アサルトリリィ BOUQUET  ~if~   作:クロスカウンター

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第4-12話 リリィ日和1

 6月某日。余った。

 午後の実技が夜間訓練に振り替えとなり、中途半端に時間が余った。

「全く。そういうことでしたら、事前にご連絡くださるべきではありません?」

「仕方ないですよ。急な出張なんですから」

 リリたち3人は時間を持て余し、演習場で訓練でもしようと話がまとまって。

「それなら私、お姉さまを呼んできます! 先に行っておいてください!」

 リリは、2人の返事も聞かずに飛び出した。講義中で人がまばらな校舎内、リリは1人で駆け出した。

 

 人がたくさんいる筈なのに、しんと静まっている。足を止め、耳を澄ませると先生の声が聞こえる。もっと耳を澄ませば、ペンの音、紙がこすれる音、おしゃべりの音、色々な音が聞こえてくる。見えないだけで、きっと何百人もの生徒がいる。みんながそれぞれ色んなことを考えて、それぞれの景色を見つめている。

 ふと、リリは自分が1人でいることに不思議な心地がした。楓さんとフミちゃん。数か月前まで赤の他人だったのに、今ではずっと一緒にいなくちゃ落ち着かない存在。大切な友達。

 窓から柔らかな風が舞い込んだ。見上げると、穏やかな日差しが学院とリリを照らしている。今日はリリィ日和だ。

 

-1-

 

 温かな日差しが窓から降り注ぎ、リリは、意味もなく伸びをしてみた。

 何だかぼーっとしていたくなる。穏やかな日々。穏やかな日常。最近は大きな事件もない。何だろう……私、百合ヶ丘に来て良かった……!

 何でもない日常に、リリは妙に充実感を覚えた。

(って! こんなことしてる場合じゃなかった!)

 早くお姉さまを探して、二人に合流しなくちゃ……!

 そう思って駆け出す直前、視界の先――と言っても、曲がり角のずっと先の窓越し――にしおりの姿が見えた。

「…………です……。……の……? …………から……」

 途切れ途切れに声が聞こえる……ような気がする。誰かと会話しているのだろうか。隠れるつもりはないのだが、何となくそろりと曲がり角まで近付く。

(あれは……ルイセさんとさくあさん?)

「フミの奴が言ってやがったんですよ」

 どきりとした。

「……そう申されましても、私たちはフミさんたちを引き抜こうなどと考えておりませんよ」

「それじゃあどうして稽古なんてつけてやがるんですか。遠征までキャンセルして、随分入れ込んでるじゃありませんか」

「まあ。遠征に行くか否かはレギオンの自主性に任されている筈ですわ。他レギオンに口出しなさるなんて、ルイセ様こそ随分と入れ込んでいらっしゃいますね?」

「そういう訳じゃありませんよ……ただ、オマエら、フミをボコボコにしたそうじゃねぇですか」

 引き抜き? 遠征? キャンセル?

 リリは学内の噂や情勢に疎く、それらの収集・分析は専らフミに任せている。水夕会が遠征をキャンセルしたことも、それが噂を呼んでいることも全く知らなかった。

 いや、そんなことよりも。

――オマエら、フミをボコボコに――

 リリはぎゅっと両手を握った。

 あの事件だ……! リリが不用意にチャームを抜いた、それでフミが青痣を作った一件。思い出すだけで、その痛々しさに胸が痛くなる。考えなしは他人も傷付けるのだと、リリは初めて思い知った。

 しかし同時に、『オマエら』という表現が不可解だった。しおりがリリらとトラブルがあったのは覚えている。しかし、さくあと何かトラブルがあった記憶はリリにはない。

「……あの子も口が軽いのですね」

「そんじゃマジでリンチしたんですか」

「ふふっ。リンチだなんて、そんなはしたないことなど致しませんわっ。ちょっとした指導でございます」

「オマエらにボコボコにされて落ち込んでやがったんですよ?」

「あら。それでは(わたくし)たちが何をしたのか、お聞きになったのですか?」

「……それは」

「そうでしょう? 私たちは、ただ体調不良を起こしたフミ様を介抱しただけ。それだけでございます」

 体調不良。

 さくあの言葉に、不意に、5月下旬のフミの不調を思い出した。

――ご心配、おかけして……いえ、しおりさんも……居ますから……――

 あの日。ほんの少し前まで元気だったフミちゃんに、一体何があったのだろう。どうして、しおりさんはフミちゃんのチャームを持って行ったのだろう。どうして、しおりさんがフミちゃんを介抱したのだろう。どうして、あの日からお腹に包帯を巻いてたのだろう。

 リンチって一体何だろう。

 リリは気分が悪くなり、その場にしゃがみ込んだ。

「テメェ、語るに落ちやがりましたね。さっきは指導って言ってたじゃねぇですか! 何か隠し事があるって言ってるようなもんですよ」

「私から一点申し上げるとしたら……フミさんは、随分とリリィ新聞にご執心されていますね?」

「はぁ? 意味が分からねぇですよ」

「ルイセさん……詳細を存じていないのでしたら、この件はこれまでにしてください」

「何ですか、しおりもグルって訳ですか」

「何と言われようと構いません。このことはフミさんの為でもあります。フミさんは貴女に詳細を話さなかった。そのことの意味をどうかお考え下さい」

 拳を握りしめる音が聞こえた。そして、すーはーと深呼吸。

「……ったく、変なことはしてねぇでしょうね?」

「良いご具合で」「さくあさん! ……その時のフミさんのご様子から分かるでしょう? それに、さくあさんの名前を出しても反応されないでしょう。……むしろ、そういう純粋すぎるところが私は心配なのです」

「仰る通りですわ。貴女もそうは思われませんか? ねぇ、リリ様」

 急に名前を呼ばれ、リリは飛び上がった。

 頭が真っ白になり、そのまま3人とは別方向へ走り去る。

「……と同じく、純粋な御方のようでございますから♪」

 さくあはころころと笑った。

 走り去る後ろ髪に、四葉の髪飾りが揺れている。

「……オイ、あれってまさか……リリですか……」

「……わざと聞かせたんですか……本当に、時々貴女は最低になりますね」

 額に手をやるしおりに、「あんまり褒めないでくださいな」とさくあ。

 そして再びころころと笑った。

 

-2-

 

 立ち聞きなんてしなきゃ良かったな……。

 フミが授業を欠席したのは、体調不良でも何でもなかった。

 さくあさんと喧嘩? ……でも、さくあさんとフミちゃんって仲良しだし……。

 さくあさんに指導を? ……それならどうして隠したんだろう。

 フミちゃんの為って何だろう。どうして講義を欠席したのだろう。お腹の包帯、しおりさんに付けられた怪我は治った筈なのに、どうして、しばらく付け直していたんだろう。

 リンチ……?

 リンチって何? 暴力って何? リリィ同士で傷付けあうの? どうして? 同じ人間なのに、どうして武器(チャーム)を向けあうんだろう……。

 …………。でも、フミちゃんは大丈夫だって言ってた。さくあさんとも仲は悪くない。喧嘩、指導、……リンチ。

 私は……どうしたらいいんだろう。聞かなかったことにしたらいいのかな。しおりさんも、分からないならそのままにするように言ってたけど……だけど……。

――フミちゃんはどう思っているんだろう。本当に大丈夫なの……?――

 気付けばリリは、楓とフミが向かった演習場に足が向いていた。

 2人に、フミにどんな顔をして会えばいいのかも分からないまま、入口を開けてそっと中を覗いた。

「やっ! はっ! たっ!」

 空気が張り詰める。

 フミは壁を蹴って斬りかかり別の壁へ。壁から壁、壁から床、そして天井、三次元的に空間を活用して、全方位から楓に攻撃を加える。そして銃撃。合間合間に銃撃を挟み、あらゆる角度から絶え間なく攻撃を加える。

 フミ1人でしているとは思えないほど激しい攻撃。切れ目のない連撃。楓に攻撃が当たっていない時間など1秒もない。

 リリは驚いた。あんな動き、いつの間に練習してたんだろう……?

 私の知らないフミちゃん。知らない間に知らないものを見て、知って、経験して、成長する。私なんかと違うから。私みたいに……。

 どうしてだろう。フミちゃんが成長して嬉しくないはずないのに。

――どうして、こんなにすっきりしないんだろう――

 リリは、こっそりと、扉を閉めた。

 

 連撃を終え、フミは息を切らしてチャームに寄りかかった。

「……はぁ、はぁ、……ど、どうですか?」

「うーん、やっぱりスピードもキレも全然ですわ。攻撃と攻撃の間隔が今の半分……いえ、せめて2/3程度にならないと、次の攻撃が見え見えですわ。これではカウンターしてくれと言っているようなものですわよ?」

「これで全力なんですけど……」

 フミは脱力し、へたり込みそうになった。

 先日見たしおりの超高速乱舞に刺激を受けて、フミは楓に手ほどきを受けていた。楓のアドバイスで移動中に銃撃モードでの狙撃を挟んだが、これが非常に難しい。

 空中での射撃自体はここ最近の猛特訓で形になったが……。斬って、変形して、撃って、壁を蹴って、撃って、変形して、斬って、変形して、撃って、壁を蹴って、撃って、壁を蹴って、撃って、変形して、斬って……忙しすぎる。

 壁を蹴るのは基本技術の移動やジャンプとあまり変わらず、思ったより難しくない。ただ、それもしおりのスピードをマネしようとすると、マギ操作が追い付かない。そもそも、マギも体力も全く持たない。

 結局、しおりよりずっと遅い速さ(それでも普段の1.5倍速くらい)で射撃を挟んだ連撃をするのが精一杯だった。それすら、何度も練習して、壁にぶつかったり地面に叩きつけられつつ、ようやく成功したところだ。

「まぁ、しおりさんごっこですし……」

「そんなヒーローごっこ感覚では困るのですけど」

「刺激になるからって楓さんも許可したじゃないですか」

 実際、この練習で感じるものはあった。一流の動きというものはマネしようとすればするほど、基本動作・基礎体力が重要と分かってくる。何というか、身が引き締まる思いだった。

「それにしても、リリさん、遅いですね」とフミ。

「全く、リリさんもスリーマンセルと申していますのに……」

「まぁ、不審者の件は続報がありませんし、きっと大丈夫ですよ」

 続報がないどころか超有力情報があったのだが、『諸事情』により非公開である。どちらにしても、フミとしてはもう終わった話のつもりだった。

「そうですわね……。あんまり過保護なのも良くありませんわ。リリさんも、フミさんも、伸び伸びと成長されるべきですから」

 楓の言葉に、「え? 私もですか?」とフミ。

「何です? 自分はもう一端(いっぱし)のリリィのおつもりですか?」

「いえ、そうではないですけど……。ほら、私ってリリさんみたいに危なっかしくはないじゃないですか」

 何の冗談だろうかと、楓は目を(しばた)かせた。

「私までリリさんみたいに子ども扱いされなくても良いと思いますが……」

 そう口にするフミは曇りない目をしており……若干、遺憾の意を覚えている節すらあった。

 楓はため息を吐いた。

「アナタもウチのお子様枠ですわ!」

 そして、フミの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。

「わっ! ちょっと! セットが乱れるじゃないですか!」

「何を。いつも眠気眼(ねむけまなこ)に寝癖をセットして」

「ちーがーいーまーす! これはオシャレポイントなんです! 別に癖っ毛を直すのが面倒とかそういうのではありません!」

 反応がお子様だった。

 楓はそれを完全に無視して、フミの頭を軽くぽんぽんと叩いた。

「全く。(わたくし)のような一流から見れば、アナタ(がた)は、どちらも手のかかる子どものようなものですわ」

 フミは不服げな様子で楓を見つめていたが、ふと、楓の言葉に感じ入った。

 なるほど、確かにリリを見る楓の目は友人のそれとは異なっている気がしていた。改めて考えると、楓に対する見方も少し変わる。

 フミは腕を避けて一歩距離を取ると、自分の肩を両手で抱いた。

「うわっ……楓さん、リリさんだけに飽き足らず、私の身体も狙っていたんですか……?」

 フミは、ちょっと引いていた。

「ちょっと! なんでそんな結論になるんですの!」

 

-3-

 

 カフェテリアでは、珍しい組み合わせの2人が顔を突き合わせていた。

「ったく、オマエは誘ってもなかなか出て来やがらねぇんですから」

「貴方こそ遠征でお忙しいのでしょう? お互い様ですよ」

 シェンリンとルイセ。お互いに百合ヶ丘で長く、知らない仲ではないものの積極的に絡まない2人。

 恒例の奥まった誰も来ない席で、ただし、ルイセはやや穏やかでない空気を醸し出していた。

 あの後、シェンリンはさくあから(一方的な)メッセージを受け取った。シェンリンは面倒ごとを押し付けられた気分だったが、ルイセとしては願ってもないことだった。

「オマエ、ちゃんと新人共のケアはしてんですか?」

 フミの話を聞いてから、ずっと機会を伺っていた。シェンリンが優秀なリリィであることはよく知っている。しかしそれ故に、フミの話は看過できない。遠征が目前に迫る中、それでもシェンリンと腹を割って話せるなら時間は惜しくなかった。

 しかし、シェンリンは呑気な様子でカップを傾けている。

「ケアも何も、当たって砕けろですよ。子どもじゃないんですから」

「フミは悩んでいるみてぇでしたよ」

「悩みの一つや二つ、どんな人間でも抱えているものです」

「それをケアするのが司令塔の仕事でしょう」

「……フミさんがリリさんに劣等感を抱いている件ですか?」

 ルイセは少し驚いた。

「何ですか、知ってたんですか」

「ついでに申し上げれば、フミさんとさくあさんの間に何かあったことも知っていますよ」

 ルイセは荒っぽく席を立った。驚いたというより、苛立っていた。

「それじゃあどうして手を出さねぇんですか」

「あれこれ言っても仕方ないんですよ。自分で気付かなくては。そうでなければいつまでも同じ失敗を繰り返します」

 ルイセは、反応に困った。シェンリンに言われると、言葉に詰まる。

 一先ず腰は落ち着けたものの、しかしシェンリンに同意は出来なかった。

「……私はそうは思いませんがね。放って潰れねぇか心配ですよ」

「それで(わたくし)たちが過保護になっても、自立や成長を阻害するだけです。実際、フミさんは自分からルイセさんを頼ったのでしょう? 私が先手先手で動いていたら、この狭いコミュニティから繋がりは広がりませんでしたよ」

 ルイセは目を丸くしてシェンリンを見つめた。呑気な顔して、恐ろしく筋の通ったことを口にする。

「……結構、考えてやがるんですね」

「貴方とは違ってですね」

 何ですか……! とルイセ。澄ました顔をして、平気で毒を口にする。

 ルイセはため息を吐いた。しかし、これはどちらかというと安堵のため息だった。どうやら、フミのところの司令塔は想像の何倍も優秀なようだ。

「オマエの考えは分かりましたよ。ふざけたことぬかしたらぶっとばしてやろうと思ってましたが、やっぱ伊達じゃねぇですね。……まぁ、それでも、やっぱり私は心配ですがね」

 ぼやくルイセに、シェンリンはカップを置いた。

「貴方もしおりさんも、お二人を見くびりすぎです。お二人は、そんなに柔なリリィではございません」

 その口調はちょっと怒っているように思えた。そうだとすると、非情に珍しいことだ。シェンリンが喜怒哀楽を分かりやすく表に出すなど、ここ数年目にしていない。

「何ですか、オマエもそんな顔をするんですね」

「貴方とは違ってですね」

「……オイ、私は化物か何かですか」

 シェンリンは澄まして紅茶を口に運んだ。

 そして会話が途切れたタイミングを見計らったように、1人のリリィが小走りで駆け寄ってきた。

「遅れてごめん……!」

「ん? ユージアじゃねぇですか」

 2人の前で申し訳なさそうにした後、当然のようにシェンリンの隣に落ち着いた。

 実は、ユージアは『お茶会』とだけシェンリンに聞いていた。しかし所用があり、(都合良く)遅れてしまっていた。

 まぁ、用事を頼んだのはシェンリンなのだが。

「2人とも……何の話をしてたの?」

「ええ。実はルイセさんがフミさんとお近付きになりたいとかで、プレゼントの相談をされてしまいまして」

「ちげぇですって! アイツはどんだけ大物なんですか!」

「フミは……カワウソが好きだよ」

「いえ、ですから……え? そうなんですか?」

「カワウソを見る為なら、1人キャンプもできるんだって」

「へぇ、それはそれは……。まぁ、リリィとしてそのスキルは損ではないですが……。カワウソってそんな可愛いもんですかね?」

「同じ小物同士気が合うのですよ」とシェンリン。

 ……オマエ、やっぱ口(わり)ぃですね……、とルイセ。

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