬと最初は乗り気でも無かった赤木や伊吹であったが、アスカの熱意に負けて議論する様になり、そして何時しか寝食を忘れてアスカと議論を重ねる様になった。

 1週間ほどして、アスカは鈴原宅を訪れた。

 連日連夜、喰わぬわ寝ぬわの大激論はアスカを少しばかり()()()()()()()()()()()()()にしてしまっていたが、その事に気づいた様子は無い。

 

「アスカ、先ずお風呂に行くべきよ?」

 

 友人と言うよりは主婦としての常識から、まるで子どもを叱る様に言う鈴原ヒカリに、アスカは脂にまみれぼさつく髪をかき上げて答える。

 

「居るのよ、シンジは」

 

 四肢の動きに疲れはあっても、声に張りは無くとも、その目だけはギラギラと力を放っていた。

 鈴原ヒカリがそっと出した湯呑をガっと掴むと、その熱いハーブティー(第3村雑草茶)を一気に飲み干した。

 

「ヒカリ、私は()()わ」

 

「が、頑張って?」

 

 鈴原ヒカリが思わず疑問形で答えるのも仕方の無い話であった。

 但し、この鈴原ヒカリもただでは退かない。

 駄目な子どもには教育せねばならないという母親力に背中を押され、アスカに風呂に入ってこいと厳命した。

 時間は丁度夕方前。

 農作業組向けに、共同浴場が太陽熱温水器で温めた湯を張っている頃合いであるのだから。

 

「ヒカリ?」

 

「アスカ、行ってきなさい!」

 

 バスタオルや綾波と共用(ティーンエイジャー向け)の着替えを持たされたアスカは、鈴原ヒカリの謎の力(マザー・パワー)に逆らえず、素直に浴場へと行くのだった。

 浴場には丁度、綾波が来ていた。

 

「あら」

 

 アスカの表情に、綾波も目を瞠った。

 それ程にアスカは目に力を漲らせていた。

 とは言え、先ずはおばちゃんたちに怒られたのだが。

 ボロボロとしか言いようのない状態に、女の子が何をしているのかと怒られた。

 折角綺麗な髪なのに手入れをしないなんてと怒られた。

 無理やりに捉まって、体洗い場で洗われた。

 頭のてっぺんからつま先まで、指の股から人には言えない所まで全部、容赦なく洗われて、湯船に放り込まれた。

 

「アスカちゃんはそっくりさんより子どもだね」

 

「ほんとほんと」

 

「可愛いんだから、磨かなきゃ駄目よ」

 

 正しく子ども扱いされていた。

 それは実年齢28歳のアスカにとっては屈辱であり、連日連夜の激論で疲弊して居なければ暴れたい程の恥辱であり、だが、只の子どもと扱われる事はアスカの心に言い知れない嬉しさにも似た何かを感じさせた。

 年上から指導ではなく叱られたと言うのは、初めてだったのだ。

 だから従っていたとも言えた。

 

 どこそこから拾ってきたホーローだのステンレスだの様々な湯船の一つ、端っこにある小ぶりなソレにざぶんと浸かるアスカ。

 

「んっ………」

 

 湯に浸かれば、自分の体に疲労が溜まっていた事を否でも理解する。

 体がほぐれていく癒しに身を任せようとしたアスカに、隣にいた綾波が声を掛けた。

 

「それで、何か判ったの?」

 

 単刀直入な綾波。

 その目は真剣だった。

 対するアスカは目元にタオルを充てて、首を伸ばして仰いでいる。

 

「判ったと言うのは語弊があるわね」

 

 理論を裏付ける証拠は乏しいのだ。

 だが、とアスカは言う。

 確信している、と。

 

「シンジに会う事は不可能じゃ無い」

 

 マイナス宇宙とはこの宇宙とは異なる世界であり、因果律も又外れている。

 だからこそ、会える筈なのだ。

 

「碇君はエヴァンゲリオンの全てを葬ったわ、それでも?」

 

「そこは主たる問題ではないわ。あの世界に干渉する為に神器(エヴァンゲリオン)が必須と言う訳じゃないもの」

 

 残されている技術で模造する神形器(デヴァイス)で十分であると言う。

 NERVで使われなかった用語である為、理解出来なかった綾波は首を傾げた。

 が、温水で濡らしたタオルで視野を閉じているアスカは、気づく事無く説明を続ける。

 

「大事な事は、あの空間は因果律の輪が完全に独立しているという事。そして()()()()()()()()()()()()と言う事」

 

「どうして判るの?」

 

「端折って言えば、過去への干渉を可能とするからよ」

 

 1次元、2次元、3次元、そして一方通行ながらも時間のある3次元半(この次元)

 だがマイナス宇宙は時間を遡って干渉出来るのであれば、完全な4次元乃至はそれ以上の高位次元空間なのだ。

 という事は、同時に未来にも存在し続ける事を意味する。

 始まりにして終わりの空間(アルファ-オメガ)

 例えシンジが終わらせたとしても、マイナス宇宙と言う次元自体が消える事は無い。

 

「良く分からないわ」

 

「リツコやマヤと1週間悩んで激論したモンをそう簡単に理解されちゃ立つ瀬が無いっちゅーの。取り合えず要点は、ワタシは、シンジを、取り返し(掴まえ)に行く。それだけよ」

 

 力強い宣言であった。

 只問題は力んだ途端に湯にあたって湯船に沈んだと言う事だろう。

 日々、労働に勤しんだ綾波 ―― 農地を拡大し第3村の住人が新鮮な野菜を食べられる様にショベルカーやトラクターを縦横に操り、力を付けていたこの元同僚が居なければ、アスカはもしかしたら、予定をすっ飛ばしてシンジの元に行っていたかもしれない。

 

 尚、こののちに帰宅したアスカは、詳細を聞いた鈴原ヒカリに死ぬほど怒られた。

 

 

 

 

 

 それから1週間後、アスカは赤木たちWILLEスタッフと共に第3村を旅立つ事となる。

 シンジを救う(掴まえる)為に。

 

 

「行っちまうのか」

 

 村の外れでWILLE支部からの迎えの飛行船を待っていたアスカに、相田が問いかけた。

 わずかばかりの私物が入ったバックに軽く腰を下ろしていたアスカは、驚いた表情で相田を見上げた。

 

「見送りに来たんだ」

 

 驚いたのには理由がある。

 アスカが第3村を旅立つ事に相田は最後まで反対していたのだから。

 エヴァンゲリオンで戦う事を終えたアスカが、再び何かをせねばならないと言う事が納得できなかったのだ。

 この村で生活すればよい。

 シンジを救う為とは言うが、理論はあっても実現するには果てしなく時間が掛かるだろう。

 或いは生きている内に果たせないかもしれない。

 そんな事をシンジが良しとするとは思えない ―― そんな事を相田は言い連ねていた。

 

 対するアスカはそれを鼻で笑って否定する。

 確かにシンジはアスカに居場所はあると言った。

 だがアスカが居たい場所はシンジの隣なのだ。

 願うならばシンジの傍で眠りたいのだ、たとえそれがどんな場所であろうとも。

 シンジの想いはあるだろう。

 だがアスカにだって譲れない願いと思いはあるのだ。

 その自分の想いをアスカは一言で言い切った。

 「ワタシの我儘」、と。

 一度きりの人生だからこそ、我儘に生きてやるのだと。

 そう言って笑ったアスカの笑顔は、誰もが見惚れる程に可愛らしかった。

 

「まぁ、な」

 

「アリガト」

 

 アスカの傍に立つ相田。

 だが、その距離は親密ではあっても親愛ではなかった。

 それが2人の関係でもあった。

 尖った所のあるアスカを受け入れ、そっとその翼を休める場所を与えた相田。

 アスカを心配し、その人生と未来とに気を揉む姿は、或いは父親的でもあった。

 そこにアスカもぶっきらぼうな態度に見えても甘えている所があった。

 ある意味で疑似的な親子関係にあった2人だった。

 

 だからこそシンジもケンスケによろしくねと言ったのだろう。

 そう客観的に見れる程に、アスカは心の余裕を取り戻していた。

 最初は、変な物言いだと怒り、そして誤解された事に心が凍り、そして1周回って落ち着いた。

 その間、鈴原ヒカリや綾波がアスカの愚痴を受け止めていた。

 エンドレスで、好きなら好きで略奪してみる位の男気を見せろと延々と。

 鈴原ヒカリは酒も入らずに良くも続くと呆れながら頷き、綾波はシンプルに誤解される方が悪いとバッサリしていた。

 

 イロイロとあってアスカの心に本人の意図せずぬ拗らせを与えた相田であったが、それは兎も角として感謝をしていた。

 嫌いでは無かった。

 だからこそ、見送りは嬉しかった。

 

「無理するなよ? 長丁場になるのは目に見えているんだ」

 

「ワタシがするんだもの、簡単では無くたって、必ず出来るわ」

 

「そうだな、なんと言っても式波アスカ・ラングレーだものな」

 

「そういう事」

 

 胸を張るアスカをまぶし気に見る相田。

 と、カメラを取り出した。

 

「最後に1枚、良いか?」

 

 鈴原の所に頼まれたんだと笑う。

 

「昨日のも撮ったじゃない!」

 

「いや、アレは集合写真になっちまって顔が良く見えないって不評が出てな」

 

「しかたないわね」

 

 アスカはとびっきりの笑顔を相田のカメラに向けるのだった。

 

 

 

 

 アスカの乗った飛行船が行く。

 偶には帰ってこいとは言ったけども、恐らくは帰ってこない ―― 少なくともシンジを捕まえるまでは。

 そういう確信が相田にあった。

 

「元気で、しっかりと捕まえて来いよ」

 

 わずかばかりの喪失感を胸に相田は飛行船を見送っていた。

 

 

 

 

 

 

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