アサルトリリィ BOUQUET  ~if~   作:クロスカウンター

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第4.9話 vs最凶の1年生その2

 フミは、洗面台でハンカチを(くわ)えた自分を睨み苦い顔をした。先輩で、このようにしているリリィに憧れてやってみたが、フミがやると何か違う。何と言うか……華がない。

 そもそも、ハンカチっていつ咥えるんですかね? 手を洗う直前? でも、手を洗う直前にハンカチに触るのも……。かといって事の最中にずっと咥えているのも何か違いますし……。

 まぁ、華がある人と言うのは、そもそもそんなことに拘らないのだろうと思う。生まれながらのスターリリィたちは持っているものが違うのだなぁと落胆半分、諦め半分……。

 フミは首を振った。

 いいえ、彼女たちのような完璧なリリィでなくとも、自分を強みを生かした立派なリリィになればいいんです!

 憧れのリリィの言葉『極端なリリィになりなさい』。その言葉を胸に、戦術理論を学び、文献を読み漁り、ついに百合ヶ丘の門をくぐった。自分は天才ではない。それでも、一つを磨いて尖らせれば、どこかに刺さるオンリーワンにはなることができる。

 こんなところで落ち込んでいてはいけない。落ち込んでいる暇はない!

 ……というか、いつまでもハンカチを咥えている場合ではない。やっぱり、この姿はどこか間抜けである。

 多少凸凹(でこぼこ)であってもいいが、何とか華のあるリリィになれないものか。そう思いながら尚も鏡と睨めっこしていると、入口の扉が開くのが、視界の端に映った。

 マズイ、私のカッコ悪い姿が白日の下に……!

 フミは呑気だった。あまりに呑気すぎた。

 反射的に入口に向き直り、入ってきたリリィを見て。フミは、ハンカチを口から落とした。

 白い大きな傘。この室内で、顔も見えない程の大きな傘を差したリリィが、そこに立っていた。リリから聞いた不審人物。

 小沢薬師芽(やくしめ)……!?

 フミはチャームを起動しようとして、食堂に置いてきたことに気付く。咄嗟に、タイを武器代わりに構える。

 私はバカですか……! 不用意すぎる。片時も手を離してはいけない自分の手足、相棒。僅かな時間とは言えチャームを手放すなど、リリィ失格だ。

「あらあら。随分な挨拶でございますね」

 その丁寧な口調とは裏腹に、そのリリィから異様なプレッシャーを感じた。しおりのとも違う、ユユの刺すような気迫とも違う。

 フミは鷹の目を使い、傘の下を覗いた。ご丁寧に、大きな帽子でその素顔を隠している。その口元が、笑みの形に歪んだ。

 愉悦。

 敵意ではない。遥か優位からこちらを見下す優越感。何をしてくれるか遊び感覚で伺う好奇心。

 間違いなく実力者である。そのプレッシャーは並の使い手でないと一目でわかる。しかし、その性質は善ではありえない。

 フミが相対してすぐ臨戦態勢を取るほどには、異様。目の前の人間は、まともな人物ではない。

「アクサ・雨読(ウドク)と申しますわ」

 そんなリリィ、聞いたこともない。

 明らかな偽名。大きな傘、帽子、お嬢様口調、そして異様な雰囲気。間違いない、目の前の人物は、(くだん)の不審人物だった。

 フミは大声を出そうか迷い、すぐに諦めた。フミは混雑を避け、食堂から一つ離れたトイレに来ている。一つ離れるだけで、殆ど人とバッティングしない。ここは鏡の自分と睨めっこできる(くらい)には利用者が少ない。この拮抗状態を壊してまで、大声を出すのが得策とは思えなかった。

 チャームを手放したリリィなど、一般人と殆ど変わらない。増援も助けも期待できず、加えて入口を敵に塞がれている現状は、あまりにも劣勢。

「……」

 狙われたのだろうか。チャームを持たず、不用心に人気(ひとけ)の少ない場所へやってきた自分を。

 だとしても、何とかするしかない。使えるのは、制服に備わった武装機能だけ。それを活かして、何とかこの場を(しの)ぐしかない。

「目的は、一体何ですか?」

 フミは、微妙に構えを変えつつ【謎のリリィ】に問いかけた。

「目的? なんのことでございましょうか」

 【アクサ・雨読(ウドク)】はふふっと笑った。

(わたくし)はただお話に来ただけですわっ。ここはお話にピッタリな場所ではございませんか。ねぇ、二川二水様?」

 ちらりと傘を上げ様子を伺う、その目元に向けて勢いよく何かが飛び込んでくる。

 ……リリィの使う日用品は、マギと相性の良い銀が編み込まれている。リボンも、制服も、そしてハンカチも。

 フミは、足元のハンカチを蹴り飛ばしていた。

 このリリィは絶対に自分の名を呼ぶと思っていた。リリのことを知っていた、名前も顔も、ユユ様とシュッツエンゲルを結んだことも。情報ソースとしてリリィ新聞を使用していた可能性は高い。当然、編集者たる二川二水の存在も知っている筈だ。

 そして絶対に、この人は名前を呼んだ瞬間、傘を上げると――不意に名前を呼ばれた自分の反応を見逃しはしないと――フミは確信していた。

 咄嗟に傘で防御する【ウドク】、その隙に制服から装備を外し天井と床に投げつける。閃光弾。辺りが眩い光に覆われる。

 フミは靴を脱ぎ、駆け出した。

 鷹の目。閃光で敵が視界を失っている数秒が勝負だった。この場所から抜け出すのは不可能に近い。入口は襲撃者に塞がれている、窓は遠すぎる上、チャームなしではとても壊せない強化ガラス。ゆっくり鍵を開けている暇などなく、そもそもこの数秒では窓にたどり着くことすら困難。

 フミが向かったのは、トイレの個室だ。死角となっていて、一見どこの個室にいるか分からない。物音を出さぬよう、しかし急いで飛び込む。両手を口に当て息を殺す。

 鷹の目で状況を確認する。傘は飛ばされ、部屋の角に落ちている。しかし素顔は帽子に隠され、依然(いぜん)判然としない。

 【ウドク】は、フミの靴を確認し、そして天井に目を()った。

 溜まっていた埃が、脱いだ靴の上に降り注ぐ。最初に天井に投げた閃光弾だ。それが天井の点検口をこじ開けた。

 もしかしたら、そこに逃げたと錯覚してくれるかもしれない。もしかしたら、それで追跡を諦めてくれるかもしれない。

 それは楽観的な思考だったが、玉砕覚悟で不意打ちするより、遥かにマシな戦略だった。仮に個室に逃げ込んだと考えたとして、どこに逃げたまでは分からない。不意打ちのチャンスは、まだ残されている。

 フミは高鳴る心臓を抑えつつ、唇を噛んだ。

 できれば、もっと奥の個室に入りたかった。相手の出方を伺うため、もう一つか二つ奥の個室に入りたかった。しかし、フミはそこに隠れるのが精一杯だった。

 祈るように息を殺す。

 どうか、諦めてください……。

 もしもこっちに来られたら、ほぼ丸腰の自分が勝てる可能性など万に一つもない。それでも、何とかやるしかない。飛びかかる覚悟はある。しかし、そんな絶望的な戦いなどしたくなかった。

 そんなフミが可笑しくてたまらないといった顔で【ウドク】は笑った。

「貴方、純粋なお方でございますね」

 くるりと、二番目の個室を――フミのいる個室を――『見て』話しかけられ、フミはバクバクと心臓を加速させた。

 どうして!? 

 個室は7つある。当てずっぽうにしても、あまりに的確過ぎる。

「俯瞰視野」

 フミは、冷や汗をかいた。

「自分だけだとお考えでございました?」

 楽観的すぎた。あまりに想定が甘かった。相手も俯瞰視野を持っている可能性など、全く考慮していなかった。

 圧倒的優位に立って、【ウドク】はころころと笑った。

「足音を隠すためでございましょうか。お便所で躊躇(ちゅうちょ)なく履物をお脱ぎになる、それは素晴らしい選択ですわっ」

 しかし。

「しかし、それでこの点検口を開く意味は分かりませんわ。だって、点検口に逃げ込むのでしたら、どうしてここにお靴があるのでしょう? 天井に跳んだのでしたら靴をお脱ぎになりませんよねぇ? 脱いだとして、このように綺麗に揃えて参りませんね? 育ちの良さが出てしまわれましたね! いえ、所帯じみていると言うべきでしょうか? 平凡、一通り、凡庸。手の平から逃げられないお猿さん、発想が貧弱、器が小さい……。視野の狭い『鷹』なんて莫迦莫迦しくございません?」

 フミは、その(あざけ)るような言葉に反論できなかった。その通りだ、脱出を偽装するなら靴は持っていくべきだった。持って行かないのなら、天井に閃光弾を投げず、その時間で奥の個室に入るべきだった。

 ……いや、こんな揺さぶり聞いてはいけない。

 どちらにしても、俯瞰視野で全てバレていたのだ。帽子越しの口は、愉悦に歪んでいる。明らかに、フミの反応を楽しんでいる顔だ。

 考えるべきはこれからのこと。俯瞰視野を得られるスキルは、鷹の目、レジスタ、あるいはそれらのサブスキル。

 ……最悪のパターンは、鷹の目でS級・ターゲッティング(弱点看破)を持っている場合。それはデュエル世代の花形スキル。彼女がその手の猛者であれば、万に一つどころか、逃げ切れる見込みはゼロだ。

 それでもやるとしたら……不用意にやってきたその瞬間だけ。

 もちろん、それは向こうも承知している。手の内がバレた不意打ちなど自殺行為だ。それでも、手元に残されたカードはそれしかない。その時が来たら、覚悟を決めるしかない……。

 しかしそれすらも甘い見通しであると次の瞬間に思い知らされた。

 フミの耳に、チャームの変形音が届いた。―――銃撃モード――

(そんな、チャームを持っていない相手に銃撃……?!)

 それはあまりに無慈悲だった。確かにその方が確実には違いない。しかし圧倒的優位に立っている人間が、足掻こうとしている人間に取る策としては、あまりに有効で、あまりに容赦がなかった。

 弾丸の速度は音速を遥かに超える。チャームを持っていない今のフミでは、当たれば即死は免れない。

 フミは、弾かれたように立ち上がる。そして、制服の(すそ)を破いた。

「待ってください!!!」

 フミは声を張り上げる。

「この二川二水!! 逃げも隠れもしません!!」

 気合を入れ、覚悟を決めたように、姿を現した。

 緊張で、息が震える。手足が震える、それを必死で抑えながら、相手を見据える。

「確かに私は……凡才です。楓さんのような華麗な戦術も、シェンリンさんのような大局的な見方も真似できません。……それでも……それでも! 立派なリリィになるって決めたんです!! こんなところで負けていられません!!」

 右手にマギを通したタイを持ち、左手にぐるぐると制服の切れ端を巻いて。腰を深く落とし、刺突の構えを取る。

「手合わせ願います。射撃ではなく、斬撃モードでお相手いただけますか?」

 しかし、相変わらず、彼女は銃口を向け続けた。

「言い残すことはそれだけでございますか?」

 彼我の距離は5m、しかも狭い通路。外す方がおかしいシチュエーション。あえて射撃モードを解くメリットは全くなかった。

 フミは、個室の壁を殴りつけた。

「構えろっつってんですよ!!! チャームもない小娘に何怖気付いてんですか!!? 構えろ!! 私に力を見せろ!!」

 フミは、一直線に突っ込んだ。【ウドク】は、チャームを斬撃モードに切り替えた。

 フミはその瞳に炎を灯した。

 繋がった。繋がった! 銃撃されていたら、確実に死んでいた。しかし、戦ってくれるなら……可能性はゼロじゃない……!!

 【ウドク】はそれを見て、口角が上がりっぱなしだった。『イト』が見えていた。制服のスカートから伸びた糸が、個室の扉に引っかかっていたのがありありと見えていた。薄く、それと注意していなければ分からないが、それに気付かぬほど間抜けではない。

 先程、壁を殴っていた。あれはフェイクだ。恐らく、糸の先には閃光弾が繋がっている。そこにマギを流す為に、激昂している振りをした。

 その証拠に、壁を殴ったワンテンポ後に突っ込んできた。そしてその顔。その笑いは、空手で突っ込む人間のそれではない。

 0.1……0.2……そろそろだ。突然、閃光弾が光る筈だ。それを見て驚き動きが止まる、その隙に一撃を入れ入口から離脱する。それがフミの筋書きに違いなかった。

 浅はか。底が知れる。手の内がバレた不意打ちなど自殺行為。心中なさい。その矮小さと愚かさが紡いだモノに絶望しながら♪

 0.3……0.4……0.5……。

 ………………。

 おかしい。

 何故だ。爆発しない……? 閃光弾ではないのか?

 ミス……? フェイク? あり得ない。足取りに乱れがない。他に手立てもない。あり得ない。無策などあり得ない。何を間違った。何を計算に入れ違えた? 目の前の小娘は何をしようとしている?

 【ウドク】は、初めてその表情から余裕を消した。その目前にフミがいる。圧倒的優位に立っていた筈が、この1秒未満の間に……この1秒未満の間だけは、勝負の(あや)がその未来を決定する所にまで持ち込まれていた。

 フミの突きを紙一重で(かわ)す、帽子がタイに貫かれる、体勢を崩したところにフミの拳が伸びる……しかしそれより早く、チャームは、フミの鳩尾に吸い込まれていた。

 腹を突き破るような衝撃と共に、フミは吹っ飛ばされる。胃液と紅茶が逆流する、苦しい、気管に入る、苦しい、むせる、痛い、お腹が痛い。異物感のような痛み、身体が捩じ切られる、痛い、全身が歪む、痛い、嫌だ、苦しい……! 痛い、お腹に鉄心でも刺されたように痛い。生きていることを後悔するくらい痛い。痛い、痛い、苦しい、気持ち悪い、苦しい、痛い、呼吸ができない、苦しい、苦しい、痛い、苦しい……。

 フミは(おぼろ)げな意識の中、彼女がゆっくり歩いてくること、そして自分が出血していないことに気付いた。

 その瞬間は鷹の目で捉えていた。(やいば)ではない、()の部分で殴られた。

 手加減された。フミは、奥歯を噛みしめた。

 彼女はフミに近付きながら、二番目の個室を覗いた。そこに制服の切れ端はあった。しかし、糸は繋がっておらず、無造作にサニタリーボックスに捨てられている。代わりに、糸は扉の角に引っかかり、そこで揺れている。

 意図的なものでなかった。無策、無謀だった。

 しかしそれこそが、計算づくだった彼女の立ち回りを狂わせた。

 フミの足元で歩みを止め、その様を見下す。便所の床でうずくまり、口から液体をこぼし、鼻血を流し、(うめ)き、(あえ)ぐ、憐れな姿。その喉元にチャームを突きつけ、(あご)側へ突き上げる。マギは通していない。マギを通した瞬間、刃は肌に吸い込まれ致命傷を与えるだろう。いや、このまま放置されるだけでも嘔吐物が詰まって窒息死する。それ程まで、フミの命は風前の灯と言えた。

「何か言い残すことは?」

 先程までと打って変わり、無感動な声が響いた。これ以上、遊ぶつもりがないことは明らかだった。

「……どうして、手加減したんですか……?」

 予想外の言葉に、【クドウ】は顔色を変えた。

 命乞いなどしまい、とは思っていた。チャームを持っていれば……といった後悔。どうして私が……という嘆き。やれることはやった……という諦め。何者で目的は何か……といった無駄な質問。何故私を殺すのか……という単純な疑問。フミの答えは、予想していたそのいずれでもなかった。

「……あなたの太刀筋が見たかったです……」

 闘争心とも好奇心とも違う、手加減された惨めさでも、悔しさでもない。

 そこにあるのは、決定的場面をその目に収めたい、実際に体験してみたいという当事者欲求。生粋のリリィオタク。

 自分の命が掛かっている場面でそれを優先させてしまう感性。

 頬が自然と吊り上がる。面白い。とても面白い。もっと欲しい。

 

 もっと楽しませて欲しい。

 

 轟音。入口が開き、二本の光が残像を描いて【クドウ】に襲い掛かる。チャームを瞬時に引き戻し、襲い掛かる二本のチャームを軽やかに(さば)ききる。

 乱入者は、壁、床、天井を飛び斬撃を繰り返す。尋常ではない密度の攻撃、常人であれば指一本動かせないであろう猛攻の中、【クドウ】は舞うように軽やかにステップを踏んだ。

 フミはそれに反応する間もなく、首が締まるのを感じた。乱入してきたリリィに、首根っこを掴まれ引っ張られた。それに気付いた頃には、窓際に、乱入者の背に庇われるようにして移動していた。

 混乱する頭で、――恐らく味方の――乱入者を見る。凄まじい攻撃のキレ、類まれな運動量、そして二振りのチャームを構えたその姿は……「しおり、さん……?」最強の1年生、六角しおりだった。

「………………」

 しおりは、何も言わず肩に掛けた荷物を床に下ろした。チャーム。フミが食堂に置いてきたチャームだ。慌てて起動する、もう2度と手を放すまい。しおりに感謝を述べようとして、しかし、フミは床に崩れ落ちた。

「おぇえええ゛、あ゛っ、おごっ、ぅええ゛え゛」

 フミは嘔吐した。

 しおりだ。しおりの殺気に、フミは決壊した。

 戦場でも滅多に見られない本気のしおり。凄まじいプレッシャーだとは思っていた。しかしチャームを介して感じ取ったそれは、殺気どころでない。

 死の宣告。死の訪れを予言する死神の鎌。それを、フミの疲弊した身体は受けきることができなかった。

 ダメだ……構えなくちゃ……足手まといはいけません……自分の身は自分で守るんです……!

 心意気に反し、フミの身体は限界だった。

 しかし、しおりはフミを気遣うでもなく、ひたすらに目の前の相手を睨みつけた。

 そして一言。

「……戯れが過ぎますよ、さくちゃん」

 フミはその言葉の意味も、込められた感情も分からず、ひたすら胃の内容物を吐き出し続けた。

 そして言葉と殺気を向けられた当の【さくちゃん】は、

「あらあら。私、しおりん様を怒らせてしまいましたか?」

 それは素敵なことでございますね、と、水夕会主将、【工藤朔愛(クドウ・サクア)】はニッコリと笑った。

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