アサルトリリィ BOUQUET  ~if~   作:クロスカウンター

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第4-10話 vsインタビュー・フミ

 リリィ界に様々なタブーがあることは知っていた。B型兵装、甲州撤退戦、亡くなったリリィ……思い出したくない過去。

 その境界に遊び半分で踏み入るべきでない。しかし、誰かが踏み入らないと変わらない。

 そして目下、フミが気にしているのは……。

「オマエ、私を便利屋かなんかと勘違いしてねぇですか?」

 前回と同じ、カフェの奥。あまり人が通らない、密談・取材にはぴったりの場所。強化リリィのルイセ・インゲルスは、フミの呼び出しに不満をぶつけた。

 こう見えてルイセはSSSレギオンの主力メンバーであり、5月は外征に出かけていた。帰ってしばらくは休養期間があるものの、次の遠征は既に決まっており、用もなくカフェでお茶するほど暇ではないのだ。

 ……まぁ、それでも話に付き合っているということは、一応フミをそれなりの友人と認めているのだった。

「それで一体何の用でしょう? 遠征の取材ですか? 何にしても手短にお願いしますよ」

 気怠(けだる)げに片肘をついて、完全にオフモードのルイセ。

「実は強化リリィの過去について記事に」

 強い振動と音が響き、フミは言葉を止めた。ルイセは、机を殴りつけていた。

「テメェ、ふざけたことぬかしてんじゃねぇですよ……?」

 漏れ出たマギがフミまで届く。剥き出しの敵意がルイセの瞳に浮かぶ。

 強化リリィの過去。実験、投薬、副作用、痛み、苦しみ、トラウマ。それは現在進行形のタブーだ。強化リリィの『過去』について尋ねるなど、まして記事にするなど、許しがたい暴挙だった。

 しかし、フミはひるまず口を開く。

「ふざけていません。本気です」

「私らがどれだけ苦しんだか知ってんですか!?」

「知りません」

 あまりにさらりと答えたので、ルイセは一瞬言葉を失った。その隙に、フミは身体を乗り出した。

「知らないから聞きたいんです。皆さんに思い出したくない過去があることは知っています。その苦しみは、私が安易に立ち入るべきではありません……。しかし、本当に語ることは一つもないのでしょうか? 仲の良かった人はいませんでしたか? ゲヘナを出て取り戻せたものもあるのではないですか? 強化リリィの過去と言っても、全部が全部、嫌な記憶ではない筈です。私は、そういったことを記事にできないかと考えたんです」

 フミの真剣な顔に、ルイセは逡巡(しゅんじゅん)した。

「何で私なんですか……?」

「強化リリィの(かた)で、一番仲の良いのがルイセさんなので……」

「じゃあ私じゃなくて良かったんですか?」

「まぁ、そうですね」

 フミの涼しい顔に、ルイセは怒るべきか呆れるべきか悩んだ。

 そしてため息を吐き、椅子にもたれる。

「やっぱり便利屋感覚じゃねぇですか……」

「いや、冗談ですよ……」

 それは随分と気安くなったものだった。

「それに、今日はルイセさんのことを記事にしに来た訳でなく、そもそも、『強化リリィを記事にすること』の是非を伺いに来たと申しますか……」

 ……話を聞くと、どうも今すぐ記事を作ったり取材を進めたりするつもりはないようだ。

 むしろ、そういうことをしていいか当事者の意見を聞いている段階で、今日はいわば『プレ取材』のようなものらしかった。

「それは私が(はや)ったようですね……」

「いえ、私も言葉が足りず申し訳ありません……」

 そう言って律儀に頭を下げるフミを見ながら、ルイセは苦い顔をした。

――それにしても、強化リリィですか――

 大抵の人間はそのことを話題にしない。話題にしても、ルイセの反応を見てすぐに話題を変える。ルイセの怒りを受けてなお、その話題を持ち出す人間はフミが初めてだった。

「まぁ、雑談程度なら付き合いますが……もしかして、タヅサの奴を狙ってやがるんですか?」

 タヅサは一匹狼の強化リリィで、6月に入ろうというのにフリーで活動している珍しいリリィだ。まともな手段でレギオンメンバーを探そうとしたら、あとは一匹狼のリリィくらいしか残っていない。

 ルイセとしては、わざわざ強化リリィを話題にするとしたらそれくらいしか理由が思い付かなかった。

「いえ、別にそういう訳では……まぁ、間接的に命を救われたのでお礼は言いたいですが」

「なんですか? 貰ったペンダントが凶弾を防いだんですか?」

 ……実は当たらずとも遠からずで、さくあと戦った時に飛ばしたハンカチは連休の一件でタヅサから貰った猫柄のハンカチなのだった。

 さくあとの手合わせでかなりよれてしまったが、それ以来お気に入りのハンカチで、お守り代わりに懐に忍ばせるようにしている。

「まぁ、アイツは私が話しかけても無視しやがりますからね。袖にされても気にしねぇでくださいよ」

 袖にされるどころか、連休の一件(主に写真の使い方)が禍根を残しているようで、出会う度にじっと視線を向けられる。クラスメイトとは徐々に和解しているような気がするのだが、フミとは距離感を感じる。

 自業自得ともいう。

「そういえば、強化リリィ同士の繋がりってどうなんですか? ロスヴァイセじゃありませんが、それなりに絆みたいなものはあるんですか?」

 フミはそれとなく話題を変えた。

 ロスヴァイセは全員が強化リリィの特殊なレギオンだ。その結成経緯や特異な役割から、独特の連帯感のようなものがあるらしい。

 フミとしては比較的話しやすい話題だと思ったのだが、ルイセの表情はあまり(かんば)しくなかった。

「ロスヴァイセですか……私はあまり……いえ、大きな声では言えませんけど、強化リリィ同士の狭いコミュニティで傷を舐め合うのには反対ですね。そんなつもりはねぇかもしれませんが、いつまで過去に固執してやがんですかって思いますよ」

 フミは驚いた。確かにロスヴァイセにはお堅い人物が多く、クラスメイトのよしみでインタビューを申し込んでもそれとなく断られてしまう。その閉鎖性に思うところはあったが、同じ強化リリィのルイセが辛口で批判するとは思わなかったのだ。

 一方、ルイセは言った後、自分自身の言葉に顔をしかめた。黒川・ナディ・絆奈。一緒にサングリーズルに加入した強化リリィ。

 傷を舐め合ってるのも、過去に固執しているのも、自分も何も変わらない。

「気が滅入(めい)ってきますね……」

 ルイセはため息を吐いた。強化リリィの話題など、強化リリィ内でも微妙にタブーだった。大ぴらに話すことは、思いのほか精神に負担がかかる。

「今日はもう止めておきましょうか?」

「いや、いいですよ。遠征の準備が始まったら時間なんて取れねぇですし。それに、オマエもそのつもりで来たんでしょう?」

 フミは微妙な表情をした。

 ルイセがタブーを語ることに葛藤があるように、フミもまた、タブーに踏み込むことに葛藤があるのかもしれない。

 自分から踏み込んだくせして。まぁ、そういうところが妙に憎めない奴なんですが。

「まぁ何にしても、強化リリィの件に踏み込むのはおススメしねぇですよ」

 トラウマ、怨嗟、復讐、憤り。碌な感情が飛び出してこない。

「どんな良いことがあっても、結局、持ち上げて叩き落されるだけなんですよ。……私は、その間の記憶を全部消して、真っ新(まっさら)に生きてぇくらいですよ。オマエにも、消したい過去の一つくらいあるでしょう?」

 何気ない問いかけに、フミは、そうですね~と曖昧な笑みを浮かべた。

 ルイセはおやっと思った。この反応は……何かある。

「何ですか? 人に聞いといて、オマエも言えねぇ過去があるんじゃないですか」

「いえ、そんな……」

 そしてルイセは、フミの過去について殆ど知らないことに気付いた。フミは土足で他人に踏み込む癖して、逆に、他人に踏み込まれることはあまりないらしい。

 ルイセはニヤリと笑った。往々にして、攻めるのが得意な人間は、いざ自分が攻め込まれると困窮するものだ。

「そういえば、オマエはリリィ校出身じゃなかったですよね。『外』ってどんな感じなんです? 普通の学校でリリィの扱いってどうなんですか?」

 勘所はそこだろうと、ルイセは無遠慮に聞いてしまった。結果、フミは、表情を消した。

 タブーだ。ルイセは直感した。

「あの。急に色々聞いてごめんなさい」

 ……そんな気はしていた。しかし、冗談半分で踏み込むべきでなかった。

 姿勢を改め、ルイセは深く頭を下げた。

「え? いえ別に謝ることじゃ……」

 

「オマエ、外で(いじ)められてたんですね……」

 

 フミは、いやだからいいですって……と言いかけて。

 はい? いじめ?

「百合ヶ丘で上手くやれてます? 困りごととかありませんか?」

 ルイセは急に優しくフミに親身になり始めた。その瞳は、傷付いた小鳥を抱える優しい少女のようで、祈りをささげる無垢な乙女のようで……。

「って! 違いますよ!! なにを……ちょっと! 可哀そうな人を見る目を止めてください!!」

 なおも生暖かい視線を送るルイセに、フミは声高らかに抗議した。

 

-2-

 

「花瓶を割った、ちょっとしたトラウマを思い出しただけですよ……!」

 本当にそれだけですかねぇ? とルイセは穿(うが)ったが、「それだけです!」と強弁するので、これ以上の追及は止めておいた。

 代わりにちょっとした提案をしてみた。

「折角ですから、フミの過去を教えてくださいよ」

「何でです?」「人の過去を聞くつもりなら自分の過去くらい語ってくださいよ」「聞いてどうするんですか」「だってオマエの過去なんて誰も知らないじゃないですか」「私の過去なんて面白くもなんともないですよ?」

「そんなの分からないですよ。分からないから聞きたいんじゃないですか」

 ルイセの逆襲に、フミは悔しそうに押し黙った。

「まぁ、オマエの話を聞いたら私だって口が緩むかもしれません」

「本当ですかぁ?」

 ……まぁしかし、確かに人に聞いておいて自分が言わないのも不公平かもしれなかった。

 そういう訳で、フミは僭越(せんえつ)ながら、自分の生まれ育ちを語ることとなった。

――えー、ごほん。私、二川二水が生まれたのは、鎌倉府の……――

「あ、細かい地理は詳しくねぇので飛ばしていいですよ」

 いきなり出鼻をくじかれた。

「……話の枕ですよ。とりあえず聞くのがマナーじゃないですか?」「いえ、私日本に来てみじけぇですから?」「いつ来たんです?」「あー強化リリィですからーその質問はちょっとー」「あの、ツッコミにくいので、都合の良い強化リリィは止めてもらえますかね……?」

 ちゃんと後で話してもらいますからね……! そう思いつつ、フミは紹介に戻った。

――私は二川家の第三子として生を受けます――

 フミは、二川家の長女として生を受けた。男、男と続いた中の初の女子(おなご)で、両親、特に父が非常にフミを可愛いがった。

 小学校の運動会の時、滅茶苦茶大声でフミを呼ぶので、フミはかなり恥ずかしかった記憶がある。(なお、その場にいたはずの兄は一切名前を呼ばれなかった)

「ちなみに、生まれてすぐにリリィと判明して、皆驚いたそうです。ウチの家系でリリィなんて今までいなかったですから」

「まぁ、リリィは遺伝するとも遺伝しないとも、よく分からねぇですからね」

 いずれにしても、二川家にとってフミのことは寝耳に水だった。

「ただ、父は元々リリィオタクだったので、大変喜ばれたとか」

 そして父の影響でリリィオタクのケがあった兄たちも、特に興味はなかった母も、フミの誕生以来、筋金入りのリリィオタクへとジョブチェンジしている。

 なお、現在の両親の推しは天野天葉(ソラハ)様(アールヴヘイム)である。そりゃ間違いなく世界レベルのスターリリィではあるし、フミもただならぬ憧憬の念を抱いているが……しかし、リリィオタクが推すリリィとしては、ちょっとミーハーっぽくてフミは嫌だった。年季が入ったリリィオタクの癖に、どうしてそのチョイスなのか。フミとしてはもう少し渋い、いぶし銀的なリリィ、アールヴヘイムで言えば副官ポジションの(アカネ)様のようなリリィが好みだ。

 両親からはソラハ様のサインを頼まれていたが、外征直前のため取材は断られていた。

「これは私まで安いリリィオタと見られずに済んで、むしろ良かったと言うべきかもしれませんね……!」

「いえ、オマエん()のオタク事情はどうでもいいんですが……」

 まぁ、この微妙なポジショントークのせめぎあいが、まさしくリリィオタクがリリオタクたる所以ではある。フミも、生粋のリリィオタクなのであった。

「でも、家族ぐるみでリリィオタクなおかげで、幼稚園、小学校と、そこかしこのセレクションに参加できたんですよね~。それには感謝しています」

「本当に筋金入りですね……。って言いますか、早い段階からスキラー数値は50だったんですか」

 基本的にガーデンの受験資格は『スキラー数値50以上』である。フミは幼稚園入学の頃からギリギリ50で、この基準は満たしていた。

 ただし、百合ヶ丘などの世界レベルの名門校にスキラー数値50で受かるのはほぼほぼ不可能であり、完全に(主に両親が生のリリィを見るための)冷やかし受験であった。

 これが初等部受験の頃になると、フミもそれなりに自我というものが芽生えていた。そして自分の意志でもって、各地で(主に生のリリィを見るための)冷やかし受験をするのであった。

「ここで一つ外せない話を……! 百合ヶ丘には多分、初等部のセレクションから参加したんですけど、何とそこで! 私は運命の出会いを果たしたのです……!」

 それはフミのオタ話の鉄板ネタだった。フミの心のアイドル、他とは別枠の『推しリリィ』、その名前は……!

「ああ、亜羅椰(アラヤ)の奴ですか」

 ……その話は、あまりに鉄板過ぎてクラスメイトには割と広まっていた。

 再び出鼻をくじかれて、フミは、「…………」無言でむくれていた。

「いや、ごめんですって……」

「…………」

「あの……」

「…………」

「えっと、誰と会ったんです?」

「実はなんと! 現アールヴヘイムのAZ! リリィ会の獅子! フェイズトランセンデンスを既にS級まで極めた超天才!! 遠藤アラヤさんとお話ししたんですよ~!」

 めんどくせえ奴ですね……。

 げんなりとするルイセを無視して、フミは瞳を輝かせた。

「私は卑しくもアラヤさんに言葉を投げかけました、『受からないと思いますけど、すごい皆さんに会いたくて来ました』と。すると聖人の如きアラヤさんは、こうお答えになられました。『そうなの? でも、一緒の場所で戦えた方がもっと楽しいでしょう?』……おっしゃる通りですね……私、感激して『もちろんです』と答えました。話はそこで終わったかと思ったのですが、何と、アラヤさんはマリアの如き優しさをお見せになり、私なんかにアドバイスを賜ったのです……! 『全能力満遍ない退屈なリリィより、何か得意なことに的を絞った極端な能力のリリィの方が絶対面白い、アナタはそうした方がいいわよ♪』……何と素晴らしい御言葉(みことば)でしょうか……! 私、一言一句、五臓六腑に染み渡らせて、今、ここに立っているんです! 今の私があるのはアラヤさんのおかげなんですよ~。心の師匠……というのはおこがましいですけど……恩人、大恩(だいおん)ある御方として、そのご活躍を一生追い続けると決意したのです!」

 話が(なげ)ぇんですよ……。

 オタクというものは、どうして語り始めると止まらないのだろうか。というか、『アラヤに会ってアドバイスを貰った』で済む話を、どうしてこう長々と嬉々として喋れるのだろうか。

 加えて、初等部入試という時期(当時6歳)を考えると、内容に脚色が入っている気もする。

「つかストーカー宣言じゃねぇですか」

「リリィは税金も投入される公の存在ですよ! その活躍を見守り応援するのは国民の義務です!」

 労働、納税、教育、アラヤの活躍を見守り応援する←new

「んな訳ねぇでしょう!」

 コイツ、アラヤの誕生日(4/25)に一人ケーキとかつついてないですよね……?(※してる)

 というか、リリィオタクにとって推しの誕生日を祝うのは割と一般的で、二川家ではソラハ様の誕生日(10/27)にはハッピーバースデーの歌とケーキをつついている。

 当人に(とつ)(突撃)しないだけ良心的だ! というのが本人の(げん)であるが、同じ学院のリリィなのだから大ぴらに祝う方が健全ではなかろうか。少なくとも、一人暗い部屋で闇の儀式じみたことをするよりかは、いくらかマシである。

 まぁ、今年は当人が遠征に行っていたので仕方ないのだが。

「でも、百合ヶ丘に合格できたのは本当にアラヤさんのおかげなんですよ~。『極端なリリィになれ』。その言葉を心に刻んで、ひたすら自分の強みを伸ばし続けた成果ですから。多分、アラヤさんは覚えていないと思いますけど……」

 フミはちょっと寂しそうな顔をした。アラヤには入学式でニアピンし、クラス発表の場、廊下、浴場などで度々会っているが、その際に特別声を掛けられたことはなかった。

 多分、覚えていない。そりゃ初等部入試(当時6歳)で、木っ端(こっぱ)リリィだったフミのことなど覚えている筈もない。こちらから声を掛けようかとも思ったが、自重した。それは例えるなら、『私、デビューコンサートの最前列にいて、その後の握手会にも一番に行ったんですよ! 覚えてませんか?』とアイドルに話しかけに行く迷惑なファンのようなものだ。

 ウザイですよね、昔の話なんて持ち出されても……。

 決して迷惑を掛けてはならない、リリィオタクとは常に一歩引く存在なのだと。フミはリリィオタクとしての矜持をそこに見出しているのだ。

 まぁ、傍から見ると、遠慮せずに話しかけたらいいんじゃねぇですかね? と思うのだが、それがリリィオタクの生き様らしかった。

 ……などと考えている時、ふとあることがルイセの頭をよぎった。

「まさかと思いますが……オマエ、アラヤを追ってここまで来たんですか……?」

 ルイセは身体を少し引きながら尋ねた。

 フミは取材に命を懸けているような人間だ。目的の1割……5割程度……いや本当に主な目的が『アラヤに会うこと』でもおかしくない。

 コイツならガチであり得る。『そうですよ~』と言われたら関係性を再考しなくちゃならねぇですね……。

「ち、違いますよ! そんなリリさんみたいな……」

「本当ですか……?」

 あまり信用ならなかった。

 しかしルイセの軽いノリに反し、フミは浮かない顔をした。

「……正直、記念受験だったんですよ。他のガーデンも受けていませんでした。普通に、一般の高校に入って、ただのリリィオタクとして……まぁ、できればリリィに関わる仕事、ワールドリリィグラフィティ(リリィ情報誌)の記者になりたいとは思っていましたけど……リリィになる夢は、百合ヶ丘にスッキリ落とされて、スッキリ諦めるつもりだったんです」

「オイオイ。随分悲しいことを言いますね」

 確かに、百合ヶ丘の合格ラインはかなり高い。スキラー数値で言っても平均80強。スキラー数値50のフミやリリが合格できたのは、本当に奇跡的なことだった。

「でも、本当に受かって良かったのか、不安になることもあるんですよ。皆さんとレベルの違いを実感する度に……。私なんかがリリさんの隣にいていいのかと」

 意外な告白に、ルイセはポカンとした。

「リリですか? 私はそんなに凄い奴とは思いませんけど……」

「何言ってるんですか! 間違いなく天才ですよ……! リリさんは……。オーラがあるんですよ。一流リリィが(まと)っているあれです。ユユ様の傍にいてぴたりと嵌るんです。まるで(しつら)えたかのように……。リリさんは、絶対に大成する(かた)ですよ」

 フミは本格的に落ち込み始め、ルイセは焦った。

「オマエだってユユ様のレギオンにいるじゃないですか」

「数合わせですよ……本当は私なんて入るべきじゃないんです……」

 フミの落ち込みように、ルイセは悩んだ。あまり落ち込みすぎるのは良くない。ただ、フミは空気を読むタイプであり、内心を吐露する機会はきっと多くない。

 往々にして、聞き手というのは、話し手になるのが苦手なのだった。

「悩みがあるなら聞きますよ」

 フミはため息を吐いた。

「……止めましょう、愚痴なんて言いたくありません」

「いいじゃねぇですか。レギオンの仲間には言えねぇことでしょう」

「いいですって、別に悩みもないですよ」

「リリの何が不安なんです?」

 リリさん……。別にそんな……だって……。

 フミは、視線を手元まで下げた。

「…………だって、私って、小学生から一応チャームを手にしていたんですよ? リリさんなんてこの前、初めてチャームを握ったのに、もう私よりお上手です。勉強もリリさんに負けて、行動力もすごくて、戦術だってきっとすぐに……」

 こんなこと、口にするつもりはなかったのに。一度言い始めると、止めどなく言葉が溢れてくる。

「皆さん、リリさんがお好きなんですよ。ユユ様だって楓さんだって、あんなにツンツンされていたのに、見る間に仲良くされるようになって……。入学初日に楓さんと仲良くなって、入学2日でユユ様とシュッツエンゲルを結ばれて……アラヤさんにも見初められましたし……。きっとシェンリンさんたちが入ったのも、リリさんに感じるものがあったからです。オーラがあるんですよ……。大成する人間特有の空気です……。私のような凡人では足手まといにしかなりません……」

 つらつらと言葉を吐き出すフミに、ルイセは軽く息を吐いた。

 そんなに溜まっていやがったんですか……。ユユ様……はともかく、シェンリンや楓の奴は何をしてんですか……。

 メンバーのフォローはリーダーや司令塔の役割だ。リリたちのレギオン(仮)の場合、リーダーはリリだろうが、まだ初心者なので実質的にユユ様。司令塔は楓かシェンリン、あるいはその両方だった。

「下手な慰めはしませんがね、事実として、フミとリリの力量は同程度に思えますよ」

 4月時点ではあるが、両者に大した力量差は見受けられなかった。そもそも初心者に力量もクソもないのだが……強いて言うなら、『2人とも初心者としてはなかなか悪くない動き』だった。

 しかし、フミは「下手な慰めですよ」と突っぱねた。

「ルイセさんは知らないんですよ。この1か月でリリさんがどれほど成長されたか……。同じ初心者と言っても、私はある程度訓練をしてきた身です。底が見えてるんです……。対して、リリさんは真っ新です。教わったことをすぐに吸収されます。実戦経験がない私を尻目に、リリさんは何度も出撃されて……差は開く一方ですよ……。何のために私はいるんでしょう……。ミリアムさんのような知識や技術もなく、戦術だって楓さんやシェンリンさんに及ぶべくもなく、ユージアさんのような万能さも、リリさんのような成長性もなく……。戦闘だってユユ様にボロ負けして、しおりさんにボコボコにされ、さくあさんにもボコボコにされ……」

「オイちょっと待て、オマエは水夕会の恨みでも買ってるんですか……?」

 流れるように喋りすぎて、フミは口が滑った。さくあの件は極秘事項である。

 暴力……隠ぺい……停学……この件は、割とシャレにならない……!

「あ! すみません、今のオフレコで!」

 フミは弾かれたように顔をあげ、ルイセは眉をひそめた。

「何ですか、水夕会の取材でさくあの不興でも買いましたか?」

「いや本当にシャレにならない件なので……! どうか詳細は伏せさせてください……」

 シャレにならないって、何をしでかしたんですかコイツは……。

 あのしおりが一緒ということは、控室に侵入して、遠征予定の資料でも漁ってやがりましたか……? いや、さくあはともかく、しおりがボコボコにって想像できねぇんですが……。

 しおりのタブーを踏み抜いた? いや、それならさくあは乗っからないでしょうし……でしたら2人のタブーを同時に……? 一体どんなネタを掴んだんです……?

 とりあえず『ただもんじゃねぇ』のは確かだとルイセは結論付けた。

「安心していいですよ。さくあに喧嘩を売るなんて、オマエもやっぱり普通じゃないですよ」

「まぁ、さくあさんにも狂人呼ばわりされましたけど……」

 本当に何しでかしたんですか……。

「つーかアイツこそ……いえ、止めておきましょう。どこに耳があるかわかったもんじゃねぇですよ」

 ルイセは辺りを(はば)るように視線を動かした。

 ……やっぱさくあさんってタブーなんですね……。さくあの情報がまるで集まらないその理由を目の当たりにし、なかなか興味深くはあった。

「て言いますか、しおりもさくあも、ユユ様も、楓も、シェンリンも、ユージアも……お前が挙げたのはワールドレベルのリリィですよ? 悔しいですが、私と比べても格上なくらいです。それに負けて自信喪失って、何言ってるかわかんねぇですよ」

 ルイセは慰めではなく、事実としてそれを口にした。

 そして言われてみると、それはその通りだった。

「それに、ウチの司令塔がオマエを見込んだのは確かなんですよ。成長性がない? だったらヒバリ様の目は節穴なんですか?」

「それは……」

 これもその通りだ。ヒバリは、入学当時のフミを見て声を掛けてくれた。フミには分からないが、ヒバリが自分のどこかに目を付けてくれたのは間違いなかった。

「そもそも、見込みのねぇ奴をセレクションで通すわけがねぇでしょう。あの鬼の教導官たちが、そんなぬるい奴らだとお思いですか?」

 それもまた間違いなかった。

 確かにそうだ。セレクションに合格した。防御訓練もやり遂げた、授業にも慣れて、小テストだって何とか乗り越えた。自分だって、少しずつ成長している。

 ネガティブを吐き出し気分が一巡すると、常の楽観性がフミに戻ってきた。そしてルイセの言葉通り、色々悩んでいたのがバカみたいに思えてくるのだった。

「ありがとうございます! ルイセさんってカウンセラーの才能がありますね……!」

「何がカウンセラーですか……ちゃんと悩みを相談できる相手を作ってくださいよ」

「え? だってルイセさんがいるじゃないですか」

 その純粋な眼差しに、ルイセは言葉に詰まった。

「……だから便利屋感覚じゃないですか」

 ルイセはため息を吐いた。

 ……なるほど、学内でリリの噂がよく巡っている理由が分かった。新人は危なっかしく、どこか手を差し伸べたくなるのだ。

 フミも同じだった。不安定で危うく、自分が助けてやらなくてはと思わされる。

 そしてその感覚は、そんなに悪くなかった。

「そういえば、水夕会が遠征を取りやめて新人の獲得を目指してる、っつー話じゃないですか。私んとこにはリリとオマエの名前が聞こえてるんですけど、何か心当たりがあったりしますか?」

 ルイセはそれとなく話題を変えた。

 なお、サングリーズルは遠征取りやめのとばっちりを受け、東奔西走(とうほんせいそう)させられる羽目になっている。まさか本当に2人を引き抜こうとしている訳ではないだろうが、話題としては上々だった。

「まぁ、噂は知ってますが……単にしおりさんに稽古を付けていただいているだけで……」

「は? しおりが稽古ですか?」

「はい。詳細は割愛しますが、以前ちょっとしたトラブルがありまして、そのお詫びということで」

 フミは何でもないように言っているが、ルイセにしたらとんでもないことだった。

 ……オマエ、しおりの稽古って、どんだけ値千金だと思ってるんですか……。

 ルイセも受けられるものならお金を払ってでも受けたいくらいだ。しかし、リリィの時間は黄金の如く貴重である。しおり程のリリィに稽古をつけてもらうなど、普通はどうやっても不可能だ。

 トラブルか何か知らないが、しおり程の使い手が、意味もなく初心者2人に稽古など付けるなどあり得ない。こうなってくると、『新人獲得』の噂が真実味を帯びてくる。

「マジでヘッドハンティングされたんじゃねぇですか?」

――フミ様は、とても良いB型兵装使いになれますから――

「まぁ、さくあさんからとても呑めないような条件なら提示されましたね……」

「何ですか、魂でも要求されましたか」

「はい、そんなところです」

 碌でもねぇ奴ですね、工藤さくあの奴は……。

「あと要求を呑んだらしおりさんに殺されます」

 とんでもねぇ奴ですね、六角しおりの奴は……。

 当人たちの与り知らぬところで、2人の評価が……上がったのやら下がったのやら。

「まぁ、どっちにしても、見込みのない奴に稽古をつけるほど酔狂じゃねぇでしょう。水夕会も目ぇつけてたんなら、俄然、オマエを引き込んでやりたくなりましたよ」

「いや、その場合でもしおりさんに殺されるので」

 一体どんな条件を提示されたんですか……。

「水夕会、マジで闇深(やみぶか)ですねぇ……」

「いや、それは風評ですって……」

「いやでも琶月(※水夕会の1年、ヤンデレ気味)とか美土莉(※水夕会の1年、しおりを狙っている)とか、魔窟すぎますよ。しおりと話しただけで因縁付けられますからね」

 まぁ、そうですね……とフミは言葉少なく答えた。

 ぶっちゃけ、フミやリリも2人から因縁が付けられたことがある。どうしたものかと思っていると、急に2人はその場を立ち去り、後ろからさくあが現れた。

 それ以降、絡まれることはなかったが……今思えば、さくあは一体どんな魔術を使ったのだろう。あれはあれで闇が深い気がするフミであった。

「まぁ、何にせよ、困りごとがあったら私に話してくださいよ」

「分かりました! トイレのトラブルがありましたらすぐに……」「だから便利屋じゃねぇですよ!」

 決め台詞っぽくなったそれを契機に、今日のインタビューは終了となった。

 

「今日はありがとうございました」

「いや、私もあまり顔が広くねぇですから。フミと話せてよかったですよ」

 そして空になったコップを手に立ち上がろうとしたその時、フミは思い出した。

「……って! ルイセさん! 私の過去ばっか話してルイセさんの話は全然じゃないですか!!」

「あれ、そうでしたかね?」

 ルイセはとぼけた。

「私の話を聞いたら口が緩むんじゃなかったんですか!」

「きっと今日は緩まない日だったんでしょうね」

 確かに、『緩むかもしれない』とは言っていたが、話すと明言した訳でない。しかしこの態度は、最初からフミの話を聞いて終わる腹に違いなかった。

「こ、この! あんぽんたん! 嘘吐き! リリィでなし!」

「いや、あんぽんたんって……」

 リリ直伝のかなり懐かしい悪口である。あまり効果はない。

「水夕会に悪口をリークしますよ」

「うわっ、ちょ、それマジ止めてください!」

 こちらは効果てきめん。というか、割とガチでルイセは嫌がった。

 ……やっぱり闇深いんですかね? 水夕会……。

 結局、時間の関係上、ルイセの話は次の機会となった。ただ、遠征や準備もあり、次の機会とは何か月先か分からない。

「それじゃ一つアドバイス。タヅサの奴は一匹狼ですけど、本当は寂しがり屋です。お前たちんとこなら脈ありだと思いますよ」

「本当ですか……?」

 また口先だけじゃないですよね……? フミは半信半疑だった。

「それより! 私の許可なく強化リリィの取材はしねぇでくださいよ」

 気付けば、強化リリィの件まで釘を刺されてしまった。

「まぁ、強化リリィ云々はしばらく寝かせますけど……。絶対に! ルイセさんの話を聞かせてくださいね!」

「はいはい、分かってますって」

 ルイセは左手をひらひらさせて去っていった。

 ……何だかうまいこと言いくるめられた気がするフミであった。




 原作で明言されていない部分は割と好きに書いております。例えば、フミに兄と弟がいることは明言されておりますが、その内訳は明言されていないので4人兄弟にしました。これは自分が4人兄弟だからってだけなのですが。
 アラヤさんと初等部セレクションで会っていること・会話の内容は原作通りです。アラヤさんがそれを覚えていないのはちょっと変えてあります。
 今回に限らず、こんな感じで創作部分と原作部分が混じっておりますので、その点、改めて注意喚起をさせていただく次第です。
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