アサルトリリィ BOUQUET  ~if~   作:クロスカウンター

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第4.8話 vsしおりの不安

「フミちゃん!」「リリさん!」

 掛け声に合わせてリリが突撃し、その1歩半後ろにフミが付いていく。

「はああ!!」

 リリの鋭い一撃、同時に、その反動を活かして素早く離脱。そしてリリの影に隠れていたフミは、既にチャームを振り抜いていた。

「はっ!!」

 こちらも鋭い一撃。「やっ!!」そしてもう一撃。

 更にもう一度と、フミはチャームを振り上げる……そのわずかな時間に、今度はリリが死角から迫っていた。

「たあ!」

 しおりはそれを左手の防御チャームで防ぐ。体勢が崩れたところを「はっ!!」フミの一撃が叩きこまれる。

 お手本のような波状攻撃。しかし、しおりの表情は優れなかった。

「甘い!」

 しおりは乱暴にチャームを振るった。2人は咄嗟にガードをするも、ガードの上からそのまま吹き飛ばされた。新人相手に容赦のない一撃。

 それでも、2人は空中で体勢を整え、着地と同時に突撃の構えを見せた。

 ……上手くいきすぎている。

 しおりは今回、防御役に徹していた。ただし、2人には『隙を見せたら反撃をする』とも伝えてある。実際、しおりは何度か反撃を行い、2人は何度か手痛くやられている。

 それにも拘らず、2人は突っ込んでくる。その連携も攻撃のキレも一切鈍っていない。

 普通、痛みを伴う経験をすれば、警戒し動きが硬くなるものだ。むしろ、今回の訓練はそれを期待してのものだった。

 2人は、一度恐怖心を身に着ける必要があった。もちろん、恐怖に呑み込まれてばかりではいけない。しかし、恐怖を全く知らないリリィはいずれ破綻を迎えるのだと、しおりは経験から知っていた。

 恐怖心と『正しく付き合うこと』。それがリリィにとって必要である。その為には一度『恐怖』を知らなくてはいけない。その為の訓練なのだが……。

「はああ!!」「やあ!!」

 恐れ知らずの純粋さ。筋金入りの無鉄砲。

 ……いや、無鉄砲であっても無謀ではなかった。

 2人は攻撃を加える前、連携の合間合間に、しおりの右手の動きを確認していた。ちゃんと考えてはいる。決して愚かではない。

 そしてそれ故に、決して立ち止まらない。その姿は、粗削りながらも勇猛であり……。

 仄かに、しかし確実に、しおりに破滅の予感を感じさせるものだった。

 

-1-

 

「本当にあの2人はどうなっているのですか?」

 しおりは、憮然とした表情を隠そうともしなかった。普段、人当たりの良い態度を崩さないしおりにしては珍しいことであった。

「なんじゃ、あれだけ動けてまだ不満なのかの」とミリアム。

(わたくし)には、それほど焦ることとは思えませんが」と楓。

 ミーティングルームとなりつつある楓の自室で、しおり、ミリアム、楓、シェンリン、ユージアと、これまた恒例となりつつあるメンバーが顔を揃えていた。

 リリとフミは訓練中である。2人の件で相談するために、あえて席を外させていた。

(しおりが『所用』で外すと聞き、内心ホッとした2人。しかし、代わりにユユの地獄のようなトレーニングが待っているとは思いもしていなかった)

「一流の(かた)は見据えるものが違いますわね。流石しおりさんです」とシェンリン

「……そういう言い方は止めてください。貴女方も分かっていることでしょう?」

 しおりは、再び仏頂面をした。

 2人の動きに不満などない。しおりの訓練が始まって一週間、2人の動きは見違えるようになった。

 一般論として、リリィの上達は早い。肉体の成長は時間がかかるが、マギの成長は時に劇的なものだからだ。乾いたスポンジに水が染み込むが如く、新品の和紙に筆を走らせるが如く、2人は猛烈な勢いで技術をモノにしつつあった。

「わしには問題があるようには思えんがの」とミリアム。

「これも、彼奴(あやつ)らが水面下で続けてきた努力が実を結んだ成果。喜びこそすれ、そんな浮かない顔をするものではないと思うのじゃが」

 そのことについて、しおりも異論はない。2人の成長の推進力は、今までの努力とひたむきさにある。もしかしたら……遠くない未来、自分たちと肩を並べるようになるかもしれない……。そう思わせるほどに、2人の成長ぶりは目覚ましかった。2人は、エンジンには問題がないのだ。

 問題は、そのブレーキが壊れていることだ。

「あの()達は恐れ知らず過ぎるんです。このままでは、遠くない未来、お二人は破滅を迎えるでしょう」

 しおりの言葉に、ミリアムはぎょっとした。

 破滅。リリィにとっての『破滅』とは、命に関わること以外あり得ない。その表現は、あまりに不穏すぎる。

「そんな大変なことになっておったのか?」

 ミリアムは、しおりにというより、楓やシェンリンに向けて問いかけた。

「大丈夫ですよ。そんな心配なさらなくても」とシェンリン。

「私も心配しておりせんわ。無茶をしたら私たちが止めればいいだけですもの」

「お二人は楽観的過ぎます! 4月の頭も頭に! 碌にチャームも扱えないまま飛び出していったことをお忘れですか!!」

 しおりは色をなして主張するも、2人は(特に楓は)取り合わなかった。

「別にいいじゃありませんか。実戦で痛い目を見る。その中で学ぶことも多くありますわ」

「実戦の失敗が何を意味するか、良くご存知でしょう?」

「ですから、そうならない為に私たちがいるのではありませんか」

「4月のレストア戦で(※3話)、暴走するユユ様に突っ込んでいったのは誰ですか。そしてそれを止めなかったのは誰ですか!」

「本人がやりたいことをやる。失敗したら周りが助ける。そうして私は成長してまいりましたし、それ故に今の私があります。リリさんにも同じようにのびのびと成長していただきたいのです」

「それは楓さんが幼いころから英才教育を受けていた故のことでしょう? リリさんは道理を知らぬ幼子ではありません。ちゃんと考えて行動してもらわないと困ります」

「困るってアナタがどうして困るのですか? レギオンの仲間たる私たちが問題ないと言っているんです。それとも、アナタもレギオンに入ってくださるのですか?」

「そういう問題ではありません! 人が崖に突っ込もうとしているのに止めないのは無責任というものでしょう?」

「ですから、崖でも何でも一回落ちてみるべきだと言っているんです。野生のライオンでも崖を登れるのですから、リリさんなら軽いものです」

「それが無責任だと言っているのです!」

「無責任ではありません」

「いいえ無責任です」

「むしろ経験をさせない方が無責任ですわ」

「貴女はお二人の死の責任を取れるのですか!」

「取れませんわ。ですから、崖から落とすべきなのですわ!」

「無茶苦茶です! 貴女はお二人のことを真剣に考えているのですか!?」

「私はいつでも真剣ですわ! それに無茶でも何でもやってみるのはリリさん自身が望んだこと。でしたら、その背中を押してあげるのが友人と言うものですわ」

「崖際で背を押す友人がどこにいるのですか!!」

 

「二人とも……ストップ!」

 お互いに侃々諤々(かんかんがくがく)と主張をぶつけ合う2人を、ユージアが止めた。

「二人の気持ちは分かるけど……そんな風に言い合いをしても、リリとフミの為にならないよ」

「ま。一度冷静になれってことじゃな」

 そう言ってミリアムは、2人に包装された菓子を投げつけた。チュッパチャプス。なぜそのチョイス?

 シェンリンも、言い合いの間に用意していた紅茶を2人に差し出した。

 微妙にミスマッチながら、しおりは何も言わず両方受け取り、飴を舐めながら紅茶を飲み始めた。それを見ると楓も断りづらく、飴を舐めながら紅茶に口をつけた。

 シェンリンは小さくため息を吐いた。

「全く。貴方たちは子どもの教育方針で揉める夫婦ですか」

「誰がお父さんですか!」(しおり)

「誰もお主が父とは言うとらんじゃろ……」

 しかし何となく、熱心な教育ママさんとそれに反対するパパさんの構図に似ているかもしれなかった。

「まぁ、楓さんは以前からこんなのですが」とシェンリン。「こんなのとは聞き捨てなりませんわ!」(楓)

「しかし、しおりさんがここまでリリさんたちに入れ込むのは腑に落ちませんね。何か心境の変化でもありましたか?」

 シェンリンの言葉に、しおりは露骨に嫌そうな顔をした。

「それを言うなら、貴女こそどうしてこんなレギオンに入ったのです?」

「『こんな』とはずいぶんな言い(よう)じゃの」とミリアム。

「まぁ、メンバーの過半数が初心者でしたから」と楓。

 そうじゃな、と言いかけて、ミリアムは楓の言葉に一瞬悩んだ。

 シェンリンらを誘う当時のメンバーは、リリ、フミ、楓、ユユ、そしてミリアムの5人だった。過半数が初心者ということは、リリ、フミに加えてもう一人、初心者がいることになる。…………。 

「……ちょっと待て、わしまで初心者扱いは心外なのじゃが」

「アナタは完全に技術者枠でしょう?」と楓。「まぁ、レアスキルに覚醒して駆り出されたというお話ですから」としおり。「ある意味初心者以下ですよ」とシェンリン。「大丈夫……ミリアムは便利な女だよ」

「その物言いはどうなんじゃ!?」

 ミリアムは吠えた。

「まぁまぁ。ユージアさんはまだ日本語が達者ではありませんので」(シェンリン)「嘘言うでない! 絶対ネイティブじゃろ!」(ミリアム)「確か中華系アイスランド人とお聞きしていますが」(しおり)「うん。でも、ちょっと身内に日本人がいて……」(ユージア)「今の世の中、マルチリンガルくらい普通ですわ」(楓)「お主のように散歩感覚で何か国語もマスターできんわい」(ミリアム)

 なお、楓は13か国語を話せる才女である。

「脱線しました。ウチのちびっこが失礼しましたわ」と楓。「微妙に腑に落ちぬが……話の腰を折ってすまんかったな」とミリアム。

「……話を戻しますが、私が最初に興味を持ったのは、リリさんがユユ様とシュッツエンゲルを結んだ一件です」

 しおりは飴をカップの取っ手部分に立てかけると、姿勢を正した。

「それ以降も、事件が起こる度にリリさんの名前が聞こえてきましたから。どんな人物かと、演習の時間を活かして確かめたですよ」

「それで結果はどうだったのじゃ……って、聞くまでもないか」

 それが遠因となって先日の『事件』が起きたのだから、何かしおりの琴線に触れるものがあったのだろう。

「それにしても、急にリリさんたちと手合わせするとは思いませんでしたが」と楓。

「冗談が過ぎるからですよ」としおり。

「私だって無暗にチャームを抜いたりはいたしません。しかし、貴女方のような腕利きに囲まれて闘争心を抑えていられるほど出来た人間ではありませんから」

 出来た人間云々ではなく、普通の人は腕利きに囲まれても溢れんばかりの闘争心は湧きあがらないものだと思うが。

「確かに悪ノリが過ぎたのは申し訳なく思っておるが……あの挑発はリリに向けたものではなかったのか?」

 『かかってきなさい』と、しおりは言った。そして『こうなることは分かっていた』とも。あれはリリらと手合わせすることが分かっていた、ということではなかったのだろうか。

「……私は、貴女なら向かってくるのではないかと期待していたんですよ?」

 しおりは、シェンリンに怒っているような、拗ねているような視線を向けた。

「私ですか?」

 シェンリンは驚いてみせた。

「あら。シェンリンさんは案外、武闘派でいらしたんですか?」と楓。

「そうなんですよ。昔はなかなか尖っておられまして」

 ニッコリとしおりは答えるも、シェンリンはつれなかった。

「はいはい、そうですね。私もチャームが2本あれば立ち向かえたのですが」

「楓さんとユージアさんが居たではありませんか」

「……しおりさん。貴方はどうしても私の所為にしたいようですが、リリさんに斬りかかられて、応戦したのは貴方です。その非は認められるべきかと思いますが?」

 ばっさり言われて、しおりは少々言葉に詰まった。

「……貴女だって止めなかったじゃないですか」

「別に。一度痛い目を見れば学ぶだろうと思ったまでの事です。貴方とは違って、ですけど」

 中々嫌らしい言い回しだった。

「私だって痛い目を見ることに反対ではありません。ただ、それは練習の場で行うべきなのです。本番でいきなり突っ込んだり、飛び出したり、無謀な行為をすることは容認いたしかねます」

 しおりは尤もらしく言い放った。

「……それにしては、お主の殺気は本番さながらといった様子だったがの」とミリアム。

「フミさん、お腹に青痣ができていましたよ」と楓。

「なるほど。貴方が容認する『練習』とは随分と本格派なのですね。参考になります」(シェンリ)

「私も……2人に痛い目を見せるために……頑張るよ!」(ユージア)

「分かりましたよ。私が悪かったですって!」

 しおりは、4人の波状攻撃に、成す術もなく撤退した。

 戦場より舌戦での連携が優れていることは果たしてリリィとして正しいのだろうか。にわかにそんな疑問が湧き上がってくる程の、無駄に息の合った連携であった。

「確かに、結局は私が悪いのですが……」としおり。

「しかしそれだけではありません。リリさんとフミさんも、想像の何倍も良い動きをしておりました。私の闘志に火を点けるような、素晴らしい戦いぶりでしたよ」

 しおりの言葉に、ミリアムは首をひねった。

「そうかの。わしには、終始しおりが押しとったように見えたが」

 ミリアムが見たところ、リリもフミもまだまだ動きは荒く、特に攻撃動作などは素人じみていた。達人の域にあるしおり相手では、2人はまるで歯が立っていなかったように見えた。

「まぁ。そのしおりさんに一目散に斬りかかったのは驚きましたが」

「あれは昂りましたよ」

 殺気を放出したしおりに、迷わず斬りかかってきたリリ。明らかに格上の相手に迷わず立ち向かう勇猛さに、しおりは手合わせを続けたくなったのだ。

「フミも、考えて動いてたよ」とユージア。

 左サイドを狙う。話術で揺さぶる。そして打合せなしで連携攻撃を決める。

 特に最後の連携。

「確かに、あの連携は驚いた」

 ミリアムも土壇場にフェイントを入れるとは思わず、フミの動きに惑わされてしまった。最後の連携に限れば、その動きは実戦級に冴えていた。

「……本当に、普段から連携はしていなかったようですから。二人の信頼の賜物ということでしょう」

 しおりはそう言いつつも、心の奥でどこか解せない気持ちがあった。

 あの連携で驚くべきは、フミではなく、リリの動きの方だ。

 連携攻撃で自分より先にいたリリィが動きを止めれば、普通、何があったかと動きに乱れが起きる筈だ。しかし、リリは動揺を見せなかった。勢いそのまま、しおりに飛びかかってきた。

 リリも、フミがタイミングをずらすことを承知していたとしか思えない。あの連携は、即興でできる域を超えていた。

「フミさんの受け流しも、なかなか堂に入っておりましたわ。あれなら実戦でも通用するでしょう」と楓。

 しかし、しおりに言わせれば堂に入っているというレベルではなかった。

「……一体どんな訓練をしたら、ひと月やそこらであんな動きができるのですか?」

 しおりも防御訓練のことは耳に挟んでいた。実弾を使っていることも知っていた。しかし、しおりの一撃は弾丸などと比べ物にならない程に重い。最低限の護身技術で捌ききれるようなモノではない。

 フミがしおりの攻撃を受け流した場面。確かに、直前の連携で焦りはあった。それでも、迎撃には十分の余裕があり、しおりの太刀筋は決して甘くなかった。

 あの一瞬、フミの動きは目を見張るものがあった。当たれば怪我では済まない一撃に、一歩踏み込んで、するりと流し切ってしまった。

 あの動き。あの一瞬の動きは――ユユ様レベルの――神がかり的なリリィのそれだった。

 あの時、咄嗟に全力の蹴りを入れてしまう程には、しおりは昂っていた。本音を言えば、シェンリンが止めに入ったのは口惜しい程だった。

「フミ……あの後すぐに、3人の射撃をクリアできるようになったよ」とユージア。

「やはり練習より本番の場数が大事と……おっと、あれは『練習』でしたね」とシェンリン。

「……言っておくが、わしはしおりの一撃を受け流すなどまっぴらご免じゃぞ?」(ミリアム)

「そもそもアナタにできるのですか? フミさんはああ見えて度胸がありますから」(楓)

「いえ、度胸がありすぎるのが問題なのですよ……」としおり。

 しおりは、リリに対してはその才能を直感していた。呑み込みの早さ、そして恐れ知らず。全力で叩けと言われたら、遠慮なく全力で叩く。ありったけのマギを込めろと言われたら、見ている方が心配になるほどマギを込める。

 その純粋さは危うさを孕んでいた。ブレーキがない。それは成長の枷が取り払われているということではあるが、一方、破滅を前にして身体を止められないということでもある。

 先日の一件で分かったのは、フミも同種の性格を持っているということだった。問題児は2人いたのだ。

「先程も言いましたが、なまじ度胸があるので危険に対し無頓着なのですよ。その無頓着さは悲劇を招きます。我々はヒュージという未知の存在を相手取っているのです。警戒してしすぎるということはありません」

 しかし、楓は真っ向から反対した。

「私も先程申しました通り、それは実戦を繰り返す中で自然と身に着けるべきものです。あの()たちに『気を付けろ』といくら言っても無駄です。本人が自ら悟るまで、私たちが傍で見守るしかありません」

「……そうは言いますが、やはりレストアの一件では止めるべきだったと思いますよ」

「そう申されましても、私はリリさんが望むなら、そのようにさせてあげたいのですよ」

 結局、しおりも楓も、2人を心配しているのは同じだった。ただ、その対処法が『止める』か『背中を押す』かで正反対に分かれてしまっているだけだ。

「……貴女方も楓さんも同じ考えなのですか?」

 しおりは楓の説得を諦め、ミリアム、シェンリン、ユージアの3人に水を向けた。

「わしは頼んで入れてもらった身じゃからの。ボスの言うことに逆らう気はないぞ」とミリアム。

「リリは私の背中を押してくれたから……リリが望むなら、私も手伝いたい」とユージア。

「私はあの娘たちの行く末に興味がありますから。それに、図らずしも周りの人間を巻き込んでしまう無鉄砲さも、あの娘の魅力ですよ」とシェンリン。

 その『図らずしも巻き込まれてしまった』しおりとしては、複雑な気持ちであった。

「分かりました。貴女たちがそこまで言うのでしたら、私も口出しはいたしません。……ただし、あの娘たちを一人にしないと約束してください。一人で何かしでかそうとしたら、止めてあげてください。このままですと、いつか取り返しのつかないことをしでかしかねません」

 そんなしおりの言葉に、「当然ですわ」と楓。

「それに、そのための連携訓練なのでしょう?」

 ツーマンセル。お互いにカバーしあう存在。お互いの抑止力。それは間違いなく、しおりも意識して配置したことだった。

「もちろんそれもありますが……しかし、あのお二人だけでも危険ですからね。絶対に、それぞれから目を離さないでください」「そんな幼子ではないのですから……」「貴女が言わないでくださいな!」

 とまたも言い合いを始めかけたところで、ガチャリと扉が開いた。

「つ、疲れました……」

「うう……今日のお姉さま、夢に出るかも……」

 ボロボロの2人が、這うようにして楓の部屋に入ってきた。

「大丈夫ですかリリさん!?」(楓)「リリ、大丈夫かの」(ミリアム)「リリさん、お怪我はありませんか」(シェンリン)

「ちょっと! 私も心配してくださいよ!!」とフミ。

 それだけ騒げれば十分元気じゃろ、とミリアム。

「フミ……大丈夫?」とユージア。「うう~、私の味方はユージアさんだけですよ……」

「ユージア、別にバランスを取る必要はないぞ」「ミリアムさんは黙っていてください!」

 ……とまぁ、一見元気ではあるが、擦り傷、打撲、そしてフミについては(いつものことだが)鼻血まで出している。

「これはこっ酷くやられましたね」としおり。

「あれ、しおりさん、用事じゃなかったの?」とリリ。

「はい、思いのほか早く終わりまして。それより、何があったのですか? 確か、今日はユユ様がコーチをお務めだとか」

 フミは「そうなんです!」と被せ気味に訴えた。

「聞いてくださいよ~ユユ様、ルナティックトランサーをお使いになったんですよ!!」

「おう、マジか……」とミリアム。

 ルナティックトランサーは、暴走状態となる代わりに、肉体の限界を超えた動きができるレアスキルである。もちろん、使い方によってはコントロール下に収めることもできるが、その凶悪さゆえ、あまり新人の教育で使うようなスキルではない。

「最初は防御に徹されていたのですが、途中で『防御している相手だけでなく、攻撃している相手にも攻撃できるようになれ』とか何とか、もう無茶苦茶でしたよ……」

「何が無茶苦茶なものですか。戦闘の基本です」

「ユユ様!?」

 一体どこから現れたのか、振り返ると、フミの背後にユユがいた。

「あら、ごきげんようユユ様」「ごきげんよう、しおりさん。お二人の指導、心から感謝いたします。見違えるように良い動きをするようになりました」

 と言う割には、その見違えた後輩2人をボコボコにしているような気がするが。

「あの動きは絶対おかしいですよ!! ユユ様だけ無重力空間で動いてるんですか!?」とフミ。

「まぁ、重力だとか肉体の限界だとかを諸々無視された動きをなさると申しますから」(楓)

「というか、よく生き残ったの」(ミリアム)

「失礼ですね。ほんの少し、薄皮一枚スキルを使っただけですよ」

「絶対違いますよ! 終わった後、何か記憶が曖昧そうだったじゃないですか!」

「何を言いますか。戦闘の余韻に浸っていただけです」

 そんな訳ありますか……!

 あー、ここは……? とか何とか言っておいてよくも取り繕えるものである。

「でも、本気のお姉さまと手を合わせられて、少し嬉しかったよ?」とリリ。

「それでしたら、明日からも私が相手をしましょうか?」

 リリは、笑顔のまま顔を引きつらせた。

「おい、リリのこの表情はかなり貴重じゃぞ」(ミリアム)「リリ、大ピンチ!」(ユージア)「まぁ、ここは一つ背中を押しましょうか」(シェンリン)

「お止めなさいな! そもそも、ルナティックトランサーは副作用も大きい筈ですわ。毎日毎日使っていたら、ユユ様の方が持ちません」と楓。

 事実、強力な反面、相応にデメリットも大きく、実は今もユユはそれなりに疲弊していた。ただ、それを全く表面に表さないのは驚異的な精神力というべきだったが。

「全く、ルナティックトランサーをお使いになったユユ様と手合わせされるなど……」としおり。「……何で羨ましそうなのです?」(楓)

「そもそも、ルナティックトランサーは封印されたと聞いておったがの」とミリアム。

「可愛い後輩の為です。封印の一つや二つを解くくらい、訳ありません」

 その結果がこのボロボロの2人な訳だが、良心の呵責はないのだろうかとミリアムは思わなくもなかった。

「と言いますか、ルナティックトランサーはリリさんに抱き着かれないと止まらないのですか?」とフミ。

「また抱き着いてお止めになったのですか……」(楓)「リリ……大胆」(ユージア)「そんな映画のワンシーンのような……日常的にやることではないぞ」(ミリアム)「情熱的ではありませんか」(シェンリン)「そんな命がけの情熱なんて嫌ですよ」(しおり)

「またチャームを合わせてマギスフィアを作ったのかの」とミリアム。「そんな三文芝居みたいに言わないでください」(ユユ)

「第一、前提が違います。リリさんが足元を滑らせて、私の方に飛び込んできたのです」

 ユユの解説に、「……そうだっけ?」とリリ。

「なんじゃ、リリまでルナティックトランサーか?」(ミリアム)「ミリアムさん、レアスキルジョークは相手を選びましょう」(シェンリン)

「何でもいいですが、身内に使うスキルじゃないですよ……」とフミ。

「受け流せない攻撃もある。良い経験になったではありませんか」(ユユ)

「受け流せないような攻撃、しないでくださいよ……」

 フミはがっくりと床に項垂れた。それなりに上達してきた実感があったのだが、今日の一件で、それは思い上がりだったと分かったのだ。

 一方で、リリは、真っ直ぐな瞳でユユを見据えた。

「でも私……いつか、ユユ様にも負けない立派なリリィになってみせます! その時はもう一度、手合わせをしていただけますか?」

 笑顔ながら相変わらずの無鉄砲な発言に、しおりは呆れるやら感心するやら忙しかった。

 ユユは逡巡するように少し間を開けた後、「そうね」と答えた。

「でも、その前に、2人で私を超えてみせなさい。挑戦はいつでも受けて立ちますよ」

 そして放たれるプレッシャーに、再び、リリは笑顔を引きつらせるのであった。

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