アサルトリリィ BOUQUET ~if~ 作:クロスカウンター
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タヅサは憮然として寝転がった。
「……マイ様、どうしてそんなにお強いんです?」
あの後、何度か手合わせしてもらったが、一向に勝てない。強化リリィ特有のマギ量と、生来の運動センス。普段から手合わせなどしないが、ファンタズム抜きでも後れを取るつもりはなかった。
それが、マイ相手だと手も足も出ないのだ。
「マイが強いのはその通りだけど、タヅサは動きが荒いんだ。スキルに頼りすぎだぞ」
それはファンタズムの思いもしない弱点だった。
未来が見えるのだから、読み合いや不測の事態など考える必要がない。マイから見れば、通常の駆け引きや立ち回りはまだまだ甘いのだった。
――スキルに頼りすぎ――
ただし、マイが言っているのはそれだけでないとタヅサには分かった。
『リジェネレーター』、超回復能力を得ることができるタヅサの”ブーステッドスキル”。
「……マイ様。私はファンタズムはともかく、『リジェネレーター』に頼っているつもりはありませんよ」
タヅサは声を固くし、顔をそむけた。
強化リリィは、通常のレアスキルとは全く異なった、人工的なスキル(ブーステッドスキル)を付け加えられている。有用な反面、副作用で精神が不安定になったり、マギや体力を大量に消費したりと、危険なものでもある。
そして多くの場合、それは当人が望んだ力ではない。ブーステッドスキルもまた、強化リリィのタブーである。
……筈なのだが。
「いや、思いっ切り頼ってるだろ」
マイは、あっけらかんとツッコんだ。
「いや、その……」
タヅサは、逆に困惑した。あの、マイ様……タブーなのですけど……。
……まぁ、実際のところ、タヅサは『リジェネレーター』を当てにして無謀な攻撃を仕掛けることが多い。マイに言わせればそれは悪癖だった。自分のことを大事に……などは置いても、単純に体力とマギの無駄遣いである。タブーか何か知らないが、直せるところは直すべきなのだ。
「……先輩ってすごいですね」
怒るのも忘れて、タヅサは感嘆を口にした。
「そうだぞ、マイは凄いんだ。だからもっと
……そう言われると逆に尊敬したくなくなるのは何故だろう。もちろん、そういう親しみやすさがマイの魅力ではあるのだが……。
何だか返事すら煩わしく、タヅサは目を瞑った。
(しかしブーステッドスキル……こんな力に頼ってるつもりは……)
――いや、思いっ切り頼ってるだろ――
……。確かに、治るからいいやで突撃することも……少しは……結構……そこそこ……。……別にこんな力なんて……。……こんな身体を大事にして……。私は、どうしたいんだろうな……。
不意に考え込んでしまったタヅサの耳に、「あ、タヅサさん!!」元気一杯の声が轟いた。
反射的に顔を
「おい、声がでかいぞ」
「元気でいいじゃないか! そういうの、悪くないと思うぞ」
「あ、マイ様もいたんですね! ごきげんようです~」
リリだ。リリは、にっこにこの笑顔で2人に駆け寄ってきた。鼻歌を歌いながら無駄にぴょんぴょん飛び跳ねている。
何と言うか、元気だった。普段から騒々しいが、今日は2割増しくらい生き生きしている。
もしかしたら、今が6月だからかもしれない。5~8月は
もしそうだとすると、このテンションがあと数か月続くということで……それは、あまり考えたくないことだった。
「タヅサさん、この前はありがとう」
リリは何が楽しいのか、満面の笑みでタヅサに寄ってくる。
「ちょっと……一柳さん、近い」
「あー!!」
リリは急に叫んだ。
「な、なんだ?」
「戦場ではリリって呼んでくれたのに!!」
……なんだ、そんなことか……。
「別におまえとは友達って訳じゃ……」「友達だよ!」
力強く断言され、タヅサはひるんだ。
「この前の戦いで助けてくれたし、教室でおしゃべりしてくれるし、一緒に猫にご飯もあげたし……。そういうのを友達って言うんだよ?」
……なるほど、客観的にはそうかもしれない。しかし、タヅサとしては、何故か素直にそうと言えなかった。
「別に。おまえを助けた訳じゃない」
確かに、地面から不意打ちしてきたヒュージをタヅサは仕留めた。しかしそれはたまたま近くに居たからであって別にリリを助けた訳では……。
「いや、オマエ思いっ切りリリの方に飛び出してっただろ」
「マイ様……! あれは『視えた』から対応しただけです。それに、私が行かなくても何とかなってました」
「ほうほう。行かなくても何とかなるって分かったけど、それでも顔色変えて飛び出してったのか!」
タヅサはぐっと言葉に詰まった。
「オマエ……リリが好きなんだな! 私もリリが大好きだぞ」
違います! と言おうとしたが、
「わあ! ありがとうございます! タヅサさんも、ありがとう!」
そう笑顔で言われ、どうも否定しづらくて顔をそむけた。
しかしそのまま抱きつかれると、流石に抵抗した。
「こら、離れろ」
「ダメです~。リリって呼ぶまで離れません!」
「あ、こら……!」
力を入れて暴れるも、ぎゅっと抱きつかれて全く離れない。
これだけは、どうも慣れない。タヅサは抗議するように憮然とした。……いや、それは客観的に見ると憮然とした顔ではなく……。
一匹狼のタヅサが、リリに抱かれて顔を赤くする。なかなか愉快な光景だった。
マイはそれを見て、ただただ笑っていた。
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少女の吐息が、木々に吸い込まれていく。
主要な通路から外れた、誰も通らないような小さな森の木陰。そこで太陽から隠れるように、2人のリリィが身体を重ねていた。
荒い息が零れる。心臓が鳴りやまない。熱に浮かされたように身体が火照る。1人が、堪え切れず手を伸ばす。しかし、その手が届く前に、もう1人がその手を伸ばしていた。
プシュッ。
エナジーボン――ビタミンやらカフェインやらが入った、炭酸入りエナジードリンクの亜種――をグイっとあおる。
「はぁはぁ……それ! はぁ……私のですって!」
フミと楓だった。2人はぜぇぜぇと息を荒くして木陰で休んでいた。
フミはともかく、楓までダウンしている原因は『しおりさんごっこ』だった。あの後、2人は交互に高速斬撃をやっていたのだが、フミの「楓さんでもしおりさんほど早くはできないんですね」にカチンときて、やりすぎた。結果、フミが買ったエナジードリンクを奪い取る羽目になった。
……そんなに喉が渇いていたなら、楓さんも買ったら良かったじゃないですか……。
フミは、楓の下敷きになりながら心の中でぼやいた。
しかし、自販機で物を買うことは美学に反するらしく、フミを横目に楓はツンと腕を組んでいた。ついでに言えば、地べた(草の上)に寝転がるのも抵抗があるらしく、楓はフミをレジャーシート代わりに敷いてそこに横になっていた。
この物扱いの現状は不服ではあるのだが、こう疲れていると抵抗する気も失せてくる。それに……まぁ、楓さんですし……。
常の傍若無人さは、周囲を寛容にしてしまうようだ。
「ちょっと、はぁ……呑みすぎないでくださいね? ……はぁ、私、まだ、一口しか飲んでないんですから……」
フミの一応の抗議に、しかし尚もごくごくと喉を鳴らす。
「……楓さん?」
ごくごくと喉を鳴らす。
「ちょっと、楓さん!」
そしてフミの見ている前で、ペットボトルは空っぽになった。
ふぅ、と気持ちよさそうに息を吐く楓。
「ふぅ~、じゃないですよ!」
楓は眉をひそめた。
「何とも言えない雑味ですわね。名前もエネパウのパクリですし」
「私とメーカーに謝ってくださいよ!?」
「何を。こんなもの飲んでいては健康によろしくありませんわ。むしろ全部飲んで差し上げた私に感謝なさい」
とんだ言い草だった。
フミは怒りたいところだったが、怒ったところでエネボン(エナジーボンの通称)は返ってこない。それに最初の一口で割と飲んでいたので、フミもそこまで喉は乾いていない。今は、怒るのも煩わしい。
やはり、常の傍若無人さは周囲を寛容にしてしまうようだ。
「そういえば、楓さんって…………いえ、やっぱりいいです」
何なんです? と楓は怪訝な顔をした。
……楓さんって、間接キスとか気にされないんですね。そう言おうとしたが、楓が気にしていない以上、自意識過剰な気がしてフミは止めた。
楓はその沈黙に乗じて、フミの腹部に頭を落とした。「ぐえっ」
「全く。こんなところでフミさんとエナジードリンクで逢引きとは」
「私を気遣ってくださいよ! ……と言いますか、二言目にはリリさんリリさんと」
楓は、「何のお話ですか?」とくるりと反転した。
「私は早くカフェでロイヤルミルクティーが飲みたいと、そう申し上げただけですわ」
フミは少し驚いた。てっきり、『アナタのようなちんちくりんではなく、リリさんでしたらエネボンでも大吟醸ですわ』みたいなことを言うのだと思っていた。楓がリリのことに言及しないのは珍しい。
それと同時に……。……なんでしょうね、この体勢は……。
お互いが
「あの、楓さん……いえ、別にいいですけど……」
「何なんですの? 言いたいことがあるなら、ハッキリおっしゃいなさいな」
フミは少し迷ったが、2回連続で口ごもるのも良くないかと、口を開いた。
「いえ、あの。この体勢って……お腹の子の様子を見る、新婚カップルっぽくないですか?」
「…………はい?」
……。
――うふふ、あはは――――あっ。今、お腹を蹴ったぞ――――まぁ。貴方に似て元気なのよ――――お前に似てヤンチャなんじゃないのか?――――うふふ、あはは――
……。
「随分と想像力が
笑うべきかもしれなかったが特別笑えず、かといって喜怒哀楽のいずれも浮かばず。面を食らった結果、楓は真顔だった。
ただ、フミはそれにどぎまぎしてしまう。ここ数か月で気安くなったものだが、改めて見つめ合うと、楓は一流リリィなのだと納得する。気品と意志を感じさせる雰囲気、そしてその瞳。真剣な目でじっと見られると、別にやましいことがなくても……何と言うか、ドキドキしてくる。
耐えきれず、フミは視線を逸らした。楓は、その反応に意地悪く笑った。
「ふぅん? フミさんは私をそういう目で見ていらしたのですね?」
「ち、違いますよ! そういうのじゃないですけど……なんか、今日の楓さんって妙に私に優しくないですか?」
飛び出したリリではなくフミについて来てくれたり、フミの我儘に付き合ってしおりの真似事をしてくれたり、このやり取りや距離感の近さも、普段とは違っていて……やはりどこか落ち着かない。
一方、楓は何と答えるべきか、少しだけ思案した。シェンリンから指摘された『リリ贔屓』が耳に痛かった……というのもあるが、そもそもフミのことも憎からず思っている。
「高貴であることは差別を許しませんわ。そうすべき対象であれば、女王でもフミさんでも、等しく可愛がりますわ」
フミは楓の言っていることが微妙に分からなかった。
「……やっぱり、私のこと狙ったりしてます?」
「それは狙ってもらいたい、ということでしょうか?」
何でそうなるんですか! そう反論する前にぐっと顔を近付けられ、言葉に詰まる。
「ち、近いですよ?」
「近いと何が問題なのです?」
「その、あの、汗とかかいてますし……?」
いえ、そういう問題ではなく……。
確かにお互い汗はかいているが……というか、楓も汗をかいている筈が、なぜか仄かに良い香りがする。シャンプー? 香水? 特殊な洗剤や繊維を使っているとか……? 流石、名チャームメーカー・グランギニョルの総帥のご令嬢ともなると身に着ける物も違うんでしょうね~……。
などと考えていると、何を思ったか、楓は右手をフミの手に重ねた。
「ちょ、何を……!」
押し倒されたように身体を押さえつけられる。楓は何も言わない。そのまま、左手をフミの頬へと伸ばした。
「止めてくださいって……!」
「嫌でしたら振りほどけば良いではありませんか」
楓は愉快そうに微笑んだ。
フミの空いている右手、そこにはチャームが握られている。さくあと手合わせした時の反省から、休憩中でもチャームは肌身離さず持つことに決めていた。振り払おうと思えば、いつでも振り払える。
ただ、同じくその時の記憶から、フミはチャームを持っていない相手にマギを使うことは躊躇われた。
抵抗できるのに、抵抗できない。時が止まったように、フミは動けない。
そこに、楓の左手が触れる。反射的に肩が揺れる。ひんやりとした、なめらかな感覚。これは心の優しい人は手が冷たい的な……?
……違う。楓さんの手が冷たいんじゃなくて……私の顔が熱くなってるんだ……。
今、自分の顔はどれほど赤くなっているのだろう。真っ赤になった自分を想像すると、恥ずかしさで余計に顔が火照るのを感じる。
「あら。随分と可愛らしい反応をなさいますのね」
か、かわっ!?
どういう意味で言っているのか、からかっているのか、深い意味はないのか、それとも……。
不意に、4月の出来事を思い出す。あの時も、フミは楓に押し倒された。ただ、あの時と違って楓は正常な状態で、そしてフミは抵抗ができる状態で。それなのに、あの時と同じように無抵抗で……あの時よりも更に、心臓を高鳴らせて。
自分はこの状態を望んでいるのだろうか。自分が抵抗できないのか、単に楓を受け入れているのか、ごちゃごちゃになって訳が分からなくなる。
「や、やめてください……」
弱弱しく顔を背ける。そこには、とても楓の手を振り払う力は込められていない。
「フミさん、気付いているかしら。アナタは、心の中で本当に思っていることほど口に出さないんですわ。本当の自分を知られたくない。本当の自分を晒したくない……。ですから、本当に止めて欲しい時、アナタは『やめて』とは口にしないのです」
ドキッとした。自分が見透かされているような気がした。
自分の全てが白日の下に晒されたような……纏っていた物を剥ぎ取られ裸にされたような……恐ろしいような、あるいは待ち望んでいたような……?
「さぁ、私に本当のアナタを見せてくださいな」
フミは、耐えきれずにぎゅっと目を閉じた。心臓の音で耳がキンキンする。吸っても吸っても息が苦しくなる。原因不明の緊張感に、フミは全身を固くした。
そして。
「……おまえらは何をしてるんだ」
咄嗟に、フミは上体を起こした。
そこでハッとした。このままでは反動で楓を突き飛ばしてしまう……!
しかし、楓はサッとフミから離れ、そのまま何気なく立ち上がった。一流リリィともなると、普段から身のこなしが優れているらしい。
フミはどう取り繕うべきか分からないまま、声を掛けてきたリリィ、安藤タヅサの方に顔を向けた。
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「楓さん……試験ではありがと」
その後、フミが困っている間に『怪我の介抱』と楓が適当に理由付けをし、タヅサもそれ以上追及しなかった。面倒そうな空気を感じたからで、その直感は概ね正しかった。
なお、タヅサの言葉はぶっきらぼうだが、これでもかなり角が取れた方だったりする。当初は『ヌーベルさん』呼ばわりで、そもそも他人に感謝を口にしたりしなかった。
「こちらこそ。即席とは思えないほど気持ちよく動けましたわ」
楓もお世辞ではなく、心から称賛した。一匹狼と聞いていたが、連携はなかなか悪くなかった。ファンタズムの精度もかなりのものだ。
「……ただ、アナタ、地はいいんですからもっと精進なさいな」
タヅサは苦い顔をした。『スキルに頼りすぎ』。丁度、マイから同様の指摘をされたところだ。
タヅサは射撃も、通常の立ち回りも、人並み以上にセンスがある。それを歪めているのは、ファンタズムとリジェネレーターの力だ。
……そんなこと、あまり認めたくないのだが。
「そうですよ~ちゃんとトリートメントとかしましょうよ~」
「……は?」
不意にフミが割り込み、タヅサは反応が遅れた。
このチビ助は何を言ってるんだ……?
「そうですわ。修行も身体の手入れも、日々の積み重ねですわ」
「そうです! それにミリタリーとかスーツみたいなカッコいい系はもちろんですが、フリフリの付いた可愛い系も似合うと思うんですよ!」
「意外性とは重要な要素ですわ。虚を突かれると堅牢な守りでも崩壊するものです」
顔を右に左に往復させつつ……。
「待て。楓が話しているのは戦いの話か? オシャレの話なのか……?」
何の話をされているか分からず混乱してくる。
……まぁ、そもそもコイツらの話をまともに聞くべきかは疑問だが。
「それよりフミ。おまえ、あれだ……その……」
実は、タヅサはずっとフミに言いたいことがあった。しかし意外にフミは人脈が広く、常に誰かと話しており話しかけにくかった。そこで教室や廊下で会った時にそれとなく視線を送っているのだが、何を勘違いしているのか会釈くらいしか返してこない。
「えっと、私に御用ですか?」
今もフミはキョトンとしている。
「あれだよ……その……猫柄の」
「あ! もしかしてこれですか」
フミはようやく合点して懐をまさぐった。
ハンカチ。連休の際に鼻血を出したフミに差し出したハンカチだ。タヅサとしてはあげたつもりはないのだが、一向に返ってこないのでヤキモキしていた。
実用性に寄りがちなリリィ用品の中で、デザインが可愛らしいタヅサのお気に入り。
それがよれよれになっているのを見て、タヅサは顔が引きつった。
「私もずっとお礼を言いたかったんです! これ、すごく助かりました! ありがとうございます!!」
おい、それ私のだぞ……! どう使ったらこんなにボロボロに……。
そこで違和感に気付いた。リリィ用品は基本的に軍用品に準ずる。単純に銀が織り込まれているだけでなく、耐久性も通常の製品と比べ物にならないくらい高い。それが、どうしてここまでよれるんだ?
マギを流した。それ以外にあり得ない。
しかし、フミは実戦経験がない筈だ。そもそも、日用品にマギを流して戦うのは緊急の最終手段であって、まともな状況で使うことはあり得ない。
……そういえば、こいつは風呂で包帯を巻いてたな……。
点と点が繋がり、にわかに不穏な空気が立ち
「……まぁ、大事にしてくれよ」
「はい! お守りとして肌身離さず身に付けさせていただいてます!」
……まぁ、雑に扱っていないなら……いや、あげてないんだが……。
タヅサは微妙な顔をしたが、客観的には親しげに見えるのだろうか。
「あら、いつの間にプレゼントをする仲になっていましたの?」と楓。
それはタヅサの方が知りたかった。
何だかため息が出てくる。リリといい、フミといい、一緒に居ると調子が狂ってしまう。……ただ、その顔は、傍から見ると満更でもない表情に見えることをタヅサは知らなかった。
「本当にいつの間にか仲良くなられて……。アナタ、リリさんとも仲がよろしいのですから、いっそ私たちのレギオンに来ては如何です?」
タヅサは逡巡した。マイとの勝負に負けたらどこかのレギオンに入る約束だ。しかし……。
「いや……ちょっと、考えさせてくれ」
自分がいなくなったらマイが1人きりになる。それは寂しいことに思えてしまう。
「一緒に戦えたら楽しいと思いますよ?」とフミ。
怒ってないことが判明すると、一転してぐいぐい距離を詰めるのだった。
一方、楓は強引には誘わなかった。
「まぁまぁ。こればかりは本人が決めることですわ」
この反応は脈ありだと感じ取っていた。それならば、強引に勧誘するより自然に任せた方が円満に収まるというものだ。
「席は空けておきますわ。是非、リリさんともお話しくださいな」
楓の笑顔に、しかし、タヅサはげんなりした。
リリとは既に十分すぎる程お話ししたところだった。
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「はぁ! タヅサの猫耳コスがフミの新聞に載ったんですか!?」
「今更ですよ」とシェンリン。
「遠征に行ってたんだからしょうがねぇじゃないですか」
しかし、あの一匹狼のタヅサがそんなことになってるとは……。こうなってくると、むしろどうしてリリのレギオンに加入してないのか不思議なくらいだ。
「何でアイツはオマエらのレギオンに入らないんですか?」
「そりゃ本人に黙って掲載したようですから」
「フミ、睨まれてるから」
手元の写真に目を落とす。満更でもない顔をしているように見えるのだが……どうやら、何か非合法的な手段を使ったらしい。
「全く、アイツらしいですね」
ルイセは呆れながらも、楽しそうに笑っていた。いつにも増して、ルイセは上機嫌だった。
「貴方は二言目にはフミさんフミさんと。どれだけフミさんが好きなんですか」
「いや、ちげぇですって。共通の話題がフミなんだからそりゃそうなるじゃないですか」
とは言うものの、話題の偏りは明らかだった。
「ルイセ……フミの話をしてる時、すごく楽しそう」
「そんなにフミさんがお好きならウチに入ってくださいよ。絆奈さんと一緒に」
「しれっと絆奈を巻き込まねぇでくださいよ!」
というか、まだ諦めてなかったんですか……?
改めて釘を刺しておこうかと口を開きかけた時、「あ、ルイセさん! ごきげんよう」リリの声が響いた。
ルイセはドキッとした。リリのことは自然に任せるとはいえ……。落ち込んでない……訳はねぇですよね……。
と思ったのだが、リリはスッキリした顔をしていた。
「ルイセさん! さっきは立ち聞きしちゃってごめんなさい! それと……ずっと謝ろうと思ってたんですけど……前にここでお話した時、私、無神経なこと聞いちゃいました。本当にごめんなさい」
ここで話した時?
一瞬何のことか分からず、あぁ、過去について聞いた話ですかと合点した。
「何ですか、ずっと気にしてやがったんですか? 私はそんなことで怒るほど小さくねぇですよ」
というか、最近、もっと露骨なことをフミから聞かれている。今更怒る筈などなかった。いや、怒るどころか、それは自分が向き合うべき問題だ。
いつまでも、逃げていてはいけない。
……つい苦い顔を表に出してしまい、笑って誤魔化した。またシェンリンに小言でも言われますかね? と思ったが、シェンリンはカップを傾けていた。その代わり、ユージアが口を開いた。
「リリ? 授業は?」
「あれ、ユージアさんとシェンリンさんもご一緒ですか?」
「ちょっとしたお茶会ですよ。それより、オマエこそ授業はどうしたんです?」
「実は実習が夜間訓練に振り替えになって、お姉さまを探してるんです」
時計を見ると、もう授業時間の半分以上が過ぎている。
「そりゃ随分と難航してますね」
「あはは……実はサユさんたちに会って少し指導してもらって」
ガシャンと音を立ててカップが受け皿に戻される。シェンリンだ。
「シェンリン……?」
それは常に華麗な立ち振る舞いを心がけるシェンリンらしくない粗雑さだった。
「申し訳ありません。少し紅茶を零してしまいましたので拭いてまいります」
あれ、零してたかな……。リリは疑問に思ったが、シェンリンはすたすたと歩き去ってしまった。
「私も一緒に……!」
ユージアは立ち上がりかけ、それをルイセが止めた。
「ユージア。シェンリンをそっとしておいてあげてください」
ユージアは逡巡した後、大人しく腰を落ち着けた。しかし、難しい顔をルイセに向けている。怒っているわけではない。ただ黙ってルイセを見つめる。ユージアは何も言わない。ルイセも何も言わない。
ほんの数秒の間に、空気が一変してしまった。
「ルイセさん。シェンリンさんって……サユさんと何かあったんですか?」
沈黙を破ったのはリリだ。
シェンリンが態度を急変させた原因、『立原
ルイセは場違いながら少し感心した。リリは子どもっぽいというか、機微に疎いところがあった。それがどうも、この1か月でリリは内面も成長しているらしい。
まぁ、感心している場合ではないのだが。サユとシェンリンの話題はデリケートだ。しかも、それは仲間にも――ルームメイトのユージアにすら――言っていないらしかった。
ルイセは悩んだ。他人が勝手に話して良いものではないが、2人はそれで納得しないだろう。
「……詳しいことは、シェンリンが自分から言うのを待つんですよ?」
ルイセはそう前置きして口を開いた。
「リリィをやっていれば、比べられる相手っているじゃないですか。ユージアはウチの
「つまり……ライバルリリィってこと?」
リリの言葉に、ルイセは首を横に振った。
「ライバルってのは実力が近いからこそライバルなんですよ。比較対象が伝説級ですから、むしろ私はありがたく思いますけどね。……ただ、それが同級生だったらと思うと、ぞっとしますよ」
――同級生に競い合う相手がおりませんでしたの――
「……もしかして、シェンリンさんってサユさんと比べられていたんですか?」
ルイセは、静かに首肯した。
「やっぱりサユの奴は飛びぬけた天才なんですよ。アールヴヘイムに内定してたくらいです、その実力は伝説級なんです。どんな人間でも、そんな奴と比べられたら霞んで見えるじゃないですか」
それ故に、シェンリンは苦しんだ。
「……でも、シェンリンはテスタメント(スキル広域化)で、サユさんはレジスタ(支援能力)だった……よね? もう比べなくてもいい筈なのに……シェンリン、今も苦しそうだった」
「……詳しいことは私も分からないですよ」
ルイセは、嘘を吐いた。
ここまでは一般にそう理解されている内容で、多分フミでも掴めるだろう情報だ。……本当はもう少し込み入った事情もあるのだが、しかしそれは流石に言えなかった。
(全く、何時まで過去に囚われてやがるんですかね……)
尤も、それはルイセにも当てはまることだ。ルイセもその難しさはよく分かっているので、安易に茶化したりできないのだが。
などと考えていると。
「陰口は終わりましたか?」
「うわっ! 急に声をかけねぇでくださいよ!」
振り返ると、いつもの飄々としたシェンリンがそこにいた。
「シェンリンさん!」「シェンリン……!」
「何ですか。そんな『トイレで上司の愚痴で盛り上がっていたところ、個室からご本人登場』みたいな反応して」
いやに具体的だった。
「あの、サユさんのことルイセさんから聞きました。嫌な気分にさせちゃったらごめんなさい」
リリはそう言って頭を下げたが、シェンリンの反応はあっさりしていた。
「サユさんですか。別に気にしてませんよ。……先程ルイセさんにも謝っていましたが、そんなに恐縮されるとこちらが困惑します。もっと堂々としなさいな。貴方は百合ヶ丘に来たばかりなんですから、知らなくて当然です。むしろ、知らないが故に踏み込めるのは長所だと思っているくらいです」
シェンリンの声にも立ち居振る舞いにも、震えも一点の曇りもない。よくもそんな風に取り繕えるものだと、ルイセは感心した。
それと同時に、シェンリンのその言葉には妙な既視感があった。――知らないから聞きたいんです――確か、フミはそう言った。
知らないが故に踏み込める。タブーに踏み込み、目を逸らしていたものに立ち向かう機会を与える。百合ヶ丘に新しい風を吹かせる……。
そうだ、孤高のユユ様を変えたのもリリだった。もしかしたら、百合ヶ丘を変えていくのは……純粋で、危なっかしく、まだまだ未熟な新人2人だったりするのだろうか。
「そうですね……確かに私、怖がりすぎてたかもしれません……。ありがとうございます、シェンリンさん! 私、当たって砕けろの精神で頑張りたいと思います!」
しかしあまりに素直なリリを見て、ルイセは呆れて笑いが零れた。
……やっぱり、純粋で、危なっかしく、まだまだ未熟ですね……。
過保護と言われようとも。ルイセは、2人を守ってやるべきだなと思うのだった。
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――並び立つライバルがいることって、そんなに悪いことでしょうか?――
――ライバルってのは実力が近いからこそライバルなんですよ――
リリは、何故かサユとルイセの言葉が頭の中でぐるぐる回って落ち着かなかった。