アサルトリリィ BOUQUET  ~if~   作:クロスカウンター

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第4-11話 vsイメージ戦略その1

「タヅサさん、4時方向の……あ、もう少し下ですわ」

「……ん」 

 楓の指示に従い、銃身と視線を動かす。赤と白が交互に同心円状に並んだ、非常に分かりやすい『的』が視界に映る。微調整、トリガーを引く。

 轟音と共に銃弾が空間を引き裂き……そして、的の脇に抜けていった。外れ。

 タヅサは小さく息を吐く。近接戦は得意だが、射撃はどうも苦手だった。ファンタズム(未来視)を使えば当てられるのだが……。

「タヅサさん、こうですわ」

 見かねた楓が、銃の構え方を指南してくれる……のは良いのだけど。

「あの、……楓、さん」

 胸が、当たっている。とかは別に気にしないけど。その、ほとんど後ろから抱きしめられてて……。普通に、滅茶苦茶恥ずかしい……。

「タヅサさん、試験中ですよ。集中なさい」

 しかし、楓は全く気にした様子もなくテキパキと腕の位置や角度を修正している。その手際の良さにはタヅサも感嘆するが、やはり近い。近すぎる。

 リリといい、楓といい、百合ヶ丘の生徒は距離感が近い。女子校育ちだからか……? いや、リリは『外』からだったな……。……それじゃあどうしてだろう? リリといい、楓といい、フミといい、ミリアムといい……リリィってのはどうしてどいつもこいつも変人揃いなんだ……?

 タヅサは、自分を棚に上げてそんなことを思った。と、その時。

――来る――

「ん」

「了解ですわ」

 楓はチャームを取り、振り返る。その瞬間、パシュっという発射音と共に矢が飛んできた。

 発射に気付いて振り返ったのではない。発射を見越して振り返った。『ファンタズム』――いくつもの仮定の世界線を覗き把握する能力――タヅサのレアスキルである。これを防御に割り振っていた為に射撃では使えなかった。

 なお、覗いた世界やそれに至る条件などは、ある程度ならテレパスで周囲に伝えることができる。殆ど会話なしで楓と意思疎通できたのはこの力のおかげだった。

 楓はチャームを振るう。楓が離れた隙に、タヅサ的に狙いを定める。

 弓矢が真っ二つに切り裂かれたと同時、轟音と共に的が粉々に吹き飛んだ。

 電子音が響く。

『そこまで。タヅサさん、楓さん、お疲れ様です』

 こうして、2人は狙撃手としても観測手としても、良好な成績でもって6月の試験を終了した。

 

-2-

 

 百合ヶ丘(を含む殆どのガーデン)は高等課程と言っても、かなり自由度の高い履修制を採っている。一般の高校と違い中間テストという概念はなく、強いて言うなら6月に行われるこの実技試験がそれに相当する。

 それすらも、その4半期に任務に出たリリィは免除される。試験の目的が評価ではなく、実戦に向けた教導官からのアドバイスのようなものだからだ。

 ここに集まっているのは、レギオンに入っていないリリィか、加入・設立したばかりで碌に任務に就いていないリリィ、要は実戦経験の浅いリリィばかりだった。

 その中で、楓とタヅサは例外的な実力者だ。試験に来ていたリリィは、こぞって2人の様子を観察した。

「うわ~あの距離を2発ってすご……」

「見つけるの早すぎじゃん! 本当にレジスタの俯瞰視野? ズルしてない?」

 これはその中の新米リリィ。

「わっ、楓さん、撃たれる前に振り返ってたよ」

「ファンタズムの未来視・テレパス能力ですね~」

 これはその中のリリとフミ。こうして見ると完全にモブの一員である。

 ただ、モブの中では2人は際立って目立っている。その原因は2人の(まと)う空気……とかではなく、むしろ纏う服と言うか。

 ほつれた制服に、所々が泥に汚れた四肢。リリとフミは、少し前に教導官にボロボロにされたところだった。

「リリさん、フミさんも惜しかったね」「押してるように見えたけどねぇ」「センセーもやりすぎだって」

 とクラスも違うリリィから口々に励まされる程度にはボロ負けした。

――しかし、まさか狂乱の(しきみ)まで発動されるとは……――

 狂乱の閾とは、ルナティックトランサーのサブスキル(レアスキルに満たない同系の特殊能力)である。本家未満とはいえ凶悪な自己強化能力には違いなく、フミもリリも防御しきれず、軽々とすっ飛ばされてしまった。(というか、ルナティックトランサー共々、やはり指導で出すようなスキルではない)

 他の生徒が割と緩い指導的な手合わせ(※ユユ様のスパルタ基準)に見えたので、油断……とは言わないが、まぁ、そこまで出さないだろうと高を括っていた。

――……というか出さなくても負けてたんじゃないですかね……?――

 普通に、狂乱の閾なしでも最後は押し負けていた気がする。大立ち回りをしていたのに、手合わせ後に息一つ乱していなかった。

 途中までは調子が良かっただけに、単にこちら合わせてくれていたと分かると、脱力感もひとしおなのだった。

 ……もしかすると『調子に乗るな』という教導官からのお達しかもしれない。まぁ、この試験メンバー内でも飛びぬけて素人な2人であるからスパルタもやむなし……なのだろうか。

「そんな気落ちしないの! まさか、楓さんに怒られたりするの?」

「いや、あの人は『リリさん、お肌にお傷が付いないか、(わたくし)が身体の隅から隅まで調べて差し上げますわ!』とか言うでしょ。怒ったりしないって」

 フミは苦い顔をした。あぁ、百合ヶ丘生徒一般にも既にその認識なんですね……。「まぁ、大体そんな感じですけど……」

「でも、あなたたち、あの楓・J・ヌーベルを良く捕まえたわね」

 とポニーテールのリリィ。

 まぁ、捕まえたというか、捕まったというか。

「あはは……楓さんには良くしてもらってる、かな」

 曖昧に笑いながらリリは頬をかいた。

「『百合ヶ丘の至宝』だからねぇ、大切にしなよ?」

 と短髪のリリィ。

「うん、楓さんに負けないくらい立派なリリィに……」

 そう言いかけて、

「……って、『百合ヶ丘の至宝』?」

 リリは首を傾げた。

「あれ、リリさん、ご存知ありませんでしたっけ? 二つ名ですよ二つ名! カッコいいですよね~」

 フミはうっとりと、両手を顔の前で組んだ。

 ある程度の実力者になると、誰ともなくそのリリィに二つ名を付ける者が現れるのだ。例えば、ソラハ様の『蒼き月の御使い』、しおりの『不動劔(ふどうけん)の姫』。自分もいつかはカッコいい二つ名を……! ……まぁ、想像するくらいは……自由ですから!

「へぇ~なんだか有名人みたい!」とリリ。

「みたいってか有名人よ……」

 リボンを付けたリリィは呆れて言った。一応、楓はワールドクラスのリリィである。

「と言うか、百合ヶ丘のトップ層は有名人ばかりだから、ほぼ全員に二つ名があるわよ」

 ポニーテールのリリィは少し誇らしげにしていた。

 リリはそれを聞いて、ニッコリして尋ねた。

 

「へぇ、それじゃあお姉さまにも二つ名があるんですか?」

 

 場の空気が凍った。

(え? あれ……?)

 リリも、空気が変わったことに気付いた。

 皆が、気まずそうに目線を逸らした。さっきまで意気揚々と喋っていたのに、急に口をつぐんだ。

「……『死神』ですよ」

 リリの質問に答えたのは、フミだった。

「……え?」

「『死神』……つまり! ヒュージに死を与える恐ろしい存在ということですよ~」

 フミは笑顔で答えた。

「はは、うん、そうだな」「ユユ様はクールで知的な御方ですから……」

 周りにいたリリィも、氷が解けたように口を開き笑い合う。

 しかし、リリは落ち着かなかった。皆の反応、そして『死神』という不吉な響き。

「あ、リリさん! 楓さんとタヅサさんが帰ってきましたよ~。おーい、楓さーん!」

 その不安は、楓が帰ってきてからもなかなか消えてはなくならなかった。

 

-3-

 

「リリさんのレギオンに人が集まらない原因! それはズバリ、ユユ様にありますわ!」

 お茶の席、唐突に楓が声を上げ、レギオン(仮)一同はポカンと目を丸くした。

「いきなりどうしたんです?」

「確かにメンバー集めは進んでおらぬが、それがユユ様の所為とは思わんが……」

 フミとミリアムの茶々に「お黙りなさい、ちびっこズ!」と楓。

「……やっぱり私がちびっこ枠なの納得できないんですが……」 ※リリと1cm差

「魂の大きさですわ。自分事ばかりで、ミリアムさんはチビだと思っているアナタではリリさんに敵いませんわ」

 微妙に図星を突かれてフミは唸った。

「フミちゃんもミリアムさんもちっちゃくて可愛いよ?」(リリ)

「いえだから、1cm差なんですって……」(フミ)

「というかこれはチビ発言ではないのか?」(ミリアム)

「これは相手が『可愛らしい』と評しているだけで、小さくて卑しいと言っている訳ではございませんわ」(楓)

 物は言い様である……「って! 小さくて卑しいと思ってたんですか!?」

 話が脱線した一同を、シェンリンとユユが止めた。

「はいはい皆さん、楓さんのお話の最中ですよ」

「そうですね。私に何か言いたいことがあるようですが?」

 楓は待ってましたとばかり咳を一つ、そして口を開いた。

「ユユ様。私たちのレギオンに関する数々の噂について、ご存知でしょうか?」

「まぁ、噂くらいは耳に入れてありますが……」

 新人が瀕死の重体、実弾で撃たれる、肉を物理的にそぎ落とされる、無理やりサインさせられる……。一部真実が含まれるものの、どれも面白半分に誇張された他愛の無い噂話だ。

「確かに荒唐無稽な話ばかりですわ。私たち五体満足で、とても重体の人間なんておりませんもの。……それではユユ様。なぜ、この噂が真しやかに語られるのでしょう?」

 なぜ、と言われましても……。しかし困惑するユユが口を挟む間もなく、楓は机を叩き宣言する。

「理由は明らかです! ユユ様が『そういうこと』をされる方だと世間に認知されているからですわ!!」

 な、なんですってー! と、フミは付き合い程度に叫んだ。

 ……しかしよくよく考えると、確かに心当たりがない訳でもなかった。

「たった数日でメンバー7人を揃えたのは、まさしくリリさんの人徳によるものですわ! 逆に、あと2人、たった2人のメンバーが約2か月の間集まらなかったのは、ユユ様、アナタ以外に理由が考えられないのですわ!」

「まぁ、わしもクラスの奴らに『正気か!?』と言われたわ」とミリアム。

「私も……ユユ様のレギオンに入るって言ったら……クラスのみんなに、ちょっと心配された」(ユージア)

「まぁ、ユユ様にそういうイメージがあるのは確かですね」(シェンリン)

 仲間内(なかまうち)でも結構な評価だった。

 明確に反論したのはリリだけだ。

「何を言ってるんですか! お姉さまは優しく賢く素晴らしいリリィです! 肉をそぎ落としたり、誰かを瀕死にしたり、実弾で撃ってきたりしません!!」

「いや、撃ってますって……」

 一方、ユユは静かに話を聞いていたが、リリの言葉に口を開いた。

「リリさん、私を庇わなくて結構です。確かに、私はそのような野蛮なことはいたしません」

 いや、撃ってますって……。フミは思ったが、真面目な場面なので口を閉じていた。

「問題なのは、『実際にそのような評価がある』という事実そのもの。そうでしょう、楓さん?」

 ユユの言葉に、リリは先程の凍った空気を思い出した。

「でも、お姉さまは……死神なんかじゃ、ありません……」

 ユユは、ピクリと眉を動かした。そしてため息を吐いた。

「何をそんな話、と思いましたが……合点しました」

 恐らく、リリが何かしらの風評を被ったのだろう。ユユはそう判断した。

 自分のことは何を言われても構わない、好きに言わせておけば良い。ユユはずっとそう考えてきた。しかし、シュッツエンゲルの契りを結ぶとは、自分とシルトが一体として扱われるということだった。

「楓さんのおっしゃったことは尤もです。私は今まで、自分の評価はその働きで証明すべきだと、悪評など気にせず、ただ戦いに身を投じておりました。しかしそうした閉鎖的な態度こそ、無用な軋轢を生んでいたのかもしれません。私も身の振り方を考え直そうと思います」

 ユユの言葉に、リリは「お姉さま……!」と感極まった声を上げた。

 ……このリリの純粋な眼差しが、ユユは苦手だった。嫌いではないのだが、何と言うか、胸の奥が変な心地がする。

 それから逃げるように視線を楓にずらす。

「……しかし、人の評価は一朝一夕に変わるものではありません。それが悪評であるなら猶更です。それをわざわざ話題に挙げたということは、楓さん。貴方に何かしらの『策』があると考えてよろしいでしょうか?」

 楓はよく聞いてくださいましたとばかり、胸を張って答えた。

「もちろんですわ! リリさんの、リリさんによる、リリさんの為の計画……その名も、『ユユ様イメージアップキャンペーン』ですわ!」

 楓は勢い良く宣言し、リリはゆっくり首を傾げた。

「イメージアップキャンペーン?」

 

-4-

 

 昼下がり。忙しい百合ヶ丘のリリィにも、束の間の休息が訪れる。昼食から授業が始まるまでのちょっとした時間。訓練するにも予習するにもやや短く、次の授業が始まるまでの休憩時間。

 読書も良い、講義室で雑談しても良い、昼寝には短いが、日向ぼっこくらいはできる。あるいは、気持ち良い日差しと穏やかな風を受けながら立ち話をするのも乙なものだ。

 短い髪をツインテール気味に括っている小柄なリリィと、こちらも短髪気味の髪をカチューシャでセットしているやや内気そうなリリィも、そうやって掲示板の前で雑談している、数あるグループの一つだった。

「試験っていうから身構えたけど、全然大丈夫だったわね!」

「うん……。でも、まだ哨戒任務くらいしかこなしてないから……。早くアールヴヘイムみたいな立派なリリィになりたいなぁ」

「アールヴヘイムって初代の方でしょ? いい加減教えてよ、誰推しなのよ。やっぱりソラハ様?」

「もぅ、内緒って言ってるでしょ!」

 うふふ、あはは、と他愛もない会話をしている2人に、黒い影が迫っていた。

「ごきげんよう、1年生さん」

 2人は反射的に挨拶を返そうとして、「ごきげ……!?」一人は言葉を失い、「? ごきげ……ユユ様!?」もう一人は叫んだ。

 孤高のリリィ・白井ユユその人が、静かに忍び寄っていた。

――ユユ様イメージアップキャンペーン――

 その内容を説明すると、期間中、ユユ様が1年生とフレンドリーに接することでユユ様への畏怖感を払しょくしようという試みである。

「『リリさんによる』……って、リリさんは何もしないんじゃないですか」

「何をおっしゃいますか、リリさんはユユ様をお見守りになるのです。そうすることで、成功率は軽く見積もって50%はアップしますわ!」

 何を根拠に言っているか分からないが、こう自信を持って言われるとそんな気がしてくるから不思議だ。

「へ~、これがフミちゃんの鷹の目なんだ」

 加えて、距離を離れてユユ様を観察する都合上、シェンリンのテスタメント(広域拡大化)でフミの鷹の目を全員に少しずつ分配している。

「……と言いますか、テスタメントってこういう使い方もできるんですね~」

「まぁ、とはいえかなり集中力が要りますからね。このようなお遊びにしか使えませんよ」

 遊びではありませんわ! と楓はツッコんでいるが、(ユユ様はともかく)傍観者サイドは野次馬とほぼほぼ変わらない。一応、(ルイセの引き抜き時の反省を生かし?)無線機で音声をやり取りできるようにしているが、一流リリィのユユにアドバイスも何もないだろう。

 ……本当にこの時はまだ、フミは無邪気に、そう信じていた。

 鷹の目を通して見ると、……ちょっとファーストコンタクトは堅かったものの、1年生リリィとユユ様の3人で、和やかに会話が始まるところだった。

 

「ユ、ユユ様? あの、リリさんならカフェテラスの方に行きましたよ?」

 カチューシャのリリィが妙に怯えた様子でそう言うのを、……ああ、私が話しかけるとしたらリリのことだと思われているのですね……と、ユユは冷静に聞いていた。

 ここ数年、自分から後輩のリリィに声を掛けた記憶がない。反対に声を掛けられた記憶もほぼない。確かに、こんな状態では『よく分からない』『恐い先輩だ』という印象になるのも致し方ない。

 まずは対話が必要だ。自分が畏怖の対象ではなく、どこにでもいるただのリリィであるとを知ってもらうこと。それがスタートラインだ。

 ユユはゆっくり微笑んでだ。

「お時間はあるかしら。少しお話をしましょう?」

 そして何気ない談笑の輪に溶けていった。

 

~~

「まぁ、無難に始まりましたね」

 フミの言葉に、「ちょっと硬すぎではありません?」と楓。

 ……まぁ、確かに1年生側の反応が硬いというか、既に恐怖を覚えている風と言うか……。ユユも、こうした振る舞いに慣れていないのか、動きも笑顔もぎこちない。

 しかし、あのユユ様に急に話しかけられたら誰しもこうなるだろう。自分だって、(だいぶ慣れてきたとはいえ)急に話しかけられたら今でもちょっとドキッとする。入学時点のフミだったら、驚きと喜びと恐怖の三重奏で気絶してもおかしくないくらいだ。

「お姉さま! 頑張ってください!」(リリ)

「ユユ様……ファイト……!」(ユージア)

「まぁ、どっちかというとあの1年たちがファイトじゃがな」(ミリアム)

 

 ツインテールとカチューシャは、バクバクと心臓を鳴らしていた。

 何で……どうして……何の目的で……? 『お話』って何ですか……? その好戦的な笑みは一体何ですか……!?

 2人の脳裏に浮かぶのは、ユユ様のレギオンのウワサ。恐怖のレギオン……引き抜き……無理やりサインを……。それだ!

 『お話』って、絶対そのことだ……!

「あ、あのぅ、ユユ様? 私たち、実はもうレギオンに入っていまして……」

「そ、そうなんです! 私たち、そこでお姉さまにも見出していただきまして!」

 カチューシャが伺うように述べ、ツインテールが牽制するようにお姉さまの存在を提示した。お姉さまがいると知れば、自分たちだけ引き抜くような真似はできないだろう……。

 しかし。

「それはおめでとうございます。それで、お姉さまとは2年生の(かた)でしょうか? お姉さまにもお祝いを伝えなくてはなりませんね」

 ユユは目元を鋭く、視線を飛ばした。

 ()()行かれる……! お姉さまごと引き抜かれる……!!

「あの、その! わ、私! 用事を思い出しました! ごきげんよう!」

 ツインテールは逃げ出した。

「あ! わ、私も……」

 カチューシャも逃げようとして。ガシッと。ユユ様に思いっ切り腕を掴まれた。

「ひっ!」

「すみません、つい反射的に手が……。しかしどうして逃げるのですか?」

 万力のような力で腕が絞められている。ヤバイ、怒った。逃げようとしたから怒られている……!

 助けを求め、相方が逃げ去った方に目を遣る。しかし、ツインテールは脇目も振らず走り去って、その姿は既に視界から失せている。う、裏切者ぉ……!

 せめて誰かに助けを求めようとして、しかし周囲に誰もいないことに気付いた。あんなにたくさんのリリィがいたのに、人っ子一人いない。

 実はユユが2人に話しかけた時点で、その不穏さに周囲の人間は誰ともなしに逃げ出していた。助けを求める相手などどこにもいない……いや、遠方から、5~6人の一団が走ってくる。

(た、助けて……!)

 一筋の希望を宿し、その一団を見つめていたカチューシャ。しかしそれが楓、ミリアム、シェンリンを始めとするユユ様のレギオン(仮)と気付き、絶望した。

 囲まれる……サインを強要させられる……! さらばお姉さま……さらば平穏なリリィライフ……。

 チャームを手にすごい勢いで駆け寄ってくる一団に、カチューシャは魂が抜けたようにヘタレ込んだ。

 

-5-

 

「ユユ様、手を出すのはダメです」

 フミはそう言いながら、今日以外のシチュエーションでこのセリフを言うシーンが、『ケンカする小学生や不良を諫める』以外に思い浮かばなかった。

 何と言うか、常識であった。

「違います。逃げる相手は追う。戦場の反射が出てしまっただけです」

 どんな言い訳ですか……。

「全く、ユユ様の所為でトラウマになったらどうするつもりじゃ」

 ……とミリアムは言っているが、実のところ、トドメを刺したのはむしろ走り寄るレギオン(仮)一同の(ほう)である。まぁ、どちらにせよ腕を掴むのは論外なのだが。

 なお、現在、彼女(カチューシャのリリィ)はリリ、ユージアによる介抱で快方に向かっている。

「しかしユユ様がここまでポンコツだとは想定外でしたわ」

 楓の言葉にユユはムッとしているものの、どう考えても反論できる立場にない。その筈だが、ユユは不満げに口を開いた。

「何ですか。私が悪いみたいな言い方は不服です」

「いえ、ユユ様の所為ではありませんわ。ユユ様の実態を把握できなかった(わたくし)たちの失策です」

 こちらはシェンリン。言葉で取り繕っているが、発言内容は楓とほぼ同じである。

「これ結構見られてましたよね? イメージアップどころか、むしろイメージダウンしていませんか……?」

 これはフミ。結局、今回の目的はユユ様のイメージアップ(とそれによるレギオンのイメージアップ・リリへの風評を防ぐこと)である。それが失敗するとは、レギオンのイメージダウン……はともかく、リリの風評にも繋がる。

 リリが関わるとなると、ユユも態度を軟化せざるを得なかった。

「分かりました。私が失態を犯したことは認めましょう」

「賢明でございますわ」とシェンリン。「微妙にバカにしてはおらぬか……?」(ミリアム)「ミリアムさん、思っても口に出さない方がいいこともありますよ……」(フミ)

「しかしながら、問題はいかに次に繋げるかです」とユユ。

「申し訳ありませんが、私はあまり会話が得意ではありません。手を出したことは反省しますが、それを抜きにしても、あまり和やかな会話であったとは思えないのですが」

 それは確かにそうだった。あのまま2人共が逃げ(おお)せたとして、それでユユ様のイメージアップにどう貢献したかと言われると、今とあまり大差なく思える。

 楓は少し考えた後、こう提案した。

「今回のは最初からハードルが高すぎましたわ。まずは見知ったリリィから話して、徐々に感覚を掴んでまいりましょう」

 まぁ、課題でも人付き合いでも、ハードルの低いものから手を付けるのは常套手段である。

「それではしおりさんとかですかね? まぁ、今でもたまに会話されてますから、イマージアップの趣旨としては微妙かもしれませんが」

「それでも『後輩と和やかに会話している様』を周りに見せつけるのはマイナスでは無かろう?」

 ミリアムの言葉に、なるほど、そういう考え方もあるのかとフミは感心した。ミリアムさんにしては冴えてますね~。

「……お主、何か失礼なこと考えてはおらんか……?」

「何のことです?」と、フミはとぼけた。

 ただ、楓は難しい顔をした。

「悪くはありませんが、肝心のしおりさんがご多忙ですからね。上手く捕まるかどうか……」

 確かに、水夕会は長期の遠征は休止しているものの、近場の戦闘に駆り出されることはよくある。訓練の他、その為の打ち合わせ、メンバー選定など、それなりに忙しそうである。

「まぁ、そうですよね……そんな都合良くしおりさんが捕まる訳……」

 と何気なく視線をあげると、廊下の先からしおりが歩いてくるのが目に入った。

 

-

 

「しかし本当に都合が良いですね……」

 少し離れたところから観察しながら、フミはぼやいた。ユユとしおりは、それなりに仲良く会話しているようである。それは良いのだが、テンポが良過ぎて不安になる。

「都合が悪いより良いじゃないですか。流れには乗るものですよ」とシェンリン。

 こうした堂々とした立ち振る舞いも一流リリィたる所以なのだろうか。フミなどは、こう都合が良すぎると逆に警戒して引いてしまうのだが……。

「それにしても、すれ違ったリリィが全員、見事に二度見していますねぇ」とフミ。

「そりゃあ、あのスターリリィ2人じゃからの。否が応でも目立つじゃろ」とミリアム。

「それが狙いでもありますわ。ユユ様も後輩と会話するのだと、少しずつでも認知させてまいりましょう」と楓。

 少しずつどころか、この分だと今夜の話題はユユ様としおりさんの件で持ちきりだろうなぁ、とフミは思った。自分が部外者だとしたら、孤高のリリィ・白井ユユ様と、武のリリィ・六角しおりのツーショットには間違いなく食いつく。

 そしてこうした努力を続けていれば、いずれユユ様のイメージも(今、フミたちが抱いているように)もっと温かなものになるのではないか。そう思うと、フミも何だか心がぽかぽかしてくるのだった。

「やっぱり『死神』呼ばわりは寂しいですからね……」

 もちろん、それは蔑称(べっしょう)ではないのだが、どこか冷たい。愛称ではなく、畏怖の念を伴った冷たい称号に思えるのだ。

 それはフミだけでなく、シェンリンも同様だった。

「やはり甲州撤退戦以降、特に百合ヶ丘のリリィは皆不安でしたから。美鈴様を殺したのはユユ様だと心無いことを言う方も大勢いらっしゃいました。『死神』とはまさしく蔑称だったのですよ」

 伝説のアールヴヘイムの、やはり伝説的な存在、川添美鈴。その死が与えた影響は、外部の者が想像するよりもずっと大きかった。しかし。

「しかしそれを変えたのもまたユユ様自身です。ユユ様がおっしゃっていたように、あらゆる悪評に、ユユ様は言葉でなく行動で示されました。その結果、蔑称だったはずの『死神』は、いつしか称号と化したのです。そのことを、私は素晴らしく尊敬しております」

 フミは、その言葉を不思議な気持ちで聞いていた。シェンリンが内心を語るなど滅多にない。何にも興味のないような顔をして、ちゃんと人並みに関心を持っているのだと分かると、楽しいような不思議なような、妙に嬉しい気持ちになる。

「お主もユユ様を心配しておったのじゃな? 全く、思いは言葉にせんと伝わらんぞ」

 ミリアムの言葉にフミも同意したいところだったが、その時には

「何ですか。言わなくても伝わらなくては一流とは言いませんよ」

 と、いつものつれないシェンリンに戻っていた。

 一方、楓は片目を閉じて「蔑称、称号と来ましたらその先ですわ」と意味深なことを言った。「その先、ですか?」

「シェンリンさんは称号とおっしゃいましたが、私としてはそれは枷でもあると思うのです。確かに、リリィ界が不安になった時は、誰かが『伝説』となり皆を勇気づけることが必要です。それが、あの頃のアールヴヘイムであり、孤高のリリィ、ユユ様だったのです」

 どうして当時1年生ばかりだったアールヴヘイムが伝説になったのか。それはきっと、甲州撤退戦の存在と無関係ではない

「しかし、ユユ様もただの人間です。『伝説』でも何でもありません。皆に(おそ)れ敬われてばかりでは息苦しいことでしょう。今はもう、その称号を乗り越えて、死神でも伝説でもなく、ただの1人のリリィとして在るがままに受け入れられるべきだと思うのです」

 枷、伝説、畏怖の念。楓が言いたいのは、『ユユ様は恐くないと皆が知るべきだ』ということだった。つまり、イメージアップキャンペーン。そこに話は戻ってくる。

「何ですか。思い付きのように見えましたが、実は温めていたアイディアだったのですね」とシェンリン。

「別にそういう訳ではありませんわ。ただ、いつまでも過去に囚われるべきではございませんから。リリさんの隣に辛気臭い顔は似合いませんわ」

 シェンリンは、楓の言葉に目を瞑った。

「何にせよ、孤高のリリィにはもうサヨナラじゃな」

「当り前ですわ。あのリリさんが隣にいるんですもの。いつまでも孤高を気取らせては差し上げませんわ!」

 視界の先では、ユユがしおりと別れてこちらに帰ってくるところだった。その帰り道、普段より親しみを持って挨拶をされているように見えるのは、フミの思い込みだろうか。

 リリィオタクとしては、イメージが壊れることを残念に思うことは間々ある。例えば、完璧だと思っていたリリィが実はだらしない一面があると分かると……それはそれで興味深いのだが、どこか残念な気持ちになったりする。『ずっと完璧なアイドルで居て欲しい』というオタクの願望があるのだ。

 しかし、ユユ様に関しては、そのイメージが壊れることに対して、残念さではなく嬉しさ。失望感ではなくワクワクを覚える気がして。やはり楽しいような不思議なような、妙に嬉しい気持ちになるのだった。

 

-6-

 

 ユユが帰ってきて、次のターゲットについて相談する段になっても。

「何ですか、皆さんニヤニヤして。また変なことをたくらんでいるのですか?」

 4人とも全くユユの信用がなかった。しかしそれすらも今のフミにはくすぐったく、いよいよニヤニヤしてしまい、いよいよユユの不信感がピークに達するのだった。

 その所為か、ユユはしおりと何を話したか教えてくれなかった。

「さて、次は誰がよろしいでしょうか?」と楓。

「もう割と目的を達している気もしますが……」(フミ)

「何をおっしゃいますか! ようやく『ユユ様のイメージ』という錆びれた車輪が動き出したのですわ! ここで止めては元の木阿弥というものです」(楓)

「言い方は物言いですが……鉄は熱いうちに打てと申します。しおりさんのおかげか、周囲の私を見る目が少し変わったのを感じます。この好機を逃したくありません」(ユユ)

 いつの間にか、ユユ様も積極的になっていた。

 こうなってくると俄然応援したくなるのだが……ユユ様と仲の良い1年生って……誰かいましたっけ?

 その時、ふとフミは閃いた。

「そういえば初代アールヴヘイムにも後輩の(かた)が入る予定だったんですよね?」

 『しおり-聖様-美鈴様-初代アールヴヘイム』といういつかの連想が頭を巡り、そのことに思い至った。美鈴としおりにさえ面識が(多分)あったのなら、初代アールヴヘイム関連、特に『新入メンバー予定だった1年生』とユユは間違いなく面識がある。

 知っているだけでも立原紗癒(サユ)さんと、坂樺埜(かほ)さんが~とフミは続けようとして。

「フミよ! そんな有名リリィたちはしおり同様忙しいじゃろ。……まぁ、しおりは偶然手が空いておったようじゃがの。もう少し手が空いている者を攻めてはどうかの」

 ミリアムがささっと提案した。

「……別にいいじゃありませんか。良い着眼点だと思いますよ」とシェンリン

「よく分かりませんが、何も忙しい方から時間を拝借することもないのではございません? それに、有名リリィとしか話さないと思われるのも良くありませんわ」と楓。

「そうですね。あの子達とは、また別の機会に話したいと思います」

 という訳で、ユユの一声でお流れになった。ただ、フミは……シェンリンさん、少しピリピリされてます……? 理由は分からないが、何となくそんな気がした。

 もしかして、初代アールヴヘイムがNGワード? いえ、先程シェンリンさん自身が話されてましたし……?

 まぁ、今考えるようなことではありませんね。

 フミはさっくり頭を切り替えた。

「それでしたら、ユユ様に物怖じしないような方が良いですかね。タヅサさん……あとはルイセさんとかですかね?」

 言った後で、我ながら何とも言えないチョイスだなとフミは思った。

「あら、ルイセさんですか。いつの間にか随分と仲良しになったものですね」とシェンリン。

 ルイセ・インゲルス。サングリーズルの強化リリィである。最近、取材を行ったこともあって、ふと名前が挙がった。

「ルイセさんですか……」

 ユユはピクリと眉を動かした。(……これがいかなる感情を表しているのか、未だにフミには分からないのだった)

「お? ユユ様もご存知なのかの?」

「それは名前くらいは耳にします。フミさんとは仲良しなのですか?」

「いえ、他意はありませんが……」

 フミとしてはそれなりに仲良くなったつもりなのだが、他人にそうと言うのはまだ恥ずかしい気がする。

 そもそも、彼女もSSSレギオン所属のリリィであり、(何となく気安いイメージがあるが)便利屋では決してない。安易に提案していいリリィかと言えば微妙だった。

「まぁ、今は次の遠征までの休暇期間ですから。簡単になかなか会えるとは……」

 と何気なく視線をあげると、廊下の先からルイセが歩いてくるのが目に入った。

 え、これそういうパターンなんです?

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