アサルトリリィ BOUQUET  ~if~   作:クロスカウンター

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第4.9話 vs最凶の1年生その3

 フミは、次の講義を欠席した。

 制服が破れ、腹部に痣を作り、嘔吐し、鼻血まで出している。現場の片づけ、応急手当、シャワー、着替えと、一通りの処置を考えると、講義などとても出ていられなかった。

「はい……はい、申し訳……ございません。教導官の(かた)にも……体調不良と……。ご心配、おかけして……いえ、しおりさんも……居ますから……はい、ありがとう、ございます……では……」

 フミは、電話を切った。図らずとも、かすれた声は話の信ぴょう性を高めていた。

 しかし、フミは今、どんな顔をするべきか分からなかった。

 しおりは、テキパキとフミの嘔吐物を処理してくれた。裏返したゴミ袋で大きな物を取り去ると、細かいものはホースの水で流し、洗剤とブラシで仕上げとした。

 自分の不始末を他人に任せるのは恥ずかしく、申し訳なかった。フミも自分でやると申し出たが、実際のところ、グズグズと痛むお腹を押さえて掃除するのはほぼ不可能だった。しおりに外で休んでいるよう言い渡されてしまい、フミもその提案をありがたく受け入れるしかないのだった。

 フミはため息を吐こうとして、顔をしかめた。ため息すら満足に吐けなかった。

 ……しかし、私も気付くべきでした……。工藤さくあさん。しおりと並ぶスターリリィ、そして何よりフミらのクラスメイトである。

 4月から何度も遠征に行っていた関係で、あまり深く関わりが持てなかったのは事実だ。加えて、さくあは妙に情報が回ってこない。皆、何故か口が重く、それこそ甲州撤退戦のように誰も語りたがらない。

 シェンリンからは「あの人に関わると碌なことになりませんよ」と釘を刺されていた。その意味を、誰しも語りたがらないその理由の一端を、今日その身をもって実感した。

 ……それでも、その声に、帽子が外れた後のその素顔に、全く気付けなかったのは不注意と言うしかない。傘と帽子に『顔も知らない不審者』だと思い込まされていた。声を掛けられた段階で気付いていれば、無用な怪我など負わなかった。

 恐らく、楓やユージアといった一流リリィなら気付いた。いや、そもそもチャームなど手放さない。もしかしたら人気のない場所に1人で行くこともないかもしれない。

 ……全部、反省することばかりです……。

 講義が始まりいよいよ静まり返った廊下で、フミは顔を俯かせた。

 さくあは水夕会控室へ応急キットと予備の制服を取りに向かっていた。保健室は利用できなかった。リリィ同士でここまでやり合ったとなれば、さくあだけでなく、フミやしおりにまで何かしらのペナルティが課されるだろう。それを防ごうと思えば、このことは内密に済ますしかなかった。

 しおりは烈火の如く怒ったが、フミもそれに賛同した。この中で最も重い処分が下るのは、間違いなくさくあだ。チャームを持たないリリィへの暴力など、本来は停学レベルの大事(おおごと)である。しかし、さくあが処分されるということは、水夕会の活動も制限されるということであり、ひいてはしおりの活動が制限されるということになる。それどころか、レギオンの主将(さくあ)と副将(しおり)が揃ったこの事件が明るみになれば、最悪の場合、水夕会の解散まであり得る。

 フミとしては、喉元過ぎれば……ではないが、五体満足で大した怪我もなく終わったのだから、このことは大事にしたくなかった。

 さくあに悪意を感じなかったのもそう決めた理由の一つだ。良くも悪くも(というか『悪くも』)純粋な人間なのは分かった。善良な人間ではないが、悪い人ではない。

 その証拠に、お腹の怪我は痣程度で済んでいる。さくあの手加減だ。本気で殴られていたら、チャームの柄とは言え内臓破裂・背骨骨折など当たり前であるから、かなり繊細な調整を感じられる。痛いが重傷にならない。絶妙な打撃をあの速度で加えられるのは、見事の一言だ。

 あれは無秩序な暴力ではなかった。むしろ指導のようなものではないか。途中、ダメ出しをされたが、あれも精神攻撃でなくアドバイスと思うなら非常に合点がいく。

 デュエル年代の指導は、怪我やチャームの破損を伴う激しいものも間々あったと聞く。それを考えるなら、ちょっと青痣を作るくらい何でもない。むしろ、『本気のしおりとそれをいなすさくあ』という一生モノの光景を間近で見られたのだから、お釣りが返ってくるくらいだ。

 そういう訳で、フミはさくあに対してあまり物申す気分はなく、むしろ感謝すらしていた。

 一方、しおりの怒り様は尋常ではなかった。

「わたし言いましたよね? 手を出すなって?」

 フミの自室に集まった3人だったが、しおりは未だに殺気を放ち剣呑な雰囲気を崩さない。しかし、さくあは呑気だった。

「それはリリ様のことでございましょう? それに(わたくし)、恥ずかしながら、フミ様のことはあまり詳しくございませんから」

 嘘だ。顔と名前が一致し、レアスキルを把握している程度にはよくご存じだった。

「見え透いた嘘はお止めなさい。貴女ほどの人間が把握していない筈がありませんでしょう?」

「嘘ではございませんわ。しかし、そのお怒り(よう)を見るに……しおり様のお気に入りはリリ様とフミ様のお二人だったのですね! お教えくださらないなんて、水臭いですわっ」

「お黙りなさい!!」

 しおりは声を荒げた。

「仲間を傷付けておいてその態度は何ですか? 貴女には失望しました。貴女は一線は超えても、本当に超えてはならないラインだけは守る人間だと思っていました」

「それは楽観的に過ぎまわしたわね」

「その(けが)れた口を閉じなさい! このことを公にされたいのですか?」

「あ、あの! 私は全く、怒っていませんから……!」

 あまりにヒートアップするので、フミは仲介に入った。

 ……しかし、この怒気を受けてなおこの態度を崩さないさくあは並の人間ではない。ただ、その凄さはどうも負のベクトルを向いているのが問題らしい。

「さくあさん。もしリリさんに手を出したら命はないと思いなさい」

 ……恐らくだが、既に手を出しているのではないか? フミはそう思ったが、

「まぁ。それでしたらフミ様に」「今度フミに手を出したら一族郎党根絶やしにします」

 のっぴきならない会話に、言及するタイミングを失った。

「大丈夫です……! ほら……骨に異常はなさそうですし……内臓も、へっちゃらですし」

「当たり前です! もし骨折されていたらこの女の骨という骨をへし折っていましたよ」

 しおりは本当にやりかねない。

「まぁ。それは惜しいことをしましたわっ」

 しおりは一際キツイ目でさくあを睨んだ。

 ……この人も本気でやりかねない。

「まぁまぁ。このことは、不用心だった私も悪かったので……」

 フミのフォローに、しおりは「本当です!」と怒りの矛先を変えた。

「貴女も何をチャームも持たず、のこのこ人気(ひとけ)の少ない場所に行ってるんですか!! 不審者が出るとご自身が警告されたではありませんか!!」

 それはおっしゃる通りで何も言えなかった。

「いえ、その……すみません」

 まさか、ハンカチを口に(くわ)える練習の為とは言えなかった。

「まあまあ、しおり様。大事(だいじ)には至らなかったのですから」

「大事に至っていたらあの場で殺していましたよ」

 ぞっとする言葉に、さくあはころころと笑った。

「しかし、しおり様が気に掛けられる理由が良く分かりました。フミ様? 貴女、狂人ですわね?」

「はい……?」

 唐突にあんまりな評価を受け、フミは呆けた声をあげた。何なら、さくあの方が(失礼、)ずっと狂人じみている。

「死地に嬉々として飛び込むのは、勇者か狂人でございますからねぇ」

「それでしたら……勇者でお願いしますよ……」

 しかし、しおりもまた微妙な表情でフミを見ていた。

 ……ああ、しおりさんも私のこと、そんな風に見ていたんですね……。

「どうでしょう? フミ様、水夕会に来てみませんか?」

 狂人扱いの上、勧誘までされるとは光栄である。

「さくあさん。ちょっかいを出すなと言ったところでしょう」

「いえいえ、これは本気の勧誘ですわ。フミ様は、とても良いB型兵装使いになれますから」

 しおりは一瞬、さくあの言っている意味が分からなかった。――B型兵装。リリィ殺しの悪魔の兵器――その内容を理解した瞬間、しおりはチャームを手に立ち上がった。

「しおりさん……!」

「堪忍袋の緒が切れました。この人はここで抹殺しておくべき人間です」

 しおりは完全に目が据わっていた。

「あの、落ち着きましょう」

「言っても良いことと悪いことがあるでしょう? 善悪判断、その分別(ふんべつ)の付かぬリリィなどヒュージ同然。ここで討ち取ってやります」

「ダメですって……」

「止めないでください、フミさんのしていることは利敵行為ですよ?」

 むしろフミにチャームを向けつつ、しおりは言い放った。

 何ででしょう、仲裁に入った私まで切り伏せられそうな勢いなんですけど……。

「いえあの、ここ、私の自室ですから……」

 その言葉に、しおりはピタリと止まった。そして渋々、本当に渋々といった様子で、腰を落ち着けた。

 B型兵装。それは一種のタブーだった。強力な攻撃力を得られる追加装備。――ラージ級を単独討伐くらい――――無理ですって!――

 できる。本当はできるのだ。

 その代償として、高い死亡率を甘受するのなら。

 それはデュエル年代の負の遺産だった。あまりに多くの血が流れすぎた。現在、百合ヶ丘でB型兵装は禁忌指定がされている。

 ノインヴェルト戦術が一世を風靡(ふうび)する現在、その重要性は相対的に下がっている。それでもなお、AZ(前衛)のリリィを中心に、最後の切り札として忍ばせるリリィが後を絶たない。その攻撃力はそれ程に魅力的なのだった。

「二度とその名前を出さないでください」

 しおりのその声は、怒気が含まれていない代わり、絶対零度の冷たさでフミの肝を冷やした。

 そしてさくあは変わらず笑っていた。

 ……ただし、こればかりはフミも、反応に困るのだった。正直言って、フミはB型兵装のことがピンと来ていなかった。

 ヒバリが言外に言っているのが『それ』だと気付いたし、デメリットが大きい代わりに強力な装備ということも当然、知っていた。しかし現在はそれを使いこなさずともノインヴェルトがある。フミは特段それに魅力を感じなかった。

 他人の使用についても、常用するのはどうかと思うが、最後の切り札として忍ばせておくことまで否定しようと思わない。

 しおりの過剰とも取れる反応に面を食らってしまう、というがフミの本音だった。

 恐らく、ここまで反応をしているのは、過去の記憶ゆえだろうとフミは思った。

 デュエル年代は、現在の3年生までのリリィだ。この世代までは、リリィの死傷者が比べ物にならないくらい多かった。B型兵装はその悪の象徴だ。

 きっと、フミには分からないような別離を経験してきたのだろうと思う。そして、その別離の経験がないフミに、しおりの拒否反応が理解できないのは、残念ながら当然とも言えた。

「フミさんも、B型兵装に手を出したら貴女をヒュージと見做し討伐しますから、そのおつもりで」

 使いませんよ、そんなもの……。

 しかしそう易々と口にできない、口に出すべきでない。フミは何度も頷くので精一杯だった。……逆に、それについて易々と言及したさくあのことを尊敬……はしないが、称賛……もできないが、何と言うか、やはり普通でないと思うのだった。

「フミさん。念を押しておきますが、さくあさんのようにタブーを踏み抜く人間にはならないでくださいね」

「甲州撤退戦について尋ねたりでございますか?」

 しおりは、苦い顔をした。フミは、入学早々、先輩方に甲州撤退戦についてずばずば質問をしていた。しおりは、それも正直、タブーに踏み込んだ所業だと思っていた。

「さくあさん、その件については止めておきましょう」

「そうですね。川添美鈴様が亡くなられた戦いですから」

 しおりは、不意に怒りを爆発させた。

「あの女について話すのはお止めください!」

 あの女って……。

 しおりも、言ってから失言に気付き、咳払いした。そしてニッコリ笑う。

「あの『御方(おかた)』と私は申し上げましたよ。興奮の余り、口先が回っていなかったとしたら大変失礼いたしました」

 すごい言い訳を聞いた。

 ……何でしょう、しおりさんは美鈴様と面識があるのでしょうか? と考えて、聞くまでもなく、しおりのシュッツエンゲルは聖様(元・初代アールヴヘイム)であることに思い至った。聖様経由で美鈴様(初代アールヴヘイム)に面識があってもおかしくはない。

 しかし、しおりにとって美鈴様は印象がよろしくないようだ。まぁ、後輩のユユ様、聖様たちを置いて逝ってしまった形であるから、ある意味、褒められた最期ではなかったのかもしれない。少なくとも聖様は大変悲しまれたと想像できるし、その姿を見ているしおりにとって、その原因たる美鈴様の印象はあまり良くないのかもしれなかった。

「……すみません、ちょっと頭を冷やしてまいります」

 しおりは、少し疲れた様子で休憩を宣言した。

「あら、それでは私はフミ様と」「貴女も頭を冷やすんです!」

 さくあはずるずると引きずられ、「あーれー私の貞操の危機ですわー」とかなんとかぬかしていた。そりゃまぁ、こんな人間と一緒にいて疲れない訳がない。

 しかし、よくもまぁ、タブーというか地雷をいくつも踏み抜けるものだった。そんなさくあのことを尊敬、はしないが……。

 …………? 

 ……待ってください、本当に尊敬できないのでしょうか?

 フミは、何か重要なことに触れているような気がした。

 新聞記者にとって、聞きにくいことを聞くことは仕事である。フミは職業記者ではないが、執筆にあたって責任と誇りを持っているつもりだ。

 そうであればこそ、タブーだからと腫物を触れるような扱いでいいのだろうか。

 B型兵装もそうだ。この兵器に強く反対するリリィがいる一方、正式な解禁を求めるリリィも多い。B型兵装が奪った命がある一方、それに救われた命もある。そういった議論を飛ばして『タブーだから』で全てに蓋をすることは、果たして正しいことなのだろうか。有効に活用すれば、きっとリリィの死亡率を更に下げることもできる。

 甲州撤退戦の話もそうだ。4月冒頭、何人かの先輩に聞いて、そこで取材を諦めてしまった。そして結果的に、美鈴様のことについて知る機会を(いっ)してしまった。

 そうだ、美鈴様はどんな人間だったのか、これを尋ねるのも『タブー』だ。死んだ人間について語ることは『タブー』だからだ。

 ……このことについては、フミには苦い経験がある。墓に入った先人たちの活躍を、少しでも知れないものかと、ある先輩の名前を先生に尋ねたことがある。先生は資料を探しに退出し、戻ってきた時は、目元が赤くなっていた。

 相手を傷付けた。その経験は、痛恨の記憶としてフミの脳裏に刻まれている。

 ……しかし、さくあはそれをものともしなかった。その結果、しおりから美鈴様の情報を引き出すことに成功した。

 もちろん、人を傷付けるやり方は褒められたものでない。しかし、フミはそれを過剰に恐れていたのではないか? B型兵装に顔色を変えたしおりのように、フミもまたタブーに過剰反応していたのではないか?

 ……自分は、相手を傷付けることではなく、むしろ自分が傷付くことを恐れていたのではないか?

 きっと、これからのリリィにはフラットな議論が求められる。きっと、B型兵装についても語るべきことはあり、美鈴様や甲州撤退戦についても、全てが全て忌まわしい記憶ではない。そしてそれに踏み込むのはきっと、――いえ、絶対に!――新聞記者たる自分の役割だ。

――念を押しておきますが、さくあさんのようにタブーを踏み抜く人間にはならないでくださいね――

 2人が戻ってくる頃には、しおりの忠告は、完全にフミの頭から抜けてしまっていた。

 

-2-

 

 しおりは、さくあにほとほと呆れていた。

 しおりとさくあは幼稚舎からの付き合いだ。ただ、当時はそれなりの関係で、仲良くなったのは『事件』があって百合ヶ丘に帰ってきてからだ。

 当時、しおりは荒れており、誰もしおりのことに触れることができなかった。しおりの存在自体が『タブー』だったのだ。

 そんなしおりに物怖じせず話しかけられたのは、タブーに拘らない、むしろ嬉々として踏み込んでいく人間、同級生ではさくあ(くらい)なものだった。しかしそこには、確かに優しさがあるのだと、しおりは思っていた。

――ええ!? 俯瞰視野を使われていなかったんですか!?――

「はい! どうせ手前側の個室に入っただろうと、適当に身体を向けただけでございますわ」

「へぇ……確かに完全に騙されました……そうだとするとこの世の理(回避)とか縮地(高速移動)辺りのバリバリ戦闘系とか、ユーバーザイン(隠密)などのスパイ系スキルを警戒するべきでしたね……いえ、結果的に『レジスタ』でしたから、嘘だと判断しても安易にレアスキルの判断に組み込むのは……あー、難しいですね……」

「ふふっ。フミ様、口八丁に騙されてはいけませんわ」

 これは先程、フミの部屋で()わされた会話である。フミは目を輝かせて、さくあと感想戦をしていた。

「もしチャームを持っていたら、最初の不意打ちで窓に走るのが最適解ですかね?」

「あの不意打ちはドキドキしてしまいましたわっ。ただ、チャームを構えてございましたら、あの距離でお喋りなどいたしませんわ」

「あー、まぁ、下手すればチャームが触れ合う距離ですからね……いえ、そもそも、チャームを持っていれば適当に発砲すれば異変に気付き……いえ、あの距離でそんな悠長無理ですし……あっ、ということは最後別に大声出さなくても……いやあれはしおりさんが気付いたので正解でしたか……。さくあさん的にはどうです? 私の動きで不可解なものはありましたか?」

 どうです? じゃありませんよ……。

 しおりは、非常に不安だった。チャームを持たない自分を殴り飛ばした相手のことを、どうして尊敬のまなざしで見られるのだろうか。

 そもそも、さくあは本当に俯瞰視野を使わなかったのだろうか。

――……いえ。まぁ、この人は変なところで公平ですからね――

 チャームを持たないフミに対して、ある種のハンデを課していた可能性は十分考えられる。現場にあった壊れた傘も、破れた帽子も、手加減していたことを示唆していた。

 しかし、あくまでそれはしおり視点の判断であり、フミはそこまで深く考えていたように見えない。無防備に、さくあの言葉を妄信しているように思えた。

 心配なのは、疑いを知らないその目だ。あれほど騙された直後に、どうしてさくあの言葉を信じることができるのか。どうして純粋なまなざしで見られるのだろうか。

 フミは自覚していなかったが、リリ同様、フミもまた純粋な人間だった。

 純粋というより……。言いたくないが、『狂人』という表現はあながち外れていなかった。恐怖を知らない、危機感が欠如している。

――いや~さくあさんってすごいんですね! 目線が違います! 俯瞰視野じゃないですけど、常に高みから見下ろすようなお考えは圧巻です! それに心理戦が抜群にお上手です~! 情報も戦いなんです、今日の一件でよく分かりました!――

 さくあに懐くその様は、どこか偽の新興宗教に嵌った人間を想起させる。しかし、笛の音に付いていったネズミは漏れなく川に落とされるのだ。この人間に付いていって碌なことにならないと知るべきだ。

「フミさんは自分の立場が分かっていないのですよ……。B型兵装の件もそうです」

 しおりは今日何度目か分からないため息を吐いた。

「フミ様はしおり様が激昂された理由を理解されておりませんからねぇ」

 そして小さく呟く。『破滅的』。

「素晴らしい響きでございます」

 さくあは、フミの危機感に疎い精神性にご満悦だった。

 フミは、見え見えの逃走の偽装、ハッタリに反応してしまう素直さなど、経験不足が否めない。恐らくフミが自覚しているこの弱点、しかしその点について、さくあは『可愛らしい』程度にしか思っていなかった。

 一方、最初の不意打ちで見せた『読み』は素晴らしかった。素晴らしく愚かである。根拠のない読みに確信を持つなど、自ら死にに行くのと何ら変わりない。

 そして無策で突っ込み、自分の生死より当事者欲求を優先してしまうその精神性。最期の言葉を聞いて確信した。

 『破滅的』。

「自分の決断に身を預ける度量は中々のものでございます。そして、無策で私に勝つつもりだった愚かしさ。間違いなく早死にしますわっ」

 さくあは嬉々として笑い、さくあは憮然とした。

 図らずも、しおりとさくあは同じ結論に至っていた。このままでは遠からず死ぬ。最前線で戦うにはあまりにも無鉄砲すぎる。

「フミさんは私が指導いたします。さくあさんは手を出さないでください」

 しおりはもう一度釘を刺した。

「あら。私、手を出したつもりはございませんわ」

「嘘はお止めください。あんな恰好をしていたということは、(はな)からフミさんを試すおつもりだったのでしょう?」

 さくあはただ小さく笑った。

「フミさんを煽るような真似はお止めください」

「でも、見たくありませんか?」

――フミ様が破滅するところ――

 しおりは眩暈がした。

 この人は時に信じられないほどに品格を失う。しかしそこには、確かに優しさがあるのだと、しおりは思っていた。今まではそう思っていた。

 そして今もその気持ちは変わらない。

「……そんな見え透いた言葉ではもう反応いたしません」

「あら?」

「そうならないよう、ご指導をされたんでしょう? 本当は心配だから関わった。フミさんに警告するためにあえて暴力的な手段を取った。私は信じてますよ。さくちゃんは、本当は他人思いの優しい女の子だって」

 しおりの言葉に、さくあはにっこりと笑った。

「仰る通りですわ! しおり様がフミ様のお腹にご指導されたのと同じ優しさですわっ」

 しおりはため息を吐いた。

 ……やはり、この女(さくちゃん)は信用できない人間なのだった。




 さくあさんの性格・話し口調は全て想像です。今のところ殆ど情報が出てきていないので、『皆が語りたがらない』⇒『タブーに踏み込むアンタッチャブルな存在』といった連想から着想を得ました。
 最凶呼ばわりしているのはちょっと申し訳ないですが。
 また、不愉快に思われるさくあさんファンが居たら申し訳ないです。(個人的には好きなのですけど……)
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